もちろん、二人で仲良くツーリングに行きますよ。
ローズヒップのバイクに乗せてもらって、一緒にバイク雑誌を読んで、そのバイク雑誌のバックナンバーを借りて読んでいるうちに、オレンジペコはバイクの虜になっていた。
こうなったら、やはり免許だ。調べてみると、学園艦では定期的に原付免許の試験が行われているらしい。
早速、次回の試験をオンラインで申し込んだ。
翌日、寮の夕食が終わった後、オレンジペコはローズヒップに原付免許の試験について相談した。
「あら、オレンジペコさんも原付の免許をお取りなさるの?でしたら、私の使っていた問題集を差し上げますわ。」
「え、いいんですか?」
「モチのロンでございますの。私はもう使いませんし、捨てるのももったいないですから、オレンジペコさんが使っていただければ一石二鳥ですわ!」
少し意味が違うのでは、と思ったが、ローズヒップの親切な申し出をありがたく受けることにした。
「免許の試験って、結構ひっかけ問題が多うございますのよ。ですから、きちんと問題を読んでくださいませ。」
「交通法規は、ふだん道路にある標識さえわかっていれば大丈夫ですわ。あ、でも、原付ならではの二段階右折とか、黄色の点滅信号と赤の点滅信号の違いなんかは、ちゃんと知っておく必要がありますの。」
「この問題集であれば、過去の問題をかなりカバーしてますから、ひたすら繰り返しやって、感覚を掴んでおけば、本番はお茶の子さいさいですわ!」
試験勉強の仕方や、当日の試験に向けた心構えなど、ローズヒップがいろいろと説明してくれたので、だいたいのことはわかった。あとはひたすら練習問題を解いて慣れるだけだ。
自室に戻ったオレンジペコは、早速問題集にとりかかった。
----------------------------------------------------------------------
試験日、オレンジペコは緊張しながら会場に向かった。
受付を済ませ、指定された席に着くと、途中で買ったペットボトルの紅茶を飲んで心を落ち着けた。
昨日まで、寮に戻ってからは夕食の時間以外はひたすらローズヒップに借りた問題集をやり、一応、合格ラインはほぼ取れるようになっていた。
間もなく、問題の冊子と回答を記入する紙が配られ、試験官の合図で試験が始まった。
試験が終わると、オレンジペコは外に出た。結果が出るまで1時間ほどかかるらしい。
天気が良かったので、外のベンチに腰かけて、持って来た文庫本を読んでいると、間もなく結果発表の時間となったので、会場に向かう。
しばらくすると、合格者の受験番号が電光掲示板に表示された。
「あった!」
思わず声が出てしまった。無事、合格した。
張り紙には、合格者は先ほどの試験会場にて説明会が行われるとあった。会場で座って待っていると、免許の申請に必要な書類が配布され、それを記入するための説明会が始まった。講師の説明に従って必要事項を記入し、必要書類と合わせて提出した後は、視力検査と免許証の写真撮影。あとは、免許証が出来上がるのを待つだけだ。
その待ち時間の間、オレンジペコはローズヒップに試験に合格した旨を伝えるメッセージを送った。すぐにローズヒップから返信があり、開いてみると「おめでとうでございますわ!私もとても嬉しゅうございますのよ!」と書いてあった。
澤梓にも、同じく原付試験に合格したことをメッセージで送った。折り返し、「すごい!ペコちゃんがバイクに乗っているところって、どんなのかなあ。」と返信が来た。
知波単の福田にも同じように送ったら、「おめでとうございます!大戦果であります!」と、返信が返って来た。
出来上がった免許証を受け取り、寮に戻ると、ローズヒップが待ち構えていた。
「オレンジペコ様、改めて免許取得、おめでとうございますですわ!」
「ありがとうございます、ローズヒップさん。これも、ローズヒップさんが問題集を貸してくれたおかげです。」
「とんでもございませんわ。オレンジペコさんがしっかりと勉強したからですのよ。」
「次は、バイクですね。」
「そうと決まれば、まずは運転の練習ですわ。私のバイクでちょっと練習してみませんこと?」
