これも過去の話で仕込んでおいた伏線を回収してあらたなキャラを投入しました。
1泊2日のツーリングで、タイトルにあるとおり「温泉」に行くので、結構長くなるかも。
首都高速から外環道を経て関越道に入ったところ。
料金所を過ぎると、待ち合わせ場所の三芳PAまではあと少し。
2台のバイクは、順調にここまでのルートを渋滞に遭うこともなく走ってきた。
「待ち合わせ時間には結構余裕あるわね。」
所沢ICを過ぎて、三芳PAまで2kmの案内板が見えたところで、インカムからエリカの声が呼びかけてくる。
「でも、案外あちらも早めに着いているかもしれませんよ。今日は首都高速も渋滞していませんでしたから。」
「まあ、時間ぎりぎりになるよりはいいわよ。高速を降りてからも結構な距離だし。」
そういいながら、左車線に滑らかに車線を変更する。
「早く着いたらそれだけ温泉を楽しめますからね。」
間もなく三芳PAへの入り口が見えてきたので、ウィンカーを出してランプに入り、減速しながらギアを下げた。
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「お早うございます。逸見殿、赤星殿。」
PAのバイク駐輪場には、案の定、待ち合わせ相手がすでに到着していた。
「お早うございます。西さん。」
「いやあ、首都高速の渋滞がなかったので、思ったより早く着いてしまいました。」
知波単学園、西絹代。エリカや小梅と同じ2年生だが、戦車道では隊長を務めている。先日の大学選抜との試合で大洗連合として共に戦い、共に勝利を掴んだ仲間だ。
小梅は、試合の後で西と話した際に、ふとした事から、西の趣味はバイクであることを知った。実は、自分もバイクの免許を取得するために教習所に通っているところですと話したら、免許をとって単車を買ったら是非一緒に遠乗りに行きましょうと言われた。その場にいたエリカもバイクに乗っているので、じゃあ、機会があれば3人でツーリングに行こうという話になった。
エリカもかなり乗り気で、ツーリングのルートなら任せておいて、と楽しそうに言っていた。
「そうそう、赤星殿、自動二輪の免許取得、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。結構苦労して、第一段階の見極めで一本橋に失敗して補講を受けることになってしまいましたが。第二段階と卒業検定はストレートでした。」
「こっそりと練習した甲斐があったわね。」
見極めで失敗した日の夜、エリカが自分のバイクを使って、寮の駐車場で一本橋のコツを教えてくれた。おまけに、西住隊長まで出てきて、戦車道の時とは違う厳しさで、ニーグリップやリアブレーキを使って車体を安定させる方法を教えてくれたりもした。
そのおかげで赤星は補講では一本橋を余裕でクリアし、それで自身がついたのか、第二段階の課題も難なくこなすことができた。
「赤星殿の単車は、古風な感じがして恰好良いですね。」
「ええ、のんびり走るにはこんなバイクがいいな、と思いまして。」
エリカや西住隊長は、レーサーっぽい、速そうなバイクだったけど、小梅はそこまでアグレッシブなものよりも、のんびりとことこ走るのが性に合っているので、ネイキッドタイプのバイクを選んだ。後から「ネオ・クラシック」というカテゴリーで最近人気が出てきていると知った。
そんなバイク談義をしている間、エリカは西のヘルメットにインカムを装着していた。これがあれば、バイクで走っている時にも会話ができる。先日、エリカが西住隊長やみほと日光にツーリングに行った時も、このインカムでいろいろと話しながら走ってたらしい。小梅は、いいなあ、私もそのツーリング行きたかった、と思った。
「では、そろそろ出発しましょうか。この先も特に渋滞はしていないようですが、早め早めの行動がよろしいかと。」
「じゃあ、私が先頭を走るから、その後に小梅、西さんの順番で隊列を組みましょう。」
「心得ました!」
ヘルメットを被って、バイクを駐輪場から通路に出す。エリカがエンジンをかけたのを合図に、小梅と西さんもエンジンをかける。
