審判による試合開始の合図がなされた瞬間、まず動きを見せたのは加我恋司。
「オオオオォォォォォォオオオオォォォォオオオオオオ!!!!」
彼はドーム全体に轟く雄叫びを発しながら、全身の魔力を滾らせた。すると彼の身体に徐々として変化が起こる。
肌から生物らしい血色は引き、鋼の光沢を放つようになる。
これこそが彼が《鋼鉄》の名で通るようになった所以。
自身の身体を人から鋼へと変じさせる伐刀絶技《鉄塊変化》である。
「先手は加我選手! セオリー通りの全身鋼鉄化だァ!」
「彼のスキルとフィジカルを活かすためには、やはりこの工程が外せません。当然の動きですね」
解説の飯田が言う通り、加我恋司の戦いはこの工程を挟まなければ始まらないと言っていい。
逆説的に言えばここを乗り切るまでは、加我の防御力は向上しない。故に栞が妨害するのならここをおいて他にないのだが……。
『おっと、月影選手はと言えば! 何もしない! していない!! ただ眺めているだけだ! 一体どうしたんだァ!?』
彼女は何もせず、ただ加我の変身を見ていた。
元がつくとはいえ解説の飯田もプロの魔導騎士。彼女が水面下で何か準備を進めていたのなら、まず気付けるがその上で彼女は『何もしていない』と断言できる。
慢心か。あるいは彼の全力を受け切り、その上で凌駕してやるという矜持か。
どちらにせよ、加我の全身鋼鉄化は終了した。
しかし──。
「これで終わりではないでしょう?」
そう。これは今までの《鉄塊変化》と何も変わらない。
王馬を打倒するために鍛え上げてきた技というには、あまりにも頼りないのだ。
この程度であるはずがない。《全身鋼鉄化》を経た先がまだあると栞は断言する。
それに加我も頷き、
「がああああああああああッッッ──!!」
再び雄叫びを上げ、鉄と化した肉体に再び魔力を奔らせる。
すると人体にはまず生じない変化が起きる。
加我の方付近の鋼鉄とかした肉。そこが蠢き、左右の肩から四本の腕が生じたのだ。
『うっ、腕が生えたぁっ!?』
その奇っ怪な変化に実況と観客達が素頓狂な声を上げる。
が、飯田は冷静に彼が実行したことを分析する。
『なるほど。ただ肉体を鋼と化し硬化するだけでなく、自らの肉体を整形しましたか。これにより手数が増え攻撃力防御力も跳ね上がる。……内容は単純極まりないですが、これ以上なく合理的だ。考えましたね』
「がはは! その通り! これが打倒王馬のために積み上げてきたおらの5年間! その名も《鉄塊・阿修羅像》!!」
変化を終えた加我は腰を沈ませ、蹲踞の姿勢を取る。
そしてリングに拳を叩きつけた反動で上体を起こし、リング全体を地面に沈めるほどの圧倒的な脚力を以て、栞に突貫する。
『加我選手、月影選手にぶちかましィ! その体格差からまともに食らえばまず命はないぞぉ!?』
身長差およそ1.5倍、体重差においてはおよそ七倍近い差がある力士の突進を受ければ、如何に栞が魔力制御の達人だとしても致命傷を負うのは必至。
だが栞は回避行動を取らない。防御もまた然りだ。
彼女は《愚者の写本》に魔力を通し、頁を捲る。やがて《エンノイア》を顕現させた時と同じように、頁があるところで停止。
そして──
『月影選手の霊装《愚者の写本》が眩い光を放つ! 今度は何をするつもりなのかァ!?』
加我にはわからない。
彼は根っからのパワーファイター。遠距離手段など皆無。他者が魔術を鍛える時間、その大部分を自分の肉体を育て上げること。そして対伐刀者の相撲を取ることばかりにかけてきた。
故に彼女が魔術で何か企んでいようとも、加我には前進しか道がない。
それで良い。変化や後ろに下がるような、魂の籠もっていない小癪な手を使えば、それは自分の戦い方ではなくなってしまう。
《全身鋼鉄化》という防御に秀でた異能。
それに防御のすべてを委ね、彼は白い輝きに加速と全体重を乗せ、張手を見舞う。
そんなものが命中すれば少女の身体は容易く吹き飛ぶ。戦闘不能にする出来ずとも、それに近しい状態までは追い込むことが出来るだろうと。
「《
光が晴れる。
そこにいたのは──純白だった。
