勇者になりたくない主人コウ~故郷への帰還を夢見て~   作:時斗

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第9話:報告

 

 

 

「さぁ、後はもう明日にしよう……。シェリルさんはベッドを使ってね。ユイリも彼女についてあげて貰えると助かるな……。ああ、僕は椅子で休んでおくから大丈夫。それならユイリも任務を果たせるし、シェリルさんも安心するしで一石二鳥でしょう?」

 

 僕は欠伸を噛み殺しながら2人にそう提案する。そういえば僕、何時間起きてるんだろう。色々ありすぎてナチュラルハイになっていたんだろうから、今まで気にならなかったけど、眠気を自覚したら一気に睡魔が襲ってくる。

 

 コーヒーが欲しいな、なんて思いつつ半分夢の世界に旅立ちながら眠気を我慢していると、

 

「わたくしに、さん、は要りませんよ。……ただ、ベッドはコウ様がお使い下さい。ここは元々コウ様の為にとられたお部屋だと伺っておりますから……」

「君はずっと拘束されてゆっくり休めてなかったでしょ?なんなら僕、部屋を出ようか?でも、そうしたらユイリが困るか……」

「当たり前でしょ、貴方を補佐する事が私の仕事なんだから……。でもそうね、シェリル様の言うとおり、ここは貴方がベッドを使いなさい?貴方が休んでくれないと私も困るし、姫については私の方で手配しておくから」

 

 するとシェリル姫ががわたくしはここでいいとか、ユイリもそんな訳にはいかないとか言い合っているのを見て、流石に勘弁してくれという思いでいっぱいになる。

 

 もう無視して椅子で寝てしまうかと思っていると、部屋に何やら見覚えのある筐体が置いてある事に気付く。

 

「……これは、何?」

 

 その筐体に興味を引かれ、僕はお互い譲らない様子の2人に聞いてみる。

 

「ああ、それは『ガチャ』ね。元の世界では無かったかしら?」

「……玩具かカードが出てくる物なら知ってるけど、これも似たような物?」

 

 子供の頃に見た事のある筐体。最も、ソーシャルゲームなるものが出てきてからはさらに使われるようになった『ガチャ』という言葉。これも同じようなものかと思っていると、

 

「カード、というのも出ることはあるけれど、玩具ではないわ。世界の魔法空間から提供、共有されている魔力筐体で、役に立つ物が出るかもしれない。……まぁそうでない物も多いんだけどね」

「幻獣や魔物の召喚カードも入っていると聞きます。契約できれば心強いパートナーにもなってくれると思います。ですが、有料ですしそれに見合った物が出るかまでは……」

 

 ユイリとシェリル姫の説明を聞き、成程と思う。しかし、魔法空間か……。魔法屋を見た時も思ったものだけど、この世界の技術が相当優れていると感じていた。

 

 1回金貨1枚か……。確か大金貨の3分の1か4分の1位の価値があったかなと思い出す。

 

 最も、金貨一枚がどれくらいの事が出来るかまではいまいちわかっていないけど、とりあえず1回やってみようかと、あのオーナーに端数で貰った金貨を取り出すと、

 

「……貴方、引く気なの?ただでさえ王女殿下に頂いたお金を殆ど使い切ってしまっている状態なのに?」

「いや、でも有用なものを引くかもしれないし……」

「さっきも言ったけど、その有用なものを引き当てる確立より、大抵そうでないものを引く確立が圧倒的に多いのよ。金貨1枚の価値……、貴方、本当にわかってる?」

 

 ……まぁ、ユイリの話からも相当な価値がある事はわかっている。この宿屋の宿泊費についても、確かユイリが銀貨5枚位払っていた記憶があるし、その銀貨を金貨に換えようと思ったら、銀貨を相当数積まなければならないなんて言っていたような気もする……。

 

 そう考えると、自分がシェリル姫の購入に対し支払った金額は、ユイリにしてみれば考えられない行為だったのだと思う。ましてや、あの時は彼女がエルフの元お姫様とはわからなかったわけだし……。

