ありがとナス!
もう5話先まで予約投稿してるので初投稿です。
燦燦と照り付ける太陽、白い砂浜。そして青い海。
梅雨の不快さはどこへやら。本日は絶好の海水浴日和であった。週末という事もあってカップルや、家族連れなど様々な者達が思い思いに今日という日を満喫しようとしており、また別のところでは海の家の従業員が客の書き入れ時だと声を張り上げている。
そして……、
「海だーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ここにもそんな人間が一人。
元服を迎え、三年が経った男性だとはとても思えない小柄な体躯に、くすんだ銀色の癖毛。普段は光を映さない金色の瞳は彼のテンションの高さからか、少し輝いているように見える。
禊泡沫。破軍学園において、副会長を務める男である。
さて、そんな男が今にも海に飛び込んでいこうとする中……彼と一緒に海に来た二人の男と言えば……
「……そんなに適当でいいのか」
「うん。むしろ、ちょっと雑に具材を切ってある方がバーベキューでは好まれるから」
「そういうものなのか?」
「こういったものって大事なのは空気感だから。みんなが楽しんでやるのが一番の調味料になるんだよ。……なんて、これはただの受け売りだけどね」
「それでも俺よりは詳しいだろう。……火はこんな感じか?」
「良い感じだね。上手いじゃないか、百鬼くん。本当に初めてなのかい?」
「西園寺に多少コツを教えてもらった程度だ」
「あぁ、なるほど。確かに彼女博識だし、教え上手そうだもんね」
「事実上手かったからな」
海には目もくれず、お互いに会話を行いながらも手際よくバーベキューの準備を整えていた。
木炭をバーベキューセットに放り込み、うちわで扇いでいるのはロクに手入れがされていないだろう、骨のようにくすんだ白髪に赤と黒のオッドアイを持つ小柄な男──百鬼紫苑。
白と青のシンプルなデザインの水着に上半身は同じく白のラッシュパーカーを羽織っている。日焼け対策というよりは、彼の全身に刻まれている凄惨な傷跡を隠すためのそれであるため、これまたシンプルな物。
対して折り畳み可能なデスクの上で具材を切っているのは、黒髪の優男──黒鉄一輝。紫苑よりも多少長身な彼が着ているのは、黒のトランクスタイプの水着である。何かあった時に必要か、と思い適当に購入したため飾りっ気のないシンプルな物だ。
そもそも男性の水着に洒落っ気を要求するのはいかがなものか、と彼個人は思っているのだが。
そんな、真面目に昼食の準備をしているふたりを泡沫は一喝する。
「ちょっと二人とも! せっかく海に遊び来てるんだぜ? もっと騒げよ! 楽しそうにしろよ! 夏を満喫しようって気はないのかよ!?」
「ない」
「そもそも僕達、仕事でここに来てるんですよね……?」
そう、海水浴などに微塵も興味も示しそうにない(実際に興味はない)紫苑が何故、海水浴場などという彼とは真逆の人間しかいなさそうな場所に居るのか。それはこの施設が破軍学園の合宿施設であり、ここに『怪物が出現する』という噂が流れているため、その真偽を確かめるべく調査に来ているのだ。
メンバーはこの調査を破軍学園理事長・新宮寺黒乃から直接頼まれた破軍学園生徒会メンバー、そこに加わった紫苑と一輝、そしてあと三人の女生徒。
計八人で調査に来ており、生徒会メンバーの砕城雷と貴徳原カナタがこの施設の管理人に話を聞きに行っており、残る女性陣は皆更衣室で着替えを行っている。
そして着替え終わるのが女性陣に比べ、遥かに早いだろう男性陣が昼食の準備をしようという話になったのだが──約一名、堂々とサボっている人間がいた。
「そりゃそうだけどさ。それでも夏の魔力ってやつは、人のテンションを爆上げてするのに一役買ってんのさ! だから仕方ない!!」
何故泡沫のテンションがここまで高いのか。それは──『夏だから』である。その一言だけで全てが片付き、どれだけテンションを上げて馬鹿騒ぎしてもその一言が免罪符となりうる。
ブレーキなんて不要。恥なんて学園に置いてきた。水着こそが我らの勝負服。俺が見るのは前だけで良い。
そんな陽気な人間特有の理論は、目の前の男達には通じなかったようで。
「馬鹿なんじゃないのか」
「なんで外野の僕達の方が真面目に仕事やってるんだろうね……」
