最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第35話

「……で、漸く真面目な話をする気になったか?」

 

 辟易とした、という様子を隠さず紫苑は一輝達に口を開く。ちなみに諸星はと言えば、再度店内が混み合ってきたため、仕事に復帰している。

 良いもん聞けたし、満足したわと笑っていたが、付き合わされた方はたまったものではなかった。

 

「う、うん……大丈夫?」

「問題ない。考えたこともないことを考えて、頭が痛いだけだ……。真面目な話であれば、栞と一緒にシミュレーションもしてきたから気が楽だ」

「本来であれば逆の筈なのよねぇ……」

 

 一般的な男子高校生として、男同士の恋バナか、半ば尋問じみた、元仲間からの追及のどちらが楽かと問われれば大半が前者だと答えるだろう。

 

 しかしそのような理屈は紫苑には通用せず。

 傾向と対策が掴める分、後者の方が断然楽と語るのは《努力》の異能を保持しているからだろうな、と有栖院は思う。

 

「……では、私からよろしいですか」

「あぁ。挙手は別に要らんが。なんだ?」

「昨日からの百鬼さんの言動で、私はずっと気になっていることがあったんです。百鬼さんは……」

 

『暁学園』による『破軍学園襲撃事件』に対して、あまりに他人事過ぎると。

 

 確かに、と一輝も彼の言動について思い返す。

 彼は『破軍を裏切った事の対して多少の負い目がある』とは言ったりしていたが、一言も『自分達の学校を襲ったこと』に対する反省の色は何も示していなかった。

 

 多少──否、随分と常識破りな言動をすることもある彼だが、そういった事に関しては誠実に対応するのが百鬼紫苑という男。

 

 にも関わらず、そういった態度を見せないのは何か理由があるのではないか、と。

 

「教えてください。貴方は何時から、『暁』についたんですか?」

「大体1週間前くらいだな」

 

 ごくん、と2枚目の豚玉を綺麗に飲み込むと紫苑は続ける。

 

「俺が『暁』についたのは、一週間前の夜……『暁』の連中による、破軍学園襲撃事件が()()()()()のことだ」

 

 他人事のように聞こえて当然だろう。

 紫苑にとって『破軍学園襲撃事件』とは自身の預かり知らぬ時、預かり知らぬ場所で起きた、自分は加害者としても被害者としても関わっていない、他人事そのものだったのだから。

 いや、それどころか……

 

「俺はあの件において部外者だった。いや、徹底して()()()()()()()()()

「部外者にさせられた……? それは一体どういう……」

「……有栖院。お前が『暁』を裏切る前、あの道化の木偶から聞かされた命令は何だった」

 

 道化の木偶。そう言われて有栖院は一人の男が思い浮かぶ。

 元文曲学園所属、現在は『暁学園』に所属しているピエロメイクの男。《道化師》平賀玲泉である。

 

 今では『暁』を裏切り、縁を切った身だが一人の暗殺者として、依頼人からの命令は今でも記憶に刻まれている。

 

「『破軍学園の壊滅。誰の眼から見ても明らかな圧勝』……」

「そうだ。それが『暁』の勝利であり、《七星剣舞祭》出場のための絶対条件。……だが栞は、これを達成するための障害がふたつあると考えた」

「それは……?」

「まずは俺。そしてもひとつが……お前だよ。《無冠の剣王》黒鉄一輝」

「僕……いや、僕達が?」

 

『暁学園』襲撃により、壊滅的被害を出した破軍学園。生徒のみならず教師すら大きな打撃を受けた。

 

 だが、紫苑は──否、彼の後ろにいる月影栞と月影獏牙は、その程度では足らぬと結論を出したらしい。

 

 当然だ。

 破軍学園は例年と異なり、出場希望生徒の模擬戦により《七星剣舞祭》の代表勢を選出した。それは天性の素質のみならず、それを鍛え上げた少数精鋭ばかり。

 それを討ち果たせずして、どうして破軍を相手に圧勝を修めたと言えようか。

 

