最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第31話

 何故彼が破軍学園ではなく、暁学園の生徒として参戦しているのか。

 それを語るためには少々時間を巻き戻さなくてはならない。

 

◇ ◇ ◇

 

 西園寺栞、改め月影栞は《蒼天の扉》を用いて山形県のとある場所までやってきていた。

 その場所とは、つい一日前まで破軍学園と巨門学園が合同で合宿を行っていた宿泊施設である。

 そこの栞が昨晩まで使用していた部屋……即ち百鬼紫苑が眠っていた部屋だ。

 

 紫苑を眠らせておいたその部屋は、室内を丸ごと《幻想結界》でコーティングしており、その部屋からの脱出を封じていた。紫苑が万が一早めに目を覚ました場合の対策である。

 

 と言うのも彼は度重なる限界を超えた修練に加え自身の能力である《努力》が組み合わさった結果、肉体の疲労回復速度や傷の癒える速度などが人間の限界を軽く超えている。

 そこに加えて《安息の揺り籠》の魔力回復速度上昇などが組み合わさった場合、栞の予定していた時間よりも早く目を覚ますことも十分に考えられた。

 

 その時外に出られては南郷や施設の人間に『紫苑が合宿し説に残されている』と露見する恐れがあった。そうすれば彼らは間違いなく紫苑を破軍へと送り届けようとするだろう。

 そうなれば彼女達の計画は根底から覆されることは必至。

 

 ならば最初からその可能性を考慮しないで済むように『出入り口の全てを封じる』というプランに出たのである。

 その他にも悪夢を見ないで済むようにストレス軽減の香りなども施してきたが、それは栞の個人的な気遣いのためここでは割愛させていただく。

 

 部屋にやってきた栞はまず机の上を確認する。

 そこには昨晩紫苑が眠ってから作っておいた、紫苑が目を覚ました時の食事(栞からすれば十分な量だが、紫苑からすれば間食にも満たないだろう)であるおにぎりが置かれていたのだが……。

 

「ん、綺麗に食べてある。……となると」

 

 栞は部屋の中に()()()()()()真っ白なドアを開ける。

 そこには破軍学園の敷地内に設けられている鍛錬を行う場所、そこの紫苑と栞がいつも使っている場所の風景が広がっていた。

 

 栞が誇る《幻想結界》、そして真の能力たる《夢》の『小さな世界の創造』を組み合わせ空間をいじった『夢の世界』が広がっていた。

 ここは紫苑が目を覚ました時に鍛錬を満足に行えるように、と作っておいた空間である。自分の勝手な都合で彼を閉じ込めるのだ、この程度の環境はそろえておくべきだろう。

 

 さて、肝心の紫苑の居場所であるが……この『夢の世界』は栞を主とする小さな世界である。そんな場所である意味では異物である紫苑の場所がわからない道理はない。

 彼の元に辿り着くのには、そう時間はかからなかった。

 

「……来たか」

 

 彼は栞の気配を確認すると《亡華》を収め、栞に向き直る。

 

「……ご迷惑をおかけし申し訳ありません、紫苑さん。そして……ありがとうございます。この場に留まってくれて」

「あんな置手紙があったらな」

 

 そう言って彼がポケットから取り出されたのは折りたたまれた可愛らしい便箋である。

 そこには紫苑の現状の説明や、鍛錬場所の使用方法、そして食事や後程迎えに来るので可能であればその部屋から出ずに待っていてほしい。食事などはテーブルの上に置いてある、といった旨が書かれた栞からの手紙が置いてあったのだ。

 

「それにお前は理由もなくこんなことをする奴じゃない。……ちゃんと説明してくれるんだろう?」

「えぇ、それは勿論。では説明をするためにとりあえずはシャワーを浴びてきてくださいませんか? あ、あと……」

「……? あと、どうした」

「紫苑さん。今から食べるならお肉とお魚、どちらが食べたいですか?」

 

 一体なんの事だ、と紫苑は困惑の表情を見せたものの、彼女の性格は承知している。ならば何かしらの意味があるのだろう……と、彼は素直な気持ちを口にする。

 

「肉」

 

◇ ◇ ◇

 

