蹂躙を開始する。
そう栞が言った直後、平賀怜泉は栞と王馬が歩みを進める方向とは逆──つまりは破軍学園から離脱する動きを取った。
だがそれを易々と許すほど、ここにいる人間は甘くはない。
「──ッ、待ちなさい!」
黒鉄珠雫が即座に逃走を阻止しようと動く。彼を追いかけながら放つのは《水牢弾》、それをまるで水の弾丸のように撃ち放つ。それは暁の二人の隙間を抜け、あわや平賀の身体に命中しようというところで。
平賀の身体が消失し、《水牢弾》は木々の一本に命中。風穴を開けた。
何故あの男が消失したのか。一瞬怪訝に思うも、珠雫はこの学園で重ねてきた戦闘経験を以てそれを看破する。
「ッ、貴女……!」
「ほら、早く行かないと追いつけませんよ?」
つまりは栞が《転移》の能力を複写、自身の能力として行使し、平賀の逃走を支援したのだと。しかも彼女はわざわざ『追いつけない』と言っていることから、自分が有栖院の身体に魔力の糸を巻き付け、位置を特定している事まで看破している。
──掌の上で踊らされている。
その事を珠雫は理解するも、だからといって有栖院を見捨てるわけにもいかない。
「くっ……!」
故に珠雫は有栖院を追いかけることを選択した。
自身の魔力を放出して、身体能力を一時的に強化。有栖院の追跡を開始した。それを栞は素通しにする──かと思いきや、
「フッ」
珠雫の背中に向かって白いナイフを投擲。そしてすぐさま自身の前方、黒鉄一輝に向かってナイフを投擲する。
だが見え見えのモーション、そんなもの防ぐのはそう難しいものではない。一輝は軽く剣を振るうだけでナイフを自身の足元に叩き落とした。また珠雫もナイフを迎撃しようと小太刀を振るおうとしたところで──その異能が発動する。
「《
「「『──ッッ!!』」」
瞬間、純白の閃光がナイフから放たれ一輝と珠雫を同時に飲み込んだ。彼らがいた場所には光と同じ色の羽が舞っている。
そして転移した二人はというと……栞が唱えた通り、破軍学園の校門前にいた。
転移させられた、そう一輝が気付き、ステラ達の元へと戻ろうとするも、そのようなことを彼女が許すはずもない。
純白の壁が栞の背後に聳え立ち破軍学園の、一輝と珠雫、そして破軍学園敷地内に残ったメンバーが完全に分断された。
「……行かせても良かったのか?」
「えぇ。平賀は事前に車を待機させていた場所に転移させましたし、何よりここのメンバー全員を相手取るのは些か面倒です。数が減ってくれるのに越したことはありませんし……今日は『あの方』が宿を取ってくれているのでしょう?」
栞の言葉に王馬が頷く。
平賀が現在向かっている暁学園の校舎には教師役《隻腕の剣聖》ヴァレンシュタインに加え、栞の言う『あの方』──現世界最強の剣士たる《比翼のエーデルワイス》が宿を取っている。今回の件に彼女は関わっていないが、義理堅い彼女の事だ。一宿一飯の恩には剣を以て応えてくれるだろう。
「あちらは問題なく撃破してくれるでしょうし、私達は目の前の敵に集中することにしましょう。ステラさんの相手は任せましたよ」
「言われるまでもない」
すぐさま王馬はステラに向かって突っかける。
野太刀という長物を持っているとは思えない速度で、真正面から突っ込んでくる彼にステラもまた真正面から応戦した。
瞬間、剣と剣がぶつかったとは思えないほどの衝撃と轟音が響き渡った。
「くはっ」
王馬が禍々しく頬を歪め、ステラを力づくで捻じ伏せようと更に力を込める。それに大人しく屈するほどステラは大人しい女ではない。
彼女は魔力を迸らせ、膂力任せに王馬の身体を三十メートルほど吹き飛ばす。
「そんなにアタシと戦いたいなら受けて立つわよ!《風の剣帝》!!」
吼え、剣を天に向かって掲げた。
そして繰り出されるのは彼女の最強の伐刀絶技。全霊を、大剣に注ぎ込み炎熱の剣として振るう技。
──《
もはや天災と呼称すべき一撃であり、それは人間一人に放っていい技ではない。
(相手の実力がわからない、けどただ者じゃないのはわかる!)
