最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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今更ながら言っておくと紫苑も栞も作者の趣味しか詰めてないので、皆が好きかどうかはわかりません。
でもそんなの知ったことではないので初投稿です。


第15話

『決まったァ! 突如として出現した水が百鬼選手を閉じ込め、更に押し潰したァ!! これは黒鉄選手のジャイアントキリングなるか!?』

 

「あっちゃぁ。紫苑め、してやられたな」

「あぁ。いや、これは黒鉄妹が見事だったというべきか」

 

 紫苑を閉じ込めた大量の水、あれがどこから来たものかを理解しているがゆえに新宮寺と西京は唸る。

 

 珠雫が紫苑を包み込んだ水、それは彼女が今まで連発していた技のすべてからかき集めたものである。

 

 紫苑を蜂の巣にしようとした《血風惨雨》も、彼を押し潰そうとした三つの氷の柱も、視界を白で塗りつぶした《白夜結界》も、水分身を用いた特攻も、巨大な氷杭による攻撃も。

 そのすべてがこの訓練場を自身の魔力で満たし、あの水の監獄──《青色葬送》を発動させるための布石だった。

 

 無論それらとて必殺の意を込めた、黒鉄珠雫の渾身である。そうでなければ、あの男の命には決して届かないと彼女は理解していたから。

 

 それらで殺しきれれば重畳、届かなければ己の全てを賭けた《黒鬼殺し》の策に利用すれば良い。

 

 そしてこの策の肝要なところは、『紫苑に逃げ込ませる場所を与えなかったこと』だ。

 

 言うまでもないことだが、この《青色葬送》は紫苑の《究極生存本能》に引っかかる。自身の死を嗅ぎ取る、絶対的な嗅覚。それを持ち合わせていても、珠雫に好きなようにしてやられたのは『嗅ぎ取ったところでどうにも出来なかった』ため。

 

 以前の試合で刀華が行った、自身を魔力化させる技でも使用できれば話は別だったのだろうが、紫苑の埒外の強さは所詮、伐刀者でない普通の人間の延長線上にある物でしかない。

 

 そんな人間を超越したような真似は不可能。

 ──どう足掻こうが詰みだ。

 

「ふぅ……」

 

 珠雫は荒く息を吐いた。

 

 ──ずっと不安だったのだ。自分の考えた彼に勝利するための筋書き。それをどのように破ってくるのか、ずっと警戒し続けていたから。

 

 珠雫も勘違いしがちであるが、連盟が評価した彼女のステータスにある魔力制御Aとは、誇大なしに人類最高峰の魔術師である証なのだ。それは彼女の周囲に強者が多すぎる事が要因のひとつではあるのだが、それはともかくとして。

 

 そんな珠雫が全力で策を張り巡らせ、自身の魔力の存在に気づかれぬようこれでもかと隠蔽し続ければ、紫苑程度が事前に勘づけるわけがないのだ。

 

 それでも彼には《究極生存本能》という反則技(チート)じみた超直感があるが、それも戦いながら綿密に場を整えて、即座に発動できるようにした珠雫の絶技には追い付けない。

 

(敗けの目は全部潰した筈……)

 

 《青色葬送》は、KoKランキング二位《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニの最大規模にして最強の伐刀絶技《第八大海(アドリアン・ブルー)》に着想を得た技。そのコンセプトは紫苑のような武術に特化した騎士を完封することである。

 

 最初は氷山に閉じ込めることを考えたが、彼らのような達人という言葉すら不相応な程優れた武術家である者達に、氷という固形を用いることは突破口を与える事と同じ。対して液体であれば彼らの武も役に立たない。

 規模や、中で相手に動かれるという脱出のリスクは、押し潰すことで解決した。

 

 ──この技は紫苑に刺さる。

 

 まぁ紫苑に打ち勝つために編み出した技なのだから当然ではあるのだが。

 

 それでも……珠雫は宙に浮かぶ水の監獄を睨み付ける。紫苑の一挙手一投足、僅な動きも見逃さないように。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 睨み付ける。《宵時雨》を握る手に力が入った。

 

(倒れろ……!)

