最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第46話

『く、黒鉄……龍馬ァッ!?!?』

 

 そしてそれに目を剥いたのは実況も解説も同じくであった。

 サムライ・リョーマ。《大英雄》。

 

 彼を讃える美辞麗句の類は山程ある。けれど彼の没後、未だに彼と並び立つ水、氷魔法を操る魔導騎士は現れていない。

 しかしそれも当然の事。日本を救った英雄の後継が、そう簡単に現れるはずがない。それは珠雫の生家である黒鉄家においても同様。

 

「龍馬さん……だって!?」

 

「く、ふはははは……!!」

 

「なるほど……月影総理が切り札と称するだけはある」

 

 故に一輝は彼の技を完全な形で引き継いでいるだろう栞に瞠目し、王馬は己が仰ぎ見る頂の片鱗を目にした事で大笑し、彼等の父である厳は彼女の力を前に月影の大言壮語に納得の息を漏らした。

 

 だが、栞と向き合っている珠雫は……

 

「──ッッッ!?!?」

 

 総身を震え上がらせ、一切迷いなく後退した。

 

 それは彼女の放つ気配が、彼女の知る物と同等……否、それ以上の重圧となって珠雫を襲ったからだ。

 

 ──幼少期、黒鉄家待望の《水》の能力を持って生まれた彼女は、たった二回程ではあるが龍馬から魔術の手解きを受けたことがある。

 

 珠雫が用いる伐刀絶技である《血風惨雨》や《障波睡蓮》、《凍土平原》も元はといえば龍馬が編み出したもの。

 自分は彼の技を用いているに過ぎない。

 珠雫オリジナルとも言える伐刀絶技は『青色』シリーズくらいのものだ。

 

 そんな珠雫だからこそ断言できる。目の前の栞、否、黒鉄龍馬は彼女が師事を受けた時よりも遥かに強い。

 目の前にいるのは、全盛期の黒鉄龍馬。その再臨だと。

 そう断言させるだけの根拠は、ある。

 

(曽祖父様の霊装……!!)

 

 黒鉄兄妹達にはその由来が皆目見当がつかない、二振り目の《氷牙》

 彼等が知る限り、黒鉄龍馬は一刀流の剣士であった。わざわざ二振り目を出し渋る理由などないだろうし、それは間違いない。

 

 ……唯一この間違いを訂正できる厳が沈黙を守っている以上、あの二振り目に言及できるものは栞の他にはいない。

 だがそれは国家機密に相当する事案。彼女にとっても話す理由はなかった。

 

「ふふ、驚いてくれたようで何よりです」

 

「……ただ私達を驚かせたいから曾祖父様を真似たのですか。性格が悪いですね」

 

「まさか。極めて強力な《水》の伐刀者であればカルロ・ベルトーニ氏もいらっしゃいますが……氏の魔術は些か規模が大きすぎる上、彼が得手とするのは水魔術。貴方は水を魔力に変換し──」

 

 彼女は未だに話を続けていたが、珠雫は関係ないと言わんばかりに氷の柱を二本生成。横から挟み撃ちにし、叩き潰す勢いで射出した。

 

『珠雫選手! ここで不意打ちィ!』

 

 これが不意打ちなものか。

 そも今は戦いの最中。相手の話を何もせずのんびりと聞いている方が異常極まりない。非難の声など知ったことか。

 自分は彼女の勝利さえできればいいのだ。小綺麗な、騎士道に則った試合などこちらから願い下げである。

 

だが、手応えと呼べるものはなかった。

代わりに響くのは、ガガガッ! という轟音だ。大小こそあれど、低品質の砕氷機で氷を削っているような音が観客達の鼓膜を殴り付ける。

 

「──防御できますから。その点氷結魔術であれば、貴方は一度は守らざるを得ないでしょう? 純粋な質量攻撃を耐えられるだけの肉体が、我々には備わっていないですからね」

 

