「──《
試合開始と同時。彼らは即座に行動を開始した。
紫苑は鞘に納めた刃を振り抜き、飛ぶ斬撃を見舞う。
抜刀でひとつ、切り上げた太刀を振り下ろしふたつ。再度切り上げみっつ。
並の伐刀者では反応すら出来ず、首足処を異にする不可視の刃。それを三太刀間髪入れずに放つ。
──否、三太刀どころではない。
「九つ同時かいなっ……! 初っ端から飛ばすなぁ! 《黒鬼》ッ!!」
自身に迫った魔力の刃。
それを魔力探知によって嗅ぎ取った諸星は、右に跳ね飛ぶことで辛うじてそれを回避。
顔に戦慄を滲ませながら、肉食獣のように笑ってみせる。
(あかん。疾い上に密度がとんでもない。いつもの調子で槍で撃ち落とそう思ったら殺されるわ)
瀧華薫の初手にして、最も多い決まり手。
初手《鳳穿花》の連撃。最初から予想し、即座に回避行動に移っていなければ、諸星とて致命傷を負いかねなかった。
(対峙してわかる。あの技は『打ち得』や。超一流の剣客が、剣を振るう速度とそう変わらん速さで、間合いの外にあるモンをブッた斬ってくる。字面にしたらシンプルやけど、なんつー凶悪な⋯⋯!)
これが《暁学園》最強の切り札の一枚。そして元破軍学園最強の剣士のひとり。
そして『超攻撃特化型剣術』と謳われる《瀧華》の剣。
なるほど。その前評判は伊達ではないというわけか。
「お前はいつまで出し渋るつもりだ。そのまま切り刻まれたいのなら好きにすればいいが」
「⋯⋯おうおう言ってくれるやないか。ならお望み通り見せたろかのォ⋯⋯!」
『諸星選手が黄金の魔力を纏う! これこそが魔術殺しの魔術《
『これで百鬼選手の《鳳穿花》は意味を成さなくなりました。彼は踏み込まざるを得ないでしょうね。七星剣王が誇る槍の領域に⋯⋯!』
黄金のオーラを纏った諸星は身体を斜に構え、槍を水平に寝かす。それだけで諸星から発される圧力が膨れ上がり、歓声に満ちていた観客席を即座に黙らせる。
これこそ諸星雄大が誇る槍の構え。
間合いに踏み込まんとする者、その全てを威嚇する猛虎の眼光《八方睨み》である。
並の戦士であればその眼差しに竦み上がり、動きに致命的なエラーを発生させうる。
ましてや彼は魔術殺しの光を纏っているのだから、死刑宣告にも匹敵するだろう。彼は諸星の威圧を前にしながらもゆっくりと歩みを進めた。
『一歩、一歩。ゆっくりと、しかし決して躊躇うことなく歩みを進める百鬼選手! 《瀧華》の剣はその速度と密度で敵を圧殺する剣技であったはずだが、これは一体どういうつもりかァ!?』
『なんや星、なめられてんぞ! 一発かましたれ!!』
「いいえ、これでいい」
野次が飛び交う観客席。その最中で、百鬼紫苑という男をこの場で最もよく知る女、月影栞は断言する。
これこそ、最適解だと。
「これでいいって……アレでいいの? ただ歩いてるだけじゃない」
「えぇ。それで充分なんです。紫苑さんの目的は『《暴喰》を使わせる』ことなのですから」
「使わせるって……どういうこと? 栞お姉ちゃん」
「では少し講義をしましょうか。魔術は大雑把に区分すると、二種に分けられます。ここでは『打ち切り型』と『持続型』とでも呼称しましょう」
とはいっても何も難しいことではない。
『打ち切り型』はその魔術を発動すれば、追加で魔力の消費を求められないもの。『持続型』はその逆だ。その魔術を発動し続けている限り、魔力もまた消費されていくものを指す。
そして諸星が発動している《暴喰》はこの二種に当てはめるのなら『持続型』の伐刀絶技だ。
「つまり今の諸星さんは、水を貯めた器の底に穴が空状態。そのような状況でわざわざ事を急く理由などありません」
当然、諸星はそのような事は理解しているだろう。
だが、《瀧華一刀流繚乱勢法》の斬撃の嵐とその速度は、諸星が武術のみで捌き切れる許容量を大きく逸脱している。
故に彼は《暴喰》を発動させざるを得なくなった。
《暴喰》を発動し続ければ真綿で首を絞められるように、ゆっくりと魔力を失い続け、魔力切れを起こせば終い。