ならば初手に己の全力を叩きこむ。これで決まるのならばそれでよし。決まらないのであれば相手の応手で力量を見極める。
それがステラの思惑だった。
周囲の温度を跳ね上げるほどの炎の奔流、それに対し王馬もまた笑い、
「こんなつまらんところで終わってくれるなよ?」
自らの持つ最強の伐刀絶技で応えた。
構えはステラのそれと全く同じ。野太刀を掲げ、己の魔力を注ぎ込む。
彼の能力は《風の剣帝》の異名に相応しい自然干渉系能力《風》。その力によって生まれた暴風は霊装である《龍爪》を中心として竜巻と化し、周辺の大気を喰らう。
瓦礫を、大気を、炎を。周囲に存在するありとあらゆるものを喰らいつくして生まれたのは──圧縮に圧縮を重ね、質量すら持った暴風の剣。
「──《
炎熱の剣と暴風の剣。
それは能力こそ違えど、圧倒的な力で蹂躙するという理念の元編み出された至上の刃。
最大射程五十メートルという規格外の攻撃範囲。己の全身全霊を込めて振るわれる絶死の剣。
それがほぼ同時に振るわれ、そして衝突した。
瞬間、互いの魔力により剣の形に編み込まれていた炎と風が削り取られるように火花を散らし、その余波が炎の嵐になって周囲に破壊をもたらしながら鎬を削る。
「「きゃぁぁぁぁ!!!」」
全てを吹き飛ばし、そして焼き尽くす炎の暴風に葉隠姉妹が悲鳴をあげる。
いや、その場にいた者のほとんどが魔力で身を固め、身体を丸くしてその場に踏ん張ることがやっとであった。故に必死に自分の身を守る。並みの騎士では目を開けて見る事すら叶わない次元の戦いがそこにはあった。
だが──、
「──ッッ!」
やがてその均衡が崩れ始める。抑え込まれ始めたのは……《紅蓮の皇女》の方であった。
《天壌焼き焦がす竜王の焔》が軋みをあげ、押し込まれる。規格外の膂力を持つステラの両手に、今まで感じたことが無いほどの圧迫がかかる。ステラの踵がアスファルトに亀裂を刻んでいく。
その事実が示す応えはひとつだ。
(アタシが力負けしてる……ッ)
この瞬間、《天壌焼き焦がす竜王の焔》を以て相手の力量を見極めるという彼女の目論見は瓦解した。
自身が敗北した西園寺栞との衝突であっても、己の炎を更に猛らせることによって最終的には模倣された己の技も打倒することに成功したのだから。だが……王馬のそれは全く違う。
どれだけ炎を猛らせようと。燃え上がらせようとも、勝てるビジョンが見えない。
綺麗なクロスを描いていた必殺同士の衝突。それが徐々に形を歪んでいく。
暴風の刃が徐々に光剣を押し込み、嵐が魔力の刃を削り取り。ついには《天壌焼き焦がす竜王の焔》は真っ二つに切断され、ステラの頭上に影が落ちる。
(まずっ……!)