 否、それは事実砕氷機だった。

 栞と氷柱を隔てるように展開された二枚の水の壁。それが今なお栞に向かい、突撃命令を下されている珠雫の攻撃を削り、砕き、呑み込む。

 

 砕けた氷が栞の視界を覆って、即席の暗幕が出来上がった。

 

(《障波睡蓮》を構成している水の中に超硬度の魔力の欠片を生成した上で、高速循環。攻防一体の壁として仕上げる……)

 

 理念としては《障波睡蓮》に、珠雫のまた別の抜刀絶技……霊装の周囲に超高速で循環する水流を生み出し、対象を切断する《緋水刃》の理念を組み込んだもの。

 それはさながら卸し金。尤も、削り取っているのは大根やショウガなどとは比較にならない硬度を誇る氷であるが。

 

「あと最近、紫苑さんから剣の手ほどきを受けておりまして。槍より、日本刀の方が馴染みがあるんです」

 

「へぇ……それなら、誰かの真似事なんてせず貴方自身の剣術を見せてほしいものですがね」

 

 真似事、の部分の語気を強めた珠雫の毒を含んだ言葉に栞は苦笑する。

 

「まさか。魔術を何も使わない、『素』の私の剣の腕は素人に毛の生えた程度。《瀧華》の末席に名を連ねることも烏滸がましい若輩の身です。その程度の剣で貴方に向き合う事は、貴方にも、そして紫苑さんや薫氏にも、侮辱にしかなりませんでしょう」

 

「──《白夜結界》!」

 

 栞の言葉に珠雫は答えない。当然だ。目の前の自分を倒そうとしてくる敵と呑気に談笑する趣味など、珠雫には存在しないのだから。

 先程までの会話はただの時間稼ぎ。並列して練り上げていた魔術、それの完成させるための。

 

 珠雫が吠えた瞬間、リング状を1メートル先も見えない濃霧がすっぽりと覆う。

 周囲の水を一気に気化させ、霧を生成する伐刀絶技である。だがこの程度の眼眩ましが栞に通用するのかと言えば……意外と通用していた。

 事実、彼女は魔力を一瞬漲らせるが、それが有用に働かぬと察知し中断した。

 

(これはお兄様の想定通り)

 

 月影栞という伐刀者は大きく魔力に依存している騎士である。

 それは何も戦闘スタイルのみの話ではない。気配察知や、単純に周囲の把握にも彼女は魔力を使用する。

 

 言わば自分達が眼で光を捉え周囲を把握し、耳で空気の振動をキャッチするように、彼女は魔力を運用する。それは五感と同等……否、彼女に限れば五感などよりも遥かに優れた感覚器官としての役割を果たしている。

 イメージとしては蛇などが持つピット器官に近しいものかもしれない、との事だ。

 

 一輝や紫苑の様に対象の気配を読み取る方法と類似した、けれど魔と武という真逆の索敵方法。

 

 これに対し、珠雫と一輝は対策会議の中でふたつの対策を考え付いた。

 

『ひとつは月影さんが察知できないほどの《隠蔽技術》を自身に施し、《青色幻夢》といった伐刀絶技で姿を消す方法だけど……』

 

『非現実的ですよね』

 

『そうだね。月影さんはプロアマ問わず、連盟内最優の魔力制御技術を持ち、連盟認可の魔力制御技術測定法でも測定不能(Sランク)を叩き出した人だ。いくら珠雫の腕が並外れていると言っても、彼女を相手に完全な隠密が出来るとは思わない方がいい』

 

『だったら……』

 

 二つ目の策。

 彼女の周囲を『黒鉄珠雫』の魔力ですっぽりと覆ってしまうこと。

 考え方としては軍用機に搭載される『チャフ』や『フレア』のそれに近い。

 当然のことながら珠雫が展開した《白夜結界》は全て『黒鉄珠雫』の魔力で構成されている。その中に紛れ込むことによって、本命である珠雫本体の魔力を察知することを妨害しているのだ。

 