それを厭えば、魔剣が即座に命を奪う。
紫苑は初手の《鳳穿花》のみで、敗北の二択を押し付けたのだと栞は言う。
「とはいえ、だ。月影さんの解説は身内贔屓が過ぎるかな」
だが、そこに異を唱える者が一人。
紫苑が暁学園所属となったことで、正真正銘破軍学園最強の剣士となった黒鉄一輝だ。
彼は栞の言うことは尤もだと言いながらも、彼女と異なる見解だった。
「おや、では黒鉄さんは私とは異なるお考えで?」
「全部が全部、というわけではないけどね。現に諸星さんは伐刀絶技を発動し続けている事で、魔力を消費しているわけだから。……でも僕は少なくとも、諸星さんは土俵際までは追い込まれていないと思ってる」
「そう考える根拠は?」
「消費魔力量だね」
一輝は言う。
《暴喰》という伐刀絶技はその破格の性能にも関わらず、一般的な伐刀絶技と比較して遥かに燃費がいい、と。
それは恐らく、彼の伐刀絶技が攻撃あるいは防御する対象が魔力に限定されているためだろう。
しかしここでは《暴喰》を維持し続ける分には、魔力消費量はたかが知れているという事だけ理解してもらえればいい。
「百鬼くんが《鳳穿花》を放ち、《暴喰》がそれを喰い千切ったなら、諸星さんの魔力消費量は跳ね上がるだろう。けれどそうした時に不利なのは、総魔力量で諸星さんに圧倒的に劣る百鬼くんの方。だから彼は二度目の《鳳穿花》を打つタイミングを図っている。ただ打っただけでは割に合わないからね」
加えて先程解説が言ったように、紫苑が諸星に対して持つ間合いの優位は機能不全に陥った。
故にここからは魔術による互いの魔力の削り合いから、剣術と槍術の衝突になる──!
「シッ……!」
先に仕掛けたのは、間合いの優位を持つ諸星。
短く裂帛の息を吐き出し繰り出すは、槍が持つ最速の攻撃手段かつ最も有名だろう攻撃手段である刺突である。
諸星自身の血の滲むようなという表現すら生温い研鑽と、魔力放出による加速を伴い、彼の槍は閃光もかくやという速度で放たれる。
それをここまでのんびりと歩いていた紫苑には、回避など出来るわけもない。少なくとも観客の大半はそう思っていた。
それは──諸星の視界から紫苑の姿が掻き消えたことで、その考えは根底からひっくり返されることになる。
(は!?)
困惑。驚愕。
それらが一瞬頭を埋め尽くすも、しかしそこは諸星も歴戦の猛者。紫苑の気配を即座に感じ取り、魔力放出の加速によって自分の体を駒のように一回転。
強引に背後に身体を回すことで、敵の正面に向き直り紫苑の上段からの振り下ろしを《虎王》の柄で受ける。
鋼同士がぶつかり合うような、激しい音が周囲に響いた。
諸星を押し潰さんとする紫苑の剛力。諸星と比較すれば矮躯と言ってもいい、彼の身体からは想像もできないほどの力だ。
そして同時に襲いかかるのは、不可視の刃。その数ふたつ。それは敢え無く《暴喰》によって掻き消されるが、その掻き消した分だけ魔力の漏出は激しくなる。
「オラァッッ!!」
だが黙ってやられるほど諸星は大人しくない。
そちらが力で押してくるならば、こちらも力で押し返すのみと紫苑の刀を柄で押し返す。
元より身体の優位は諸星にある。それに魔力放出による加速が伴えば、紫苑の刀を押し返すことは充分に可能。
ただ紫苑もまたそれを予期していたのか。
跳ね上げられた力を利用し、諸星の脛を狙い右足でのローキックを見舞う。
「フッ──!」
「ラァ──ッ!」
対する諸星の応手もまた、右足のローキック。
霊装も纏わぬただの蹴りと侮るなかれ。
彼らのような肉体の研鑽も怠らぬ伐刀者の、魔力による装甲を伴った蹴りは大槌の一撃もかくやという威力を誇る。
人体を破壊するにはあまりに過ぎた暴力が再び衝突し、大気を蹴りつける。
双方、同時に大地を踏みしめる。
間髪入れずに諸星は小さくバックステップ。再び間合いを槍の領域に戻すや、《虎王》を突き出す。
槍が再び光と化し、眼前的に牙を剥く。
紫苑の応手は……多くの者の予想を裏切る『防御』であった。