「じゃあ、行くわよ。」
小梅は、教習所で教わった通り、後方確認をしてウインカーを出してから、エリカの後について走り出す。
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三芳PAを出て流れに乗ってから、インカムがつながっているか、声が聞こえるかを確認するためにお互いに話し出す。幸い、特に接続も問題なく、耳元にセットしたスピーカーからは他の2人の声がよく聞こえる。
「しかし、黒森峰の学園艦が横浜港に停泊するって珍しいですね。」
「まあ、学園艦とは言っても、そんなに本土から離れたところを航行するわけじゃないし。学園艦の規模も大きいから、物資や燃料補給で結構頻繁に寄港する必要があるみたい。それに、いろんな港に寄港するのも、船舶科の子達の授業の一環らしいわよ。」
「ちょうど、知波単の学園艦が千葉港に停泊していて良かったです。」
「近くに停泊していないと、他の学園の方と一緒に遠乗りするなんて機会はありませんからね。」
そんな話をしながら、3車線ある高速道路の一番左側の車線を、先頭にエリカ、その左後ろに小梅、その右後方を西という、左右互い違いの千鳥走行で新潟方面に向けてひたすら巡航速度で走る。
前方の車を追い越す際には、エリカがインカム経由で指示を出してから車線変更をする。小梅は、後ろの西が車線変更してからその前に入る形で車線変更する。3人とも真ん中の車線に入ったのを確認すると、エリカはスピードを上げて車を追い越し、十分な間隔を空けてから、元の車線に戻る。途中のICで左から車が入って来る時も、同じように一時的に真ん中車線に移動して、交通を妨げないように注意しながら走る。
「今週末は戦車道の訓練はお休みなんですか?」
「はい、知波単では、基本的に日曜日は休み、土曜日は隔週で休みにしています。私が隊長になる前は、授業の時以外はひたすら戦車道の訓練、寝ても覚めても戦車道、月月火水木金金という具合に週末もほぼ休み無しでしたが。」
「それはちょっと。黒森峰でも最低、週に一日は休みにしているわよ。」
「週末がお休みだと、実家に帰ったり、今日の私たちみたいに一泊旅行にも行けますしね。」
「隊員達にはかなり好評です。自主練する者たちもいますが、少なくとも1日は戦車から離れて気分転換するようにと周知しています。」
「西住隊長も、休養をとることは立派な訓練だって言ってましたね。」
前橋ICを過ぎると、エリカがインカムから指示を出した。
「次の駒寄PAにあるスマートICで降りるけど、いったん休憩しましょう。」
間もなく駒寄PAの案内が出てきたので、左車線に入り、パーキングエリアに入ったところでバイクを停めた。
太陽が出てきて暑くなってきたので、自販機で飲み物を買ってベンチで一休みしながら、この後の予定について話す。
「ここのスマートICで出て、あとは一般道を走るから。お昼ご飯は水沢うどんにしましょう。」
「おお、うどんですか。まだ少し暑いので、冷やしうどんなんていいですね。」
「水沢うどんって、あんまり聞いたことないですね。」
「うどんと言えば、やはり讃岐うどん、稲庭うどんが有名ですね。」
「群馬県って、結構うどんが美味しいらしいの。他にも、館林うどんとか、桐生のひもかわうどんがあるのよ。」
「ひもかわうどんって、どんなうどんなのでしょう?」
「紐と言うよりは、布みたいな幅の広いうどんよ。山梨のほうとうよりも、さらに幅が広いそうよ。」
「水沢うどんは?」
「水沢観音っていうのがあって、そのすぐそばにある集落でしか食べられないんですって。」
「さすがエリカさん、よく調べてますね。」
「ここからだと30分ぐらいかしら。じゃあ、そろそろ行くわよ。お昼時は結構混むみたいだから。」
順番にスマートICを抜けて、さっきと同じように、エリカを先頭に走り出す。高速沿いに走って左折、そのあとはみちなりにひたすら走る。
少し山の中に入ると、すぐに水沢うどんのお店がたくさん見えてきた。どのお店も、水沢うどんの幟を道路沿いに立てている。エリカがウインカーを出して、広い駐車場のあるお店に入った。それに続いて小梅と西も駐車場に入り、奥にバイクを停める。