「と、考えはしたものの。当時の『暁』の戦力では脅威とみなされた……即ち、『圧勝』を修めることが極めて困難とされた《七星剣舞祭》出場者が二人いた。それが俺達だ」

 

 共にFランクという『極めて一般人に近い魔導騎士』という最弱のレッテルを貼られた者。だが剣を極め、あらゆる不可能を可能としてきた《魔導騎士》の異端。

 

 そんな彼らと戦えばよくて痛み分け。最悪の場合、自分達の誰かが七星剣舞祭出場に支障が出るほどの致命傷を負わされる可能性がある。

 その事実から、栞は目を逸らさなかった。

 

「ではどうやって栞さんはお兄様達を対策したんですか?」

「簡単な話だ」

 

 ──そもそも戦わない。

 自分達が立つ戦場から、徹底して遠ざけ、排斥する。

 彼らと交戦する事がリスクだというのなら、そのリスクの根本から断てばいい。

 

 それが《全智の魔女》月影栞が導きだした、《黒鬼》と《無冠の剣王》の対策(ころしかた)だと。

 

「覚えがあるだろう? 有栖院が『暁』への奇襲に失敗し、平賀に連行された時、栞がお前達に何をしたか」

「……! 学園の外に《転移》させられた……!」

「そうだ。そこで栞は魔術障壁を展開。『破れるかも分からない壁の突破の時間をかけるか』『有栖院の救出に向かうか』の二択を強制した。

 有栖院に対して深い情を持つ珠雫は即決で、合理的に事態を俯瞰できる一輝は理屈で、後者を選ばざるを得ない状況を作った。そして有栖院救出に向かった先に配置していたのは──」

「《隻腕の剣聖》ヴァレンシュタインと《比翼》のエーデルワイス……」

 

 現在の一輝達では勝利を収めることが奇跡といっても良い、『暁学園』が有していた鬼札。それをぶつけることで、破軍学園随一の実力者である一輝と珠雫の無力化を確実のものとしたのだ。

 

「……全て、あの人の掌の上だったというわけですか」

 

 月影栞。七星剣剣舞祭の出場者の中でも指折りの実力者。

 しかしながら彼女の真の強さは、試合上で発揮されるようなものではない。

 盤面に存在する駒を自在に動かし、自身の望む状況を作り出す。

 自分達の必勝の盤面を構築し、実際の交戦はそれまでに築き上げた努力

 

 それこそが《全智の魔女》の真骨頂なのだと。

 

「ん? じゃあ僕達はそれでいいとして、百鬼くんは? そもそも破軍まで帰ってきていなかったよね?」

「えぇ、そうです。だからこそ私達は、貴方が第三の『暁』の間者なのではないか、と思っていたわけですし……」

「…………言わなきゃ駄目か?」

「駄目だよ」「駄目です」

 

 声の揃った黒鉄兄妹の追及。

 それに紫苑は、大きな溜息を、本当に大きな溜息を吐きながら「……笑うなよ?」と前置きした上で、当時自身の身に何が起こったのかを話した。

 

「……寝てたんだよ」

「は?」

「だから……! 寝てたんだよ。呑気にぐっすりと」

「…………本気で言ってる?」

「……本気で言っていなければ、今頃俺は死んでいる」

 

 声音からも紫苑は本当のことを言っていると、一輝は確信できる。言いたくなかった理由は、皆が戦っている中で呑気に眠りこけていたなんて恥晒しも良いところだったからだろう。

 

 しかしだからこそ信じられない。

 

「眠らされた。それ自体は彼女が最初から使っていた魔術だから納得できるわ。……けれどたかが『眠らせる』術で、貴方程の実力者を大人しくさせられる?」

 

 あるいは睡眠薬でも盛ったのか。いやそれこそ、自身の危機に極めて敏感な紫苑は勘付くだろう。

 一輝達は紫苑の強さを知っているからこそ、その手段が思い至らない。

 

