最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第32話

 紫苑は改めて月影総理に連絡を取り、暁学園に所属し七星剣舞祭に参加する旨を伝えた。

 そしてその翌日、都内のホテル前に一台のタクシーが止まる。

 そこから降りてきたのは黒のスーツに身を包んだ白髪に赤と黒のオッドアイを持つ少年……《黒鬼》百鬼紫苑だ。彼は運転手に感謝の旨を伝えると、周囲を見渡す。

 すると目的の人物はすぐに見つかった。

 その男──現内閣総理大臣・月影獏牙は手を上げ、彼を出迎える。

 

「こんなに早朝から呼び出してすまないね、百鬼くん。あの後はよく眠れたかな」

「はい、栞の伐刀絶技のおかげで。……便利ですね、あれは」

「あぁ、《安息の揺り籠》か。私もよく世話になっているよ。あの技の有無で翌日のコンディションがまるで違うからね」

 

 話しながら月影と紫苑はホテル内に入り、エレベーターに乗り込む。

 ホテルにしてはやけに人の気配が少ない事に違和感を覚えたが、それはフロアを複数階か仕切っているからだ。

 《暁学園》の存在そのものが現在秘匿されている。然るべき時まで露見しない方が望ましい事には、関わる人数が少なければ少ないほど良い。そのため現在このホテルにいる人間は本当に必要最低限なのだと、月影は語る。

 

「といっても今日の正午には、我々《暁学園》の存在は全国に知れ渡るようになる。こんなにも朝早くに君を呼び出したのも、事前に彼らと顔合わせを行い、交流を深めてほしいと思ったからだ」

「……交流……記者会見」

「ふふ、緊張するかい?」

「そうですね……栞から立っているだけでいいとは聞かされてはいますが。慣れていないので。交流に関しても……人と喋るのは、得意ではないので」

「だろうね。しかし百鬼くんが《最強》になったその時には、嫌気がさすほどカメラが向けられるだろうし、人と関わる機会も遥かに増える。……なに、余程のことが無ければ私や栞がフォローするからね。失敗できるうちにたくさん失敗して、上手くなればいいんだよ。ただ……そうだな、ひとつ頼みがある」

「頼み?」

 

 月影の言葉に、紫苑が聞き返す。その言葉に月影は頷き、続けた。

 

「これから君が会う《暁学園》の構成員の中には、反社会的勢力の人間も含まれている。故に君と決定的に相容れない者がいるかもしれない。そういった者達との会話の中で不愉快な思いをすることもあるだろう。だがどうか。この場で刀を抜くようなことは控えてほしい」

 

 このホテルは、これまで紫苑がいたような伐刀者が戦闘行為を行う前提で作られた施設ではない。都市部の中心に建てられた、ごく一般的な建造物だ。勿論一般的な防災対策はされているが、それは紫苑と社会全体で見ても選りすぐりの伐刀者が戦闘を行うには、あまりにも狭く頼りない。

 

 加えて騎士学校の周囲に比べて、この場所は一般人があまりにも多い。

 確かに自分達は『破軍学園襲撃』というテロ行為を行ったが、それは襲撃を受けた側の損害と犠牲を必要最低限に抑えた上で、破軍学園関係者以外の人間が巻き込まれる事を徹底的に避け、実行した行為であると月影は言う。

 

「日本という国家を預かるものとして、予定にない犠牲・損害は許容できない。……努めてくれるかな、百鬼くん」

「わかりました」

 

 彼の頼みは至極真っ当なもの。それに如何に紫苑が世間知らずだのと言われていようと、霊装の使用許可が得られていない状態で戦闘を行うほど良識と常識は欠如していない。

 

 紫苑が首肯すると、それに月影は微笑み、「こちらだ」と大きな扉を示した。

 どうやらパーティホールのようで、その先に《暁学園》の生徒達が待っているらしい。

 

 ──どんな者達なのだろうか。

 

 紫苑が知っている《暁学園》のメンバーは月影総理の義娘である月影栞のみ。彼女がいるため孤立するようなことはないだろうが、自分の対人能力の低さは自覚しているところ。現に先程、彼に頼みというなの忠告をされている。