 木の葉を隠すのなら森の中、黒鉄珠雫を隠すのなら『黒鉄珠雫』の魔力によって構成された霧の中、というわけだ。

 

 だがこの均衡は長く続かないだろう。

 栞がこの状況を良しとするはずがなく、彼女がこの状況を打開する手札を有していない筈がないからだ。

 

「《蛟竜蜷局(みずちのとぐろ)》」

 

「っ!」

 

 栞が導き出した解答は単純明快、力尽くで全て吹き飛ばすというものだった。

 

 栞を中心にした渦潮が発生。

 魔力放出による加速を得た水流は天高くまで登り、《白夜結界》に夜明けをもたらした。

 今の珠雫に出来る限りの《隠蔽技術》を施したにも関わらず、渦潮越しに栞と眼が合った。ぞっ、と背筋に寒いものが走った。

 

 だが研ぎ澄まされた闘争本能は、珠雫に攻撃を選択させる。

 

 珠雫の魔力反応を感知した瞬間、栞は後ろに飛びのき《蛟竜蜷局》の内部から脱出。

 極めて微かな、珠雫が起こした魔術の『起こり』を感じ取ったためだ。そしてその反応は極めて正しかったことが、刹那後に証明される。

 

 天にまで上り、デフォルメされた山のイラストをひっくり返したような形を取っていた渦潮が凍り付いたのだ。

 

 《凍土平原》

 

 かつて黒鉄龍馬がミッドウェー海戦にて海域を丸ごと凍らせることにより、米軍を撤退に追い込んだ魔術。単純明快な『凍らせる』だけの魔術のため恐ろしく出が早い。故に事前察知も恐ろしく難易度の高い代物だったのだが……彼女は歯噛みするような事はなかった。

 

 何せ相手はあの月影栞。今大会最優の魔法使いと名高い女であり、自分が格上と認める数少ない者。であるならば当然、自分の術を見抜き回避するなど当たり前のようにやってくる。

 

 珠雫はどうせ見抜かれているのなら《青色幻夢》を維持しているだけの魔力が勿体ない、と魔術を解除。姿を現した。

 

『おい、あの嬢ちゃん空飛んでんぞ!』

 

『し、珠雫選手! そ、空を飛んでいるぅ!? 彼女の能力は《水》である筈、一体どういう理屈で……!!』

 

「……なるほど。自身の四肢に氷を纏わせることで擬似的な飛行能力を得たのですね」

 

『いやいやいや! 月影選手もさも当然のように受け入れないでください! 早乙女プロ! あれはどういう理屈なのですかっ!?』

 

『といっても月影選手が仰った通りなのですがね。……冷静になって考えてみてください。珠雫選手の代名詞となった《水牢弾》。あれは球状にまとめた水を相手の頭部めがけて射出し、溺れさせる技ですが……普通の水がそのような形を取って、相手に飛んでいくなどという事がありますか?』

 

『あるわけないじゃないですか! そんな物理法則を完全に無視した動きをとれるわけがありません!』

 

『その通り。ですが、珠雫選手が生み出した水は……いいえ、伐刀者が生み出した物質はそうではない。それらは術者が魔力を通し、干渉すればその前提をひっくり返すことが出来る』

 

 珠雫がやっている事はまさにそれ。

 自身の四肢に纏わせた氷に『浮遊』の命令を与え、自分自身も飛行する伐刀絶技《青色羽衣(あおいろのはごろも)》だ。

 

 だが、その意図とはなんだ? 観客達の脳裏に疑問が過る。

 

 確かに一輝のような超近距離戦闘特化型の騎士を相手取るならば『飛行』という手段は、それそのものが相手に強制的に詰みを押し付けられる切り札になる。

 しかし栞の十八番は魔術による遠距離攻撃。わざわざ相手の土俵に上がるような真似をどうしてするのか。

 

 ──決まっている。

 

(月影さんは模倣した伐刀者の身体的能力、技能すら再現できる。それはつまり地上に留まり続ければ『全盛期の曽祖父様と斬り合う』ということ。……そうなれば、間違いなく私は負ける)

 

 逃げざるを得なかったのだ。

 たとえ栞の土俵に上がることになろうとも。

 超一流の剣士の間合いに入れば自分は死ぬのだと、百鬼紫苑との戦いで思い知ったから。

 

(彼女を地上に縫い留め、一方的に攻撃し続ける! それしか私の勝ち筋はない!)