「この堅物共! こーんなにも水着のお姉さん方が僕達を待っているのに、行かねぇなんてよー! ふたりとも男だって言うんならそういうのに興味があって然るべきだろ!!」
「知らん」
「あ、はは……」
自分達が堅物なのではなくて、泡沫がそういう事に関して興味を示しすぎなのではないかと思うも、一輝に出来ることは笑うくらいだ。
確かに紫苑は現代では珍しいくらいに硬派……というか、そういうことを全部切り捨ててきたから知らないだけだとは思うが。
「あーあー! ふたりなんて知ったこっちゃねぇよ! 僕は水着のお姉さんに『ぼく、どこから来たのー? 可愛いねー』ってちやほやされてくるから! 羨ましがんじゃねぇぞ!!」
「お前が別に何をしようが構わんが、ちゃんと怪物についての情報も仕入れてこい」
「かー! この堅物! 仕事人間!! 良いよ、行ってきてやるよ! 待ってろよお姉さーん!!」
そう吐き捨て、水着を纏った女性客の元に走り出そうとした泡沫だったが「「あ」」という紫苑と一輝の声が、その声がまるで鎖のように絡み付き、彼の足を止めた。
まるで出来の悪い機械仕掛けの人形のように背後を振り替えれば──
「うたくん……? 後輩二人に仕事を任せてナンパに行こうなんて……随分と良いご身分ですね……?」
そこには笑顔の──けれど激怒していると一目でわかる、破軍学園生徒会長の東堂刀華がそこにはいた。
「待って刀華! 違うんだ、僕の話を聞いてくれ!! 僕は情報収集の一貫として──」
「問答無用!」
「イヤァァァァァァァァァ!!!」
彼女は瞬時に距離を詰めて、泡沫を抱き抱え、芸術的な手首のスナップで彼の尻をひっぱたく。
「あはは……」
それを見て苦笑するのは、ラッシュパーカーで身体を覆い隠した西園寺栞。そしてその背後からは黒鉄珠雫。少し遅れて──荒い息を吐くステラ・ヴァーミリオンと彼女に引きずられるようにして兎丸恋々が現れた。
時間は少し遡って女子更衣室。
その空気は──お世辞にも良くはなかった。その原因(といって良いのかは不明であるが)は……ステラ・ヴァーミリオンである。
水着に着替えながらも、その視線は西園寺栞に向かう。
どうして自分を負かした相手と海水浴になど来ているのか。
それは──自分達が怪物調査に協力すると決めてから、更に助っ人として百鬼紫苑と西園寺栞が生徒会室にやってきたからである。
新宮寺から『助っ人はこちらの方二名確保できた』と言われていたから、都合が悪かったら断っても良いと刀華には言われた。
しかしステラは怪物調査という言葉に惹かれ、ステラと珠雫両名は一輝と海水浴という私利私欲で、そして一輝は選抜戦で恩恵に預かった身だから協力したい、と言うことで助っ人として参加することが決まった。
その直後に紫苑と栞がやってきたので、その時の空気は……言わずもがなだろう。
最終的には紫苑の『助っ人なんて多ければ多い方がいい』という言葉と、自分達が舌の渇かない内に『自分を負かした相手と顔を合わせるのが気まずいので、この話はやっぱりなしにしてください』なんて言うのは違うだろう、という事でそのまま参加することになったのだが……。
「……? どうしました、ステラさん?」
「いや、別になんでもない……」
「そうですか。……それにしても、こういう言い方をすると品がないですが……凄いですね、ステラさん。あれだけ食べてもこのスタイルとか……詐欺ですか?」
「詐欺じゃないわよっ!」
思わず突っ込んでしまう。先程まで感じていたシリアスな空気感を返して欲しい。
「なんか体質みたいなものよ。どれだけ食べても脂肪は胸に行くの!」
「なんですかその反則体質。女性の敵ですよ?」
「私に言われたってどうしようもないでしょ!?」
ステラのスタイルは同性の栞から見てもひどく魅力的だ。
日本人の平均サイズを遥かに上回る、丘というよりは山と形容すべき大きな胸。引き締まった腹部は獣のようにしなやかで、狩猟民族特有のつん、と跳ね上がったヒップもこれまた大きく、男性からすればひどく魅力的に映るだろう。
戦闘での強さは自分が上だが、これに関しては完敗と言わざるを得ない。というか脂肪が全部胸に行くなんてどういう体質なんだ。
ステラの能力の事を考慮にいれても、摂取カロリーの消化はそれでまぁ納得が出来るが、脂肪が全部胸に行くのは本当にわからない。
自分の日頃の努力を全否定された気がする、なんて思いながら着替える栞に背後から刺客が迫る──!
