諸星の刺突を受け、大きく間合いの外に弾き飛ばされた紫苑。
それはこれまでの戦いを見てきた者達。中でも《瀧華》の剣や紫苑の強さをよく知る者ほど愕然とした。
『剣の間合いで《瀧華一刀流繚乱勢法》が、百鬼紫苑が後れを取るなどありえない』と。
「馬鹿なっ! あの距離で《黒鬼》が敗れただと!?」
「⋯⋯凛奈、あれ」
思わず席を立ちあがる凛奈。
それと比較すればサラ・ブラッドリリーは幾ばくか冷静だった。
彼女は極めて優れた『芸術家』である。『芸術』を極めるにあたって身に着けた、黒鉄一輝に比肩するほどの観察眼で紫苑が地面に転がった理由を見抜いていた。
「⋯⋯シオンの霊装」
サラの指の先。
百鬼紫苑の魂の具現。日本刀の形をとっていた霊装《亡華》の上2/3ほどが⋯⋯
刀の形すら保てず、《亡華》の刀身だったモノは解け、黒い水溜りのような有様になってしまっている。
紫苑、そして彼の霊装の無残な有様に実況は叫ぶ。
『な、なんという事だァ!? な、百鬼選手の霊装が消し飛ばされたぁ!?!? 一体どういうことだ⋯⋯!?』
これまでのキャリアの中で数多くの試合を実況してきた曽我部だが、霊装の一部分が消失するなど初めてのこと。
傷ついたり欠損することですら、片手で数えられるほどしか見たことがないというのに。
だが実況の困惑を他所に、解説は興奮したように続ける。
『《暴喰》です⋯⋯! 《暴喰》が諸星選手の身体だけではなく、《虎王》も纏っている!! これこそが百鬼選手の刀を砕いた力です!!』
『⋯⋯っ! そうか! 《魔力破壊》!!』
伐刀者の超常現象の根源である魔力。それは何も伐刀絶技だけに用いられているわけではない。
伐刀者の主たる武装──霊装もまた、超高密度の魔力の結晶体だ。
これまで《瀧華》の剣によって発生していた魔力の刃から身を守ることは《暴喰》の防御的使用法。しかし何も《暴喰》は専守の力ではない。
魔力を消しされるのなら、《暴喰》の出力を引き上げれば霊装をも消失させられる。
それこそが《暴喰》の攻撃的使用法なのだ。
『そして霊装は伐刀者の魂の具現。少しでも損なえば、そのダメージがそのまま本人に反映されます。⋯⋯今の百鬼選手は謂わば自身の心臓を半分以上抉り取られた状態。立ち上がることすら、可能かどうか⋯⋯』
審判によるカウントダウンが開始される。
10秒以内に立ち上がらなければ、紫苑は試合続行困難として諸星の勝利が確定する。
⋯⋯が、この場の殆どの者が諸星の勝利で決まったと確信していた。
それほどまでに霊装の大部分を消し飛ばされるというダメージは大きい。試合のレギュレーションによっては、即刻試合中断となってもおかしくないほどなのだ。
早く終わらせてやれと、審判を急かす声が聞こえる。
そんな8カウントまで進んだ時だ。
「ふぅ」
息を吐きながら、まるで昼寝から目覚めた時のような軽い調子で紫苑が起き上がったのは。
『は?』
観客、実況、そして解説の声⋯⋯否、声未満の困惑の息が吐き出される。
それほどまでにありえない事だった。
霊装を砕かれながら8秒の間に意識を取り戻し、ましてやそれが何一つ、紫苑にとって痛手となっていないだろうその現実は。
「⋯⋯まんまとしてやられた。あの『追尾型の突き』すら、《暴喰》を刀にぶつけるための撒き餌か」
「⋯⋯撒き餌は人聞きが悪いな。信頼しとったんや。ワイが知るお前なら、《瀧華》の剣士なら、ワイの槍からおっかなびっくり逃げ回るような事はせん。正面からワイをねじ伏せてくるはずやとな」
そうだ。
紫苑が《三連星》を回避できることも、《ほうき星》を打ち払い前進してくることも諸星の中では織り込み済みだった。
