勇者になりたくない主人コウ~故郷への帰還を夢見て~ 作:時斗
「◇◆◇◆◇」マークの部分については例のごとく 性描写を匂わせている為、ハーメルンではそこの部分をカット致しました。
――某時刻、王城ギルド『
「……やっぱり
僕はひとり数枚のカードを手に取り、先日考案したカードゲームの改善策を考えていた。その内の一枚は先日、『
今までカードダスを作成していた
アイテムカードや
その件については、レイファニー王女を中心とした魔術師の方々によると、1枚作り出したらそれを複製できるような魔法をカード限定に落とし込んで、独創魔法として登録する予定との事だったが、自分のカードに関しては出来れば1枚ずつ魔力を込めて貰いたいという無茶振りをされ……、その時の状況は思い出したくもない。
ただ、魔力が尽きたらすぐに回復……という事を何度も味わったので、自分の最大MPが増えたという事は朗報であるかもしれないが……。
「お疲れのようですね」
その言葉と共に飲み物を持ってきてくれたのは、『
「すみません、フローリアさん。もしかして、フローリアさんが淹れて下さったのですか?」
「フフッ、随分お悩みのようでしたので気分転換になればと思いまして……。ご迷惑だったですか?」
「まさか!迷惑だなんてとんでもない!……頂きます」
慌ててそのように答えると僕は紅茶に口をつける。フローリアさんも自分の向かいに腰を下ろすと、持ってきてくれた紅茶のようなものを飲む僕の様子を伺っているみたいで……。
そういえば、珍しくフローリアさんと二人きりなのか……。普段一緒にいるシェリルは何やら王女殿下と話をしているようで席を外しており、ユイリも一緒に付いて行っている。そんな時、いつも代わりにレンやグランが僕と一緒にいる事が多いのだが……、今日に限っては2人とも別件で駆り出されている。フローリアさんが自分に付いているという事だと思うが……、今までは無かった為に少し落ち着かないというのが、今の気持ちだった。
「それは……、貴方のカードですね」
「……はい、少しカードのテキストを見直してました」
……自分のカードだからというつもりはないが、
こういったゲームを一から作る人は天才だな……、そんな事を考えていると、
「一枚一枚に魔力を込めて頂いたのです。此方がお願いしたとはいえ……、本当に有難う御座いました」
「ああ……、それはもういいですよ。それより、どうですか?順調に進んでます?」
恐らくはその件で何か伝えに来られたのではと思い、そう訊ねてみたのだが、
「ええ、順調だと思います。今、シェリル姫にご助力頂きながら、カードを複製する専用魔法を開発していると伺ってますし、『
「それは凄いですね……!じゃあ、魔物も『
「そうなると思います。これでより一層、素晴らしいものになるでしょう」
という事は、カード複製の目途が立てばいよいよ……!幻体化させるカードゲームの実用化は思った以上に難しく、もう少し時間が掛かりそうだと考えていた為に、それは疲れを吹き飛ばすくらい嬉しい報告であった。
「登録カードも問題なさそうだし……、楽しみだな。早くプレイしてみたい……!」
「フフフ、まるで玩具を与えられた幼子のようですね」
フローリアさんに微笑ましそうにそう言われ、照れくさい思いをしながらも僕はカードを確認してゆく。元の世界においても時間がある時はそこそこ嗜んでいたのだ。曲がりなりにも自分が提案し開発されたカードゲーム、ワクワクしない方がおかしい。
所謂
(強い実力を持つ人たちのカードは、別の意味でも貴重になりそうだしな……)
カードゲームとは別に、『
「そういえば……、シェリル様のカードも登録カード扱いにされたのですね」
「……流石に1枚しか存在しないカードのテキストをつける訳にはいきませんからね……」
登録カード……、数種類の決められたテキストから1つを選択してカードに当てはめるものの事で、事実上全ての人物がカードを作ればゲームで遊べるようにしたのだ。最も、『
その辺は流石によく考えているなと、主導したフローリアさん達には感心するばかりだったが、
「それにしても……、よく思いつかれたものですね。我々の国にあったカードを利用して、それを遊戯や召喚のツールにするなど……」
「僕のいた世界に原案がありましたしね……。半分は僕の願望もありましたけど」
「そうだとしても、です。これはもしかしたら……、今までのファーレルの通念も変えてしまうかもしれませんよ」
フローリアさんの物言いに大袈裟な……と思っていると、彼女から熱っぽい視線が自分に注がれているような錯覚を覚える。僕の肩にとまっていたぴーちゃんもそれを察したのか、ぱたぱたと自分に与えられた止まり木のところまで飛んでいってしまったが、フローリアさんは一瞬残念そうにぴーちゃんを見るも、すぐに僕の方へと視線を戻す。
……ぴーちゃんを見ていたのかと思ったけど、これは……。僕は落ち着かないような思いを感じつつも、居住まいを正すとフローリアさんは口を開いた。
「……正直に申し上げますと、貴方が勇者様であるかどうかに関係なく、この世界に……いえ、ストレンベルクに留まって頂きたいと思っております」
「フローリアさん、それは……」
お断りした筈……、そう続けようとした僕を制するようにして、先程よりも強く、無視できないような彼女の瞳が自分を捉える。
な、なんだ……?いつもとは違う……、なんか妙な感じが……!?
「コウ様、貴方が元の世界に戻られたいという事は存じ上げております。ですが……、それが分かっていてもなお、いずれ戻られる貴方をこのまま見送るのは宰相としては些か承服できないものを感じているのです。それほど、貴方がこの国に与えている影響力は大きい……」
「か、買い被りすぎですよ、フローリアさん……。僕は本当に、唯の一般人で……」
「その貴方の仰る一般人であるコウ様を、この国に迎えたいと言っているのです。待遇は出来る限り貴方の希望を叶えるように致しましょう。王女殿下も貴方に心酔していらっしゃるようですし、この国の次期王……という事だって実現は可能でしょう」
そのように返答しつつ、フローリアさんから目が離せなくなっていく。こ、これは不味い……!僕は何かされている……!?
「……貴方が帰りたいと思われている理由は伺っております。ご家族の方を看なくてはならない、と……。であれば、ご家族の方やご関連の方々も含めたこの国に招致されるというのは如何でしょう?何一つ不自由しない待遇はお約束致しますよ?」
「……どうしてそこまでしてくれようとされるのです?まして、そんな事が可能なのですか?一人を召喚するのですら、莫大な魔力を消耗すると聞いてますけれど……」
いくら何でも、そんな事が出来るとは思えない。それに、もし出来たとしてもそこまでして僕をこの世界に留めようとする理由もわからない。……勇者の件についても、一通りの解決を見るまではファーレルに留まるとも伝えてある。この世界の危機についても、僕の出来る事はすると約束しているのだ。
それなのに、余所者の僕を国に迎えてまで囲おうとするのは何故だ……?ストレンベルク王国にしたって、当面の危機が去ったのならば、強い影響力を持った余所者がいなくなる事の方が都合が良いのではとも思えるのに……。
「……魔力の面については、実は一人を招致するのも複数人を招致するのもあまり変わらないのですよ。要は異世界より召喚する際に、莫大な魔力を消耗してしまうので……。それについては、他の転送魔法然り、多人数を召喚する事は可能だと思います。最も……、その際には招致する人をまとめなければならないので、どのようにするかは考えなくてはなりませんが……」
それこそ貴方が元の世界に戻れるだけの魔力を確保しようとしているので、招致については問題ないとするフローリアさん。そして彼女は続ける……。
「後はどうしてそこまでしてくれるのか、ですか……。前から思っていた事ですが、貴方は随分とご自身の評価を低く見積っているようですね。いえ、もしかしたら危機を救ったその後の事も見据えて仰っていらっしゃるのですか?それならばコウ様が気になさることはありませんよ」
フローリアさんはそう言って一息つくと、
「……今までがどうだったかはわかりませんが、貴方はこの世界に召喚されて以来、その優秀さを示し続けてきました。亡国の姫君であったシェリル様をお助けし、そのお心を掴まれただけでなく……、私を含めた『
「…………それは」
「王宮でも『
少し苦笑しながらも、彼女は純白の長い髪をかき上げてこちらを見つめた。……今、はっきりわかった。フローリアさんは僕を……。
「……フローリアさん、どうしてこんな事を……」