 

 懇願する。頼むから倒れてくれ。ここで負けてくれ、と。

 

 その願いが通じたのか──彼の口から気泡が大きく溢れ、そして身体がだらり、と弛緩した。彼の霊装である《亡華》が手から離れる。

 彼が意識を失ったことは明白だった。

 

(……やった、の?)

 

「黒鉄選手」

 

 レフェリーに声をかけられる。それで我に返った。

 彼の言わんとしていることはわかる。『決着が付いたのは明白なのだから、紫苑を解放しろ』と言うことだろう。

 それは審判が彼女の勝利を認めたことと同義であり、

 

「──はい」

 

 心の底から沸き上がる喝采を心に秘め、紫苑を解放する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──寸前で、珠雫の腹部が大きく切り裂かれた。

 

「が、ぼっ……」

「馬鹿な……ッ!?」

 

 珠雫も、審判も眼を見開いた。

 

 珠雫が攻撃された以上、彼女の腹を切り裂いたのは紫苑の攻撃だ。それは間違いない。

 だが紫苑の意識は間違いなく喪失した筈だ。いや、むしろ喪失していることが当たり前だった。呼吸など出来る筈もない水中で、なおかつ彼の身体は常に水圧で押し潰されていたのだ。

 

 如何に肺活量が優れていようと、そんな状態では三分も耐えられない。それが当然──。

 

「馬鹿なっ!?」

「っビビったぁ。んだよ、くーちゃんそんなでけぇ声出して」

「百鬼は間違いなく意識を喪失した筈だろう! 何故意識を失った状態で攻撃が出来る!?」

「あぁ、なんだそんな事か……。

 まず一個目、『なんで意識がない状態で攻撃できたか』だけど、んなもん決まってんじゃん。『意識を失ってなかったから』だよ」

 

 そう、紫苑は気絶なんてしていなかった。ただ気泡を口から大きく溢し、身体を弛緩させた。つまるところ『意識を失ったフリ』をしただけなのだ。

 

「そんな真似を……!」

「これだから良い子ちゃんは。これは戦いだぜ? 敵を騙すなんて当然だろ。むしろみすみす騙される方が間抜けなんだよ。

 ……つーか妹ちゃんが引っ掛かった方が意外だねぇ。あの子はそれなりに性格悪ィと思ってたんだけど」

 

 けらけらと笑う西京の言葉を聞いて、新宮寺は彼女と初めて会ったときの事を思い出す。

 彼女との模擬戦。幻想形態を用いて行われたそれにおいて、西京が自分の舌の一部を噛み千切って、自分の隙を作ったときの事を。

 

「まぁ、くーちゃんからしたら紫苑が騙し討ち(こんなこと)するなんて意外だろうけどさ」

「……あぁ」

 

 紫苑は敵を騙したりする事は不得意な人間だろうと思っていた。自分の振るう《瀧華一刀流繚乱勢法》に誇りを持ち、それ一本で敵を打ち倒すような、そんな男だと。

 

「──《瀧華一刀流》に伝わるこんな言葉がある。

『剣が折られれば鞘で。鞘を使えぬなら拳で。拳が砕かれれば脚で。脚が砕かれれば牙で。牙が折られれば命で』

 ……まぁ要するに『どんな手段を用いても良いから、とにかく敵をぶち殺せ』ってこった。どうだいくーちゃん。騙し討ちなんて平気でやりそうだろ?」

 

 彼女の言葉に頷く。

 《瀧華一刀流》は生粋の殺人剣だというのは聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかった。

 こんな理念を掲げている剣術を学んだ紫苑であれば、敵を騙すなど平気でやるだろう。

 

「……だが、まだわからんことがある。何故、黒鉄妹は斬られたんだ? 確かに《鳳穿花》など百鬼は遠距離攻撃を使用できるが、それは全て『剣を振るう』という予備動作が必要な筈だ。《青色葬送》で動きを封じられていた百鬼にそんな真似が出来る筈もなければ、仮に出来ていたところでそれを彼女が見逃すとは思えん」

「あぁ。そりゃそうだろうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……?」

「察しが悪いなぁ、くーちゃん。《瀧華一刀流繚乱勢法》は《倍化》の異能を組み込んだ剣術だぜ? だったらさぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、わけねぇ事だと思わないかい?」

