最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第30話

「ネネ先生ッ……」

 

 空からやってきた和服姿のヒーロー、その到着にステラは歓喜の声をあげた。

 そんな彼女を安心させるようにヒーロー──《夜叉姫》西京寧々は笑ってみせる。

 

「遅れて悪かった。怪我ァないかい?」

「え、えぇ。アイツら全員、幻想形態で襲ってきたから……」

「そっか。ならマシな方だね。……ステラちゃん、二人連れて後ろに下がってな」

 

 ステラが頷き、葉暮姉妹の身体を持ち下がったのを確認。そして二枚の赤い鉄扇──《紅色鳳》を顕現させ、視線の先へ話しかけた。

 

「いつまで狸寝入り決め込んでんだ──さっさと起きて来いよ、しおりん」

 

 西京の視線の先にあるのは、彼女が先程繰り出した蹴りによって積み上げられた倒木の山々である。根元からへし折られ、山と形容された通り随分と派手に吹き飛ばされたようだ。

 しかし……その一撃は栞にとってなんの痛打にもなっていないことを理解していた。

 

 瞬間、木々の全てが天に向かって打ち上げられ、その全てが切り刻まれる。

 

「……さっさと起きて来いって、腕の骨へし折られた人間に言いますか?」

 

 軽口を言いながら姿を現した栞は漆黒の甲冑を纏っていた。

 連盟最硬の鎧、不屈の甲冑《無敵甲冑(オレイカルコス)》である。

彼女は西京が蹴りを繰り出した瞬間にこの鎧を顕現。その上で全力の防御姿勢を取り、寧々の蹴りを防いだのだ。……それでもなお栞の身体は吹き飛ばされた上、蹴りを受けた両腕は木っ端みじんにへし折られたが。

 

「ハッ、すぐに治せんだろ。その鎧はガワだけかよ」

 

 その全ては西京が言うように《不屈》による治癒によって再生しているが、それを味わった痛みまでもなくせるわけではないのだ。骨が砕かれる痛みも、腕の肉がミンチになる痛みも味わった。

 それら全てを無視して『さっさと起きてこい』などと無茶ぶりにも程がある。

 

 だが西京はそんなもの知った事ではないと、栞の言葉を鼻で笑い彼女を睨みつける。

 

「……で、だ。これはどういう趣旨の馬鹿騒ぎだい? 話、聞かせてくれるよね?」

「お断りします♪」

 

 それに栞は満面の笑みで返す。そこに込められていたのは『誰が答えるかボケが』と言わんばかりの煽りである。

 瞬間、

 

「なぁ、しおりん」

 

 空気がぴしり、と割れるような音がした。

 

「大人舐めるんじゃねぇぞ」

 

 栞の肉体を……否、西京の周囲二十メートルを『重量』が襲い、地盤ごと陥没する。

 西京寧々の伐刀絶技《地縛陣》。《重力》を操る彼女が振るう、対象を拘束する技だ。並みの騎士がこれをくらえば、地面に潰されたカエルの様に叩き伏せられること必至。

 されど彼女はそれをくらってもなお平然と立っている。それどころか、

 

「《地縛陣》反転」

 

 西京と全く伐刀絶技を展開し、あろうことかそれを反転。地面に捻じ伏せようとするそれを真っ向から支え切ってみせる。

 そして栞は西京を宥めるように口を開いた。

 

「舐めてなんていませんよ。貴方ほどの騎士を下に見れるほど、私は強くありませんので」

「減らず口ばっかだな。……ならそんな事言えねぇくらいぶちのめして聞き出してやんよ。テメェには個人的に聞き出したいこともあったしねぇ」

「野蛮ですねぇ。……しかし、よろしいのですか?」

 

 ちらり、と栞は西京の背後──ステラ達を見る。

 

「確かに私は貴方を下に見れるほど強くはないと言いましたが……お荷物を三つも抱えた貴方が圧勝できるほど、弱くもないつもりですよ?」

 

 ……つまり栞はこう言っているのだ。

 『私と戦って貴女は無事でも、後ろの生徒達が無事でいられる保証はないぞ』と。

 そこに補足をするのであれば、彼女は西京を攻撃するとともにステラ達にも猛攻を加えるだろう。生徒(おにもつ)を守りながら、破軍学園の主力をたった一人で壊滅させた怪物を果たしてお前は相手にできるのか、と。

 

 彼女の言葉に西京は歯噛みする。

 

 と言うのも……、

 