 

「まぁそれはそれとして……、2人はあまり消極的な様子だけど……、こういうのは何が出るかわからないのがいいんだよ」

 

 そう言って僕は金貨を筐体に投入しガチャを回してみる。呆れているようなユイリを尻目に、筐体はカタカタと反応し、演出なのか綺麗に輝きはじめ……、やがてひとつの虹色のカプセルが出てくる。

 

「ね、ねぇ……それって……」

 

 驚愕している様子のユイリとシェリル姫の前で、僕は出てきたカプセルを手に取ると途端に光り出し、一つの指輪の形取る……。

 

 

 

『選択の指輪』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:要、鑑定魔法

 

 

 

 ……ガチャもある意味宝くじと同じ。だけど狙って引こうとして出てきた試しの無い事が現実。だけど、この世界において何もわからず、物欲センサーとかそういったものが一切無い僕が回せば、そこそこの物が出るんじゃないか位の気持ちで引いたのだけど、これは少々出来すぎのような気もする。

 

「えっと……、選択の指輪、というものらしいんだけど、効果が『要、鑑定魔法』ってなっているね……」

「……そ、そう……。ちょっと聞きたいんだけど、その指輪、魔法工芸品(アーティファクト)じゃない……?」

 

 ユイリにそう言われて確認してみると……、

 

「うん、『形状:魔法工芸品(アーティファクト)』ってなっているね。あと、『価値:SS』だって。やっぱりこれ、凄いものなのかな?」

「効果を調べてみないとなんとも言えないけど……。ていうかガチャで魔法工芸品(アーティファクト)を出した人なんて、今まで見たこと無いから……」

 

 そうなんだ、だから彼女達が驚いているという訳か……。価値があるっていうなら、星銀貨を使っちゃった事も含めて、王国……この場合王女様か、彼女に返した方がいいかもしれないな……。

 そう思った僕は、

 

「じゃあ……はい、これ」

 

 そう言って僕はユイリにこの選択の指輪を渡す。いきなり指輪を渡されてユイリは、

 

「はい……って、どうするのよ、私に渡して……」

「効果調べて、王女様に渡してくれる?星銀貨のかわりにはならないだろうけど、って……。じゃ、よろしくね」

「あ、ちょ、ちょっと……!」

 

 僕から指輪を受け取らされて戸惑うユイリを置いて、僕は欠伸をしながら椅子に腰掛ける。

 

「い、いきなりこんな物、渡されたって……」

「……ユイリ、わたくしが鑑定魔法をかけましょうか?人物にまでは掛けられませんけど、物でしたら鑑定できると思いますから……」

「ああ……、姫は古代魔法にも秀でていらっしゃいましたね。それならお願いできますか?」

 

 2人のそんなやり取りを耳にしながら、僕は次第に意識がまどろんでいく……。この世界に来るまで約20時間位起きていて、この世界で体感12時間位だから……単純計算して32時間か……。

 

 そう考えただけで眠くなってくる。彼女達も指輪に夢中になっているしこの隙に……。そして……僕は漸く夢の世界に旅立っていった……。

 

 

 

 

 

「ユ、ユイリ……!この指輪ですが、国宝級の代物ですよ……!」

 

 シェリル様はそうおっしゃいながら、この指輪の鑑定結果を教えてくれる。

 

 

 

 

『選択の指輪』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:持ち主の魔力に応じて、いくつかの選択肢の答えを知る事ができる。魔力が高ければ、それぞれの選択肢の未来の結果を知る事ができ、低ければ自身にとって良いか悪いかで選択する目安にする事が出来る。

 この指輪の効果を使用した際、その持ち主の魔力に応じてMPを使用する。但し、その結果を第三者に話したり知られると、この選択の指輪の効果は消滅する。

 

 

 

 

 

 ……それってつまり、どちらにするか迷った際に、それぞれの結果がわかるって事よね……?

 

 デメリットも正直、誰にも話さなかったらいい訳だし、事実上リスク無しで……、レイファニー様ならそれぞれの未来を知る事も可能なんじゃ……?