「それだけ貴方を評価している、という事です。別に変な事ではありませんよ。この世界ではより優秀な子孫を残す為に優れた異性との関係を望むのはごく普通の話です。まぁ、私程度の『誘惑』ではあまり効果は無かったようですね。……『誘惑』は注目を集めるというだけであって、別に意識を操作するというものではありませんから、自然体の
そんなに私は魅力に乏しかったですかね、と溜息をつくフローリアさん。
「い、いえ、決してそのような……」
「いいのです、わかっていますから。そもそも、貴方はあのシェリル様からのアプローチに対しても己を保ち続けているのです。些か私には荷が勝ちすぎた、といったところですかね……」
……それは、確かに……。天然なのかどうかはわからないが……、シェリルの寄り添ってくるようなスキンシップは色仕掛けというレベルを超えて、自分の理性をガンガン削ってくるのだ。まして好きな娘のそれと比べてしまうと……、他の人の誘惑なんてちょっと目を引く程度のものである。
「ですが、先日娼館へ行こうとされたと聞いてますよ。そういう事に関心が無いという訳ではないのでしょう?行きずりの女性とされるつもりがあったのならば……」
……このまま流される訳にはいかない。先日の件の事を話しながら自分に迫ろうとしてくるフローリアさんに、顔を朱に染めながらも僕ははっきりと答える。
「……ええ、それでシェリルを傷付けてしまったばかりです。フローリアさん、僕はもう、間違える訳にはいかないんですよ……」
僕は彼女の両肩に手を添え、窘めるように距離をおくと、
「貴女に魅力がないという訳ではありません。……叶うならば抱きたいとも思います。ですが……」
「……シェリル様は貴方が自分を抱いて下さるならば、他の誰となさっても何も仰らないと思いますよ?彼女は滅んでしまったとはいえ、一国の姫君。ご自身と一緒になる方が側室、妾と複数の女性を持つ事はわかっていた筈です。……私としては、貴方がシェリル様や王女殿下と関係を持たれる切欠となればと思い、このような
……やっぱり、フローリアさんの狙いはそこにあったのか。であるならば、尚更僕はフローリアさんを受け入れる訳にはいかない。彼女を抱いてしまえば、僕はシェリルも抱かなくてはいけなくなってしまう。そして……、シェリルと関係を持てば……、僕はもう彼女を手放せなくなり、離れる事が出来なくなってしまうだろう。そうなってしまっては、シェリルを僕の居た世界に連れて行かなければならなくなり……、ひいては自分が想像する通り、彼女の不幸を誘発する事となる。
……それだけは、避けなければならない。
「……フローリアさん、やはり僕は軽はずみな事は出来ないんです。貴女の先程の提案……、家族をこの世界に呼ぶ話についても、この場では決める事も出来ません。僕にとって、シェリルは大切な
「…………わかりました。私とて貴方を困らせたい訳ではありません。今日はこの辺にしておきましょう。ですがコウ様、お心には留めておいて下さい。我がストレンベルク王国は、貴方を欲している事を……。そして、貴方のその信念はご立派だと思いますが……、彼女たちは貴方に愛されたいと願っているという事も、どうか覚えておいて下さいませ……」
そこで漸く、フローリアさんは『誘惑』の
「フローリア様っ!!」
「……どうしたのです、騒々しい……。今、彼と大事な打ち合わせをしているところなのですよ」
その人は確かフローリアさんのお付きの……。一体、何があったんだ……?彼は血相を変えて、フローリアさんに詰め寄り……、
「申し訳御座いません、フローリア様。ですが、緊急の連絡なのです……!あのトウヤ殿が……、またやらかしました……っ!!」
彼の言葉に、僕はサァーと表情を無くす。頭の中が真っ白になる。トウヤが……一体何を……!?
話を聞いたところ、これより緊急の会合が行われるという事で、僕はフローリアさんに自分もそれに加わりたいと伝える。最初、話は私たちでと言っていたが、僕にとっても他人ごとではないと伝え……、参加を許される事となった。
……僕は心底後悔していた。何故、もっと早く女神様より授かった力で、彼を止められなかったのか。オリビアさんの時とは違う……、今回の事は、防ぐ事が出来たかもしれない……!その会合に向かう際中、僕はそんな自責の念に囚われていた。そして……、被害に遭った人が誰かを知った時、その思いはさらに増幅される事となる……。
(本当に……、何を考えているの、あの男は……っ!)
シェリルと一緒にカードの複製の為に、既に失われた魔法である『
「レイファニー様っ!此度の事は……、私は絶対に許す事は出来ませぬっ!娘に手を出したあの男に……!例え勇者といえども、決して……っ!!」
……トウヤは、また強姦事件を起こしていた。今回被害に遭ったのが……、ストレンベルク王国の商人ギルド、『人智の交わり』のマスターであるマイクの一人娘で……、まだ14歳であるジェシカであった。
ベアトリーチェによる報告がなされ……、その詳細が明らかになる。それによると……。
先日、商人ギルド長のマイクが商業国家ディアプレイスを交えた協議から帰宅すると、既に戻っている筈の愛娘がいない。ギルドの職人に確認したところ、今日は早めに仕事を切り上げていたとの事で、マイクは真っ青になって商人ギルドにやって来ると……、ジェシカは控室の机に突っ伏すかたちで眠っているのを発見した。
娘の姿を見てホッと一安心し、彼女を起こしてそのまま連れ帰ったのだが……、翌日になってジェシカが変わってしまった事がわかる。今まで彼女が大切にしていた幼馴染の事を忘れたかのように振舞い、代わりに殆ど面識もなかったトウヤの事を話すようになったのだ。あろうことか、ジェシカの方からトウヤの下に行きたい等と言い出し、マイクが窘めると『普段お父さんは自分に縁談話をしてくるのに、どうして反対するの。お父さんの条件はトウヤ様は充たしているでしょ』と指摘される始末……。
マイクが戸惑っていると、それを見計らったようなタイミングで勇者で貴族を名乗るトウヤがやって来る。トウヤを見た瞬間、嬉しそうに彼に飛び込むジェシカ。それは、今までジェシカがアルフィーに対して見せていた様子と重なり……、我が目を疑い混乱するマイクにトウヤが詰め寄ってきた。『彼女は勇者である俺を支えてくれる必要な存在だ。見ての通り、俺に従い、慕ってくれてもいる。だから、彼女は連れて行く』とジェシカの肩を抱き寄せながらそんな事を宣う。
娘はまだ子供です。仮に嫁に出すとしても、許嫁という事になります。そう話すマイクに、『体は充分大人顔負けだ。アソコの具合も味わったが申し分ない。今は非常時だろう?必要なものを徴収するのは当然だ。子供だからというのは通用しない』とトウヤは聞く耳を持たない。その言葉に些か不穏なものを感じたマイクがどういう事なのか問い返すと、トウヤは軽く舌打ちしながら、『今日のところはこのまま帰ってやる。急な事だった訳だしな。だが、次に来た時はジェシカを連れて行くぞ。……ジェシカ、それまでいい子で待っていてくれ』……そう言って漸くトウヤはジェシカの額に口付けして引き下がっていった……。
色々な事が起こりすぎて憔悴するマイクの下に、ベアトリーチェが接触する。トウヤの行動で幾つか不可解な事がある、娘さんについて確認させて貰いたい。ベアトリーチェの話によると、トウヤが怪しい行動をとっており、目を付けている可能性のあったジェシカの様子を確認する為に商人ギルドに訪れた際には、彼女の姿は何処にも見られなかったという事で、そもそも控室にいたというのも可笑しいとわかり、ジェシカの状態を診て貰ったところ……とんでもない事が判明した。
ジェシカは……処女を失っていたのだ。ベアトリーチェの『
『ヒュプノブレスレット』……。身に付けられた者の思考を都合のいいように染められるという禁忌の
このままにしておくと精神に支障をきたす恐れがあるとして、ベアトリーチェがジェシカに鎮静作用と睡眠を促す薬を処方し、落ち着かせたところで……、彼女から詳しい事情を聴き出し、王宮に詰めかける事になったのである……。
(まだ子供であるジェシカに手を出すなんて……!それも、よりによって王国に貢献し続けてきているマイク殿の愛娘を……!)
彼らの事は『レイア』の姿で市井に下りている時より交流していたからよく知っている。妻を早くに亡くし、その一人娘の為に、商人ギルドの一職員としてその才能を王国に捧げてきた功労者であるマイクに加え、その父を助けるために自身の才能が判明した時点でギルドのコンセルジュとして働く事を選んだジェシカ……。そんな人達を、あの男は無茶苦茶にしてしまったのだ……!