「……俺に栞が使った伐刀絶技は《安息の揺り籠》。肉体や魔力、精神に干渉する()()()の伐刀絶技だ」

「か、回復……?」

「そうだ。……当時の俺は南郷師匠との戦いで、甚大な被害を負っていた。傷は再生槽や治癒魔術で癒えてはいたが、疲労や精神的負荷まではどうにもならん。そこを栞は突いた」

 

《安息の揺り籠》は簡単に言えば、睡眠によって得られる回復効果を限界まで引き上げるもの。

 そしてその技の特性上、眠るという過程は必要不可欠。

 

 故に栞はあえて回復効果を本来の出力より引き下げることで、完全回復までの時間を延長。紫苑が目覚めるまでの時間を引き延ばす事に成功したのだ。

 

 紫苑の、自身の危機に関する絶対的な嗅覚《究極生存本能》。それは彼のルームメイトだった栞は誰よりも承知していた。

 故に《究極生存本能》は、自分にとって恩恵のある『回復』には反応しない、するはずがないと確信できた。

 なにせ彼の身体が最も必要としていた休息を、栞の方から提供していたのだから。

 

「……完敗だった。『何もさせてもらえない』なんて随分と久しぶりのことで、一周回って笑えたな」

 

 いや、何もさせてもらえないではない。

 そもそも戦わせてもらえなかった、なんて紫苑の経験からしてみても初めてのこと。

 

 一輝や破軍学園の者達と同じように、紫苑もまた月影栞という少女に最初から敗北を喫していた。

 

「……そんな状況から、なんで『暁』に付いたんだい?」

「そこは追々話す。先にこの説明をした方が円滑に話が進むからな。……これはお前達が誤解していることなんだが」

 

「『暁学園はテロリストを雇い入れている』というのは事実だが、『暁学園はテロリスト集団だ』という認識は間違いだ」

「「…………?」」

 

 その二つは何が違うのか、と首を傾げる一輝と珠雫。

 こう言ったら彼らはわかるだろう、と一輝達を信じている紫苑。

 ……これでは話が進まない、と有栖院が補足を入れる。

 

「え〜と、つまりね。紫苑は『暁学園』に所属している生徒全員が《解放軍》所属ってわけじゃない……って言いたいのよね?」

「……賢い奴が周りにいると助かるな」

「お褒めにあずかり光栄よ」

「つまり……『暁学園』も一枚岩じゃない、と?」

「あぁ」

 

『暁学園』は大雑把に二つの陣営に分けられる、と指を『2』の形に立てる紫苑。

 

 まず第一に一輝達が一番にイメージを持った、裏社会からの刺客。これは月影獏牙によって雇い入れられた、七星剣舞祭優勝のための刺客であり、ここには昨日出会した多々良由衣や、紫乃宮天音、平賀玲泉、元は有栖院もこちら側だった。

 

 そして第二に純粋な月影総理の協力者。仲間内では『ゲスト』と呼ばれる存在。

 

「こちらは栞や凛奈、王馬が該当する」

「王馬兄さんが……!? でもあの人が政治の話なんて……」

「確かお前の親父さんに頼まれた、だとか言ってたぞ?」

「はぁ……!? 何故あの人がこんな騒ぎに加担するんですか……!?」

 

 珠雫の知る限り、自分と一輝の父親である魔導騎士連盟・日本支部局長、黒鉄巌は厳格という言葉が服を着て歩いているような男だ。

 生きる規則、絶対の掟たらんとする彼が、このようなクーデター紛いに加担するなど到底信じられないが……。

 

「そこは利害の一致だ。月影総理が掲げる《騎士連盟》から脱退し、日本の主権を取り戻したい与党。かつて日本の伐刀者教育権を持ち、それら強権を《連盟》に奪われた元・侍局。脱連盟という方針は一致している」

「……それは栞さんの入れ知恵ですか?」

「当然だ。政治のあれやこれやの話を俺が知ってると思うか?」

「自分に対する過小評価が過ぎると思いますけど……そういえば二つの陣営に分かれているって聞きましたけど、あの露出狂画家と百鬼さんの名前が出てきていませんね」

「露出狂画家……あぁ、サラの事か。酷いあだ名だな」

 