「しっおりちゃーん!!」
その刺客とは兎丸恋々。
ここにいるメンバー全員がやっている日差し対策など知ったことではない、むしろ日焼け上等! という姿勢の彼女が栞の胸を揉みしだかんとするが──その手は届くことはなかった。
兎丸の身体が細い糸のようなもので、全身を拘束されたからである。
「うっそこれ魔力の糸!? いつの間に作ったの!?」
「私の名前を呼んでからですよ。この程度、なんて事ないので」
「……珠雫さん、あなたは西園寺さんと同じ魔力制御Aですけど、同じこと出来ます?」
「出来るわけないです。あの人本当に規格外ですよ」
「知ってました。紫苑くんのルームメイトなだけありますね……」
そう言い、一歩引いたところから兎丸と栞、そしてステラを見るのは黒鉄珠雫と東堂刀華。
彼女らはあんな騒ぎに巻き込まれてはたまったものではないと、そそくさと着替えを進める。
「はぁ……それで兎丸さんは私に何をしようと?」
「いや、栞ちゃんもいい胸してるからちょっくら揉ませていただこうかと」
「そんな気軽に揉まれたくないんですけど……」
「いいじゃん減るもんじゃないし。ステラちゃんみたいにドーン! って感じのも良いんだけど栞ちゃんみたいなのも良いよねぇ」
ステラになんだかんだ言っていた栞であるが、それでも日本人として平均サイズ、あるいは少し小さめかという兎丸に比べれば大きい。括れも勿論、ヒップも大きく、胸や尻の大きさはステラに及ばないながらも、彼女は全体のバランスが取れている。
どこか芸術品めいたものを感じさせる美しさだ、と兎丸は言う。
複雑な気分ではあるが、まぁ褒められているのだから良しとしよう、と栞は兎丸を縛っていた糸を解く。無論警戒するのは忘れないが。
「ほら、馬鹿なことしてないで行きますよ。あまり紫苑さん達を待たせるのは忍びないですから」
「はーい。あ、でもちょっと待って。ステラちゃんの胸揉んでから行くから」
「は!? ちょっと助けなさいよシオリ! ってもういないし! 嘘、トーカさんとシズクは……! いない!」
「へっへっへ……もう逃げ場はないぞぉステラちゃん……スケベしようや……」
「アイツこうなるって予想して……! あの性悪女ァ!!」
……そんな声を背後に聞きながら、栞は先に更衣室から出ていた刀華と珠雫に合流した。
「……良かったんですか? 逃げてきて。しかもあんなことまで言われてますけど」
「性格が悪いことは自覚してますので。伊達に悪い魔女を自称している訳じゃないんですよ?」
背後から聞こえてくる罵声を聞いてくすくすと笑う栞を見て、この人も大概だなと刀華と珠雫は思う。
「それに、あれくらい油を注ぎ込めば、炎のようなあの人は燃え盛ってくれるでしょう? あの人にはもっと強くなっていただかなくてはならないので」
自分が燃料を放り込めるのならばいくらでも放り込んでやりますよ、と笑う栞に珠雫は聞く。
「西園寺さんはあの人に強くなって欲しいんですか?」
「えぇ」
「それは何故です? 将来のライバルが増えるかもしれないのに」
「強い伐刀者が一人でも多くいたらいざというときに役に立つじゃないですか。それも強ければ強いほど。
それに……これを言うと侮辱と取られるかもしれませんが、私個人としては強さも七星の頂も微塵も興味ありません」
だからステラとの試合の時に『私個人としては勝ちを譲りたい気持ちがある』と言った。それを刀華は試合を直接見ていたので知っていたが、同時刻に紫苑と試合を行っていた珠雫には驚愕に値することだった。
ステラと栞の試合の映像は見たが、彼女の強さは『強さに興味なんてない』と言う人間が身に付けられる物ではなかった。
願いがそのまま強さに直結するなんて事は思わないが、それでも『故郷を守りたい』という願いを掲げるステラとのモチベーションの差は隔絶したもの。にも関わらず、彼女は終始ステラを圧倒したのだから。
「なら、なんでそこまで強いんですか……?」
「そうですね……。珠雫さん、今から言う事は貴女にとって、そして東堂さんにとっても不快なことかもしれません。それでも構いませんか?」
珠雫は刀華に目線をやると、刀華も頷く。
──百鬼紫苑は過去の悲惨な事故によって、強さに執着するようになった。その執着はもはや呪いと言って然るべきもの。その甲斐あって彼は世界最弱の伐刀者として生まれながら、今や七星剣舞祭の出場は硬いだろう。
