最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第8話

 ──一際激しい鋼の音色。

 それが会場中に響き渡ったとき、東堂刀華が自身の必殺の領域から叩き出され、たたらを踏んだ。

 

「くっ……」

 

『っと、東堂選手! クロスレンジから追い出されたァ!! 東堂選手、何もさせて貰えない! 防戦一方! そこを百鬼選手が追い立てるゥ!!』

 

 数十合と繰り返されてきた剣戟。それを辛うじて成立させているのは、東堂の雷の異能──それを利用し開発した伐刀絶技によるもにだ。

 相手の脳の電気信号を読み取り、相手の取ろうとする行動全てを先読みする《閃理眼(リバースサイト)》と雷の魔力を全身に流すことによる身体能力強化《疾風迅雷》。それを常時発動させ、ようやく剣を交えていることができている。

 

 対し、紫苑は栞が言ったように《瀧華一刀流》で相手をしていた。

 《努力》によって後天的に身につけた《倍化》の異能──それを使わない、何年もかけて作り上げた堅牢な基礎の上に、同じく幾年もかけて積み上げてた今までの彼の研鑽の成果。

 稲光を纏う東堂に比べれば決して派手な代物ではない。されどその飾りっ気のない、努力の果てに会得した質実剛健な剣こそ彼の真の強さであった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 荒い息を吐く。

 《亡華》に作られてきた傷跡から零れる血液が、少女の周りに赤い斑を作る。

 これまで繰り返されてきた火花の応酬で、東堂は彼に幾度も切り裂かれていた。決して致命傷と呼べるような傷ではないが、それらはじくじくと彼女の脳に確かな痛みを訴えていた。

 そしてこれまでの自分の剣は悉くが彼の肉体に達する前に弾かれ、薄皮一枚切り裂くことも叶わぬ始末。

 だが、己の弱さに歯噛みする時間すら目の前の剣士は与えてくれない。

 

「シィ──ッ!」

 

 一呼吸の間に距離を詰め、烈帛と共に繰り出される一閃。その所作は戦いの途中であるというのに、見惚れるほどに美しい。

 

「ヤァァァッッ!!」

 

 だがそれを東堂もまた叩き落とす。それと同時に自身の魔力を、刃同士がぶつかり合った瞬間に彼の肉体へと注ぎ込む。

 僅に鈍る剣筋。だがそれを些事だと言わんばかりに、その剣技は更に激しさを増す。そのひとつひとつを彼女は細心の注意を払い、か細い糸に針を通すように雷撃を彼の身体に流し込む。

 

 この伐刀絶技とも呼べない雷が、彼女の命を繋ぐ綱の役割を確かに果たしていた。これがなくては、今頃彼女は地に倒れ伏していただろう。

 だが彼がこれに適応し、自分の素っ首を跳ね落とすのにさほど時間はかかるまい。

 

 ──百鬼紫苑の攻略法として真っ先に思い付くのは、彼の魔力の少なさという弱点をついた持久戦だろう。だが彼女はそれを真っ先に捨てていた。

 それは彼の魔力切れまで、あの怒濤のような剣に自分が耐えられる技量がないと判断したが故の事である。耐えきればいい、などという生半可な覚悟では自分はあの荒波に呑まれ、切り刻まれてしまうだろう。

 

 ──そうなる前に決着をつける。

 

 それこそが嵐の海に呑まれてもなお見える唯一の光明。

 

 否、そうではない。

 彼は最強の剣士ではあるけれど、決して無敵ではない。

 だからこそ策を弄すれば勝機はいくらでも生み出せただろう。それでも自分が、彼を相手に剣で挑もうとするのは。笑ってしまうくらい下らない理由。

 

(私は勝ちたいんだ。あなたに、私が磨き上げてきた剣で!)

