最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第7話

──すぐ近くから聞こえてくる筈の歓声が、やけに遠くから聞こえてくるように思える。

 紫苑は自分の緊張を自覚し、「ふぅぅ……」と大きく息を吐いた。自分の不安を心から追い出すべく、決して広いとは言えない選手控え室の中でストレッチを繰り返した。

 その時だ。こんこん、と扉が軽くノックされる。一体誰だろうか。真っ先に自分の保護者であり、破軍学園非常勤講師でもある西京寧々。あれは非常に大雑把な性格ではあるが、それでいて観察眼にも優れている。自分を心配して、発破をかけてくれたとしてもおかしくはないが……。

 

『紫苑さん、西園寺です。入って良いですか?』

 

 彼女の声を聞いたとき、羞恥と得も言われぬ感情が彼を襲った。しかし、わざわざ来てくれた彼女を自分がそんな状態だから帰ってくれというわけにも行かず、「あぁ」と返して部屋の中に招き入れた。

 

「失礼しますね」

 

 そういって彼女は控え室に入ってくる。精錬された所作だ。彼女の育ちの良さを思わせる。一週間で見慣れた、とは言えないまでも何度も見てきた筈なのに、何故か視線が縫い付けられたように彼女に惹き付けられる。

 しかしそれとは別に、疑問もあった。

 

「……試合は良かったのか?」

 

 そう、予定では彼女は第一訓練場で選抜戦の第一試合(紫苑がいるここは第三訓練場の控え室だ)が入っていた筈。相手は三年生・Cランクの雷使い菅茂信。今年の七星剣舞祭においても出場が期待されていて、決して油断して良い相手でもないのだが……。

 

「はい。私が無名であったことが幸いしまして、すぐに眠らせることができました。私の能力は真正面からの戦闘には向いていないですから、最初が通じなかったら怪しかったですね」

 

 彼女の言うとおり、栞の能力である《眠り》はどちらかというと不意打ちなどで有利に働くため、今回の試合のような真正面からの戦闘は不得手な部類に入る。しかも能力のからくりもわかりやすく、対策も講じられやすい。次からはこう易々と事は運ばないだろう。

 次の試合が憂鬱ですよ、と苦笑する栞は「まぁ、私の話はどうでも良いとして」とばっさりと話の流れを断つ。

 

「紫苑さん、この二日間私の事を避けていたでしょう?」

「うっ」

 

 紫苑が痛いところを突かれたと呻く。

 

 ──紫苑が彼女の胸の中で涙を流してから、一日が経過していた。月曜日から始まった選選抜戦も二日目に入り、明日ぐらいで参加者全員が一度は戦うのではないかという見通しだ。

 

 そして選抜戦中は授業が大幅にカットされるため、普段ならば必ず同じ教室で過ごす二人が会う機会もめっきりと減った。

 それでも同室ならば必然的に会うだろう、と思われるかもしれないが、栞が起きたときには彼の姿はなかった。その上昨日の夕方に彼女の生徒手帳には『今日は寧々のところに泊まる』という連絡が入っていただけという始末。

 これを避けていると言わずになんというのか。

 

「いや、それは。そのどんな顔して会えば良いのかわからなくて。それに寧々に捕まったのはまた事実で……」

 

 しどろもどろになりながら答える紫苑に、栞はくすくすと囀ずるように笑った。そしてそのあと……、

 

「──良かった」

 

 と、安堵の表情を見せた。

 

「西園寺……?」

「紫苑さんがあんな経験が初めてで、私にどういう態度をとれば良いのか計り兼ねているのはわかってましたから。ひとまず静観しておこうとは思っていたんです。ですけど……試合の前にはどうしても顔を見ておきたくて。でもその心配はいりませんでしたね」

 

 彼の表情は──見違えた。

 これまでは傍で見ていなくては壊れてしまいそうな危うさがあった。それが今は、なくなった……とは言えないまでも遥かにマシになった。彼が努力して得た強さはそのままに、前述した危うさだけがかなり切除された。

 