 これ以上ないくらいサラの特徴を表してはいるのだが、それにしたって酷い。

 先日のパーティの後、彼女が「モデルを見つけた」と紫苑に対して報告してきたため、何かしらの関わりはできたのだろうなとは思っていたが。

 

「サラは単に《解放軍》と総理、両方と関わりがあるからどちらに置くか迷っただけだ。どちらかと言えばゲスト側になると思う」

「……じゃあ百鬼くんは?」

「間違いなくゲスト側だ。……なんだが、総理の考えに賛成かと言われれば、微妙なところでな」

 

「……? では何故、貴方は『暁』についたんですか」

「栞がいたから」

 

 端的に、そして即座に断言する。

 

「アイツに『自分達の力になってほしい』と頼まれた。……それで『暁』につく理由は充分すぎた」

 

 要はお前が珠雫の味方をした理由と同じだと、紫苑は一輝に言う。

 これまで彼女は散々自分に良くしてくれた。甘えさせてもくれたし、世話も焼いてもらった。自分に注いでくれた優しさを、力になることで少しでも返せるのならば。

 

「だから俺はゲストではあるが、厳密に言えば月影総理の協力者ではない。たとえ結果的にそのような形になっていようとも──俺は栞の協力者だ」

 

 今この身は、《瀧華一刀流繚乱勢法》の後継者にして月影栞の添え刀。

 

 自分は彼女の敵の一切を斬り伏せ、彼女が目指す未来を阻む障害のすべてを切り刻む。

 そのような剣たれと、己を定めたのだから。

 

「……そっか。良かった」

「……? 何が良かったんだ」

「百鬼くんが悪い方に変わっていなくて」

 

 一輝は思う。

 百鬼紫苑はこの3ヶ月で見違えたと。無論良い方向で。

 友人と呼べる者たちが増え、世間一般的な良識を学び、己の行動に対する責任の重さを学んだ。

 だからこそ、そこを月影総理に付け込まれたのだと、そう考えていた。

 

 だが紫苑は賢しく謀略を張り巡らせているわけではない。ましてや月影総理に買収されたり、脅迫されたり、言いくるめられたりしているわけでもない。

 

 ──彼はいつだって、自分のかけがえのない物のために戦ってきた。

 

 自分の敬愛する姉の剣術を、世界で一番の剣術にするために。

 そして──自分の大切な者の願いを叶えるために。

 

「……大事なものが、増えたんだね。百鬼くん」

「──あぁ」

 

 栞のことを思い浮かべたのだろう。ふっと、微笑む紫苑。

 そのような顔、一年前に知り合った時には全くしなかった。

 

 一輝から見て、百鬼紫苑という男は『自殺志願者』のように見えた。

 己の身体も、己の心も顧みず、ただ『最強』を目指して突き進む。その道の過程で、命が尽きるにならばそれまでと。

 

 だが、今の彼は『自殺志願者』などではない。

 彼は栞と絆を深めたことで、真の意味で『剣士』になったのだ。

 

「……男性同士の絆で、良い感じに話を終わらせようとしていますが」

 

 しみじみと向き合っていた一輝と紫苑。

 そこに割って入るのは、この場で唯一の女性である珠雫だ。

 

「まだ私は聞きたいことがありますから」

「やぁねぇ、珠雫。男同士の友情に割って入るなんて。無粋よ?」

「生憎と私は女なので。そのような物とは無縁です。……それで、百鬼さん」

「なんだ?」

「私達はまだ肝心な事を聞けていません。そもそも何故、このような事をしでかしたのですか?」

 

 そう。

 確かに紫苑は自分たちの学校が襲われた際には、『暁学園』に所属していなかったのだろう。

 紫苑が『暁学園』についた理由は、政治や謀略の結果ではなく、ただ『大切な者の力になりたい』という一心だったのだろう。

 