直前まで頭上からの圧力を受けていたステラは咄嗟の回避行動に移れない。そして二人の次元が異なる戦いに、他の者達は自身の身を守るのに精一杯で、助けに駆けつけることは不可能。
故にステラはこの一撃を受けざるを得ない。
勝負は決した。
──《雷切》東堂刀華がこの場にいなければ。
「ステラさんッ!!」
《月輪割り断つ天龍の大爪》がステラを両断せんとした瞬間。
東堂は《雷》の異能を用いて身体能力を一時的に強化。横合いから滑り込み、振り下ろされる刃からステラを間一髪救出する。
そして刹那遅れて王馬の必殺が大地に叩きつけられた。
暴風で形作られた刀身はその軌跡上に存在するあらゆるものを切り裂き、吹き飛ばす。ステラは東堂に抱きしめられながらその破壊を目の当たりにする。
《月輪割り断つ天龍の大爪》が振り下ろされた場所には……何も残っていなかった。校舎も、訓練場も、アスファルトも、瓦礫すら。悉くが風によって削り飛ばされたのだ。
まるで巨大な龍の爪で抉られたように。
こんなものを受けていたら……そう思うとゾッとする。
「ありがとうトーカさん──ヅっ!?」
途端にステラの声が詰まる。その理由はステラを抱きしめる東堂の右手にあった。それはステラの延髄に添えられている。そこから東堂はステラの脳に直接雷を叩きこんだのだ。
「な、んで……」
「ごめんなさい、ステラさん。今、貴女と王馬さんを戦わせるわけにはいかない。今の貴方では絶対に彼に勝てない」
「…………ぁ……」
何かを言いたそうな顔をしたが、ステラの意識は落ちてしまう。脳のブレーカーを直接落とされたのだから当然と言える。
「牡丹さん、桔梗さん!」
「えっ」「きゃぁ!」
ステラを気絶させた東堂は、葉隠姉妹にステラの身体を力任せに投げつける。
突然人の身体を投げつけられたことに驚愕したが、それでも選抜戦を最後まで勝ち抜いた女傑である。なんとかステラの身体を受け止める事には成功する。二人に対し、東堂は間髪入れずに叫んだ。
「彼女を連れて逃げてください! 可能な限り遠くへ!! 今ここで貴方達、
この状況下において東堂は、この場の誰よりも冷静であった。
(西園寺さんと王馬さんを撃退して、事態を収拾する事。それは確かに最善の結果を得るための手段ではあるけれど、この場での最善手ではない)
確かに人数という面では自分達が圧倒的に有利ではあるが、彼ら二人を抑える事は百鬼紫苑という切り札を欠いた自分達には到底不可能。
ここで無策に挑んでステラ達が再起不能に追い込まれた場合、本当に暁学園が破軍に代わり、第七の騎士学校として出場するという『最悪の結末』になりかねない。
そして東堂の発した強い意思の籠った言葉は、
「「は、はいっ」」
葉暮姉妹に彼女の考えを理解させるには至らずとも、その迫力だけで二人を突き動かす。
力のある桔梗がステラの身体を背負い、二人は踵を返すように破軍学園から逃走する。
だが、
「栞。『鍵』を寄越せ」
「は?」
「興が冷めた。帰る」
……二人は雰囲気をぶち壊すように口論をしていた。
「いや、流石にここのメンバー全員を相手にするのは疲れるんですけど」
「クライアントからは許可は貰っている。『力を示せ』だそうだ」
「はぁぁぁ……」
栞は深く、深く。それはもう深く溜息を吐いた。
黒鉄一輝の今後を考えて、わざと敗北した事。それによって暁学園が負った不利益。それを出されてはこちらは強く出られない。
それにクライアント……彼女の義父は決して出来ないと考えていることは、こちらに要求してこない。それでもなお『ステラを撃破した後は即座に帰還していい』と指示を下したのなら、『自分は破軍学園を単騎で壊滅させられる』と期待されているということでもある。
それにまた深く溜息を吐くと。
「……どうぞ」
白いナイフを顕現させ、王馬に手渡した。瞬間、王馬の身体が消失し、そこには純白の羽が残る。
そして残ったのは栞と破軍学園生徒会メンバー。
数にして一対五。おまけに生徒会メンバー全員、七星剣舞祭に出場してもおかしくないほどの実力者である。
「……随分とあっさり行かせてくれるんですね。葉暮さん達も簡単に逃がしてくれましたし」
「まぁ葉暮さん達も含めて全員倒すのも、貴方達を倒してから追いかけるのも、労力としては然程変わらないでしょうし。王馬さんでなくとも、誰かあと一人でもいたら楽だったんですけど……ないものねだりをしてもしょうがないですよね」