 

 それが相手の土俵だろうと、それは自分も同じだ。刀の間合いこそ東堂刀華(雷切)の領域。自らの領土から逃げ出す領主がどこにいようか。

 

「ハァァァ──ッッ!!」

 

 意を込めた一撃。されどそれすら取るに足らぬと、百鬼紫苑は黄金の雷撃を纏う剣を容易く去なす。

 致命的な隙。たとえ《疾風迅雷》で身体能力が強化されていようが、彼女の剣の戻しでは紫苑の剣には追い付けない。翻った黒き凶刃が東堂の首を刈り取らんと迫ったが──、

 

「こん、のぉ──ッッ!!」

 

 彼女は再び既のところで叩き落とした。

 観客達が悲鳴にも似た歓声を上げる。

 

『あっぶねぇ! ギリギリ間に合ったか!』

『でも会長の剣、戻りの途中ですげぇ速くなったような……いや、元からすげぇ速かったけど……』

 

 それを可能にしたのは、観客の一人が指摘したように戻りの途中での刀身の超加速だ。

 自身の一定範囲に特殊な磁場を展開し、特殊な斥力と引力を発生させ、高速の切り返しを可能とする伐刀絶技──《稲妻》だ。

 これほどの超加速を得る代償として手首に尋常ではない負担がかかるものの、普通の剣戟に織り交ぜれば相手のリズムを崩すことができる。それにこの技は使用せずとも、その存在をちらつかせるだけでこの技の目的──相手のリズムを崩すことは達成している。

 だが、その防御すらも彼の心に波紋を生むことはない。

 自分がかの一撃を防ぐことすらも、予想の範囲内だとでもいうのか。彼女は思い、そしてすぐさま理解する。

 

 かの一撃を防ぎきる事は叶っていなかったのだと。

 

 首に痛みが走った。

 そこから零れるのは、人肌の温度を持つ特徴的な液体。

 血液だ。それがまるで噴水のように吹き出し、今度こそ首を飛ばすと意を込めた一刀を振るおうとしていた紫苑の白い髪を汚す。

 

「あ、ぐ……セェアッッ!!」

 

 大きく剣を振り、鬼神を自らの領域より僅に引かせることに成功した。

 

『防いだと思ったより刃は東堂選手に達していたァ! しかし、西京先生、こちらからも百鬼選手の剣は東堂選手に届いていないように見えたのですが……?』

『確かに《亡華》は防いだけど、《瀧華一刀流繚乱勢法》による斬擊範囲拡張による不可視の刃は防げてなかった。それが首にまで達したんだろうねぇ。……紫苑の奴、刀華とこれ以上剣を交えんのはヤベェって判断したんだろうね。マジで潰しにかかるぞ』

 

 西京が説明したように、彼女の首に刃を届かせたのは《瀧華一刀流繚乱勢法》の特徴の一つである斬撃範囲拡張。名すら持たぬ技ではあったけれど、彼女の首に刃を届かせるには十分だった。

 それでも即死に繋がる動脈にまで不可視の刃が達しながらも致命傷を免れたのは、彼女の神ががった剣技あればこそ。一流の伐刀者でありなおかつ一流の剣士だったから、この程度で済んだ。かの一撃を防げる者など、この学園に5人も居まい。

 

「────」

 

 そして圧倒的な技量と力によって少女に死を下さんとした男は、仕留めそこなったと歯噛みすることもなく、試合を左右する一撃を彼女に浴びせたことを喜ぶでもなく、終始緘黙を貫いていた。

 彼の心中は《瀧華一刀流繚乱勢法》の荒々しさとはまるで対称的。それは静謐に満ちた湖面が如く。

 どれだけこちらが手管を弄そうと《閃理眼》で見る彼の心はまるで揺らぎやしない。ただ目標に向かって真っすぐに、勝利という名のゴールを目指し、突き進む。彼の心にあるのはただ一つ。

 

『お前を斬る』

 

 ただそれだけの純粋な殺意。

 不純物のない、黒き刃でこちらの命を刈り取ろうと迫る。

 

(やはり……こうしなければなりませんか)

 

 魔術と剣術を併用し、やっと彼の剣術についていくのが精々と言った自分の実力。それを痛いほど実感した彼女が打つ策は──彼女としても使いたくはない策であった。

 何故ならこの策は《武御雷神》以上に安定しない技、いや、技とも呼べぬものを使わなければいけなかったから。最悪、自分の身体に大きな障害が残ってもおかしくはない、乾坤一擲の大博打。

 だが、そうしなければ目の前の黒き鬼神の首を跳ね飛ばす事ができぬというのなら彼女は迷わずそうする。それほどまでに──目の前の男に勝ちたいのだ。

 

「──行きます!」

 

 宣誓し、上段からの振り下ろしを見舞う。

 それは有らん限りの殺意を込めて振り下ろした乾坤の一刀。

 その決意の通り、この一刀には彼女の魔力によって強化された膂力、技量、その全てが込められた全身全霊。その太刀筋は美しく、破軍学園の中で最も純粋な剣客であろう一輝も見惚れる程である。

 だが──、

 

(駄目だ──!!)

