勇者になりたくない主人コウ~故郷への帰還を夢見て~   作:時斗

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第17話:シェリル・フローレンス

 

 

 

「さて……と、そろそろ休むとしようか……」

 

 今日は何度も魔力切れを味わい、疲労もピークに達していた僕はひとつ欠伸をすると、

 

「シェリルはまたそちらのベッドを使って。僕は昨日と同じ、椅子で休……」

「……いけません、コウ様」

 

 椅子で休むからと最後まで言わせて貰えずに、シェリルに阻まれてしまう。

 

「……シェリル?」

「コウ様がベッドをお使い下さい。今日は昨日よりもお疲れの筈です。しっかりと休んで頂かないと……」

 

 そのように返答してくるシェリル。

 

「いやいや……、ベッドは1つしかないんだからさ……、それは本当にシェリルが使ってよ。君だって疲れている筈だし……」

「それには及びません。わたくしを労わって下さるのは嬉しく思いますが……、今日こそきちんとお休みして頂きます」

 

 ……なんで頑なにベッドを使わせようとするのだろうか……?年頃の女性を椅子だの何だので眠らせられる訳ないじゃないか……。

 僕はそう口に出すのを何とか思いとどまり、

 

「……ごめん、シェリル。それは譲れないからね?もし、どうしても僕にベッドを使わせたいのなら、ユイリに言ってもう一つ部屋を取って貰うしか……」

「どうしてそのような事をおっしゃるのですか……?もし、コウ様がお部屋を移られるのでしたら、わたくしもお供致しますから」

 

 ……それだと、僕が部屋を変える意味がないだろうに。何故か全く折れる気配のないシェリルに対して、

 

「……取り合えず、シャワーでも浴びてすっきりしてきなよ。少し頭を冷やしてきてくれ……。僕はちょっとユイリに伝達しておくから……」

「……わたくしが湯あみを頂いている間に、椅子でお休みになられたりするのはおやめ下さいね?」

 

 そう釘をさしてくる彼女に、苦笑しながら了承すると、シェリルが浴室に消えていく。それを確認して、僕は溜息をつきながら、ユイリに通信魔法(コンスポンデンス)を飛ばす。

 

<シェリルがベッドで休んでくれないんだけど。ユイリから説得してくれ。それでも折れないようなら、僕が部屋の外で寝るからね>

 

 これで良し、と。後はユイリからの連絡待ち……ってもう来たのか。ステイタス画面に、ユイリからの通信魔法(コンスポンデンス)が送られてきた事が通知され、確認してみると、

 

<それは止めて。警備の観点からも今日はちゃんとその部屋にいて。ベッドについては明日には対応するから>

 

 ……何だこれ。僕はちゃんとシェリルを説得してくれって言っているだけなんだけど……。

 

<それなら、彼女を説得してくれよ!そもそもな話……、何で僕とシェリルを一緒にしているんだ!?恋人でもない年頃の男女が2人って、不味いとは思わないの!?>

 

 少しイライラしながら、僕はユイリに再び通信魔法(コンスポンデンス)を送る。

 全く、何で王様も、僕とシェリルを一緒に警護しようなんて考えたのだか……。ましてシェリルは、隣国の元お姫様だぞ……。王族唯一の生き残りであるかもしれないのに、なんでそんな……。

 そんな事を考えていると、さらにユイリから返信が届き、

 

<そんな話をするなら、どうして彼女を奴隷として購入したのって話になるけれど……。貴方が決めたのでしょう?解放したから、それでさよなら……なんて考えてはいないわよね?あと、貴方と彼女を一緒に警護する云々は、貴方が勝手に椅子で休んでしまった後、姫としっかりと話しあった末の結論よ。それは、私としても姫にはしっかりと休んで貰いたいし、話はするけど、強引には進められないからね……。だいたい、ベッドで休む休まないは別にかまわないでしょう。結局そのベッドは昨日誰も使わなかったんだし……>

 

 …………は?誰も、ベッドを……使っていない……?

