最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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二巻の内容って前半難しい……難しくない?
そんな難産を終えたので初投稿です


第9話

 百鬼紫苑と東堂刀華の一戦からおよそ一ヶ月が経過した。

 あれ以降、紫苑は一度として選抜戦の舞台には立っていなかった。

 

 というのも、東堂との戦いで彼の強さは白日の元に晒された。

 破軍学園最強の騎士を圧倒した剣士と戦おうなどという者はこの学園では……というよりも騎士全体で見ても少数だ。

 

 そしてその少数と巡り合うことはできずに不戦勝を続け、鍛練を積み重ねる日々が続いた。変化といえば、正式に彼の二つ名が《黒鬼》に決まったことだろうか。 それはさほど興味を惹かれる内容ではなかった。

 

 対して彼のルームメイトである西園寺栞はといえば、彼とは異なり順当に勝利を重ねていた。といっても試合内容は、彼女と向き合った相手が為す術もなく眠らされ、勝利するといった一方的なものだったが。それらの戦法から彼女は《眠りの魔女(スリーピングウィッチ)》の名で知れ渡っていった。

 

 そんな彼らの鍛練風景はもはやお約束のものとなっていたが、二日からひとつの変化があった。

 

「フッ、セァッ──!」

 

 それは彼らの鍛練にひとりの少女が加わったことだろう。

 藍色の髪を靡かせ、紫苑に果敢に攻めいる女剣士──綾辻綾瀬である。

 

 おおよそ一週間ほど前から紫苑と栞はストーカー被害に頭を悩まされていた。ストーカー被害、といっても付き回されただけで実害と呼べるようなものはなかったのだけど……そのストーカーこそが綾辻綾瀬だったのだ。

 

 尤も彼女としては紫苑に声をかけたかったのだが、羞恥心が勝り声をかけられず一週間が経過した。しかし声をかけること事態は諦めきれなかったらしく、結果的にストーカーの真似事をする羽目になったらしいが。そんな馬鹿なとは思ったが初めて顔を合わせた際、首ごと視線を知らした段階で察したものがあった。

 

 さて、そんな彼女の用件だが……端的に言えば自分を強くして欲しい、だそう。《雷切》を真正面から斬り伏せた剣客。なるほど確かに格としては申し分ないが……しかし彼は剣客としては一級品だが、指導者としては劣等も劣等。

 

なにせ紫苑は誰かに剣を教えるための《努力》そしてこなかったのだから当然の事ではあるが。

 故に彼は自分が教えられることなど何もない、と断ろうとしたのだが……綾瀬がどうしてもと食い下がったことで、とりあえずは稽古相手。紫苑が気付いたことがあれば口を出す、という形に落ち着いた。

 

 現在、紫苑と綾瀬は互角稽古を行っていた。

 純然たる剣士としては劣る綾瀬のレベルに紫苑が合わせ、寸止めで技を出し合う稽古だ。

 日々これを行うことによって、段階を踏んで綾瀬の強さを引き上げる事を目的としていた。

 

 紫苑の《亡華》が黒の軌跡を描き、綾瀬の胴を薙ごうとする。

 それを綾瀬は、

 

「セァッ!」

 

 受け流し、そのまま後の先の一撃を放とうとする、淀みのない、流れるような剣技は彼女のこれまで積み上げてきたものの大きさを実感させる。

 

 だが、紫苑はその一撃もいとも容易く叩き落とす。勢いそのままに、彼は剣を振るった。

 

 綾瀬の剣の型の裏をかくような、意地の悪い一撃だ。彼女がただ教科書通りの剣術を振るうのであれば、決して防御することが不可能なそれ。

 だが、それにも綾瀬はしっかりと対処をして見せる。

 決して型には嵌まらない。されど型を忘れるわけでもない。

 

 彼女の剣技は、実践剣術として十分通じる域にあった。まぁ、そうでなくては彼女も紫苑や栞のように、これまでの選抜戦を無敗で勝ち抜くことは不可能であっただろう。

 しかし彼女は紫苑に助力を求めてきた。それは彼女が壁にぶつかっているからだ、と鍛練相手になる前に説明されたが……紫苑はそれをしっかりと見抜いた。

 