「……ッ! そうか! 《水牢弾》を風圧で吹き飛ばした、あのときか!」

 

 あれは相手を窒息させる水の球を吹き飛ばすことに重点を置いたからかと思ったが、今考えれば紫苑にしては大人しかった。

 あの風は珠雫対策のカモフラージュ。本命は西京が言った遅延姓の斬撃──《狂い裂き》をこのリング上に配置することだったのだ。

 

「百鬼は魔力が十全にあったとしても、感知するのが困難ほど少ない。しかもそんな奴がまさか遅延姓の斬撃を繰り出せるとはまず思えない……」

「しかもアイツ、『迷彩』もそこそこ出来るからねぇ。そりゃあ妹ちゃんと比べりゃ話にもならんけど、端から警戒してない相手の眼を欺くくらいは出来る」

 

 生来の魔力の少なさと紫苑本人が研鑽を続けてきた『迷彩』の技術を以て、珠雫の盲点から斬りかかった──その結果がこれだ。

 

 

 ──そんな二人の言葉は聞こえていないが、珠雫も、審判も、観客の全てが思い知った。

 道理だとか、当たり前だとか……そんなものを悉く乗り越えてきたからこそ、彼は《黒鬼》なのだと。

 

「ぐっ……!」

 

 腹部を押さえながら、珠雫が目線を水の牢獄に向ければそこに紫苑の姿はない。

 彼はそのすぐ下にいた。腹部を切り裂かれたことで、圧力が緩んだところを魔力放出によって脱出。手放した《亡華》を握って着地したのだ。

 

 彼が大地を蹴る。真っ直ぐにこちらに向かって駆けてくる。それはまさしく疾駆と呼ぶに相応しい速さで。

 

「黒鉄選手……!」

「止めないでくださいッ!!」

 

 レフェリーストップを入れようとする審判を、珠雫は一喝する。まだ何も終わっていない。激痛が脳をこれでもかと突き刺してくるが、まだ自分の意識はある。自分は戦える。

 

「《白夜結界》……!!」

 

 再び訓練場が白で満たされる。

 腹部の出血は極めて酷いが、それを治癒している暇はない。そんなことをしていれば彼に斬られて終わる。

 死中にしか活はない。ならば自分は攻める。そして──勝つんだ!

 

「《血風惨雨》!」

 

 次いで放つは水の弾雨。

 雨霰という言葉すら生温い針の群れが襲いかかり、紫苑を突き刺そうとするが──そんなもの彼は意にも介さない。

 彼の疾走は止まらない。

 

(守ってない! あれもブラフか!)

 

 《白夜結界》は珠雫の魔力によって構成された霧。故に内部の様子など、彼女は目を瞑っていたって理解できる。

 その霧が教えてくれているのだ。数分前、彼に全力の防御姿勢を取らせ、歩みを遅くさせた《血風惨雨》が何の役にも立っていないことを。

 守る必要などまるでなかったにも関わらず、守ったのは──後の展開を見据えての事だろう。

 

 そして──彼が珠雫の前に姿を現した。

 あと五歩もあれば彼は自分の身体を両断できるだろう。しかしそんな局面であっても、珠雫は応手を繰り出した。

 

 聳え立つは水の壁。

 あらゆる攻撃を遮断する珠雫の防御魔術《障波睡蓮》だ。事ここに至って、珠雫は冷静さを取り戻していた。

 幅五メートル、しかも水という超重量の物質。それを突破するなど──、

 

「──《瞬菊》」

 

 容易であった。

 

 紫苑は鞘に閉まった刃を、渾身の力を以て抜刀。水の城壁を、一部ではあるが消し飛ばした。凄まじい風圧、次いで水が魔力障壁に叩き付けられる。

 

(突破された……!)

 

 至近距離という事を考慮したとしても、ここまでの威力があるとは思っていなかった。珠雫の思考が硬直する──

 

「シズクーーーーーーーーッ!! 頑張ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 寸前、唯一無二の友人の声に渇を入れられた。

 そうだ、自分には彼がいるのだ。自分の勝利を心から願ってくれる大切な友人が。

 ならば──こんなところで負けていられない!