お昼までにはまだ少し時間があるが、すでに5人ほど並んでいた。
「結構人気のあるお店みたいですね。」
「あ、あちらにお品書きがありますね。並んで待ってる間に見ておきましょう。」
西が入り口に置かれていたメニューを持って来た。
水沢うどんをメインにした様々な料理があったが、今夜の宿のご飯に備えて、ここは軽めのものにする。小梅は、うどんと山菜の天ぷらのセット、エリカは舞茸の天ぷらセット、西はワカサギの天ぷらセットに決まった。
10分ほど待った後で席に通されて、先ほど見たものをそれぞれ注文する。
「西さんは、良くツーリングに行かれたりするんですか?」
「まあ、普段は学園艦にいるのでなかなか遠乗りはできませんが、寄港した際には上陸して気ままに走ったりします。」
「学園艦はいろんなところに寄港するから、上陸してその土地を走るのも結構楽しいわね。」
「この間、千葉港に寄港した時にうちの福田を後ろに乗せて木更津まで遠乗りしたんですが、それがきっかけとなって、福田も小型二輪の免許を取ってバイクを買いました。」
「へえー、西さんとのツーリングがよほど楽しかったんですね。」
「はい、それで、学園艦が銚子港に寄港した時、大洗まで遠乗りして、アヒル殿達に大洗の町を案内してもらったそうです。」
「アヒル殿?」
エリカが怪訝な顔をして聞く。
「多分、八九式に乗っている人たちじゃないですか。」
「そうです。皆さん、元は排球部の方達だそうです。ただ、部員が4名しかいなくて廃部になったんですが、戦車道をやることで部の復活を目指していると聞きました。」
「あの八九式、装甲は薄いけど、操縦手の錬度がすごく高いから結構手強いのよね。」
「はい、薄い装甲と弱い火力でも、縦横無尽に戦場を駆け巡り、根性で相手を倒す精神は、我が知波単も見習うべきと考えています。」
ほどなく、3人分のうどんが運ばれてきた。ざるに盛られたうどんは真っ白な輝きを放っており、見るからに美味しそうだった。
いただきます、と唱和してから、まずはうどんをそのまま口に運ぶ。ほんのりと塩味が効いており、腰のあるうどんの食感を楽しむ。このままでも十分に味わえそうなぐらいの味だったが、つけ汁と薬味も美味しそうなので、そちらも試してみる。つけ汁に浸してから食べると、刻み海苔と胡麻の風味も合わさって、口の中が賑やかになった。おそらく、最初からつけ汁で食べてしまうと、うどん本来の味は楽しめなかっただろう。
うどんを楽しんでいると、各自が頼んだ天婦羅が運ばれてきた。どれも、地元で採れた食材のようで、普段店で売っているものと比べると一回り大きい。うどんのつけ汁に少し漬けて口に含むと、揚げたてゆえのサクサクとした食感に出汁の味が口の中に行き渡る。
「このワカサギは、やはり榛名湖のものでしょうか。」
「舞茸は、この近くで原木栽培しているそうよ。」
「山菜は見たことのないものもありますが、味が濃くてとても美味しいです。」
あっという間にうどんと天婦羅を平らげたが、なんとなく物足りない。
「甘味が欲しいところですが、ここはやはり我慢すべきかと。」
「そうね。途中で道の駅があるから、そこで何かスイーツを食べましょう。」
会計をして外に出ると、ちょうどお昼の時間だったからか、すでに行列ができていた。
「ここからはちょっとだけ山道を走るから、気を付けてね。」
手早く支度を済ませ、先ほどと同じ陣形で走り出す。
ゴルフ場の横を走る道を過ぎると伊香保温泉の案内看板があったが、そちらには向かわずに、別の県道に入る。しばらく山里の間を抜ける快適な道を走って突き当りを曲がると、川が見えてきた。
「吾妻川ね。紅葉の季節は綺麗らしいけど、まだ早いわね。」
橋を渡って対岸の国道に入ると、道幅も広くなり、走りやすくなった。
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1時間も走らないうちに、道の駅あがつま峡に到着した。規模が大きい施設で、農産物直売所や食堂、日帰り温泉や足湯まである。