はぁ、と栞は再び溜息を吐く。
瞬間、彼女から今までとは比較にならないほどの圧力が放たれた。
彼女の持つ純白の書のページがひとりでに捲られ、そこから膨大な魔力が溢れ出す。
「──お覚悟を」
呟き、栞は臨戦態勢を取った。
「皆」
ただ一言。東堂は共に戦う仲間を落ち着かせるために、そして自身を鼓舞するために笑ってみせる。
ここにいる全員が確信する。
破軍学園にいたときの彼女は、自身の全力の半分も出していなかったと。その上でステラを代表とする破軍学園の強者を打ち倒してきたのだと。
そしてここにいる全員が力を合わせて、ようやく勝ちの目が見えるほどの隔絶した実力差が横たわっていることを。
だが……それがなんだというのか。
それが、ここまで自分達の大切な場所を滅茶苦茶にされたのを黙ってみている理由になるのか。ただ黙って蹂躙される理由になるのか。
──否、なるわけがない。なっていい筈がない。
そしてその気持ちは、他の四人も一緒だった。
彼らは並び立ち、ともに笑い、眼前の敵を睨みつけた。
「やられっぱなしでは生徒会の名折れです。この借りは倍にして返しますよ!!」
「おうっ!」「「あぁ!」」「えぇ」
《
その戦いの火蓋が切られたのであった。
──パン、と一発の乾いた音が響いた。
瞬間、どさり、と泡沫の身体が地面に倒れる。
「……っ! うたくん!!」
彼の全身から溢れるのは幻想形態で傷を負わされた時特有の赤い光──血光。それはつまり、眼前の敵が泡沫に対して攻撃を行ったという証左である。
「……まずは、一人」
そう呟く栞の手には黒と白の拳銃が握られていた。
その二丁の拳銃を……霊装をここにいる全員が知っている。それは破軍学園理事長、《世界時計》新宮寺黒乃の霊装。
「《エンノイア》……」
「《プロパトール》……!!」
対象の周囲の《時間》を停止させ、その間に銃弾を乱射、そして再び時間を動かすことによって回避不可能の銃弾を無数に叩き込む伐刀絶技《クイックドロウ》
それを用いて、今の一瞬の間に禊泡沫を打ち倒したのだと。
だが何故、他者の霊装を顕現させることが出来るのか。《模写使い》が模倣可能なのは能力のみであって、霊装は再現できないというのは伐刀者の中では常識である。
加えて泡沫は《確率操作》の因果干渉系能力を持つ伐刀者。自身の力や行動の範囲内、という明確な縛りはあれど『攻撃が外れた』という可能性が1パーセントでもあるならばあれば100%外れるように出来るという強力な能力を持っている。本気で彼が守りに入ったのならば、彼を打ち倒すことは極めて難しい……筈だった。
だというのにこうもあっさりと打倒された。
「くっ!」
だがその事を引きずっているわけにはいかない。
確かに泡沫が打倒されたことはかなりの痛手だ。何故なら泡沫の能力によって身を守りながらの遅延戦闘という策が使えなくなったから。だが次の策は用意してある。
「カナちゃん!」
「えぇ!!」
東堂は雷を迸らせ、貴徳原は自らの霊装を細かく砕き、嗾けた。破軍学園一位と二位──それも実戦経験も豊かな、ふたりの連携が栞に襲い掛かる。
(彼女は自分達を下に見ている)
それは紛れもない事実である。現に自分は彼女と同室である百鬼紫苑も敗北したし、カナタもおそらくではあるが彼には勝てないだろう。しかしそれはすべて一人ならの話。
今の彼女は一対二。能力の都合上、溜めを必要とする砕城と兎丸が加われば四人同時に相手取ることになる。それはいくら実力が隔絶していようと、極めて困難。必ず隙ができる。
そこを突く。
「──《雷切》」
「《
そして繰り出されるのは神速の抜刀術と、刃の嵐である。
共に幾多の敵を切り裂いてきた伐刀絶技。それに対し栞は迎撃も、回避行動も行わない。
その現実にふたりは憤りを覚えた。こちらを侮っているのか知らないが、いくら時間操作の能力を持っていようとも一撃で意識を刈り取ってやれば問題にもならない。
だが……彼女達は栞が何故回避行動をとらなかったのか。その理由を突き付けられることになる。
「《
「「──ッッ!!」」
その刃の悉くが防がれる。弾かれる。
それは栞が《エンノイア》と《プロパトール》を消失させ、代わりに纏った鎧にあった。それを、二人は知っている。
「《
KoK世界ランキング第四位。《不屈》の能力をその身に宿す、アイリス・アスカリッドの霊装《無敵甲冑》。纏うものに無限の肉体再生能力を与える、比類なき守りの力である。