 

 一呼吸の間に壁を突破し、その奥にいた珠雫を両断する──が、そこから溢れたのは水だった。

 紫苑に特攻を行った物と同様の水分身、それが切断された瞬間爆発した。

 

 霧が一層濃くなる。《障波睡蓮》に用いていた水を流用したのだろう。もはや一メートル先が視認できないどころではない。

 紫苑は握っている筈の霊装すら視認できなくなっていた。

 

(性懲りもなく目眩ましか)

 

 嘆息し、されど警戒は微塵も緩めない。

 

 ──背後から珠雫が斬りかかった。

 その手に握っている筈の《宵時雨》は日本刀ほどのリーチにまで延びている。

 水の魔力を纏わせ、それを超高速で循環、攻撃力を飛躍的に上昇させる伐刀絶技《緋水刃》だ。

 

 《究極生存本能》が作用する。

 鉄のような不快な臭いがどこからか香り、次いで自身が水の刃に斬り伏せられる光景を見た。

 

 彼は背後から迫る珠雫に視線を──向けず、前方に剣を振り下ろした。

 

 

 

 霧が晴れる。

 そこにいたのは身体が《血風惨雨》によって穴だらけになった紫苑と……彼の足元に倒れ、それでもなお足首を掴んでいた黒鉄珠雫であった。

 

「──見事」

 

 眼前に倒れる敵に紫苑は称賛の言葉を贈り、リングから去る。

 

 

 

 

 それは世界最弱として生まれながら、その全てを努力で覆す。

 それは常軌を逸する鍛練によって、己を死に至らしめる全てを感知する超直感と人を超越した肉体性能を持つ。

 研鑽の果て、彼の振るう全てが天下無双の剣である。

 ──自身の心を砕きながら最強を目指す、どこにでもいる少年である。

 

《努力》《魔人》

《黒鬼》百鬼紫苑

 

◆ ◆ ◆

 

「なん……で……」

 

 ──確かに自分は栞を倒した筈だ。

 リングの端で、大火傷を負って倒れている栞の身体があることからもそれは明らか。

 いやそもそも何故彼女は──炎を纏っているのだ?

 

 彼女の能力は《眠り》である。

 ならば四方を炎に覆われた状態から逃げることも、分身を作り出すことも不可能。技量云々の問題ではなく、能力の都合上絶対にできない。

 

「なんで? ……あぁ、その事ですか」

 

 ぱちん、と栞が指を鳴らす。

 一体何事だ。背中の傷を焼いて止血を済ませたステラはわからなかったが、実況席からは何が起こったのかはっきりとわかった。

 

『炎です! 先程ステラ選手の一撃によって倒れ伏した筈の西園寺選手の身体が、炎になりました! ですが先生、西園寺選手の能力は《眠り》だった筈。なんで炎を──』

『…………なるほど、西園寺め。中々の狸だな』

『狸ってどういう事ですか?』

『簡単な話だ』

 

 何故栞が炎を扱えるのか。

 その問いに関する答えは解説が言ったように、非常にシンプルだ。

 

 

「私の能力が《眠り》だって話。あれ、嘘ですから」

 

 

『西園寺栞の能力が《眠り》である』

 その前提が間違っているからに他ならない。

 

『『「な……!」』』

 

 そう彼女は徹底してステラに刷り込んだのだ。

 攻撃の際には常に彼女を眠らせる攻撃ばかりを放ち。防御には不向きな能力だからと、ステラの猛攻から脱兎の如く逃げ回り。

 そして彼女が必殺の一撃を放ってきたときには、抵抗できずにやられてしまった事を演出した。

 

 全ては背後からの不意打ちを通すために。

 

「嘘や悪巧みは魔女の本質です。そもそも私は最初に名乗ったでしょう? わるーい魔女だって。そんな相手の言うことを素直に信じるなんて……貴女は本当に『良い子』ですね?」

 

 くすくすと小鳥が囀ずるように彼女はステラを笑い、そして人差し指を立てる。

 