再び間合いを詰め、逆袈裟を見舞うには自分の体勢は万全ではないと判断。鞘としての形を保っていた《亡華》を広げ、繭のような形態に変化。諸星の刺突を霊装全体で受ける。
ひとつの刺突。けれど耳朶を打つ鋼の衝突音は都合三つ。
洗練された熟練の技を真正面から受け、紫苑は魔力を前方、それも斜め下に噴出することによって身体を宙に浮かび上がらせる。
空中を舞う赤黒い球体。
しかし諸星は疑問に思う。
百鬼紫苑という男が、《瀧華一刀流繚乱勢法》という殺人の理を突き詰めた殺人剣が、このような仰々しい無駄を孕んだ動きをするものだろうかと。
否、するわけがない。
だがその意味を理解したのは数瞬後、《亡華》による繭が解かれ紫苑の身体が露わになると。
「《鳳穿花》」
再び飛翔する斬撃を見舞ってきた。
まず先程、諸星が紫苑の不意打ちを防いだように左方に魔力を放出し、空中で身体を回し一太刀。
一回転した身体を今度は下方に魔力を放出することによって、サマーソルトキックを見舞うかのように二太刀。
そして上方に魔力を放出し、リングへの着地を早めながら放つ三太刀。
それを諸星はひとつふたつは突きによって迎撃。最後の太刀はあえて槍のガードを外し、《暴喰》の鎧によって喰い千切る。
「ふぅ……」
着地。
小さく息を吐き出し、呼吸を整える紫苑。それに諸星はいつでも紫苑の突撃に対応できるよう構え直し。
それが、沈黙の堰を破った。
『眼にも留まらぬ攻防! 実況を仰せつかっておきながら、なにひとつ口を挟むことが出来ませんでした! 速い! そして何より強い! これが超一流の武芸者同士の戦いかァ!?』
『確かに彼らの武術は目を見張るものがあります。しかし先程の攻防の要となっていたのは武ではなく、魔力!
魔力操作・放出による足捌きや攻撃の加速、迎撃、間合いからの離脱、空中での姿勢制御とその使い方は多岐にわたり、そして巧みだ!
彼らは一流の武芸者でありながら、同じく一流の魔術師でもある。まさに《魔導騎士》という存在を体現していると言っていい……!!』
「飛んで跳ねて回って……いつからお前は剣士やのうて曲芸師になったんや?」
「そう言うな。《瀧華》の剣は究極の殺人剣。如何なる場所、如何なる姿勢からでも敵の命を屠ることを理念とした剣だ。たとえお前の目に大道芸人のように映ろうと、俺は常に本気でお前を殺そうとしている」
「⋯⋯おう、そりゃあよう伝わってきとる」
諸星は理解していた。
仮に今でも《暴喰》を出し渋り、槍術のみで戦っていたとしたら既に三度は死んでいると。
何よりも厄介なのは《鳳穿花》
斬撃範囲の《倍化》に重ね、斬撃数の《倍化》も発動しているせいか、刀の延長線上にのみ発生する伐刀絶技ではない。
おかげで既に何度も斬撃を浴びてしまっており、その度に《暴喰》が消してくれているのだが……そのせいで魔力の消費が嵩んでしまっている。
何より曲芸紛いの最後の剣。あれだけは込められた魔力の量が、他の攻撃と比較して倍近くに膨れ上がっていた。
あれを魔力消費を嫌い、槍で受けていたならば少なくない隙を晒していたことだろう。姿勢を戻す前に百鬼紫苑という剣士が地面に着地し、そして剣の領域に捉え直すに足る充分な隙を。
「────」
紫苑は小さく息を吐く。
そして……再び姿が掻き消える。否、そう勘違いしてしまうほどに速い、突貫。
無音の踏み込みは雷の速さに達すると思わせるほど。
しかしそれは槍を得物とする諸星相手には愚策といっていい。
どれだけ速かろうと、真正面からの攻撃。槍使いが最も得意とする状況での迎撃だ。
それでも紫苑を相手にしたならば並みの相手は萎縮してしまうだろうが……生憎と諸星雄大の槍は並外れている。
「シャァッ!」
『諸星選手、再び神速の槍術を見舞う! 遠距離から見ている我々の目でもやっと追えるかという速さ!』
『これこそ諸星選手を象徴する《暴喰》に並ぶ絶技。一息の間に三点をほぼ同時に穿つ《三連星》。如何に百鬼選手が優れた剣士だとしても、これを見切るのは──』