 

 水で形作った分身を栞に突撃させる。

 その数は13。いずれも霊装である《宵時雨》を模した日本刀──当然水で成形したものだ──を握り、《緋水刃》の理合を組み込んでいる。

 

 今の珠雫と栞の間には凍った《蛟竜蜷局》がある。

 

 それで視線を遮り、《隠蔽技術》を施して放った。これによって時間を稼ぎ、更に強力な伐刀絶技を放つための時間を稼ぐ──そんな目論見は、栞の魔術の前に打ち砕かれる事になる。

 

《蛟竜蜷局》を貫き、水の弾丸が珠雫を強襲した。

 

「──! 《障波睡蓮》!!」

 

 辛くも珠雫はそれを水の壁によって防ぐ。

 栞が見せた水流を生み出し、循環させる理合を用いて防御力を向上させられたからこそ防ぐことのできた狙撃。

 それの正体に珠雫は当然思い至っている。

 

 珠雫が栞の堅牢な防御を貫くために生み出した伐刀絶技《穿水》だ。

 それもただの《穿水》ではない。彼女はそこに回転する水流を生み出し、直進性と命中精度、貫通力を向上させていた。

 

 たった一度、彼女の前で見せただけ。

 ただそれだけで栞は技を盗み、なおかつその上位互換を編み出した。

 

 さながら兄の《模倣剣技(ブレイドスティール)》のように。

 

 照魔鏡の如き観察眼と、白紙の名を冠する書物の中に蓄えた幾編もの英雄譚によって魔術の改良を施す彼女の技術は《模倣魔術(マジックスティール)》と呼ぶべきもの。

 

 背中に冷たいものが走る。

 

 順々と珠雫が仕掛けた分身達が切り裂かれていく。

 

「旭日一心流・烈の極み。《天津風》」

 

 それは黒鉄家に伝わる護国の剣。

 一切の思考を排し、人体に可能な最高速度、最高効率で剣撃を叩き込む合計108の連続剣。

 

 古来より日本国の守護を役割とし、その血の盟約に従い続けてきた名家が編み出した武の結晶。それを前にして、少女の紛い物が勝利する未来などあるものか。

 

 それは剣の完成を見届けることも出来ず、一殺一刀で切り捨てられた。わざわざ《天津風》を抜く必要すらなかった。そう言わんばかりに、栞は横薙ぎ一閃。

 

《緋水刃》──ただし間合いはリングの隅から隅まで切断できるほどに長い。

 紫苑の《鳳穿花》のように振るわれる水の剣に氷の塔は耐えられない。半ばほどから両断され、リングの上に轟音を伴い砕け散った。

 

(なんて馬鹿げた威力……!!)

 

 間合いも威力も、珠雫のそれとは同じ技を用いているとは思えない。それほどまでに彼女の基礎的技術が洗練されていると言うことなのだろうが。

 

 珠雫は栞に散らされた《白夜結界》の代わりに水の膜を展開する。

 珠雫の霧は栞の索敵を無力化するジャミングと同時に、敵の位置を知らせる探知機でもあった。ジャミングは再度展開しても役割を果たすことは出来ないだろうが、索敵の任はこなすことが出来るだろう。そういう判断であったが──ここで珠雫の闘争本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 

 自身の展開した水が知らせてくれているのだ。

 栞の手には現在、《氷牙》が一振りしか握られていない、と。

 

(そうだ、何を考えていたんだ! 私は──!)