「えっ!?でも、私、バイクに乗ったことありませんし...」
「だから練習するのですわ。オレンジペコさんはもう免許を持ってらっしゃるから、バイクに乗れますのよ。マッポに捕まる心配はございませんわ。」
「で、でも...」
「裏の駐車場が結構広いので、そこで練習しましょう。ヘルメットとグローブはお貸ししますわ。あ、下はおズボンのほうがよろしいので、着替えていらっしゃいませ。さあ、善は急げですわ!」
ローズヒップの勢いに押される形で、免許を取った当日、いきなりバイクに乗る練習をすることになった。
寮の裏の駐車場に移動すると、車はそれほど停まっておらず、バイクの練習をするには十分な広さがあった。
ローズヒップは、バイクを駐車場の端に置き、サイドスタンドを立てた。
「では、まずはヘルメットの被り方ですわ。」
そう言って、自分のヘルメットをオレンジペコに渡す。
「ヘルメットを被ったら、顎紐をきちんと締めないといけませんのよ。あと、額から髪の毛が出ていると、走った時に鬱陶しゅうございますから、きちんとヘルメットの中に入れてくださいな。」
言われたとおりにヘルメットを被り、顎紐を締めた。
「では、さっそく乗ってごらんなさいませ。」
オレンジペコは、バイクに跨り、サイドスタンドを払ってバイクを立てた。
「では、エンジンをかけてください。あ、念のために左側のブレーキを握っておいてくださいな。」
キーを回し、ブレーキを握ってからスタートボタンを押すと、エンジンがかかった。
「では、早速走ってみましょう。右手のアクセルをゆっくり捻ってください。」
「え、で、でも...」
「ご安心下さいな。いざとなったら私が身を挺してペコ様をお守りしますわ。」
それだとローズヒップさんが、と心配になったが、とりあえず走り出してみようと思い、アクセルをゆっくりと捻った。すると、バイクが少しずつ動き出した。
「あ、動いた!」
「当然ですわ。バイクは動くものですわ!」
ゆるゆるとバイクが動き、4~5mほど走ったところで怖くなってブレーキを握った。ガクンとバイクが止まったが、幸い、左足をつけることができたので、転倒せずに済んだ。
「素晴らしいですわ!」
たった4~5mではあったが、自分でバイクを運転できたことに、オレンジペコは驚いていた。
「ペコさん、もう少し走ってみましょう。」
まだ先は十分な距離があったので、今度はもう少しアクセルを捻って走ってみた。さっきよりはスムーズに加速し、風を受けるのを感じた。
間もなく駐車場の端が見えてきたので、ブレーキをゆっくり握ってバイクを止めた。今度は自然に左足が出て、きちんと止まることができた。
ローズヒップが走って来て、
「では、一度降りていただけますか?バイクを反対側に向けますので。」
サイドスタンドを出してバイクから降りると、ローズヒップが軽々とバイクを操作して転回させて、さっきとは逆の方向に向けた。
「はい、どうぞ。今度はもう少しスピードを出してください。」
先ほどの練習で慣れたので、先に見える駐車場の端まで一気に走った。ブレーキも直前でかけて、上手く止まることができた。オレンジペコは、ああ、ペダルの無い自転車みたいな感じかな、と思った。
「完璧ですわー!原付は自転車とほとんど同じですので、一度コツを掴むと乗りこなせますのよ。」
驚いたことに、バイクとほとんど同じぐらいの速度で走って来たローズヒップが、オレンジペコが止まると同時に追い付いて、こう叫んだ。さすが聖グロ一の俊足と言われているだけある。
「では、次は曲がるのをやってみましょう。あ、ウィンカーのボタンは左側についてますわ。」
ウィンカーの出し方を教えてもらい、早速走り出した。駐車場の中の通路に沿って、右折、左折と、ぐるぐる回りながら走る。もう、バイクを走らせることには慣れてきた。アクセルとブレーキも適度に使って、加速、減速、停止もできた。
10分ほどではあったが、駐車場を走って一通りの操作は覚えた。
「さすがペコさん、飲み込みが早いんですのね。」
「いえ、ローズヒップさんが丁寧に教えてくれたおかげです。」
「では、今日はこれくらいにしておきましょう。」