 

 同時にその失策をも悟った。

 彼女の一撃は美しい。なるほど、その一刀ならば《瀧華一刀流繚乱勢法》の太刀をも追い越せるだろう。しかしそれは()()()()()()()()()()()()()()

 

 間隙を縫うのではなく、間を空けての単擊。そこに全容を晒すのに充分な間合いを設けておいては、近代兵器による弾丸の雨だろうと彼を捉えることは叶うまい。果てには不意を打つのならばまだしも、わざわざ宣誓しての一撃ならば『自分は隙を晒しますので、どうぞお好きに斬ってください』と言っているようなもの。

 彼女の行いは、蛮勇を通り越して身投げに等しい。

 

 だが、何故。

 

 彼女だって剣士だというのであれば、その程度のこと理解しているはず。だというのに、どうして──。

 

 それは彼女と相対する紫苑も理解していた。

 故にこそ彼は寸刻の間、眉を怪訝そうに眉をひそめたものの、その愚挙は自身の命を以て贖うべしと、

 

 ──《比無菊》

 

 《瀧華一刀流繚乱勢法》の中でも更に疾い、神速の抜刀によって彼女の剣を容易く叩き折った。

 《鳴神》の刀身が宙を舞う。それには視線をやらず、今度こそ首を跳ねてやると無音の刃を走らせ──、

 

「──ッ」

 

 彼の研ぎ澄まされた生存本能が己の《死》を感知し、思考よりも早くそれを叩き落とした。

 響くは鋼同士がぶつかったとは思えぬ不協和音。彼が刃にて弾いたもの──それはもはや刀の体をなさぬ《鳴神》の柄だった。

 彼女の最後の足掻きすら、彼は容易く打ち落とした。

 

 障害は全て退けた。

 再び彼の魔剣が寸部たがわず彼女の首の傷へと迫り──それを容易く切断した。血が先ほどとは比べ物にならないほど噴き出し、リングを赤く汚していく。悲鳴が観客席から響いたが、集中という深海にいる彼は気にも留めない。

 宙を舞う東堂の首を視界の隅で捉えながら、確実に息の根を止めてやると身体を両断しようと《亡華》を振るい、そして──。

 

 ──()()()()()()()()()

 

 逆袈裟に自分の身体を切断される、明確な《死》の光景。

 それは刹那の先に自分に訪れる絶対的な終わりであり……自分が先ほど終わらせた少女が凶刃を握っていた手には、()()()()()()()《鳴神》()()()()()()()

 

「──《雷切》」

 

 雷すら斬って落とす、伝家の宝刀が放たれた。

 

◆ ◆ ◆

 

 視界を埋め尽くす閃光。共に落雷のような轟音が観客達の鼓膜を殴りつけた。

 雷を切断すると謳われる彼女の最速の抜刀術を、超至近距離から見舞われれば流石の紫苑でも回避しきれることはできない。それでも彼の本能はそれに対する最適解を導き出し、なんとか致命傷を負うはずだったところを重傷で抑えた。

 

『マジかよ、刀華……イカレてんぞ……』

『な、何が起こったんですか先生!? 東堂先輩首切られて死にましたよね!?』

『あァ。確かに刀華は首を斬られた。でもおっ死んじゃいねぇし何も終わっちゃいねぇ』

 

 見な、と実況者に顎でリングの方をしゃくってやれば、そこでは信じられない事が起こっていた。

 彼女の切断された首よりも上、頭部が雷になったのだ。いや、雷だけではない。首を切断され、噴水のように溢れていた血液すらも雷へと変じた。それは先ほど《雷切》を放った首のない東堂の元へと集まり──それは東堂の頭へと変化したのだ。

 

「──己の身体を魔力化し、再構成する術か。……化け物め」

「それはこっちの台詞です。こっちは自分の刀と首まで犠牲にしたのに五体満足って……馬鹿げているにも程がありますよ」

 

 逆袈裟に大きく切られた自分の傷を押さえながら紫苑が言うと、東堂は苦笑する。

 

「殺ったと思ったんですが。どうして気付いたんです?」

「勘だ。あのまま剣を振れば負ける気がした。だから退いた。言ってしまえばそれだけだ」

「獣じみているというかなんというか……」

 