 東京都のとある路地裏。

 路地裏ではあるが、ゴミなどは溢れておらず綺麗なものだ。おそらくは頻繁に清掃が行われているのだろう。

 そこにふたりの男女が()()()()

 言わずもがな、百鬼紫苑と月影栞である。

 

 そこに到着するや否や、彼は軽く溜め息を吐いた。

 

「……便利なものだな」

 

 紫苑の拘禁(といってもその手段はあまりに優しすぎたが)を成し遂げた結界の構築に加え、およそ400kmの長距離転移と、彼女がやっている事はあまりに並外れている。

 これがたったひとつの能力から派生したものであるとは話を聞いた今でも信じられない、と紫苑は嘆息する。

 

 自分の能力とは比較することすら烏滸がましい圧倒的な力。

 今さら嫉妬は覚えたりしないが、それにしたって神はこの少女にどれだけの物を与えたのだろうか。

 

 彼の言葉に栞は苦笑すると、「こちらです」とエスコートをするように手を取った。

 路地裏から出ればそこにあるのは、しばらく見なかった人の群れ。街頭テレビは『破軍学園襲撃』の報を発しているが、紫苑はそれに一瞬足を止めただけですぐに栞の後についていく。

 

 そうして辿り着いたのは並び立つ高層ビルのひとつ。中に入り、エレベーターのボタンを押せば程なくして目的地にたどり着く。

 洒落た、そしてこういったところに縁のない紫苑であっても居心地の悪さを感じさせない内装は、店舗としての格の高さを感じさせる。

 ふたりを出迎えた店員に、「待ち合わせです」と栞が言うと案内されたのは奥まった場所にある個室だ。そこに彼女がノックを数度すると、扉が開かれる。

 

「お疲れ様、栞。そして……君とは初めましてだね、百鬼くん」

 

 黒のスーツに色の入った眼鏡の奥の瞳には深謀遠慮が宿っている。深い皺が刻まれた顔を綻ばせ、二人を歓迎するその壮年を、紫苑は知っていた。

 

「……何故、日本の首相がここに?」

「おや、知ってくれていたか。ついでに言えば、そこの栞の養父でもある。さて……積もる話もあるが、それは食事をしながらにしようか」

 

 

 

「まずは此度の非礼を詫びさせてほしい」

 

 粗方注文した品が届き始めた時、現内閣総理大臣──月影獏牙は百鬼紫苑に頭を下げた。

 が、肝心の紫苑はというと、

 

「非礼?」

 

 と首を傾げるばかりであった。否、ばかりではなく網の上に乗せられた肉を自身の皿によそい、口に運んでいた。どちらにせよ、彼の言う非礼に心当たりがない事には違いないが。

 

「君を拘禁し、そして破軍学園を襲撃した事。我々の目的に必要不可欠な事であったとはいえ、我々の身勝手な都合に付き合わせてしまった事。本当に申し訳なかった」

「あぁ……いや、別に気にしていな……いません。俺はただ寝ていただけですし。とはいえ……気になる事もある。さいおん……栞、アレはどうやったんだ? 強制的に眠らせる類の技なら、俺が気付かない筈がない」

「アレはですね……」

 

 栞は彼に説明する。

 自分が紫苑に仕掛けた技は身体の自然治癒力を底上げする技であり、そこに付随する睡眠欲求を増大を利用して紫苑を長時間眠らせた事。紫苑の超直感はこの技を自身に対して恩恵のある《回復》であると判断したのではないか。

 

「なるほど……」

 

 《究極生存本能(カワードインスティンクト)》──他者の攻撃のみならず、事故や天候の悪化といった自身を害するものに悉く反応するそれを、回復という手段で誤魔化すとは。

 

「……そういった面ではお前に勝てる気がしない」

「真っ向勝負では貴方の方がずっと強いんですよ? 得意分野でくらい勝たせてください」

 

 そも栞がこういった策を弄したのは、破軍学園襲撃時に紫苑がいた場合、後の計画を大きく修正しなければならない可能性があったからだ。

 

 破軍学園襲撃計画の目標ははただ破軍学園に勝つのではなく、火を見るよりも明らかな圧勝を収める事。

 

