最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第41話

『──諸星選手、百鬼選手の拳を回避しきれない! 顔面に右フックが突き刺さるゥ!! あえなくリングに倒れ込んでしまったぁ!!』

 

 地面を転がる諸星の身体。

 ここまでの無防備な姿を晒してしまっては、試合を決定付けるに充分な隙だ。

 如何に霊装による攻撃を封じられているとしても、紫苑の拳打は常人の意識を容易く打ち砕く威力を持つ。

 

 いよいよ決めに行くか。

 観客がそう思うも、紫苑は彼を追い打つような真似はせず再び徒手空拳の構えを取る。

 

『百鬼選手、攻め込みません! 再び諸星選手が立ち上がるのを待ちます! 倒れた敵を追い打つような真似は卑劣ということでしょうか!』

 

 そう言う実況だが、観客の大半は──諸星のファンはそうは捉えなかったようで。彼らは怒号をあげる。

 

『ふざけんな! 嬲っとるだけやないか!!』

『自分が優位やからって舐めてるんちゃうか!?』

『《瀧華》の名を汚さないでいただきたいですな弟君! 薫氏であればこのような真似は致しませんでしたぞ!!』

 

 これが諸星であれば、武士の誉れだと持て囃されていたのだろうが、紫苑にとってここはアウェイ戦。

 ましてや彼が所属している暁学園の蛮行は、多くの者にとって知るものとなっている。とき

 

 それが霊装を顕現させることなく、不意打ちで追い込むような試合展開など騎士の風上にも置けないと爆発するのは道理であったろう。

 

 しかし、

 

(……ちゃう。アイツはワイを嬲っとるんやない)

 

 実際に彼と相対している諸星は、その意図を正確ではないものの観客よりは詳しく汲み取っていた。

 彼の表情にあるのは……焦燥。

 

 一体何を焦っているというのか。

 出血多量によるレフェリーストップ。または拳と蹴りによる手数での圧倒か。

 どちらにせよ勝ち方などいくらでも選べる状況で、紫苑が事を急く理由など何もないだろうに。

 

 その時だった。

 

「小梅……!」

 

 妹の名が、確かに諸星の耳朶を打ったのは。

 

■ ■ ■

 

 時は遡り、七星剣舞祭開会式直後。

 

 我先にと観客席に向かおうとする人の波に逆らい、諸星小梅は湾岸ドーム外に備え付けられたベンチのひとつを目指していた。

 

 というのも、

 

『悪い、小梅。明日なんやけど、ちょっとワイの対戦相手がお前と話せんかって頼んできたんや。時間は試合開始までやったらいつでもいいし、場所は小梅に任せる言うとるし……なんとか都合付かせられんやろか』

 

 と、兄から頼まれたからだ。

 ついでに人相はお世辞にもいいとは言えないが、決して悪い奴ではないと付け加えて。

 

 初対面に近しい相手の容貌を貶すような真似をした兄にはしっかりと折檻を行った上で、小梅はその頼みに応じた。

 

 昨日自分達の店に来てくれた時には愛想は……やはり良いとは言えなかったが、それでも店の料理を大変美味しそうに食べてくれた事。

 退店時に『ごちそうさまでした』とわざわざ言ってくれるような人柄の良さがあったこと。

 

 理由は色々あるが、一番の理由は……。

 

(電車の事故で、お姉ちゃんを失ってしまった人……)

 

 自分と境遇が似ているから。その一点に尽きるだろう。

 

 共に電車の事故により、兄姉が伐刀者としての選手生命を絶たれるほどの重傷を負い、にも関わらず自身は五体満足で生還した。否、()()()()()()者達。

 

 そんな境遇だからこそ、彼もまた自分と話したいと思ったのかもしれない。

 

 小梅が約束の場所を視界に収めた時、待ち人は既にそこにいた。

 