「綾辻、剣を止めろ」

 

 紫苑の剣を再び受け流し、カウンターを見舞おうとしていた綾瀬の剣がピタリ、と止まる。

 

「ん、どうしたの? 百鬼くん。ボクまだ疲れてないけど……」

「いや。お前が伸び悩んでいる理由がわかった」

「ほんとに!?」

 

 ずずい、と綾瀬が紫苑に顔を寄せる。

 先日までは顔すら合わせられなかったというのに大したものだ。……いや、二年間もの間自分が思い悩んでいた原因にたった二日で到達できた紫苑に対する尊敬、加えてそれを改善できれば自分はもっと強くなれるという興奮が羞恥心に勝っただけか。

 

「流石ですね、紫苑さん。教えられることなど何もない、と言っていたのが嘘みたいです」

「たまたまだ。俺も十年前にぶつかった壁だったからな。……とはいえ、綾辻には申し訳ないんだが」

「え、何? 何か問題あるの?」

「あぁ。……お前の抱えている問題を、俺では改善できない」

「嘘!? なんで!?」

「俺は《瀧華一刀流繚乱勢法》の剣士であって、《綾辻一刀流》の剣士ではないからだ。原因が何かわかったところで、その剣技の事を大して知らん他所の流派の人間が修正しようと手を加れば、ロクな事にならないのは火を見るより明らかだ」

 

 驚きの表情で紫苑に詰め寄った綾瀬が納得する。

 そも彼は最初に自分は生粋の剣士であって指導者ではない、と明言していたではないか。ならば彼に教えを乞うことそのものが間違っている。

 それに彼が自分を強くするメリットなど、何もないのだから。

 

「が、それはあくまでも俺にはできないという話だ。お前の剣技を改善できる人間に心当たりがある」

「え? 誰、それ……」

「お前だって知っている筈だ。他人の剣技を刃を交えることで奪い、上位互換の剣技を生み出す猿真似の名手を」

 

 ──猿真似の名手。

 

 言い方は酷いことこの上ないが、彼女にも心当たりがあった。

 それは《黒鬼》百鬼紫苑と並ぶ剣の達人にして、彼がいう猿真似の極致と照魔鏡じみた洞察眼を以て無敗を守り続けてきた、負け戦の百戦錬磨。

 

「《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝……」

「そうだ。奴は酷くお人好しな上、奴にもメリットがある話だ。恐らく受けるとは思うが……確約はできん。話は通してやるから、あとは自分で頭を下げるなりして頼み込め。俺ができるのはそれくらいだ」

「うん! それでもありがたいよ! ありがとう百鬼くん!」

 

◆ ◆ ◆

 

「……というわけだ」

「うん、わかった。僕で良ければ引き受けるよ。よろしく、綾辻さん」

 

 紫苑が連絡し、彼らが向かったのは一輝達が鍛錬の場として使っている学園の一角だ。

 そこには先にステラ・ヴァーミリオンに黒鉄珠雫、有栖院凪がそれぞれ修練に勤しんでいた。

 

「よ、宜しくお願いします!」

「……ねぇ、百鬼くん。顔合わせてもらえないんだけど、僕何かしたかな?」

「気にするな。そのうち視線は合うようになる。それよりもお前に頼みたいことだが……その前に、だ。綾辻」

「う、うん。なにかな?」

「お前とお前の師匠である綾辻海斗氏の間には、ひとつの決定的な違いがある。そこさえ修正したなら、爆発的に……とは言えないかもしれないが、間違いなく強くなれる。それはなんだと思う?」

「ボクと父さんの……決定的な違い……?」

 

 綾瀬は考え込んでしまうが、一輝は合点がいったのか。あぁ、という納得の息を漏らす。確かに『それ』ならたとえ流派が異なろうが、紫苑ならば気付けるだろう。

 しかし、紫苑は気付くところで止まってしまう。それをどう修正するのが最適解なのか、彼はわからない。だからこそ彼は綾瀬を手助けするために自分を頼ったのだ。

 