 仲良く手を取り合って頑張っていこう……とまではいかずとも、総理に気苦労をかけるような真似は避けたい。

 

「心の準備は出来たかい?」

 

 総理の言葉に頷けば、両開きの扉が開かれる。

 途端、紫苑の身体にいくつもの視線が突き刺さった。その視線は警戒であったり、好奇であったり様々であったり、殺気であったり。

 並の者であればその圧力に押しつぶされそうなものだが、紫苑に限ってはそうはならない。むしろ慣れ親しんだその感情に、身体の強張りが解れていく。

 

 身体から緊張が抜けきれば、紫苑は順にその視線の主たちに視線を向ける。

 

 その場にいた全員が総理から指定された黒のスーツを着用していたが、それでもその立ち振る舞いや服意外に個性は現れる。

 

 黒のヴィネツィアンマスクで顔の大部分を覆った、凶暴な笑みを浮かべる黒髪の少女。

 プロポーションだけならばステラ・ヴァーミリオンのそれを上回るだろう、胸元を大きくはだけさせたブロンドの女。

 尋常ならざる修練を積んだ先に完成した、至上の肉体を持つ長髪の男。

 右目に眼帯を付けた、側にメイドを控えさせている小柄な少女。

 にこにこと紫苑に向かって笑顔を向ける、女と見間違うほどに可愛らしい金髪の少年。

 絡みつくような視線で紫苑を見回す、ピエロメイクの男。

 

 そして紫苑もよく知る、柔和な笑みを浮かべ控えめに手を振ってくる少女。

 

 総勢七名。

 各々が纏う気配の質に違いはあれど、この場にいる全員が並々ならぬ実力者である事は、一瞥すれば理解できる。

 

(あの傷の男……)

 

 顔に古傷を持つ長髪の男。あの男から発せられる圧力は、他の追随を許さない。この男だけで七星剣舞祭に出場してくる選手の殆どは、歯牙にもかけず薙ぎ払うことが出来るだろう。

 流石は一国家の頂点に君臨する者が、己の人脈を駆使して集結させた戦士達。その実力は折り紙付きということか。

 

 剣呑な雰囲気がパーティルームを席巻せんとする中、その空気を切り替えるように総理が手を叩く。

 

「……さて、諸君。もう品定めは充分なのではないかな。では百鬼くん、簡単に自己紹介をお願いできるかな」

「あ~……はい」

 

 とは言ったものの、自己紹介というのは一体どのような事を言えばいいのか。

 名前だけでは不愛想と思われる(実際愛想は無いのだが)だろうし、ファーストコンタクトで悪印象は残したくない。

 

 角が立たないように頑張ろう。変に気張ったり、奇をてらったりすれば逆効果になることは察せられる。

 

「元破軍学園所属。《瀧華一刀流繚乱勢法》の百鬼紫苑だ。……短い間だろうが、これからよろしく」

 

 こんな感じで良かったか……? と栞と総理に視線を向ければふたりとも頷く。どうやら及第点には届いたらしい、と紫苑は安堵する。

 しかし二人以外の反応はあまり芳しくない。値踏みするような視線が暫しの間向けられるが、その膠着状態を破ったのは眼帯の少女であった。

 

「新たな同盟者よ、歓迎するぞ」

 

 傲岸不遜という言葉が相応しい笑みを浮かべながら、彼女は紫苑に向かって長手袋に覆われた手を差し出す。女性且つ小柄な彼女の手は、紫苑が力を入れて握ってしまえば骨が砕けてしまいそうなほど華奢だ。

 

「我は真なる獣の王《魔獣使い(ビーストテイマー)》。仮初の名を風祭凛奈という」

「仮初……?」

「くくく……我の真の名は人間が発音できるものではないからな。貴様ら低次の存在に合わせてやっておるのよ。そして隣に控えるは我が至高の僕シャルロット・コルデー。《黒炎の羅刹》よ。我の隣に立ち、その刃を振るえるその名誉、有難く思うが良いぞ」

