【戦闘継続可能時間 0:59:52】
諸星雄大は《
リング全体を煌煌と照らし、埋め尽くしていた黄金の光。それは彼の残存魔力量が無くなっていくにつれて規模が小さく、光量も観客全員の眼を焼くほどのものから優しく照らす程度に減少していたが……その黄金の毛皮を、諸星は纏う。
無論この猛虎の纏う金色は羊質虎皮などではない。
正真正銘、《七星剣王》諸星雄大が誇る、最上にして最堅にして、最高威力の《魔力破壊》の術《
それは彼以外の魔力がこの毛皮に接触すれば、如何なるものであっても瞬時に消し飛ばせるほどの密度と濃度を持つ。それが世界最弱にして世界最貧の伐刀者の魔力では抵抗すらできない。
──諸星が《猛虎覆装》を発動せず、《暴喰》の拡散などという非効率の極みのような魔力運用をしていたのには、いくつかの理由がある。
一つは単純明快。
諸星が妹である小梅の声援によって引き出した、己の深奥に眠る力。それが諸星の想定を遥かに超えて強すぎたのだ。
瞬間七連続攻撃などという人体において到底不可能な挙動を可能にした《グランシャリオ》といい、諸星は妹の声援を受ける前と後で、別人と言ってもいいほどの爆発的進化を遂げた。
背中を押され、爆発的な速度で成長していく『力』と『身体』に、これまで諸星が培ってきた『技』がついてこられていなかったのだ。
全く、とんだ暴れ馬ならぬ暴れ虎であると諸星は自嘲するが、ようやくこの暴れん坊の手綱を握れた。
ならばここからは、ただ暴れるだけだったモノが明確に敵を見据え、指向性を以て虎の牙を、爪を、体躯で以て『攻撃』が開始される。
加えてもう一つの大きな理由が、諸星が百鬼紫苑に対して負わせた右脇腹と、右大腿に大きく空いた風穴。そしてそこから今なお溢れ続けている鮮血である。
紫苑がその二つの傷を除けば頬を僅かに掠めただけの裂傷しか負っていなかった──言ってしまえばほぼ無傷でであったのに対し、諸星は《狂い裂き》によって刻まれた胸部から腹部にかけての裂傷に、《
なまじ数が多いが故に出血が嵩み、意識は朦朧としているが……それでも即座にレフェリーストップをかけられない程度には、重度のものではないと言えよう。本当に辛うじてであり、レフェリー如何によっては試合が強制的に辞めさせられていてもおかしくないのだが、それは言っても詮無き事。
だが紫苑は違う。
あれは明らかに命に係わる重傷。即座に試合が中断されなければおかしいほどのモノ。それがなされていないのは、彼らの戦いを見守る者全員が決着の時は近いと思い、『どうせすぐ終わるのなら、最後まで全力で戦わせてやりたい/戦っているところが見たい』という温情のようなものでしかない。
ならば諸星は最初期も最初期の対百鬼紫苑戦略である『魔力を用いた攻撃の完封』
そして膨大な出血量による意識喪失という時間制限での優位──これは諸星もそう変わらないが──によって、彼は『槍』という武装の真骨頂、迎撃を選択することができた。
(突っ込んで来なかったら勝てへん、突っ込んで来たらそのナマクラ食い千切ったる!)
だが。
(上等)
それが通じるのは並みの相手であればの話。あらゆる敗北を覆し、打ち破り続けてきた《黒鬼》百鬼紫苑は《猛虎覆装》を纏う若虎を前に、笑みを深めた。
何度も言うように自分の伐刀者としての素質は世界最弱。いくら魔力を集め、束ねようともそれは所詮藁の家。嵐どころか、狼の吐息に負ける程度の堅牢さしか持ち合わせていない。
嗚呼、全く以て間違いはないとも。されども一つ誤りがあるとするのなら、諸星が相手取るのは藁などではなく、刀。
それも《瀧華一刀流繚乱勢法》の後継、百鬼紫苑が振るう刃なのだ。
霊装が黄金に触れた瞬間に消し飛ばされる? ならばその黄金すら斬り伏せてみせよう。
《瀧華一刀流》の中でも紫苑のオリジナルである『魔力を断つ剣撃』《
それを以て瑕疵なき黄金に斬痕を刻んでやる。
猛虎が刃を食らうというのなら、刃を覆うように魔力の鞘で覆ってやればいい。
百鬼紫苑の意思で刀の形状を取っているだけで、本来は不定形の霧である《
(食い千切られるよりも先に《亡華》を振り抜き、諸星の命を断つ──!)