戦乙女さながらの純白の装い。翼を彷彿とさせる二振りの剣。そのうちの一振りが加我の張手を受け止めている。
容姿は紛れもなく月影栞。だがその姿を、佇まいを、飯田は知っていた。
『《比翼》のエーデルワイス…………!!』
そう。それは『世界最悪の犯罪者』として世界に名を轟かせ、そして『世界最強の剣士』の名をほしいままにしている女性の纏う、鎧と剣であった。
『ひっ、《比翼》って……! あの《比翼》ですか!?』
『えぇ、そうです。あの純白の鎧に、翼を想起させる二振りの剣《テスタメント》……まさしく《比翼》の写し身と言っていい! 彼女は『世界最強の剣士』の絶技すら振るえるということです……!!』
「──あぁ、そうだ。腕の一本は貰っていきますね?」
その変わり身に呆気に取られたか、あるいは目の前の対戦相手が『世界最強の剣士』の剣技すら行使できる可能性に戦慄したか。
どちらにせよ加我は栞の前で致命的な隙を晒した。
そしてそのような隙を彼女が見逃す筈もない。
栞は鋼鉄となった加我の腕──整形によって生み出生来の腕を、まるでバターでも切り裂くように容易く切り落とし、加我の間合いから逃れる。
「がッ!! ああぁぁっぁああああっっ!!」
数瞬遅れ、加我は張手を見舞った腕が軽くなっていることを認識した。
痛みに悶えながらも、まずは止血をしなければと傷口を『整形』荒療治ながらも血を止めることに成功する。
切り落とされた腕はと言えば、彼女の持つ剣に突き刺され今しがたリングの外に投げ捨てられたところであった。
(な、なんも見えなかったぞ……!?)
加我も『剣士』ではないとはいえ、流石に『比翼』の名は聞き及んでいる。しかし彼女の剣技の異質さ、それを根底から支える要素の異常さについては広く知れ渡っていない。
だが加我は理解する。否、理解させられた。
月影栞が振るう《比翼の剣技》
それはただ『速い』だけでは到底説明がつかない、『何か』があるということを。
そしてそのからくりとは何か、思案しようとしたところで。
「治さないのですか?」
「『『は……?』』」
加我と実況、観客の声が重なった。
この女はなんと言った?
『治さないのか』
言っている事の意味は理解できる。
加我の能力は《全身鋼鉄化》。そして新たに腕を生やすほどの成形技術と魔力制御技術を持つ彼ならば、生来持つ腕を成形で治療することが可能だろうと、そういうことだろう。
「お前さん、おらを侮ってんだべか……!?」
「いいえ? そのようなつもりは毛頭ございません。そうですね──」
加我は憤りながらも、それでも敵がわざわざ寄越した隙。そこを有効活用しない道理はないと、切り落とされた右腕の整形に入る。
ただその間も栞の言葉は止まらなかった。
「逆輸入、という言葉をご存じですか?」
『……海外工場で生産した商品を、輸入し販売すること。あるいはある国の技術や文化が国外で発展し、再びその国に取り入れられること……ですか?』
「流石。博識ですね、曽我部アナウンサー。
……しかしここで言う『逆輸入』の定義は『小説や漫画から派生し、制作された製品にのみ登場する要素が、原作に取り入れられること』を指します。有名どころだと……名探偵ドイルの木下警部がそうですね」
『話の内容が見えませんね、月影選手。つまり何が言いたいんですか?』
冗長な栞の言葉を咎める解説。それに彼女は申し訳ありません、と素直に謝りいよいよ本題に入る。
「他者の異能を使用可能な異能を持つと、色々考えるのです。『この能力ならこんな事が出来てもいいんじゃないか』『どうして彼ないし彼女は、こういった技を使わないんだろう。何か理由があるのかな?』とか。
そうやって色々試行錯誤しているうち、新たに編み出した伐刀絶技の中で完成度の高いものは、有り難い事に源流……即ち、オリジナルの能力者にも使っていただけることがあります。今、私が行使している技もその一つでしてね──」
『ま、まさか……!!』
観客や実況だけではない、解説すらも彼女の言わんとしていることに慄いた。
今の彼女の姿は一体誰のものか? 現在行使している能力とは一体誰のものか?