「私はっ……、この国の為に骨身を惜しんで捧げてきたつもりですっ……!それなのにこんな事が……、こんな事が許されるのですか!?この世界を救う勇者だからと、娘を徴収される事も……、汚される事も……っ!」
「……ご心中お察しします。貴方がこの国に尽くしてきた事も、私をはじめ王女殿下もわかっておられます。冷静に……というのは無理な事と存じてますが、どうかお話を聞……」
「宰相殿っ!私は問答する為にこの場にやって来た訳ではないのですっ!……勇者の事については王族の……それも『
はっきり答えて頂きたい、と真っ直ぐにこちらを見てくるマイク殿の瞳にはある意思が込められているように感じた。誤魔化す事は出来ない……、でも、この場で今回の『招待召喚の儀』について起こってしまった複雑な事情を、コウの事を話してしまう訳にも……。
逡巡する私をマイク殿が言葉を発しようとする直前、別のところから声が上がる。そして、それを発した人物は……!
「マイクさん……、申し訳ありません。まさかジェシカちゃんが……、このような事になってしまうなんて……」
「……コウ殿?コウ殿もこの場に呼ばれていたのですか……。しかし、これは私と娘の個人的な事情ですので、今は……」
「……いえ、今回の件は僕も無関係ではありません……。むしろ、僕がちゃんとしていたら、今回の事は起こらなかった可能性も……」
「コウ様っ!!」
コウがそこまで言ったところで、彼の傍に控えていたシェリルがストップをかけた。
「コウ様に責任はありませんわ!此度の事は全てあの者がやった事です!どうして貴方に関係があるというのですか……!」
「……シェリル、僕はアイツを止める力を女神様から頂いていたんだ。止める力はあったのに……それなのに奴の蛮行を許してしまった……」
「……コウ殿、それについては様子を見るように決めていた筈です。あの者の力は間違いなく本物であって、確実に抑える為にも今は様子を見て力を蓄えておく……。そのように決めたと報告は受けていますよ」
シェリルに再考を請われてなお、彼が己を責めるように吐露するのを見て、私は被せるように言葉を投げかける。彼がトウヤの持つ
私たちの話を聞いていて、疑問に思ったらしいマイク殿が話に入ってくる。
「王女様……?それに、コウ殿も……。一体、何の話をされているのですかな……?」
「……そうですね、マイク殿ももう無関係ではないですし……。ですが……、これから話す事は絶対に他言無用でお願い致します……」
……コウ自ら話に入って来たのだ。もう彼には話すしかないだろう。……まぁ、マイク殿は周りに言いふらすような人物ではない。
私は小さく溜息を吐くと、マイク殿に今回の『招待召喚の儀』がトウヤに干渉されたせいで不完全な形で行われてしまったという事と、トウヤが本来の勇者を排除しようと考えないように取り敢えず彼が勇者と名乗るのを黙認している事を説明する。
「……その話を聞いて安心しました。それならば、あの男に何があったとしても、勇者を排斥してしまうという事にはならないという訳ですな……」
「……マイク殿、貴方は……」
今日、彼の目を見た時からわかっていた。マイク殿の瞳にはある覚悟の炎が灯っているのを……。この人は、きっと……。
「マイクさん……、早まったら駄目です……!」
「コウ殿……、いえ、勇者殿。申し訳ないが、私はもう……」
「……貴方の覚悟は、伝わってきます。例え敵わなくとも、アイツに一矢報いようとなさっているのですよね。そのお命をかけてでも……」
コウの指摘にマイク殿は弁明もせずに静かに目を瞑る。……そう、彼はきっとトウヤの下に抗議をしにいくつもりなのだ。そして、彼が謝罪をしなかった時には……。
「……私の命よりも大切な娘が傷つけられたのです。それについて、何もしない等という事は有り得ない。……あの男が勇者でなくて良かった。これで、何も考えずに事を構えられる……!」
「それを止めて頂きたいと言っているのです……!返り討ちに遭うだけだ……!」
「それでも止める訳にはいかないのだっ!悪事を行った者は罰が下る、子供でも分かる事……!敵わないからお咎めなし等と、受け入れられる訳がない……!例え私がどうなったとしても、あの男に思い知らせてやる……っ!」
「……それで、貴方が居なくなったらジェシカちゃんはどうするんです?自分の為に父親がいなくなったのだとわかったら、彼女がどう思うのか……。貴方にはわかる筈だ……っ!」
娘の話を出されて、マイク殿がグッと言葉を詰まらせる。それを見てコウは畳みかけるように続けた。
「トウヤに詰め寄ったとしても、アイツは何も感じる事なく、貴方を殺すでしょう。僕も一度彼の殺気をその身に受けましたが、トウヤは人を殺す事に何とも思っていないみたいですし、自分に突っかかって来た男を返り討ちにしてやった……、それくらいにしか思わない筈だ。そして、マイクさんが居なくなった後に、アイツは邪魔者が消えたとばかりに再びジェシカちゃんを襲って無理矢理にでも攫い……、手篭めにして自分のものとするでしょうね……。もう既に実行している事です、迷うなんて事はないでしょう。それでも貴方は……、あの男に復讐をすると言うのですか?」
「ならば……このまま泣き寝入りをしろと言うのかっ!娘を傷物にされて……っ、ジェシカの意識すらあの男に弄ばれてっ!それを黙って見ていろというのかっ!?抗議しても死ぬだけだからと……!?自分が何をしたかも分かっておらぬあの屑のような男にこのまま何もしないなど……、私には考えられぬっ!!」
感情を露わにするマイク殿。その憤る彼をコウは真っ直ぐに受け止めていた。
「コウ殿に私の気持ちが分かるかっ!?傷ついた娘の気持ちが分かるのかっ!?私はもう、覚悟を決めているのだっ!今日この場にやって来たのは、例え奴が勇者であったとしても私は復讐するという事を示す為だ。それが、奴が勇者でなかったとわかり、もう何も憂いも無く決行する事が出来る……!今更命を惜しんで復讐を止める事など出来る筈もないっ!」
「そこをなんとか思い留まって頂きたいと言っているのです。貴方が居なくなって喜ぶ者なんて誰も居ません。確かに貴方の気持ちやジェシカちゃんの気持ちは……、慮る事しか出来ませんよ。実際にどれ程お心を痛められているかは想像する事しか出来ません。ですがっ、貴方も分かるのですか!?自分の事でお父さんを失うジェシカちゃんの気持ちが……、マイクさんに分かるのですかっ!」
コウも負けじとマイク殿に言い返す。遠目に見て、コウが血が滲むほど拳を握り締めているのがわかった。それをシェリルが辛そうに彼を見守っている様子も……。
(シェリルも気が気でないでしょうね……。コウもまた自分のせいだと溜め込んでいるみたいだし……)
またあの時の様になってしまったらと危惧するも、マイク殿はますます激昂してしまっており、
「ならどうすればいいのだっ!?コウ殿、貴方はあの屑が好き勝手しても黙ってみていろと言われるのか!?このままにしておけば、どの道ジェシカは奴に狙われておるのだ!次に来た時は娘を連れて行くと言っておるっ!コウ殿はこのまま奴が娘に手を出そうとするのを我慢しろと、見過ごせとそう言われるのか!?」
「そんな訳ないでしょう!?僕が言っているのは、
ここでコウは今までにないくらいの迫力でもって、部屋中にはっきりと聞こえる声でそのように宣言した。そして、呆気に取られているマイク殿に語り掛けるように続ける。
「……あの男をこのまま済ませるつもりはありません。因果応報……。マイクさんの仰る通り、悪い事をした者は裁かれるのが通例です。しかし、下手に仕掛けてもアイツの持っている
「コウ、殿……」
「僕は必ずあの男に報いを受けさせる……!ジェシカちゃんが受けた屈辱をっ!僕の知人が味わわされた分も合わせて……、いや、アイツの被害にあった全ての方々の分も、全部ひっくるめて、熨斗をつけて返してやりましょう……!だからマイクさん、僕に時間を下さい……」
そこでコウは私の方を見る。目が合いドキッとしたのも束の間、彼は私に対し、
「王女殿下……、これ以上トウヤが好き勝手させない為にも、何か手を打って頂く事は出来ますか?特にジェシカちゃんの事は早急に対処しなければならないでしょう。今の僕が彼に仕掛けても、討伐できる可能性は低いと思います。よくて3割……といったところですかね。それも、まだ奴が切り札のような
「……わかりました。あの者については任せて下さい。既に貴族の令嬢や、ギルド長のご息女を、しかも15歳にも満たない子供を襲っているのです。我が国の法に照らし合わせれば極刑も免れません。その辺も踏まえ、あの者には行動を制限させます。……今回の件は国の落ち度です。
もう同じ過ちはおかせない。私も決意を持って彼にそう伝えると、
「マイクさん、そういう事ですので、どうかその怒りを僕に預けて下さいませんか?そして、ご自重下さい。傷ついたジェシカちゃんを、これ以上悲しませないであげて下さい……」
「……貴方が、晴らして下さるのか……?私の怒りや、悲しみを……」
マイク殿はコウの毅然とした態度と誠実な言葉に冷静さを取り戻したようであった。そんな彼の呟くような言葉を受けて、コウはそれに応える。
「ええ、お約束致します。僕の命にかえましても、必ずや……」
「……わかりました、貴方を……信じます。娘の受けた屈辱を……どうか晴らして下さい、勇者殿……!」
マイク殿はそう言ってコウに深々と頭を下げる。お任せ下さいと言葉を掛けるコウを見ながら、最悪の事態も覚悟した今回の騒動が彼のお陰で上手く収まった事を理解する。
勿論、王家としても動かなければならないし、やらなければいけない事も出来た。トウヤについては、自分へ向けられた恋慕や劣情の感情を利用してでも型にはめ込むつもりだ。
「王国としても出来る限りの事はさせて頂きます。ジェシカさんのケアは勿論、その後の事も含めてお任せ頂きましょう。ギルド全体を纏める者として、宰相としてもお約束致します。そして……、トウヤに挑む事でこの方を失うといった事態にもさせるつもりもありません。ですので、貴方は何一つ気に病む必要はありません。トウヤに相応の報いを受けさせるその時まで、娘さんの傍にいて差し上げて下さい」
「宰相殿……、それにレイファニー王女様に置かれましても……。重ね重ねのご厚意、痛み入ります……」
私へも頭を下げるマイク殿に声を掛けながら、リーチェに聖女様への手配を頼む。この手の治療に関しては、彼女に任せるのが最善であるし、話が拡散する事も抑えられるだろう。また、その後にケアについても、ジェシカが本当に想いを寄せる者に任せるしかない。私はその手配も指示しながら、コウの掌を治療するシェリルの方を見る。
(……シェリル、彼の事、お願いするわよ……)
コウはまた色々と溜め込んでしまっている。それについて、今は彼女に任せるしかない。
シェリルにその事を託しつつ、トウヤを抑え込む為の段取りを考えながら私は部屋を後にするのだった……。
(クソッ!一体、なんだっていうんだ……っ!)