 相も変わらず埒外の生存本能だ。もはや彼の勘──否、闘争本能と生存本能は自分の《閃理眼》と同等。いや、それ以上の性能を誇っているのではないかと思ってしまう。それほどまでに研ぎ澄まされた理由も、大方察せてしまうが。

 

「ですが、貴方に重傷を与えることはできました。対して私は《雷王転変(らいおうてんぺん)》によって、貴方が与えた傷の全てを癒しました」

「……そうだな」

 

 彼女の言う通り、紫苑は戦闘に支障が出るほどの重傷を負った。そして東堂が先に行ったような治癒を行う術は……ないとは言えないが、それは瀧華薫が使えるものではなかった。ただの鍛錬を効率よく行うために彼が必要に駆られ、致し方なく編み出した技であるため使いたくないのが正直なところである。

 

 『《瀧華一刀流繚乱勢法》ではない技は使わない』

 それは彼がこの道を志したときからの矜持のようなものだった。

 

 そして彼女が言うように東堂は自らの身体を雷へと変じさせることで、肉体を無傷の状態に再構築してしまう。それほど彼の刃が鋭かろうと、あらゆるダメージが瞬時に治癒されては意味がない。ただの徒労である……と、普通ならば考えるのだろう。

 現に東堂が紫苑に傷を負わせたことで、観客達は沸いている。

 

「しかし、その技。《雷王転変》と言ったか? そう乱用はできないだろう? それに霊装を叩き折ってやったのも随分と効いていそうだ。発動出来てそうだな……あとニ、三度と言ったところか」

 

 ──伐刀者が伐刀者足りえる理由である霊装は、魂が武装などの形に具現化したものであるというのが通説だ。

 故に、先ほどのように霊装を打ち砕けば術者には相応の精神的ダメージが行く。並大抵のものならば霊装を破壊された時点で意識を失ってもおかしくないのだが……流石は《雷切》というべきか。

 膝すらつくことはなかったが、それでも相応の痛打を与えたとみてしかるべきだろう。

 

 加えて先ほどの《雷王転変》だ。肉体を魔力化させ、再構成するという術がそう易々と繰り出せるわけがない。それを実現させるためには人体に対する深い造詣と、そして何より並外れた魔力制御技術を必要とする。

 東堂は魔力制御のステータスはBと確かに優秀ではあるが、この技を実現させるためには連盟基準で最低でもAは必要だろうというのが紫苑の見立てである。それを強引に成立させるのであれば、成立させるために如何程の無茶を通したのか。

 

 加えて、と彼は続ける。

 

「剣士にとっては至上の牙である刀を捧げ、一時とはいえ命をも捧げた。それほどまで綿密に編み込み、ようやく撃ち放った《雷切(妙策)》はされど、(おれ)の命には届かなかった。気丈に振舞ってはいるが……内心冷や汗をかいているんじゃないのか?」

 

(えぇ、そうですよ……!)

 

 彼女は笑みを深めたものの、心の内では彼の言葉に肯定した。

 わざと彼に首を取らせ、油断したところを《雷王転変》を発動し肉体を再構築、剣を振るう事が可能な身体にまで治癒したところで伝家の宝刀である《雷切》によるカウンターを見舞い、彼の命を終わらせる。

 それこそが彼女が用意していた──否、用意できた、彼女の持ちうる全てを以て作り上げた鬼狩りの策だ。

 彼女が見誤ったとすれば……。

 

(《瞬桜》の疾さを見誤った……! あの一撃で霊装が折られ、策の全てが狂った!)

 

 それは彼の速さだ。

 無論、彼女が自分のエゴだけで彼に剣戟を挑んだわけではない。彼と剣を交えることは上述した策を通すために必要なステップだった。

 それは試合前にシミュレートした紫苑と、実際の紫苑との認識のずれを修正するため。それを剣を交える最中に修正を行い、《雷切》を通そうとした。が、実際は御覧のありさまである。彼女がシミュレートしたよりも彼の《瞬桜》は疾かった。

 

 策通りに進むならば東堂が《鳴神》が《瞬桜》と交錯したときに、自らの刀を手放すつもりだった。しかし彼の一閃が彼女の想定よりも速かったせいで剣は手放すよりも速く断たれ、刹那ではあるが意識が飛んだ。

 その与えてしまった隙は微々たるものだったが、その微々たる時間に彼は自らの死を嗅ぎ取り、自分の必殺の一撃を回避してみせた。

 