 

「コ、コウ……、貴方、本当に……って、コウ?」

「コウ様……?」

 

 ふと、コウの方を確認してみると、いつの間にか椅子に座り静かに寝息を立てているようだった。

 

「ちょっと、コウ!貴方、どうして椅子で……!」

「ユイリ……」

 

 彼をしっかり休めないと任務にならないのに……!そう思って椅子からベッドへ移動するよう促そうとした時、シェリル様が口元に人差し指を当て、彼を起こそうとした私をやんわりと抑えると、寝台から毛布をとってきて、寝ている彼を起こさないようにそっと掛けていた。

 

(それにしても……、本当に色々あったわね……)

 

 今日……というよりは彼が来てから、って言った方が正しいけれど……、よくもまぁこれだけの事を起こせたと思う。王宮じゃ休まらないから始まって、闇商人と邂逅し、奴隷オークションに参加する事になって……。

 

(でも、今日一番驚いた事は……)

 

 チラリとコウの傍に控えているシェリル様の方を見る。奴隷として購入されたのがシェリル様だった事にも驚いたが、それ以上に彼女を解放するといい、奴隷契約と一緒に認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)まで破ってしまったという事。

 

(シェリル姫のお母様が、命をとして姫に掛けた認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)。王族が使うというソレは、呪い、といったのような状態異常じゃない……。ある種の強化魔法(バフ)だから、正規の手順を踏まないと解除なんか出来ないはずなのに……)

 

 恐らくは、彼の勇者としての特質なのかもしれない。過去の英雄達に、そういった力が無かったか、一度調べて貰う様に進言しよう。そう思った矢先、シェリル様が話しかけてきて、

 

「ごめんなさいね……、貴女にも色々気を使わせてしまって……」

 

 シェリル様は申し訳無さそうにしながらそう述べられ、私は慌てて、

 

「そんな……!私こそ姫とは気付かずに、その、色々と失礼な事を……!」

「いいのですよ、そんなに慌てなくても……。それに、わたくしが貴女の立場なら、間違いなく同じことを言っていたと思いますよ。星銀貨が闇の勢力に渡る事の危険性はわかっているつもりです。……先程までわたくしは彼等に囚われていた訳ですし、身を持って思い知りましたから……」

 

 そう儚げに笑うシェリル様の姿に、心が痛むものの、私は聞かなければならない事がある……。

 

「もし、よろしければ……、先程のメイルフィード襲撃の話を、もう少しお話頂けませんでしょうか?正直な話、現時点で何もわかっていなかったものですから……。ただ、無理にとは申しません。今すぐでなくてもかまいませんので……」

 

 私がシェリル様にそう言うと、意外にもすぐに応じてくれた。

 

「大丈夫ですよ。わたくしも、おかげさまで自分の中で整理もつきましたし……。貴女もそれがお役目でしょうから……。そのかわりと言ってはなんですけど……、彼の事について教えて頂けませんか?」

「彼……、ああ、コウ殿の事ですね」

「ええ、彼がどういう方なのか、もっとよく知っておきたいと思いまして……」

 

 コウの事……と言われても、私もまだ彼を知って半日だから、わからない事の方が多いんだけど……。ただ、ひとつだけわかった事は、彼が歩けば事件にぶち当たるという事だ。

 

「わかりました……。ですが、私も彼とはまだ会って半日ですので、知っている事と言っても限られてしまいますが……」

「それでかまいませんよ。先程のお話といい、少し特殊なご事情があるようなので気になっただけですから……」

 

 そこまで話すとシェリル姫は、ですが、と前置きして、

 

「ただ正直、わたくしもさっきお話した事が全てなんですけど……。推測でよければ、襲撃者の正体も含めてお伝え致します」

「やっぱり……、『十ニ魔戦将』ですか?」

 

 恐れていた可能性の中でも最悪のものに近いかもしれない私の問いに、シェリル様はゆっくりと頷き、

 