(コイツ……ウチの想像してた以上に強い)

 

 今、自身の周囲に展開している《地縛陣》の出力は通常の重力のおよそ五十倍。現在進行形で出力を上げ続けているが、栞はそれを涼しい顔をして真っ向から受けきっている。

 これほどの力がステラ達に向けられたら、彼女達が無事でいられる保証はない。

 

「西京先生が個人的に聞きたい事に関しては私に答えられる範囲であれば答えますし、貴方が矛を収めてくれるのであれば、こちらとしてもこれ以上の危害は加えないと約束しましょう。いかがですか?」

 

 あくまでも優位なのはこちらだ、という姿勢を崩さない栞に舌打ちする。本当なら栞の言葉など無視して生徒達に危害を加えたツケを払わせてやりたいが……今の自分は魔導騎士である以前に生徒を守る『教師』である。

 敵の方からこれ以上、生徒に危害を加えないと言ってくるのであれば願ったり叶ったりだが……。

 

「口約束で『自分は危害を加えません』なんて決めたところでテメェは破るに決まってる。信用できるわけないだろ」

「お言葉ですね……まぁ、それだけの事をした自覚はありますが。では、こちらを使うのはいかがですか?」

 

 そう言って栞が《愚者の写本(タブラ・ラサ)》のページを繰り、そしてそこから顕現させたのは一振りの剣。その剣を西京は知っていた。

 

「《テスタメント》……」

「えぇ、《比翼》のエーデルワイスの一振り。そこに込められた力は……当然ご存じですよね?」

 

 彼女の言葉に頷く。

 《比翼》のエーデルワイスの能力は《契約》の因果干渉系。この剣に対して誓いを立てた者の心臓に楔を打ち込み、それに叛する行動の一切を封じるのが、これから栞が発動する伐刀絶技《無欠なる宣誓(ルールオブグレイス)》である。

 互いが剣に対して誓いを立てる必要がある、という使い勝手の悪さはあれどそれを補って余りある強制力がそこにはある。

 

「肝心の誓いの内容ですが、私は『西京寧々の質問に答えるまでこの場を去ってはならない』そして『互いの一切の攻撃行為を禁ずる』『相手の質問に対して嘘をついてはならない』……以上の三つでいかがでしょう?」

「……異論ねぇよ」

 

 本当なら黙秘権の行使も封じてやりたかったが、それをすると話自体がおじゃんになりかねない。それに当初の目的である『ステラ達に危害を加えさせない』という目的は達成している。

 そもそも彼女にとっては自分が来た時点で《転移》の能力なりで逃げることが出来たにも関わらず、自分の話に付き合っているのは彼女の善意以外の何物でもない。

 

 ここが落としどころだろう、と西京は《テスタメント》に手を置き、その上に栞も手を置いた。

 これで《テスタメント》の異能は発揮され、万が一約束を違えれば心臓の杭が身体を食い破る事になるだろう。

 

「これでよし。……それで、私に聞きたい事と言うのは?」

「……まずは確認だ。破軍学園での七星剣舞祭選抜戦の最終試合が終わって大体一時間後。選手控室の一室で魔導騎士連盟日本支部の倫理委員会委員長……あぁ、もう元だっけ。ともかくそこで赤座守が昏睡状態で発見された」

「──ッ、ちょっと待って。アタシそんなの聞いてない!」

 

 栞と西京、そこに割って入ったのは先程まで話に置いてかれていた《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンである。

 

 元倫理委員会委員長・赤座守。

 彼はステラからしても決して忘れられない相手であった。理不尽な言いがかりをつけ、自分の恋人である黒鉄一輝に対して拷問じみた行いをした怨敵。

 一輝が栞との決闘において勝利した事、そして彼女の父であるヴァーミリオン皇国国王が倫理委員会及び彼らの手足となっていた報道に強い不快感を明言した事で、件のスキャンダルは終結した。

 

 ステラからすれば今までの状況も理解が出来なかったが、西京が栞に対してわざわざ『お前に聞きたいことがある』と切り出し、その件を掘り起こす意図がまるで分らない。その上、元凶である赤座守が一輝と同じように昏睡状態に陥っていたことも、ある意味今回の騒ぎの中心にいたステラは知らなかった。

 

 今回の件には恋人が関わっている以上、事態終息後もアンテナを伸ばし続けていたし、日下部からマスメディアの方でどのような対処を行うのかすら聞いていた。だというのに『赤座守が昏睡状態で発見された』という話は一度も聞いたことがなかった。