「…………栞。コイツの言っている事の八割くらい理解できないんだが、どうすればいい?」

「あはは……それはもう彼女の気質ですので。大抵はシャルロットさんが通訳をしてくれますから、それさえ聞いておけば間違いないです」

「『私は風祭凛奈! こっちは専属メイドのシャルロットだよ! 百鬼くん、これからよろしくね!』……と、お嬢様は仰っておられます」

「……なるほど。あぁ、よろしくな」

 

 とんでもなく癖は強いが、友好的な事に間違いはない。

 手を握った時にシャルロットから感じた殺気に関しては見てみぬフリをした。主人の難解な言葉だけでも紫苑のキャパシティは半ばオーバーしているというのに、従者にまで反応していては疲れるなどというものではない。

 

 他のメンバーも彼女のような個性の暴力なのだろうか……と紫苑が視線を他のメンバーに向ければ、ブロンドの女と視線が合った。

 そして女の目線は顔から順に身体、足へと下に向かい、全身をじっくりと観察される。

 その視線に敵意や悪意はまるで感じられない。紫苑の身体から得られる情報をひとつも溢してなるものかという、執念じみた……確かな研鑽を感じさせるその眼の動きに紫苑の身体は止まる。それは紫苑が意図したものではなかったのだが、画家とデッサンモデルのような構図となる。

 

「あ、動いてていい。こっちの事は気にしないで。勝手にやってるから」

「いや、名前は?」

「……そうだった。サラ・ブラッドリリー。よろしく」

 

 それだけ言うや否や、どこから取り出したのかスケッチブックと鉛筆を取り出し筆を走らせるサラ。

 風祭とはまた方向性が違うが、彼女もまた自由人なのだな……と紫苑は嘆息すると、中性的な容姿を持つ金髪の男に視線をやり、その青の瞳と目が合う。

 

「…………」

「えっ、あ! 次、僕か! 僕は紫乃宮天音っていうんだ! よろしくね、百鬼くん! それで、もしよかったらなんだけど……」

「……なんだ?」

「さ、サインとか貰えたりしないかな!? 僕、ネットで東堂さんとの動画を見てからファンになっちゃってさ! 本当に! 無理だったら無理で構わないんだけど!」

「…………。サインの書き方なんて知らないから下手だと思うが。それでもいいなら」

「うん! うんうん! ありがとう百鬼くん! じゃあ後で色紙持ってくるね!」

 

 やったー! と喜ぶ天音の様子は、好きなアイドルやアスリートを目の前にしたファンのそれだ。

 自分にそれほどの価値はないだろうと紫苑は思うも、それは個々人の感じ方次第。わざわざ否定するような事ではない。

 そこの話を広げるより、優先すべきこともある。

 

「いい加減殺気を飛ばしてくるのをやめろ。鬱陶しい」

 

 はぁ、と大きく溜め息を吐きながら紫苑が視線を向けたのは仮面を被った女だ。サメを思わせる鋭利な歯を見せる彼女は、ケッつまんねぇと吐き捨てながら、ようやく自分の名を口にした。

 

「多々良幽衣とでも呼んでろ」

「………………」

「あ? なんだよ。まだなんかあんのか」

「いや、ちゃんと会話が成立して驚いてただけだ」

「テメェなぁ……!! 礼儀ってもんを弁えてねぇのか!」

「初対面の相手にいきなり殺気飛ばしてくる奴に、礼儀を説かれたくはない」

「それはそうですね」「違いないね」「全くだな」

「お前らァ!!」

 

 紫苑の言葉に栞、紫乃宮、風祭が頷く。

 栞はまぁ当然として、少なからず裏社会に通じていると事前に聞いていた面々の中にも、社会常識を弁えている者は多いらしい。反応はしないまでも、サラもうんうんと頷いている。

 味方が圧倒的に少ないと察した多々良は、仲間に怒声を浴びせた。短い付き合いではあるが、仲間に加入して一日も経っていない男の言い分の方が賛同が多いのは納得がいかなかった。

 

 突如として決まった《暁学園》への加入だが、なんだかんだ自分は歓迎されているらしい。

 わざわざ揉め事の種を増やして栞や総理に迷惑をかけたくなかったため、これは望ましい傾向と言えるだろう。強いて問題点を挙げるとするならば。

 もう一人、殺気を飛ばすとまでは行かずとも、紫苑の事を品定めするように見る──否、睨みつける男がいる事くらいだ。

 

