最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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TRPGばっかやっていたら月日が経っていたので初投稿です


第26話

「やめい、『先生』なぞ。ワシはお前に何一つ教えとらんわい。……っと、お嬢ちゃん。ワシも座ってもいいかの?」

「……はい、勿論ですよ」

「すまんのう。本当なら紫苑とその彼女さんの邪魔はしたくはなかったんじゃが、いかんせんジジィには立ってばかりというのは疲れるでな。それにこんなにも旨そうなものが置かれては我慢できん」

 

 はー、よっこいせ。などとわざとらしく言いながら南郷は紫苑の横に腰掛ける。

 それに対して彼ははぁ、と溜息を吐く。

 

「間違っても付き合ってるとか言うんじゃねぇよ。西園寺が嫌がるだろ」

「なんじゃ付き合っとるわけではないのか。つまらん。ワシに曾孫くらい見せて欲しいもんじゃがの」

「そういうのは寧々に期待しとけエロジジィ。コイツを巻き込むな」

 

 ひょっひょっひょ! と笑う老人に対し、紫苑はまたため息を吐いた。

 《瀧華一刀流繚乱勢法》を世界最強の剣にするために非常に世話になった人とはいえ、彼のこういうところばかりは尊敬できなかった。ましてやそれが自分の友人に向けられるのならなおさらである。

 彼女は飄々と受け流したが、それでも一人の女なのだ。自分からすれば尊敬すべき師の一人であれど、初対面の老人からこのような言動をされては不快に思うのも至極当然だ。

 

 ……などと紫苑は思っているが、栞はこれまた阿呆な事を考えていた。ここではあえて割愛させていただくが。

 

「はぁ、それで先生。何故アンタがここにいるんだ?」

「久しぶりに弟子の顔を見たくなった……というのもあるが、それが本題ではない。お主、巨門が呼んだボランティアコーチを全員倒したんじゃろう?」

 

 紫苑と栞はそれで合点がいった。

 今回の合宿にあたり、巨門は代表生を鍛えるべく何人かのプロの魔導騎士を講師として雇っている。が、紫苑と一輝は合宿を開始して僅か二日間で彼らを全員完膚なきまでに負かしている。それは《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンも《雷切》東堂刀華も含めてである。むしろ紫苑は彼女らに鍛えてもらうというよりは、挑まれるといった方が良いような事になっていた(ちなみに栞もステラに何度か相手をしてくれと言われているが、私は代表生ではないのでと断っている)。

 

 そんな現状を破軍はともかく、巨門は良しとしなかった。彼らも共同合宿という形で場所と講師を用意している身。メンツというものがあるのだ。……とはいえ、全世界を含めても十の指に入るだろう《闘神》南郷寅次郎を呼んでくるとは思わなかったが。

 

「まぁあのレベルではお主の相手にならん事は一目見て分かったわい。……というわけでじゃ、紫苑」

 

 最後のサンドイッチを口の中に放り込み、咀嚼した南郷はその好々爺めいた顔を凶悪に歪め、嗤った。

 

「腹ごなしにワシとダンスでもどうじゃ?」

「──くはっ」

 

 その笑みに、紫苑もまた笑みで答える。

 

「上等だ。今日こそその首貰うぞ、ジジィ……!」

「ほざけ、糞餓鬼」

 

 《黒鬼》対《闘神》

 互いに日本という国家の超戦術兵器に分類される《魔人》同士の衝突。

 彼らが暴れるにはこの合宿場はあまりに狭すぎる。腹ごなし、と言ってはいるが彼らに自重という物を求める方が愚かである事は栞も知っている。

 

(ここにいる講師の方々を総動員すれば……いえ、ステラさんにも協力していただきましょうか)

 

 なんだかんだ楽しそうな男達に対し、合宿場に致命的な被害が出たらどうしよう……と栞は胃を痛めていた。

 

◆ ◆ ◆

 

《闘神》が来ている、という報せはこの合宿場に来ていたジャーナリスト見習いたちによって瞬く間に広がっていった。それと同時に《黒鬼》対《闘神》の戦いが見られるとなれば、人が集まるのは至極当然と言えた。

 