「……これなら私が胸を貸した甲斐もあったというものです」

「……それで思い出したんだが。俺を抱き枕にする必要はあったのか?」

「私って何か抱いてないと安眠できないんですよ。これは恩に着せて抱き枕にする事を許してもらうしかないな、と思いまして」

 

 そう、彼女にしては珍しい悪戯好きな猫のように笑う。……それが、自分に負い目を感じさせないようにする気遣いだというのも、今ではわかる。

 

「これを機会に、時々抱き枕になってくれても良いんですよ?」

「勘弁してくれ」

 

 そんなことをやられてしまえば自分の心臓が持たない。ただでさえ彼女に抱き締められてから目覚めたあと、心臓がこれまでにないくらい早鐘を打ったのだ。あれがもう一度二度あるなど、御免被る。

 

『──時間になりました。二年、百鬼紫苑選手。入場してください』

 

「時間……ですね」

「あぁ」

 

 紫苑は立ち上がり、剣気を迸らせた。彼を起点とし、空気が痺れる。

 これから対峙する相手を考えればそれも当然だろう。

 彼の此度の敵は現在破軍学園最強の名を持つ、黄金の雷を纏う女剣士。

 

 《雷切》東堂刀華。

 

 決して油断していい相手ではない。破軍学園最強の名は伊達ではなく、昨年の七星剣舞祭でベスト4という成績を持つ生粋の実力者だ。

 だというのに、どうしてだろうか。

 

 ──不安が微塵もない。

 

「西園寺」

「はい。なんですか?」

「……ありがとう。助かった。──勝ってくる」

「……! はい、ご武運を」

 

 右手を軽く上げて、リングの方に向かっていく紫苑を栞は見守った。

 

◆ ◆ ◆

 

「──ただいま戻りました」

「あぁ、おかえり。どうだった? 様子は」

 

 栞は彼を見送った後に、客席に戻ってきていた。そこには黒鉄一輝、ステラ・ヴァーミリオン、黒鉄珠雫、有栖院凪と先日のショッピングモール襲撃事件を解決した面々が揃っていた。

 栞は彼のところに行く前に、彼らに自分の席の確保を頼んでいたのである。

 

「杞憂でしたね。勝ってくる、と言われましたよ」

「凄い自信ね。でも大丈夫なの? 相手はこの学園最強の騎士なのに」

 

 そう言うのはステラ・ヴァーミリオンだ。それに同調するように珠雫も有栖院も頷く。彼らは紫苑と話したことが一回か二回ほどしかない。だからこそ彼らは伐刀者の社会的地位がFランクという最低クラスであること、そして彼が黒鉄一輝がステラ・ヴァーミリオンを打ち倒したようなジャイアントキリングを先日成し遂げたということくらいしか知らない。

 故にこそただのFランクではないと重々承知はしているが、彼の具体的な能力・戦闘力については依然として不明なのだ。

 

「それは見てのお楽しみ、という事で。……といっても私も剣術には疎いですから。黒鉄さんの解説に期待してますよ。よろしくお願いしますね」

「あはは、うん。期待に応えられるように頑張るよ」

 

『さて、お待たせしました! 選抜戦二日目の試合も今回でいよいよラストの試合を開始させていただきます! 実況は引き続き私、月見と折木──』

『じゃなくて、ウチ。西京寧々がやってくよぉ。よろしくぅ~』

『うっそ!? 西京先生!? 折木先生はどうしたんですか!!?』

『さっき廊下で血ィ吐いてたよ。あまりにもしんどそうだったからウチが変わったってわけ。それと個人的にこの試合は超、超、ちょーーーー楽しみにしてたからね。ウチの弟弟子、妹弟子の対決だからさぁ。──さぁ紫苑、目にもの見せてやんなぁ!!』

『あ、ちょっと勝手に進めないでくれません!!?』

 

「──あぁ」

 

 ぐだぐだな実況解説など些末なことだと、百鬼紫苑が入場してくる。その瞳は静謐に満ちた湖が如く。一切の無駄な力みはなく、ただ自身の対面から出てくるであろう敵の方を見据えている。