 猛獣の如き鋭い目つき。沈黙を保つその姿は、嵐の前の静けさを彷彿とさせる。

 そんな彼が沈黙を破った際には、どのような事が起きるのか……少なくとも、穏当に事が進むことが無くなるのは間違いないだろう。

 

「……栞。この男が昨日の襲撃の、最大の障害か」

「えぇ、その通りです。《瀧華一刀流繚乱勢法》《黒鬼》百鬼紫苑。真正面から戦えば、貴方か私でしか相手にならない。正真正銘、破軍学園最強──いいえ、日本の学生騎士の中で最強の剣客ですよ」

「くだらんな」

 

 男は栞の言葉を……紫苑の存在そのものを一蹴する。

 

「伐刀者における強さとは『総魔力量』。即ち他者の運命を轢き潰し、自らの『運命』を押し通す力を指す。『総魔力量』が生涯不変であることが、予め『運命』に自らが世界に与える影響が決定されていることの何よりの証左。

 その『総魔力量』で世界一劣っている存在が、最強である筈も、最強になれる筈もない。これまで築き上げてきたものも、唾棄すべきペテンの下に造られた砂上の楼閣であろうよ。そんなものに魅せられるなど、嘆かわしいにもほどがある。愚弟も、この男も。至高の才を持つ女達を誑かす事ばかり達者なのだな」

 

 心底不愉快だ、と吐き捨てる男。その言葉に月影は背筋が凍るような寒気と、胃に鋭い痛みを覚えた。

 

 男の考えを一言でまとめるのであれば『魔力至上主義』

 連盟旗下の国家では、彼ほど直接的且つ過激な表現はしないものの、罷り通ることもある考え方だ。

 なにせ連盟の伐刀者教育方針は、魔術を鍛え上げることに重きを置いている。その理由は普通の人間と《伐刀者》の差異が『魔力』の有無であることや、伐刀者の《社会的地位(ステイタス)》を決定づける要素として『総魔力量』が大きな比重を占めていることなど様々であるが。

 

 要するに、『魔力至上主義』を百鬼紫苑に向かって振りかざすことは、彼がこれまで歩んできた研鑽の全てを否定することにほかならないのだから。

 そのことが意味することは彼の憧れであり、原点。義姉・瀧華薫を否定することと同義である。

 

 これが栞であれば『そういった考え方もありますよね』などといって、穏便に事を修められるだろう。

 だが紫苑は自分の『最強』を否定されて、大人しくしていられるほど辛抱強くはない。

 

 ……侮蔑、否定、嘲笑と人を不快にさせる要素を詰め合わせた言葉の数々を、紫苑は途中で刃を抜くことなく、最後まで聞いた。

 どれほど自分の逆鱗を無造作に触れられようと、耐えてくれた。

 ──彼は確かに、自分との約束を努めて守ろうとしてくれた。

 

 それが理解できるからこそ、総理は栞にこの部屋を《現実》から隔離するように頼もうと──、

 

『お義父様』

 

 それを、義娘から制止される。

 実際に発声はしていない。《念話》の伐刀絶技だ。

 

『……もう少しだけ、紫苑さんを信じてあげてください。あの人はお義父様が思う数倍、《約束》を重んじてくれる方ですよ』

 

 とはいえあれだけ盛大に地雷を踏み抜かれれば、髪が天を衝く程度で済むはずがない。

 故に準備だけはしておくと《念話》上で苦笑する娘に、それはそうだと彼は頷く。傍で聞いている自分ですら『そんな言い方はないんじゃないか』と思ったほどだ。当人の気持ちを考えればさもありなんといったところだろう。

 

 

 そんな会話が裏で行われているとは露知らず、長髪の男は自分より頭一つ低い白髪の男と視線を合わせる。

 

 ──さぁ、どうする。

 

 罵詈雑言でも浴びせてくるか。あるいは《全智の魔女》を誑かした剣術でも振るってくるか。

 どちらにせよ構わない。たとえどのような事をこの男がやろうと、自分は歯牙にもかけず蹂躙できるのだから。

 