困難でしょう。そう続けようとした解説だが、目の前の光景はそれを裏切った。
まるでどこに槍が来るのかを事前に察知しているかのような身のこなしで、比喩抜きに紙一重で槍を回避する。
否、事実彼は諸星の槍がどこを狙っているのかを察知する手段を持ち合わせている。
《
数多の敗北と死の果てに紫苑の本能に根付いた、死に対する絶対的な嗅覚。殺意どころか意識の有無すら関係なく、自身に迫る『危害』を察知する『弱者』の権能だ。
回避。回避。回避。回避回避回避。
右へ、あるいは左へ。最低限のサイドステップで諸星の雨霰と襲いかかる槍を凌ぎ、間隙に一刀を叩き込む。
『み、見切っている! 百鬼選手、諸星選手の機関銃の如き刺突の連打を! 華麗なフットワークで躱していく! まるで流麗な舞を観ているかのようだ!』
一呼吸の内に三点を貫く諸星の《三連星》は凄まじい技術だ。人類が研鑽の果てに行き着く事は出来る技術の山嶺、その頂点に指をかけているといってもいい。
だが紫苑の剣の最高速は、彼の刺突よりも速い。
観客の多く──特に諸星のファンが理不尽と嘆くが、自分の剣より遅いものは見切れて当然。ただそれだけの話なのだ。
「……本当によく回避出来るものだな。あの男、《努力》《倍化》の他に《未来視》の異能も備えているのではないか?」
観客席。
呆れと感嘆が混じったような息を漏らしながら、凛奈は呟く。
「まぁ似たような事なら紫苑さんは出来ますが」
「出来るの!?」
「あれはそんな絡繰がなくとも出来ることですよ。──諸星さんと紫苑さんが住まう『速度域』の差。それがあの回避を実現させているんです」
「『速度域』……?」
剣術に精通していないサラと凛奈は、単純に『紫苑のほうが速いから、諸星の槍が当たらないんだろうなぁ』という理解度だ。
別にそれでも間違ってはいないのだが、自分達が所属する学園のエースの実力。それを正しく理解してほしいというのが、仮にもリーダーを務める栞の心境だ。
故に栞は一輝に視線を送った。
「……もしかして僕に解説しろって言ってる?」
「お願いします、剣術博士♪」
「…………まぁやれと言われたらやるけども……」
栞のその言い方はステラを煽ってはいないだろうか。
現に一輝の隣に座っている彼女の顔が、般若もかくやといった様になっているのだが。
そこに触れれば心底厄介なことになる(主に一輝自身の胃痛が)に違いないと、一輝は恋人をスルーし続ける。
「そもそも《瀧華一刀流繚乱勢法》……その源流にあたる《瀧華一刀流》は、ふたつの剣術がルーツにある。
僕の実家で代々受け継がれる剣術《旭日一心流》と、主に今の鹿児島辺りで発展した《薬丸自顕流》。それを創始者『瀧華想厳』が融合させ独自に改良を施して完成させた剣術が《瀧華一刀流》なんだよ」
「薬丸自顕流……? あぁ、ちぇすとーーー!!! ってやつ?」
「それは《示現流》の『猿叫』かな。だいぶコミック的に誇張表現は入ってるけど、まぁ《薬丸自顕流》創始者・薬丸兼陣は示現流も修めてるから強ち間違いとも言えない。
⋯⋯そして示現流・薬丸自顕流の中で剣速を表す言葉として六種類の言葉が用いられた」
手の脈が四回半鼓動する間を『分』
『分』の八分の一を『秒』
『秒』の十分の一を『絲』
『絲』の十分の一を『忽』
『忽』の十分の一を『毫』
『毫』の十分の一を『厘』
「そして……全ての示現流・薬丸自顕流剣士が夢見、目指した到達点。『厘』の十分の一の速さを──『雲耀』と呼ぶ」
「その『うんよー』って、具体的にどれくらいの速さなの?」
「ざっくりですけど……約0.00005秒ですね。ちなみに一流の短距離選手の反射神経がおよそ0.15〜0.13秒とされています」
「………………。それに反応するなんて無理じゃない?」
「えぇ。サラの言う通りまず無理です。──『雲耀』は元来『雷』を指す言葉。我々が雷を視認した時既に雷は落ちているように、『雲耀』に到達した剣士の太刀は、振るわれれば回避も防御もできない。『二の太刀要らず』と謳われるに相応しい、一斬必殺の魔剣です」