 

 栞が先程使用した剣術、旭日一心流は野太刀、日本刀どちらであっても使用が想定されている剣術ではあるが、『一刀流』であるという大前提がある。

 珠雫が知る限りの龍馬は一刀流の剣士であったため疑問を抱けなかったが、現在、栞は二本の《氷牙》を抜いている。であるなら……残りの一振りはどこにいった!?

 

「《青色幻夢》解除」

 

 珠雫のほど近く。丁度、《氷牙》ほどの長さの日本刀にとっての必殺の間合い。

 そこから、女の声がした。

 

 珠雫は自身の失策を悟る。

 索敵を行うのがあまりにも遅すぎた。栞ならば自分の監視が緩んだその一瞬の間に、分身と入れ替わり《隠蔽技術》と隠形魔術を施し姿を眩ませるなど平然とできるだろうに!

 それがわかっていながら、珠雫は地上にいる栞が本物の栞であると疑わなかった。

 

 ……その対価を、珠雫は支払う事になる。

 

 水のヴェールが剥がれ、刀を振りかぶった栞の姿をその眼で捉える。その四肢を氷の具足が覆っていて、《青色羽衣》すらもあの瞬間に再現に成功に至ったのだと思い知らされた。

 

「旭日一心流──」

 

 だが劣等感を覚えるのも、己の愚挙を叱責するのも、この瞬間にはロスにしかならない。

 

 それを珠雫も理解しているからこそ、《障波睡蓮》で守りを固めるが……《氷牙》が壁と接触すると同時、刀が纏っていた冷気によって水は氷となった。

 流動する守りではなく、ただの壁と成り果てた珠雫の盾。その上から釘をトンカチで打つように、栞は氷の塊を峰に叩きつける。

 

「剛の極み。《火雷》」

 

 珠雫が覆う氷の繭を、刃は容易く打ち砕いた。

《障波睡蓮》の下に重ねるように展開した魔力障壁すらも打ち砕き、妖精が地に落ちる。

 

 旭日一心流・剛の極み《火雷》

 

 本来両腕で振るうはずの刀をあえて片腕で振るい、敵が刀を受けたと見るや否や、残した片手を峰に叩き付け二重の攻撃となす技。

 

 だが栞はこの技を魔術的アプローチを以て改良を施した。

 

 この技は一撃目である刀と、それを上から叩く撃鉄によって放たれる二撃目で構成される武技だ。

 つまるところ刀を叩くものは拳である必要はないのだ。

 

 ならば代替する。

 刀を両腕で振るい、撃鉄の役割を別の何かに委ねたほうが威力は増すのだから。

 

 水の妖精は即座に身を起こし《穿水》によって《天津風》を振るった水の分身を即座に撃ち抜く。

 これで目に見える敵は廃した。ならばあとは、十中八九姿を隠しているだろう敵を撃滅するのみ。

 

 同時、珠雫の索敵に引っかかる敵影がふたつ。

 

「旭日一心流・迅の極み。《天照》」

 

「《剣鯨(イッカク)》」

 

 背後から振りかかるは、旭日一心流の最速の一撃。

 正面から迫りくるは黒鉄龍馬の剣術。対象を凍てつかせた上で突くことで、身体を粉砕する絶対零度の刺突。

 

 そして上からは──

 

「──《鯨体(げいたい)》」

 

 リングそのものを押し潰す程の巨大な氷塊が珠雫に迫る。

 それは珠雫が栞に仕掛けた氷塊攻撃と全く同じ……されど、その規模を極限にまで高めた質量攻撃だ。

 

 大きく、重いものを、高い場所から、ぶつける。

 

 小細工などない、単純明快な暴力。

 

 ──計三つの伐刀絶技によって作り出された包囲網。

《天照》の疾さが回避を許さず、《剣鯨》が身体を気体化させて攻撃を無効化させることを禁じ、トドメに《鯨体》が、完全に退路を断った。

 

「……ようやく詰み、でしょうか」

 