 

『あぁもう! 赤ゲートより姿を現したのは、二年、百鬼紫苑選手!! 実は昨年度に入学していましたが、去年の五月中に自主退学しており、公式戦への出場記録は一切なし! あまりにも謎に満ちたこの学園二人目のFランク騎士! 先日のショッピングモール襲撃事件において、Aランク級相当の戦士を斬ったと噂されていますが、それが真実なのかどうかはこの試合で明らかになるでしょう!!』

 

 彼が出てきたときから、実況が紹介するまでの間、つい前までは歓声が満ちていた歓声はついぞとしてあげられることはなかった。それは彼が胡散臭いということは勿論あったけれど、それ以上にこの会場のほとんどの人間が、彼女に期待を寄せているからだ。

 

『対するはこの昨年度の七星剣舞祭のベスト4にして、この学園最強の騎士。あまりにも強烈すぎたゆえ、そのまま彼女の異名にもなった神速の魔剣《雷切》。此度もその伝家の宝刀が、敵を打ち倒すのか──!! 三年、東堂刀華選手で──え?』

 

 歓声が満ちようとしていた観客席、そしてそのボルテージをさらに引き上げようとする実況者。その全てが、彼女の様子を見て沈黙した。

 その姿は、彼女を知っている者からすれば異様だった。

 これまでの東堂はその身に確かな戦意を持っていたが、それを決して表に出すような騎士ではなかった。だというのに今の彼女はどうだ。

 全身には、バチッ、バチッという音をたてながら抑えきれない魔力が溢れ出ている。そしてそれ以上に溢れ出す殺気が、会場中に放たれ、観客達を否応なしに黙らせる。

 

「……一年間、待ちました」

「あぁ」

 

 わずかに言葉を交わす。

 西京が言った弟弟子妹弟子という関係。そして彼が破軍学園を去ってからの事。東堂には語りたいことが色々あった。が、彼の前に立った瞬間、それらが、言葉が不要なものだと思えた。

 

 ──語るのならば、剣で。

 

 彼が先の言葉に答えるようにそう発したような気がしたのだ。そして自分がそう受けとることを、彼は確信していたのだろう。ふはっ、と普段は見せないような野蛮な笑みが零れる。

 彼らは共にリングの開始線上に立つと、己の魂の具現を呼び出した。

 

「来て、《鳴神》」

「咲け、《亡華(なきばな)》」

 

 ──その形状は共に鞘に納められた日本刀。

 しかし与える印象はまるで対極。

 東堂刀華の霊装《鳴神》が熟練の刀匠が鍛え上げた、美しき日本刀であるとするならば。

 百鬼紫苑の霊装《亡華》は地獄に降り積もった怨嗟が呪いとなって、日本刀の形になったように思える。現に《亡華》は赤黒い靄のようなものを纏っており、それは一時として同じ形状を保っていない。

 

 共に臨戦態勢。

 それを確認した審判が、頷き、実況の方に目をやる。

 

『それでは──試合開始!!!』

 

 実況が戦いの火蓋を切った。その瞬間、

 

「──《建御雷神(タケミカヅチ)》」

 

 黄金の雷が会場を覆い尽くし、瞬間、まさに雷がリングに落ちたような轟音が響き渡り、観客達がリングの姿を確認できるようになった頃には──百鬼紫苑が会場の壁にまで吹き飛ばされていた。

 

 そしてリングの上に立っているのは──《雷切》。

 

『な、なんとぉぉぉぉぉ!? 会場中を覆い尽くすような雷が走った瞬間、百鬼選手がリングの外にまで吹き飛ばされていたぁ!! 私、実況を任されておきながら何が起こったのかを、さっぱり理解できませんでしたぁ! 西京先生、先ほど東堂選手は一体何をしたのでしょうか?』

『んー、つってもやったことは単純だぜ? とーかが紫苑に向かって全力で突っ込んでいったんだよ。イメージとしちゃ、レールガンがわかりやすいかな。まぁ、あいつは自分自身を弾丸のしたんだけどさ。でもな──』

 

「……狸寝入りなんてしていないで、早く上がってきたらどうですか?」

 

 彼女の言葉を引き継ぐように、彼は倒れ伏す紫苑に向かって語りかける。見た目の派手さに対して、東堂の表情は暗い。

 

(防がれた……!)