「……答えを教えるなよ。これは自分で辿り着かなければ意味がない」

「わかってるよ。それに綾辻さんは今は百鬼くんの弟子。外野が弟子の教育方針に手を出したりしないさ」

「ならいい」

 

 そんな様子を見て、紫苑が咎める。それに一輝は肩を竦めて応じた。確かに自分が綾瀬の指導を行っていたなら、さっさと指摘をして型の修正に入っていただろう。

 しかし彼は彼女自身が答えに辿り着く事を求めている。それは彼が努力し、研鑽を積み上げ、強さを自身の手で掴み取る『求道者』の気質も持っているからであろう。

 勝利こそを是とし、如何なる手段を用いても勝利することを主眼に置く一輝とは根本から異なる指導方法だ。

 

 そんなことを考えている間にも、綾瀬はうーん、うーんと唸っている。

 

「剣士としての技量……?」

「俺はお前の技量は知っているが、海斗氏の技量は知らん。違う」

「伐刀者であるか否か?」

「確かに明確な差ではあるが、それは違う」

「えぇ? なんだろうな……?」

 

 また彼女は悩み込んでしまう。完全な袋小路だ。やはり彼自身もわかっていたことではあるが、彼は指導者としては決して優秀というわけではないらしい。

 一輝はそれに苦笑し、助け船を出すことにした。

 

「百鬼くん。完全に沼に嵌まったみたいだし、ヒントを出しても良いかな?」

 

「…………あぁ」

 

「ありがとう。綾辻さん、ちょっといいかな?」

 

「え、うん。ヒントって言ってたけど、黒鉄くんはわかったの? ボクと父さんの明確な差って……」

 

「うん。それだけじゃ色々考えてしまうけど、今回の事なら何となくは予想はつくよ。今回念頭に置いて考えるべきなのは、『百鬼くんが気付けた』っていう事なんだと思う」

 

「うん……?」

 

「えっとね。つまりは百鬼くんはかつて、綾辻さんがぶつかっている壁と全く同じものにぶつかったことがあるんだよ。そしてそれを解決して、今に至っている。百鬼くんとあなたの間にある共通点……それに気付けたら一瞬なんじゃないかな」

 

 事が極めて単純であるがゆえ、これ以上言ってしまったら答えそのものになってしまう。とはいえこれは彼女が紫苑の《瀧華一刀流繚乱勢法》について知っている事を前提とした出し方だ。

 お世辞にも誉められたヒントではないが……その時にはもうお手上げと言う他ない。

 

 だが彼女は彼に師事を乞う前に、彼の使用する剣術について調べていた。

 《瀧華一刀流繚乱勢法》

 《瀧華一刀流》から派生し、そこに《倍化》の異能を組み込んだ魔導剣術。使い手は瀧華薫及び彼女の意思を継いだ百鬼紫苑。超攻撃特化型剣術と謳われる通り、先の先に重きを置く剣術であり、後の先を主眼に置く《綾辻一刀流》とは対極にあるもの。

 そんな彼と自分の間にある共通点なんて……。

 

「あっ」

 

 あった。確かにあった。

 自分と父の間にある絶対的な差。そしてそれは彼もかつて相対した問題であったという。

 それは……。

 

「『性別』だ……!」

 

 綾瀬と海斗は女と男。

 そして紫苑と薫は男と女。

 自分とは逆ではあるが、師匠と性別が異なっているという事が一致している。

 あまりにも当たり前すぎて、逆に見落としていた。

 

「そうだ。お前と海斗氏にある絶対的な差は『性別の違い』だ。指導者との性別の差は剣術だけでなく体術全般に現れる。……というわけだ、あとは頼むぞ」

 

「うん、わかった」

 

 一輝と打ち合おうとする綾瀬を横目に、紫苑は彼らを邪魔しない位置に移動する。

 

「お疲れ様です、紫苑さん。これどうぞ」

「あぁ、悪いな。……俺は大した事はしてないけどな」

 

 紫苑は栞から差し出されたスポーツドリンクを受け取り、ベンチに座って魔力操作の訓練を行う彼女の横に立つ。

 