それくらいなら目の前の男はやってくるはずだと確信し、それを前提とした作戦──即ち回避不能の《ほうき星》に《暴喰》を纏わせ、霊装を砕かんとした。
それは確かに成就した。成就した、が。
「⋯⋯でも、お前が立ってくることは予想外やったで。どういう仕掛けや?」
「はっ、仕掛けと言うほど大層なものじゃない」
諸星の言葉に嘲りを含んだ笑みを返し、紫苑は続ける。
「お前は、いやここにいる殆どの者が俺を侮っている」
「んな事はないやろ。お前の強さは嫌と言うほど──」
「いや、そうじゃない。お前達が侮っているのは⋯⋯
弱さを侮っている。つまりはここにいる者全員が、百鬼紫苑という男を『過大評価』しているということか。
「──連盟史上最少の総魔力量。世界最弱の伐刀者。⋯⋯そうお前達は俺を評するが、『どれくらい弱いのか』⋯⋯なんて考えたことがないだろう?」
強さを賛美する言葉ならいくらでも見つかる。
しかし紫苑の弱さを表現する言葉なんて、ここにいる者達には思いつかない。
何せ彼らとって百鬼紫苑とは、あらゆる不可能を可能にしてきた『絶対強者』なのだから。
だがそれは思い違いも甚だしいと、紫苑は嘲る⋯⋯否、自嘲する。
百鬼紫苑はどこまで行こうとも『弱者』でしかないのだと。
「伐刀者は皆、当たり前のように霊装を顕現できるだろう? 何せそれが出来なければ、伐刀者だと認められないからな。⋯⋯だが、俺は最初その程度のことすら出来なかったんだ」
正確に言えば霊装を出力することは可能だった。
しかしそれは泥のような、粘性の液体のような物。流体金属といった創作上の武器だと好意的に解釈しても、己の意思のままに操れないと来た。
明らかに魂の具現としては不完全な代物。
それが紫苑と彼の魂《亡華》の邂逅だった。
「だから俺はまず『霊装をちゃんと形にすること』から訓練が始まった。⋯⋯それが訓練として成立してしまっていたんだ」
霊装を刀の形として出力し、固め、それを維持する。
伐刀者ならば──それでこそ一輝のような、伐刀者としての素質は最低レベルのものでも当たり前のようにできることを、紫苑は出来なかった。
だが、それは何度も何度も繰り返すうちに『霊装を刀の形に保つ』ことは可能になった。
だが、それで万事問題なしと言えるほど、紫苑に素質は備わっている筈もなく。
受難は続いた。
「なんとか形の体を保つことができるようになっても、他者と打ち合えば容易くへし折れてな。とんだナマクラだったよ。おかげで何百何千何万と霊装を砕かれた」
数多の雪辱に塗れた。
幾度も屈辱を味わった。
何度も何度も敗北し続けた。
百鬼紫苑が歩んできた日々とは即ち、挫折と克服と、試練に溢れ、真っ直ぐ進むことすら出来ず遠回りな茨の道だった。
しかしそれは、決して無駄などではなかった。
「⋯⋯だがそのおかげか、霊装が砕かれても『頑張れば』意識が飛ばなくなってな。まさかあの経験がこんなところで活きるとは思っていなかったが」
「⋯⋯ッ!」
あまりにも弱すぎたために、他者よりも霊装を破壊された経験が多かった。故に気を引き締めることで意識を繋ぎ止めることができる。
⋯⋯紫苑の言葉はただの根性論だ。
頑張れば耐えられるなんて再現性の欠片もない、旧時代の教育の負の遺産と同義。だというのにそれが彼には出来てしまっている。
(⋯⋯なんという、男だ⋯⋯っ)
解説は百鬼紫苑という男の戦慄する。
彼は自身の異能によって、『世界最弱の伐刀者』という事を強みへと変貌させてしまった。
即ち、大多数の伐刀者が経験していないために対応不能である事柄を、彼は既知であるということ。
幾千幾万では決して数え切れぬ敗北、その全てを糧として《努力》して乗り越えてきたということ。