 

 それは先ほどの一撃が、彼には到達していないと確信していたからだ。自身の持つ刀から伝わってきたのは肉を貫いた感触ではなく、硬質な何かに阻まれたようなものだった。その上彼は、衝撃の瞬間に後ろに跳躍することで、幾分か衝撃を減らした。

 

 観客の多くは知る由もないことではあるが、彼の霊装である《亡華》は刀の形状を持っているものの本質的には『霧型霊装』と呼ぶにふさわしい代物だ。故に刀の形など見せかけでしかない。

 その特性を活かし、先ほどは刀と鞘の形状を自分を覆う球のように変化させ、《建御雷神》を防御してみせた。

 

「……さっきの技は知らない技だな」

「《建御雷神》。原理は先ほど西京先生が説明してくださった通りです。生半可な霊装であれば貫けるほどの威力は持っているんですが……」

 

 《建御雷神》は彼女の習得した伐刀絶技の中で随一の威力を誇る技。そも威力は彼女の言うとおり、生半可な霊装であればそのまま砕けるほど。そして紫苑は総魔力量の少なさが災いして、彼女の言う生半可な霊装に相当する。だというのに砕けなかった……それは彼がそれを瞬時に判断し、かの一撃を防ぐ最適解を叩き出したからに他ならない。

 

「一枚の盾で防げないというのなら、盾を何枚も重ねればいい……単純だが、真理だろう?」

「違いありません」

「それで……反動はもう収まったか?」

 

 ──見透かされていた。

 そう、《建御雷神》には明確な弱点がある。それが反動だ。

 その技は強力無比であるため、それに見合った反動が襲いかかってくる。しばらくは満足に利き手を動かせないほどの衝撃が襲いかかってくるのだ。しかしこれでもかなりマシになった方で、昨年までは腕の骨が砕け、肉が割け、といった有り様でとてもではないが使い物にならなかった。

 

(状況はあまり良くありませんね……)

 

 《建御雷神》は初見殺しじみた……けれど自分の渾身を込めた技だった。彼の知らない技で、彼が剣を振る前に終わらせてやろうという一撃。確かに見た目は派手だったが、その実、彼には何一つ痛撃を与えられていない。

 

 だが──

 

(簡単に勝てるなんて考えていません)

 

 流石に《建御雷神》で仕留められなかった場合の事を考えていなかったわけではない。

 次点の策はある。だが、それを敢行するには大きなリスクを伴う事は刀華は百も承知だ。

 

 東堂は眼前の相手を見据える。

 ──百鬼紫苑。

 剣にも魔術の才能もなにもなかった男。されどその全てを血が滲むようなという言葉すら生温い努力で覆した、努力の鬼才。

 彼の剣術はもはや人間のそれを超えて、神の領域にすら肉薄している。剣術のみであれば自分は数段劣っているのは間違いない。

 だがそれは()()()()であればの話。自分の雷の魔術と、南郷寅次郎仕込みの剣術であれば彼に迫ることもできよう。

 

 改めて刀華が剣を構えた、その時だ。

 眼前から迫る『死』に刀華は気づいた。

 

「フッッッ!!!」

 

 それを辛くも彼女は抜刀術で叩き落とした。刀を伝って衝撃が彼女の全身を駆け巡る。その技を、彼女は知っていた。

 

 それは《瀧華一刀流繚乱勢法》の絶技のひとつ。飛翔する不可視の刺突──《鳳穿花(ほうせんか)》。

 その刺突は並みの銃弾よりも早く敵を刺し穿つ、紫苑の持つ数少ない遠距離攻撃だ。

 

 その技を撃った意図を彼女はすぐに察する。

 

(抜かされた!)