今朝、クランのリーダーであるシーザーさんに、王宮からの指示だ、すぐに商業ギルドに向かえ、と言われ……、オレはクランを離脱して一人、王宮を目指していた。そもそも意味が分からない。どうしてオレだけが、しかも王宮から名指しで指示が来るっていうのも変だ。
……ストレンベルク王国所属のクランの中ではトップの実績を誇る、シーザーさん率いる『獅子の黎明』……。先代よりリーダーの座を譲り受けたシーザーさんは、『獅子の黎明』の名をさらに押し上げ、王国初のSランククランにならしめた実力者で……、オレにとっては雲の上の存在といえる英雄だ。シーザーさんや彼を支えるお仲間の方達には、間違いなく王宮からお声が掛かり、騎士団の中でも中枢のポジションを任される筈と囁かれてさえいる。
そんな凄い人たちのパーティーに、見習いとしてとはいえ所属させて貰っているオレは本当に幸運なんだろう。だからこそわからないのだ。何故、自分だけが呼び出されたのかが……。
(商業ギルドってのも変なんだよな……。冒険者ギルドに戻れっていう事ならわかるんだが……)
王宮からの指示って事は、ストレンベルクのギルド全てを統括している王城ギルドからって事になる。クラン全体に指示が出たっていうならまだ分かるが……、どうしてオレだけが……?
(もしかして……、オレ、冒険者に向いてないから手伝っていた商業ギルドに戻れって事?……オレ、クビになるようなヘマ、やらかしたかな……?)
……新しく確立したカードに魔力を込める技術でもって、
『獅子の黎明』でもシーザーさんと同じ時期に入団した、彼の幼馴染でもある魔術師、セシルさんがその『
とはいったところで……、そもそも見習いのオレは原則的に雑用係だ。戦闘にも参加はするものの、積極的に戦う訳ではない。ほぼ瀕死の魔物に止めを刺したり、死んだ魔物から魔石等を回収したりするのがオレの役目である。……その時にオレ、何かしちゃったのかな……?
「まぁいいか、行ってみればわかるだろ。それに、商業ギルドっていうなら、久しぶりにジェシカにも会えるしなっ!」
『獅子の黎明』はストレンベルクだけでなく、他国に渡ったりもする。最も、手紙でやり取りはしていたし、オレ自身、有名になるまでは戻るつもりはなかったのだが……、こうなっては仕方がない。オレが顔を出したら、ジェシカの奴、驚くかな?いや、王宮から指示がいっているから知らないなんて事はないか。久しぶりにアイツの笑顔が見れるけど……、でも、マイクさんには顔を合わせづらいんだよなぁ……。
……この時のオレはそんなお気楽に考えていた。それが……まさか、最愛の幼馴染があんな事になっていたなど……、想像も出来なかった……。
「…………は?マイクさん、一体何を言ってるんですか……?そんな事、信じられる訳がない……」
「……事実だ」
「嘘だっ!!マイクさんっ!アンタ、オレが自分に背いて冒険者ギルドに登録した事を良く思っていないから……っ!だから、そんな出鱈目を言うんでしょう!?流石に笑えませんよ、そんな冗談はっ……!」
久しぶりの商業ギルド『人智の交わり』で、オレはジェシカの父親であるマイクさんに詰め寄る。彼女の笑顔を見られると思ったら……、信じたくない残酷な話を聞かされて、オレは何も考えられなくなった。
「……こんな事、冗談で言える訳がなかろう。どうして娘がこの場に居ないのか……、少し考えれば私の言った事が事実だとわかる筈だ」
「やめてくれっ!嘘だ……、そんな事、起こる筈が……!大体、何でそんなに冷静でいられるんですっ!?もし本当なら、ジェシカは……っ!」
オレは耐え切れなくなって、思わずマイクさんに掴みかかってしまう。そんなオレの手を静かに振り解くと、
「……冷静、ではない。冷静を装っているだけだ。私の腸は煮えくり返っておる。他ならぬ愛娘を傷付けられたのだ。冷静でいられる訳がなかろう……!」
「ジェシカは……っ!ジェシカは今どうしているんですっ!」
「今、ギルドの一室で聖女殿に看て貰っておる……。王宮の方で手配して下さったのだ。聖女殿ならば、体は勿論、精神面も癒して下さるだろう……」
その言葉を聞き、オレはジェシカがいると思われる部屋に行こうとして……、マイクさんに止められる。
「今は駄目だ。ここでお前が顔を見せれば、娘に影響を与えてしまうかもしれぬ。聖女殿が出て来られるまで、ここで待つのだ」
「……ジェシカを傷付けたのは……、トウヤって奴か?巷で勇者とか云われている……?」
その名前は聞いている。あの竜王バハムートを追い払い、ストレンベルク山中を完全に支配下に置いた『勇者』としての名声は……。それを聞いた時はあのシーザーさんをして、真似できないと言わしめる偉業であり、此度の勇者は随分と頼もしい人のようだなと思ったものだったが……、まさかジェシカを無理矢理自分の手中に納めようなどという蛮行に及ぶなんて……!