 

<ちょっと待って。昨日はシェリルがベッドを使ったんじゃないの!?というより……しっかり休んだのか、彼女は!?>

<……まぁ、そういう訳だから。私もちょっと忙しいから、緊急以外ではこれ以上のやり取りは出来ないわよ>

 

 僕の質問に対して答えずに、一方的に通信を打ち切ると宣言するユイリ。ちょっと待て、聞きたい事はまだ山ほどあるんだけど……!?

 

 それから何度も通信魔法(コンスポンデンス)を送るも、返事はなしのつぶて。ウザいくらいにしか思っていないかもしれない……。クソッ、本当に部屋を出てやろうか……。

 

「…………お待たせ致しました」

 

 そんな中、シェリルの声が響き、浴室から出てきたようだ。

 

「ああ、さっぱりし……た、か……い」

 

 振り返った僕が見たのは、美を体現したような女神そのものの姿だった。

 

 長いブロンドの髪をアップにし、そこから覗く艶やかなうなじは、どことなく色っぽさを醸し出して、身体も湯上り後の為か、上気肌でほんのりと桜色になっている印象を受ける。

 その部屋着なのか肌着なのかはわからない、薄い布地の緑を基調とした服は、彼女の豊満な肢体を納めるには窮屈なのか、ぴっしりと身体のラインを強調させ、胸元などは彼女の大きなその双丘の谷間がはっきりと確認でき、少し身体を屈めただけで胸が溢れだしそうな程、際どいデザインをしている。

 その服の上から掛けられた白色のショールは身体の露出を抑える為に羽織っているのだろうけど……かえってそれが、彼女のセクシーさを際立たせているようにも思える。

 さらには、その服はオールインワンのように上下は繋がっているものの、左右は大きくスリットがあり、その魅惑的な太ももが露わになっているだけでなく、あわや下着まで見えてしまうのではないか、といった状態だ。

 

 頬を赤らめながら立つ、シェリルのそんな姿を目の当たりにした僕は、何を言っていいのかもわからずに、

 

「よ、よく自分で髪を上げられたね?お姫様って、侍女とか誰かにやって貰わないと何も出来ないなんて思っていたんだけど……」

 

 余程、混乱していたのだろう。……口に出して、僕は一体何を聞いているんだとも思ったが、

 

「……これも、生活魔法の一種です。以前にして貰った状態を再現する魔法を使用致しました。……お湯を頂き、有難う御座いました」

 

 そんな事、いちいちお礼を言う事でもないだろうに……。彼女は僕の訊ねた意味不明な質問にも律儀に答えると、そっとお辞儀をする。

 彼女の揺れる胸元に目がいっていた事に気付き、目線を反らしながら、

 

「そ、そうなんだ。と、ところでシェリル、僕、急用を思い出したんだ。ちょっと出てくるから、先に寝てていいか……」

「……駄目です。ユイリにも部屋を出ないように釘をさされている筈ですよ。それに……、どうしてもと言われるなら、わたくしも共に参りますわ」

「そ、その格好で!?いや、わかった。わかったから……、シェリル、ちょっとストップ!そこで取り合えず止まろう、ね!?」

 

 僕の言い訳じみた言葉を最後まで言わせて貰えずに、こちらに歩いてくるシェリルに慌てて静止を促すようにする。

 

「……どうしてそのような事をおっしゃるのですか、コウ様……?」

 

 抗議するようにそう話すシェリルに、それは僕の言いたい科白だと、思いながら、

 

「ねえシェリル……、君、昨日はゆっくり休めた?」

「ええ、コウ様のお陰で……。ゆっくりお休みさせて頂きましたわ」

 

 ……そうなんだ、じゃあ、もっとハッキリと話すか。

 

「……ちゃんと、そこのベッドを使って休んだ?」

「…………」

 

 僕の問い掛けに、ふいっと目を反らすシェリル。

 

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

 嘘を付けなかったのだろう、わかりやすい彼女の様子に苦笑すると、

 

「でも、お休みさせて頂いたのは事実です。先日までに比べたら……、昨日は本当に心からお休み出来ましたから……!」

「それでも……ちゃんと休んで欲しいんだよ。でも、それだけじゃ駄目だ……。ユイリに言って、部屋をわけて貰おう。それがシェリルの為だし、僕の為にもなる」

 