 だが、物事の始まりである『破軍学園襲撃事件』

 それについては何も答えていない。

 

「それは総理も言っていただろう。国防の要である伐刀者の教育を自分達でなく、他所の組織に委託するなんて国家として不健全。だから物事を正しい形へ引き戻す──」

「馬鹿なこと言わないでください。紫苑さんはともかく、栞さんはわかっている筈です。伐刀者教育権の奪還なんて事は、あのような暴挙に出ずとも日本が本腰を入れて《連盟》と交渉すれば()()()()()()

 

 日本国は世界第三位の経済大国。

 その経済力もさることながら、価値観の異なる宗教にも非常に寛容であり、異なる神を信仰する国々との潤滑油の役割を果たしている。

 

 もはや《連盟》にとって日本という国は必要不可欠。

 所属してもらわねば組織の運営に差し障るほどの、多大な影響力を持つ国家なのだ。

 

 そんな国が『自分の国で伐刀者の教育・管理をしたいです。もし出来ないのなら《連盟》を脱退させていただきます』などと言えば、ほぼ《連盟》は首を縦に振る。否、縦に振らざるを得ない。

 

「そのような事は、月影総理も承知していることの筈。であるならば順番が逆なんです。

 総理は『伐刀者の教育権奪還』のために『無法』を行ったんじゃない。彼は『無法』を行うことそのものが目的であり、『伐刀者の教育権奪還』はただの口実に過ぎません。そして口実が交渉によってが叶ってしまう事は、総理にとってきっと不都合なことなんでしょう」

「……続けろ」

「月影総理の最終目標は《連盟》からの脱退。これは現与党が掲げているマニュフェストからも間違いない。……ですが、そのための手段が、テロに頼ることであるのは違和感があります。ましてやそこに父が、大兄様を差し向けてまで助力しようとしたところも」

 

 確かに父が長を務める《連盟》の日本支部──元・侍局は《連盟》に自分達の特権を取り上げられている。

 それに反感を覚え、現与党と協力関係を結び、己が有していた権利を奪い返さんとする。

 

 筋自体は通っている。だが、黒鉄巌の行動として考えると矛盾するのだ。

 

 彼は私的利益など欠片も考えない。完全な公僕であり、生きる規範。

 そんな彼が《連盟》内での立場を危うくし、争いの火種になるような事案に加担するなど、まずあり得ない。

 

「月影総理が乱心し、破滅願望を拗らせた売国奴に成り下がった、という線は切れます。そのような理由で『破軍学園襲撃事件』を起こしたのなら、父や貴方の助力を得られるはずがない」

 

「──あのような強硬手段を用い、可能な限り早急に《連盟》を離脱しなければならない『何か』が起こった。あるいは起こっている。……違いますか?」

 

 そう、締め括った。

 それに対する紫苑の答えは、深い、深い沈黙。

 長く、紫苑が息を吐き出すと。

 

「言えない」

 

 端的に、拒絶の意思を示した。

 それに珠雫は落胆するようなことはしなかった。最初に《契約》の内容を聞いたときから『コレ』は流石に踏み込みすぎていると感じていた。

 

 ──そも紫苑の答え方で、具体的にはわからないが相応の事情はあると珠雫は確信している。なにせ彼は『わからない』ではなく、『言えない』と答えたのだから。

 

 だが、そこを追求するような真似はせず紫苑の言葉を待った。

 

「『何故あのようなことをしたのか』という問いには答えられない。しかし『何故破軍を襲ったのか』という事なら説明してやれる」

「……やっぱり、ウチじゃなきゃいけない理由があったんだ」

「あぁ。……一輝。客観的に考えてみてほしいんだが、仮にお前が『暁』に所属していたとして、総理に『どこか一つの騎士学校を潰してほしい。目標は圧勝すること。場所は任せる』と言われた時……破軍なんて狙うか?」

「………………狙わないね。それこそリスクが大きすぎる」

 