彼はあらゆる敗北と挫折を経験し、それでもなお誇りは折れず。思考を、前進を、《努力》を止めなかったから。
百鬼紫苑という男は『世界最弱の伐刀者』から『最強』に成ったのだ。
「なんちゅー⋯⋯理不尽な」
「理不尽なのはお前達だ。俺が何年もかけて身に付けたことを、一瞬で成し遂げて乗り越えてくる。こちらの苦労も考えてほしい」
「その言葉、そっくりそのまま返したるわ。ただの根性論でこっちはテメェの能力を否定されたんやぞ」
「否定などは出来ていないさ。頑張れば耐えられるだけで、痛手なのは変わらない。だから⋯⋯」
こうしよう、と。
彼はそう言い、《亡華》を消失させた。そして構える。
刀を捨て、『剣士』ではなく『拳士』としてのやり方。刃ではなく拳と脚を以て諸星の槍を打倒せんと。
『百鬼選手、霊装を解いたァ!?』
『流石の百鬼選手も、間髪入れず霊装を何度も砕かれれば意識が途切れる。故に霊装を消す。やろうとしていることは理解できますし、《暴喰》対策としては確かに有用。しかし⋯⋯それはあまりにも無謀でしょう⋯⋯!?』
霊装による攻撃攻撃とそれ以外では、効果がまるで違う。
伐刀者が纏う魔力の鎧を霊装以外では完全に突破できず、威力が著しく減衰してしまうのだ。
ましてや紫苑は生粋の剣客。武の生き字引と呼ぶのは修めた分野がまるで違う。
飯田は断ずる。
彼の選択は槍に貫かれて負けるか、霊装を砕かれ負けるかの二択の内、前者を選んだだけに過ぎないと。
「剣士が刀を捨てて勝てるか? 随分思い上がったもんや」
「これは思い上がりではないさ。お前に勝つための最善手だ。それに⋯⋯散々お前は俺の肝を冷やしてくれたんだ。今度は──お前の度肝を抜いてやろう」
口角を歪ませる白髪の鬼。
いかに目の前の男が強者であるとしても、刀を捨てた剣士を相手取り不覚を取るほど諸星は弱くない。
これは驕りなどではなく、純然たる事実として諸星は認識していた。
⋯⋯だが、彼の言葉がはったりの類ではないこともまた理解していた。
紫苑は霊装を収めたことで《ほうき星》の対策を失っている。
紫苑ほど体技に優れたものであっても《ほうき星》を回避しながら、諸星の間合いを食い破るのは不可能に近い。故に彼は刺突を剣で受けながら前進するという選択を取ったのだ。
相手を追跡する虎の牙の攻略法を投げ捨て、その鬼は自身の凶器を放棄した。そのような有様で一体何ができるというのか。
諸星には予想がつかなかった。
予想できなかったからこそ⋯⋯愉快でたまらないと、彼もまた口角を歪めた。
「なら、期待させてもらおうやないか。言っとくが、大阪人はしょうもないもんがほんまに嫌いでな。半端なもん見せたら容赦せんで」
「なら杞憂だな。《瀧華》の技に半端の文字はない」
言うが早いか、紫苑は再び諸星に向けて駆け出す。
だがそれは《亡華》を顕現させていた時よりも遅く……万事に対応できるよう肩の力を抜き、紫苑を待ち構えていた諸星に声を荒げさせるには充分だった。
「言うた筈や百鬼! しょうもないもんは嫌いやとなぁっ!!」
猪突と呼ぶに相応しい単調な吶喊を、諸星は戒めるべく突きを放つ。
彼の心臓目掛け……と思わせてから、右足の甲を狙い撃つ《ほうき星》
彼の剣術を支える脚を機能停止に陥らせる、追尾型の突きは──彼がその槍を踏みつけた事で不発となった。
『はぁ!?』
リングを刺し穿つ、否、そうなるよう仕向けられた諸星。
観客の多くが目で追うことすら不可能な神速の突きを、上から踏むという規格外の防御法で凌いだ紫苑。
だが驚愕はそれだけに収まらず、紫苑はその槍の上を駆け上がった。
「シャァ──ッ!」