 僕の言葉を聞いて、彼女が悲しそうな表情をする。……うう、そんな顔なんて、見たくないんだけど……。

 

「そんな……、コウ様は、わたくしと一緒にいるのは苦痛ですか……?」

 

 ……その言葉は正確じゃないな。彼女の魅力にやられないように、耐え続けなければならない事が苦痛なのであって……。

 僕はひとつ息をつき、彼女に向き直ると、

 

「シェリルは……、僕が怖くないの?」

 

 ビクッと反応するシェリル。彼女の動きが止まるのを見て、僕は続ける。

 

「……君は、男の欲望を目の当たりにした筈だ。自分がその対象にされて、欲望にさらされて……、とても怖い思いをしたと思う。……昨日だって、最初は僕の事を警戒していたよね?それを考えたなら……僕の提案は君の為にもなる筈だ……」

 

 それなのに……、今日は一転して、僕に尽くすようになっていたと思う。その僕に対する「様付け」も、彼女の心境に現れているのだろう。今だって、そんな恰好で僕の前に現れるし、何故そんな……。

 暫く黙っていたシェリルだったが、

 

「……最初はコウ様の事も、あの店にいた殿方の一人……、そう思っておりました。ですが……貴方はわたくしの感じていた恐怖を慮り、その絶望を癒して下さいました。貴方のお陰で、わたくしは今、こうしてここに居る事が出来ているのです……」

 

 彼女のひたむきな瞳が真っ直ぐに僕を捉え、止めていた歩みをゆっくりと進み出し……、

 

「……今でも、男の方は苦手です。でも、コウ様……貴方の事は、信じております……」

 

 僕の前まで来ると、シェリルはそう言いながら僕の手を取り……、大切そうに両手で包み込む。彼女の肌の温もりを感じ、シェリルの心に打たれつつも、

 

「……僕は、君が思っているような男じゃない……。それに言っただろ、シェリルを欲しいと思った事も事実なんだ。今だって……、必死で自分を律しているんだよ……」

「ですが……、本日はずっと、コウ様のお傍におりましたが……、貴方はわたくしに対して、真摯に接して頂きました。今もこうして、労わって下さっているではありませんか……。それに、今のわたくしはとても一人で眠る事も出来ません……。あの時の恐怖を……、眠ってしまったら、襲われるかもしれないという恐怖が、忘れられませんから……」

 

 だから、わたくしを一人にしないで下さい……。潤んだ瞳で僕にそう訴えかけてくるシェリル。

 ……攫われて、囚われていた時のトラウマ、か……。それを考えたら、彼女を一人にするというのは、些か酷な話かもしれない……。

 僕の手を一層強く握る彼女に対し、

 

「……君の気持ちはわかった。確かに、ただベッドで休めというのは浅慮だったかもしれない……。だけど、シェリル……。君はもっと自分の魅力を知った方がいい……」

 

 男に恐怖を覚えている彼女に僕が手を出してしまったら、きっと今以上に絶望してしまうだろうし、シェリルを大切に思えば思うほど、彼女に手を出すべきではないと実感もしている。

 だけど、僕だって正直ギリギリのところで自分を抑えているんだ。これ以上刺激されたら、理性を保っていられる保証はない。

 

「コウ様なら……大丈夫です。貴方は、強い方ですから……。それでも……どうしてもベッドで休めとおっしゃるのなら……、コウ様も一緒に寝台をお使い下さい」

「ゑ?」

 

 …………ん?今、シェリルからとんでもない言葉が飛び出したような……?

 

「ちょっと待って、シェリル……。ゴメン、少し幻聴を聞いたようで……、もう一度言って貰えないかな?」

「ですから……わたくしと一緒に寝て下さい」

 

 幻聴じゃなかった!?はあああぁぁ!?なんだこれっ!?これって、誘われてんの!?いや……彼女の言動からして、そういう意味で言ってるんじゃないんだろうけど……!ちょっと僕の事を信頼しすぎじゃないのか!?僕、もういっぱいいっぱいなんだけどっ!?