 それこそ破軍学園の上位生徒を羅列してみれば、破軍学園に襲撃をかける事がどれほど危険な行為か理解できる。

 

《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。

《深海の魔女》黒鉄珠雫。

《雷切》東堂刀華。

《紅の貴婦人》貴徳原カナタ。

《黒鬼》百鬼紫苑。

 

 誰もが七星剣舞祭で優勝しても不思議ではない逸材揃い。

 こと選手層の厚さで言うなら、今年の破軍学園は『暁学園』を含まない7つある騎士学校のうち、随一と言って良かった。

 そしてそこに元と現KoK世界第三位の《世界時計》新宮寺黒乃と《夜叉姫》西京寧音が加わる。

 

 このような場所に襲撃をかけることは、身投げと何ら変わらない。まさしく破滅願望を拗らせた者の行いだ。

 

「あぁ。普通はしない。だがリスクを承知の上で、栞は『破軍学園襲撃』をやり通さなければならなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「は……?」」

 

 意味がわからない、という顔をする一輝。

 何故自分達から襲撃をかけてきておいて、その被害を最小限に抑える必要があるのか。

 それこそ、彼らの目標である『騎士学校へ圧勝を収める』ためには、被害は大きければ大きいほど良いだろうに。

 

「一つは破軍には新宮寺理事長がいた事だな。彼女がいれば、建造物や設備はどれだけ壊れようが、修繕にかかる金銭的コストはゼロになる」

 

《世界時計》新宮寺黒乃の能力は因果干渉系能力《時間》

 対象の時間を操作する能力をもってすれば、実質ノーコストで破軍学園の校舎・設備を修繕可能だ。彼女の負担を考慮に入れなければ、という枕詞が付くが。

 

「そしてもうひとつ。『暁学園』の大半の連中だが……協調性と呼ばれるものは何もない。各々が自分の意志で好き勝手動く。その結果……襲撃をかけた学園には、栞と総理が想定している規模以上の被害が出ることが予想された」

 

 直接見張ることが出来れば良かったのだろうが、当時の栞は紫苑の無力化工作に、有栖院の裏切りの処理といった仕事に追われ、まともに動けない状況にあった。

 

 そして王馬は組織だった行動などできるはずもなく、紫苑は『暁』でなかったので言わずもがな。

 凛奈にリーダーを任せるには人格面・実力面でも不足が多いため却下。

 

 苦渋の決断で計画進行役を平賀に任せ、『暁学園』の過剰な暴力行為を諌める抑止力は、外部の人間に押し付けることにした。

 そしてそれは自分達の大半と、実力がかけ離れている程適任だ。何故なら『自分達の手に余る者が来たから、被害が出る前に撤退しよう』という建前が使えるから。

 

「それが新宮寺理事長と寧音だ」

 

 尤も、実際には王馬はステラを撃破した段階で帰投し、平賀は裏切り者の連行。その他メンバーはその二人の足止めに向かったので、大半の苦労は水の泡となったのだが。

 それは兎も角として。

 

「え、でも待って。流石にあの栞ちゃんでも、理事長と西京先生を相手にするのは手に余るんじゃない?」

「勿論。手に余るどころではない。だから栞は最初から2人と戦わずに済むよう、一輝達を分断したんだ。ついでに言えば、一輝、珠雫、新宮寺理事長の三人で()()()()()()()()()()()狙いもあった」

 

 いや、こっちが主か……と紫苑が呟けば、有栖院は豆鉄砲を食らったような顔になる。

 それほどまでに今、紫苑の口から発せられた言葉が信じられなかった。

 

「あたしを……救出するため……?」

「何を呆気にとられた顔をしている。『暁学園』の狙いはいざ知らず、月影栞個人の狙いは『騎士学校襲撃における被害を、最低限に抑える』こと。その被害とは人的被害も当然ある。そこにはお前だって含まれている」

「…………は」

「だが自分は『暁学園』の人間。謀反者であり、裏社会の人間であるお前を、おおっぴらに助け出すことはできなかった。だからこそ『助けられる可能性』だけは意地でも残したんだ」