走り抜けると同時に繰り出すは、諸星の顎を狙うハイキック。一切の力のロスなく繰り出される蹴りは、拳法の達人も顔負けの一撃だ。
だが、剣のそれに比べれば充分目で追える範囲。諸星は即座に槍から手を離し、バク転の要領で回避。
蹴りの逃れ、紫苑に目を向ければ《虎王》を掴み、諸星に向けて振り下ろしていたところだった。
『槍の上を駆け上がり、諸星選手を蹴り飛ばそうとした百鬼選手! だがそれだけでは終わらない! シーソーの要領でリングに突き刺さった《虎王》を自重で引き抜くとそれをキャッチ! 槍をその主人に向けて振り下ろすゥ!!』
一流の剣客の膂力。重力による加速と遠心力を伴った棍棒の振り下ろしは、頭蓋骨どころか戦士の肉体を押し潰すにたる打撃だ。
しかし残念かな。今、紫苑が握っている凶器はただの凶器に非ず。それは眼前敵の諸星雄大の魂の具現だ。
即ち諸星を撲殺戦とする凶器は紫苑に握られてはいるが、それを操る権利は彼自身にあるということ。
《虎王》に姿が消える。
霊装はその魂の持ち主の意思如何で、自在に顕現と消失が可能。故に諸星は紫苑が握る凶器を一度収めることによって、鬼の金棒を凌いだのだ。
武装の消失によって少なからず、紫苑の身体が泳ぐ。
即座に立て直し、防御だけは辛うじて間に合わせるが──諸星の黄金を纏う拳は紫苑の前腕のガードを殴打し、彼の身体が鞠のように転がる。
が、彼とて一方的に殴られたわけではない。
地面を転がる際の足の動きに《鳳穿花》を乗せ、諸星の胸板を叩く。……が、所詮は苦し紛れの反撃。それも攻撃と言えるような動作ではないために大した威力もない。
それは《暴喰》を発動させるまでもなく、諸星が無意識で纏う魔力防御によって防がれる。
魔力の浪費を防ぐために、《暴喰》を解除する。
(ワイとアイツの直線上に《狂い裂き》はない。アイツの蹴りも拳も、剣に比べりゃトロい。威力も低いとなれば、魔力を集中させれば充分防げる範囲や。魔力の予兆を感じたらすぐに、守りを固める)
無論、自分が《暴喰》の発動を停止させた瞬間に《亡華》を顕現、切断を狙う可能性は充分にある。
しかし紫苑がそうするためには、自分が《暴喰》の発動をやめた事を確認。《亡華》を再度顕現し、魔力を込め、剣を振るうという四行程。
対し自分は紫苑の動きを認識し、《暴喰》を最大出力で発動させるツーアクション。
どれほど紫苑の踏み込みが雲耀のそれであったとしても、
(ワイの方が速い。……いいや、それ以前に百鬼が立ち上がる前に蜂の巣にして沈めたる!!)
魔力の放出を伴い、魔力の防御を打ち砕く破城槌を生身で受けた事で紫苑は起き上がれない。
七星剣舞祭出場者の中でも上澄みの剣士が晒した確かな隙。それを見逃す諸星ではない。
ここで初めて諸星から前に出る。
繰り出すは諸星の最速の槍術《三連星》
それを無防備に転がる紫苑へと──!
「かかった」
その槍が彼の臓腑を貫かんとした直前、観客席の一角で少女が呟いた。
その瞬間。
──諸星雄大の肉体に、斬痕が刻まれた。
「がっ……ぼ……!!」
諸星の左肩から右下腹部に大きく刻まれた斬撃。
それは決して少なくない量の出血を諸星に強制させ、その歩みを止めさせる。
『な、なにぃぃぃぃぃ!?!?』
『く、《狂い裂き》や! 《瀧華》の遅効性の刀が星の事切りおったんや!!』
地に倒れ伏すような真似はしなかったものの、その不可視の刃……《狂い裂き》は勝敗を左右しうるほどの重傷だ。
こらえ、敵を見据えようとするが──紫苑の姿はそこにはない。
「らァッ!」
『百鬼選手、正面から蹴りを叩き込む! 諸星選手、回避できない! 《虎王》で防ぐが……今度は背中に太刀が浴びせられるゥ!』
(どう、なっとる……!?!?)