決まっている『世界最強の剣士』《比翼》のエーデルワイスのものだ。
ならば彼女は──世界最強を、更なる先へと進める一助とした技を編み出したということか!?
「《比翼》のエーデルワイスの伐刀絶技は、絶対的な切り札を除けば三つしかありません。まずは自身が斬りつけた相手に対し、絶対的な優位に命令を下し、操る《
「がぁぁああッッ!!」
加我は再び栞に対し突貫する。
今回は張手ではない。彼の面積と質量を活かしたぶちかましだ。
彼は確信していた。
これ以上、栞の言葉を聞いていてはまずいと。最初こそ情報収集の一環で、彼女が高説垂れるのを聞いていたが……違った。
自分がすべきだったのは、彼女の能力や、操る《比翼の剣技》に対する理解を深めることなどではない。
加我にすれ違うように白の光が駆け抜けた。
そして次の瞬間感じるのは、左半身の喪失感。
……加我の左手三本が根元から切断されていた。リングに左腕が落ち、けたたましい音を立てる。
「おっ、ぐぅぅぅ……!!!」
「──自身の行動、あるいは保有している能力に《契約》による制限をかけ、その重さによって一時的、あるいは永続的に自身の持つ身体的、魔力的能力を強化する伐刀絶技。《
栞が鳥が翼を広げるように二振りの《テスタメント》を構える。
その構えを一輝は、紫苑は知っていた。
観客も解説も実況も、その意味を理解させられた。
それは《比翼》のエーデルワイスが眼前敵の殲滅に全力を傾けた証左であり、月影栞がいよいよ加我恋司という男に勝利することに本気になったという証明。
「曰く、遥かなる頂にして終焉。一対の剣にて天地を分かつもの。
我、《比翼》のエーデルワイスが一番弟子。《全智の魔女》月影栞。
《鋼鉄の荒熊》加我恋司。──世界の広さを知りなさい」
栞は前進する。ゆっくりと、しかし確実に。
今度は加我の成形が終わるのを呑気に待ちはしない。
もし彼女が加我を剣の間合いに捉えたのならば、今度は腕だけでは済まさないだろう。
ならばどうするか。
──その答えは、既に加我の中にあった。
『おっと加賀選手、《鉄塊変化》を解いたぁ!? これはどういうことだぁ!?』
加我の頭部、そして胴体に生物の色が戻る。
やけくそになったのか、そう実況は吠えるがそこに異を唱えるのは解説の飯田だ。
『いいえ、よく見てください。加我選手が《鋼鉄化》を解いたのは胴体と頭部のみです。彼は勝負を捨ててなどいませんよ』
『で、では何故加我選手の意図とは一体なんなんです……!?』
『これまで月影選手の振るう《比翼の剣技》によって、加我選手は二度腕を切り落とされています。
──全身を守る《鉄塊変化》では、彼女の剣を防げない。ならば全身に防御を施すなんて無駄の極みです。斬られるという結末は何も変わらないのだから。
故に加我選手がやることは──』
そう。加我は自分が切られた要因は、全身を広く守っていたことにあると考えた。
確かに自分の身体全体を守る《鉄塊変化》は、並の伐刀者の魔術など決して通さないほどの防御力を持つ。
だが、相手は断じて並の相手ではない。
世界最高峰の魔力制御技術で以て、世界最強の剣士の技を振るう女傑だ。
そのような相手に広く守って半端に安全を得ようなど、なんと甘い考えか。
自分が行うべきは分散でなく、集中。
攻撃と防御の要である腕部に魔力と《鋼鉄化》を集中し、攻撃を、守りをより堅く、より硬く、固める。
それこそが加我がこの窮地で編み出した伐刀絶技──。
「《
加我の腕に変化が起こる。
鈍色がより強まり、腕の形状も変化する。爪はより長く太く、腕のあちこちから角のような物が隆起した。
人の腕を覆う、鬼の手甲。
そして繰り出すは加我恋司が誇る攻防一体の奥義。
百の張手で相手の攻撃の全てを迎撃しながらも、同時に超重量の連打を浴びせる《百華掌》。
それを六本に増えた腕で浴びせる──。
「《鬼式・阿修羅百華掌》ぉぉおおおお!!!!」
加我は再び彼女に打って出る。
そうだ。加我恋司は近距離でしか戦えない。
ならば勝利のためには、彼女の剣の結界に踏み込む他なく、そして彼女を圧倒できなければ己の負けだ。
(どんだけ速かろうが、お前さんの腕は二本しかない! 三倍の手数で押しつぶしてやるべ!!)