 そんな驕りともとれる、男の交戦的な態度とは対照的に紫苑は頭を掻いた。そしてはぁ、と多々良の時とはまた違う……自分を落ち着かせるために一呼吸置く溜息を吐くと、口を開く。

 

「色々と言いたいことはあるが、とりあえず今は互いに交流を深めるという名目で集まっているんだ。俺の事をとやかく言う前に、まずは名乗ってほしいんだが」

「…………黒鉄王馬」

「黒鉄……あぁ、愚弟というのは一輝の事か。まぁお前の考え方ならアイツや俺が腹立たしいのは当然だな」

 

 俺は誰かを誑かした覚えはないんだが、と苦笑交じりに言った後続ける。

 

「王馬。お前の言わんとしている事は理解できるし、正しい。伐刀者として大成するためには総魔力量の要素が他と比較して大きな割合を占める。それが俺には他の伐刀者と比較して遥かに劣っていて、その上身体もお世辞にも恵まれていない。心も脆いときた。心技体。俺は武芸者に必要な三要素全てが不足している欠陥品だ。

 ……はっきり言って救いようがない。こんなもので世界最強になるなど烏滸がましい。こんな目も当てられないような実情で、伐刀者として生きていくことそのものが侮蔑だととられても文句は言えないだろう」

「なら──」

「だが。その上で言ってやる。黙れ。外野が口を挟むな」

「……!」

「正論? 常識? くだらねぇんだよ。そんなもので憧れが止まるものか。あの日からずっと見てきた輝きが、見えなくなってたまるものか」

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 あの洗練された剣の軌跡を。あのこの世であれほど美しいものはないと思わせてくれたあの舞を。

 そして何より──自分に向かって向けてくれた笑顔を。自分の事を呼んでくれるあの声を。忘れてなんてたまるものか。

 

 そこには憧れがあった。憧れに対する喜びがあった。その憧れが理不尽に奪われたことによる憎悪と憤怒があった。

 そして……。

 

「なぁ、王馬。ひとつ聞きたい」

「答える価値があると思ったなら、答えてやる。言うだけ言ってみるがいい」

「お前は何故、《運命の奴隷》で在り続けようとしているんだ?」

 

 王馬に対する憐憫があった。

 

「『魔力至上主義』。その考え方そのものを否定する気はない。だが何故、お前ほどの男が『運命』などと曖昧なものに縛り付けられることを良しとする? 何故己が『運命』よりも下だと甘んじている? お前はそれほど物分かりが良い男ではないだろう」

 

 その身体を見ればわかる、と締め括った紫苑。

 

 紫苑に対して自らの価値観を振りかざし、否定してみせた王馬。対して紫苑は王馬に然程悪感情を抱いてはいなかった。

 無論、彼の思想は己のものとは相容れないものだが、それを力ずくで変えようなどという気は欠片もない。

 それは己と同じく、己の足らずを理解しそれを埋め合わせんと理外の研鑽を積んでいると理解したが故。

 

 だからこそ哀れでならないのだ。

 彼ならば己よりも容易く己に課された運命を走り抜け、『魔』の門を開けるだろうに。未だ『人』であり続けているその現実が。

 

「早く『こちら側』に来い。王馬。お前ならそれが出来る筈だ。世界最弱の俺でも出来たのだから、俺の何十倍も優れた素質を持つお前が出来ない筈がないんだ」

 

 ──月影は、養女から聞いていた紫苑の悪癖を今、真の意味で理解した。

 

 それは『自己評価の低さ』

 自己肯定感の低さとも言い換えて良いだろう。

 

 紫苑は最初《努力》の異能、それ以外を何も持ち合わせてはいなかった。剣の才能、魔の才能、優れた肉体性能その他諸々。

 およそ《瀧華一刀流繚乱勢法》の後継者として必要なものなど何もなかった。己の可能性を極め尽くして、それでも足りぬと前へ前へと進み続けている今尚、そんな過去が尾を引いている。

 

 だからこそ彼は大抵の伐刀者を己よりも上に見ている。

 上に見ているからこそ、彼は『己に出来たことが、他者も出来ないなんてあり得ない』と確信している。

 上に見ているからこそ、見下している。一見して矛盾しているだろう。しかしそれが成立し、王馬の神経を逆撫でしてしまっている事実は、目の前にある。

 