「ではひとつ問題です」

「……問題?」

「えぇ。ずばり──私の能力はなんでしょう?」

 

 最初は間違いなく《眠り》だった。

 刃が突き刺さってきたところから痛みの代わりに、常に自分を眠らせる毒が流れ込んできていたから。

 

 しかし今は《炎》の能力を使っている。自分が斬ったものが《炎》の分身であったこと、彼女が炎を纏っていることからもそれは明らか。

 

 自分に悟られずに背後に回り込んだ事だけはパッと思い付かなかったが、甦るのは首を斬り飛ばされた刀華が自身の身体を魔力化し再構成した光景。あれと同様の魔術を用い、並行して迷彩をかけたのならば自分が気付けないことも頷ける。

 

 ならばステラの知識にある中で、該当する能力はひとつしかない。

 

「──《複写》。あんた《複写使い(フェイカー)》でしょう」

「はい。正解です」

 

 ぱちぱち、と栞が拍手をする。

 しかし観客の多くはピンと来なかったようで、そんな彼らを代表し、実況が隣の解説役の教師に訊ねる。

 

『先生、《複写》って具体的にはどんな能力なんですか?』

『概念干渉系に類される能力で、その力は『相手の能力をコピーする』事だ。先程の倒れたと見せかけた西園寺は炎で作り出した分身、背後に回り込んだのは東堂がやってみせた身体を魔力化させる技と同系統の技だろう』

『凄い! 万能な能力じゃないですか!』

『確かに極めて汎用性に長けた能力だが、無論弱点もある。ひとつは「複数の能力を同時には行使できない」こと。今の西園寺はヴァーミリオンの《炎》をコピーしたが故、《眠り》は使えない。そして逆もまた然りだ。そしてもうひとつ。それは──』

 

「『どう足掻こうがオリジナルは超えられない』」

 

 なるほど、確かに西園寺栞は極めて優秀な《模写使い》だ。

 

 自分の能力ではない筈の《眠り》を用いてあそこまで自分を追い詰め、そして《模写》して程ない自分の能力を用いて一瞬でブラフから不意打ちまで組み立てるなど、易々とできる事ではない。

 

 しかも刀華ほどの騎士がようやく実用段階に至らせた《雷王天変》と同じ技を使い、けろりとしている事からも魔力制御技術では遠く及ばないと認めざるを得ないだろう。

 

 だが所詮は《模写》。どれほど精巧な模倣品であろうと、それが模倣である以上、絶対にオリジナルは超えられない。

 

 そこに加え、単純な熟練度の差が立ち塞がる。

 どれほど完璧に能力を模倣しようと、使いこなせるかはまた別の話。

 

 十年以上もこの能力と人生を共にしてきたステラと、僅か数分前にこの能力を手にした栞。両者を比べれば、栞には本来あるべきである研鑽が圧倒的に足りていない。

 

 故に自分は超えられない。

 同じ模倣であろうと、それを自身に合うように最適化し、なおかつ欠点を潰し、昇華させる《模倣剣技(ブレイドスティール)》とは異なる、ただのコピーであるが故。

 

「えぇ。その通りです。私の能力はただの猿真似。ですが──」

 

 苦笑し、彼女はナイフを天に掲げる。

 魔力が集まっていく。そうして作られていくのはステラ・ヴァーミリオンの必殺の模倣。《天壌焼き焦がす竜王の焔》である。

 紅蓮の炎が渦をとなり、天へと伸びていく。荒れ狂う炎が剣の形となって──、

 

「それが何か?」

「──ッ!!?」

 

『嘘……だろ……?』

『何がオリジナルは超えられない、よ……! あんなのヴァーミリオンさんのやつより遥かに上じゃない……!!』

 

 そうして作り出された《天壌焼き焦がす竜王の焔》は、先程ステラが繰り出した物に比べ、遥かに巨大。刃渡りは──目算300メートルはあるだろうか。幅も比べ物にならない。

 

 ステラの顔に焦燥が浮かぶ。観客達が絶望に呑まれる。

 

「オリジナルを超えられない事。そして能力に対する理解度と熟練度の差。それこそが《模写使い》の弱点ですが……」

 