双方のボルテージが更に一段、上がる。
【戦闘継続可能時間 0:55:18】
観客の大半にとって、目にも留まらない超高速機動戦から一転、紫苑と諸星の足は歩みと言っていいほどに遅くなっていた。
右太腿に重傷を負い、満足に走れなくなってしまった紫苑は無論、自身の肉体にかけられた制限を取り払った諸星は彼の迎撃に重きを置く。
試合時間残り一分を切り、戦いの様相は最初の紫苑が攻め込み、諸星が守るという形へと帰結した。
一歩一歩、歩みを進め確実に間合いを詰めていく紫苑。そこに魔力による加速はない。どれほど太刀を速めようと、諸星の《猛虎覆装》を突破できる質がなければそれはただの浪費。
故に研ぎ澄ます。研磨する。
あの虎の皮を切断するに足る太刀を錬成する。
それ以外の全ては、邪念だ。
尽く、捨てろ。
【戦闘継続可能時間 0:54:42】
百鬼紫苑が諸星の間合いに踏み込んだ。
瞬間射出される七本の大牙。
《七星剣王》諸星雄大が誇る、最速最優の、北斗七星の名を冠する刺突《グランシャリオ》
百鬼紫苑に重傷を負わせた神速の刺突が、再び彼に襲いかかる。その上、その軌道は決して直線ではない。まさしく変幻自在。
《グランシャリオ》と《ほうき星》の併用、それを百鬼紫苑は一つ一つ、細心の注意を払って打ち落としていく。
受けるのは紫苑が《亡華》で形作った魔力の盾。
《花弁》の名を持つその盾は、月影栞が加賀恋司戦で見せた《鬼式・阿修羅百華掌》を防ぎきった魔力障壁の再現だ。
穂先にピッタリと合わせて《花弁》を舞わせ、《グランシャリオ》を防ぐ。如何に紫苑の物とはいえ、超高密度の魔力結晶である《霊装》を用いた盾だ。
諸星の槍が確かな疾さを伴う剛槍であろうとも貫く事は能わない。
だが、出来るのは槍を止めることまで。
諸星が纏う《暴喰》の鎧《猛虎覆装》それは《虎王》をも包み込んでいて、矛と盾には矛に軍配が上がる。
《霊装》は伐刀者の魂の具現。傷つく度、消し飛ばされる度にその損傷は伐刀者の精神へとフィードバックされる。
肉体が傷つかないだけで、その影響は少なからず紫苑へと反映されていた。
だが、
「────」
百鬼紫苑は揺るがない。
ダメージはある。影響もある。
しかしそのすべてを紫苑は意志の力で耐える。
歯を食いしばる必要などない。彼にとっては過去に味合わされた辛酸を、再び味わっているだけのこと。
誠に不本意ながら、慣れ親しんだ苦渋だ。幾度も味わった痛みだ。そして百鬼紫苑は過去の己よりもはるかに強くなった。であれば、彼の歩みが止まる道理がどこにあろうか。
《グランシャリオ》の七撃目。丹田を狙うと見せかけ、脳天を貫かんと跳ね上がる刺突。
紫苑は《
『ノールック……ディフェンス……』
実況の言うように、そこに紫苑の視線は向けられていなかった。防ぐのは当然。その上で彼が見据えるのはただひとつ。
三度放たれた《グランシャリオ》と《ほうき星》の複合。
《グランシャリオ》だけで諸星の限界を超えた神速の七連撃だったのだ。そこに軌道変化まで加えるなど、無茶をゆうに超えた無謀。
それをここまで成立させていたことが奇跡だったのだ。
そして、奇跡とはそう長くは続かないからこそ奇跡と呼ばれる。
(待っていた。その綻びを!)