そう言って、2人でバイクを駐輪場に仕舞って、寮に戻った。その時、オレンジペコは、ローズヒップが自分を呼ぶ時の名前が、いつの間にか「オレンジペコさん」から「ペコさん」に変わっていることに気付いた。
------------------------------------------------------------------------------------------
夕食後、オレンジペコとローズヒップは、寮の中のラウンジでバイク雑誌を見ながらお喋りしていた。
「ところで、ペコさんは、バイクはどんなのをお買いになられるのですか?」
「やはり、ローズヒップさんみたいなスクーターがいいかな、と。乗りやすそうですし。」
「ペコさんがバイクを買ったら、一緒にツーリングに行きませんこと?」
「ええ、是非!」
「学園艦が横浜に寄港したら、そこから三浦半島あたりがツーリングにはぴったりと思いますの。」
「でも、三浦半島って、結構広いですよね。」
「まあ、1日で半島を1周することもできそうですが、最初は横須賀あたりまでのほうがよろしいかと。」
「横須賀ですか。昔、遠足で行ったことありますが、それ以来行ってないですね。」
「横須賀はアメリカの海軍基地があるので、ちょっと雰囲気が違いますのよ。それに、横須賀ネイビーバーガーやチーズケーキなんかもありますの。あと、海上自衛隊の施設があるので、海軍カレーなんかも有名ですよ。」
「それに、どぶ板通りっていうところがあって、米軍の流出品が売っていたり、あと、スカジャンのお店もたくさんありますの。あ、この間私が来ていたスカジャンも、そこで買ったんですわ。」
「へえー、是非行ってみたいですね。あのスカジャン、すごく恰好良かったから、私も1着、欲しいなあ。」
「バイクに乗る時に羽織るのに丁度よろしゅうございますの。どぶ板通りに行けばイカしたスカジャンをたくさん売ってますわ。」
「すっごく楽しみです。」
「バイクに慣れたら、少し足を伸ばして三浦半島の先っちょにある城ケ島に行くという手もありますわ。近くの三崎漁港では、美味しいマグロ丼が食べられますの。」
オレンジペコは、自分がバイクに乗ってローズヒップと海沿いの道を走っているところを想像しながら、早くバイクを買わなきゃ、と考えていた。
------------------------------------------------------------------------------------------
「では、ペコさん、行きますのよ!」
「ええ、先導をお願いします。」
オレンジペコが免許を取って1か月もしない週末。2人は早朝、学園艦の寮から2台のバイクで出発した。
「ペコさんのバイク、とっても可愛らしいですわ。それに、そのヘルメットも。」
「ありがとうございます。」
オレンジペコが買ったバイクは、名前と同じオレンジ色と、白のツートンカラーのスクーター。ヘルメットは白にして、聖グロの校章を模したステッカーを貼っている。
グローブは、当座しのぎで装填手用のグローブを嵌めているが、色が黒くて今一つ味気ないので、今度、バイク用品店で買おうと考えている。
服は、タイトジーンズと、Tシャツの上に厚手のシャツを上着代わりに来て、裾を前で縛っている。昼間であればこれで良いが、朝方は少し寒さを感じたので、横須賀でローズヒップのようなスカジャンを買おうと思っていた。
ローズヒップは、先日、ラーメンを食べに行った時と同じ格好をしていた。
本牧から三溪園の横を走り、16号線を走る。先日の練習のおかげで、オレンジペコは新しいバイクに乗ってもすぐに乗りこなすことができた。幹線道路のため交通の流れは速いが、左側車線を、右前方にローズヒップ、左後方にオレンジペコという陣形で時速30km程度でひたすら走る。
信号待ちの時は並んで停まり、あとどれくらいで着くのか、走っている時に焼肉のいい匂いがしてきた、などと話していると、あっと言う間に金沢文庫まで来た。横須賀はもうすぐ目の前だ。
ヴェルニー公園を左に見てしばらく行くと、赤信号で止まったタイミングでローズヒップが「もうそろそろ目的地ですわ。左に曲がるので、遅れずについて来てくださいな。」と指示を出した。