「……傲慢極まるな、《黒鬼》。俺がいつ《運命の奴隷》に甘んじたと?」

「あぁ、勘違いだったか? それは悪かったな。ただ俺は、お前が俺に言ったのはこんな事だと、お前に理解してほしかっただけなんだが」

「呵呵、ならいらん事だったな。わかった上でやっている」

「そうか」

 

 空間が軋みをあげる。

 王馬からは翡翠の燐光が、紫苑からは黒の炎が灯る。

 互いに霊装は抜かない。だが彼らは拳で、あるいは蹴りで、周囲一帯を壊滅させて足る、暴力の化身である。

 一歩、前進。たったそれだけでかかる重圧は数十倍にまで膨れ上がり、そして。

 

「はい、そこまで」

 

 それが霧散した。

 究極の暴力の衝突、そこに割って入ったのは暴力などとは無縁そうな、少女の透き通る声。

 紫苑、王馬と並ぶ『暁学園』の最高戦力にして切り札。《全智の魔女》月影栞の異能が働いた結果だ。

 

 しかし彼女が自分達に何を行ったのか、紫苑は正しく把握できていなかった。何故なら彼は王馬の臨戦態勢が解除されたことで、戦う理由がなくなっただけなのだから。

 

「……俺に一切苦痛を与えず、ここまで魔力の流れを乱すか。相変わらずの無法さと技巧だな」

「お褒めに預かり光栄です。が、徒に彼を煽るような真似はいただけませんね、王馬さん」

 

 良いですか、と栞は王馬だけではなくここにいるすべての者に向けて続ける。

 

「仲良しごっこをする必要はありません。ですが、最低限の協調性は弁えるように、と我々は依頼したはずです。同士討ちを避けるなど、組織として当然の対応。今後はこのような行動を慎むように。良いですか、王馬さん。平賀」

「おやおや。王馬さんはともかく、何故ワタクシも名指しなのでしょうかねぇ。それにワタクシはまだ彼に対して名乗ってもいませんが」

 

 けらけらと笑う道化。

 それに対して紫苑はあぁ、と先程まで彼の存在など欠片も気を留めていなかった──努めて無視していたモノを一瞥すると吐き捨てる。

 

「木偶がよく喋るな」

「くふふ……これは手厳しいですねぇ。これでもそれなりに丹念に仕上げたつもりなのですが」

「あまり口を開くなよ、木偶。お前には借りがある。顔を合わせた瞬間に、その糸で手繰れない程刻んでやっても良かったんだ。

『どれほど価値観の合わない者がいようと、刀を抜かないでほしい』……総理との約束を守っているのが馬鹿らしくなるだろう」

 

 それがなければ既に殺していると、侮蔑の眼を向ける紫苑にそんなものはどこ吹く風と受け流す道化──平賀玲泉。

 そんな態度を然程戒める事もなく(諦めているとも言う)、栞は紫苑に対して視線を向けた。

 

「そして紫苑さんは、記者会見が終わったらお説教です」

「……!?」

 

 何故、と紫苑は眼を見開く。あまりに唐突だった。

 月影総理との約束は守ったはず。確かに王馬と一触即発の雰囲気にはなったが、それでも霊装を顕現させる事だけはしなかった。確かに己にも落ち度はあったが、それでも彼女が窘めたのは王馬とあの木偶道化だった。

 

「刀は抜かなかったぞ?」

「はい。紫苑さんがお養父様との約束を守ろうと努めてくれていたことは、私もちゃんと理解しています。それは偉いです。ですけれど……それはそれ、これはこれ。何故紫苑さんはお説教を聞く必要があるのか、ちゃんと考えておいてくださいね?」

「…………………わか、った」

 

 栞の言葉と己の行動。どちらが世間一般的に見て正当性があるのか。それは十中八九栞の言葉であろうと、紫苑は理解しているからこそ、苦々しくも頷いた。

 

「ん、素直でよろしい」

 

 そんな彼にそれほど気に病むことはない、と栞は彼の髪を梳きそっと頭を撫でる。確かな慈愛を滲ませる彼女のそれは、愛しい男に向けるような、あるいは弟の頑張りを認める姉のようで。