 しかしそれだけでは終わらない。

 《天壌焼き焦がす竜王の焔》が折り畳まれる。中心に向かって炎が集まっていく。

 

「自分の事を何も理解していない相手であれば、それらは何も問題にはなりません」

「あんた、何言って……!」

「さぁ? 何でしょうか?」

「はぐらかしてんじゃ……」

「ヒントは言いました。あとは自分で辿り着く事です」

 

 そうして完成するのはステラの放つ《天壌焼き焦がす竜王の焔》と同程度の幅とリーチを誇る光の宝剣だ。しかしそこに込められた破壊力と、それが放つ輝きはステラのそれを遥かに上回る。

 飄々と笑っていた栞は真っ直ぐステラを見据える。

 

「あなたには七星剣舞祭に出なければいけない理由があるんでしょう。自分の故郷を守れるだけの騎士になりたいんでしょう。こんなところで私なんかに負けられないんでしょう」

「…………ッ!」

「ならば絶望してどうするんですか? 貴女よりも格下の、私の渾身程度に怯んで何を為そうと言うのです?

 《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。約束に、理想に、己が剣に託した誓いに手を届かせたいのであれば。今ここで己の限界を超えて……私に打ち勝ってみせなさい」

「……ッッ!! 舐めてんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 好き勝手言わせておけば。

 確かに驚きはした。自分よりも遥かに少ない魔力で、あれほどの破壊力を込める技量に感心はした。

 だが絶望した? いつ私が怯んだ? 誰がそんなくだらない感情を抱いたと言うのだ。

 自分で勝手に私の感情を解釈して。上から目線で説教か。私を侮るのもいい加減にしろ。

 

(えぇ、上等よ!!)

 

 たかが己の全力の三倍程度。自分に超えられない筈がない!

 

 炎を収束させる。そうして作り出すは光の剣。

 莫大な熱量と破壊力を誇る《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンの必殺の魔剣──!!

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔》ァァァァァァ──ッッッ!!!!!!」

「《天壌焼き焦がす竜王の焔・影打》」

 

 そうして衝突する。吹き荒れるのは熱風。

 余波だけで周囲を焼き焦がす魔力が観客席を燃焼させる。そんな規格外の魔力の衝突は──ステラが押し込まれつつあった。

 

(重い──ッ!)

 

 脚がリングにめり込む。ヒビが入り、それは絶えず広がり続ける。自分の炎と全く同質のそれが自分を焼いていく。

 

 炎を滾らせても滾らせても、彼女のそれに遠く及ばないように思える。こういう言葉を使うのはステラも好みではないが、自分と栞の間には隔絶した才能の差があるというのに。

 

 膝が折れる。

 もはや踏ん張ることが精々だ。それでも栞は容赦なく刃を振り下ろす。これで散るならばその程度──そう言わんばかりに。

 

(……ここに来てからずっとこんなのばっかね)

 

 ヴァーミリオンがどれほど狭い国だったのか重い知らされる日々。

 日本に来てからわずか2ヶ月と少し。自国をどれほど探してもいなかった格上の存在に、自分の弱さを痛感させられ続けた。

 

 自分を初めて負かし、そして好きになった男《無冠の剣王》黒鉄一輝。

 

 自分とは正反対で全く才能に恵まれなかった男。

 けれど《努力》でその全てを覆し、学園最強に土をつけた剣士《黒鬼》百鬼紫苑。

 

 そして目の前の敵。

 

 自分がこれまでやってきた努力なんて努力ではない、と突きつけられるようだった。世界最高の才能があったからこそギリギリ渡り合えていただけ。それが嫌でもわかってしまう。

 

(それでもっ! 私は負けられないんだ──!!!)

 

「敗けるなステラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!!!!」

 

 ──自分の勝利を望んでくれている奴がいるんだから!!