 

 これはどういうことか……そう問い詰める前に、西京が答えた。

 

「そりゃ言ってなかったからねぇ。……これがアタシとくーちゃんが『ウチの生徒に手ェだしたツケを払わせた』とかだったら、マスゴミ共にはともかくステラちゃんには教えてたんだけど……生憎、それやったのウチらじゃないんよ。──なぁ、しおりん。それ、テメェがやったんだろ?」

「……その根拠をお教えいただけますか?」

「すっとぼけるんだな。まぁ、いいや。ウチがそう考えたのは……テメェの能力だよ」

 

 西京は続ける。

 

「《黒騎士》の《無敵甲冑》に、エーデルワイスの《テスタメント》……他人の霊装を顕現させたり、複数個の能力を行使するっつー、《模写使い》にも収まんねぇ力を持ってっけど……それでもわかる事はある」

「と言うと?」

「お前が最初に使ってた《眠り》。アレは他人からパクってきたんじゃなくて、元から自分の力だろ。本当の能力の上澄みの上澄み程度だろうけどな。

 ……あの狸は黒坊の騒ぎが終息するおよそ一週間もの間眠り続けた。それだけ長い期間昏睡状態に陥らせようと思ったら、最低でも幻想形態でステラちゃんの《天壌焼き焦がす竜王の焔》級の一撃を叩きこまなきゃまず無理だ。にも拘わらずアイツの身体からは赤光の痕跡もなかったし、何よりそんな馬鹿火力を叩きこもうとすりゃどんなに鈍い奴だろうと分かる。なら自然と──」

「対象を気絶させる能力に特化した者の犯行である、と。そういうわけですか」

「そういうこった。あの時確かに黒坊にぶった斬られた筈のお前が、どうやってそんな事を可能にしたのかがわかんなかったけど……《無敵甲冑》を使用できるなら傷はすぐ治る。教師に運ばせた身体は《倍化》で複製したもんだろ」

「お見事。確かに『アレ』を昏睡させたのは私です」

 

 ぱちぱち、と拍手を送る栞。対して西京の表情は釈然としていない。

 まるで、

 

「……腑に落ちない、と言いたげですね」

「そりゃそうだろ。だってお前には、あの豚野郎にそこまでする動機がない」

 

 こうして栞に問う以前から、赤座を無力化したのは彼女なのではないかという疑いはあった。

 しかし確信できなかったのはひとえに、彼女が赤座を害する動機が一切なかったからである。

 確かに一輝と栞は顔見知りや知り合いと呼ばれる関係にあるだろうが、それでも彼の窮地にわざわざ動いたりするような関係性ではない。

 

「だから最初はステラちゃんや妹ちゃんがやったんじゃねぇかって思った。でもふたりは全く知らなかった。なぁ、しおりん……なんでお前はあの豚野郎にあんなことやったんだ?」

「……なるほど。それが聞きたい事ですか」

「『黙秘』するか?」

「いえ、それであれば構いません。ですが……それを話すためには少々邪魔な方がいらっしゃいますので」

 

 パチン、と彼女が指を鳴らせば西京の背後から人が倒れた音がした。

 振り返ってみれば、葉暮姉妹と同じようにステラもまた地面に倒れていた。

 

「ッ、テメェ……!」

 

 《契約》の穴を突いてステラに攻撃を行ったのか、と西京は栞を睨みつけるが、栞は西京を宥める。

 

「勘違いしないでください。話す内容が内容だったので、彼女に聞かれるわけにはいかず。少々眠って頂きました。私がこの場を去ると同時に目が覚めるようにはしたので、どうかご容赦を」

「内容……?」

「えぇ、順を追ってお話しします。……まず最初に。私が赤座守を無力化した理由ですが──彼が紫苑さんに手を出したからです」

「──ッ! 紫苑に、だと?」

 

 西京が目を見開く。

 赤座が自分の義理の息子に手を出していた。そんな話を彼女は全く聞いたことがなかった上、赤座もそんな様子は一切見せていなかったからである。

 またはぐらかすのか、と問い詰める西京に栞は「流石に今の言い方だと嘘判定で心臓を貫かれますよ」と、苦笑する。

 

「酷いものでしたよ? 曰く『百鬼紫苑は裏で選手たちを買収している。不戦勝で勝ち上がっているのはそのためだ』とかなんとか。根も葉もない事山ほど書き連ねて、彼を貶す記事ばかり。……ご覧になりますか?」