 藍色の和装に白の羽織を纏った、老人のような白髪の男。

 兄よりも二回りほど身長は小さいが、彼と同じく実践と理論に基づき、最適に鍛え上げられた戦士の身体を持っている。

 胸元の日の丸が、彼がどこの国に所属しているのかを雄弁に語っていた。

 

 ──国立暁学園2年《黒鬼》百鬼紫苑。

 

 彼は自分の姿を視界に収めたのだろう。立ち上がり、小梅に歩み寄る。

 

「ごめんな、急に呼び出して。迷わなかったか?」

 

 普段、あまり笑わないのだろう。

 あまり上手ではない……それこそ接客業においては落第必至な笑顔を浮かべ、彼は言う。

 しかしそこには小梅を怖がらせないよう、傷つけないようという意図がしっかりと感じられて。

 

 ──優しい人なんだろうな、と小梅は思った。

 

 頷く。

 確かに人の波に押し返されそうにはなったが、それでも人混みには慣れている。人混みには人混みの歩き方があるものだ。

 

「よかった。迎えに行ければよかったんだが、連絡先も聞いていなかったものでな。……何も知らない男から急に『迎えに行こう』と連絡が来るのも怖いかと思って」

 

 それは確かに、と笑う。

 決して悪い人ではないのだが、それでも小梅は幼い少女である。年上の面識も殆どない男から急に連絡が来れば身構えてしまう。

 

「少し歩こうか。近くに自販機があったはずだから、そこで飲み物でも買おう。──《亡華》」

 

 紫苑が霊装を展開する。

 赤黒い、雲のような不定形の霊装だ。一体何を、と小梅は身構えるがその心配はなかった。

 

 その霊装は彼が普段用いているような刀ではなく、傘のような形へと変化したからだ。

 ギラギラと自分達を突き刺す陽光から自分達を守る、そのために。

 

 霊装を日傘代わりにするその発想に小梅は驚く。

 否、それよりこれから試合を控えている者に、大事な魔力を使わせるわけにはいかないと首を振るが……、

 

「ん? ……あぁ、魔力の事なら心配いらない。霊装をただ出すだけなら、魔力は消費しないんだ。身体の中から出したものが、そのまま内に返るだけだから」

 

 故に杞憂だと、彼は小さく笑って小梅の方へ霊装を傾ける。この程度の日差しで体力を使うほど、軟な鍛え方はしていないと。

 

 自販機に到着すると彼は二人分の代金を投入し、「何がいい?」と小梅に問いかける。

 当然、小梅は困惑と申し訳なさを表情に浮かべるが彼は「こちらの都合で呼び出したのだから、この程度はやって当然だ」と財布を取り出した小梅をやんわりと拒否。

 

 成人を迎えた男が、歳下の娘に財布を出させるのは恥だと言う彼に小梅は渋々甘えオレンジジュースを頼む。

 彼も同じものを購入すると、ベンチへと戻った。

 

「……さて、そもそも何から話したものか。小梅……さん? ちゃん……は馴れ馴れしいか」

 

 どんな話を切り出されるのかと思っていれば、そもそもなんと自分を呼ぶのかと悩んでいたらしい。

 スマートフォンに『お好きに呼んでいただいてかまいませんよ』と打てば、彼は安堵の表情を浮かべる。

 

 自分のような者──筆談を必要とする者ではなく歳下の女という意味だ──と話すことに慣れていない事が、ありありと伝わってくる。

 

「なら小梅。もう分かっていると思うが、俺は口が上手くない。だから率直に言うが──」

 

 諸星と俺の試合までに、喋れるようになれないか、と。

 小梅の根底を揺るがすようなそんな言葉を、口にした。

 

「っ……!」

 

 夏を彩る蝉の声も、肌を突き刺すような日差しも、全てが消え去ったかのような錯覚を覚える。

 それほどの衝撃。

 

 否、そもそも。

 諸星が電車の事故により両足を欠損し、それを克服しカムバックしてきた。その話は伐刀者の界隈では有名な話。

 だがそれに自分が関わっているというのを知っているのは、片手で数えられるほどの人数だ。

 そんな話を、何故彼が知っている?