 無論、暁学園最強戦力である栞と王馬がふたりがかりで紫苑を相手取れば、勝利する事は可能だろう。というよりも、そのふたりでなくてはそもそも勝負にならない。

 しかし彼らが紫苑の対処に回ると一輝やステラ、東堂に貴徳原といった破軍学園最高戦力を充分な戦力で迎え撃てない。彼らを抑えるために戦力を回すのであれば、新宮寺や西京を抑える者がいなくなる。そうなれば当初の目標である圧勝を収めることは難しくなる。

 

 要するに紫苑を戦闘の場に立たせることが、暁学園の敗北条件であったということだ。あの場面だけ切り取れば圧勝したように見えるが、存外綱渡りの戦いだったわけである。

 

 そういったやりとりを微笑まし気に見守っていた月影に、紫苑は「それで」と疑問をぶつける。

 

「俺を呼んだ理由は何なんですか? わざわざ俺に謝るためだけじゃないんでしょう」

「……栞」

 

 彼の言葉に月影は紫苑ではなく、栞に視線を向ける。

 

「構わないね?」

「……すみません、紫苑さん。少し席を外します」

 

 そういうや否や、栞は誤魔化すように笑って部屋を出て行ってしまう。彼女があまり聞きたくない話なのだろうか、と紫苑は思うもそれ以上思考を巡らせるよりも早く月影が話を切り出す。

 

「百鬼紫苑くん、君には私の計画を成し遂げるための協力者となってほしい」

「計画?具体的には」

「《国際魔導騎士連盟》からの脱退、及び《同盟》への鞍替え。……といってもあまりピンとは来ていないかな」

 

 月影の言葉に紫苑は頷く。

 《連盟》《同盟》という言葉の意味はいくら世間知らずな彼でも知っている。

 

 《連盟》と《同盟》はこの世界を三分する陣営のひとつ。《連盟》は小国同士の相互扶助を円滑に行うための機関で、日本やヴァーミリオン皇国もこの陣営に属している。対して《同盟》はアメリカやロシアといった大国同士の相互不干渉の誓いによる結び付きであり、《連盟》ほど組織だって動くことは滅多にない。

 

 だが紫苑が知っているのはここまでだ。何故《連盟》を脱退する必要があるのか、《同盟》へ参加する必要があるのかといった事には見当がつかない。

 なんとなく想像できるのは、目の前にいる男が真剣にそれを目指している事。そしてその理由は私利私欲といったものではなく、他者から見ても筋が通っているだろう事くらいだ。

 

 月影は彼の顔を見、「では少しばかり現代社会の授業をすることにしようか」と言うと、現在の社会状況について説明する。

 

「現在の国際社会は日本が現在所属する《魔導騎士連盟》、アメリカや中華人民共和国が所属する《同盟》、そして《解放軍》……これら三つの勢力が睨み合いを続けることでなんとか均衡を保っている状態にあった。しかしこの均衡が崩れ去ろうとしている。何故か、百鬼くんは想像がつくかな?」

「……《解放軍》を潰す計画をどこかの国が立てている、とか?」

「《解放軍》がそう遠くない未来に機能しなくなる、という点においてはその通りだ。より正確に言うのなら……陣営の中核になっている伐刀者《暴君》の寿命がそう長くはないからだ」

 

 上記の三つの陣営にはそれぞれ最強とされる伐刀者がひとりいる。

 

 《連盟》には《白髭公》アーサー・ブライトが。

 《同盟》には《超人(ザ・ヒーロー)》エイブラハム・カーターが。

 《解放軍》には《暴君》が。

 

 彼らの強さが拮抗している事がこの薄氷の上に成り立つ国家情勢においては重要な事だった。だがそのうちのひとりがそう遠くない未来に死亡する。

 これが国家同士の結び付きが希薄だった《同盟》ならばともかく、圧倒的なカリスマと圧力で辛うじて組織の体裁を保っていた《解放軍》ならば《暴君》の死亡=組織の瓦解に繋がるのは必然。

 

 否、組織の崩壊は既に始まっていると月影は語る。

 そしてその結果、《連盟》は《同盟》においてある点で致命的に遅れを取っているのだ、とも。

 だが、

 

「組織がなくなるとなればそこに所属していた奴が《連盟》か《同盟》に流れる。しかし《連盟》は《解放軍》に対してはっきりと『お前らは敵だ』って姿勢取っていた。そんな昨日の今日まで自分を潰そうとしていた連中の仲間になろうとする奴はそうそういないだろう……ということですか?」