少し距離を空けて走っていると、ローズヒップがウインカーを出したので、オレンジペコも左のウインカーを出して曲がる。突き当りを今度は右に曲がって、しばらく行くと三笠公園に到着した。
バイクを停めて、シートを開けて中から荷物を入れた小さなリュックを取り出す。いつもはショルダーバッグだが、動きやすい恰好のほうが良いとのことだったので、今日はリュックを持って来た。ローズヒップも、ワンショルダーを肩から斜め掛けにしている。
「まずは三笠公園に行ってみましょう。おっきな戦艦がありますのよ。」
とローズヒップが言うので、三笠公園のほうに歩いて行く。
戦艦三笠は、バイクを停めたところからも見えており、近づくにつれてその大きな艦首と砲塔が見えて来た。
案内板には、この戦艦三笠は、先ほど通り過ぎたところに銅像があった東郷平八郎が日露戦争の際にロシアのバルチック艦隊を壊滅させたものであることなどが書かれていた。
「戦車よりも古いんですね。」
「あのでっかい砲塔をクルセイダーにほしいですわ。」
「重すぎて走れなくなりますよ。」
さらに進むと、池を階段状の橋で渡る「さざなみの階段」や、音楽に合わせて噴水が噴き出す「音楽噴水池」などがあった。走り回っていたローズヒップが危うく池に落ちそうになっていた。
モニュメント広場まで来ると、海の向こうにアメリカ風の街並みが見えた。
「あそこはアメリカ海軍の基地ですが、ひとつの街みたいになっていますのよ。普段は入れませんが、年に何回か一般公開されるので、機会があればぜひご覧くださいませ。」
「ローズヒップさんは入ったことあるんですか?」
「ええ、兄嫁の友人があそこで働いているので、連れて行ってもらったんです。あの中は完全にアメリカで、食べ物がアメリカサイズですのよ。」
「なんだか、サンダースみたいですね。」
食べ物の話をしていたらお腹が空いて来て、ちょうど時間も良かったので、昼食を食べに行くことにした。
「確か、横須賀ネイビーバーガーとチーズケーキ、海軍カレーが有名なんですね。でも、さすがにそんなにたくさんは食べられないなあ。」
「ご心配なく!その3つがワンプレートで少しずつ食べられるお店を探しておきましたわ!」
「えっ!?そんなお店があるんですか?」
「昨日の夜、調べておきましたの。ちょっと歩きますけど、汐入駅の近くなので、その後でどぶ板通りにも寄れますわ。」
「じゃあ、そこへ行きましょう!」
15分ほど歩くと京浜急行汐入駅のすぐそばにそのお店があった。
店内に入り、テーブルについてメニューを見ると、どうやら「横須賀グルメプレート」というのが3つの名物が一度に味わえるものらしかった。迷うことなくそれを2つ注文し、飲み物は、オレンジペコはジンジャーエール、ローズヒップはコーラを頼んだ。お互いに紅茶ではないものを注文したので、やっぱり、と笑いあった。
ほどなく、注文したものが運ばれてきた。プレートの上には、小ぶりなハンバーガーと、カレー、付け合せのサラダと、チェリーソースがかけられたチーズケーキが乗っていた。
「「いただきます。」」
と言ってすぐに、ローズヒップはハンバーガーに喰らいついていた。通常サイズの半分ぐらいとは言え、パテが肉厚のためボリュームはあったが、ローズヒップは2口で食べてしまった。
オレンジペコも、まずはハンバーガーから食べ始めた。パテが粗挽き肉ぎっしりのため、結構食べごたえがある。
オレンジペコがハンバーガーを食べ終える頃には、ローズヒップはカレーも食べ終えていた。
「ローズヒップさん、私はとったりしないから、ゆっくり食べて下さい。」
「あら、これはごめんあそばせ。いつものようにがっついてしまいましたわ。」
そう言うと、ローズヒップは食べる手を休め、コーラをちびちびと飲み始めた。
食べるよりもおしゃべりするほうで口を動かしたほうが良いかと思い、オレンジペコはローズヒップに聞いてみた。
「横浜からだったら、他にどんなところにツーリングに行けますか?」
「そうですわねえ。この間話していたように、横須賀からもう少し先の三浦半島に行くっていうのもありますわ。」
