『……諸星選手の疑似《一刀修羅》はどれほど保つと見ますか? 飯田さん』
『そうですね……大きく見積もっても三分が精々でしょう。それ以上は溢れ出る魔力の枯渇よりも先に、身体の方が保ちません。故に百鬼選手は、諸星選手が倒れるまで逃げ切れば勝利は確実──』
「──咲け、《亡華》」
解説の言葉。それを遮ったのは、百鬼紫苑の静かな呪いだった。
己の魂を現へ顕し、百鬼紫苑は刀を上段に構える。
何を、と実況も解説も、観客の多くも困惑する。
何故なら百鬼紫苑が、今このタイミングで霊装を顕現させる理由など何一つ存在しないからだ。
諸星雄大の世界を喰らい尽くす黄金は、その全てが《暴喰》だ。当然ながらその場に存在するあらゆる魔力を喰い荒らし、観客席を守る魔力障壁にすら牙を立てている。
その渦中にいる百鬼紫苑に対しても言わずもがな。彼が五体満足で立っていられているのは、諸星の魔力はあくまでも攻撃の対象を魔力に限定しているからに他ならない。
つまり《亡華》を展開している事は、虎の顎門に己の心臓を差し出すと同義なのだ。
加えて、と実況を務める女は続ける。
『これは霊装・通常武具に限った話ではありませんが、元来『刀』というものは抜き身よりも鞘に納めた状態の方が逃げ回るという事には秀でています。魂の具現化である霊装で言えば、顕現させない方が遥かに有利でしょう。それを何故⋯⋯』
如何に諸星の身体が妹からの応援で再起したとしても、失った血液までは戻ってこない。出血も未だに続いている。
そして諸星の能力は、どれほど拡大解釈をしたとしても『治癒能力』には発展し得ない力だからだ。
故に生命維持が困難な量の血液が漏出するのを待ち、勝利を収める。そして自分は確実に次の戦いへの切符を手に入れる。
それが安牌。安全策。
誰もが思うそれを紫苑は、
「征くぞ、雄大──」
考えすらしていなかった。
それは彼が伐刀者同士の戦いがどういうものであるか、心底理解していたが故。
伐刀者とは、異能を以て己の運命を貫き通すもの。
自分のエゴで、世界法則を塗り潰すものだ。
頂点を目指さんとする彼ら同士の戦いにおいて安牌や安全策と呼ばれるものは言わば、相手に道を譲る事に等しい。
どうぞ、貴方の意思を貫き通してください、と。
志が退いた瞬間。それが伐刀者の敗北条件。
そして、何よりも。
(互いに全力で戦いたい。男同士の身勝手な口約束だったのににも関わらず、小梅は自分の心の壁を乗り越えてくれた! そんなあの子の前で、恥知らずな真似ができるか──!!!)
自分達のエゴに付き合わせた、あの少女に報いるために。
紫苑は逃げない。
眼前の最強の戦士から。彼の背を押す少女の想いから。
宣誓する。
「真正面から切り捨てる!!!」
対する諸星もまた、紫苑の意図を汲んでいた。
ここで逃げの一手を打つ程度の者であれば、とうに槍の錆になっている。
彼ならば必ず、自分の全力を引き出した上でそれを踏破しようとするだろうと。
何よりも視線が全身全霊を尽くすと、雄弁に語る。
ならば自分も真っ向から迎え撃つのが漢同士の礼儀というもの。
全力を尽くし、死力を尽くし、己の培ってきた全てを紫苑にぶつける──!
「シャァッ!! 来いやァ!!!!」
紫苑の姿が消える。
観客達に見えるのは、彼が纏う漆黒の魔力だけが軌跡となって、黄金の世界に切り込む残影のみ。
そして僅かに遅れて霊装同士が衝突する鋼の音色が周囲に響き渡る。
『《亡華》を顕現させた百鬼選手が、黄金に吶喊する!! しかしそこは《暴喰》に覆われた世界! 魔力などすぐに喰い荒らされる筈ですが……飯田さん、彼は何か対策をしているのでしょうか? ……飯田さん?』
『──はは、はははははっ!』
突如として大笑する解説に、実況は困惑する。
しかし解説は実況の困惑など知らぬと言わんばかりに、笑い、続ける。
『彼はただ《努力》しているだけだ! 霊装が喰い荒らされようとも、意識を繋ぎ止め!! 諸星選手が意識を失うよりも先に俺が斬り伏せてやると!! 真正面からのガチンコ勝負を挑んだんだ!!』
非合理だ。
諸星は生存本能の破壊を破壊することによってによって扱える魔力量も、《暴喰》の最大出力も範囲も跳ね上げた。
しかしそれは蝋が尽きる寸前の蝋燭に同じ。終わり際に一層激しく燃え上がる炎であり、こちらが何かするまでもなく消え去るのが定め。
そんなもの相手にしなければいい。ただ逃げ回ればいい。
──それは、雑魚の思考だ。
『謝罪させてください、百鬼選手!! 私の考えはまさしく下らない、卑劣漢のものだったっ!!』
「おおおおおおおおおッッ!!!!!」
諸星が吼える。
真正面から迫る闇色の流星。
虎の顎門でそれを確かに咬み潰しているにも関わらず、その星の勢いは衰えるところを知らない。
ならばこの槍を以て星を堕とすのみだと、諸星は刺突を放つ。
諸星の槍術の基本形にして究極の型《三連星》──否、その突きは
肉体にかけられた安全装置、それの制御下から一時的に外れた諸星は、倍の数の刺突を一息で放つことが可能になっていた。
残りのひとつは──、
「頑張れお兄ちゃん──!!」
兄妹の絆の力で埋め合わせ、都合七つ!!