 栞が小さく呟くと同時。

《鯨体》がリングを叩き潰した。

 

 

 

 

『…………これ、生きてるんですか……?』

 

 今の今まで言葉を発することすら出来なかった実況が、絞り出すように吐いたそれは……確認だった。

 人一人に向けるにはあまりにも過剰な攻撃。それも念入りに回避の選択を潰してのそれは間違いなく氷塊の上に佇む魔女の目論見通り、妖精の身体をリングの染みにしただろう。

 

 実況は『それに』と付け加え、

 

『……審判のも攻撃に巻き込まれたのでは?』

 

『その点は問題ありません』

 

 解説を務める早乙女は断言する。元がつくとはいえ、プロの魔導騎士として活躍していた早乙女だ。

 実況よりも遥かに状況が見えている。だからこそはっきりとその眼であのリングの上で何が起こったのかを把握していた。

 

『月影選手がリング外まで避難させています』

 

「ですが……珠雫選手は……」

 

『月影選手、速やかに《鯨体》を解除してください。珠雫選手の安否を確かめます』

 

「承知致しました」

 

 栞はぱちん、とひとつフィンガースナップ。

 

 それだけでリングを埋め尽くしていた氷の塊は消え失せる。その代わりにあるのは氷の十字架だ。珠雫はそこにいた。

 同じく氷の茨によって四肢を拘束され、右腕は皮一枚がなんとか繋がっているという有様で。それでも戦意だけは衰えず、身を捩りながらも栞を睨みつけていた。

 

『こ、これは! 氷塊に押し潰されていたと思われていた珠雫選手が、拘束されている!! 一体どういう理屈だぁ!? それに右腕の傷は……』

 

『あれは《天照》によって斬られた傷ですね。ですが……腑に落ちないのは私も同じです。月影選手、よければお教えいただけませんか。貴方が一体何をしたのか』

 

「はい、勿論」

 

 栞は語る。

《不穢たる矜持》は昨日の加賀との試合において『自身に制限を課すことで身体的・魔力的能力を向上させる伐刀絶技』であると説明したが……あれは正確な説明ではない。

 

「それはゲームで言うところの『バフ』のような運用方法。大半がそういった活用法になりますが……自身に課した制限が極めて大きければ、それに相応する分の制限を相手に付与する『デバフ』のような使い方も出来るんですよ。『私はこれとこれとこれをしません。だから貴方はこれをしないでください』といった具合に」

 

 今回栞が用いた《不穢たる矜持》は自身に恩恵をもたらすものではなく、その全てが珠雫を妨害することを確約するものである。

 

「私が自身に課した制約をざっくりと説明すると『制限内容の開示及び虚偽申告の禁止』『使用する能力の事前開示』『能力・技術的制限』『参照元の限定』。これらを対価として珠雫さんに『《青色輪廻》の使用不可』『《天照》が命中した場合、以後《水》の魔力変換不可』の縛りを課しました」

 

 これが物理的攻撃を悉く無力化する伐刀絶技を持っていながらも珠雫が傷を負った理由、そして今も尚四肢を拘束されている事を良しとしている理屈であった。

 

 そしてこれらの阻害効果については説明義務を負わない。

 何故なら栞の宣言したのは『自身に課した制限を明示すること』それらによって得られた恩恵、そして珠雫にかけられた制限についてはまた別という事になるからだ。

 

「そして《鯨体》については《夢》の能力ですね。実際には今、珠雫さんを拘束している十字架を投下しただけです」

 

 大きなものが自分に迫ってくる。

 それは極めて単純なものの、人間の本能に根付く根源的恐怖を刺激するには十分すぎる代物だ。

 そして《夢》において物の大きさが実際のそれとは全くサイズ感が異なる、と言った事象はありふれたもの。幻覚、幻聴の類はお茶の子さいさいというわけだ。

 

『あの氷塊は見掛け倒し。貴方がやりたかったことは《天照》を命中させた際に発生する、魔力変換の禁止を珠雫選手に強制することだった……』

 