などと言っても、それはあくまでも常人を相手にした場合の話。
魔術や異能を前提とした伐刀者同士の戦いでは、一斬必殺というわけにはいかず、想厳は連撃前提の技や防御手段を編み出したと言われているが……それはさておいて。
「じゃあシオンは、この『うんよー』に到達してるってこと?」
「えぇ。だから言ったじゃないですか。『住んでいる速度域が違う』と」
「……じゃあなんでシオンは、決めに行かないのよ。アンタとイッキの言うことを統合するなら、シオンはいつだってモロボシを斬れるってことなんじゃないの?」
「さぁ。それは分かりかねますが。ただ⋯⋯ここからでは視えないものが、紫苑さんには視えているのかもしれません」
その時だ。
ギィンッ!! という一際激しい霊装の衝突音。
先程まで《虎王》による《三連星》の釣瓶打ちを回避し続けていた紫苑が、初めて取った《亡華》による迎撃という明確な『防御』
だがその守りはほんの僅かに間に合っていなかった。
赤い雫がリングを僅かではあるが血色に汚していく。
先程まで諸星の致死圏内に留まり続け、その合間合間に槍の防御を掻い潜った一刀を叩き込んでいた紫苑だが⋯⋯ほんの僅かではあるが頬に傷が一筋走っていた。
紫苑はバックステップに魔力放出を重ね、槍の間合いから離脱。追撃を受けない距離まで退避。再び《亡華》を構えた。
『なんと! あれほどまで諸星選手の槍を見切っていただろう百鬼選手が、ここで回避を仕損じたァ! オープニングヒットは諸星選手だァ!』
『なまじ回避の最適化を狙いすぎたのでしょうか。ほんの僅か、試合続行に支障はないでしょうが心のダメージはどうでしょうか』
『えぇぞ星ィ! そのままいてこましたれやァ!!』
『そのままいっちゃえ諸星くーん!!』
『動揺してはなりませんぞ、薫氏の弟君!! ここは落ち着くときですぞ!!』
地元の英雄があれほど好き放題に追い込まれている様は、見ていてあまり気持ちの良いものではなかっただろう。
明らかに状況が諸星の方へ好転したことで、観客席は大いに盛り上がる。
中には紫苑を応援してくれるものもあるが、それはあくまでも少数。いてくれることは変わりようのない事実だ。
紫苑は己に向けてくれる声援を受け取りながら、思考を巡らせる。
(⋯⋯先程の《三連星》の最後の突き)
紫苑が霊装で叩き落とすことで防いだあれだけが、他の刺突とは相違点があった。
──曲がったのだ。
硬質な、本来であれば形状や形態が変わるはずもない槍が、まるで粘土細工のように。
これまでの《三連星》は速さと密度こそあれど、直線的なものだったため回避は容易だった。
それこそ本当の意味で『紙一重』の回避をさせられる程に、動作を最低限に、距離は最小限にと最適化させ続けた。
しかし今回はその最適化が仇になった。あまりに完璧すぎる回避だったがために、槍の軌道が曲がるという事態に対応するだけの余白がなく、完全に回避することが出来なかった。
(俺の危機感知は『回避行動を取ったあと』に発生した。⋯⋯少々綱渡りだが)
事前の推測を元に情報を収集する。
その過程で奴を殺せればそれでよし。殺しきれずとも、暫定『追尾する突き』に対する考察を深め、対策を打てれば良しだ。
紫苑は諸星と自身の間に境界線を描くように《亡華》を一閃すると、ぐん! と身体を深め、駆ける。
『百鬼選手、諸星選手の周囲を円を描くように駆ける! 駆ける! 疾走する!』
『馬上槍のような例外はあれど、槍という武器は基本的に『直線上の敵』を『待ち構える』ことで真価を発揮する武装。それを速さで撹乱しながら攻め手を探るのは良い手です。ですが──解法としては些か基本的と言わざるを得ませんね』
そう。
諸星にとって紫苑が導き出した解答はあまりにも基本的で、型に嵌っている。そのようなオーソドックスな攻め方に対する応手は、日本随一の槍の名手の領域を崩せない!