 そしてこの策は──二度とは通じない。

 初擊の《武御雷神》での突貫と同じく初見殺しじみているのに加え……彼が推測しているよりも《雷王転変》の反動は大きかった。

 彼女が行使する伐刀絶技のなかで一番の負担がかかるこの技は、一度発動したたけで脳みそを直接揺さぶられているような不快感と、刃で脳を乱雑にかき回されるような激痛が襲っている。

 こんな状態ではまともに剣を振ることができるのはあと一刀のみ。徒に足掻いたところで、彼を相手にそれは実らないだろう。

 

 ──ならば、その一刀に己の全てを賭けよう。

 

 具体的にどうするか?

 繰り出す技は《武御雷神》や《雷切》のような必殺の意を込めた、全身全霊の一撃でなくてはならない。しかしそのふたつは彼に破られている。かといって《雷鴎》のような連打する前提で使用する技では役不足だ。

 それならば──、

 

「フゥ…………」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 為せれば勝てる。為せねば敗ける。

 なんともわかりやすい構図ではないか。

 

「────」

 

 彼女の決意を彼も理解した。

 自身の及びもつかぬ絶技がこれから放たれようとしている。故に彼の応手は──彼女と同じ、全身全霊を込めた一刀だ。

 敗けることなど考えるな。僅かでも思考に過れば太刀筋も曇る。

 眼前の敵を、斬ることだけを考えろ。そうしなければあの強敵は打ち倒せない。

 

(貴方を倒す。私の全身全霊の一刀で──!!)

(来い。《瀧華一刀流繚乱勢法》の奥義で、お前を斬る──!!)

 

 ──東堂刀華は後ろに下がり、陸上のクラウジングスタートのような体勢を取った。前方には自身を弾丸とするレールガン、《武御雷神》と同様の魔術が敷かれる。だがそれは《武御雷神》とは比較にならないほどに加速させるための距離が長い。

 

 対する百鬼紫苑は、《亡華》を握り、振り下ろすための体勢を取った。ギチギチ、と握られる《亡華》が軋みを上げ、全身が彼の魔力が浸透したことで赤黒い光が灯り、それでもなお猛る魔力が炎となって身体の外に溢れた。

 

『ここにいる教員!! 観客達を全力で守れ!! このウチの見立てじゃ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!』

 

 西京寧々が吠える。

 その言葉に従って、破軍学園の教師達が観客席に魔力障壁を編み上げた。

 

 それを見届けた東堂が──紫苑に突貫した。

 《武御雷神》の加速に乗って、自身の身体が耐えきれる限界ギリギリまで加速し……その状態から納刀されていた《鳴神》の刃を抜き放つ。

 それは《雷切》の電磁抜刀術の理合いと通常の抜刀術の理合いを、相殺することなく超高次元で組み合わせた異次元の居合い抜き。それは眼前の鬼神を斬るためだけに生み出した神域に至るための絶技。

 

 その名は──《神斬》

 

 対する紫苑が繰り出したのはシンプルな上段からの振り下ろし。

 それはかつて一人の女剣士が目指し、ついぞとしてたどり着くことが出来なかった境地であり──その技を引き継いだ一人の《魔人》がたどり着いた技。

 それは紫苑の大きな武器のひとつである生存本能を自ら破壊し、自らの枷の全てを外して繰り出す、彼の魔力、努力、想い、自らの歴史……それら全てを込めた究極の一刀。

 それは剣を志すもの全てが目指した境地の技であり、森羅万象を切断する《瀧華一刀流繚乱勢法》の奥義。

 

 その名は──《散華》

 

 神を斬る一刀と、全ての華を散らす一刀が、今、交錯する。

 

◆ ◆ ◆

 

 痛い程の沈黙の中、最初に気がついたのは紫苑の後ろ側に座っている観客達だった。次点で、彼の対面に座っていた観客達は自分達が何者かのよって移動させられていることに気が付いた。

 

「全く、滅茶苦茶な……!」

 

 観客が移動していた原因──停止した時間の中で観客達を救出した新宮寺は、僅に振り返って大きくため息をついた。そしてリングの上に飛び出していく。

 

 彼の正面、リングから観客席の壁、果てには破軍学園の校舎に至るまでが──鋭利な刃物で切断されたかのように一閃されていた。斬痕から風が差し込み、曇天の境目から僅に太陽が姿を覗かせている。