魔力の斬撃をふたつ浴び、だからこそ理解できなかった。
──諸星は、紫苑が《鳳穿花》を放つ時、同時に《狂い裂き》をリング上に配置していることを看破していた。
術者の任意のタイミングで発動可能な、斬撃の機雷。
自分が纏う《暴喰》は、それに対する防御策でもあった。
それを用いてリング上にあった《狂い裂き》は全て潰したと断言できた。中には巧妙に隠されているものもあったが、それも一つ残らず無力化した。
上述の通り、諸星が紫苑を仕留める過程で斬撃の罠は配置されていないことを確認している。
しかし先に浴びた二太刀は、間違いなく《狂い裂き》の刃だ。
一体何が起こっているのか、諸星も観客の多くも状況を掴めなかったが……現状を把握している者が少なくとも一人いる。
「ようやく状況が好転しましたか。……いえ、流石は《七星剣王》と呼ぶべきでしょうね」
ひやひやさせてくれます、と苦笑しリングを見下ろす栞にステラは問い詰める。
「ちょっとシオリ! アレってどういう事よ! 何もない場所でモロボシが斬られたわよ!?」
「おや、ステラさんはご存じありませんか? 破軍の選抜戦で珠雫さんとの戦いでお披露目したはずですが……」
「知ってるのは知ってるわよ! 斬撃が効果を発揮するまでの斬撃を《倍化》させる《狂い裂き》でしょう? でもモロボシが斬られた場所には、斬撃を置いてなかったじゃない!」
《瀧華一刀流繚乱勢法》の絶技の根底は《倍化》
即ち1を10や100にすることは可能だが、0を1にすることは決して出来ない。
故に彼が繰り出す魔術は全て『剣を振るう』という予備動作を必要とする。
だが先の二撃は明らかに無からふたつの斬撃が諸星の付近に突如として発生。彼に切りかかったようにしか、ステラの眼には見えなかった。
「──いいえ、ありました」
しかし彼女の言葉に異を唱える魔女が一人。
《狂い裂き》の一番の被害者とも言える《深海の魔女》黒鉄珠雫だ。
「あったって……どういう事よシズク!」
「そのままの意味です。……百鬼さんは
一つ目は雑に魔力探知を行っても所在が掴めるもの。
二つ目は諸星やステラが全力で魔力探知を行い、ようやく場所を掴める物。
そして最後が……、
「私が全力で魔力を探って、ようやく輪郭を掴めるレベルの《隠蔽》技術が施された《狂い裂き》──諸星さんはこれを踏まされたんです」
確かに諸星の考えに間違いはない。
彼は確かに全ての《狂い裂き》を《暴喰》にて無効化した。ただ……そこに『諸星が探知可能な』という枕詞が付くのだが。
「っ! じゃ、じゃあ!!」
「おそらく諸星さんやステラさんが探知できていない《狂い裂き》があと11ほど、リングの上には残されています。……正直なところアレに気付けっていうのが無理な話です。私だって、百鬼さんを相手にしながらこれほど精度を高めた魔力探知は行えません」
リングで諸星が再び《暴喰》を纏う。
流石は日本の頂点に立った男。
自分が何をされたのかを正しく把握しそれを精密に迎撃する技量がないと判断したのだろう。《暴喰》の消費魔力は必要経費だと割り切り、《狂い裂き》の無力化を図る。
全身に黄金の光を纏った諸星が、再び紫苑を突き殺さんと前に出る。
「流石は珠雫さん。良い眼をお持ちで。ですが……それでは満点はあげられませんね」
「なんですって……?」
その槍が何か見えないものに衝突したように弾かれた。
驚愕する諸星。そこをすかさず紫苑は鳩尾を殴りつけ、彼の身体を吹き飛ばす。
『あ、あれはなんだ!? 諸星選手の槍が何かにぶつかったように見えましたが……』
『あれは……もしやうつぎ……!? あの技も百鬼選手は使えるんですか……!』
『うつぎ……? 飯田さんはご存じなんですか?』
『えぇ。……といっても皆様がご存じないのも無理はありません。その技は薫氏が《狂い裂き》を編み出す前に使っていた《瀧華一刀流》の技なのですから。といっても原理自体は…………本当に埒外ですが、やっていることは簡単ですよ』
「うつぎ。《空斬》と書くその技は、名の通り空を斬。……ただその斬撃があまりにも洗練されているために『大気が切断されたことに気が付けない』んですよ。故に刀の軌跡に真空の断層が生まれ、そこに一定の外圧が加わると……大気が自分が切られたことに気づき、対象に切断という事象を発生させる」
この《空斬》は先に飯田が言ったように《瀧華一刀流》の中で継承されてきた技のひとつだ。
即ち特定の能力を前提とせず『理論上は非伐刀者でも使用可能』な純粋な剣術。故にその発生には魔力を必要とせず、《暴喰》を迎撃できたのだと栞は言う。
「そして《空斬》は非伐刀者の肉体を両断して有り余る威力を持っている。伐刀者であればそこまでの成果は期待できないでしょうが……諸星さんの技量では気が付けない斬撃の罠が二種類ある」