 

「……薬師キリコ、という女は知っているだろう? お前の兄貴の脚を治した奴だ。彼女に小梅達の事情は聞いたんだ。……悪いな、詮索するような真似をして」

 

 あぁ……と納得を示す。

 日本有数の医者にして、兄の恩人である薬師キリコ。

 自分の細胞を用いて欠損部位を作り出す義肢技術の開発者。彼女が話したならば彼が事情を把握している事は納得できる。

 

「諸星一家があの事故現場に居合わせたのは、お前が『遊園地に行きたい』と言ったから。そう聞いたが……俺にはお前に非があるなんて全く思えなかった」

 

 ただ家族で楽しい時間を過ごしたい。そんな可愛らしい願いが何故罪になり得るのか。

 否、なっていい筈がないと断言する紫苑。

 

「お前は何も──」

『悪いんですよ』

 

 彼の言葉を遮るように、画面を見せる。

 そして続けた。

 

『私は、お兄ちゃんが大事にしているものを沢山奪いました。地位、時間、脚、力。うちがあんなワガママ言わなかったら、お兄ちゃんはもっともっと強くなってたはずなんです。私は、お兄ちゃんの未来を、奪った』

 

 そうだ。もし自分がそんな事を言わなければ。

 失意に沈んだ半年間。キリコの下でリハビリに励んだ期間。

 それがなかったのなら──兄は更なる高みへと至れていたはずだった。小学生リーグの決勝トーナメントを目前にして引退などせずに済んだはずだ。

 

 何も奪っていない? 何も気にすることはない? お前は何も悪くない?

 ふざけるな。あれほど深く兄を傷つける原因を作っておいて。時間を奪っておいて。輝かしい未来に泥をぶちまけておいて。

 一体どの面下げて自分は被害者だと言えばいいのか。

 

 傲慢甚だしい。自分は紛れもなく『加害者』だと、小梅は、自分を責め立てる。

 

『慰めなんていりません。私が全部悪いんですから』

 

 それでも、優しい彼は、これまで自分の話を聞いてくれた者達のように『君は悪くない』と言ってくるのだろうか。

 そんな言葉に先んじて感謝の言葉を述べようとした時、

 

「……そうだよな」

 

 予想とは真逆の言葉が返ってきて、小梅は愕然とした。

 

「あぁ、勘違いするなよ? 俺はお前の口から直接気持ちを聞いても、お前は何も悪くないと思ってる。ただ……こういうのって理屈じゃないんだよ、きっと」

 

 紫苑は「俺の話も聞いてくれるか」と言うので、小梅は頷いた。

 小梅が知る百鬼紫苑という男は、前述したような自分と同じ電車の事故に巻き込まれ、姉のような存在が意識不明の重体に陥ってしまったことだけ。

 

 詳しく知りたかった。自分と似たような境遇を持つ歳上の男が、一体どんな目に遭い、どんなことを考えているのか。

 

 それを後悔するのは、そう時間が経たないうちのことだった。

 

 訥々と紫苑は言う。

 

 本来であれば電車事故に巻き込まれていたのは紫苑だけであったこと。

 にも関わらず自分が助けを()()()()()()()事で姉が巻き込まれたこと。

 姉が自分の守りよりも、腕の中の弟を守ることを最優先した事で自分は五体満足、否、無傷で生還したにも関わらず姉は生命維持を辛うじて行えるほどの重傷を負ったこと。

 

 そこから姉は植物状態に陥り、彼女の父は娘のそのような惨状に耐えかね自殺。母親も夫と娘を失う惨劇に耐えかね、錯乱した後に後追い自殺。

 継承者の不在により《瀧華一刀流》の断絶の憂き目に遭った。

 