 

 そう言って栞が虚空に手を入れ、西京に差し出したのはおよそ半月前のある夕刊。

 一輝とステラの逢瀬を隠し撮りしたものを表紙としているのは西京も目を通したが彼女が見た物と違い、そこには百鬼紫苑が現在行っている不正と題して、栞が言った通り資料の数々を捏造して、さも不正をやっていますと演出を行っているページが追加されていた。

 

「……クソが」

 

 その内容の酷さに西京は思わず雑誌を握りつぶしてしまった。

 流石にこの見本誌そのものが西京を騙すための材料であるとは考え難く、その前提がもし正しければ先程本人が言ったように嘘という判定をくらって心臓を八つ裂きにされてしまうだろう。

 

「これは実際に刷る前の見本誌ですけど……ひとまず倫理委員会が紫苑さんに手を出してきた、という事には納得していただけましたか?」

「……あぁ」

 

 栞は西京からぐちゃぐちゃになった雑誌を受け取ると、それを塵一つ残さず炎で焼き尽くしてしまう。

 

「でもそれならそれで腑に落ちねぇところもある。なんで紫苑の記事が実際の夕刊にはなかったんだ?」

「私が裏で動いて、紫苑さんに関わる企みを全て潰したからですね」

「……!」

 

 軽く彼女は言ってみせるが、やっている事は並大抵の事ではない。

 新聞や放送などの報道機関にはすべて報道の自由という物が存在する。ここでは詳しい説明は割愛させていただくが、『報道の自由』と名付けられている通り、ある一定のラインは定められているが(赤座のバックには《連盟》がいたのでそんなもの頼りにはなっていないが。実際一輝の場合は全く以て役に立っていない)、そこさえ越えなければマスメディアは大抵の事は自由に報じていいのである。

 

 それをゴシップ誌とはいえ、一切の痕跡を残さずに上から『報じるな』と黙らせ、その後のネットでの炎上まで防ぎきることは極めて困難である。

 だというのにそれを目の前の少女、及びそのバックにいる何者かはやってのけた。

 

「……黒坊のやつは防げなかったのかい?」

「やろうと思えばできましたけど、やる価値を感じませんでしたので。何せ同じFランクではありますが、紫苑さんと黒鉄さんではまるで格が違います」

「……。確かに格は違うねぇ。同じFランクだけど紫苑は──」

「──《魔人(デスペラード)》」

「……ッ」

「そういった誤魔化しは不要ですよ、西京先生」

 

 にこり、と栞は微笑むが対して西京の動揺は大きかった。

 その言葉が目の前の女から出てくるとは夢にも思わなかったからである。

 

「……なんで、それを知ってる?」

「簡単な事ですよ。私も《覚醒》直前まで至ったんです」

 

 その後は怖気づいて扉を開けられずじまいですけどね、と栞は困ったように笑う。

 そして「まぁ、私の話はどうでもいいとして」と続けた。

 

「《魔人》とただの伐刀者の間には隔絶した差がある事は先生ならばご存じでしょう? そして考えてみてください。もし紫苑さんが……《魔人》の一人が有事の際に満足のいく形で動けなくなったら。仮に動かせたところで事前準備や、事後処理に手間暇を割かれたら。それがどれほどの無駄か、どれほどの損害を我が国にもたらすか。貴方ならば理解できますよね?」

「まぁ……滅茶苦茶無駄だろうねぇ」

 

 栞の背後にいる者、それが徐々に輪郭を帯びてきたことに西京ははぁ、と大きく溜め息をついた。まず間違いなく彼女も自分がそれを理解していて話しているのだろう。

 こんな話をする者など……国家の運営に携わる者しかいない。

 

 まとめますね、と栞は続ける。

 

「私が今回の件に関わったのは百鬼紫苑という《魔人》を運用するにあたって、赤座守の企み通りに事が進んだ場合莫大な損害をもたらすと予想されたため。また黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンの交際問題を防がなかった理由は黒鉄一輝にそれほどの価値がなかった事、また紫苑さんの事態に対応していて満足な時間を確保できなかったためです」

 

 西京の長い、長い沈黙。それは彼女の言葉を聞き、それを脳内で処理するのにかかった時間そのままである。

 紫苑という《魔人》の一人を満足に動かせないこと。それ即ちは日本と言う国家に莫大な損害をもたらすことが予想されること。

 また一輝のスキャンダルに対応しなかった理由は、言い方は極めて悪いが《魔人》でもないただのFランク騎士に貴重な労力と時間を割くことが無駄であったこと。

 