先ほどのうどんがこなれていたので、さっそく甘味を物色する。やはりこういうところではソフトクリームなどではなく、その土地ならではのものをということで、アップルおやきを買い、外の花壇の横にあるベンチに3人で座る。
「ところで、本日のお宿は草津温泉でしたね。」
西がエリカに尋ねる。今回は、小梅が免許をとって初めてのツーリングということでエリカがいろいろと段取りを整えてくれた。その際、以前、一緒にツーリングに行くことを約束していた西に声をかけたのだった。西に連絡を入れたところ、ちょうど、知波単の学園艦も寄港することがわかり、その週末は戦車道の訓練はお休みということだったので、今回の1泊ツーリングに誘ったのだった。
「ええ、関東の温泉地としてはすごく有名で、前から行ってみたいと思ってたのよ。」
「ここに来る途中もいくつか温泉がありましたね。伊香保温泉とか、小野上温泉とか。」
「先ほどは四万温泉という看板もありましたね。」
「ここらへんはいろんなところに温泉地があるみたいだけど、やっぱり草津温泉が一番有名ね。」
「確か、町の真ん中に湯畑っていうところがあって、そこに温泉が湧き出てるんですよね。」
「ええ、湧いている温泉を木の樋に通して、温度を下げてから宿のほうに分配しているそうよ。そのお湯、硫黄泉で白い湯の花がすごいんですって。」
「やっぱり、温泉は濁り湯が趣がありますな。」
「あと、西の河原公園にすごく大きな露天風呂があるそうよ。宿に着いたら、行ってみない?」
「ええ、是非。」
道の駅を出発して、145号線のバイパスをひたすら西に向かって走る。長野原草津口で292号線に入り、そこからは北上して草津温泉を目指す。
「おや、あのメロディーラインというのは何でしょう?」
西がインカム経由で聞いてきた。
「時速40kmで走ると、タイヤの走行音が道路の溝で草津節に聞こえるらしいわよ。」
先頭を走っていたエリカが、標識に書かれていた説明をさっと目にして後続の小梅と西に伝える。
まもなく開始場所が見えたので、3台とも時速40kmに落として走る。
「...」
「何か聞こえた?」
「いえ、何にも。」
「エンジン音にかき消されたのでしょうか?」
「私の前を走っている車から少し聞こえたような気もしたけど。なんとなく、チョイナチョイナーって。」
「やはり車でないと音が出ないのでしょうか。」
なんとなく拍子抜けした雰囲気でそのまま走る。2車線の山道をひたすらのぼりながら高度を上げていくと、少しひんやりしてきた。草津はかなり標高の高いところにあるらしい。
目の前に道の駅草津運動茶屋公園の看板が見えてくると、インカム経由でエリカが「もうすぐよ」と声をかけてきた。
T字路を曲がり、エリカに従って細い道に入ると、今日の宿に到着した。
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チェックインを済ませて部屋に入ると、バイク用のジャケットを脱いで入り口近くのクローゼットに仕舞い、ヘルメットやグローブを入り口の下駄箱の上に並べる。荷物を適当なところに置いて、リラックスできる服に着替えて、まずは一息。西が急須にお茶の葉とポットのお湯を注いで3人分の湯呑にお茶を淹れる。その間に、エリカはヘルメットから外したインカムを充電器に挿していた。
「高速降りてから結構距離ありましたね。」
小梅が、西が淹れてくれたお茶を飲んで、ここまで走ってきたルートを思い出して言った。
「初めてのツーリングにはちょっと厳しかったかしら。」
お茶菓子の温泉饅頭を食べながら、エリカが小梅を見てすまなさそうに聞いてきた。
「いいえ、高速と下道とでいい練習になりました。」
「草津までの292号線は、結構な上り坂でしたね。」
「エリカさん、上り坂でもほとんどスピード落ちないんですね。」
「ギアをいつもより落として走るのがコツよ。カーブでスピードが落ちた後の立ち上がりの時、上り坂で高いギアだと加速がどうしても弱くなるのよね。車体もふらつくし。」
「そうか、だからカーブの後、エリカさんとの距離が空いてしまってたんですね。」
「曲がる手前でギアを落とす時の音が最後尾からも、聞こえてましたよ。」