「……何してるんだ?」

 

「何って、魔力操作の訓練ですよ?」

 

「いや、それ……絵の具だよな? 持ってるの」

 

「まぁ正確に言えばアクリル塗料なんですけどね。まぁ似たようなものですけど」

 

 彼女が持っていたのは某企業のアクリル塗料だ。……いや、持っていたという表現は適切ではない。

 彼女は自身の魔力放出を以てアクリル塗料や塗るための筆などを浮かし、操作して彼女が魔力操作で練り上げた百鬼紫苑1/12スケール(《瞬桜》の構え)を塗り始める。

 それはまさしく匠の技だった。魔力操作が日本トップクラスのAである事を考えてもずば抜けている。魔力を操作して筆を操り、フィギアを塗っていくなど才能の無駄遣いにもほどがある。

 

「……上手いもんだな、本当に」

「元々こういった細かい作業が好きなんですよね。魔力制御の技術を鍛え始めたのも、粘土で色々こねくりまわすのが楽しくて、もっと上手に作れるようになりたいって思ったからですし」

「いや、それ趣味の範疇じゃないだろ。そこまで詳しくはないが。それにお前何冊か専門書みたいなの持ってたなかったか?」

「ちょっと欲が出てしまいまして。色々凝ろうとしたら独学じゃできなくて、専門書を何冊か買って勉強しましたね。フィギアも塗料も、あとは家事全般とか。まぁ色々。料理は……紫苑さんが美味しいって食べてくれますから、もうちょっと勉強したいなーと思ってまた何冊か注文しましたよ」

「お前はどこまで行くんだ……」

 

 一ヶ月過ごしてみてわかったことだが、栞は非常に多趣味な少女である。紫苑が知っている限りでも今やっているフィギア作りや、ボトルシップの製作。イラストを描いたり、あと彼も恩恵に預かっている料理などもそれに当たる。

 少し前に『ちょっと試してみたいので』と言って、中華料理が山ほど出てきたときには驚愕したものである。しかもそれら全てがプロを凌駕しているのではないか、と思うくらいに美味なのだ。

 

 最初は一日ずつ交代でやっていた料理だが、今ではほとんどが栞の担当になっている。悪いとは思ったのだが、栞本人が乗り気であることから断れず、彼の仕事は専ら買い物の時の荷物持ちや皿洗いなどがほとんどだ。

 ……まぁ紫苑としては、自分が作るよりも遥かに美味なのでありがたく頂いているのだが。

 

「まぁ、その時はまた実験台になってもらうとして。……それでも私は紫苑さんに憧れているんですよ?」

「憧れている? 俺なんかに?」

「えぇ。私は紫苑さんみたいに何かひとつを極める、といったことは出来ませんから」

 

 塗料を塗りながら栞は言う。

 自分はあっちこっちに手を出すせいでどれもが中途半端になっている、と。

 紫苑のようなこだわりを持って、ひとつだけで良いから世界で一番になりたい。そういった願望は持ち合わせていない、と。

 

 ──だから自分は、彼と違って《魔人》にはなれなかったのだ。

 

 なんて、口には出さないけれど。

 

「破軍学園に編入したのも、選抜戦を行っているのも親がどうしてもというからでしたから。私は正直、戦うことが好きじゃありません。自分が傷つくのも、誰かが傷つくのも。

 ……それでも、紫苑さんの事は応援してます。それでも頑張って、なんて言うつもりはありませんけどね。あなたは頑張りすぎなくらいです。あなたと知り合ってまだ一ヶ月くらいですけど、それでもヒヤヒヤします。いつか手の施し用のない程に壊れてしまうんじゃないかって」

「……悪い」

「別に怒っている訳じゃないですよ。あなたが『最強でありたい理由』も『最強でなくてはならない理由』も知ってますから。それでも……誰の前でもそう在らねばならない理由なんてないと、私はそう思います。誰かひとりにくらい弱いところを見せたって、誰も責めはしませんよ。そうですね、例えば……私とか」

 