 学生、講師問わず人がわらわらと集まり、備え付けられたリングを囲む。

 余波で怪我をしないようにと魔導障壁が展開される。障壁の展開には先に名前を挙げたステラ達も協力していた。たかが模擬戦で……と言われることも栞は想定していたが、幸いここには紫苑と南郷の両名をよく知る東堂もいたので、説得は手間取らなかった。とはいえ、ステラはいまいち納得できてはいなかったけれど。

 

「ねぇ、シオリ。本当にここまでやる必要あるの? アタシ達が協力しなくても、先生達に任せておけば……」

「いえ、万が一という事がありますので。それに……ステラさんは見たくありませんか? 《闘神》の本気」

「……見たい」

「なら彼らがこちらに気を遣わず、全力で暴れられる環境作りに手を貸してください。なにせ貴方の魔力量はここにいる誰よりも多いんですから」

 

 栞の言葉にステラはわかったわよ、と返す。

 ステラほどの魔力量で構成された魔力障壁は並みの伐刀者十数人分の強度・範囲に相当する。そんな彼女が協力してくれるかどうかでは雲泥の差なのだ。

 無事に障壁が周囲に展開できたことを確認し、栞はリングの上に立つ二人に言う。

 

「南郷先生、紫苑さん! こちらの準備は完了しました! 始めてもらって構いません!」

「わかった。……黒鉄、頼めるか」

「うん」

 

 彼らは模擬戦のレフェリーを一輝に依頼した。審判をどうするか、という話になったところで一輝の方から志願してきたのだ。

 栞からは怪我をさせるわけにはいかないから自分がやる、と言ってくれたのだが……それは断った。だってそうだろう?

 

(百鬼くんと南郷寅次郎……ふたりとも今の僕では及ばない領域にいる人達だ)

 

 そんなふたりの戦い。間近で見たいに決まっている。

 

「……お二人とも、準備はよろしいですか?」

「構わんよ」「いつでもいい」

「それでは……試合開始!」

 

 一輝がそう言った直後──彼の身体が宙を舞った。

 刹那遅れ、ステラ達が築き上げた魔力障壁に巨大な斬痕が刻まれる。ガリィッッッ!! という派手な音を立てて、魔力障壁が崩壊した。

 

(何が起こった……!?)

「ッ! 障壁の再構築! 急いで!!」

 

 栞は指示を下しながら壁を瞬時に構築、そして宙を舞う一輝の身体を受け止める。

 咄嗟に張り巡らせた魔力障壁、それでも魔力制御の極致に至った栞は、発生した謎の斬撃の余波を辛うじて防ぎきった。一拍遅れてまた張り巡らされた講師達による障壁が完成したのと、栞の壁が崩れ去ったのはほぼ同時。

 

「西園寺さん!? ごめん!」

「お気になさらず。それよりお怪我はありませんか?」

「それは大丈夫……」

 

 一輝の戦闘経験が『全力で守れ』と指示をくれたおかげで、彼は間一髪怪我を免れた。

 それに栞は安堵の息を吐き、呆れに近い笑いを漏らした。

 

(……障壁を準備していて良かったですね。ここまでだとは思っていませんでしたけど……)

 

 一輝の身体を吹き飛ばしたもの、そして魔力障壁を削りきった物の正体は全く同じもの。

 

 ──紫苑と南郷が放った殺気である。

 

 そう彼らは別に攻撃を放ったわけではない。ただ『相手を殺す』という殺意を持っただけ。彼らにとってはあいさつ程度の物であり、本来ならばそれが物理的破壊が起こる筈もない。

 ただ彼らは伐刀者ではなく《魔人》。この世の世界法則を上塗りする、正真正銘の怪物達だ。そのような者達が『目の前の敵を殺す』という意を抱いたのならば、斬撃のひとつも発生しようというもの。

 

 そして彼らは──衝突する。

 互いに出方を窺いなどしない、全力の衝突だ。

 黒い靄を纏った妖刀──《亡華》と鞘から抜き放たれた仕込み杖《魔笛》が派手に火花を蒔き散らし、一度、二度と交わる。

 

 その交錯は全くの互角。

 三度目の衝突で互いにリングの端まで下がり、一呼吸置く。

 

(……そう簡単に押し切らせてはくれないか)

 