「ああ、マグロが美味しいって言ってましたね。」
「あとは、やはり湘南あたりでしょうか。海沿いの道を走るのは、すごく気持ちいいんですの。鎌倉あたりを散策するのというのも楽しそうですわ。」
「少し距離を走りますが、茅ヶ崎あたりから大磯を抜けて、小田原に行く道もよさそうですの。小田原漁港で美味しいお魚を食べられますわ。」
「なんだか、美味しいもの目当てのツーリングみたいですね。」
「ツーリングは結構お腹が空きますので、美味しい食べ物は大事ですわ!」
ようやくオレンジペコがカレーを食べ終わり、チーズケーキを食べ始めた頃には、ローズヒップのチーズケーキは残り半分ぐらいとなっていた。
「あ、それと、千葉の房総半島にも行けますわ。」
「えっ?でも、房総半島って結構遠いんじゃないでしょうか。」
「雑誌で見たんですが、三浦半島の久里浜から、内房の金谷まで東京湾横断フェリーが出てますの。金谷からだと、房総半島の先っちょにも行けますし、半島を横断して外房のほうにも行けますわ。」
千葉と聞いて、オレンジペコは知波単の福田のことを思い出した。バイクの免許を取ってからは、澤梓と同じようにメッセージをやりとりしていて、「機会があれば、是非、一緒に遠乗りに行きましょう。」と言われていた。
「房総に行くときには、知波単の福田さんもお誘いしましょう。」
「そうですわね。みんなでツーリングに行くって、なんだか楽しみですわー。あ、でも、福田さんは小型二輪に乗ってらっしゃるんでしたっけ?原付と走るのは、なんだかおかったるいと思われるかもしれませんね。」
「一緒に走らなくても、どこかで待ち合わせて一緒にお昼ご飯を食べるという手もありますよ。」
「ペコさんも、ツーリングの目的が食べることになっていますわよ。」
それもそうだ、と思いながら、オレンジペコは残ったチーズケーキを食べ終えた。
ローズヒップはとっくに食べ終わっており、飲み物も氷だけになっていた。
「では、そろそろ参りましょうか。ペコさんはスカジャンを買いたいっておっしゃってましたね。」
「ええ、バイクに乗る時に、ローズヒップさんみたいな素敵なスカジャンがあればな、と思いまして。」
「では、私がこれを買ったお店に行きましょう。実は、私の父の友人がやっているお店でして、なんだったら安くしてもらえるように私が交渉しますわ。3割4割は当たり前、ですわ!」
「ありがとうございます。でも、知り合いだからって、あんまり無茶なこと言わないでくださいね。」
会計を済ませ、2人でどぶ板通りに向かう。
「ところで、ペコさんはどんな感じのスカジャンがよろしいのですか?」
「そうですね、あんまり派手なのはちょっと。」
「スカジャンは派手なほうが格好良いのですわ。それに、安全のためには目立ったほうがよろしゅうございますのよ。」
「そうなんですか。ローズヒップさんのスカジャンも、イカしてますね。」
ローズヒップが来ているものは、濃いめのピンク地で、袖に太めの白いラインが入っていた。背中に薔薇の刺繍があるのは、やはりティーネームからだろう。
「そうなんですの。これを見た瞬間にピーンと来まして、すぐに決めましたの。」
どぶ板通りは汐入駅からすぐのところにあり、ローズヒップの知り合いのお店にはすぐに着いた。
「おじさまー!来ましたわー!」
「おお、〇〇ちゃんかい、いらっしゃい。お、そのスカジャン、似合ってるねえ。」
「そうですの。バイクに乗る時はいつも来ていますのよ。」
「それは嬉しいねえ。そちらはお連れさんかい?」
「ええ、同じ聖グロの同級生で、一緒に戦車道やってますのよ。」
「こんにちは、オレンジペコと申します。」
「オレンジペコ?ああ、聖グロは戦車道履修生はニックネームだったね。」
「私も聖グロではローズヒップと名乗っておりますのよ。以後、お見知りおきを。」
「そうかい、じゃあ、ゆっくり見てくださいね。ローズヒップちゃんのお知り合いだったら、お安くしておきますよ。」
「ありがとうございます。」