 

 そう。

 栞が本気で一輝と交戦を避けなければならないと考えていたのなら、紫苑にそうしたように最初から盤面から除外している。

 そうしていない以上、栞は一輝と交戦しても構わないという腹だったのか。

 

 無論、そうなっても良いように動いていた。勝算も、紫苑を相手取る事と比べれば遥かにあると言っていいほどだった。

 だが、彼女はそれ以上に一輝を活かす使い方が存在すると確信していた。

 それこそが、立場に縛られた自分では決してなし得ない、有栖院救出のための駒として使うこと。

 

《比翼》は最初から彼らを殺すつもりはない。

 そして《隻腕の剣聖》は確かに強者ではあるが、紫苑ほどの『理不尽』を備えた敵ではない。

 そこに後詰めとして新宮寺を配置すれば、有栖院救出は殆ど成ったと言っても良かった。

 

 つまり栞による一輝と珠雫、その他の合宿メンバーとの分断工作は、

 

 一.一輝を分断することによる、栞が『圧勝』出来ない可能性の低減。

 二.新宮寺と西京の分断。

 三.一輝、珠雫、新宮寺の3名による強襲による、有栖院凪の救出。

 

 以上3つの計画を同時に遂行するための妙手であったわけである。

 

「……たった一つの行動に、よくもまぁここまで意味を持たせられたものだと感心したがな」

「うん、それは確かに凄いんだけど。でもどうして彼女がそこまでするんだい? 確かに僕達は交流があったけれど……ここまでやる事かな?」

「あぁ。それは単純だ」

 

 アイツが底抜けのお人好しだから、と紫苑は同居人を評した。

 

「アイツはな……優しいんだ。自分が立場に雁字搦めになりながらも、なんとかして少しでも犠牲を少なくできないか。なんとかして皆を助けられないか。そればかりずっと考えているんだ。

 そんなアイツだから『潜入先で大切な友人が出来、そんな友人を裏切れなくなった』奴なんて、ここに来るまでにどんな事をしていようが()()()()()なんだ」

「ッ……!」

 

 彼女が本当の意味で『敵』と見做すのは、自分が大切に思っている者を理不尽な悪意で傷付けようとした存在だけだから。

 

「だから一輝も散々アイツの世話になってる筈だぞ?」

「え? 僕?」

「あぁ。連盟支部だかの地下にお前が閉じ込められてた時、飯を薬物が入っていない物に取り替えていたのは栞だし」

「!?」

「閉じ込められていた時に振るわれていた暴力を、連中にバレない程度に治療していたし、最初に盛られた分の自白剤を抜いたのもアイツだし」

「!?!?」

「お前との決闘の時に俺が迎えに行ったのは、栞からの頼みだったな」

「!?!?!?」

 

 思わぬところから、自分達を巡る騒動が話題に上がり、その裏で起こっていたことが次々と明らかになった。

 そのショックだろう。ふらり、と一輝の身体が揺らぎ、それを辛うじて珠雫が支えた。

 

「お兄様! お気持はわかりますが、しっかりなさってください……!」

「ごめん、珠雫。ちょっとあまりに予想外のところから殴られてびっくりした。……ねぇ、アリス」

「……何? 一輝」

「……明日にでも一緒に、月影さんに土下座しに行かない?」

「奇遇ね。あたしも同じ事を考えてたわ」

「土下座は辞めろ。俺が怒られる」

 

 

「……本当に栞に送ってもらわなくて平気か?」

「うん。僕達は帰りの手段は何でも良いし……それに、今のテンションのままで月影さんと顔合わせたら、何しでかすかわからない」

 

 夕食後。

 あの後男達は更に一枚のお好み焼きを注文し、更に紫苑はデザートまで平らげた。

 そんな彼らを呆れ混じりに眺める、一際小さな影が一つ。

 