『諸星選手! 百鬼選手を突きの嵐に捉えた! 《三連星》! 《三連星》! 《三連星》!! 《三連星》の連打ァ! 《流星群》と呼ぶに相応しい速さと密度!! 百鬼選手、これには堪らず防御に専念せざるを得ない!!』
実況は諸星の絶技を、観客の喝采と供に讃える。
だが、彼女の言葉にはひとつ誤りがあった。
(全て『追尾する突き』⋯⋯やはり俺が回避すれば、それを追いすがるように槍が曲がるな)
諸星が繰り出している星の連打は、断じてただの《三連星》ではなかった。
頭を、脚を、腹を。諸星が放つ槍を回避すれば、その全てが上下左右、変幻自在の軌道で紫苑の命を仕留めんと曲がり追い縋る刺突へと変化していた。
そしてこの『追尾する突き』が何故生まれたか。その理由も紫苑は解する。
──諸星の槍術には『払い』が組み込まれていない。
それは槍の突きと並ぶ主たる攻撃手段。
たかが払いと侮れば、それを槍の絶技は咎めるだろう。
長さ1メートル超の棍棒は振り抜かれれば遠心力を伴い、人体を容易に破壊せしめる打撃となる。
事実、中国槍術の一派には『突き』を完全な見せ技として運用し、『払い』を真の攻撃手段として運用するものが存在する程だ。
何より『払い』は槍の制圧力を担う重要な攻撃手段。
これを廃した槍術は先程紫苑がやってみせたように、熟達の戦士には容易に見切られる。
七星剣王の槍術見切ったりと、そう思うだろう。
その浅慮を愚かと断ずるのが、諸星雄大の『追尾型の突き』だ。
彼は攻撃範囲が狭いという『突き』の弱点を撒き餌とした。槍の軌道上から横に避け、《三連星》を凌いだとほくそ笑む武芸者をこの『追尾型の突き』──《ほうき星》で仕留める。
それこそが諸星雄大の武芸者殺しの技なのだ。
ではこの技に対して紫苑が取れる対策はないのか。
否、対策はある。
《ほうき星》は敵が横方向に回避した時の応手だ。
ならば⋯⋯。
『百鬼選手! 回避を放棄! 刀で刺突の全てを撃ち落とし前進する!! 速度と技巧に任せた正面突破ァ!!』
避けなければいい。
ただ己の剣を信じ、相手の槍術を力と技、速度で叩き潰せばいい。
⋯⋯むしろ先程まで紫苑が行っていた『回避』こそ、《瀧華》の剣では邪道。
武を成立させる全てで相手を凌駕し、圧殺する。
それこそ《瀧華一刀流繚乱勢法》の、『超攻撃特化型剣術』の本領なのだから──!
「くぅっ⋯⋯こなくそァ!!」
『これをやられると諸星選手は苦しいですね。これまで回避によって発生していたタイムラグがなくなった分、百鬼選手の剣はより速くなる。⋯⋯槍の雨が突破されるのも時間の問題かと』
『なにナメたこと言ってんねん! 星ィ! しばいたれやぁ!!』
『良いですぞ弟君!! それこそ《瀧華》の流儀ですぞォ!!』
如何に諸星が《三連星》を繰り出そうとも、紫苑の進撃は止まらない。
先も語った通り、紫苑の剣速と諸星の槍では前者の方が勝る。今までこれらが拮抗していたのは、実況が言うように『回避』を行っていたからだ。
故に諸星の槍衾が破られるのは時間の問題だ。
『百鬼選手、諸星選手を剣の間合いに捉えた!! ひとつ、ふたつと軽々と弾き倒し──踏み込んだァ!!』
諸星の《三連星》、その二つ目の引きに合わせ紫苑が更に一歩間合いを詰めた。
観客席から悲鳴が上がり、早く逃げろと叫ぶがそれは無駄なこと。
(諸星の《三連星》は思考してから成立するようなものではない。最適化と研鑽により、思考を排して繰り出されるまで血肉に刻みつけられた技の極みだ。故にここで『退避』は選択できない──!)
諸星の身体は動く。『退避』こそが最適であると理解しながらも、紫苑の頭蓋を貫かんと。
しかし既に見切り、なおかつ己の剣よりも遅い刺突。それに対応するなど児戯にも等しいと、3つ目の刺突を叩き落とそうとして。
──紫苑の生存本能が、己の敗北を見せてきた。
だが彼の剣がそれに対応するには、《究極生存本能》の警鐘はあまりにも遅すぎて。
百鬼紫苑の身体は諸星の間合いの外まで弾き飛ばされた。
閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)
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いる
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いらない
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はよ本編仕上げろ