 

 月影が説明するまでもなく、彼は話の要点を押さえていた。

 それに満足げに頷くと、月影は説明を続ける。

 

「そして《解放軍》という必要悪によって保たれていたバランスが崩れ去った結果どうなるかというと……第三次世界大戦だ」

「……そうなる根拠は?」

「ある。まずひとつは考え方の違い。小国も大国もひとつの国家として独立し、必要があれば助け合おうという考え方の《連盟》と小国を大国の元分割して管理下に置こうという《同盟》は決して相容れない。そして私の能力によるものだ」

「貴方も伐刀者だったんですか」

「あぁ。といっても私の能力は発現したその時点から国家機密に指定されているからね。知らないのも当然だよ。……すまない、話が逸れたね。私の能力は因果干渉系能力《歴史》。一定範囲内の人物や物の《過去》を視る力なのだが……時たま、《予知夢》といった形で《未来》を見せてくる事がある。そこで第三次世界大戦にて敗北した日本の光景を見た」

「それを今見る事は」

「可能だ。……しかし君には見せられない。栞からは『絶対に見せるな』と釘を刺されているし、私も君は見るべきではないと思う」

 

 あの光景は……地獄だ。

 壊滅した東京。そこで燃え盛る炎はその映像を見ている者に確かな熱さを伝え、炎に焼かれ、瓦礫に身体を潰された人間の絶叫が鼓膜を叩き、人が焼ける臭いは吐き気を催すには十分すぎる。

 

 それを紫苑に──重篤な心的外傷後ストレス障害を患っている人間に見せればどうなるか。

 

「根拠はある。だが君には見せられない。誠意に欠ける対応だとは承知しているが、どうか……聞き入れてはくれないか」

「……わかりました」

 

 元より確かな根拠があるのか確認を取りたかっただけだ。それに彼の態度を見ていれば自分に嘘を吐いていないことも、自分の事を考えたうえで『見せられない』と言っている事はわかる。ならば紫苑としても『絶対に見せろ』と言う理由はない。

 

「それで具体的にどのように計画を進めるんですか?」

「七星剣舞祭を利用する。そこで君の力が必要になるわけだ。……《黒鬼》百鬼紫苑。君に私が求める事は至ってシンプルだ」

 

 

「君には──我々《暁学園》の生徒となり、七星剣舞祭で優勝してほしい」

 

 

「君が目指す《最強》へ、私の願いも乗せていってはくれないか。これはそういう話なのだよ」

 

 微笑み、月影はそう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 店を出たときには、もう夜更けとも言っていい時間だった。

 あの話を聞き終わり、少しした後に栞も戻り、改めて食事をという話になったからだ。

 

「……お疲れ様でした、紫苑さん」

「言われるほど何もしてない。タダ飯食って、少し話を聞いただけだ」

「美味しかったですか?」

「あぁ」

 

 それは良かった、と栞は微笑む。養父が会計の際に顔を引き攣らせていたが、日本最強クラスの騎士の力を借りようというのだ。その程度は必要経費だと割り切ってほしい。

 

「……それで、どうされるのですか?」

「総理の話か? 一旦保留にさせてくれって言ったよ。話のスケールがでかすぎて想像できない」

「でしょうね」

 

 いきなり日本の首相が話を持ってきて、国家の未来のために協力してくれと言ったのだ。その場でわかりました協力しますとも、断るとも言いづらいだろう。

 

「まぁ、協力したくないならしたくないって言って良いんですよ。あの人の言葉に強制力なんてものはありませんし、紫苑さんを脅して是が非でも協力させる、みたいな事はしませんから」

「もしあの人がそういった事をしてきたら?」

「盛大な親子喧嘩が始まりますね」

 

 なんだそれは、と紫苑が苦笑する。

 自分の知っている栞は喧嘩をしているイメージがまるでなかったから。

 

「なぁ栞」

「はい、なんでしょう?」

「お前は俺に総理の計画には乗ってほしくないのか?」

「…………えぇ、そうですね」

 

 苦笑し、栞は言う。

 

「その理由は? お前はあの人の計画に協力しているんだろう?」

「……貴方にそれ以上何かを背負ってほしくなくて」

 