そして彼に匹敵すると破軍学園の教師陣に判断された、栞の強さの根元。それが彼女達も気になるのだ。自分が不快になるかもしれない、なんて事は考えるまでもなかった。
「一言で言ってしまえば──恵まれたからです。才能も、環境も、何もかもが」
「「……っ」」
残酷極まりない現実を、ふたりに突きつけた。
「私は幼い頃から要領が極めて良かった。他人が十の努力で行えることは大抵、一の労力で物にしました。料理も戦闘技術も、何もかも。そして私は『強者たれ』と周囲から期待されました。そのために自分に用意できるものはなんでも用意するから、強くなってくれ、と。
私も周囲の期待に応えたいと思い、強くなるための努力を始めました。そして《模写》という能力の特性上、自分が強くなるために必要なことはあらゆる伐刀者の技を知ることでした。なので『様々な伐刀者の技を学びたい』と頼み込み、古今東西あらゆる伐刀者の技をこの目で見て、体験し、学習し、模倣し、会得し、そして昇華させました。
そうする事が出来たのは、先も言いましたが周囲の人が自分に期待し、強くなれる環境を用意してくれたこと。そして、周囲の人が期待してくれるほどの才能が自分にあったことです。……これを恵まれていると言わずになんと言うのでしょう?」
そう栞はなんでもないことのように言うが、あの強さは才能だけで身に付くものではない。要領がいくら良いと言っても限度があるだろう。
刀華も珠雫も自分には才能があり、そして周囲にも(珠雫も認めるのは癪だが、自分が強くなれるというところだけに着目するならば)恵まれているのは認めるところ。
それでも自分と同じくらい恵まれていながら、強者になれなかった者も当然知っている。
刀華が尋ねる。
「辛くはなかったんですか? 周囲から期待されるということは」
周囲から期待されている、と彼女は言った。
期待と言うとポジティブなイメージだろうが、それは言い換えれば周囲からの重圧ということでもある。期待を裏切れば、失望される可能性だって同時に秘めていた。
自分だってスランプに陥り、ナイーブになったときには周囲からの期待を重苦しいと思ってしまう事もある。
そんな時はなかったのか、と。
「なかった、と言うと嘘になります。しかし……それ以上に私は期待に応えたかった。それに何か一つの事を成功させると、周りは自分よりも遥かに喜んでくれるんです。私が初めて模擬戦で勝ったときなんて、それはもう酷くて。『栞が初めて勝てたお祝いだー!』って一晩中大騒ぎですよ。
皆いっぱいプレゼントとかくれたり、父は自分の仕事だって忙しいはずなのに、意地で一日仕事を空けて遊園地に連れていってくれました。無理しなくて良い、忙しいんだから自分の事を優先して良いって言ったのに。『娘と一緒に遊びに行きたいっていう、私の我が儘だよ』なんて言って連れ出してくれました」
「……愛されてるんですね」
「はい。それはもう」
栞は苦笑する。
自分には勿体ないほど、自分の周りには良い人ばかりが集まっている。
「だから私は愛してもらった分、彼らが喜ぶことをしたい。そうするにはどうしたら良いかが──」
「……強くなることだった、と」
「そういうことですね。七星剣舞祭で優勝することも、彼らが喜んでくれるだろうからです。だから私個人としてはそこまで拘りがあるわけではないんですよ」
栞にとって重要なのは、周囲の人間が喜ぶこと。そのひとつが七星剣舞祭で優勝することだ、と栞は言う。
「でも今はそれ以上にしたいことが出来ましたしね」
「それって……?」
「それは内緒です。……さて、顔まで赤くなった《紅蓮の皇女》様に追いかけられる前に紫苑さんのところに行きませんか? 流石にあの方と単純なフィジカル勝負をするのは御免被りたいので」
歩きながらとは言え少し長話をしすぎてしまった。今頃ステラは兎丸の猛攻──と言って良いのかは疑問が残るけれど──を突破し、自分を追いかけてきている頃だろう。
それより先に紫苑達の──正確に言えば一輝のところに行って、あの暴れまわるドラゴンに首輪をつけたいところである。
そう悪戯っ子のように笑う栞を見て、珠雫は、
(もしかしてこの人と自分は仲良くなれるのでは?)
なんて思ったのはまた別の話である。
そして場面は刀華が泡沫に激怒した場面に戻ってくる。