 破軍学園の一教師としては、事前に生徒を守れる立場にあったにも関わらず最初から助けようともしなかった彼女に一言物申したいところはあるが……それを言うのであれば、紫苑と一輝の二人に悪意が迫りながら、それを事前に察知できなかった自分達の方がよっぽどだろう。

 少なくとも彼女に文句を言えるような立場ではない。

 

「さて、次は私の番ですかね。ひとつお聞きしても?」

 

 短く済ませますのでと前置きし、栞は西京の返事を待たずに問う。

 

「彼……紫苑さんの事ですけど。彼──」

 

『混ざってますよね?』

 

「……!」

 

『混ざっている』

 それが何を指しているのかは西京も理解できた。

 

 ──そも《魔人》とは何か。

 それは伐刀者が運命という縛りの中で己の可能性を極めに極め抜き、その上でその縛りを引きちぎって運命の外へと至った者達。『魔』と『人』の境界線上の上に立つ存在である。

 

 故にどちらに転ぶかわからない。

 些細なきっかけひとつで、心だけではなく身体までもが『魔』に染まる事も十分考えられる、非常にアンバランスな存在なのだ。

 そして紫苑は……身体までもが『魔』に傾いていた。

 

「しかし彼は《覚醒》するに至って、あまりに無理をし過ぎた」

 

 栞は言う。

 彼は本来であれば《魔人》になどなれる筈がなかったと。《魔人》になるには、彼はあまりに普通が過ぎたと。

 そんな彼が『《覚醒》に至る』という無理を通すためには、無茶と無謀とそれに見合うだけの代償を払わねばならなかった。

 

 それが──肉体の変容。

 変容した部位は髪と左目。共に日本人としては一般的だった黒いそれが、髪は骨のような白髪に、左目は血色に染まった。

 肉体全体からしてみれば一割にも満たぬ変化だろう。しかしそんな僅かなものであれど、身体の一部が『魔』に置き換わっているというのは栞からすれば見逃せない事であった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 翌日。

 暁学園による破軍学園襲撃事件は燃え上がる校舎をバックに全国で報道された。

 

 この未曽有の蛮行を行った暁学園に対し、七星剣舞祭運営委員会はすぐさま暁学園所属の学生騎士の騎士免許剥奪も視野に入れた強力な責任追及を開始。

 誰もが彼らは厳罰に処され、逮捕、拘禁されるだろう、と破軍学園理事長室でテレビに視線をやる新宮寺黒乃と西京寧々、そして別室ではあるがニュースに視線をやる黒鉄一輝、ステラ・ヴァーミリオン、黒鉄珠雫、元暁学園所属の有栖院凪も思っていた。

 

 しかし──映像が切り替わり、暁学園の理事長を名乗る人物が現れた事で状況は一変した。

 

 暁学園理事長として名乗りを上げ、メディアに出てきたのは月影獏牙という男。現職の内閣総理大臣、即ち日本という国家の最高責任者である。

 

 新宮寺が目を見開き、西京が誰にも聞こえないような声で「やっぱな」と呟く中、映像は進んでいく。

 

 月影は責任追及の場で謝るわけでもなければ申し訳なさそうにするわけでもなく、あろうことか清々しい笑顔で……こんな事を言った。

 

「素晴らしいだろう。吃驚しただろう? 連盟所属の学園などまるで相手にならない。これが! 彼らこそが連盟の走狗である七星に代わり、日本の未来を担う『国立・暁学園』の生徒諸君だ!!」

 

 次の瞬間、会見会場がまるごと闇に包まれ、取材にやってきた報道陣のざわめきが場を席巻していく。

 そしてその闇は程なくして取り払われ、先程までは月影しかいなかった場所に黒で統一されたスーツを纏った面々が並んでいる。

 

 豊満な胸部をこれでもかと露出した女性、柔和な笑顔を浮かべる金髪の少年、顔に十字傷のある青年、黒いライオンに乗った少女と傍に控える侍従、個性の暴力のような面々の中では一見埋没しそうな、されどその美貌で視線を引き付ける黒髪の少女、そして──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!」

「はぁ!?」

「なんで……!」

 

 テレビを見ていた破軍学園の面々は驚愕する。

 何故なら暁学園の生徒として紹介された中に──。

 

 

 

 

 

《黒鬼》百鬼紫苑の姿があったのだから。


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