再び《グランシャリオ》を放つための一呼吸を置くため、バックステップする諸星。彼の足が流れ出た血によって──滑った。
『『「──!!!」』』
普段の諸星ならば絶対に犯さなかっただろうケアレスミス。
流血によって朦朧とする意識と、6年間待望し続けた妹からの声援、それを引き出してくれた目の前の愛おしき宿敵との逢瀬によって昂った精神が、その致命的な失敗を生んだ。
【戦闘継続可能時間 0:30:01】
『諸星選手、ここで痛恨のミス──!! 自身の、あるいは百鬼選手の血でしょうか! それに足を取られ、あわや転倒っ、しかけるもこれを辛うじて堪える!』
『あの重傷を負っていてもなお身体を残す時点で、天晴と賞賛すべきなのでしょうが……百鬼選手がこれを見逃すわけがありません。振るうでしょう。諸星選手が纏う《暴喰》ごと断ち切る、《瀧華》が誇る至上の妖刀を──!!』
振り被る。
万全の諸星雄大であれば避ける、あるいは守る、どちらも容易く行えるだろう、大振りの左肩から右脇腹にかけて振り下ろされる袈裟切り。
されど対する諸星がそれを完全に防ぐためには、晒した隙があまりにも大きすぎた。
──《華化狩》
百鬼紫苑が月影栞の師事を受け、より洗練された《魔力制御技術》
深まった『魔力』と呼ばれるエネルギーへの理解と解釈。
そこに彼の異能である《努力》が組み合わさったことによって編み出された『魔力を断つ剣技』にして、紫苑オリジナルの絶技。
それは刀の軌道上に辛うじて割り込ませてきた諸星の《虎王》の柄を両断し、《猛虎覆装》の堅固な守りを切り裂いて。鎧の下にあった肉に刀傷を刻み込んだ。
「がっ……ぐぅ……ッ!!」
噴水のように派手に血が噴き出すようなことはなかった。しかしそれは滔々と溢れる泉のように、諸星の足元を汚していき……溢れる命は、彼に対して寒さをもたらした。それは《霊装》が甚大な損傷を負った事も大きい。
日本という亜熱帯と化しつつある国の、熱気が席巻するドームの中心部にいて、なお観客達の熱がどこか他人事のように感じられる。自分には縁遠いものとしか思えないほどの遠さと、身を包む寒気。消えていく魂の具現を見届ける事しか、諸星には出来なかった。
紫苑の《華化狩》は諸星の戦闘継続可能時間に甚大な被害をもたらした。
【戦闘継続可能時間 0:29:56】
外野から見れば、紫苑の逆袈裟に振るわれた刃によって諸星は致命的な打撃を受けたように映るだろう。
しかし実情は全く以て異なる。
先の一合は、紫苑と諸星の相打ちと評するべきものだ。
何度も言うように魔力を破壊することが出来る魔力を操る諸星に対し、《霊装》による攻撃を仕掛ける事は自殺行為に近い。それは紫苑が《華化狩》によって魔力そのものを断てるようになったとしても、何一つ変わらない事実である。
確かに紫苑の魂の具現である《亡華》は、諸星の肉体に決して浅くない傷を刻み込んだ。が、それと同時、《猛虎覆装》によって紫苑の霊装は喰われたのだ。
黒が黄金に呑まれた瞬間に鞘は即座に虎の胃の中に収まり、振るわれる最中も牙は刃に突き立てられた。刀が刃の体を為して役目を果たせたのは、紫苑が常に刃を補い続けながら振り抜いたからである。
(比較的、魔力密度が薄かった場所を……斬って、このザマ……! 安易に首や心臓、頭を狙っていれば……今頃命はなかったな……!)
計21回にも上る《グランシャリオ》の刺突の防御。《亡華》の刃を守るための鞘に、傷つき続けた刀の補修──この一撃を通すためだけに、紫苑は残存魔力のおよそ95%を吐き出してしまった。
今なおこの手に《霊装》は握られてはいるが、それは辛うじて武器の体裁を保たせているだけに過ぎない。どれだけ贔屓目に見積もってとしても……。
【戦闘継続可能時間 0:10:00】
『百鬼選手の《亡華》の輪郭が朧げになっている! これは──!』
『魔力枯渇の前兆……! 私もKoK含め数多くの試合を経験、観てきましたがここまで追い込まれる者を見るのは稀です! 多くの場合は、それよりも先に倒れてしまいますから……』
『では、諸星選手の方が優位であると……?』
『いいえ、それは断じてあり得ません! 百鬼選手によってもたらされた《狂い裂き》と《華化狩》の二太刀。そこに《空斬》による負傷も重なった上で、先程《虎王》の柄が《亡華》に斬られていました。加えて諸星選手が纏っていた《暴喰》の光も、今では《虎王》が淡く光を放つのみ……』
紫苑と諸星の視線は共に焦点が合っていない。肩で息をしていて、血が滂沱と溢れていて白のリングの上に赤黒い池が出来ている有様。