 

 そう、それは実況も言った自身の伝家の宝刀……《雷切》を殺すための前座の一撃。

 《雷切》は言ってしまえば《鳳穿花》を迎撃したときに使ったのと同じ抜刀術だ。そして抜刀術の名の通り、刀を鞘に納めてから抜き放つ一撃であるからこそ既に抜いた状態であれば使用することができない。

 

 本命は──、

 

「シィ──!!」

 

 烈帛の気合いと共に繰り出される《亡華》そのものによる剣閃だだ。

 それを刀華は辛うじて迎撃する。

 

『あぁぁっと! ここで百鬼選手仕掛けたァ!! 東堂選手から離れた距離から刺突を繰り出したかと思いきやすぐに突っ掛け、霊装を使った一閃! は、速い!』

『いや、一閃じゃねぇ。一撃だけなら刀華は軽く迎撃できる筈だ』

 

 刹那に遅れて響くのは都合五つの刃と刃が奏でる音色。

 瞬きする間に繰り出された速さは神速と呼ぶに相応しいものであり、既に常人の眼に止まることはない。実況を任されている月見は勿論、この場所に来ている者の大多数はそれを追うことすらできなかった。

 それを追うことができたのは──、

 

「速いわね……まさかあの生徒会長が、迎撃するのでやっとだなんて」

「あぁ。流石の剣筋だ。僕だって真正面から戦ったら勝てるかどうか怪しいね」

 

 黒鉄一輝やステラ・ヴァーミリオンと言った近接戦闘にも優れた傑物達だけだった。

 有栖院凪や黒鉄珠雫も十分に傑物と言っていい者達だが、彼女達はどちらかと言えば魔法戦を得意とするため彼らの剣を追うことはできなかった。

 

「しかも東堂さんが複数の伐刀絶技を併用してようやく迎撃できているのに、紫苑さんは基礎的な魔力放出の技術によってあそこまでの速さを実現できているということです。剣術のみならず、魔力制御技術も極めて優れていますね」

「でも西園寺さん。彼の魔力制御技術はステータスではD-となっていた筈です。そのステータスは平均的、いえ並みよりは下回っている筈では……?」

「いや、それは違うな黒鉄妹」

 

 珠雫の疑問に答えたのは、いつの間に来ていたのか、一輝達の横に立っていた破軍学園の理事長である新宮寺黒乃だ。

 

「破軍学園の……というよりは連盟の魔力制御技術の測定方法は、魔力伝導の良い素材で作られた特殊な粘土を、手を使わず魔力放出のみでこねくり回すことだ。それの精密さによってステータスを決定している」

「あ……」

 

 それにはっとしたように珠雫が顔をあげた。

 

 魔力を放出し、瞬間的にパワー・スピードを上昇といった技術──先程からも出てきた、世間一般で魔力放出という技術は普通の伐刀者ならばいざ知らず紫苑や一輝のような総魔力量が平均を大きく下回るような者にとってはロスの多い運用法とされている。

 

 現に一輝が紫苑と同じように自分の魔力を運用しようと思ったのなら、二、三回ほどでガス欠になってしまうだろう。

 だから彼は魔力を運用するために伐刀絶技という枠を作り、その枠の中に魔力を注ぐことによって非常に効率良くそれを運用している……が、それはそうするしかなかったと言っても良い。

 《一刀修羅》という極めてピーキーな伐刀絶技を運用するためだけの訓練を行い、その他全ての時間を一輝は武術を修める事に費やした。

 

 だが、紫苑は違った。

 

「気付いたようだな。アイツは自分の魔術の素養が絶望的だと知っていたが、そこから目を背けなかったんだろう。そして《努力》した……『できないのであればできるようになればいい』と」

 

 一輝のように剣術の才能があったのならば、魔術を捨て、剣の道を極める事に腐心したのだろう。

 だが、彼には何もなかった。拠り所にできるような才能など、何も。しかし何もなかったからこそ、彼は剣も魔術もどちらも極める事ができたのだ。

 