「《グランシャリオ》ォォォオオオオッッッ!!!」
「──《
北斗七星を冠する七つの刺突。放っている本人をして、殆ど同時に突き出していると錯覚させる最速の攻撃を、目の前の剣士は残らず叩き落とす。
その度に諸星の意識は断絶しかける。
原因は紫苑が《華化狩》と呼んだ絶技にこそあった。
諸星は確信する。
──あの剣は『魔力を断ち切っている』のだと。
諸星の魔力は『魔力を破壊する魔力』それを紫苑は『魔力を破壊する魔力を切断する』ことで、辛うじて戦闘を成立させていたのだ。
謂わばそれは獲物を喰い殺さんと迫る虎の腹に潜り込み、首を落とさんとするような無謀。
一歩間違えば自身が返り討ちに遭い、餌になるような綱渡り。それを紫苑は諸星が《暴喰》をリング全体に展開してから常に成立させていた。
だが、それはまさしく諸刃の剣。
「っ!」
紫苑の意識もまた飛びかける。
当然だ。紫苑が行っているのはただの『剣術』
《伐刀者》が行使する異能とは強制力が天と地ほどの差がある上に、紫苑は決して諸星の能力を無効化しているわけではないのだ。
紫苑が不利になっている点は他にもある。
──諸星は現在、《魔力破壊》の魔力をリング上全域に展開している。それによって彼は、紫苑が可能な全ての魔力運用を封じていたのだ。
これが剣術に酷く偏っている一輝であれば、ここまでの痛打は与えられなかっただろう。
しかし紫苑は、《瀧華一刀流繚乱勢法》、そこに内包されている《倍化》能力を前提とした『魔導剣術』の使い手だ。
故に彼の戦闘スタイルもまた魔力の運用を前提としたものである。一輝とは異なり普段から魔力放出による瞬間加速、魔力集中による障壁の展開も用いていた。
その全てが、この男の前では通じなかった。
《霊装》ほど超高密度の魔力の塊でなければ、紫苑ほどの脆弱な魔力では即座に食い破られて終いである。
この戦いにおいて紫苑は魔力を一切有さぬ只人であり、猛虎に抗う刃は《瀧華一刀流繚乱勢法》の
紫苑の戦闘能力は、普段の4割も出せていれば精々といったところまで落ち込んでいた。
諸星は歯噛みする。
(こんだけの不利を強制しといて、ようやくタメ張れる程度か! クソったれ、素の身体能力と先読み能力がワイとは比べ物にならん!)
諸星の推測は正しい。
妹からの声援を受け彼は自身の肉体の限界出力を超克した。
普段とは比較にならない魔力出力、一次的に向上した使用可能な魔力量、失血によって損なわれ続けているが、人体のリミッター破壊によって向上した肉体性能。
それを扱う者が《七星剣王》ならば只の人に抗える道理はない。
それに対抗できているならば、それは人などではない。
人の理を超え、理外へと至った《魔人》だ。
《
《
数多の敗北によって裏付けられた擬似的な未来予測と、研鑽により人類を超越した速度に至った反射速度。
そして何より、
「はぁ──!」
彼自身の弛まぬ《努力》によって鍛え上げられた、剣士としての肉体で以て猛虎の牙に鋼を合わせていた。
(今の雄大に敏捷性で抗ったところで、到底敵わないのは眼に見えている)
故に紫苑が彼に対抗できるとすれば、
そこに《究極生存本能》による先読みを併せ、諸星の速度に対抗していた。
諸星が僅かに裂帛の気合を吐く。それと同時、もしくは速く放たれる《虎王》による七点同時攻撃《グランシャリオ》
頭、左肩、右脇、臍、左脇腹を貫かんとする虎の牙。
この土壇場に来て更なる加速を得た《七星剣王》最強の連撃に、紫苑は一つ一つ刺突を合わせていく。彼の手から槍を奪えれば最上の成果だが、そんなものは期待できまい。
威力は及第点に収め、早さを以て速さに追いすがる。
紫苑は自身の数多の死がモノクロになって自分の視界を過っていくのを見送りながら、突き技の申し子の土俵に上がる。
弾き、弾き、弾き、弾き、弾く。
その刺突の衝突はさながら鋼の二重奏。
次ぐ六撃目、左大腿を狙って放たれるそれに紫苑は先と同じように攻撃を合わせ──ようとして、その槍が『ぐにょん』と粘土さながらに曲がる。
「《ほう──ぐぅ……ッ!!」
諸星雄大が誇る槍術の絶技。
手首のスナップと肘の角度を、槍を突き出すと同時に変更することで実現される『曲がる刺突』
──ここまで諸星は《グランシャリオ》による速度と力での圧殺に執心していた。それは《瀧華》の理念と同じ。
相手が対応できない密度と速さでもって敵を潰すというシンプル極まりないもの。