『双方、身体も魔力も、限界寸前。いいえ、今彼らが立っているという事実そのものが異常。それでも倒れないのは、偏に彼らの精神力──想いの力が並外れているからです! ですが……それでも限度があります。断言できますよ』
次に彼らが繰り出す技。
それが最後の一撃になる、と。
【戦闘継続可能時間 0:00:05】
双方、選んだ技は同じ。
槍、刀。双方に共通する最速の攻撃手段──刺突だ。
意識は混濁していて、けれど敵の姿だけは見据えた彼ら。その骨肉に刻まれた、幾千幾万と繰り返し続けた研鑽の果てにある物。名すら持たぬただの突き。けれど全身全霊を以て放たれたその切っ先と穂先はぶつかり合って、そして。
【戦闘継続可能時間 0:00:00】
百鬼紫苑と諸星雄大の《霊装》が崩壊する。
『くだ、けた……両選手の《霊装》が、砕け散ったぁ!!』
実況が吠える。
相打ち。
両者同時に残存魔力が底をついた。
それでも辛うじて形を保っていただけの《亡華》と《虎王》が、ぶつかり合った衝撃で限界を迎えたのだ。
眼に痛いスタジアムビームが放つ白が、空を舞う黄金と黒の結晶を照らす。
だが、崩れ落ちる身体はひとつのみ。
《七星剣王》諸星雄大のものだ。
『諸星選手の身体が血の池に沈む──』
『…………諸星選手はあまりにも血を流す時間が長すぎました。あと一分、あと10秒! 傷を負うのが遅かったのなら結果はまた違っていたでしょう……それほどまでに、紙一重の差だった……!!』
『惜しかった……! ほんま惜しかったで!』
『本当に、お前はようやった! お前はワイらの誇りや!!』
『アタシ達は引退前からホシの事応援しとったけど……今日のアンタがいっちゃんかっこよかったよ!』
万雷の拍手と共に、倒れゆく背中に彼を称える声が贈られる。
お前は《七星剣王》の名に恥じない、素晴らしい男だと。
今日の戦いは《浪速の星》と呼ばれていた頃も含めて、過去最高のものであったと。
実況も、解説も、観客達も、一輝もステラも珠雫も有栖院も、新宮寺も西京といった名だたる騎士も、彼に拍手を送った。
そう……たった、一人。
「お兄ちゃん……っ」
諸星小梅を、除いては。
「負けないでよ、お兄ちゃん…………ッッ!」
「あぁ。わかった」
──その時、この場にいる全ての者が、とある音を耳にした。
鎖が引きちぎられるような、そんな音を。
【戦闘継続可能時間 −0:01:00】
──死に体だった筈の諸星の身体。
ただ敗北を受け入れ、倒れる事しかできなかった筈の彼の身体が跳ね上がり、紫苑の顎に蹴りを叩きこんだ。
「……っ!!」
『はぁッ!?!?』
『馬鹿な! ありえない!! 何故あそこから持ち直せる!? それに、何故諸星選手は
諸星の身体から僅かに放たれる金色の光。それは確かに諸星雄大の魔力だ。
《霊装》を再度展開できるほどのものではない。幾度か魔力を放出することによって加速を得る程度が関の山だろう。
その程度の微弱な魔力であろうとも、完全に枯渇した筈のものがこの短時間で湧いて出るケースなど解説は見たことも聞いた事もなかった。
だが、
「《
元、そして現KoK世界三位であった二人、西京寧音と新宮寺黒乃は諸星に起きた異変を正しく把握していた。
それは自身に課せられた運命という名の可能性を極め尽くし、それでもなお手を伸ばさんと足掻いた《伐刀者》が至る場所。
運命のその先、理の外へと至る現象。
「この土壇場で目覚めるか……!」
「いんや……むしろ順当じゃね? 妹ちゃんの言葉を取り戻すために戦ってた兄貴が、それを取り戻して、その子の応援を背に受けて覚醒する、なんてさ。少年漫画お約束の激アツ展開っしょ」
「本当に、貴方方は……」
月影栞はリングに広がる光景に苦笑いが零れた。
紫苑といい、諸星といい。
大切なたった一人の女性の為に戦う男はこれだから、と。
勝手に定められた限界なんてクソくらえだと吐き捨てて、こちらの想像なんて容易く超えてくる。
身体の耐久性、精神の損耗、魔力の枯渇。
足を止める理由も、諦める理由もいくらでもあるのに、彼らはその全部を踏みつけて『漢の意地』なんて、女である自分には欠片も理解できない物を引っさげて、「まだだ!」と吼えて乗り越えてくるのだ。
確かに味方であればこれ以上頼りになる存在なんていないだろう。だが今回の七星剣舞祭においては、そう何人もいてもらっては困る。
現に自分ではそう在れない栞はそういった輩を可能な限り相手にしないため、その最たる例である紫苑を味方に引き込んだのだから。