 

「お、男と一緒に寝るって事がどういう事かわかって言ってるの!?」

「……わたくしは、貴方を信じております」

 

 ……そんな事を信じられても困る。

 

「と、取り合えず、シャワーを浴びてくるから……、君は少し冷静になってくれっ」

 

 そう言って半ば強引に話を打ち切り、僕は浴室へと向かう。シャワーを浴びながら、僕自身も少し冷静になる必要がある。シェリルに迫られて真っ赤になった顔を姿見に映しながら、僕はシャワーを使おうとした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、考えは変わらないの?」

「ええ、先にベッドに入られて下さい……」

 

 僕は諦めたようにそう言うと、予想通りの言葉がシェリルから返ってくる。アップにしていた髪も下ろし、僅かに頬を染めながらも、彼女は僕を待っていた。

 結局、シャワーも蛇口のようなものが無く、使い方がわからず途方に暮れていたら、心配したシェリルがやってきて、生活魔法で使用すると教わり、そのまま身体を流すと入ってこようとしたのだ。

 すぐ出るからと彼女に伝えるも、とても冷静に考えられる状況でもなくなり、結果、こうして僕を待っていたシェリルに促されている状況となっている……。

 

「…………本当に、いいんだね?」

「…………はい」

 

 彼女とて全くわかっていない訳ではないのだろう……。それでも、僕に対する信頼からか、そう言って整えられた寝台へ僕を促す。

 

 ……なるようになるだろう。そんな思いの中、僕はベッドの奥に横になると、すぐにもう一人が入ってくる気配を感じる。……見なくてもわかる。シェリルが入ってきたのだ。

 

(……すぐ隣から香る、凄くいい匂いが……、いかん、冷静になれ……!いや、むしろ何も考えるな……っ!)

 

 女性特有のフェロモンとでもいうのだろうか……、すぐに自分を刺激する存在に僕は身じろぎすら出来ない。

 駄目だ、このままだと変に意識してますますドツボに嵌まる……!な、なにか落ち着く方法は……そうだ、素数を、素数を数えるんだ!

 

(えーと、素数は確か……、あれ?3から始まるんだっけ?2も素数?あー、駄目だ!訳が分からなくなってきた……っ!)

 

 素数は駄目だ!じゃあ、円周率か!?今じゃあ「3」で教えられているらしいけど、えーと……3.141592……。この次は何だっけ……?僕は15桁位までは覚えた筈なのに……ッ!

 

(……いや、そもそも仮に15桁まで数えたとして、その後を数えられなければ意味が無い……。じゃあどうすればいいんだ!?このままじゃ……!)

 

 そんな中、むぅ……と悩まし気な寝息を齎すシェリルに、一段と気分が高まってしまう。

 

「……シェリル?もう、眠った……?」

 

 小声で、そう呟くも彼女からの返答はない……。眠ったのなら……、そっと抜け出して椅子かなんかで休めばいい……。少なくとも、ここにいたら眠れないし、何時までも理性を保っていられる保証もない。そう決心して、そっと寝台から身を起そうとした時……、

 

「コウ……さま……」

「うわっ!?」

 

 ベッドから抜け出そうとした僕に、抱き着く様にして腕を取られてしまう。体勢を崩してそのままシェリルと共にベッドに倒れこむ形となり……、

 

(じ、状況が悪化してるっ!?うう……シェリルの、感触が……!)

 

 僕が離れようとしている事を無意識に感じ取ったかのように、僕の右腕にしがみ付いてくるシェリル。とても、腕を引けそうになく、その際に彼女の胸の谷間が覗き、思わずごくりと生唾を吞む。

 

(ほ、本当に、このままだと……!だ、駄目だ……!彼女は……自分の欲望をぶつけていい相手じゃない……!)

 

 特別な意味で、シェリルが大切な存在になりつつあり、そう思う程、理性が自重するよう働きはするのだが、それも、もう限界に近い……。

 

(心頭滅却すれば火もまた涼し……、色即是空空即是色……)

 

 考えられる限り、精神を鎮めようと試みるも、彼女のセクシーさ、妖艶さの前には意味もなさず……、そろそろ本能に身を任せてしまおうか、そう思った矢先、ステイタス画面にある変化が訪れる。

 

(……なんだ?新しい……能力(スキル)……?)