 

「……栞があんな顔するの、珍しい」

「ケッ、イチャつきやがって」

 

 それを傍目で見せつけられる者達がどのような反応をするのかは、言わずもがなであった。

 

 

 

 

「《魔人》の事は、《覚醒》に至ったものか、その一歩手前まで至った者にしか話してはいけない……」

 

 会見を終え、ホテルの一室で遅めの昼食を取りながら紫苑は栞の説教を聞いていた。

 あぁ、そういえばそうだったと紫苑が頷くと栞は溜息を吐く。

 

「えぇ。……なのに貴方は、王馬さんは『こちら側』だの好き放題言って。連盟の中でも秘されている事だって忘れてるんじゃないかと肝を冷やしましたよ」

「悪かった。別に忘れてたわけでは……少しはあったが、王馬を見て気が昂っていたのはあると思う。……あれほどの男が、まだ《覚醒》を迎えていないという事には驚いたが」

「まぁ王馬さんは、間違いなく《覚醒》を迎えられる側のお方だとは思いますけど……紫苑さんは、自分の能力を少し過小評価し過ぎな嫌いがありますね」

 

 概念干渉系能力《努力》

 確かに能力そのものに攻撃能力や防御能力はない。実戦で役に立つかと言われれば、お世辞にも首を縦に振り難いのは事実だろう。

 だが『自身の可能性を極める』事において、これほど最適な能力はない。

 

 ゲームで例えるところの『獲得経験値n倍加』と言えば、強力な能力である事は、誰もが認めるだろう。

 

 加えて《覚醒》を迎えたことで因果干渉系能力に対する耐性、《引力》を用いた《倍加》能力の再現、人体の限界を超えた肉体の進化など留まるところを知らない。

 

 これで平均的な伐刀者ほどの魔力を備えていれば、紫苑の戦闘能力は今の十倍では効かないほどに強力なものとなっていただろう。

 

「貴方の能力は『《覚醒》を迎える』というその一点においては、どんな異能よりも優れた能力なんです。私も含め、『自分の可能性を極め尽くす』というのは、貴方ほどの速さでは出来ません」

「お前でもか」

「勿論。私はお養父様の用意してくださった、日本で最も優れた環境でも、10年かかりました。……そも私は扉を目の前にして、引き返した人間です。そんな私に今より先なんてありませんよ」

「…………」

 

 彼女は《覚醒》の直前まで至り、にも関わらず《魔人》となることができなかった。

 こういった話をするとき、栞の表情はほんの少しであるが暗くなる。

 

『西園寺栞』としての彼女と接しているときは、紫苑にはその理由がわからなかった。しかし『月影栞』としての彼女と対面した今ならば、多少思い当たる節がある。

 

 ──彼女は己の養父に対して、負い目を感じているのではないか。

 

 日本を破滅の未来から救い出す。そのために全身全霊をかける月影。その協力者である彼女自身が、その未来に本当の意味で全身全霊で挑むことができない。

 その理由では、彼女は己の限界を超えることはできないと理解してしまった。それを申し訳なく思っているのではないかと。

 

 彼女は紫苑のことを真面目だ、優しいと評してくれる。だがそれは彼女自身にも大いに当て嵌まるだろうと、紫苑は思うのだ。

 

「すみません、湿っぽい雰囲気にしてしまって。

 これからどうしましょうか。紫苑さんがお望みであれば、お養父様が……日本政府が用意した最新鋭の訓練施設にご案内することも出来ますが……」

「……あぁ、そうだ。それに関してひとつ、栞に頼みたいことがあるんだ」

 

 ごちそうさまでした、と手を合わせた後、紫苑は居住まいを正して栞に向き直る。それに僅かに栞は呆気に取られたものの、彼の真剣な表情に向き直った。

 

「……はい。私に出来る事であれば、何なりとお申し付けください」

「──俺に、『魔力制御技術』の手解きをして頂きたい」

 

 立ち上がり、頭を下げる紫苑。

 

「……俺の総魔力量では、一般的な伐刀者のカリキュラムをこなすのが精々。それでも寧々や南郷先生は充分優秀だとは言ってくれているが、たかが『優秀』程度では不足している」

