最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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二章
第25話


 ──ステラ・ヴァーミリオンは紅蓮の竜を象った、魔力の砲撃《妃竜の大顎》を眼前敵に向かって撃ち放つ。

 

 ここは『巨門学園』という、『破軍学園』と同じ日本に七つある騎士学校が保有する合宿施設。山形県の山奥にあるそこで、破軍学園の『ボランティアコーチ』としての役割を彼女は務めていた。

 

 尤も、彼女自身の心境は『自分こそが挑戦者だ』という物だったが。

 その証拠に見てみろ。

 

 竜の身体が割れた。

 魔力の炎という、斬れる筈がないものを敵は不可視の刃で容易く切断してみせる。──否、それだけに留まらない。

 

「……ッ!」

 

 ステラは自分の身体を、魂の武装である両刃大剣《妃竜の大剣》で防御した。自分が日本で培ってきた強敵との戦闘経験、その中で磨かれた第六感が『防御しろ』と自分の身体に命令したからだ。──そしてその第六感は極めて正しい。

 

 ガギィンッ! という派手な金属音が響き、それに伴って衝撃が《妃竜の大剣》から伝わってくる。力を殺しきれず、ステラは僅かに鑪を踏んだ。構えがほんの少し崩れる。

 それは隙と呼ぶにはあまりに小さいが、自分が刃を交えている相手はさも当然に如く針に糸を通してくる。

 

 飛ぶ斬撃によって二つに分かたれた炎の竜。そこを敵は突っ切り──白髪の剣鬼は自分の前に姿を見せる。

 

《黒鬼》百鬼紫苑。

 

 それが現在、ステラと刃を交えている剣士の名だった。

 彼は鞘に納めていた刀を、自らの間合いに捉えるや否や、それを文字通り目にも止まらない速度で抜き放った。

 それに対しステラも大剣を振るって迎撃する。

 

 交錯。一際甲高い音が響き、少し離れていた場所で訓練を行っていた者達もそちらに視線をやった。

 

 その刀と剣の交錯は──全くの互角。紫苑、ステラ双方の腕を痺れが襲うが、紫苑はそれに顔をしかめる事もない。

 直ぐ様二の太刀を振るう。その速度は、先の一撃に比べれば少しばかり見劣りする。だがその刃は遥かに重い。

 

「くっ……!」

 

 ステラが苦悶の声をあげる。 

 

 ──ステラは破軍学園。否、日本中を含めても一位、二位を争うほどの屈指のパワーファイターだ。

 ステラの振るう剣技《皇室剣技》は、剣戟すら成立させずに相手を押し潰す絶対強者の剣であり、その威力は大地を震撼させ、亀裂を走らせるほど。

 

 それに対する応手はそのままステラに押し潰され敗北するか、一輝や栞が行ってみせたように受け流すかくらいしかない。

 そもそも剣戟を挑もうとすることが馬鹿らしくなるほどの膂力を持つ彼女を相手に、目の前の男は真正面から剣戟を成立させている。

 

 しかも日本刀という得物でだ。

 

 一輝や紫苑の主な武装である日本刀はそも、技の冴えと速さを以て相手を『断ち斬る』ことに主眼が置かれ、作られたものである。

 

 対してステラの武装である西洋の剣は、西洋で発展した甲冑の上から殴打するようにダメージを与えることができるように作られた。元々切断力はさほど重視しておらず、斬るにしても日本刀のように技で斬るのではなく、力任せに『叩き斬る』事を得意としている。

 

 そのため刃をぶつけ合う力比べの現状は、自分の方が有利──とまでは言わないが、それでも自分にアドバンテージはあるとステラは考えていた。少なくともパワーでなら紫苑には絶対に負けないと。

 

 だというのに、ステラの剛剣が真正面から打ち返される。紫苑の身体からは絶対に出せないだろう威力の剣で、自分の攻撃が迎撃される。

 

 しかし……だからなんだというのか。

 

 なるほど、確かに彼の剣と自分の剣の威力は互角だろう。

 しかし彼は自分と剣を交えるために、非常に僅かではあるが『溜め』を必要としている。

 

 対する自分はそんなものはない。それどころか自分の今の剣は威力ではなく、彼の速度に渡り合うために速さを重視したものである。

 

 ならば威力を込めればいい。その鬼を真正面から力押しで蹂躙するための剣に切り替えればいい。ただ魔力を放出し、剣を振るえばいい。それだけで自分は紫苑の剣を遥かに上回る速度と威力を両立できるのだから。

 

 ──《黒鬼》百鬼紫苑。

 自分の好敵手であり、最強でもある男が『剣技だけならば自分よりも上』と認めた、破軍学園最強の剣士。

 そんな相手と刃を交えられる非常に貴重な機会。吸収してやろうと考えていたが……もうお勉強は切り上げよう。

 

 自分は──この男に勝つ!