「そうしてください。流石にお兄様とアリスが、揃って女性に土下座している様なんて見たくないです。……それはそれとして、ちゃんとお礼は言うように。分かりましたか?」

「勿論」「えぇ」

 

 紫苑から聞き出した情報によって、三人の栞に対する悪感情は容易く吹き飛んでいた。なんなら若干二名は恩の方が大きくなった有様である。

 

「……ねぇ、百鬼くん。さっき聞いたこと、ステラに話しちゃ駄目かな? 流石に僕達がこれだけお世話になった人に、激しい感情は向けてほしくない」

「そうだな……一応話してはしてみるが……。《契約》の更新ができるかが、俺には分からん。あまり期待はするなよ」

 

 紫苑としては、栞だってやることはやっているのだからそこまで気にするようなことではないと思うのだが……そこは紫苑には紫苑の、一輝には一輝の考え方がある。

 彼がそうしたいと言うのであれば、話を通すのが筋というものだろう。

 

「その辺りはわかってる。ありがとう」

「紫苑は諸星さんと少し喋ってから帰るのよね? あんまり遅くならないようにしなさいよ」

「あぁ。お前らも夜道には気をつけろ」

「嫌ですねその言い方……では百鬼さん、また明日」

 

 おう、と店先で三人を見送った後、紫苑はまた『一番星』の中に戻る。

 そしてそんな彼を出迎えるのは、虎のような鋭さを持ち合わせながらもどこか愛嬌のある顔をした一人の男。

 

「ちゃんと話せたか?」

「あぁ。……すまん、諸星。本当はもっと早く切り上げるつもりだったんだが」

「席占領したっちゅー話か? んなもん気にせんでえぇねん。律儀過ぎんで。それに時間分のコレはたんまり戴いたからな」

 

 広げた掌のうち、親指と人差指で輪を作るように付けた諸星。それに意地汚いぞ、と返すも苦笑する紫苑。

 

「本当に美味かった。この分は明日、しっかりと返すことにする」

「おう。楽しみにしとるわ……そんでなんやったんや? ワイに頼みたいことがあるっちゅーのは」

「お前の妹。小梅……といったか? お前との試合のまでに、あの子と少し話せないかと思って」

「そら、アイツがえぇよって言ったら構わんけど。何話すんや?」

「……『弟』と『妹』の話に、『兄』が入ってくるなんて無粋だと思わないか?」

「…………」

 

 柔らかく、しかし『お前には聞かせられない』という紫苑。それに諸星はあえて追求するような真似はしなかった。

 彼からは全く悪意の類を感じなかったからだ。諸星にとっては余計なお世話である可能性はあるが、小梅も良い年の少女。

 自分が聞き入れるべき話か、そうでない話かの区別はつくだろう。

 

 故に諸星は頷くだけに留めた。

 

「そらそうや。んじゃ、時間とか決まったら連絡するわ。流石に今からやとアイツもしんどいやろし、明日になると思う」

「あぁ。その方が俺も助かる」

「どしたん、こんな夜やのに。なんか用事でもあるんか?」

「七星剣舞祭が始まるまでに、済ませておきたい野暮用があってな」

 

 そういう紫苑の顔は、とてもではないが片手間で済むような用事を済ませるようには見えないかった。

 例えるならば──死地に赴く剣士のような。

 故に諸星も何も声をかけずに見送ることなど出来なかった。

 

「……手ぇ貸そか?」

「いや、気持ちだけ受け取っておく。万が一、お前に怪我でもさせようものなら、ご家族に申し訳が立たない」

「明日戦うのにか?」

「……それはそれ、これはこれだろう」

 

 きちんとしたレギュレーションと医療班を備えた、管理された決闘と一緒にするなと真面目に答える紫苑に諸星は笑い、

 

「ヤバい思ったら、ちゃんと助け呼ぶんやで」

 

 その言葉に紫苑は礼と共に頷き、今度こそ『一番星』を出た。夜闇に紛れ──存在悪を討ち果たすために。

閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)

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  • はよ本編仕上げろ
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