「……そうでなければ、いかに魔族とはいえ、魔物の侵入を許すなんてありえませんからね……」

「わかりました……。ですが姫、一度お召し物をお着替え下さい。今の格好ではおつらいでしょうから……。彼が休んでいるうちにどうか……」

 

 私の懇願にようやく折れてくれたシェリル姫の着替えを手伝いながら、その後でシェリル様と意見交換をした結果、私が王に本日の報告が出来たのは深夜になってしまった……。

 

 王様は余りおっしゃらないかも知れないけれど、フローリア様あたりからは明日言われるんだろうな……。そんな事を考えながら、夜を明かす事になった。

 

 

 

 

 

「さて、こんな深夜に申し訳ないが……、今しがたユイリより報告が入った。娘であるレイファニーは既に休ませた為、ここにはおらぬが……、早速始めるとしよう」

 

 通常、かような深夜の時間に会議等、普通は考えられぬが、今は非常時、そうも言っておられん。この場に集まる主だった者達にそう告げる。

 

「ユイリからの報告は、そのまま通信魔法(コンスポンデンス)を転送した。なかなかに驚愕する事態となっておるが、ひとまず、勇者殿達の報告についてじゃ」

「これは……、わずか半日で、よくこれだけの事が……。彼女の表現も言い得て妙ですね……」

 

 早速、大臣であるアルバッハが、控えめにそう意見してくると、

 

「宮殿を出て、城下町に下りたと思えば……、闇商人と接触、奴隷オークションにて奴隷を買う、それもあまつさえ王女殿下が秘蔵していた星銀貨を使ってですか……。ここまででも驚きなのに、それでいて星銀貨で購入した奴隷をすぐさま解放し、それが滅びたメイルフィードの姫君だったなどと……」

「……おまけにその後で引いたガチャからは1回で国宝級の魔法工芸品(アーティファクト)を出し、それをそのまま王女殿下に捧げるとはのぅ……。奴隷云々に関しても言える事じゃが、彼にはあまり執着というものがないのかもしれんのう……」

 

 大賢者ユーディスが大臣の言葉を受けて、発言する。たしかに、そうかもしれん。奴隷制度自体は、わが国で全面的に禁止している訳ではないので、どうこう言うつもりはないが、闇オークションとわかった上で、それも性奴隷として出品された美女を星銀貨を投入して購入する行為はとても褒められたものではない。

 

 しかしながら、そうしてリスクを知りつつも手に入れた自らの奴隷を、その日の内に解放する等とは通常考えられん。まして、魔法工芸品(アーティファクト)自体が貴重な物という事もわかっておった筈なのに、効果を知る前から娘に渡すと、所有権を投げるとは……。

 

「……あまり、この世界に執着がないのかもしれませんね。こちらに来たばかりですから、当然の事かもしれませんが、少なくともこの世界で生きる者にとって、魔法工芸品(アーティファクト)が貴重だという事は明白です。彼の者も今はこの世界におられる訳ですから、星銀貨や優秀で価値のある奴隷、魔法工芸品(アーティファクト)と……ここまで立て続きに所有権を放棄するという事はあまりに考えられない事です」

 

 そう発言するのは宰相、フローリア。わがストレンベルク王国の『王佐の才』とも呼ばれる彼女の発言は非常に大きく、重いものである。その宰相の発言に、

 

「それはまた、随分と無欲な勇者様ですな。神に仕える者としては好感が持てますよ」

「然り……、ですがこの国としてはもっと強欲になって頂いた方がいいのですがね……。最も、もう一人の勇者殿のようにとは申しませんが……」

 

 神官長であるフューレリーとこの国の騎士団長、ライオネルもそれぞれ意見する。主にライオネルはベアトリーチェからの報告の件もあってか、若干険のあるものになってはおるが……。

 

 もう一人の勇者候補であるトウヤ殿は、コウ殿のように城は出るといった事はなかったが、彼の者もまた、色々と、それもあまり良くない方向でやらかしてくれた。

 