 立て続けに起こった悲劇に紫苑の心は耐えかね、自分の家族や友人の記憶を失い、それを期にした『百鬼家』の崩壊。

 

 淡々と、事実のみを羅列する紫苑に小梅は縋りついた。

 

「……どうした?」

 

 首を振る。

 もう喋らないでほしいと。それ以上口にしてしまっては、紫苑を深く傷つけることになってしまうと。

 

 彼は何一つ悪くなんてないはずだ。自分が死亡寸前の危機に陥った時、藁にも縋る思いで誰かに助けを求める行為は何も罪などではないはずだ。

 

 そんな小梅の想いを見透かすように、紫苑はそっと手を置き頭を撫でる。

 

「『何も悪くない』……そう思ったか?」

 

 頷く。

 

「そうだよな。でも俺は俺が全て悪いと微塵も疑っていない。……これが、お前に対してお前のことが大切だと想う人達が向ける想いなんだよ。だが……納得なんて出来ないよな? 外野が口を挟むなって、そう言いたいよな」

 

 お前は原因じゃない。元凶じゃない。

 だからなんだというのか。自分が関わったせいで、自分の一番大切なものが失われた事実は何も変わらないじゃないかと。

 

「……これは俺の恩人から聞いた話なんだが、俺達のような者が罹っている精神疾患を『サイバーズ・ギルト』と言うらしい」

 

 それは天災や事故、戦争や殺人現場、あるいは虐待の場でもいい。ともかく多くの人の命が、大切な者が失われてなお自分が『生き残ってしまった』事に対して抱く罪悪感。

 何故自分は生きているのか。多くの者が大切なものを失っているのに、自分が何も傷ついていないことが申し訳がない……そう思うPTSDの一種。

 

 無論、彼らに何の非はない。被害者とて彼らを責め立てはしないだろう。ただ、それでも自分の心にだけは、嘘がつけない。

 

「小梅。お前は自分が死んでいればよかったと、思ったことはあるか?」

 

 首を振る。

 そう思ってしまえば、家族が悲しんでしまうから。それだけは思わないように努めてきた。

 

「そうか。お前は強いな。

 ……俺は弱っちいからさ。散々思ったよ。あの時何故自分は助けを求めてしまったのかと。何故生きているのかと。姉の代わりに俺が死んでいればよかったんだと。そう思わなかった日はなかった。よく師匠から『お前は死にたがりだ』と、叱られた。……今は、あまりそう思えなくなってしまったが」

 

 くくっと、自嘲する紫苑に小梅は口を挟めない。

 彼の憂いを帯びた声音が。光を失ってしまったその瞳から、小梅は目を離せない。

 彼は自身の心の形を透かして、空を見る。

 

「──俺達はきっと『罰』が欲しかったんだよ。赦されたくなんてなかった。声高々に、自分の事を否定して欲しかった。なのに周りは逆のことばかりしてくれるものだから、俺達は……己自身で自分を裁かざるを得なかった」

 

 そうだ。だから小梅は自分の口を塞いだのだ。

 二度と兄を、両親を傷つけないために。

 

「だが、小梅。お前はもっと周りに目を向けるべきだ。お前が最も傷つけたと感じている者は一体誰だ?」

『……お兄ちゃんです』

「そうだよな。じゃあその兄は、お前に何を望んでいた?」

 

 ……そんなものは決まっていた。

 

 自分を許してやってほしい。

 自分の足が失われたことなんて、全部兄が情けないせいなのだから、何も気にする必要はないのだと。

 そう背中で語っていた。

 

 そして、

 

『あたしのしたいことをしてほしい……って』

「……そうすることが、償いなんじゃないのか?」

 

 加害者が出来ることなど被害者に謝り倒し、そして彼らの望むことに対し誠心誠意望むこと。それ以外に何もない、と。

 だが、それは甘えではないのか。一体どこまであの偉大な兄の足枷になるつもりなのかと、そんな想いが小梅を縛り付けて仕方がないのだ。

 