「……強い力を持っているのは確かだが、『勇者』ではないようだ。私が王宮に呼ばれた時、そのように聞いた」
「なら、殺しても問題ない……て事だな?最も、勇者だったとしても関係ないけど……」
そうとわかれば……。オレは踵を返し商人ギルドから出て行こうとする。ジェシカの顔を見れないのは残念だが……、それを聞いた以上、ここでジッとしている事などオレには出来ない。
そんなオレの肩を掴んだのは、マイクさんだった。
「待て、アルフィー。何処に行くつもりだ?」
「決まってるだろ、その糞野郎のところだ。……まさか止めるなんて言いませんよね、他ならぬマイクさんが……!」
マイクさんに振り返ることなく、オレはそう告げる。愛娘をそんな目に遭わされたマイクさんが止める筈がない……、と考えていたのだが、予想に反して、マイクさんが俺を止めてくる。
「……お前が行ったところで返り討ちに遭うのが関の山だ。冒険者になりたてのお前が太刀打ちできる相手ではない。お前の父親のようになる……」
「だからってこのままにしておける訳ないだろっ!?マイクさん、アンタは何も感じないのかっ!?ジェシカがそんな目に遭わされて……なんでそんな事が言えるんだよっ!?」
「……私も命にかえても奴に一矢報いてやろうと思ったさ。しかし、この方に止められてな……」
そこで、オレ達のところに幾人かがやって来る……。珍しい黒髪を持つ冒険者風の男を先頭に、王国の士官服を着た男女やローブを羽織った美女といった人たちがオレの前まで来ると、
「君がアルフィーだね?僕はコウだ。よろしく」
「……どうも。それで?アンタもオレを止めるのか?」
挨拶もそこそこに、オレはそのように切り出す。というよりも、構っている時間が惜しい。
「悪いがやらなきゃならない事が出来たんだ。何を言われてもやめるつもりはないから邪魔しないでくれ」
「……それをやめさせる為に、こうして出てきたんだ。少し落ち着いて話を聞いて欲しい」
「落ち着ける訳ねえだろっ!?大事なものを傷付けられたんだぞっ!?今すぐにでもそいつをぶっ殺さなきゃ気が済まねえ!」
殺気立った目でコウと名乗った男を睨みつける。なんと言ってマイクさんを説得したのかはしれないが……、オレは説得されるつもりは毛頭ない。
「邪魔をしようとするならぶちのめしてでも行くぞ……?オレはアンタに構っている暇はねえんだ」
「君には無くてもこっちにはあるんだ。それにいいのか……?君がトウヤに挑んで返り討ちになったら……、ジェシカちゃんは救われないぞ?」
「うるせえっ!!だからって、このままにしておけるかっ!いいからそこをどけっ!!力づくでも押し通るぞ……っ!」
そう言ってオレは父親の形見である、ジャマダハルと呼ばれる特殊剣を構え、そこに魔力を通し始める……。決して脅しではない。これ以上ガタガタ言うようなら多少痛い目に遭わせてでも……。そんな事を考えていたオレに、
「……本当にいいのか?君が死ねば彼女も生きてはいられない……。場合によっては死ぬよりも辛い目にあうかもしれない。現状よりもさらに酷い事になるかもしれないんだぞ?」
「っ……それは、どういう意味だ……!」
「考えてみてくれ……。これはマイクさんにも話した事だけど、君が死んで一番悲しむのは誰だ?苦しむのは誰だ?そして、君が死んだら誰がジェシカちゃんを守るんだ?今、彼女が唯一傍に居て欲しいと思っている人は誰だと思う!?君のカードを大切に、今も離さずに抱きしめているジェシカちゃんを残して、勝機のない戦いを挑み、死ぬ……。それでいいのかっ!?」
目の前の男の言葉が、オレの胸に刺さる……。反論できないでいると、さらに言葉が飛んできた。
「……アイツの目的はジェシカちゃんだった。王女殿下たちも動いてくれているけど、トウヤがそれで諦めるかどうかはわからない……。アイツは、僕の仲間の奥さんにまで手を出した。その人は、この国の公爵令嬢だ……。アイツは、自分が気に入った人はそんな事に関係なく狙ってくる……!そんな時、再び彼女が狙われたら、誰がジェシカちゃんを守るんだ!?連れ去られて、そのままトウヤの慰み者のようにされ……、その時には彼女の想う君はいない……。そんな状態で、生きていられると思うのか!?人は絶望の中で生きていく事が出来ると、君はそう考えているのか!?」
「だったらっ!……だったらどうすればいいんだよ……。オレのこの怒りは……、ジェシカが受けた屈辱は……、一体どうすれば、いいんだよ……」
手に握っていたジャマダハルが零れ、カランと地面に落ちる。オレ自身、力なくその場に両膝をつき……、収まらない激情が涙となってぽろぽろと零れていく。
コウという人物はオレの肩に手を置くと、
「……マイクさんと同じように、君にも誓うよ。君のやりきれないその思い、僕が預かる……。その思いの分も一緒に、僕があの男に返してやる。ただ返す訳じゃない、倍返しだっ!その為の力を……、僕は奴に力を与えた女神様から貰っているんだ。確実に成敗できる時を待ち……、必ずやり返す。そんなに待たせるつもりもない。これ以上、奴の魔の手によって不幸になる人を出さない為にも、近日中には行動を起こすつもりだ……!」
「……アンタが?そんなこと、本当に……」
「口だけでは何とでも言えるからね……。だから、これを見てくれ」
するとコウは何やら
「……『
「……じゃあ、アンタが……」
オレは目の前の男性を見上げる。よく顔も見ていなかったが……、髪と同じく黒色の瞳が優しそうな眼差しで俺を見つめていた……。
「ああ、任せてくれ。曲がりなりにも、勇者としてこの地に呼ばれているみたいだしね。最も、あの男が干渉したせいで、本来来るはずの勇者は召喚されず、勇者の力よりも強い実力を持っている為に下手に手出しが出来なかった訳だけど……」
「じ、じゃあ……、アンタが『勇者』!?も、もしそうだとしたら、オレ……じゃない、自分は、かなり貴方に失礼な事を……!」
「そんな風に畏まらないでくれ……。今話したように、本来ならば来るはずの無かったポンコツ勇者なんだ。正直、僕が勇者だなんて思ってもいないんだけど……、現状『勇者』として呼ばれたのは間違いないみたいだし……、悔しいけどまだトウヤの足元にも及ばない事も事実だ。だから、先程の様に普通にしていてくれ」
苦笑しながらそのような事を宣うコウに差し出された手を掴んで、膝をついていた状態より立ち上がる。すると、奥の一室が開き、中から当代の聖女であるジャンヌ様が出てくるのが見えた。
「聖女殿……っ!娘は、娘は……っ!」
「……これから説明します、マイク殿。……ヴィーナ、お願い」
「わかりました……。リーチェ、もう大丈夫です……、有難う」
聖女ジャンヌ様を支えるようにして一緒に出てきた士官服を着た騎士風の女性が、そう言ってマイクさんを落ち着かせると、それを聞いて一息ついた後、ジャンヌ様が口を開く。
「……出来る限りの治療はしました。『
「そ、それじゃあ……」
希望に満ちた表情を見せるマイクさんだったが……、ジャンヌ様が軽く首を振る。
「それでも……、一度犯された事実が消える訳ではありません。それに……、今回は彼女が眠っている際に全てを済ませていたようですので、トラウマもないとは思いますが……、それでも彼女自身、自分が何をされたのかは本能で理解しているかもしれません。それは、神聖魔法でも治療するのは難しいでしょう……。それについては先日、ストレンベルク王国に寄進されたという『忘却思草』を用いるのがいいと思いますが……、それでも何処までの範囲を忘れさせるかは調整が必要ですし、根本の解決には成り得ません」
「そうですか……。それではやはり、当初の予定通り……」
「……それが一番かと思います。その為に、彼女の想い人を呼び寄せるよう王女殿下も手配されたようですから……。あら?そちらの方が、アルフィーさんですか?」
此方に気付いたジャンヌ様が声を掛けてくる。オレはそれに答えるように、
「は、はい、自分がアルフィーであります!ど、どうしてオレの名前を……」
「ジェシカちゃんが夢うつつに貴方の名前を呼んでましたから……。状況から考えて、急いでやって来たらしい貴方がそうなのだろうと思いました」
ジャンヌ様がそう言うと、小声で何かを詠唱する。すると、急ぎ此方に駆け付けた際に感じていた倦怠感が無くなっていくのがわかった。
「こ、これは……、『
「貴方の疲労は私が引き受けます。……貴方にはこれからやって貰わなければならない事がありますから」
やって貰う事……?疑問に思っていると、マイクさんが説明してくれる。
「今……、聖女殿に娘を癒して頂いた。しかし、話していただろう?ジェシカが乱暴された事は……、処女を失ったという事実は消えないのだ。ふとしたことで、娘がそれに気付いたらどうなる?折角忘れていても、忌まわしい記憶を思い出してしまうかもしれない。そうなれば、最悪ジェシカの精神は耐えられなくなるやもしれん……」
「……それは、確かにそうかもしれませんけど……。クソッ、やっぱりあの野郎、許せねえ……!だけど、それとオレがやらなきゃならない事と何の関係が……?」
「記憶を上塗りする必要があるのさ……。それは誰でも出来る事じゃない。ジェシカちゃんが心の底から望み、恋焦がれる人じゃなければならないし、その人も同様に彼女を想っていなければならない……。僕の言っている意味、わかるかい?」
記憶を……上塗りする……?そして、それには……ジェシカに想われていなければならないし、想っていないといけないって……。上塗りするって、一体何を……!?ま、まさか……、そういう、意味なのか……!?だから、想い合う男女と……、そういう事なのか!?