 それらの事をなし得た者は──自分が叩き切った女の骸を見下ろしていた。彼女から溢れた赤い液体が、彼の靴を汚していく。

 

「……相変わらず強かった、東堂。だが」

 

 俺の勝ちだ。

 そう呟いた時と観客達と同じく呆けていたレフェリーが勝者を指し示したのは同時だった。

 

『け、決着──!! 眼で追うことすら困難な剣戟を制し、我らが最強を打ち倒したのはまさかのFランク……百鬼紫苑選手だァ!! いえ、もはや彼をFランクと言って良いのでしょうか!? 観客席を、破軍学園教師達が構築した魔力障壁を、いとも容易く斬ったその絶技は鬼神の一撃と呼ぶのに相応しい!』

 

 実況の興奮する声を背負いながら、紫苑はリングから去っていく。

 そして変わって立ったのは、彼女の蘇生を試みようとする新宮寺。

 

「担架、急げ! 私の能力が効いている間にカプセルに搬送するんだ!」 

 

 白い銃を顕現させた新宮寺が、東堂の身体に一発ずつ弾丸を撃ち込み、吠える。彼女の《時間》の能力の一端、《停止》である。それによって肉体の時間経過による劣化を防いだのだ。

 彼女の言葉に従って、控えていた人員が飛び出し彼女の身体を担架に乗せて運んでいった。

 

「──さて、私はもう行きますね。今日はありがとうございました。またこういう機会がありましたらよろしくお願いします」

「あぁ、うん。こっちこそ」

 

 失礼します、と頭を下げた栞を一輝は見送った。方向からして、紫苑の方に向かったのだろう。

 

「……ねぇ、イッキ。イッキはアイツに……」

「うん……」

 

 実況が紫苑の事を『鬼神』と評した通り、最後の一刀はまさしく神の領域にあると言って相応しいものであった。

 どのような堅牢な防御を敷いていようが関係ない、森羅万象を切断するその奥義。その他にもただの剣術とは比べることも馬鹿らしい精錬された技の数々に、自身の死を絶対に嗅ぎ取る生存本能。

 そしてそれらを培わせた彼自身の《努力》。それらを見て一輝は理解した。

 

「今の僕では……彼には勝てない」

 

 努力はしてきた。それこそステラほどの女傑に打ち勝てるほどに、自分は鍛練を積み、そして強くなったという自負があった。

 しかし、それでも彼には届かないと納得してしまった。それは……先の奥義。あれはまさしく、全ての剣士が目指し、そして今は彼が辿り着いていない境地。そのひとつの形だ。

 それは剣士として、黒鉄一輝は彼には及んでいないという確かな証左であり……、

 

「でも、七星剣舞祭では勝ってみせる」

 

 そして自分もあの境地に至れるのだという証拠でもあった。

 

 彼は立った。

 さらに強くなるため。あの境地を至るには一秒だって無駄にはできない。

 

◆ ◆ ◆

 

 




百鬼紫苑(Nakiri Shion)
■Profile
所属:破軍学園2年1組
伐刀者ランク:F
伐刀絶技:《運命踏破》
二つ名:《黒鬼》
人物概要:世界最弱の騎士

ステータス
攻撃力:F
防御力:F
魔力量:F-
魔力制御:D
身体能力:A
運:F-

かがみんチェック!

初めてのかがみんチェックは《黒鬼》百鬼紫苑先輩!能力は概念干渉系能力に分類される《努力》、そして先述した《努力》の能力で後天的に身につけた《倍化》だね。
百鬼先輩は、現在連盟が確認している事例の中で最も魔力量が少ない騎士だよ。それは伐刀者の中では劣等の劣等も良いところなんだけど……彼はその全てを自分の《努力》で覆して、《雷切》に勝った。

でもその代償は決して小さくなかった。彼の幼馴染みであり、姉代わりだった瀧華薫さんが巻き込まれた電車事故が原因となって、直接電車の音を聞いたり姿を見るだけで嘔吐するほどに重度のPTSDを患い、強くなるための邪魔になるからって友達や家族の記憶を全て封じ込めて、ただ強くなるためだけに自分の人生を費やした。

そうやって苦しんで、もがいて、足掻いて……立ち上がって戦い続ける姿を瀧華薫さんが見たらどう思うのかな。自分の弟のような存在が、傷つき続ける姿を見たら一体どんなことを言うのかな。
私だったら……到底耐えられないよ。
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