その防御力は、魔力を伴わない攻撃ならば対艦ミサイルの直撃にすら耐えるほど。魔力を伴う攻撃だろうと、栞の魔力制御技術ならば《月輪割り断つ天龍の大爪》ほどの威力が無ければ少し痛い程度。たかたか電気が少し走ったり、皮膚を少し切ったくらいならばダメージにならない。
ならば回避の必要などありはしない。シンプル過ぎる理由である。
「フッ──!」
彼女は同時に顕現させた黒い戦斧を振り回し、刀華を間合いの外に追い出した。そしてそこから全力のアッパーカットを栞は見舞う。それを東堂は横に飛ぶことで回避したが──その本命は刃に非ず。
斧によって削られた礫による弾丸、それが東堂の後ろに控えていた貴徳原に向かって放たれる。それは栞の魔力放出によって加速を加えられた斧によって射出されたため、並みの銃弾に匹敵するほどの速度を誇る。
しかしいくら早かろうと所詮は物理攻撃。弾丸さえ打撲程度に抑える伐刀者の魔力による防護壁は、たかだか礫程度で傷つく筈がない。
だがそれでも栞が意味のない攻撃をするはずがないという確信が、貴徳原を動かした。彼女は霊装である《フランチェスカ》を盾のように展開。その上でそれを高速回転させることによって擬似的な削岩機とする。
これで魔力による防弾ジャケットすら貫通してダメージを与えられるという事はなくなった。
貴徳原は盾を構築した時の余りを操作し、東堂を支援しようとしたところで──、
「がっ……!?」
刃の盾が爆破によって吹き飛ばされた。何故、と思う暇もなく盾を食い破った残りの礫が貴徳原の身体に突き刺さり、再び爆発。彼女の身体を校舎の残骸へと叩きつけた。
「カナちゃん!?」
「そちらに気を取られている場合ですか?」
「──!!」
戦斧が東堂に向かって振るわれる。大振りの振り下ろし、そんなものが歴戦の猛者たる東堂に命中するはずもない。横に飛んで回避するが、振り下ろされた先の地面が蜘蛛の巣上に破砕。大地を震撼させる。
それはステラが振るう超重量級の剣を思わせる威力。こんなものを受けてはひとたまりもない。ならば──、
(リズムに乗られる前に潰す……!)
再び斧を振るう栞に先んじて、東堂は動く。
《疾風迅雷》による身体能力強化、《閃理眼》による行動の先読みし、栞の攻撃を迎撃せんとする。が、その企ては真正面から打ち砕かれた。迎撃を行った東堂の身体が地面から引っこ抜かれ、十メートルほど後方に吹き飛ばされたのである。
(何、この重さ……!!)
東堂は確かに栞が斧を振るう、その最初を潰した。だというのに帰ってきたのは、出始めとは思えないほどの威力を伴った横薙ぎ。それを可能にしている要因はふたつ。
ひとつは彼女が纏っている鎧《無敵甲冑》の特性故に可能となる、埒外の身体能力強化。
この鎧の治癒力は何も防御の身に活きる力ではない。伐刀者ならば誰しもが可能である、自身の魔力を放出し攻撃の威力・速度を強化する技術。普段ならば肉体を破壊しない範囲でしか行えないそれを、この鎧をまとっている間は肉体の損傷を度外視し、人の身では到底不可能な膂力、速度を以て振るうことが出来る。
ふたつめは貴徳原の刃の盾を破ったのと同じからくり。
ずばり、能力の並行使用である。
先の貴徳原の防御を破ったのは、礫そのものの強度を上げる《硬化》、速度を上げる《加速》、着弾した際に発生した《爆破》、そして刃の盾及び貴徳原が纏っていた魔力装甲を破るための《魔力破壊》の四種。
そして現在、東堂との近距離戦闘に使用しているのは《不屈》、自身の肉体を破壊する力を操作し、斧の破壊力を増すための《重力》、空気抵抗を無くすための《風》と《加速》、東堂の電撃によるダメージを無効化するための《水》、そして自身の本来の能力である《夢》の六種を同時使用している。
では何故東堂は能力の同時使用に気付けないのか。
それは栞が意図的に、
次に栞がどんな攻撃を仕掛けてくるのか、それを東堂が理解できるよう状況を整えることによって、本当に隠したい『能力の同時使用が可能である』という情報から意識を逸らす。問題なく《閃理眼》は機能していると錯覚させる。
この手の心理戦は東堂よりも栞の方に一日の長がある。故に東堂は栞の身体からは繰り出せるはずのない剛撃の謎に気付くことが出来ない。
だが、そんなことを栞は一切気にかけない。
「──!!」
大地を踏みしめ、栞は前進。一拍の間に東堂を戦斧の攻撃範囲に捉えると、
(ッ、横薙ぎが来る!)