「おぉおおおおおおおおお!!!!!」
『加我選手ラッシュラッシュラッシュゥゥゥッ! 鋼鉄の張り手が雨霰と降り注ぎ、月影選手を圧倒ぉ! これには足を止めて対応せざるを得ない!』
鋼鉄の暴風圏に入った栞は、実況の言葉に異を唱えざるを得なかった。
──雨霰どころではない。
六本の腕を用いて繰り出される張り手。それも加我ほどの巨漢の手で放たれるのだ。
手ではなく鋼の壁が彼女を押し潰さんとしていると錯覚させる程の密度と速度。
それに二刀を以てその全てを叩き落としていく。
六の腕と二刀による速さと、そこに込められた威力で以て、互いに相手の防御を食い破らんとするインファイト。
──そうなれば、決着がどのような形になるかは決まりきっていた。
観客席。
紫苑と一輝は、この戦いの結末を断言する。
「栞の勝ちだな」「月影さんの勝ちだね」
この場にいる誰よりも
更に言えば『剣術』の専門家である紫苑と、武芸百般に秀でた一輝は同じ決着を思い描いていた。
「お兄様、百鬼さん。そのような結論に至った理由を伺う前にお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
「なんだい? 珠雫」
「栞さんは実際に、《比翼》のエーデルワイスの能力を使っているのでしょう。新宮寺の霊装を創り出し、能力を行使するところも見ましたから、そこは……何でも出来すぎじゃないかって思わなくもないですが、納得はします。
でも……彼女が扱う剣術まで、伐刀者の能力で再現できるものなんですか?」
「出来てないぞ」
あっけらかんと断言する紫苑。
それに思わず珠雫は「は……?」と聞き返してしまう。
あまりにも平然と、自分の予想とは正反対の答えが返ってきてしまったから。
しかしそこは彼女と付き合いの長い有栖院が引き継いだ。
「出来てないの?」
「うん。いや、正確に言えば……『中身が伴ってない』っていうのが正しいかな」
「あぁ。その言い方が一番合うかもな」
紫苑は言う。
栞がエーデルワイスの剣術を完全に模倣するためには筋力量や、体力など様々な課題があるが、そもそも《比翼の剣技》は、常人が真似しようと思って真似ができるような物ではないのだと。
確かに栞は《比翼の剣技》の太刀筋をなぞっている。一輝や紫苑、そして実況が反応したことからも明らか。
だが……それだけだ。それは外見ばかりを模しただけのハリボテに過ぎず、実際の威力や速度はまるでお粗末。
言葉を選ばずに栞の剣を評するならば……エーデルワイスの剣と同じものだと言うことすら烏滸がましい、稚拙な出来。
一流剣術家の振るう一刀と子供のチャンバラ遊び程の差が、両者の間には存在している。
「そもそも月影さんが完全にエーデルワイスさんの剣術を使いこなせるなら、
「まぁ、そうだろうが……仮に出来たとしても、アイツはそうしなかっただろうな」
「どうして?」
手持ちのスケッチブックに栞のデッサンをしていたサラ──ちなみに描かれている栞はエーデルワイスの装いだ──が紫苑に対して質問してくる。
試合の内容自体には、栞が加我の腕を最初に切り落としたタイミングで失せて筆を走らせていたのだが……しっかりとこちらの話は聞いていたらしかった。
「サラ……お前はわかっているだろう」
「まぁ、そう。でも有能な質問者はここで質問を入れるはず」
「実際あたしが聞こうと思ってたしねぇ」
「……一輝」
「僕の振るの?」
「お前はわかっているだろうし、俺より口が上手い」