 ね? と微笑む栞に、敵わないと紫苑は苦笑する。

 一度どうしようもないくらいに弱いところを見せてしまった相手だ。あの時はなんて無様な格好を晒してしまったのだ、と酷く後悔したが、あれ以降自分の動きが格段に良くなっているのは自覚しているところ。

 仮に彼女に弱いところを見せずに、刀華と戦ったのなら……勝てていた、と断言は出来ない。

 

「……仲が良いのね、アンタ達」

 

 話が一段落したところで彼らに話しかけたのは、一輝達と訓練をしていたステラ・ヴァーミリオンである。後ろには有栖院凪や黒鉄珠雫の姿もある。

 

「まぁ一ヶ月も過ごせば仲良くなれますよ」

「お前も黒鉄に随分懐いてるんだな。アイツに話しかけたいなら話しかけたら良いだろうに」

「ハァ!? 誰がアイツに懐いてるって……!」

「アイツの視界の端に入るように剣を馬鹿みたいに派手に振り回していれば気付くだろう。それで、いいのか? 今なら話しかけられると思うが」

 

 紫苑が顎でしゃくれば、今は一輝は綾瀬を気遣って休憩をいれているところだった。今ならば鍛練をしているわけでもないから話しかけるのは簡単だが……。

 

「話しかけたいのに、話しかけられない。それが乙女心ってものですよ、紫苑さん」

「…………よくわからん」

「まぁ、ステラちゃんの事は置いておくとして。意外だったわ」

「意外だと?」

「えぇ。ワタシは剣においてはずぶの素人だけど、あなたも一輝と同じくらい剣に精通しているんだから、型の修正くらいできるのかと思ってた」

 

 有栖院の言葉に彼はまさか、と返す。

 

「俺は自分が《努力》してきたことしか出来ない。そこに誰かに剣を教えることは入ってなかった」

「じゃあ《努力》すれば……?」

「出来るようにはなるだろうな。それが伐刀者でない普通の人間が可能な範疇なら。だが流石にあいつのためにそこまでやってやる義理はない」

 

 そこまでお人好しではない、と言う紫苑にそれはそうだと有栖院は頷く。

 一輝は休み時間に武術教室の真似事なんてやっているが、あれは一輝が親切すぎるだけの話だからだ。

 しかし彼が気になったのはそこではなかった。

 

「普通の人間に可能な範疇なら? でもあなたは……」

「あぁ。《倍化》の能力を使えるな。だがあれは例外中の例外。俺もなぜ使えるようになったかはさっぱり見当がつかん」

 

 それは嘘だ。彼は自分が《倍化》の異能が行使できるようになった理由を知っている。

彼が《瀧華一刀流繚乱勢法》を使用できるようになったのは、彼が《魔人》になってからの事である。

 瀧華薫の背中を追い、彼女の代わりに世界最強になるべく剣を振るい続けてきた彼の想いが《引力》となって運命を塗り潰し、道理を踏み潰し、《瀧華一刀流繚乱勢法》を再現するに至った。

 

 故に彼は《瀧華一刀流繚乱勢法》に組み込まれている《倍化》能力のみ使用可能で、分身と言った事はできない。

 だが、そんなことを馬鹿正直には話せない。この事実は《魔人》となった者、もしくはその領域に近づいた者、《連盟》の支部長、そして国家元首にしか開示されていない事であるからだ。

 

「道理や理屈はさっぱりわからん。《努力》すれば全く異なる異能を宿せるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。俺は一輝のような身体能力倍化や、黒鉄のように自身の魔力から水を生成するといった芸当はどう足掻こうが不可能……それが現段階での見解だ」

 

 それだけ言うと、休憩は終わりだとして紫苑は立ち上がる。

 目の前では一輝による型の修正が終わったところであった。彼によって型の修正を行われた綾瀬は茹で蛸のように真っ赤になっているが、それは彼にとって些細な問題である。

 いざ打ち合いを始めればその羞恥は引っ込み、剣士としての顔が姿を見せることを知っているからだ。

 そして彼らは再び剣を交え──そんな日々が三日過ぎた。

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