 授けた大金貨では足りなかったといわんばかりに、城内の魔法工芸品(アーティファクト)を勇者として必要な物とばかりに所有する事を求めてみたり、侍女として付けたベアトリーチェに誘惑魔法(チャーム)を掛けようと試みたり、終いにはあろう事か娘との謁見まで求めてきたのだ。

 

 それぞれ他にも勇者殿候補がいるにあたって、今すぐに持ち出しの許可は出来ないとして、王女は『招待召喚の儀』によって消耗し既に休んでいると丁重に遠慮願い、ベアトリーチェはその誘惑魔法(チャーム)対抗(レジスト)して事なきを得たが……。

 

 ……ベアトリーチェやユイリにはそれぞれ破邪の魔除けと呼ばれる魔法工芸品(アーティファクト)を身に着けさせておるから、通常の古代魔法であれば防ぐ事が出来るのじゃが……。

 

(そもそも、トウヤ殿に関しては城内での発言からも、信を置くには些か性格に難がありすぎる……)

 

 勇者殿たちは知らぬであろうが、この城内には真贋を図る事が出来る魔法工芸品(アーティファクト)が置かれており、それを知っている者には彼等が真実を言っておるかどうかが一目瞭然だったのだ。

 

 その結果、コウ殿は全て真実を言っておったのだが、トウヤ殿の発言には所々で虚実があったのだ。短期間の内に、これだけの事をしてくれたら普通なら国外追放処分に相当するが、彼が勇者候補であるという事と、この国の中でも一、ニを争う程の確かな実力が見て取れる事から、処分を保留しているというのが現状なのである。

 

(娘に惚れている……という所は勇者として通じているところはあるのじゃがな……)

 

 本来、『招待召喚の儀』で召喚される勇者は、いずれも儀式を行った時の王女に惹かれ、王女もまた勇者に心を許しているという記述が残されている。トウヤ殿が娘に惚れているのはその様子や夜半に面会を求めた事などから明らかである。

 

 しかしながら、娘の様子から察するに、勇者として見出しているのはトウヤ殿ではなく、むしろコウ殿に心を開いているような印象を受けた。

 

 しかしコウ殿はコウ殿で、自らは勇者ではなく、間違ってこの世界に呼ばれてしまったと本気で言い張っている。そこで、一先ずは様子を見てみるという事になったのしゃが……、

 

「確かに、彼に勇者として働いて貰うには、少々繋ぎとめるものが気薄である事は否めませんね……」

「それならばいっその事、効率的に従わせるという事は出来ないのですかな?例えば……彼がこの世界の脅威を排除しない限り、元の世界に戻る方法を現れないとするとか……」

「その言葉には、承服しかねますよ、アルバッハ大臣」

 

 宰相の言に大臣が意見をしたその時、そこに凛とした声が響き渡り、部屋で休ませていた筈の娘、レイファニーがその見事な銀髪を揺らしながら入室してくる。

 

「レイファ!貴女、起きてきて大丈夫なの?」

 

 尚書官にして、ワシの妻でもあるレディシアは娘に駆け寄る。『招待召喚の儀』によって深く消耗し、疲労が溜まっているであろう娘は母親に微笑むと、

 

「ええ、わたくしはもう大丈夫です、お母様……。お父様、わたくしを会合に呼んで頂けないとは酷いではありませんか」

「すまんな……、何分、コウ殿は随分遅くまで行動しておったようだからな……。お前にもユイリからの通信魔法(コンスポンデンス)を知らせよう……」

 

 苦笑しながら娘に通信魔法(コンスポンデンス)を届けると、少し驚いたような表情を見せながらも、

 

「……状況は把握しましたわ。ですが、アルバッハ。貴方の意見は少し危うい点があります」

 

 毅然としたレイファニーの物腰に、大臣は目を見張りつつ、

 

「……畏まりました。王女殿下の言、伺いましょう」

「まず、わたくし自身、彼に元の世界への帰還については全責任を持って対応、研究するとお約束致しました。これは、わたくしの信念においても、曲げる事は出来ないものです。そして……それを差し置いても、アルバッハの言う行動を取る事について、いくつかのリスクがあるのです」