「言い方。──たぶん月影さんが、説明したエーデルワイスさんの伐刀絶技《不穢たる矜持》がその理由だろうね」
《不穢たる矜持》は栞が言った通り、自分の行動・能力に対して制限をかけることで、自身が使用可能な他の能力を強化する伐刀絶技だ。
これを栞は使用していると言った。
ではここで考えるべきなのは、彼女が自身にかけている制限の内容だ。
無論、その全てを考察することは一輝には不可能。そしておそらく紫苑も出来ないだろう。
なにせ彼女と彼らでは、持っている手札の数があまりに違いすぎる。
「でも、いくつかの見当はつく。一つ目は彼女の戦い方──彼女がエーデルワイスの剣術と栞さん自身の能力で戦っているということ。おそらく……『加我さんとの戦いを、エーデルワイスさんが使用可能な技だけで戦う』ことを《契約》したんじゃないかな。
その制限のせいで1回戦は物凄く苦労するけど、相応のデメリットを背負うことで自分の能力を強化し、七星剣舞祭全体を見た時の勝率を上げたんだと思う」
何度も言うようだが、彼女の本質は『魔女』であり『魔術師』である。断じて『戦士』や『剣士』ではなく、本来であれば近距離戦など行うべきではないのだ。
それでも彼女が加我と渡り合えているのは、彼女の持つ手札の優秀さとそれを適切に使いこなせる頭脳、そして彼女が会得した規格外の魔力運用技術があってこそ可能になるこ
と。
不完全ながらも《比翼の剣技》を使用し、その不足を魔力制御技術で補っているからこそ、目の前の戦闘は成立しているのだ。
「付け加えて言うなら長ったらしく《契約》の事を説明したのも、《不穢たる矜持》の効果を狙ってだろうな。アイツは何の意味もなく自分の手札を見せるような馬鹿じゃない」
漫画やアニメの登場人物でもなければ、自分の能力、技術に対してご親切に説明はしない。
それでもするのなら、その人物は底抜けの馬鹿か、物好きか、あるいは罠を張っているか。大別するとその3択だろう。
このどれかに彼女を当てはめるのなら、罠を張っている事が最も彼女らしい。
「おそらく《不穢たる矜持》で得たのは《身体能力強化》だろうな。どれだけエーデの太刀筋を真似ようと、魔力制御でスイングスピードを高めようと、相手の三倍に増えた手数を捌けるほど栞の身体は鍛えられてない」
「その通り。如何に《全智の魔女》が最優の伐刀者であるとは言え、剣術は門外だ。
にも関わらず、近距離戦闘の専門家である《鋼鉄の荒熊》を相手に、貴様ら『剣士』が彼女の勝利を断言できる理由はなんだ? ……あっ、私は栞お姉ちゃんが勝つと思ってるけどね!?」
問い詰めている内に栞の事を貶していると思ったのだろう。
どれほど芝居がかった喋りをしていようと、性根の良さは隠せなかった凛奈が慌てて取り繕う。
「見たほうが速い」
紫苑は凛奈の言葉に簡素に、しかし確信を持って答える。
彼がリング状を指し示したその瞬間、状況が動いた。
(……なんだべ、これは)
《鬼式・阿修羅百華》と《比翼の剣技》による攻防の最中。
一切の思考を排斥し、もはや反射の域で張り手を繰り出しているからこそ、彼は違和感を覚えた。
確かに多腕となった己の攻撃に、二刀で、加えて言えば如何に魔力放出による加速があるとは言え、乙女の細腕で追い縋ってくる事には驚嘆した。
だが如何に技量が優れていようとも、所詮は魔術に特化した騎士。筋力量・体力で自分に勝利できる道理はないと、加我は近距離での打ち合い……即ち持久戦の構えをとった。
その対応は間違いではない。その筈だ。
だが。
(剣を振るう回数が、減っている……?)