「明日の道も結構カーブが多いから、試してごらんなさい。」
小梅はまだバイク初心者なので、エリカさんのアドバイスは実践的ですごくためになる。
「では、ひとまず旅の埃を落としに行きましょうか。このお宿のお風呂はもう入れるようですし。」
「西の河原の露天風呂には行かないんですか?」
「あそこは露天風呂だけで洗い場が無いのよ。ずっとヘルメットを被ってたから髪もペッタンコだし、まずは内風呂で体と髪を洗ってから行きましょう。」
そう言って、備え付けのタオルセットをエリカがクローゼットから持って来た。
「温泉では、到着したら埃を落としにひとっ風呂、夕食の後に腹ごなしと温泉満喫にひとっ風呂、そして、朝風呂を楽しむのが通なのよ。」
エリカがスリッパに履き替えながらドヤ顔で言った。
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宿のお風呂で汗と埃を洗い流し、3人で西の河原露天風呂に向かう。
バイクに乗るときはブーツだが、幸い、下駄箱に浴衣下駄があったので、それを履いて歩くので足取りも軽い。
草津の町は、温泉街らしく、そこかしこに温泉の湯気が立ち上っている。
道沿いにはお土産屋さんが並んでいて、温泉饅頭や漬物を売っているが、まずは西の河原露天風呂に浸かって草津温泉を満喫したいので、横目で見るに留める。
土産物街を過ぎると、川沿いの遊歩道が見えてきた。この遊歩道の脇にも温泉が湧き出しているらしく、小さな池のようなところから湯気が立ち上っている。
5分ほど歩くと小さな受付があり、料金を支払って脱衣場に入る。
エリカと西は、湯船に浸からないように髪ゴムで髪を上げている。
タオルを持って、脱衣場のドアを開けると、目の前にまるでプールのような露天風呂が広がっていた。
「うわあー。」
「ものすごく広いわね。」
「これだけ広いと、我が知波単の者だと間違いなく泳ぐ者がいますね。」
「いや、泳いじゃダメでしょ。子供じゃないんだから。」
入り口近くのかけ湯で軽く体を流し、湯船に入る。とは言ってもかなりの広さなので、どこに座ればよいのか迷っていると、湯船の中を西が奥のほうに歩いて行くのが見えた。
「温泉の注ぎ口の近くは少し熱いようですから、奥に行きましょう。」
確かに、奥のほうは入り口近くと比べて少し温めだった。腰を下ろすと、肩が浸かるぐらいでちょうど良い。
西は、手足を伸ばして大の字になって空を見上げていた。
「この開放感がたまりませんね。」
学園艦の寮では自室に浴室もあるが、湯船が狭いのでシャワーで済ませることが多い。小梅も、手足を伸ばしてゆったりと湯に浸かる。
「明るいうちに露天風呂に入るって、なんだかすごく贅沢な気分になりますね。」
「女性用だから目隠しの板塀があるけど、これだけ広いと気にならないわね。」
エリカも、タオルを頭に乗せて手足を伸ばしている。
女子高生が露天風呂でタオルも巻かずに素っ裸で湯船で大の字になるのもどうかと思ったが、広い露天風呂だから開放的になっているのかもしれない。
「大洗の学園艦には、演習場の横に大きなお風呂屋さんがあって、たまに訓練の後、みんなで入るってみほが言ってたわよ。」
「大洗には潮騒の湯という温泉があって、エキシビションの時はみんなで入りました。」
「黒森峰にもそんなのが欲しいですね。温泉は無理だけど、せめてスーパー銭湯みたいなのがあればいいなあ。」
「ドイツにはバーデっていう温浴施設があるそうよ。黒森峰はドイツに倣ってるから、その点も見習ってほしいわね。」
そう言いながらエリカがお湯を手にとって顔にぺちゃぺちゃと塗っている。
「エリカさん、お湯を顔にかけて何してるんですか?」
「ここのお湯は万代鉱の源泉からお湯を引いてるんだけど、酸性が強くて、ペーハーが1.5もあるの。お肌にもいいそうだし。」
「おお、そうですか。」
西さんは両手にお湯をすくって顔にばしゃばしゃとかけている。
「あいたたたた...」
「あ、酸性泉だから、目に入ると痛いわよ。」
「それを先に言ってください!」
確かに、戦車の整備の時に手についた小さな傷のところがヒリヒリと痛む。お湯を指につけて舐めてみると、酸っぱい味がした。
