勇者になりたくない主人コウ~故郷への帰還を夢見て~   作:時斗

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第8話:宿屋にて

 

 

 

「さてと、やっと戻ってこれたな……」

 

 宿屋に戻ってきて、人心地がついたとばかりに椅子に座りこむ。そんな中で、2人はというと、ユイリは壁に持たれてこちらを伺っており、エルフの彼女はというと、部屋の入り口でただ立ち尽くしていた。

 

「そんなところに居ないで……、こちらにおいでよ」

 

 その言葉に反応したように、しずしずと僕の傍まで歩いてくる。

 

「ええと……、君の事はなんて呼べばいいかな?」

「…………お好きに、お呼び下さいませ」

 

 ……そう言えば、彼女の声をはじめてまともに聞いた気がする。最も……それが何処か自分を拒絶しているような気もするけど、よく見ると彼女の体が微かに震えている事に気が付く。

 

(まぁ、それも仕方ないよな……)

 

 彼女とて好きでここにいる訳ではない……。自分の今後を考えれば、尚更だろう……。

 

 僕は彼女のにべもない返答に苦笑していると、この部屋に居たもう一人、ユイリがそっと出て行こうとしている事に気付いた。

 

「……ユイリ?」

「また明日、迎えに来ます。今日のところはこれで……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ユイリ!聞きたい事があるんだ!」

 

 そんなユイリを慌てて引き止める。彼女には言っておきたい事があったから……。

 

「……何でしょうか?私がここに居てはお邪魔でしょうし、気をつかって出て行こうとしたのですけど」

「…………ごめん」

 

 冷たくそう言い放つユイリに、僕は頭を下げる。

 

「ごめん……。この件に関しては、僕が全面的に悪かった。あのオークションで渡った星銀貨が原因で、もし不利益を被る事になったら……責任を持って出来る事をする。約束する……」

 

 彼女には、まずきちんと謝りたかった。今日一日、僕の都合で色々連れまわして、そしてその我侭で、ユイリに随分と迷惑をかけてしまった。

 

 星銀貨を闇商人へ流す事のリスクは彼女からの説明で充分な程、自分でもわかっており、ユイリが言っていた事、その判断は正しかったからだ。

 

 そう言って頭を下げ続ける僕に、ユイリは内面の怒りを押さえた様に、

 

「出来る事って何?勇者様の力で持って、この世界の危機を祓ってくれるとでもいうのかしら?」

「……それはわからない。そもそも、僕が勇者かどうかは自分でも解っていないし……。少なくとも今の僕には勇者だと思われそうな能力(スキル)ひとつ持っていないんだ。……だから、出来る事をするよ……」

 

 僕のその言葉を聞いて、フゥ……とひとつ溜息をつき、

 

「謝るくらいなら……もっと後先の事を考えなさいよ!!それに、あれはストレンベルクの……、それも王女殿下が所蔵していた星銀貨だったのよ!?それがもし魔族の手に渡ったりでもしたら……!それが切欠で、ストレンベルクが滅亡でもしたら、貴方にどう責任がとれるというの!?」

「……そうだね。責任、取れないかもしれない……。本当に……ごめん……」

 

 暫しの沈黙が部屋中におりる……。もう、彼女との信頼回復は望めないだろう……。これも自分の自業自得だから止むを得ないけど……。

 

「……まぁ、もう起こってしまった事は仕方ないし……、星銀貨にしても貴方が王女殿下から正式に賜ったもの。それを貴方がどう使おうと、私がとやかく言う権利も、資格もないわ……」

 

 数刻、だけど数時間のようにも感じられた沈黙を破り、少しだけ雰囲気を軟化させたユイリがそう言ってくれる。

 

「勇者様がここまで言ってくれている事だし……、貴方の『出来る事』に期待しましょうか。……それで?私に聞きたい事って何かしら?」

「あ、うん……、それなんだけど……」

 

 応えてくれるらしいユイリに感謝しながら、僕は傍に居た彼女に着けられている首輪を見ながら、

 

「あれを外す方法……ていうか奴隷契約を解消させる方法を教えて欲しいんだけど……」

「ああ、それなら……って、ちょっと!?」

 

 僕の質問に答えようとして、彼女はその内容に顔色を変える。

 

「……えっと、私の聞き間違いかしら?奴隷契約を解消させるって聞こえたのだけど」

「気持ちはわかるけど、それであっているよ。実際、店でもその説明だけは無かったからさ……。強引に首輪を外せるものかもわからないし……」

「それは……そうでしょう。誰が大金を支払って購入した奴隷を解放すると思うのよ……」

 

 それでも普通、契約の際には言っておくべきだと思うけどな……。基本的に一度奴隷契約を結んでしまえば、奴隷は反抗する事も、命じられた事に抵抗する事も、そして自傷行為も出来なくなるようだ。

 

 契約者が死ねばその契約も解消されるらしいから、死ぬ前に誰かに引き継がせる事は出来るようだけど、僕は引き継がせるのではなくて、解放したいと考えていた。

 