 

 ステラはこれまでの剣とは比較にならないほどの魔力を込め、その一撃を振るう。颶風が紫苑の身体に叩き付けられるほどの荒々しい剣、それはステラの目論み通り──紫苑の手から《亡華》を吹き飛ばした。彼の顔が動揺に染まる。

 

 致命的な隙だ。

 身体は『どうぞ斬ってください』と言わんばかりにがら空きになる。それどころか勢いを殺しきれずに彼の身体はくるりと回り、背中を彼女に晒した。

 

 そんな隙を彼女がわざわざ見過ごすわけもなく、彼女は返す刃で彼の胴を薙ごうとし──それよりも速く、紫苑が彼女の身体を深々と切り裂いた。

 

「かっは……」

 

 そこから吹き出すのは血液ではなく、同色の燐光──幻想形態で傷を付けた時に飛散する魔力の光。物理的ダメージを与えない代わりに、直接相手の体力を削ぎ落とす《霊装》の展開方法のひとつである。

 何故、どうしてとステラの思考を疑問が浮かび上がる。だが自分が彼に斬られたからくりを見抜く前に、ステラの喉元に赤黒い靄を纏った刃がぴたりと添えられ、

 

「俺の勝ちだ」

 

 刃と共に自分が敗北したという事実もまた、同時に突き付けられたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ぅう……負けたわ……」

「お疲れ様、ステラちゃん。ほい、これ飲む?」

「ありがとカガミ……」

 

 少し離れた場所で紫苑とステラの戦いを観戦していた日下部は、労いと共に彼女にスポーツドリンクを渡す。

 それをステラは受け取り、身体に流し込む。戦いで火照った身体にそれはよく染み渡った。

 

「ねぇ、ステラちゃん。最後のあれ、なんで斬られたの? 刀は吹き飛ばしてた筈なのに……」

「……霊装の形を変えたのよ。アイツの霊装──《亡華》は普段は刀と鞘っていう形をとってるけど、アレ本来の形は不定形の霧みたいなもの。カガミだって鞘を盾に変化させたりしてるの見てるでしょ?」

 

 《雷切》東堂刀華との戦いや、《深海の魔女》黒鉄珠雫の戦いの中でも《亡華》の形を変化させ、攻撃を防いでいた場面が見られた。

 それと同じからくりだとステラは言い、続ける。

 

「アイツはアタシを焦らしてより力を込めた一撃を誘って、さもその攻撃で刀が吹き飛ばされたかのように演出した。ご丁寧に表情まで作ってね。

 それでしてやったりとアタシがほくそ笑んだアタシところで、鞘を刀の形に変化させた《亡華》で断ち切った。最後アタシに背中を見せたのは、二太刀目をギリギリまで隠すのと、その攻撃にアタシの力まで乗っけるためだと思うわ」

 

 紫苑の霊装が普段は刀の形をとってはいるが、その本質は不定形霧のようなものだと理解はしていた。ならば鞘の形を変化させ、攻撃してくることは予想が出来たはずだとステラは自身を戒める。

 

「あの決まり手は瀧華薫氏の試合でも見たな」

「へぇ、よう見とるなぁ」

「彼の霊装の性質は氏の霊装《散桜華(ちるおうか)》に極めて類似している。戦闘スタイルもまた同様だ。……彼が戦う理由を考えれば、それも当然だがな」

「えっと……カガミ、こちらのふたりは?」

 

 彼女の視線は日下部の隣に座っている男女に向いた。

 

 気の良さそうな笑顔を浮かべた茶髪の少女と、真面目そうな、眼鏡をかけた男。どちらも破軍学園とは異なる制服を着ているから、彼女の個人的な友人だろうか。

 

「あぁ、ご挨拶が遅れてすみませんステラ姫。アタシは武曲学園で新聞部に所属しとります、八心っちゅーもんです。どうぞよろしくお願いします」

「貪狼学園で新聞部に所属している、小宮山と申します。以後お見知りおきを、ステラ姫」

「なるほど、カガミの同業者だったのね」

 