「その真っ赤な顔を見るに……、察したようだね。そう……、これは君にしか出来ない事だ。ジェシカちゃんが無意識状態でも求める人物であって……、なおかつその命を捨ててでも、彼女の為にその屈辱を晴らそうと思う程、彼女を愛している君でないとね……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!いくら何でもそれは……!だ、大体、そういう事をするのはまだ早いっていうか……!そもそも、マイクさんが……、
「……アルフィー」
言われている意味を察して戸惑うオレに、マイクさんが声を掛けてくる。どんな顔をしているのかわからず、恐る恐る振り返ると……、予想に反してマイクさんは真剣な顔をして自分を見ていた。
「……お前しか、いないのだ。娘がずっとお前の事を想っていた事は知っていた。私自身、お前に思うところが無い訳ではない……。私の反対を押し切り、父親と同じ冒険者となってしまったお前に対して、な……。いつ死ぬともわからぬ冒険者に、大事な愛娘を預ける等……と思ってもおる」
「…………義父、さん……」
「だがな……、私自身は娘に対してとは別の感情で、お前の事も想っているのだよ。死んだ親友の残した忘れ形見であるお前の事を、な……。だから、娘に内緒でお前がどうしているかも探らせてもいた。この国一のクラン、『獅子の黎明』に拾って貰えた事も知っておる」
……まさか、マイクさんが……、そこまでオレの事を……!もしかすると、シーザーさんがオレの加入を認めた事も……!
「……それはお前の実力だ。私は逆に、力を示せなければ冒険者を諦めさせて欲しいと伝えていたのだ。だが、シーザー殿は見習いとはいえお前の『獅子の黎明』入りを認めた」
「アイツは可能性を見出せなければ、絶対に加入は認めなかった筈だぜ。才能の無い奴を加入させたら逆にクランを危険に晒す恐れもある……。お前がシーザーに認められたからこそ、加入が許されたのさ」
マイクさんの言葉を補足するようにそう話すアンバーの髪を角刈りのようにした、同じく冒険者風の男性……。この人、何処かで見たような……。それに、シーザーさんを……呼び捨てにするなんて……。
しかし、オレにその疑問について考える前に、なんとマイクさんがオレに頭を下げてきたのだ。
「……散々娘との仲を認めなかった私が言う事ではないかもしれん……。しかし、もしお前が娘を想ってくれているのならば……、どうか!……どうか、娘を……宜しく、頼む……!」
「頭を、上げて下さい、義父さん。ジェシカは……、オレにとって自分の命よりも大事な
そう言ってオレは彼女の居る部屋の扉の前に立つ……。これから自分が果たさなければならない事を思い、ゴクリと息を吞む。緊張するオレに、コウがポンと肩を叩くと、
「気負わなくていい。きっと、大丈夫だから……」
「……わかってる。義父さんにあそこまで言わせたんだ。オレに、任せてくれ……」
オレは彼に自分に言い聞かせるようにそのように呟くと、覚悟を決めてジェシカの眠る部屋へと入っていった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……商人ギルド長のご息女の件で、コウをはじめとした人たちがここ商人ギルドで寝泊まりする事となった深夜、恐らくは起きているであろう彼の為に温かい飲み物を用意して戻って来てみると、私の推察通り、彼は一人起きている様だった。
「……やはり、まだ起きていらしたのですね……」
「…………シェリル……」
アルフィーさんが彼女の休む部屋に入って以来、その部屋の前で待機するようにして思い思いの場所でレン様達が休まれる中、コウは一人その部屋をジッと見つめるように佇んでいた。そんな彼に、私は果実酒を差し出す。眠れない時に口にすれば心が穏やかになり、気持ちよく休めるような作用がある飲み物ではあるが……、彼に対してはあまり効果はないのかもしれない。でも、せめて休んで欲しいという私の気持ちだけでも、彼に伝われば……。そう思いコウの傍で丸くなるように眠っているシウスを撫でつつ、彼の横に腰を下ろす。
「……眠れないのですか?」
「そうだね……。今日はちょっと、眠れそうにない、かな……?」
私の差し出した飲み物を受け取りながら苦笑するコウの姿に、私の胸は痛くなる。
「……ジェシカちゃんの事、まだ気になされていらっしゃるのですね……」
「…………」
沈黙でもって答えるコウ。だけど、答えて貰わずともわかっている。彼は、気に病んでいるのだ。あの男を止められなかった事を……。
「あの方を止められなかったと思われておられるのならば……、繰り返しになりますが間違っておられますわ」
「……シェリルは、優しいね……」
「コウ様……これは優しいとかそういうお話ではなく……」
「だってそうだろ……?アイツを止められる力を持っているのは僕だけだったんだ……。オリビアさんの時とは訳が違う。それも、自分の知っている人が……、奴の被害に遭ってしまった……。誰がなんと言おうと……これは僕の責任だよ……」
王女様をはじめ、国にも迷惑を掛けてしまった……、そのように自嘲するコウに、
「……何故、そこまでご自分を卑下なされるのです?至らぬ点を反省なさる分には構いませんし大事な事と思いますけど……、コウ様は必要以上に自虐されておられますわ。それでは、本当の意味でご自身の成長には繋がりませんし……、正直、見ていて辛くなります……」
「…………ごめん、シェリル。色々、考えていたんだ……。アイツは、僕と同じ世界にいた人間で……、今回の一連の事件を起こした事で、ずっと自分が心で感じていたものが本当だったんだなって……、何というか、ちょっと落ち込んじゃってさ……」
そう言って彼はやるせないような表情を浮かべ、顔を俯かせた。
「……何を、考えられておられたのです?」
「人ってさ……、ああ、これはこの世界の人とはまた違うのかもしれないけど……、人の本質は悪である……って言葉があるんだ。性悪説っていうんだけどね、それをちょっと、考えてた……」
コウはひとつ息を吐くと、ぽつぽつと話し出す……。
「人は、時に物凄く残酷になるんだ。権力を持った時や、お金を持った時。他の人より優位に立った時や欲にまみれた時にそれはよく現れる……。
「……何故です?あの方は許されない罪を犯しました。コウ様の言われるように、己の欲望に呑まれ、他者を喰い物とし、不埒の限りを尽くしましたわ。ですが、それがどうして貴方も同じものと考えられるのですか?コウ様とあの方とでは、全然違うではありませんか」
「そうかな?さっきも話したけど……、トウヤを止める事が出来たのは同じ『
まるで自分が犯した罪だとでもいうように彼は力なく告白する。……どうして、そのように思われてしまうのですか……!反論しようと私が口を開く前に、コウは話を続けた。
「考えてみたら……僕はずっと、自分の事を優先して行動していた。元の世界に帰る為には手段を選ぶつもりもないとばかりに……他人がどう思うかなんて考えるよりも、僕の都合でやってきてしまった……。それではアイツと、何も変わらないよ……。場合によっては、僕の選択で都合の悪くなった人もいるかもしれない……。そんな事を考えてたら、気が滅入ってしまってね……」
「それでしたら……、わたくしも不幸になっていなければなりませんね?コウ様のされた行動によって……あの闇オークションの場を訪れられ、わたくしを購入なさいました……。コウ様の仰られるところによると、それも貴方が選び、貴方のご都合を優先されたという事ですが……。でも、おかしいですね?わたくしは今、とても幸せですわよ?」
「……シェリル?何を言って……」
合点がいかないというように私を見つめる彼に微笑みかけると、
「ご存知の通り……、わたくしは奴隷としてオークションに掛けられました。あの会場にいた方々は、皆わたくしを見てその欲望を募らせていらっしゃいましたわ……。貴方に落札されなければ、わたくしは間違いなくどなたかの慰み者となっておりました。……そうですね、現状を考えますと……、コウ様を害そうと刺客を放った貴族が最後まで競られていた訳ですから、その者を経て
あの貴族に同じく奴隷として落札された
「……そうなれば、わたくしは毎夜弄ばれ、尊厳を汚され……、死ぬことも出来ず地獄の日々を送っていた事でしょう……。少なくとも、闇商人に捕まり奴隷として売られるとわかった時はそう思ってました。そうなる運命だったわたくしを救い、奴隷から解放して下さったのは、他でもない……貴方なのですよ」