 ふぅ、と大きく息を吐き紫苑は眼前の脅威を睨みつける。

 いくら魔力量によるディスアドバンテージがあろうとも、紫苑の筋力量と《運命踏破(プルスウルトラ)》によって人間の限界を超えた肉体性能。そして魔力量の不利を覆すに足る魔力制御能力。それら全てを組み合わせてもなお、齢九十を超えたあの老体に傷ひとつ事すら叶わない。

 

 対して紫苑は全身に極めて浅くではあるが、斬痕が無数に刻まれていた。太刀による攻撃はすべて防ぎきっていたにもかかわらず、何故傷を負っているのか。

 それは南郷の能力による攻撃だ。

 

 《闘神》南郷寅次郎の能力は《音》。

 彼は太刀を用いずとも、《魔笛》によって発生した音を斬撃と化し敵を切り刻むことが出来る。南郷寅次郎が誇る伐刀絶技のひとつ、《音切》である。

 本来であれば《魔笛》を抜刀、そしてすぐさま納刀することによって発動する技を剣戟によって発生する《音》を斬撃に変えている都合上、威力は本来のそれよりも落ちている。しかしそれでも積りに積もれば確かなダメージとなるだろう。

 

 《音切》を使われ続ければ、不利なのはこちらだ。ならどうすれば技を使われずに済む?

 その解答を、紫苑は導き出していた。

 

 一方その頃南郷と言えば、内心で深く溜息を吐いていた。

 

(……腕の痺れが止まらん。奴め、本当に加減という物を知らんな)

 

 尤も、紫苑は加減だとか遠慮だとかいうものとは程遠いところにいる男であるという事は南郷もまた重々承知しているところではあるが。

 ──悟られないように表情を繕ってはいるが、紫苑の攻撃は有効打とは言えずとも、確かに南郷の肉体にダメージを与えていたのだ。

 

 というのも南郷が先の剣戟の中で《音切》を発動させていたように、紫苑もまた伐刀絶技を発動させていた。

 それは《瀧華一刀流繚乱勢法》の絶技の一つ、倍化能力を用いて斬撃を増やし、そして重ねる《八重椿》である。それは瀧華薫がステラのような生粋のパワーファイターと真っ向から渡り合うために生み出した剣技ではあるが、それとは別に()()()相手がいる。

 それは南郷のように防御を得意とする相手である。

 

 《八重椿》の特性は前述したとおりであるが、重なった斬撃は全く同じタイミングで叩き込まれるのではなくほんの僅かにタイムラグがある。本当に僅か、常人には決して気付けないだろう本当に僅かなタイムラグによって起こる多段攻撃は、衝撃を殺しきることが極めて困難である。おまけに紫苑のスペックは先に述べた通り、カタログスペックからは想像できないほどのパワーとスピードを併せ持つ。

 

(そしてその程度、奴は見抜いてくる。となれば応手は読めるな。……やれやれ、結局は根競べか。老体には堪えるんじゃがのぅ)

 

 双方、深く息を吸った。そして──再度、鬼と神が衝突する。

 

 鋼と鋼がぶつかり合う音が響く。だがそれは斬撃になることはなく、音色を奏でる。

 剣と剣、それがある種の曲となり、そして彼らはリングという舞台の上で踊るように刀を振るう。

 否、ように、ではない。それはまさしく舞踊であった。

 

 紫苑の舞は酷く苛烈だ。ただ眼前敵を殺すという目的のみを追求した、攻めに特化した戦闘舞踊。瀧華薫、そして百鬼紫苑の十八番にして必殺の剣舞《刃桜舞い》。

 黒い靄を纏った刃は、己の本能のままに、殺意のままに振るわれるそれには、決まった型などは存在しない。連綿と受け継がれてきた『如何なる手段をもってしても眼前敵を打倒せよ』という意志を乗せ、神の血を啜らんと吼えるその姿はまさに『修羅』と呼ぶに相応しい。

 

 そしてその刃は南郷寅次郎に《音切》を使わせないという目的を容易に達成した。

 だが──その防御を崩すことは叶わない。

 

 《闘神》──《無缺》南郷寅次郎が誇る戦闘舞踊《剣曲・剣の舞》。

 専守の剣なれど、数多とある第二次世界大戦の戦場、その中でも極めて苛烈であった南方戦線を一切の傷を負わずに生還してみせた事からもその守りは比類ない。

 