 よくよく見てみれば、二人の右腕には日下部の物と同じ腕章がついている。同業者ならば並んで自分達の試合を見ているのも当然と言えた。

 そして日下部は自己紹介も済んだところで、と3人に話を振った。

 

「お二人は先の試合、どう見ます? あ、ステラちゃんも戦ってみてどうだったかって事聞かせて欲しいな」

「えぇ」

「そうだな……まず二人とも非常にレベルが高い」

 

 その言葉に日下部は微笑む。

 自分達とはまた離れた場所で試合を見ていた文曲の新聞部達──彼女らは「紅蓮の皇女が負けるなんて拍子抜け」だなんだのと抜かしていたが、やはりこの二人は()()()()()()

 

「ステラちゃんの戦いを生で見たんは初めてやったけど、噂通りとんでもないレベルの高さや。一撃一撃の攻撃力に瞬発力、それに魔力量。どれも学生騎士のレベルを大きく超えとる。破軍が武曲(ウチら)のやり方を採用せず、例年通りに選手を選んどったら絶対選ばれて、優勝かっさらってくレベルの逸材や」

「……そこまででもないわよ」

 

 パッと聞くと謙遜しているように聞こえるが、彼女の胸中が謙遜などではないことを他の三人は瞬時に見抜いた。

 

 ステラは現在、破軍学園内だけでも三人に敗北を喫している。

 

 自らの宿敵である黒鉄一輝。

 自分の七星剣舞祭出場を阻んだ西園寺栞。

 そして先ほどの百鬼紫苑。

 

 自分が刃を交えているだけでこれだけだ。あと選抜戦初戦にて紫苑に敗北してしまったが、《雷切》東堂刀華も自分よりも格上だろう。

 

 そしてそれは全国に出れば更に増えるだろう事は予想に難くない。……まぁ、自分は今年の七星剣舞祭には出場できないのだが。

 

「それでも絶対ええとこには行くて。それは間違いない。……話戻すで。ほならなんでステラちゃんが敵わんかつったら単純な話や。──《黒鬼》が滅茶苦茶に強い」

「同感だ。ステラ姫……さんのような馬鹿げた力はなく、技も派手ではない。だが、彼の剣は敵を倒す……いや、『殺す』事に特化しているんだ」

 

 八心も小宮山も今回の合宿に参加し、記事を作るために他校の選手の情報収集を行っている。その時に当然ながら紫苑──というよりは《瀧華一刀流繚乱勢法》についての調べはついている。

 

 現存する流派……否、失伝した剣術を含めても、日本に伝わる数多の流派の中で最凶と謳われた殺人剣。

 眼前敵を如何なる手段を以てしても殺せ、という理念のもと作り上げられた技の数々は、その全てが相手を絶命へと至らしめる『必殺』である。

 

 見映えの良さなど何一つ考えない。

 そこに在るのは敵を殺害するための技術の結晶であり、それらは数多の闘争の中で血を吸い、更に進化を続けてきた。

 

 植物が多くの水や日光、養分を吸い、美しい華を咲かせるように。

 

「はえー、マジで物騒やな。時代錯誤もええとこやけど」

「いや、そうでもない。

 ……『闘争ある限り進化は止まず。故に我が剣術(つるぎ)は永久未完の剣術なり』──《瀧華一刀流》の創始者・瀧華想厳はそんな言葉を遺した。伐刀者が《侍》と呼ばれていた時代から、国家間の戦争、そして魔導騎士同士の試合──形態は変わり続けたが、そこには確かに『闘争』がある。それならば《瀧華》が枯れることは決してないのだろう」

 

 そんな闘争に打ち勝つべく薫が編み出した《瀧華一刀流繚乱勢法》もまた《瀧華一刀流》の進化の形の一つであり、そして彼女が昏睡状態に陥っても、彼女の意思と技は紫苑に継承され、さらなる進化を続けるのだろうと小宮山は語る。

 

「なんかそう聞くとただ物騒って訳でもないんやな。……それでその百鬼くんはあんなとこで何してるん?」

 

 八心の視線の先、そこでは紫苑の手を黒髪の少女が両手で包み込んでいた。美しい黒い髪をロングボブで整えた少女は紫苑に微笑みかけ、それに彼もまた表情を動かしはしないが応じていた。

 その少女に小宮山と八心は見覚えがあった。

 