「しかもまだ《瀧華一刀流》しか使っていません。……これからですよ。《瀧華一刀流繚乱勢法》の真骨頂は」

「シオリは知ってるの? アイツの使う剣術……」

「えぇ。

 ──《瀧華一刀流》。開祖は瀧華想厳。瀧華家は元は黒鉄さん達のご実家、黒鉄家の分家であり、そのルーツは黒鉄家に伝わる旭日一心流と薩摩藩士・薬丸兼陳が編み出した薬丸示現流に持つとされ、そこに彼の思想が取り込まれ完成した剣術です。

その特徴は圧倒的な速さと剛擊。現在東堂さんが彼の剣を防ぐのに精一杯になっているように、そもそも相手に剣を振らせることなく圧殺することを主眼に置かれ、その攻撃的な性格から『超攻撃特化型剣術』と呼ばれています。そしてそこに《瀧華一刀流》剣士・瀧華薫が自身に合うように改良したものこそが、彼の使う《瀧華一刀流繚乱勢法》です」

「改良?」

「そこからは僕が引き継ぐよ。《瀧華一刀流繚乱勢法》はさっき西園寺さんが言ってくれた瀧華薫さんが《瀧華一刀流》に自身の伐刀者としての異能を組み込んだものなんだ。その能力は……《倍化》だ」

「《倍化》……? 《倍化》ってあの《倍化》よね? ウチのクラスではカガミが使う……」

 

 《倍化》

 その名の通り、物の数を増やすことを可能にする能力だ。それは主に無生物に及び、生物には自身を除いては使用できない。使用法は前述した物の数を増やす事、そして自分に使う場合は主に分身といったものがオーソドックスである。

 概念干渉系に分類される能力ではあるが、その中では珍しくオンリーワンの能力といったわけではなく、先程ステラが言ったカガミ──破軍学園新聞部部長・日下部加々美もまた《倍化》能力の使い手だ。

 

「うん、日下部さんなら修練すれば《瀧華一刀流繚乱勢法》を使えると思うよ。

 話を戻すね。瀧華薫氏は剣の才能はずば抜けていたけど、魔術の才能は平均より下で、分身という術を使うことはできなかったんだ。だからこそ彼女は自分を増やすのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが自分の能力と自分の剣術を噛み合わせる術だと確信したからだ」

 

 斬擊の数が増える。間合いが伸長・短縮される。

 それだけ聞けば地味だと思うかもしれないが、近距離(クロスレンジ)の戦闘においてその『それだけ』がどれほど凶悪なものであるか。

 しかもそれが『超攻撃特化型剣術』と謳われる《瀧華一刀流》に加わるのだ。そんな剣術の使い手と剣戟を成立させる事がどれほど困難なことか、一輝は理解していた。

 

「それにしても、西園寺さん詳しいね。僕の解説なんて要らなかったんじゃないかな」

「まさか。私が知っているのは彼の剣術……それも歴史や成り立ち、理念と言った知識だけですから。深奥の、剣客のみが理解できる領域についてはさっぱりですよ」

 

 栞は肩を竦める。

 その横で考え込んでいた珠雫が「あの……」と声をあげた。

 

「百鬼さんの能力は《努力》であった筈ですよね。ならどうして……《倍化》能力を前提にした《瀧華一刀流繚乱勢法》が使用できるんですか?」

「それは私が答えようか」

 

 と言ったのは新宮寺である。「といっても、これは百鬼の保護者である寧々から聞いた話なんだが」と前置きした上で続ける。

 

「私も信じられなかったのだが……アイツは己の《努力》によって、《倍化》の異能を後天的に身につけたらしい」

「後天的に別の異能を!? そんなの信じられるわけが……」

「あぁ。私も信じられなかった。だが事実だ。それは南郷先生も保証していることらしい。

 ……あらゆる不可能を己の研鑽によって覆し、道理を踏み潰し、突き進む。それがアイツが生来から持っていた唯一の伐刀絶技──《運命踏破(プルスウルトラ)》だ」

 

 新宮寺がそう言ったとき、目の前のリングで試合が動いた。

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