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1時間近く、お湯に浸かったり、縁の岩に腰かけてひんやりとした外気で体を冷やしてまた湯船に入ったりを繰り返していると、日が傾いてきたので、そろそろ宿に戻ることにした。
まだ空は明るいが、太陽が山の向こうに姿を隠したので、草津の町はすでに夕暮れの趣になっている。
来た道を戻り、途中で湯畑に寄ることにした。
湯畑の周りは、夕食の前に街中を散策したり、お土産を物色する人たちで賑わっていた。
「凄い量の温泉が湧き出してますね。」
「木の樋の中が、湯の花で真っ白です。」
「硫黄の匂いもすごいわね。」
ライトアップされた湯畑は、幻想的な雰囲気を醸し出している。浴衣に丹前を羽織った人も多く、温泉街に来たということを感じさせられる。
「おや?この柵の石柱には、偉人の名前が彫られてますね。」
「ほんとだ。日本人だけじゃなく、海外の有名な人の名前もありますね。」
「ぐるっと1周しながら見てみましょうか。」
湯畑を時計回りに歩きながら、石柱に彫られている名前を見て回る。なぜか、某温泉漫画に出ていたローマ人の名前まであった。
湯畑の周りにあるお土産屋も声を張り上げて温泉饅頭や地元の漬物などをアピールしている。
いくつかのお店を見ながら、お土産を物色する。ただ、バイクはあまり荷物が載らないので、できるだけ小さく、型崩れしにくいものを選んだ。
温泉饅頭も食べたかったが、この後は夕食なので、そこはぐっと我慢する。
宿に戻り、西が淹れてくれたお茶を飲んで一息ついてから、食事処へ向かう。
夕食は、どれも地元産の食材を使った料理で、固形燃料で焼く陶板焼きや川魚の塩焼きなどがテーブル一杯に並んでいた。
さすがにお酒を飲むわけにはいかないが、エリカと小梅は普段からノンアルコールビールを飲んでいるので、それを追加で注文した。
「西さんもノンアルコールビールはいかがですか?」
「いえ、どうもあの苦みが苦手でして。お気持ちだけ頂いておきます。」
ノンアルコールビールが運ばれてくると、一応、形だけ乾杯をして早速料理に箸を伸ばす。
「黒森峰では、逸見殿が次期隊長ですか?」
「ええ、西住隊長がドイツに留学する前に打診されて、引き受けたわ。正式に交代するのはまだ先だけどね。」
「そうすると、副隊長は赤星殿でしょうか。」
「はい、僭越ながら、私が拝命しました。」
「次の大会では、優勝を目指すわよ。」
「もちろん、我が知波単もです。今年の大会では黒森峰に蹂躙されてしまいましたが。ただ、その後のエキシビションと大学選抜との戦いで、我々もこれまでの突撃一辺道から徐々に変わりつつあります。」
「大学選抜との試合では、ゲリラ戦みたいな手法を取ってたわね。」
「実は、あの作戦は、福田からの進言を取り入れたものでして。」
「知波単で上級生に進言するって、かなり度胸のある子ですね。」
「エキシビションで大洗のアヒル殿達と一緒に戦ったことで、何かを掴んだようです。彼女であれば、知波単を変えてくれるのではないかと考えております。」
「正直に言うと、知波単の戦車は火力や装甲は低めだけど、個々のメンバーの練度は凄く高いのよね。だから、本気で戦術を駆使されると、継続みたいに手強い相手になると思うの。」
「いやあ、逸見殿にそう言ってもらえると、励みになります。」
「でも、負けないわよ。黒森峰も、これまでのような数と火力、統率された陣形で戦う電撃戦から少し変えた戦法を試しているところなの。」
「そうすると、さらに手強くなりますね。でも、そのほうが我々もやりがいがあります。」
「そう言えば、福田さんは小型二輪の免許を取ったって言ってましたね。」
「はい。最近は、同じく単車に乗り始めた大洗の澤殿や、聖グロのオレンジペコ殿やローズヒップ殿と連絡を取っているようです。」
「1年生は、16歳になれば免許を取れますからね。」
「福田から聞いたのですが、オレンジペコ殿はローズヒップ殿が単車に乗っているのに触発されて、免許を取ったそうです。そして、大洗の澤殿は、福田が大洗に行った際にその単車を見て、その後、オレンジペコ殿が免許を取ったと聞いて、ご自身も免許を取ったそうです。」