「あれは……西園寺栞か? 彼女は《無冠の剣王》に敗北しただろう。何故ここにいる?」

「あぁ……アレは──」

「自分の魔力をシオンに渡してるんだって。前に教えてもらったわ」

「「はぁ!?」」

 

 二人が声を揃えて驚愕した。

 それに日下部は「まぁそうなるよねー」とあっけらかんと笑う。自分だって初めて栞に聞いたときには酷く驚かされたものだ。

 

「いやいや何を言うとるかわかっとるか? 『他人に自分の魔力を譲渡する』なんて出来るわけないやん」

「信じられん……本当に譲渡できているのか?」

「それは間違いないですよ。私も信じられなくて、試しにやってもらったけど本当に魔力を貰いました。逆の事出来ますか? って聞いたら魔力が吸われていく感じがしましたしね。なんでも《模写》で相手の魔力を模倣しているんだとか」

「嘘やろ……」

 

 八心は頭を抱えた。小宮山も頭を押さえている。

 他人に魔力を譲渡する、または受け取るということはそれほどまでに馬鹿げたことなのだ。

 それを説明するためには、この世界における『魔力』と言うものについて説明しなくてはなるまい。

 

 ──そもそも『魔力』とは何か。

 それは伐刀者という特異な存在が、自らの意思によって世界の法則をねじ曲げるために用いるエネルギーであり、それは『魂』と一般的に呼ばれる場所から湧き出すと言われている。伐刀者の霊装が『魂の具現』と呼ばれるのも、霊装が魔力の超高濃度の塊であるからだ。

 

 そんな『魂』に由来するエネルギーである魔力を、他人に流し込んだらどうなるか。

 端的に言えば──拒絶反応が出る。まず間違いなくだ。

 

 何度も言っている『魂』とは謂わば、その者の性格や価値観など人格を形成する上で欠かせない、人間を根底から支える要素のひとつである。

 全く同じ性格や価値観を持った人間がふたりとしていないように、魔力もまた全く同じ性質を持った伐刀者はどこにもいない。

 

 つまり魔力を相手に譲渡するということは、『相手の根幹をなす場所に、自分という異物を注ぎこむ』事と同義であり、自我を侵食する行いであるからだ。

 それによって発生する拒絶反応は、臓器移植や、輸血を必要としている人間に異なる血液型の血を輸血するなどとは、比較にならない程激しい。

 

 だというのに西園寺栞は、それを拒絶反応を発生させずにやってのけている。

 

「百鬼先輩は一輝先輩と違って普段から魔力使うから、今回みたいに一日で何人も相手してると途中でガス欠になっちゃうんですよね。だから西園寺先輩がサポートに入ってるんだと思います。まぁその他にも《水》の能力を《模写》して怪我の治療とかもやってますけど」

 

 切断された腕や、臓器の損傷といった重傷を再生するIPS再生槽という医療技術の結晶とも言える物があるにはあるのだが、それを使用する際には全身麻酔を施す必要がある。

 

 身体にかかる負担も大きく、何よりそれを使用した場合麻酔が抜けるまでの数時間はまともに動けないため、栞のような治癒術を使える者が一人控えているだけで訓練の効率は大きく違ってくる。

 

 今見える範囲にはいないが、水使いである珠雫や、自身の能力で『傷を負わなかった事にする』事が出来る破軍学園の生徒会副会長・御祓泡沫も七星剣舞祭には出場しないが、栞のような協力者として合宿には参加している。

 

「本当に規格外だな……。流石はあの《黒鬼》と肩を並べると言われるだけはある。──して、そんな彼女を撃ち破った《無冠の剣王(アナザーワン)》はどこに?」

「僕の事を呼びましたか?」

「先輩。お疲れ様です」

 

 噂をすればなんとやら。彼らの後ろから現れたのは、黒髪の優男。されどその男はただの柔和な男ではない。

 《眠りの魔女》西園寺栞を一刀の元に下し、そして名実ともに百鬼紫苑と双璧を為す破軍学園最強の剣士。黒鉄一輝である。

 

「イッキ。こっちに来たの? 忙しそうだったから後で迎えに行こうと思ったのに」

「ステラと百鬼くんが模擬戦をするって聞いていても立ってもいられなくなってね。葉隠先輩達に無理を言って早めに切り上げさせてもらったんだよ」

 

 彼はステラ達とは離れた場所で葉隠──破軍学園の代表選手である葉隠姉妹に稽古をつけていた。それは確かに充実した時間ではあったが、それでも自らの恋人であり、憧れでもあるステラと紫苑の模擬戦となれば見逃せない。