 

 レイファニーはそう前置きすると、

 

「過去の勇者様に関する記述に、この様なものがあります。ある時代の勇者様において、時の王に危機を救うよう命令され、召喚の儀を行った王女とも引き離されてしまったそうです。恐らく、王女を勇者様に渡したくなかったのでしょう……。当然、勇者様はそんな王の命令に従うわけもなく、王女を伴い逃亡し……、王国はおろか、このファーレルは滅亡寸前間でいったそうです……」

「……ええ、その記述については私も知っております。確か、その話は一緒に駆け落ちした王女が、勇者に泣いて許しを請い……、その願いを聞き入れ危機を救ったとありますな。ですが、レイファニー様。私は何も強制的に命令しようといっている訳ではありませんよ?」

 

 娘はそう返答する大臣に対し、表情を消した威厳のある態度で臨む……。

 

「それではもし……、アルバッハ大臣の言うとおり、勇者様に元に戻る方法について偽りを述べるとして、それが勇者様に伝わってしまったら、どうするのです?唯でさえ、勇者である事すら否定的なコウ様に、此方への信頼も失ってしまったら……、貴方は責任がとれるのですか?」

「それは……!そ、そもそも、まだ彼が我々の望む勇者と決まった訳ではないではありませんか!」

 

 大臣は娘に焦ったようにそう答える。しかし、

 

「……わたくしはこの度の『招待召喚の儀式』で、確かに勇者様との繋がりを感じております。古より伝わるこの儀式において、お呼びする勇者様との架け橋となるのが、王女であるわたくしです。此度はどうしてかわかりませんが、2人の勇者候補が現れてしまいましたが、わたくしが繋がりを感じているのは……」

「レイファよ、その結論は、まだ出すべきではない」

 

 娘にとっては、ほぼ間違いない事なのかも知れぬが、今はまだ結論はだせぬ。今回は唯でさえイレギュラーな事が多いのだ。2人の勇者が現れた事にしてもやすやすと判断する事は危険に感じる。

 

「……そうですね。失礼致しました、お父様。ですが、わたくしは、勇者様に関してはこちらも誠実な態度で持って対応する事が肝要かと存じます」

「私も少々熱くなってしまいました。ご無礼の程、お許し下さい。確かに王女殿下のおっしゃる事も最もです。今の、『十ニ魔戦将』が現れたかもしれないこの状況で、勇者殿の不興を買う事は、絶対に避けなければなりませんからな……」

 

 ……そう、ユイリの報告によれば、隣国であるメイルフィード王国を滅ぼしたのは魔物を操る魔族、それも『十ニ魔戦将』が関わった可能性があるという事……。もし本当だとすれば、一刻の猶予もない……。

 

「……此度の会合はここまでにしよう。勇者殿達の扱いについては予定通り、ライオネル、ガーディアスに一任する。メイルフィードについてや、『十ニ魔戦将』については引き続き調査を命じる」

「……畏まりました」

「主のお心のままに……」

「うむ……、それではこれにて閉幕としよう……。各自、任務に邁進するように……」

 

 ワシの言葉で解散となり……、今この場に残っているのはワシと宰相であるフローリア、そして、先程の会合では殆ど発言せずに黙っていた傭兵隊長のガーディアスだけとなる。

 

「ガーディアス……、そしてフローリアも……。よろしく頼むぞ」

 

 先程はあえて結論を出さなかったが、娘の様子からも十中八九、勇者としてこの世界に呼ばれたのはコウ殿だろう。

 

 ユイリからもシェリル姫の認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)を奴隷契約と一緒に解呪したのはコウ殿の能力(スキル)によるものかもしれん。ワシはそういう思いも込めて、ガーディアスにそう告げると、

 

「はい、私にお任せ下さい。我が主よ……」

「王の期待に応えられる様、最善を尽くしましょう……」

 

 我が忠実なる傭兵隊長と王佐の才である宰相に、ワシはこの国の命運を託すのだった……。


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