そう。いてもらっては困る、筈なのに。
「信じてますよ、紫苑さん」
彼女にとっての最強が敗北する可能性なんて、微塵も思い浮かばなかった。
【戦闘継続可能時間 -0:05:00】
「《
諸星の《覚醒》
それに応じるように紫苑もまた自身が背負う運命を駆け抜け、枯渇したはずの魔力を掴んだ。
とはいえ、肉体、精神、魔力。その全てが限界を超えているのは紫苑とて同じこと。
再度の《霊装》の展開は出来ず、故に彼らの戦いは──徒手空拳へと移行する。
既に穴が開き、まともに動くはずがない紫苑の右足が上がり、先程のお返しと言わんばかりに諸星の頭蓋を蹴り飛ばそうとする。対する応手は鏡合わせのような蹴りだった。
黄金と漆黒。双方ともにリビングデッドと形容すべき死にかけの身体でありながら、響く音はさながら破城槌の衝突だ。
同時。踏み込み、拳を固める。
二度目の衝突もまた同じ、右拳による顔面の殴打。
対し双方、一切の守りを行わず、互いの拳が突き刺さる。
『のっ、ノーガード! ノーガードのインファイトだぁ!!!』
『おそらくふたりとも、守りにも回避にも割ける余力がないのです! ここからはいち早く相手を沈めるか、相手の攻撃に耐えられるか……互いの全てを賭した、我慢比べだ!!』
紫苑と諸星。
この七星剣舞祭において、魔術と体術を極めた雄が足を止めてぶつかり合う。
およそ人体から発せられてはいけない音が響いて、もうこれ以上溢れる筈がないと思われた血が舞った。
拳を握り、足を振るい、意志を固めて、魂が衝突する。
ふたりに過る、勝利を掴み取りたい理由。そして自分の勝利を我が事のように喜んでくれる家族や仲間、そして応援してくれる者達。自分達が背負った物が重荷ではなく、限界のもう少し先まで連れて行ってくれる。
紫苑と諸星が互いの拳でリングの端まで吹き飛んだ。血の池に沈む。
けれど共に戦意も、身体もまだ動く。ならば叩き込まなければ、最期のその瞬間まで、死力を尽くさなければ。
でなければ……目の前の漢に、申し訳が立たない……!!
身体を起こし、走る。自分の全身全霊を相手にぶつけるために。そして、自分こそが目の前の漢の想いを背負って先へと進むために。
リングの中心で、彼らは激突する。全く、同じ構え、同じ技で。
『鉄、山靠……!!』
もう何度目かもわからない、金色と黒の雷が大気を走り抜け、観客席を守るために展開された魔力障壁を焼いた。大気を焦がして、リングはひび割れる。
二人の《魔人》の戦いに、戦いの舞台の方が絶えられていなかった。
「あぁあああああああああああぁぁあああ!!!!!!!!」
「はぁああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!!!!」
咆哮が地面を揺らす。それはもはや音というよりは衝撃と例えるべきもので。
両者が武の頂点にほど近い場所に立つ者だからこそ、発生した均衡。それを紫苑も諸星も打ち破らんとするからこそ、長くは続かないもので。
──諸星雄大の身体が、リングの外へと吹き飛び、リングと観客席を隔てる壁へと叩きつけられ……ついに、不撓不屈の男が膝を完全に折った。
『『『………………』』』
「がはっ……げほ……ごほっ! がぼ……っ!」
だが、紫苑とて膝を折る寸前なのはまた同じ。辛うじて堪えただけで、咳と共に血を吐き出す。
今度こそ魔力も尽き果てた。《霊装》を杖代わりに展開する事も出来ず、のろのろと、諸星が倒れるリング外へと歩み寄った。
『何を……』
実況が理解できない、と呟く中、諸星は壁を支えに立ち上がっていた。
リングの外。本来であれば10カウント以上留まってはいけないその場所で、ふたりの男が向かい合う。
諸星は一歩、紫苑の側へと歩み寄る……否、歩み寄ろうとして、体勢を大きく崩した。紫苑がそれを受け止めようとするも、瀕死なのは彼もまた同じ。共に膝を折って、倒れ込む。
「はは……情けな……最後くらい、かっこつけたかったんやけどなぁ……」
「…………何言ってんだ。お前はずっと、世界一格好いい兄貴をやってただろうが……」
「やったら、えぇんやけど……なぁ、紫苑」
「なんだ……?」
「ありがとうな、色々と」
「…………あぁ」
「………………負けんなよ」
「あぁ……っ!」
ふたりは、揃って口角を上げて、そして……意識を失った。
閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)
-
いる
-
いらない
-
はよ本編仕上げろ