 葉隠たちもまた見てみたいと言ってくれていたので、そこはあまり揉めなかったのだけど。

 

 初対面である一輝と他校の新聞部であるふたりは自己紹介を簡単に済ませ、八心はそれはさておきと本題に入る。

 

「黒鉄くんは百鬼くんと自分、戦ったらどっちが勝つと思う?」

「おい、八心」

「ええやん。ウチらん中で一番剣に詳しいのは黒鉄くんなんやから。素人があーだこーだ言うより、よっぽど建設的な話が聞けるやろ。で、どう?」

「そうですね……」

 

 彼はしばし考え、そして結論を出す。

 

「7:3で百鬼くんの方が有利、ですかね」

「ほう、こりゃまた意外というか。互角って世間では言われとるけど。その心は?」

「まず僕と百鬼くんは同じ剣士ではあるんですけど、方向性はまるで逆なんですよ。僕はどちらかと言えば防御に比重を置いた剣で、百鬼くんは攻めに大きく偏った剣技を使います。加えて僕は色んな流派や別の武術の理合を用いていますが、それでも純粋な『武術』であるのに対し、《滝華一刀流繚乱勢法》は剣術に魔術を組み合わせた『魔法剣術』、そして僅かではありますが『徒手空拳』で戦う術を持っています。そしてこの差が、僕と彼の決定的な差になっている」

「それって何なんですか?」

「魔力制御技術だよ。僕と彼ではそこが雲泥の差なんだ」

 

 目に焼き付くのは《雷切》東堂刀華との試合。彼女の《雷》の魔力によって速度・威力共に底上げされた魔法剣技と互角どころかそれを追い越し続け、果てには破軍学園の敷地の2/3という範囲に斬痕を刻んだ超遠距離斬撃を実現する。

 それを平均総魔力量の1/15という世界最弱の魔力で、なおかつ魔力切れの兆候を一切見せることなく、である。

 自身の魔力の少なさがディスアドバンテージとなっているが、魔力の燃費の良さだけで言うなら珠雫と良い勝負をするだろうと一輝は語る。

 

「そう聞くと馬鹿げてるわね……」

「その上使う剣術が日本随一の殺人剣。《模倣剣技》を使おうにも僕相手に持久戦をしようなんて馬鹿な真似は彼はしてこない。短期決戦でケリをつけに来ると思います。だから僕と百鬼くんが戦ったら、僕がどこまで彼の攻撃を凌げるかにかかってきます。……こんな感じで良かったですか?」

「なるほど。凄いタメになったわ。おおきに。黒鉄くんの記事、格好良く仕上げたるさかい、期待しとってや」

「ありがとうございます」

「魔力制御技術と言えば、君が来る前に《眠りの魔女》の話をしていたんだ。君はなんとか勝ちを拾えたが、彼女と戦った所感などを聞かせてもらいたい」

 

 小宮山が一輝に尋ねる。

 ここでステラに話を振らなかったのは、自分が彼女に敗北しているからだろう。それは事実なので仕方がないが、それでも少しばかりは思うところがある。しかし自分が負けた相手に勝った男の話は聞きたいと、それをグッと飲み込み一輝の言葉に耳を傾ける。

 彼は少し悩んだあと、「これは推測なんですが……」と切り出した。 

 

「普通に戦ったら、おそらく僕は負けていました」

「そうなのか? 確かに辛勝、という感じではあったが……」

「なんでか、聞いてええ?」

「小宮山さん達はあの試合が決闘であった、という話はご存知ですよね?」

「あぁ。君は体調も万全ではなかった上、新技の反動か三日間もの間眠り続けていたという事も日下部から聞いている」

 

 彼が眠っている間に、一輝を取り巻くすべての問題は収束に向かっていったが、そこはこの話には重要ではない。

 

「じゃあ体調崩しとったから勝てたってこと? 火事場の馬鹿力的なやつで新技編み出して」

「いえ、僕の体調が万全だとしても彼女に負けていたと思います。僕が勝てたのは……『あの勝負が決闘であった』という一点に尽きます」

「それはどうして?」

「簡単な話だよ、ステラ。おそらく彼女は僕の事情を何かしらの手段ですべて把握し、『あえて負けてくれた』んだ。それも一撃目ですべて決めようって提案し、『誰の目にもわかりやすい明らかな決着』を演出してね」

 