「戦車道履修者の間でバイクに乗るのがブームになってるのかしら。」
「やはり、他校の方々と仲良くなるのは良いことですので、これからも積極的に知り合いを増やしていってくれればと考えております。」
「バイクっていう共通の趣味ということで仲良くなるのもいいですね。」
戦車道の話や、バイクの話をしながら、料理に舌鼓を打つ。
「この甘い豆、すごく美味しいです!」
「お品書きに花豆って書いてあるわね。」
「さっきの土産物屋でも売ってましたよ。」
「本当ですか!お土産に買って帰ろうかな。」
「後で宿の売店を見てみましょう。」
食後のデザートに出された抹茶ぜんざいを食べながら、エリカが明日のルートについて話す。
「ここから長野に抜ける奥志賀草津道路っていうのがあって、その途中の渋峠の手前に日本の国道の標高最高地点があるの。さすがに長野まで行くと帰るのが大変になるけど、渋峠までならここから1時間もかからないから、行ってみましょう。」
「結構な山道なんですか?」
「そうね。ヘアピンカーブも多いし、勾配もかなりきついみたい。でも、道幅は結構広いから、そんなに心配するほどじゃないわよ。それに、バイクの操作に慣れるいい練習にもなるし。」
「さっき教えてもらったように、低いギアで走るようにします。」
「カーブの手前では、きちんと減速するのがコツよ。私が前を走るから、ブレーキランプを見ておきなさい。左回りのヘアピンカーブでは、ローにまで落としたほうがいいかもしれないわね。」
「赤星殿、逸見殿と私が無線で教示いたしますので、ご心配なさらず。」
「ちょっと不安だけど、宜しくお願いしますね。」
食事を終えると、宿の売店に寄って花豆を買ってから部屋に戻った。
食事中に寝床が用意されており、あとは寝るだけどなったが、まだそれほど遅い時間ではない。そこで、宿の温泉に入って、食事でかいた汗を流そうということになった。
もう外出はしないので、浴衣に着替えて丹前を羽織って、浴場に向かう。
「先ほどは西の河原露天風呂に行くためにさっと入っただけでしたが、この宿の温泉もなかなかいいですね。」
「露天風呂もあるみたいだから、後で入ってみましょう。」
ドアを開けて外に出ると、さすがに標高が高いせいか、空気がかなりヒンヤリとする。
「お、露天風呂は濁り湯なんですね。」
「さっき入った西の河原露天風呂は無色透明なお湯でしたね。」
「同じ温泉街でも、源泉は何種類かあるみたいよ。濁り湯ってことは、湯畑からお湯を引いているのかしら。」
「底に、湯の花が堆積しているみたいです。私たちが入ってかき混ざったから、お湯が真っ白に。」
「そこの注ぎ口から出てるお湯が、空気に触れると白くなるみたいね。」
「やっぱり、濁り湯だと温泉っぽいですね。」
「熊本に黒川温泉っていう有名な温泉があるんだけど、そこは無色透明だけど弱アルカリ性膨張泉だから、結構ぬるぬるしていて、あれも温泉っぽいわね。」
「バイクでいろんな温泉に行ってみたいですね。」
ここでも、お湯に浸かって、熱くなると外に出て岩に腰かけて体を冷やし、またお湯に浸かるを繰り返す。
外気はかなり気温が下がっているが、温泉の効果で体がぽかぽかしているので、逆にそのヒンヤリとした空気が心地よい。
十分に温泉を満喫したので、洗い場で湯の花を洗い流してから上がる。
部屋に戻り、これも食事中に用意されていた冷水を飲んで、喉の渇きを潤す。
夜食代わりにお菓子を買っていたが、夕食がかなりの量だったので、袋菓子を一つだけ開けてそれをつまみながら、尽きることのないお喋りで夜が更けて行った。
小梅ちゃん、無事、自動二輪の免許が取れたようです。
同じ2年生同士なので、気兼ねなくツーリングができるのではないかと。
渋川ICから草津温泉って、結構距離あるんですよね。50kmぐらい?
草津温泉も、しばらく行ってないなあ。
西の河原公園露天風呂は、日帰りだったら、292号線沿いにある天狗山第一駐車場に車やバイクを停めて、歩いて行くと近いです。