「そ、それは……!でも、それだって僕は最初、他の人と同じように君が欲しいと思って入札したんだ。こうなったのはたまたまだし、今だって君に対し劣情を抱く事だって……」
「……そうなのですか?それならば、どうして手を出されないのです?奴隷から解放されたあの時ならまだしも……、今は貴方に愛されたいと思っているのですけどね……。それについては先日申し上げた筈です」
最も……、その前から私は彼に対し積極的に行動していたつもりではあったのだけど……。ただ、コウが自分を大切にしてくれているのはわかっているし、彼からの想いも確かに感じてもいるのだけど……、決してそれ以上の関係にはならないよう自分を律している事もわかっていた。私を彼の居た世界に連れていく事は出来ないという事と関係があるのだという事も……。
それを何とか覆したくて、どうすればいいのか考えているものの……、先日彼が自分を元婚約者の下に戻そうとしている事を知り、その悲しさからコウに訴えるかたちで伝えてしまった事には少し後悔をしていた。だから……、私は今度は間違えないようにそっと彼の手をとり、両手で包み込むとコウの反応を探る。
(大丈夫、ですわね……、よかった……)
彼が拒絶していない事にホッとしつつ、私はそれを自分の胸元の位置まで持ってくると、笑顔でコウに告白する。
「わたくしは、貴方をお慕い申し上げておりますわ。ずっと貴方の傍に居たい……。それは、わたくしの心からの思いです。助けられた時から貴方を見続け、そして貴方に惹かれて……、いつしか貴方を支え、お助けする事がわたくしの何よりの願いとなっておりました。貴方が傍に居て、笑って下さるのを見ると、胸が温かくなるのです。そうなったのは……貴方が素晴らしい方だからですわ」
「シ、シェリル……」
「ですから……、あまり思い詰めないで下さい。貴方の仰られる事もわかるつもりです。別にコウ様の世界だけがという訳でなく、このファーレルでも同じですから……。時に人は、悪人となります。わたくしも、その悪意と欲望に晒されましたから……嫌という程わかっておりますわ。ですが、全ての方が悪に染まるという訳ではないでしょう?第一、本当の悪人はそのような事を考えたりはなさいませんし、コウ様もここに残っていらっしゃるレン様やユイリ、聖女様方も同じように悪であるとは思っていらっしゃいませんよね?」
「それは……そうだね、ジェシカちゃん達の為にこうして待機している彼らの本質が悪だなんて考えられないよ」
コウは近くで眠っているレンを見ると、少し笑顔をみせてそう呟く。そんな彼を見て私は、
「コウ様がそのように感じておられる様に、レン様方も貴方が悪人だとは思っておられませんよ。勿論、わたくしも……。ですから、ご自身をもっと誇りに思って下さい。貴方がここまでやってこられた事は、間違えてなどいないのだと……。大好きな貴方が、あのケダモノのような方と同じ悪人だなんて、それを貴方の口から聞くのはどうしても……っ!?」
私は最後まで言葉を続ける事が出来なくなる。一瞬、何が起こったのかわからなかった。今、私がどういう状況にあるのかが……。気が付けば……私は彼に抱き締められていた。
「コ、コウ様……!?」
驚き彼の手を包んでいた両手が緩むと、その手も私の腰に回されてギュッと強く抱かれる。突然の行為に私は顔を朱に染めた。彼の心音までしっかりと感じられる。今までこんな風に、彼から求められるかのように抱き締められた事なんてなかったので、初めての彼からの行動にカーっと顔が熱くなっていく……。
そして、少し体を離し両肩に手を置かれると、彼の瞳が情熱的に自分を見つめてくる。激しく葛藤しているようで、両肩に置かれた手が強い力が加わっているのを感じ、そんな状況に私はドキドキしていた。
ここまで強くコウに見つめられた事はない。今の自分に変なところはないかと何だか恥ずかしくなってくる。この方が彼もやりやすいだろうかと思い……、私はゆっくりと目を瞑った。
自分の心臓の音が聞こえてくるかのように、ドキドキとその時が訪れるのを今か今かと待っていると……、やがて私の額にそっと口付けがおちるのを感じた。
「シェリル……」
私の好きな、コウの優しい声に恐る恐る目を開ける。口付けしてくれた事に歓喜する心と共に、出来れば別の場所にして貰いたかったと思ったりもしたけれど、今は素直に心地よい感情に包まれながらコウを笑顔で見つめ返す。
「有難う、シェリル。君の気持ちはとても嬉しいよ。この前は……、傷付けて本当にごめん。今すぐにでもシェリルの気持ちに応えたいんだけど……、出来れば少しだけ待って貰えないかな……?いい加減な事はしたくないし……、今日フローリアさんに言われた事も、ちょっと考えたいんだ……。シェリルが笑っていてくれる方法を……、真剣に考えたい。だから……」
「……わたくしは本当に幸せです。きちんとわたくしの事を考えてくださっている……。それが、ちゃんとわかりますから……。わたくしはいつまででも待ちますわ。貴方の答えを……!」
そう答えて私は控えめに、ゆっくりと彼に体を預ける。そんな私をコウは優しく抱きとめてくれた。……もう少し、コウの温かさを感じていたい。私はもう、彼のいない人生など考えられないのだから……。
「ただ、出来れば額でなく――……」
「え?シェリル、何か言ったかい?」
「……いえ、何でもありませんわ」
そのまま唇にして下さればよかったのに。思わず口にしそうになって、そっと息を吐き心の中に納める。彼がどんな決断をしようとも、私はいつでも彼を受け入れる気持ちは出来ている。全てを捧げる覚悟も……。今、目の前の部屋で彼らは結ばれている筈だ。トウヤの毒牙にかかってしまった事については悪夢以外の何物でもないが……、恋焦がれていた人と結ばれる事だけについては、羨ましく思うところもあった。
でも、彼からの愛情は感じている。だから……、コウの答えをゆっくりと待つことにした。彼に抱き締められながら、幸せな感情に浸っていると、
「……そろそろ休もう。シェリルもほら……」
「そうですわね……。コウ様が休まれたあとで、わたくしもお休みを頂きますわ」
「……前から思っていたけど、こんな時シェリルって引かないよね?」
「…………貴方の事ですもの。引ける訳ないではありませんか……」
愛しい人の事について引ける訳がない。唯でさえ彼には無茶をしがちなところがあるのだ。ちゃんと見ていないと、なんとなく落ち着かない。
「……有難う。でも、君のお陰で僕も眠れそうだよ。だから、シェリルも休んで……?君が休んでいるのを見ないと、なんか落ち着かないんだ……」
同じような事を考えていた事にクスリと笑うと……、少し考えて私は彼の肩にそっと頭を傾けた。
「……シェリル?」
「ちゃんと休みますので……、こうさせて頂けませんか?今は貴方を感じていたいのです……。駄目、でしょうか?」
「……いいよ。僕も、君と一緒にいたい気分だ……」
彼の返答に嬉しくなり、そっと彼に体も寄り添わせる。密着しすぎず、それでも離れていないように……。すると、彼も私の肩を抱き寄せてくれたのだ。
(……コウ様、わたくしは幸せですわ……。願わくば、いつまでもこうして、貴方と……)
少し眠気が傾けてくる。それでも、彼が休むのを見届けるまでは……、と思ったものの、コウは既に目を瞑っていた。
それならば一緒に……。そう思い、私は彼の温かさを感じながら、眠りにつくのだった……。
「……もう朝、か……」
外から聴こえてくる小鳥の囀りに、僕はゆっくりと目を開く。目を覚ました僕にすぐさまぴーちゃんがぱたぱたと飛んできて僕の肩に止まり、小さくピィッ、と鳴く。そして、もう片方の肩には……、
「……よかった。ちゃんと休んでくれたみたいだ」
僕の肩に頭を傾けながら眠っているシェリルに安堵しつつ、ふっと優しい気持ちになってくる。
……こんな風に彼女の寝顔を見るのはあの時以来かもしれない。ベッドがひとつしかなくて、どちらが休むかで口論となり、結局一緒に寝る事になったんだっけ……?最も、あの時僕は寝られなかった訳だけど……、今はシェリルが一緒にいるのが当たり前のようになりつつあるのだろう。ドキドキするのは変わらないが、それでも僕は自然に彼女と接する事が出来るようになっていた。
(……でも、昨日は色々危なかったな……。危うくシェリルを……!)