店内には、通路を埋め尽くすようにハンガーラックが置かれており、いろんなスカジャンがかけられていた。壁には背中に綺麗な刺繍を施したスカジャンが飾られており、聞くところによるとオーダーすればオリジナルのスカジャンも作ってくれるらしい。
オレンジペコは、どれにしようか迷っていたが、自分の名前と同じオレンジ色にしようか、となんとなく考えていた。ただ、バイクがオレンジ色なので、スカジャンまでオレンジ色にするとオレンジだらけとなってしまう。
ふと、綺麗なダークグリーンのスカジャンが目に入った。まるで、自分が乗っているチャーチルのような深みのあるグリーンで、袖は白地にグリーンの太いラインがあしらわれている。背中の刺繍はどんな感じだろうと、ひっくり返してみたら、虎の顔の大きな刺繍だった。これはちょっと、と思ったが、どうやら似たような色合いのスカジャンが他にもあるみたいので、そちらを見てみることにした。
デザインは微妙に違うものの、竜の絵や花札、アニメのキャラクター、さらには、セクシーなポーズを決めたビキニ姿の女性のものまであった。さすがに聖グロ生徒としてそれは無理なので、さらに他のスカジャンを見ていたら、1枚の刺繍に目が行った。
「これは、確か...」
タロットカードの絵柄が刺繍されており、男性が乗っている神輿を2頭のスフィンクスが牽いているもので、The Chariotと書いてあった。
オレンジペコがお目当てのスカジャンを見つけたようなので、ローズヒップが近づいてきた。
「ペコさん、これは何の絵ですの?」
「タロットカードのThe Chariotです。つまり、古代の戦車ですね。」
「イカしてますわ!スカジャンの刺繍って動物の絵が多いのですが、タロットカードって、あまり見たことありませんわ。」
店主に断って試着させてもらうと、着れないことはないが、少しぴったり目だった。もうワンサイズ大きめのほうが良いかと思ったが、ローズヒップが
「余裕のあるサイズだと、バイクで走っているとバタバタして鬱陶しゅうございますのよ。中に洋服を着た上に羽織って、裾がぴったりぐらいのほうが風も入ってこなくていいんですの。」
なるほど、そうなのか。それであれば、これぐらいが丁度いいかもしれない。値段を見たら、少々高めではあったが、買えないものではない。それに、安くしてくれると言ってたし...
「じゃあ、これにします!」
「おじさま!どーんとまけてくださいませ!3割4割は当たり前ですのよ!」
「ローズヒップさん、そこまでしてもらったら悪いですよ。」
「あはは、さすがに4割もおまけはできないけど、ローズヒップちゃんのお知り合いだったら、3割引きにしてあげるよ。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「サイズは大丈夫かい。じゃあ、検品するから、ちょっと貸してね。」
そう言ってオレンジペコからスカジャンを受け取ると、店主は奥の広い台にスカジャンを広げて、手早く検品した。
「あれ?脇の下にちょっと汚れがあるな。これじゃあ売り物にならないな。同じデザインとサイズのものはあるかな。」
そう言われて、オレンジペコとローズヒップは先ほどの売り場を探してみたが、サイズ違いが1着だけあったものの、同じものは無かった。
「じゃあ、ちょっと汚れた傷物だから、4割引きにしちゃおう。」
「ええっ!いいんですか?」
「ああ、それに、このデザインはかなり昔に仕入れたものだし、安くても売れてくれたほうがいいんだよ。」
結局、ローズヒップが言った通り、4割引きで買えてしまった。
「着ているうちにどうせ汚れるんだから、これぐらいだったら気にはなりませんわ。」
「ええ、ここなら目立ちませんからね。」
「おじさま、ありがとうございます!感謝感激、雨あられですわー!」
支払いを終え、店主がスカジャンを畳んで袋に入れようとすると、
「あの、それ、着て帰ります!」
「えっ、じゃあ、値札を切っておくね。」
オレンジペコは、先ほど買ったスカジャンを早く着てみたかった。そして、それを着てバイクに乗ってみたかった。
まだ気温は暖かかったので、今着ているシャツの上に着ると少し暑い。そこで、シャツを脱いで腰に巻いて、インナーのTシャツの上にスカジャンを羽織った。