 攻撃の《刃桜舞い》。防御の《剣曲・剣の舞》。

 相反する舞が衝突し、鋼の音色を奏で、それは決して止まることはない。

 

 その世界最高峰の剣のぶつかり合い、それに彼らを囲む観客達もまた固唾を飲み、一言も口から漏らすことなく彼らの舞を見守っている。

 

 《刃桜舞い》の袈裟、横薙ぎ、刺突……エトセトラエトセトラ。そしてそこから発生する魔力の刃が南郷を切り裂こうとするが、《剣曲・剣の舞》はその悉くを防ぎきってみせる。

 

 ──紫苑が《刃桜舞い》を、南郷が《剣曲・剣の舞》を用いた時点で此度の戦いの結末はふたつに一つとなった。

 模擬戦で事前に定められた制限時間に十分の間に紫苑が南郷の守りを崩すか、南郷が守りきるか。

 

 そして──。

 

◆ ◆ ◆

 

「……結局勝ちきれず、か」

 

 自分に割り当てられた部屋、そこに備え付けられた二人掛けのソファーに背を預けながら紫苑は呟いた。

 

 ──南郷が施設に訪れてから三日、毎日模擬戦を重ねたが結果はすべて引き分けに終わっている。

 初日の《刃桜舞い》と《剣曲・剣の舞》の超持久戦や《音切》による弾幕を《究極生存本能(カワード・インスティンクト)》で掻い潜ることが出来るか否か、そしてそれらの複合。様々なやり方で戦い続けた二人ではあったが、先に彼が言った通り引き分けに終わっていた。

 それに「でも」と異を返すのは同じ部屋を使っている栞である。

 

「今日は片腕を持って行けたじゃないですか。あと五分長ければ勝てましたよ」

「戦いに『もし』はない。それに最後の最後で腹派手に掻っ捌かれただろ。結局トントンだ」

 

 相変わらずストイックですね、と紫苑の言葉に彼女は苦笑する。軽傷を負わせる事すら並みの騎士には不可能な《闘神》の片腕を切り飛ばしたというのにまだ足りないのか。しかもその後ステラと刀華などのボランティアコーチ全員を相手し、勝利を収めたというのに。見上げた向上意識である。

 まぁそうでもなければ世界最強の剣士を目指そうとは思わないのだろうが。

 

「それにヴァーミリオンにも傷を負わされた。奴も随分と巧くなった……お前が見ているんだろう?」

「えぇ、まぁ」

 

 はぁ、と栞は大きく溜め息を吐いた。

 それは合宿が始まった初日の事。

 

『お願いシオリ! アタシと模擬戦して!!』

『お断りします』

『なんで!? 自分で言うのもアレだけど、アタシと戦って損はさせないわよ!』

『貴女の相手をするの非常に疲れるんですよ。剣は重く、魔法戦で相手しようとしても人一人に向けていい火力ではない技を気軽に撃ってきますし。それに私は貴女のように今以上に強くなりたいなどと思っていません。そもそも私がこの合宿についてきた理由は怪我の治療といった方面での選手のサポートであって、ボランティアコーチとして呼ばれたわけでもありません。ですのでお断りします』

 

 確かに自分は彼女に勝利した。己の真の能力、その一端を使わされたことは予想はしていなかったが、それを加味しても圧勝という形で。

 

 まるで子供をあしらうような余裕を残しての勝利ではあったが、だからと言ってそう何度も相手をしたいかと言われればそうでもない。

 

 何故なら彼女の相手は非常に疲れるから。紫苑や刀華などのように毎日毎日相手をしているのが異常なのであって、身体能力は一般の女性とそう変わらない栞には堪える。それに今回の合宿では紫苑のサポートに徹するつもりだった、というのもある。

 

 そのように断ってから一日後。ステラからの猛烈なアタックは止まらなかった。

 二日後、南郷が来てからの彼女のアタックは更に苛烈さを増した。それに根負けした形で彼女の特訓に付き合う事になった。……と言っても霊装と霊装をぶつけ合うようなものではなかったが。

 

「それでバトミントンか」

「はい。手を使わず、魔力操作のみでラケットを操る。ちょうどこんな感じですね」

 