 

「おぉぉぉおあぁアアアぁぁぁぁぁァァ──ッッ!!!!!!!」

 

 吼える。しっかりと大剣を握り締める。

 先程まで押し込まれていたステラが勢いを取り戻し、ふたつの剣は拮抗する。

 

「ハァァァァァァァァァァァ──!!!!!!!」

 

 そして──爆散する。

 

 音が飛んだ。光が飛んだ。

 剣の形が綻び、魔力の風となってふたりと観客席を殴り付けた。リングやドームの瓦礫は残らず燃え尽きた。耐えきれずステラは吹き飛ばされるが、リングに大剣を突き立てることでなんとか持ちこたえる。

 

 いつも騒がしい実況の声も聞こえない。

 そんな静寂の中でステラは栞を探そうとし──自身の頭蓋に刃が突き立てられた。

 

 声ですらない、間抜けな声が漏れる。

 

「《紅蓮の破裂(クリムゾンバースト)》」

 

 そんな声と共に微笑む栞の姿を彼女は捉えた。

 意識が、頭に突き刺さった霊装と共に爆砕される。

 

◆ ◆ ◆

 

『あいたた……何がどうなったんでしょう、《天壌焼き焦がす竜王の焔》同士がぶつかった余波であわや大惨事になりかけましたが──』

 

 互いの必殺同士がぶつかった衝撃で、ガラスが吹き飛んだ実況席。そこから這い上がるようにしてマイクを握った実況が、眼下を見下ろす。

 

 人間の感覚を悉く粉砕してみせたのではないかと錯覚させる爆音と爆風、そして閃光。それに蝕まれていた視界が徐々に戻ってくる。

 

 リングの上は凄惨の一言だった。

 中心点であるリングはそのほとんどが焼け焦げており、酷いところでは赤く融解してしまっている。

 世界最高峰の力同士がぶつかった舞台に、観客達は舌を巻き、そして同時に勝者がどちらであるのかも理解した。

 

「判定を」

 

 あれだけの惨状に巻き込まれたとは思えない無傷の黒髪の少女は、敗者である赤髪の少女に視線を向けたままレフェリーに判定を促す。

 呆然としていたレフェリーがステラの状態を確認すると、頭の上で腕をクロスさせた。

 

『け、決着ぅぅぅぅ! ステラ選手の必殺と、それの模倣である西園寺選手のぶつかり合いを制したのは──西園寺栞選手だぁぁぁァァ!! ところどころステラ選手が盛り返したところはありましたが、それでも終始圧倒! 文句のつけようもない! 《紅蓮の皇女》相手に完全勝利を収めました!

 ……っと、ここで別の場所で行われていた《黒鬼》百鬼紫苑選手と《深海の魔女》黒鉄珠雫選手の試合の速報が入ってきました! 結果は……百鬼紫苑選手の勝利! これまで破竹の勢いで勝ち上がってきた今年度一年生の首席次席がここで敗退しました……!』

 

「……良かった」

 

 栞は安堵の息を漏らす。

 紫苑が敗けるとは露程も思っていないが、それでも勝ったという報告が聞けると安心する。

 それにしても……、

 

「まさか《眠り》以外を使わされるとは」

 

 栞に勝利のカタルシスめいた物はなかった。

 そこにあるのは自戒のみ。

 

 ステラを侮っていたつもりはなかった。

 彼女の実力と、この学園に来てからの成長度合い。それらを鑑み、そして『《眠り》のみで仕留めきれる』と判断した。

 

 そしてこれでもかと霊装を叩き込み、《眠り》を流し込み、ステラに対する最適解を選び続け、彼女を追い詰めたつもりだった。それでも耐えきられ、自分の手の内を曝してしまったのは……彼女が自分の想定を上回っていたからに他ならない。

 

 それも──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私も見る目がないですね」

 

 その結果、自分の能力をこんなに早い段階から露呈させてしまった。この手札を切るのは一輝級の騎士に当たったときだろうと思っていたのに。 

 

 しかし、眠れる竜を叩き起こすには自分では足りないか。勝算は──自分の《天壌焼き焦がす竜王の焔・影打》を相殺してみせた事からも可能かと思ったのだが。

 

 やはりこういう荒療治めいたことは自分には向いていない。

 ならば人間に任せることにしよう。

 

 さて──やってしまった事はしょうがない。

 反省の時間はここでおしまいだ。

 

「私は私にやれることをしないと」

 

 勝者である少女は担架で運ばれていく敗者を尻目に、リングを去っていった。

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