背中が見えるほど捻った横薙ぎを見舞う。そこから繰り出される威力は先ほどのそれとはけた違いである。直撃を避け、刀を使って横薙ぎを受け流す。が、
(腕が、裂けそう……!)
万全のタイミング、万全の力のコントロール。それを以てしてもなお受けきることが出来ない。彼女にできる事といえば、インパクトの瞬間に雷撃を叩きこむことくらいであるが……それも鎧の内部で絶縁体と化した水を纏っている栞には効果を発揮しない。
(なんなの、この人……!!)
霊装を複数使い分けることが出来る、身に着けていなかった筈の武術をまるで熟練のように使いこなす。
そんなもの能力のみを模倣する《複写使い》の枠に収まっていない。……まぁ、彼女が知らないだけで元々《模写使い》ではないので当然の話ではあるのだが。
「……もう大人しく倒れませんか? そうすれば必要以上に痛めつけずに済みますし」
「そんなのお断りだっての!! さいじょー、合わせて!!」
「応ッッ!!」
栞がため息混じりに言うが、それに答えたのは東堂ではない。
自身の能力、その真価を発揮するべく準備を整えていた兎丸と砕城である。『速度の累積上昇』と『斬撃重量の累積加算』。それによって振るわれる兎丸の攻撃速度はマッハ2を超え、砕城の斬馬刀による一撃は異名の通り城を砕く一撃となる。
「《ブラックバード》ッッ!!」「《クレッシェンドアックス》!!」
そうして繰り出される二人の必殺の一撃。それは、
「《
《無敵甲冑》を脱いだ栞の身体に届く直前、見えない障壁のような物に阻まれ自身の身体を傷つけるだけに終わった。
幻想形態によるものとはいえ、マッハ2の速度で繰り出される拳と斬撃重量十トンの斬撃による衝撃、それをそのまま打ち返されては無事でいられる道理はない。
彼らの意識は闇に飲まれていくが……。
「……ありがとうございます、お二人とも」
ふたりが作ってくれた時間で準備は整った。
東堂は栞に吹き飛ばされた場所よりも、さらに遠くで陸上のクラウチングスタートのような構えを取っていた。
──そこから繰り出される技を、栞は知っている。
《神切》
《建御雷神》と《雷切》の合わせ技。
あの百鬼紫苑が自身の切り札たる《散華》を以てようやく迎撃できた、東堂刀華の捨て身にして最強の一撃。そしてそれは──ほんのわずかではあるが《魔人》の領域に足を踏み込んだ一刀。
それに対し、栞は──。
一方その頃、破軍学園襲撃の報を受け、急ぎ大阪から東京へと帰還しようとしていた新宮寺黒乃と西京寧々。
だがその帰還は……当然無事には終わらなかった。
「これはどういうこったよ……くーちゃん」
突如として自身を狙った銃撃。寧々は、下手人──隣に立っていた新宮寺を睨み付ける。
霊装である二丁拳銃を構える新宮寺はそれには答えない。代わりに、と銃撃を仕掛けてくるが《時間停止》を伴わない攻撃など寧々にとって防ぐことは難しいことではない。
《重力》によって周囲の空間を捻り、銃弾の軌道に干渉。寧々に突き刺さるはずであった銃弾は、背後にある木々を穿った。
容易く攻撃をやり過ごした彼女は思考を巡らせる。
──まずこれがガッコーを襲ってきた連中の攻撃であることは間違いねぇ。
第一線から身を引いていたとはいえ、かつては『連盟旗下の国家において三番目に強い騎士』としてその名を轟かせていた新宮寺を、こうも容易く自身の支配下に置くことが出来た。
それほどの実力者が今回の事件に背後にいるという現実に、僅かに薄ら寒さを覚える。
だが……自分のやることは変わらない。
(全部まとめてぶちのめしてやる)
寧々は霊装を顕現させ、新宮寺とまだ姿の見えない敵との交戦を開始した。