最初は彼女が振るう剣を自分が叩き落としながら、自分が攻撃を仕掛けている形だった。
それが自分の攻撃が壁に対して打っているような感覚を覚え、それは徐々に数を増していった。
その間隔は六回中一回に、そして二回に、と数を増やし続け、そしてそれはやがて半数に至るだろう。
『加我選手の多腕によって繰り出される張り手の暴風!! そのあまりの密度に月影選手、足を止めざるを得ない!! 飯田さん、こうなると彼女は不利なのではないですか?』
『えぇ。加我選手と月影選手では肉体ではその性能に埋め難い比嘉が存在します。彼女は極めて不利と言えるでしょう。──このまま、加我選手の土俵で戦い続けていたら、の話ですが』
『と言いますと──』
一層大きく響く、鋼同士がぶつかる音。
一体何が起こったのか。
栞が見舞ったのは二刀同時の切り上げ。
それを《鬼式・阿修羅百華掌》の腕の一本が伸び切ったタイミングで叩き込み、加我の身体を仰け反らせたのだ。
『ここで月影選手会心の二刀同時攻撃ィ!! 体重300kgオーバーの加我選手の身体を浮かせたァ!! 一体どういうからくりだぁ!!?』
『種自体はシンプル極まりないですよ。単純な魔力放出によるパワーとスピードの強化。それを尋常ではない高い次元で行うことで、加我選手の連撃を寸断したのです。
──故に我々が着目すべきなのは、「如何にして《鬼式・阿修羅百華掌》を掻い潜りながら、あの威力と速度を生み出すタメを作ったのか」その一点につきます』
そしてその仕掛けこそが、加賀が連打の中で覚えた違和感の正体だ。
解説は『これもやっていることは単純なのですが』と続ける。
『魔力障壁を展開して、加我選手の張り手を防御。手が空いたところで攻撃したのです』
『え⋯⋯それだけですか?』
『はい。それだけです。ただしやっていることの次元は、ただ魔力障壁を展開しただけとはまるで異なりますが』
解説はこの場にいる非伐刀者の観客にも分かりやすいように、伐刀者が何気なく使う魔力障壁の仕組みについて説明していく。
『魔力障壁の要素は物凄く大雑把に分けると「硬度」と「面積」「持続時間」の三つです。これらの要素に魔力を振り分けた後、魔力障壁は展開されます。
そして魔力障壁の強度は大抵、その面積の広さと持続時間に反比例するんですよ。
ここ、湾岸ドームの観客席を覆う魔力障壁を複数人で展開しているのも、一人の魔力でこの面積を覆う壁を試合を行なっている間維持し続けようとすれば、肝心の強度が大幅に下がってしまうからという理由があるわけですね。
⋯⋯まぁ長々と話しましたが、今回はざっと「壁の面積が小さいほど、持続時間が短いほど強度は上がる」という認識でいていただければ、それで構いません』
『ははぁ⋯⋯なるほど。それでこの話は月影選手とどう関係してくるのでしょうか』
『もうそのままですね。
伐刀者は普段から無意識で体内の魔力を漏出させ自身の身を守っています。度々防弾チョッキに例えられるこれですが、先の魔力障壁の基準に照らし合わせABCの三段階で評価すると、『強度C』『持続時間A』『面積B』といった評価になるわけです。
というのが
あの乱打戦の最中加我は六本の腕で攻撃と防御を両立させていたが栞は違った。
彼の攻撃を捌きながら、《鬼式・阿修羅百華掌》の威力の情報を収集。それを防ぐに足る壁を設計し、試運転。強度の調整と併用し攻撃間隔の平均値を取り、対《鬼式・阿修羅百華掌》用魔力障壁を完成させた。
この障壁の構築こそ栞の鬼門。その段階さえ乗り切ってしまえばあとは単調な作業だ。張り手に合わせて魔力障壁を展開。空いた手で加我を切り刻めば良い。
フェイントなども通じないだろう。そもそも彼女の保つ技術ならば、張り手の軌道を見てから後出しで障壁の展開が間に合うのだから。
『つまり⋯⋯加我選手の《鬼式・阿修羅百華掌》は⋯⋯』
『⋯⋯月影選手に完全に攻略された、と言っていいでしょう。──いいえ、そもそも彼女が「剣」という手段に拘らなければ、このようなこと
飯田は絞り出すような声で言う。本当にこのような言葉など言いたくないという、苦虫を噛み潰したような表情で。