これこそが七星剣舞祭までの一週間で紫苑が編み出した、《狂い裂き》と《空斬》の合わせ技。
知覚不能の斬撃を無数に配置することで対象の動きを封じ、あるいは切り刻む《瀧華一刀流繚乱勢法》その新境地。
「──これこそが合技《
《暴喰》では防ぐことの出来ない、感知不能の刃の存在。
それにより諸星は徒に攻め込むことが出来なくなった。
諸星が紫苑に対して優位に立てていたのは、《魔力破壊》というあらゆる魔術に対して優位に立てる力があってこそ。
それが満足に効果を発揮しなくなれば、勝負の趨勢は紫苑に傾くのは当然の話。
ではあるのだが⋯⋯。
「⋯⋯強くなりすぎじゃない?」
「というと? どういうことだ《紅蓮の皇女》よ」
凛奈の問いに、ステラは改めてリングに立つ白髪の鬼に視線をやり、続
「⋯⋯確かにシオンはイッキと並ぶくらい優れた剣士だったわ。でもアイツの強さはイッキのそれとは違って殆ど完成されていた。高次元で纏まっているからこそ、伸び代だってたかが知れてたのよ。
断言できるわ。アイツの強さは一週間前のそれとは全くの別次元。進化していると言っていいほどだわ。⋯⋯一体アイツに何があったのかしら」
「いや、ステラ。それは簡単な話だよ。一週間前の百鬼くんと、今の彼。その絶対的な差を生み出しているのは『魔力制御技術』その一点に尽きる」
紫苑と珠雫の戦いは録画で見返しただけだが、それでも分かることはある。
先程から度々話題に上がる《狂い裂き》
これを当時の紫苑は、珠雫の魔力探知を誤魔化せるほどの精度でリング上に配置できたか?
否である。
あの時、珠雫が《狂い裂き》を受けてしまった理由は、《瀧華一刀流繚乱勢法》という流派の知識を欠き、空中に配置されている斬撃などという代物を警戒していなかったからだ。
謂わば彼女の油断につけ込んだからこそ実現した奇襲であり、珠雫が最初からこれに警戒していたのならばまず通用していなかった一撃。
それが今は戦闘を行いながらではまず気づけない、という段階まで昇華されている。
これは一体どんなイカサマによって成立したものなのか。
──断じてイカサマなどない。
それどころか強くなる上では、あまりに真っ当すぎる方法が彼の爆発的な強化の理由だと、一輝は言う。
「真っ当すぎるって……どういうことよ」
「例えば──誰かに指導を受けるとかね。……そうだろう? 魔導騎士連盟最優の魔法使い。《
「……如何にも。確かに私から紫苑さんには、魔力制御技術の手解きをさせていただきました」
お手上げだと、肩を竦める栞。
魔力制御技術の向上を目的とするなら、他の者でもいくらでも候補がいるだろうに。自分をピンポイントで当ててくるなど恐れ入る、と彼女は苦笑し問う。
「ちなみに何故私が指導者だと?」
「百鬼くんだったら絶対に強さに妥協しないから。自分に足りない部分を補うなら、それに最も長けた者を頼るだろうと、そう思っただけだよ。君が指導者としても優秀なのは、この四ヶ月を通じて彼も理解しているだろうしね」
更に付け加えて述べるのであれば、明らかな罠を撒き餌にし、頑張れば見破れる罠を配置。それらふたつを布石にし、本命の不可視の刃を携え、獲物を狩るなどというやり方は剣士ではなく策略家のアプローチ。
あの動きは、決して紫苑本来の動き方ではない。
百鬼紫苑という超一流の魔導剣士を活かすために、意地の悪い何者かが仕込んだ補助的な立ち回りだ。
「あのやり方は間違いなく君の物だ。跳ね上がった魔力操作精度も相まって見た瞬間にすぐ分かったよ。百鬼くんの裏には君がいるって」
そして全くもって合理的だと一輝は続ける。
「僕達は学園の名前を背負ってはいるけれど、あくまでも自分の優勝を目指している。
けれど君達は暁学園の誰かが優勝すればいいという、『団体戦』のスタンスだ。だから百鬼くんの強化を図ることで、七星剣舞祭優勝の可能性を引き上げるプランを取ったんだろう?」
王馬は他者の指導など望まないだろうし、あの短時間における戦力強化を図るのであれば、紫苑の魔力制御技術を強化するのは道理だと。
「そこまで見透かされていると怖いものがありますね。……ですがまぁ、おおよそ予想の通りです。ご覧に入れましょう。個人戦の貴方達では決して実現できない、我々の結束の力を」
凛奈(結束の力って敵役RPしてる私達が言うことじゃないよね……)
閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)
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いる
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いらない
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はよ本編仕上げろ