 姐の剣術を世界最強の物とする──否、しなければならないという重責。姉の輝かしい未来を奪ったという罪の意識。それらは人一人が背負うにはあまりに重すぎる。そこ更にに国の未来なんて物を背負わせたらどうなるか。

 

 それに……政治の道具として彼の剣が使われるというのも栞にとっては嫌だった。

 《瀧華一刀流繚乱勢法》が、彼が一途に研ぎ澄ませ続けてきたあの剣技が。彼の目指す夢とはなんら関係ない裏賭博の対象になる事が嫌だった。

 

「……前々から思ってたが、お前も大概だろ」

 

 今まで隣で栞という一人の人間を見てきて、思う。

 

 栞はどこまでも『他者』が自身の中核なのだ。

 他人のために動く。他人の幸せこそが自分の幸福だというあり方。その姿勢は人より多くのものを背負う込むだろう、と紫苑は思う。

 なまじ何でもできる力があるからこそ、そういった力に頼る連中が群がってくるのではないか。そして栞はそういった者達の願いを悉く叶えてしまうのではないか、と。

 

「私は好きでやってますから」

「なら俺も同じだ。……それに」

 

 紫苑は《亡華》を顕現させる。

 夜の闇よりも濃い霞。それが彼の手の中で一振りの日本刀と成る。

 

「俺の剣には俺以外の想いは乗っていない」

 

 それが軽いとは思わない。伊達でも十年以上──人生を賭けてきたものだ。

 だが自分の剣にはそれ以外がない。

 

 東堂刀華であれば自分を育ててくれた『若葉の家』の子供達。

 ステラであればヴァーミリオン皇国の国民達。

 そういった自分を大切に想ってくれる人達の想いは、何もないと紫苑は言う。

 

「そんな事は……」

「あるさ。そもそも『薫姉の剣を一番にしたい』のもただの自己満足だ」

 

 あの人は優しいから、自分が意識不明の状態に陥ったのも紫苑のせいだとは言わないだろう。自分がこうやって戦い続けている事にも負い目を感じてしまうだろう。

 そうわかっているにも関わらずこうして戦っているのは、自慰行為にも近しいものだ。何かせずにはいられなくて、自分ではどうしようもなかったと諦めるのが許せなくて。

 だが、

 

「そんな自己満足が、他人のになる。自分の想いしか乗せていなかった剣に、誰かの想いを乗せられる。それは……悪くない、と思う。……なぁ、栞。俺はお前に助けられてばかりだ」

「……」

 

 栞は黙って頷き、彼の言葉を待つ。その先の言葉を、薄々察しながら。

 

「それに俺としてはただ学校が変わるだけで、やる事自体は何も変わらない。破軍でなければいけない理由はどこにもないし、暁では参加できない理由も同じくない。もし俺が暁として参戦するなら、ややこしい問題は全てあの人が引き受けてくれると言ってくれたしな。だからお前が変に負い目を感じる理由はどこにもない。……なんて言っても、お前はいらん事で色々頭を悩ませたりするんだろう。だから素直に俺がやりたい事を言う」

「……」

「俺はお前の力になりたい。お前が何度も俺を助けてくれたように、今度は俺がお前を助けたい。俺が戦う理由の一つに、俺の剣に、お前の願いも乗せて振るいたい。そして……勝ってみせる。《瀧華一刀流繚乱勢法》こそが最強の剣だと示してみせる。お前の願いも叶えてみせる。それが国家の存亡に繋がるとしてもだ」

「……っ」

「勿論、お前が俺の力なんて邪魔だっていうならこの話は全部無しだ。だから……聞かせてくれないか? 俺がどうこうじゃない。お前自身の願いを。俺にどうしてほしいのかを」

 

 彼の言葉はどこまでも真っ直ぐだ。

 嘘なんてどこにもない。彼は本心から自分の力になりたいと願ってくれている。

 それでも……言葉が溢れた。

 

「どうして、そこまで……してくれるんですか?」

「友達の力になりたい。別に変な事でもないだろ」

 

 ただそれだけの理由で国家の未来を背負ってみせる。たった数か月前に出会った人間のために。

 それに栞は……嬉しいと思ってしまった。


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