『……いいのかな。お兄ちゃんに、直接頑張れって言っても』

「良いさ。良いに決まってる。妹が兄貴に対して甘えるなんて、当然のことなんだから」

 

 断言し、紫苑は続ける。

 

「少なくとも俺はそうしてる。薫姉は自分の代わりに俺が戦うことなんてきっと望んでない。それどころか泣いて止めようとするだろう。あの人は俺に対して過保護だったから。

 だがな、俺はあの人が起きて俺に怒ってきたらこう言うつもりだ。『そんなもの知るか。俺が姉を大事に思って、したいことをやって何が悪い。そもそも文句があるならさっさと起きて、俺を止めに来ればよかったんだ!』……ってな」

 

 紫苑は笑う。本心から、憂いも何も滲ませない気持ちのいい笑顔を。

 

 それにつられて小梅も笑った。

 

『身勝手ですね』

「良いんだよ。俺達は彼らに対してだけはそれが許されるんだから。

 ……そんな俺に比べたら、いつまで経っても喋れないことを棚に上げ、それでも兄貴を応援したいと考える。いつまで兄に甘えるつもりだ、なんて考えるお前の本心なんて純粋で可愛いものじゃないか」

 

 一息置いて、紫苑は言う。

 

「……なんて会ったばかりの俺が言ったところで、ずっと考えていたお前の悩みを溶かせるだなんて思い上がっていない。

 だが、それでも。こんな会ったばかりの俺のワガママを聞いてくれるのなら……俺と兄貴の対戦中に、兄貴のことを声を張り上げて応援してやってくれないか」

 

 しばしの沈黙が流れる。

 それは小梅の中で生じた疑問ゆえ。

 兄と自分の戦いの中で、声に出して兄のことを応援してほしいなどと言うのか。いや、そもそも……

 

『どうして、ここまでしてくれるんですか?』

 

 その問いに紫苑は微笑み──。

 

■ ■ ■

 

『お前の兄貴とひとつ約束をしてな。それを全く不足のない形で叶えるためには小梅の協力が必要なんだ。……もし俺達のワガママと、お前の願いに重なる部分があるのなら……』

 

 全くもって身勝手な理由だった。

 理由もそうだが、そのために自分が数年罹り続けたトラウマを数時間で克服しろなんて無茶にも程がある。

 ……けれど。

 

(……そうだった)

 

『なぁ、小梅。いつもみたいに、頑張れって言ってくれるか?』

 

 家を出る前、兄がかけてくれたそんな言葉。

 そんな兄の想いに、自分は『がんばれ!』と書いた紙を渡した。

 

 ──兄が、本当は違うものを求めていると知りながら。

 

 本当は、お兄ちゃんは「がんばれ!」と言ってほしかった筈だったんだ。

 いつもみたいにではなく、前みたいに、と。そう言いたかったはずだったんだ。

 

 兄はそれを求めてくれている。兄の好敵手も、そして小梅の同志もまた小梅がありのままの自分でいてほしいと願ってくれている。

 

 なら──何も躊躇う理由なんてなかったんだ!!

 

(あたしが、言いたかった言葉は──!!)

 

「がんばってぇええええ!! おにいぢゃああああああああん──ッッ!!!」

 

 ずっとずっと、胸の奥に仕舞い込んでいた妹の気持ちは。

『弟』にそっと背中を押されて、今、確かに心の奥底から溢れ出た。

 

 数年も使われず、錆び付いた喉から発された心の叫びはろくな形にならなかった。掠れるほどに小さく、観客の野次に埋もれてしまうのが道理。

 

 だが、それでも。

 少女の声を待ち続けていた、リングの男達には確かにその言葉が届いた。

 

 声の大きさがなんだというのか。

 そんなものは何も関係ない。

 

 彼が少女の兄だというのなら。

 彼が少女と同じ『弟』だというのなら。

 その魂の声を聞き逃すなど、断じてありえないのだから──!!