「その通りです。……さて、珠雫さん。聞くまでもないことでしょうが……降参、されます?」

 

「だ、れが……っ!!」

 

 腕を落とされる一歩寸前までの重傷を負い、自由を奪われてもなお珠雫の心は折れない。

 そんなことはわかりきっていた事だった。なにせ珠雫は、栞が解説に乞われ説明している間も攻撃を仕掛けんとしていたのだから。

 

 だが、観客達はそれに気づいていない。

 何故なら栞が《水》の能力を用いて珠雫の身体に干渉し、魔力の流れを常に乱し続けていたから。

 

 刀を持ち切りかかる事も出来ない。魔力を練り術を完成させることも能わない。珠雫に許されたのは、心を折らずにいる事のみ。

 ──今の珠雫は正しく俎上の魚であり、栞はそれを前に包丁を持って立っている。

 

 板前は笑みを浮かべることもせず、ただただ真摯に食材に向き合い、そして。

 

「《不穢たる矜持》宣誓『以降、甲は乙に対し一切の攻撃行為を禁ずる。これは乙が戦闘放棄の意志を見せる、あるいは意識を喪失するまで継続する』」

 

「『『は…………?』』」

 

 故に栞の言葉に、誰もが呆気に取られた。

 

 攻撃行為を禁ずる。攻撃を、しない。

 この七星剣舞祭という騎士同士の戦いの祭典において。刃を収めると、そう宣ったのか。この女は。

 

「月影選手、それは降参の意志と表明したと取って構いませんか?」

 

「いいえ。私が己に禁じたのはあくまでも『攻撃』のみです。攻撃はしませんよ。ただし……攻撃以外は、しますけれど」

 

 審判の言葉に明確な否を示し、栞は二振りの日本刀を手放した。その代わりと言わんばかりに起こった異変に気付いたのは珠雫だ。

 

 己の口に猿轡がされている。

 今更声を封じたところでなんだという。まさかわざわざ口上を述べなければ伐刀絶技を発動できないものだと勘違いしているわけでもあるまいに。

 

 だが、この勘違いはすぐさま払拭されることになる。

 

「気を強く持ってくださいね。死にはしませんが……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この拘束は、珠雫の身体を守るための物だったのだと。

 

 空手になった栞の手が、珠雫の鳩尾へと()()()()。その瞬間だった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 脚の指先から脳天に至るまで、稲妻が走り抜けた。そう錯覚するほどの激痛。

 珠雫の十五年の生涯において一番の物であると断言できる痛みが襲い掛かってきた。

 

 猿轡によって押し殺され、それでも会場に珠雫の絶叫が響き渡った。

 身を捩る。これまでのただ拘束から逃れるための物とは根本から異なる。

 

 ただ痛みから逃れたい。この苦痛から解放されたい。その一心で彼女は暴れる。だが、この拘束を施したのは連盟最優の魔術師。伐刀者どころか、女としても非力な部類に入る珠雫が抜け出せるものではない。

 

 戦闘中に生じたものとは全く異なる、冷たい脂汗。

 珠雫の心は真夏の空の下とは思えないほどの極寒と責め苦の監獄に閉じ込められていた。

 

 尋常ではない事が起こっている。

 観客達はリングの上で行われている事が何なのかはわからずとも、ただ自分と同じ形をした者が常軌を逸した苦しみの最中にあることだけは理解して口を噤む。

 

『な、なんだよ……これ……』

 

『これが…………試合……? こんなこと、していいの……?』

 

 本来であれば観客達の声援と、それを盛り上げる実況の熱気によって席巻されるはずの祭典の会場は今。少女の声にならない絶叫が響き渡っていた。

 

 苦しい。痛い。降参する。だから、もうやめて。

 だがそんな懇願は絶叫にかき消され言葉にならず。

 

 黒鉄珠雫の意識は闇の中へと沈んでいった。

閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)

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  • はよ本編仕上げろ
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