笑顔で僕に寄り添い、自分を認め、改めて想いを告白してくれた彼女の事が堪らなく愛しくなり、思わず抱き寄せてしまったのだ。自分が何をしているのかわかった時には本当に焦り、何とか自分を律しようとしていたところにシェリルは真っ赤になりながらも目を瞑ってきた。これで何もしなかったら彼女に恥をかかせる事になる……。
そこで、最初は誘われるかのようにシェリルの唇へと顔を寄せていったのだが……、自分の置かれている状況を思い出し、また、このままいけばどうなるかわからないと最後の理性を振り絞って思い留まり、彼女の額にキスするのに留めたのだ。
今まで思い募っていたシェリルへの感情が溢れてしまったのだろう。ずっと笑顔で僕の傍に寄り添ってくれる彼女の姿に愛しさが抑えきれなくなったのだ。恋人同士のそれといっても過言ではないシェリルとの距離感も一躍買っているに違いない。
バザー会場での一幕で、彼女の衣類や装飾品を見ていた際に、似合うかどうかとはにかみながら僕に聞いてきたり、気が付いたら手を握っていたり、自然に体を寄り添ってみたりと……、スキンシップで済ませるには、些か距離が近すぎるというのは実感している。体だけでなく、心も……。
彼女は自分との距離を測り、少しずつそれを詰めようとしていたのはわかっていた。そして今では恋人との距離と言って差し支えない程、彼女と近くなっているのもわかっている。そして、自分もそれを許してしまった。本当の事を言えば……、自分も望んでいたんだろう。大好きな女性が自分を慕い、その距離を狭めてくれるのだから。その心地よさにかまけて、考えていなかったのだ。自分が元の世界に帰る時の事を考えたら、それはまずかったという事を……。
(だけど、今更そんな事を言っても始まらない……。ここまで心を寄せてくれる
こうなった以上、ここで彼女と距離をおくなんて事が出来る筈も無い。フローリアさんが言っていた、家族を呼び寄せるって案も視野に入れつつ、探っていかなければならないのだろう……。勿論、進んでいけばまた状況が変わるかもしれないし、どうなるかなんてわからないけれど……。でも、シェリルと約束した以上、きちんと考えていかないといけない。それが、彼女の告白に対する自分のケジメだ。
「ン……ッ」
僕が起きているのがわかったのか、そう僅かに身じろぎすると、ゆっくりとシェリルは目を覚まし……、
「ッ……コウ、様っ、も、申し訳御座いません……っ!わたくしったら、コウ様の後で目を覚ますなどと……っ!」
「何を言ってるの、シェリル……。僕は逆に嬉しいよ、ちゃんと休んでくれたんだね……」
珍しく取り乱すようにしているシェリルを微笑ましく思っていると、
「……意外だったわ。あのまま休まないのかと思っていたのだけど……。少しいい感じに吹っ切れたようね」
「ユイリ……、お早う。吹っ切れたかどうかは知らないけれど……、気分はいいかな」
「お、お早う御座います、コウ様、ユイリ」
スッとユイリが姿を現し、声を掛けてくる。……彼女はもしかしてずっと起きていたのか?見られていたとするなら少し恥ずかしくも思うけど……、でもそれ以上にユイリに対しても親愛の情を抱きつつあるから、知られて困る事ではないと思っている自分もいる。
僕とシェリルからの挨拶を受けて、
「お早う、コウ……。姫も昨日はお休みになられていたようで何よりです。そろそろ皆も起き出してくると思いますよ」
「おや、もう起きておられましたか……」
「……もう朝か。ちゃんと休んだのか?お前……」
既に起きていたらしいマイクさんが戻ってくると同時に、レンをはじめとしてこの場に泊った人たちが次々と起き出してくる……。別室で休んでいたジャンヌさんとベアトリーチェさんもやって来ると、
「お早う御座います、勇者様。……ちゃんとお休みになられていたみたいで良かったです」
「ヴィーナ……、彼はそう言われるのを……」
「……いいんです、ベアトリーチェさん。お早う御座います、聖女様。昨日は有難う御座いました。あまつさえ、此方に留まって頂いて……」
……もう、隠すような事でもない。この場に居る人は皆、事情を知っているし、トウヤがああなった以上、尚更隠しておける事ではない。
翌日、ジェシカちゃんの様子を確認し、適切な処置をとれるようにとジャンヌさんもこの商人ギルドにて滞在していた事に対し僕がお礼を言うと、
「私の事なら大丈夫ですよ。これも聖女としての仕事ですしね」
「……聖女殿もそうですが、他の方々も……。娘の為に、本当に有難う御座います」
マイクさんが深々と頭を下げてくる。気にしないようにマイクさんに答えようとした時、
「……あ、あんた達!義父さんも……!ま、まさかずっとここに……?」
扉を開く音が聞こえたかと思うと、中からダークブラウンの髪をした少年、アルフィーが姿を現した。僕たちを見て驚いている彼に、
「お早う御座います、アルフィーさん。ジェシカちゃんはまだ……?」
「え、ええ、まだ眠っています。……昨日は遅くまで無理させちゃったから……」
少し赤くなりながらそのように答えるアルフィーに頷くと、ジャンヌさんはベアトリーチェさんと一緒にそっと部屋へ入っていった。ジェシカちゃんのケアについては、彼女たちに任せておけば間違いないだろう。
「……有難う御座いました。ジェシカはもう大丈夫だと思います……。貴方達の、お陰です。それで自分は……、自分はどうすればいいのでありますか……?何をすれば……、この恩に報いる事が出来るのでしょうか……?」
アルフィーは深く頭を下げつつ、そう言った。少年ながら、彼にはわかっているようだ。施されたら施し返す……。ここまでして貰って、今まで通りという事はないという事を……。
「……シーザーから何か聞いてないのか?」
「シーザーさんからは直ぐに商人ギルドへ向かえとしか……。あの、昨日から思っていたんですけど、貴方はもしかして……」
僕の代わりにレンが彼に訊ね、それを聞いて、
「俺の事はどうでもいい。だが、そうか……、ならアイツはまだ納得していないって事だな。それについては、また俺の方からアイツに話すが……、お前の進退について変更がある。……コウ、お前から伝えろ」
「……アルフィー、君は本日より、冒険者ギルドの『獅子の黎明』所属から、王城ギルド『
「……え?オレ、いや……自分が?王城ギルド……!?ど、どうして自分なんかが!?」
彼の配属先を伝えると、アルフィーは戸惑い困惑するように問い返してくる。その事については……、
「……私が無理を言ったのだよ。娘と一緒になる以上、どうしても危険な冒険者として身を置かせるのは、とな。お前の父親の件もあるし、かといって、アルフィー、お前の希望という事もある。それならば……、出来れば信頼する者にお前を見て欲しいと……。勿論、シーザー殿を疑うつもりは毛頭ないが……、それでも私としてはどうしても、な……」
「正直、僕が部下を……、というのは抵抗もあるんだけど、ね。君にしてみれば不満かもしれないが……」
「い、いえ、そんな事は……!貴方は、勇者様なんですよね!?あの偽者なんかじゃなく、本物の……!オレが……自分なんかが王城ギルドの一員になっていいんですか……!?」
いや、それは結構重要な事だと思うんだけどな……。レンやグランの部下というのなら問題ないけど……、どうして僕の部下なんだと思わずにはいられない。マイクさんが出来るだけアルフィーが危険な目に遭わないようにと考えているのならば、彼を見ていたシーザーさんを知っているレンに任せるのが自然なのでは、と……。
まぁ、いずれにしても彼を死なせる訳にはいかない……。マイクさん、それにジェシカちゃんの為にも……。元の世界においても部下なんて持った事もないから、どうすればいいかは手探りで進めていくしかないけれど……。
「そんな訳だから……宜しくね、アルフィー」
「こ、こちらこそっ!よろしく、お願いしますっ!!」
妙に畏まってしまった彼に苦笑しつつも、
「じゃあ、早速だけど修練場へ行こうか?こちらの世界では交流する際にまず実力を確認するみたいだし、君だって僕を知っておきたいでしょ?」
おいおい今からかよ……と苦笑するレンやユイリに君達には言われたくないと心の中で思いながら、じゃあ早速王城ギルドへ向かおうかと告げる。最も……、マイクさんにせめて朝食だけでもここで、と言われ、ユイリからもジェシカちゃんが目覚めてからの方がいいと説得されてしまったが……、レンからは「負けんなよ?あのシーザーがこの齢で入団を認めたんだ。坊主の様子からも、結構やるぜ?」なんて言われる始末。
……え?まさか、負けない……よね?もしかして、僕は自分の首を絞めるような提案を行ったんじゃ……?流石に部下にする彼の方が強かったら、なんとなく示しがつかないような気がするし……、マイクさん達も不安になるのでは……?
……ヤバい、負けたら洒落にならない……、油断しないよう……ていうか本気でいこう……!大人げないとか言われても気にするもんか……!そう密かに決心する僕を見て、シェリルが苦笑するのがわかった。もしかしたら、僕の考えている事がわかったのかもしれない……。
まぁ、なるようになるか……。僕はそう思い直し、ジェシカちゃんを伴ってジャンヌさん達が出てくるのを待っているのだった……。