 彼女はそもそも七星剣舞祭に執着していなかった上、彼女の気質は戦士のそれとは程遠い。

 故に一輝を勝たせるため、あえて手を抜くといった真似も平然とできる。それがステラや紫苑には侮辱と取られる事であろうとも、だ。

 

 そこはステラも理解している。

 だが、理解できることと、納得できるかというのはまた別の話である。

 手を抜いて一輝を勝たせた事は、騎士としてのステラからすれば誠に腹立たしい。わざと負けるという行いは、『決闘』という一種の儀式を汚す行いであるからだ。

 しかし彼女があえて負けてくれたことによって、『一輝が騎士資格を永久に剥奪される』という最悪の未来を確実に回避できたこともまた事実であり……。

 

「うがー! もう色々考えすぎて頭痛くなってきたわ! イッキ、アタシと模擬戦しましょう!」

「それは構わないけど……」

 

 ちらり、と新聞部の面々を見やる。

 それに八心は「かまへんかまへん」と溌剌に笑い、

 

「いつまでも熱いカップルの間にいらん人間が挟まっとったらあかんやろ。ありがとうな」

「それにそろそろ私達は《黒鬼》達の方に向かいたい。君達から話を聞いて色々聞きたいこともできたしな」

「こみやん、百鬼君たちおらんくなっとるで! ほな、ウチらは二人を探しますんで、ここで失礼させてもらいますわ。ほんまありがとうございました!」

 

 新聞部の面々は一輝達に頭を下げると、八心の言う通り紫苑を探しに去っていった。

 そして件の彼はと言えば……

 

「……はぐっ、もぐっ」

 

 合宿場に用意されたキッチンで間食──というには些か量が多すぎるが──を取っていた。

 

 今回の合宿にあたり、巨門学園は多くの農業者などから商品としては使い物にならない……いわゆる規格外野菜などを引き取り、合宿参加者へ提供している。

 

 彼が頬張っているサンドイッチもまた、そう言った食材たちを栞が簡単に料理をしたものだった。といっても料理と呼べるものはありあわせの材料で作ったソースくらいの物だが。

 

「……悪いな、手間かけさせて。お前も食うか?」

「いえ、お気持ちだけありがたく頂きます。さほど動いていない私が食べたら、夕ご飯に支障が出ますから」

 

 紫苑は「そうか」とだけ言ってまた食事に没頭する。栞からすれば山ほどともいえる量だったのだが、それがみるみるうちに彼の胃袋に収まっていくのは見ていて気持ちが良かった。思わず笑みが零れるくらいには。

 彼女の意識の大半は目の前の彼に向けられながらも、その何割かはここにはいない一人の男に割かれていた。

 

(……当然のように見抜いてくるんですから)

 

 黒鉄一輝と自分の模擬戦。あの時確かに《全智の魔女(月影栞)》として戦う事は出来なかったが、それでも《眠りの魔女(西園寺栞)》として許される全力を出して戦った。あの時放った《雷切》は東堂刀華(オリジナル)のそれよりも上だったにも拘わらず、彼は容易く打ち破ってきた。

 

 頼もしい騎士だと思うのと同時に、恐ろしい騎士だとも思う。

 

(やはりステラさんの剣を受け流す際に《円》を応用したのがまずかったでしょうか……)

 

 《円》は黒鉄一輝が誇る《秘剣》がひとつ。打ち込まれた衝撃を円循環を以て相手に撃ち返すカウンター。それを彼女は《重力》の力を以て自身の身体の内にストックする《夜叉姫》西京寧々の《夜叉神楽》の理合いを組み込むことで、自身の身体能力及び肉体制御技術では到底再現不可能な絶技を可能としていた。

 

 とはいえステラほどの高機動且つ超火力の騎士を相手に、自身の能力の上澄みの更に上澄みである《眠り》だけでは到底逃げ切れないと判断したので仕方がなかったとは思うのだが。

 

 これなら最初から《複写》であると明かしておけばよかったか。今更後悔しても遅すぎる事ではあるけれど。

 

 しかしあと数日で自分は暁学園の切り札《全智の魔女(メアリー・スー)》として動ける。そこまで誤魔化せればいいか、などと考えていたところで紫苑の手とは異なる手が、彼の胃袋に収まるはずだったサンドイッチを掠め取っていった。

 

「どれ、ワシもひとつご相伴に預かってもいいかのう?」

「……もう食ってるじゃないですか、南郷先生」

 

 その手の先にはひょひょひょ、と笑う好々爺──《闘神》南郷寅次郎がいた。

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