 そう言って彼女は少し離れた場所に置いてあったテレビのリモコンを操作してチャンネルを次々と切り替え、最終的にはテレビを消した。

 

 からくりとしては魔力を障壁として展開する事とそう変わらない。けれどただ固め、壁として展開する事と魔力を自身の手足のように操ることでは難易度は天と地の差。

 

 栞はなんて事のないようにやっているが、同じ事が出来るのは破軍学園においては珠雫くらいしかいないだろう。

 

 そんな魔力操作バトミントンを、彼女はステラへの課題として与えた。合宿中での目標はラケットを操りながら、栞からワンゲーム先取すること。

 ちなみにだが栞はその相手を水分身を作り、別の場所にいる選手達の治療を並行し、なおかつラケットを六本操りながらである。

 

 そんなものがバトミントンである筈がない。当然ステラも苦言を呈したが、『だったら貴方も出来るようになればいいでしょう?』と黙らせた。

 別にラケットを複数本用いてはならない、というルールを設けていないのだからやっても構わない。

 

『まぁ、出来るものならですけどね?』

 

 そう言われたステラの反応は……まぁ、察しがつくだろう。

 彼女は炎の能力者に相応しく、油を注げば注ぐほど燃え盛ってくれる。これほど扱いやすい者も早々いない。

 

 最終的にステラは一点しか取ることは出来なかったが、それでも彼女の魔力制御技術は合宿以前と比較して大いに成長した。

 

「……いい性格してるな、お前も」

「お褒めの言葉として受け取っておきましょう」

 

 溜め息を吐く紫苑に彼女は微笑む。

 と、そこで紫苑が大きく欠伸をした。

 

「……大きな欠伸ですね。もう寝ちゃいますか?」

「あぁ……そうだな……ねむい……電気、つけたままでいいぞ」

「いえ、私ももう寝ちゃいますね。おやすみなさい、紫苑さん」

 

 ぱちり、栞が部屋の電気を消す。

 紫苑がベッドに入り、そしてすぐさま寝息を立て始めたのを聞いて……栞はほっと安堵する。

 それは紫苑に仕掛けた伐刀絶技が無事に効力を発揮し、なおかつそれが紫苑に悟られること無く眠ってくれたことだ。

 

 栞が紫苑に仕掛けた技の名は《安息の揺りかご》

 対象の傷の治癒速度、疲労回復、魔力回復速度などを高める非攻撃型の伐刀絶技であるが、副作用として相手の睡眠欲を増大させてしまうことが挙げられた。

 

 この技が彼の《究極生存本能》の効力範囲外であることはわかっていた。それはこの技は強制的に眠らせるといった『攻撃』ではなく、自分に様々な恩恵をもたらす『回復』であると判断されるためであろう。副作用も僅かに促進されるだけであって、大元は彼自身の欲求であることも幸いした。

 

 とはいえ、そんな極めて限定的な予知に頼らずとも彼は勘が鋭い方だ。自分が技を仕掛けたことに気付かれる可能性は十分にあったが……南郷との戦いで彼も疲弊していた。

 なまじ脅威に関する絶対的な嗅覚を有している代わりに、自らの利になる事に対しては彼は極めて鈍い事も栞は把握していた。

 

 ともかく彼女にとって都合の良い方に物事が働いたと言える。

 

(効力時間は……およそ18時間といったところでしょうか。前夜祭を終えるには充分な時間。さて、これで紫苑さんの無力化は達成したとして……念のため、日下部さんの方を見ておきましょう)

 

 彼女は聡く、そして優秀なジャーナリストである。

 暁学園(じぶんたち)に辿り着かれる可能性は……まぁ無いとは思うが、念には念をだ。辿り着けなければ良し、辿り着いたのならば自分が関わっているという証拠だけ隠滅した上でもう一人に事後処理を任せれば良い。

 

 それによって()が自分達を裏切るのか否かのひとつの判断材料になることだろう。

 

(仕事を増やさないでいただきたいですね。……有栖院凪さん)

 

 彼女は破軍学園の女子生徒《眠りの魔女》としてではなく、暁学園の切り札《全智の魔女(メアリー・スー)》として暗躍を開始した。




八重椿は刀版釘パンチだと思ってくれればだいたいイメージ通りだと思われます
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