「……そこで私に師事したいと。どうして私なのですか? 他にも魔力制御の技術に長けた方は大勢居ますし、なんならこちらでコーチを用意することだって……」

「決まっている。俺が知る中で、月影栞こそが最も魔力制御技術に秀でた者だからだ。習うならば、貴女をおいて他に居ないと俺は確信している」

 

 百鬼紫苑の魔力操作技術は、連盟の魔力操作技術を測るテストにおいては『平均的』であるとされている。

 

 しかしそれは『平均的な総魔力量』を有した『平均的な魔力操作技術』であり、断じて『平均総魔力量の1/15』の基準ではない。

 それに照らし合わせるのであれば、紫苑の魔力制御技術は優秀止まりではなく、卓越していると言って良い。栞も西京や南郷と同じ評価を彼に対してするだろう。

 

 だが、紫苑はそれでは到底足らぬと吐き捨てる。何故なら、

 

「今回の戦いは俺だけの戦いじゃない。俺の、総理の、そして栞の、他者の願いを背負った戦いだ。そんな戦いに今の技術で充分だと慢心し望むなんて、俺が許せない」

 

 更なる成長が必要なのだ。

 

 とはいえ剣術に関しては、一朝一夕で強くなれる段階をとうの昔に過ぎ去っている。ここを集中して鍛えたところで、爆発的な成長を望めるとは言い難い。

 

 だが魔力の扱いはどうか。

 基礎的な部分は寧々に鍛えて貰ったが、そも彼女は魔力制御に秀でた騎士とは言い難い。もう一人の師《闘神》南郷寅次郎の技術は魔力というよりは剣術に重きを置いたもの。

 

 加えて紫苑の戦い方は《魔人》が持つ《運命に対する引力》を応用した『倍加能力の再現』という、極めて異質なスタイル。

 必然的に独自の試行錯誤や我流に頼らざるを得なくなり、その技術の発展の形は極めて歪だ。

 

 故に今の紫苑が学び身に付けるべきは、確かな実証と実践に裏付けられた理論。独学などではなく、多くの者が集い、研鑽の果てに導きだした現時点での最適解をおいて他にない。

 

 これまで感覚で、なんとなしに行っていた魔力の運用を徹底的に練磨し、《瀧華一刀流繚乱勢法》と《魔力制御技術》。この二振りの名刀を携え、七星の頂を獲りに行く。

 そのために、

 

「──俺に力を貸してほしい」

「……頭を上げてください、紫苑さん」

 

 彼女の言葉に従い、姿勢を元に戻せば、はぁ、と呆れ混じりの笑みを浮かべる栞の姿があった。

 

「共に戦ってほしいと頼んだ我々が言うことではないのでしょうが……思った以上に、私達との事を真剣に考えて下さっているんですね?」

「正直、自分でも驚いてる。自己満足の為じゃなく、大切な者の願いを成就させるために戦うなんて初めての事だったから。思った以上に浮かれているらしい」

「んっ! ……ごめんなさい、少々噎せちゃいました」

「大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です」

 

『大切な者の願いを叶えるために戦う』

 そんな言葉が想い人の口から、さも当然のように漏れたこと。それに対して浮かれるくらい嬉しく思ってくれていることに感極まった、ある種の発作だ。

 などとは到底言えず、誤魔化すように栞は微笑んだ。

 

「そういうことであれば、勿論お引き受けいたします。《全智の魔女(メアリー・スー)》として培った理論、経験。そのあらんかぎりをこの一週間でお教えいたしましょう。……ついてきて、いただけますね? 紫苑さん」

「っ! あぁ、よろしくお願いします……!」

 

 こうして『暁学園』が誇る切り札二人による強化訓練が幕を開けたのだった。

 

「……それにしても、何故私に対して敬語を?」

「教えを乞う立場なのだから、態度を改めた方が良いかと思って。……なんだったら栞師匠(せんせい)と呼ぶが」

「………………。思ったより良いですね。では授業の際は栞師匠で。よろしいですか、百鬼くん」

閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)

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  • はよ本編仕上げろ
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