『⋯⋯あまりにっ、実力が、隔絶している⋯⋯ッ!』
そうだ。
最初から栞が『剣術』ではなく、『魔術』で彼と相対していたならば──そもそも勝負にすらならなかった。
象がアリを踏み潰すように。ただ無造作に蹂躙して終わっていた戦いだった。
彼がまだ五体満足であるのは⋯⋯栞の、絶対的強者の慈悲でしかない。
《不穢たる矜持》の効力を、より効率良く獲得するための道具として使い道があったから『試合として成立させてやった』のだ。
⋯⋯などと栞は絶対に言わないけれど。結果的にやったことは同じであろう。
現に栞はこの試合を『《比翼》のエーデルワイスが使用可能な手段のみで勝利する』という誓いを立てている。
つまりは七星剣舞祭予選で、ステラを相手にやったことと同じ。
目の前の敵に勝利することは大前提。栞が追求することは、どんな手段を用いて勝つかであった。
「お、あ、⋯⋯ああああああああああ!!!!!!」
寒気。怖気。
目の前の少女が、加我の目には少女の形をしたバケモノにしか見えていなかった。
理外で、埒外で、どうしようもない理不尽。
女の形をしただけの全智全能。絶対に逃れようのない『神』にも近しい存在が、己と向き合い、己の命を刈り取ろうとしてくるという現実。
それに怯え、恐れながらも加我は踏み込んだ。
逃走など叶うはずもない。ならば足掻かなければならない。そして己の命を救うためには、加我は死中に活を認める他にないのだ。
彼はそれ以外の戦い方など、まるで知らなかったのだから。
「《鬼式・阿修羅──」
「《暴力による征服》」
加我が吠え、再び多腕で張り手を放とうとしたその瞬間。彼女の呪いが、その決起に割って入る。
それは《比翼》のエーデルワイスの絶技。
『己が霊装を以て斬りつけた相手を、己の意のままに操る』極めて不平等で理不尽で、一方的な《契約》。
その必須条件を、栞はとうに満たしていた。
「加我恋司」
死神に名を呼ばれる。
あれほどの決意が、抵抗が、歯牙にもかけず踏み躙られ、潰される。身体を動かそうと思っても、不可視の腕に握り潰されているように動けない。
「ぐっ、ぬううああああああああああ!!!!!」
それでも漢の意志だけは折ることが出来ず、彼は意志だけで欠片も動いてくれない己の身体を叱咤する。
動けと。目の前の女を倒さなければならないのだと。
だって自分は⋯⋯。
(王馬に勝つために、そのための5年だったんだ⋯⋯ッッッ!!!)
しかし彼女は、そのような事は私が勝利を譲る理由になりはしないと。
「頭を垂れなさい」
膝を付き、彼女に向けて首を差し出す加我。
そこへ処刑人のように一刀を振り下ろし──その漢の決意を命ごと消し去った。
月影栞(Tsukikage shiori)
■Profile
所属:暁学園2年
伐刀者ランク:A
伐刀絶技:《愚者の夢見る英雄譚》
二つ名:《全智の魔女》
人物概要:全智全能。しかし苦労人。
ステータス
攻撃力:A
防御力:A
魔力量:A
魔力制御:S
身体能力:C
運:A
かがみんチェック!
『ぼくのかんがえたさいきょうのぶれいざー』みたいなステータスと能力を地で行ってる人。こんなの小説とかで主人公にしたら絶対に『加減しろ馬鹿!』って編集に止められるだろうね。
能力は因果干渉系能力の《夢》
自身や周囲に《夢》を見せる能力で、代表的な伐刀絶技《愚者の夢見る英雄譚》は他の伐刀者の能力と霊装を再現するっていう技。しかも同時行使・複数顕現可能っていうぶっ飛び具合。
ただし性能は当人の技量に依存しちゃうみたいで、《複写使い》みたいな出力の最低保証はないからそこは一長一短かな。
⋯⋯まぁ肝心の栞さんはその技量がずば抜けて高いから滅茶苦茶強いんだけど。
まさに『メアリー・スー』と呼ばれるに相応しい人だよ。
まぁ暁学園じゃ滅茶苦茶苦労してるみたいだけど。大変そうだねぇ。
閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)
-
いる
-
いらない
-
はよ本編仕上げろ