「ペコさん、すっごくイカしてますわ!」
ペコのスカジャン姿を見て、ローズヒップが褒めてくれた。
「えへへ。」
「Tシャツの上にスカジャンを着る時は、腕時計が見えるぐらいに袖を少し上げると、カッコイイよ。」
と店主が教えてくれた。
店内の鏡で見てみると、普段の自分とは全く違う装いになっていて、まるで自分ではないようだった。
お店の外に出ると、すでに日が傾きかけていた。気を付けて帰るんだよ、と店主に見送られながら、2人は三笠公園のほうに歩き出した。
「ローズヒップさん、本当に、ありがとございます。お陰様で、とても素敵なスカジャンを、お得なお値段で買えました。」
「どういたしまして。それより、早くそれを着てバイクに乗って帰りましょう。」
--------------------------------------------------------------------------------
帰り道は少し混んでいたが、そんなことは気にならないぐらい、オレンジペコはウキウキしていた。
途中、休憩のために寄ったコンビニで缶コーヒーを、さっきのお礼ということでローズヒップの分も買ってあげて2人で飲んでいると、なんだかとても高揚した気分になった。
「ダージリン様は、コーヒーなんてまるで泥水みたいっておっしゃってましたけど、バイクで出かけた時はやっぱり缶コーヒーに限りますわ。」
「私も、バイクに乗っていると、なんだか缶コーヒーが飲みたくなりますね。」
「ペコさん、また、どこかにツーリングに行きましょうね。」
「ええ、是非。」
缶コーヒーを飲み終えると、次回のツーリングの約束をして、一路、学園艦が停泊している横浜港へとバイクを走らせた。
--------------------------------------------------------------------------------
(後日談)
ある日の夕方、戦車道の訓練とお茶会を終えて寮に戻ったオレンジペコとローズヒップは、スカジャンを着て出かけようとロビーに出たところで、ダージリンとばったり会った。
「ペコ、その恰好は...」
「あ、ダージリン様、先ほどはお疲れ様でした。これからローズヒップさんと一緒に、バイクで夕食を食べに行って来ます。」
「今日は学園艦の第8艦区にあるラーメン屋さんの特売日なのですわ!」
「では、ダージリン様、ごきげんよう。」
そう言って、オレンジペコとローズヒップは駐輪場の方に歩いて行った。すぐに、バイクのエンジン音が聞こえて、2台のバイクが走り去っていった。
「ダージリン、どうかされたのですか?」
茫然と立っているダージリンに、通りがかったアッサムが声をかけた。
「あ、アッサム、ペ、ペコが不良になってしまったの...」
「何を言ってるんですか。」
「でも、あんなド派手な服を着て、バイクで夜に出かけるなんて...」
「この間、ローズヒップと横須賀に行った時に買ったスカジャンだそうです。横浜生まれ、横浜育ちなのに、スカジャンも知らないのですか?」
「私、お洋服はデパートかブティックでしか買わないから。」
「世間知らずにも程があります!」
これで、オレンジペコ編はいったん終了です。
書きながら、オレンジペコにはどんなスカジャンを着せようかと、悩みに悩みました。
タロットカードの「The Chariot」は、実行力、強い意志、迅速、という意味を持つそうです。
「迅速」だと、ローズヒップのほうが似合いそうな気はしますが。
2人が立ち寄って「横須賀グルメプレート」を食べたお店は実在しますので、興味があれば探してみてください。
話の中で書いたように、三浦半島は他にもいろんなツーリングスポットがあります。湘南方面も良いのですが、134号線が混むんですよね。
久里浜から金谷のフェリーも、乗ってみたいです。
また機会があれば、横浜からのツーリングのお話を書きたいと思います。その時には、新しいメンバーが参戦しているかも。
他のお話を先に書き終えていたのですが、物語の前後関係から、こちらの話を先に公開する必要があることに気づき、急いで書き上げました。