 

「任せとけぇええええええええええええええ!!!!!!」

 

 死に体だった諸星が少女の声に応える。

 

 噴き上がるのは黄金の光。

 

 日はとうに傾き、闇をドームに備えられた照明が照らし出す中で、その黄金は白を塗り潰した。

 その光の正体は……魔力だ。諸星の魔力が外部に放出された結果、光も闇も圧殺し世界を金色に染め上げたのだ。

 

『魔力! 魔力です!! 今にも倒れそうだった諸星選手から、魔力が溢れ出ている! これはどういう事なのか!?』

 

 何が起こっているのか全く分からないと叫ぶ女性アナウンサー・曽我部。しかしその点、興奮こそしているものの解説の飯田は正しく状況を把握していた。

 

『《無冠の剣王》黒鉄一輝選手の切り札《一刀修羅》!! それと全く同じ事象が諸星選手に起こったんです!! 即ち自身の生存本能の破壊!! 本来手を付けられない場所に眠っている魔力を、彼は強引に引き出しているッッ!!』

 

 先とは比較にならない黄金の鎧を身に纏う諸星。

 大量出血による死に体寸前の戦士とは思えない──否、死の間際まで追い込まれ、そして最愛の妹の想いを背に負ったからこそ目覚めた猛虎に、紫苑は笑う。

 

 ──嗚呼、ようやくか、と。

 

「ようやく? どういう事や、百鬼」

「──俺は、お前と約束した時からずっと思っていたんだ。昨年、この祭典を制覇したお前は本当に『全力』で戦えていたのかと。違う筈だ。何故なら復帰してから去年までのお前には、決定的に足りないものがあったから」

「……なんや? それは」

()()()()()()

 

 紫苑は断言する。

 それをなくして諸星は全力を出せているなんて、断じて言えないと。

 何故なら、

 

「──薫姉が、いつも言ってたんだ。『弟に応援されたお姉ちゃんは、世界で一番強くなれるんだ』……って」

 

 そして事実、彼女は数多の英傑達に勝利してきた。

 『弟に応援された姉がこの世で一番強い』その理論に基づくならば。

 

「たとえどんな重傷を負っていようと。本来の魔力の大半を失っていようと。そんな物は関係ない! そんな当たり前は、お前には絶対に通用しない! 妹に応援された今のお前こそが、これまでの人生の中で最も強い諸星雄大だからだ!!」

「ッ!」

「ようやく全力で戦えるな! 《世界最強(兄貴)》──ッッッ!!!」

 

 諸星は紫苑の意図を、ここで真の意味で理解する。

 

『お互いに全力で戦おう』

 

 自分が口にしたその言葉を、彼は真摯に守ろうとしたのだ。

 

 そのために彼は、妹と話しその背中を押した。彼女がワガママに……我が儘になれるように。

 妹に応援された兄貴(じぶん)と。正真正銘の全力の諸星雄大と戦うために。

 

(アホか、お人好しすぎんねん……)

 

 そのためにここまで手の込んだ真似をしたのか。

 わざわざ塩を送るような真似までして、諸星が最も欲しかった『妹に応援され、自分が戦う景色』まで贈ってくれたのか。

 

 ならば、全力で戦わねば。

 

 自分のために……否、自分達兄妹のために、ここまで奔走してくれた、この漢に報いるために。

 

「……有難うな、()()

「礼なんていらん。……今度はここまで拗れる前に、ちゃんと兄妹で話し合えよ。()()

「ははっ、あぁ。そうするわ」

 

 互いに破顔し、そして和やかに話し合うのはここまでだと。宣誓する。

 

「──《七星剣王》諸星雄大」

「──《瀧華一刀流繚乱勢法》百鬼紫苑」

 

 戦士の名乗り。それは必ずや眼前の敵を打倒するという誓いだ。

 ──再び、死線の幕が切って落とされる。

閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)

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  • はよ本編仕上げろ
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