だが……諸星雄大という男の真価とは策謀にこそある。
諸星は待っていた。
百鬼紫苑の中から、《ほうき星》の札が消え去る事を。《グランシャリオ》はその速度と攻撃回数故に『《ほうき星》との併用はできない』と思い込ませるために、敢えて諸星は紫苑の土俵に上がっていた。
紫苑が犯した明らかな失策。愚行。
その対価として、《虎王》は彼の右脇腹に大きく牙を立てた。
『く、クリーンヒットォ!! 諸星選手の一撃が、百鬼選手の右脇腹を大きく抉り取る! 次いで右太腿に槍が突き刺さり! 続く七撃目──!』
溢れるどす黒い赤。
腸がソーセージさながらに溢れる中、勝利に飢えた虎はまだ足りぬと右大腿に牙を立てた。
そこでようやく紫苑は迎撃を間に合わせ、刃を横薙ぎに振るう。
弾き飛ばされる諸星。だが、その相貌には喜色が浮かんでいる。
「っははは! お揃いやなァ! 紫苑!」
「ッ──るっせぇ!」
紫苑の数少ないアドバンテージである『傷の少なさ』がここに来てなくなった。腹に受けた傷は諸星に刻まれた裂傷と度合いとしてはそう変わらない。
溢れ続ける血を和装が吸い、僅かながらも、しかし確実に重荷となっていく。
出血量は当然ながら諸星の方がはるかに多いとはいえ、これで諸星の失血による昏倒を待つ戦略は機能停止に陥ったと言っていいだろう。
何よりも足に受けた傷がまずい、と紫苑は内心で吐き捨てる。
魔力による加速が出来ない今、機動力の減少は諸星との戦闘において明確な不利を負う。傷も深さで言えば腹のそれのは及ばないが、戦闘における不利で言えば足の傷の方が影響が大きい。
これは《究極生存本能》や《偽神速反射》ではカバーしきれない不利──、
(なわけないわなぁ、お前なら)
紫苑にようやく与えられた致命傷。審判によるレフェリーストップが入ってもおかしくない重傷を負わせてなお、油断は微塵もない。
むしろここからが本番だと、彼は兜の緒を締め直す。
諸星が不撓不屈の男であるというのなら、百鬼紫苑とは百折不撓の男。
あらゆる敗北を、数多の屈辱を、死を、《努力》一つで尽く乗り越えてきた自己研鑽の怪物。
敗北に指がかかり、土俵際に追い詰められてからが百鬼紫苑の真骨頂。
否、それ以前に。
(──手負いの
共に戦闘継続が困難なほどの重篤な傷を負った二匹の漢達。
自身に課された戦闘継続可能時間を、彼等は正しく把握していた。
──六十秒。
己の肉体が限界を超え、死力を尽くす事ができるのは一分のみ。それ以上は身体も、魔力も、精根尽き果ててしまうだろう、と。
ならばどうするか。
決まっている。その手本である一人の男を、彼らは知っていた。
それは紫苑と同じく持たずに生まれたもの。
六十秒という僅かな時間に自身の全てを使い尽くす乾坤一擲の大博打。されどその最強の六十秒ならば世界最強の剣士と渡り合えた、負け戦の百戦錬磨。
「一輝、借りるぞ──」「黒鉄兄、使わせてもらうで──」
「──《一刀修羅》!」「《一刀修羅》ァッ!!」
「……ははっ」
自身の切り札の呪いが、リング上で戦う二人の男によって唱えられたとき。一輝は笑みが溢れていた。
諸星から放たれる黄金の光は次第に縮小を続け、紫苑は脇腹と右足に重傷を負い、更には幾度も《霊装》の補修を続けることで魔力も風前の灯。
そう遠くないうちに決着がつく──そう思っていた矢先に《一刀修羅》と彼等は揃って吼えた。
──無論、彼らの《一刀修羅》と自身の《一刀修羅》は全く同じものではない。そもそも前者のそれは技の体すらなさぬ、ただの意気込みの話だ。
けれども。それでも。
一輝の心は歓喜に打ち震えていた。
目の前の血湧き肉躍る激闘の最中、自身の尊敬する二人の男が己の研鑽の成果を用いようとしてくれた。
それが何よりも嬉しかったのだ。
「うん、好きなだけ使ってくれ。2人とも」
百鬼紫苑と諸星雄大の戦いが終結するまで、残り60秒。
閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)
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いる
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いらない
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はよ本編仕上げろ