 

 すぐに、その能力(スキル)を確認してみると……、

 

 

 

 

 

鋼の意思(アイアン・ウィル)』……決して折れないという強い意志にて、精神耐性を身に着ける

 

 

 

 

 

 その効力を確認した瞬間、僕はその鋼の意思(アイアン・ウィル)に全てを託す。先程よりも精神の負担が減少したような印象を受けるも、その鋼の意思(アイアン・ウィル)をシェリルの魅力がガンガン削っていっている事もわかった。

 

 まさか、こんな事で新たな能力(スキル)を覚えるとは思わなかったが、このままだと時間の問題……。他に何か気が紛れる事はないか……、そう思った時、僕はある能力(スキル)を思い出す。

 

(そうだ……、ハイ&ロー……。リスクが高くてとても使えないと思ったけれど、いい機会だ)

 

 普通なら使わないであろうそれを発動させると、ステイタス画面に、2枚のカードが出現し、その内の1枚がめくられる。

 

 『7』……。

 

 すぐに『ロー』を選択しようとして、考える。普通に考えたら、ここは間違いなく『ロー』だ。だけど、今は明らかに普通じゃない状況にある……。

 

(だから……、ここはあえて『ハイ』を選択するのが正解……ッ!)

 

 それが圧倒的正解、とばかりに『ハイ』を選択して……、その結果は……、

 

 『4』……。

 

 ……普通に『ロー』を選択しておけば、当たったのに……。ランダムとはいえ、上手くいけば『星銀貨』や、その上の『白金貨』なるものも手に入ったかもしれないのに……!

 

(……そもそも、同じ数を引いてしまったら、30日も能力(スキル)等が使えなくなるハイ&ローを使用した時点で普通じゃない……か)

 

 気を紛らわしているのも束の間、鋼の意思(アイアン・ウィル)もそろそろ限界とばかりに悲鳴をあげているような錯覚を覚える……。さらに……、

 

「コ……ウ、さまぁ……」

 

 再び僕を呼ぶ声に、つい振り返ってしまうと、僕はシェリルの寝顔をまじまじと見てしまった。さらには振り返った時に一瞬目に入ったスリットから覗く、彼女の健康的な脚とその下着までも……。

 次の瞬間、パリンと僕の中で何かが壊れたような音とともに崩れ落ち、僕は彼女の瑞々しい唇に釘付けになる。

 ……先程の可愛い声も、この唇から発せられたものだ。そう理解して、そっと空いている左手でシェリルの頬を撫でると……、

 

「ん……」

 

 僅かに漏れる声に、僕はむっちりとしたシェリルに抑え込まれた右手はそのままにして、彼女に向き合うと、頬に当てた手をそっとあごに持っていき、少し上向ける。

 もう彼女から目を反らせず、後はどうにでもなれと言わんばかりに、左手を自分の方に戻して、シェリルを引き寄せつつ、自身も彼女の唇へと近づけていく……。

 どんどん彼女の寝顔がアップになっていき、あと少しで唇が重なり合うといったその時、シェリルの唇が動く。

 

「おとう……さま、おかあ……さま……」

 

 その声に僕は冷静さを取り戻し、キスしようとした顔を戻して彼女を見ると、閉じられた目元が涙で膨らんでいる事に気付いた。

 

 ボフッ。その音と共に、僕はシェリルの顔を胸に押し付けると、そのまま彼女の頭を撫でる。昨日のように、優しく、慈しむように……。

 

「……早く彼女が安心して身を任せられる人を、探さないといけないな……」

 

 いくらシェリルに惹かれているといっても、いずれ元の世界に帰る自分ではその資格はない……。また、そうしないと僕の身も持たない……。

 彼女を撫で続けながら、復活した鋼の意思(アイアン・ウィル)を発動させて理性を総動員しながらも、僕はそんな事を考えていた。

 そしてもう一つ、わかっている事がある……。

 

(……多分、今日は眠れないだろうな……。何とかこのまま自分を抑えつつやり過ごすしかない……)

 

 そんな僕の予想通り、色々と葛藤しつつ、一睡も出来ないまま朝を迎えるのであった……。

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