「……本気、なの?星銀貨を使うリスクまで知って、購入した彼女を解放するって……」

「もともと……、落札できたら解放しようと決めていたんだ。ただ……落札する事が、容易ではなかっただけで……」

 

 勿論、自分の心の中ではなんて勿体無い事をしているんだという思いもある。リスクとリターンを考えたら釣り合っていないだろうとも。だけれども……、

 

「そういう事を言っているんじゃないわ!貴方、彼女が欲しくて……、手に入れたくて、あのオークションに参加したんでしょう!?」

「うん、その通りだよ。それについては言い訳するつもりはないし……」

「だったら、何の為に貴方は……。ごめん、貴方の言いたい事が理解できないわ……」

 

 ユイリは首を振りながらそう答える。僕自身、何を言っているんだと思ってもいるけれど、彼女を解放する事は、自分の中では既に決定事項だ。

 

「……理解してくれとは言わないよ。元々、僕の我侭みたいなところもあるし、自分の中でも整理できていないんだ。でも……、彼女は解放する。その方法を、教えて欲しい」

 

 先程とは違う意味で沈黙が訪れる……。僕の真意を探るように見つめていたユイリはやがて一息をつくと、

 

「…………彼女の首輪に触れながら、魔力を言霊にのせて、自分との契約を解消する、と言えばいいわ。そうしたら、契約解消となるから……」

「魔力を……何だって?ことだま?」

 

 魔力は、なんとなく想像がつくけれど……コトダマってなんだ?

 

「……そうね、今、彼女の首輪には貴方の血によって隷属の支配を受けているから、それを解消する事に集中しながらそう述べてくれたらいいわ」

「わかった、取り合えずそのようにやってみるよ……」

 

 そう言って、彼女の方に向き直ると、明らかな動揺と怯えが見て取れた。

 

「怖いだろうけど、もう少し我慢して……。これが終われば、君は自由になれるから……」

「ど、どうして……こんなこと……」

 

 震えながら消え入りそうな声で呟く彼女。実際に何を考えているのかわからない相手に、それもどういう人物かもわからない相手に恐怖を覚えているのだろう。

 

 それを少し申し訳なく思いながら、

 

「僕が自己満足で勝手にやっているだけだから……君は気にしなくていいよ。悪いようにはしないから」

「………ッ!」

 

 僕はそう言いながら、首輪を身に着けている、彼女の首筋に軽く触れる。一際大きく身体を震わせ、ギュッと強く目を閉じる彼女を眺めながら、先程ユイリに教えられた事を呟く。

 

「……先程、彼女との間に結ばれた奴隷契約を、解消する……」

 

 次の瞬間、彼女の首輪と共に、バチッという激しい音が室内に響き出す。まるで、電気が弾ける様な音が首輪……、というよりも彼女自身から響いているような感じであるけれど……。

 

 暫くして、彼女の首筋に装着されていた首輪がガシャンという音を立てて落ちる。

 

「よかった、成功したの……か、な……」

 

 首輪が外れたという事は、もう彼女を縛っている物は何も無い。それは間違いないと思うけど……彼女の様子が、先程までと明らかに違う。

 

 儚げな印象といえば聞こえがいいが、何処か彼女を認識できないような雰囲気があったものが、首輪と一緒に取り払われてしまったように感じる。

 

 そう、今までは何処かベールがかかっていて彼女の観る者を魅了するような美貌ですら、暫く目を離すと思い出せなくなってしまう、そんな印象が彼女にはあったのだけど、今はそれが……、

 

「ま……まさか、貴女は……!」

 

 そんな時、僕と同様に驚き戸惑っていたユイリが、おそるおそる彼女に確認を求める。

 

「いえ、間違いありません……。今まで、どうして気付けなかったの……。貴女は隣国の……、滅びてしまったメイルフィード王国の、シェリル姫、ですね……?」

 

 

 

 

 

(滅びたエルフの王国の……お姫様だって……!?)

 

 奴隷契約を解消すると同時に、雰囲気まで変わった彼女に、ユイリが滅んだエルフの国の姫と呼んだ事は、自分にとっても衝撃だった。

 

 まさか落札したエルフの美女が、実はお姫様だったなんて誰が想像する……?そもそも、お姫様みたいな人が出品されるんだっけ?もう既に戦犯奴隷なんて全く出てこないとユイリも言っていたし……。

 

 自分でも大分混乱していると思っているけど、正直ユイリの方が混乱しているようだった。どうもユイリは、エルフのお姫様……たしかシェリル姫と呼んでいたか、彼女とは顔見知りだったようで、混乱から立ち直ったと思ったら、すぐさま動き、非礼を詫び、何かしらの手配をしているようだった。

 

 そして今、ユイリはシェリル姫の傍に控え、

 

「申し訳御座いません……、ここでは、大したお構いが出来ませんが……」

「……わたくしは既に、姫ではありません。国は滅び、奴隷に堕とされた身です。そのような事を受けるいわれはありません……」

 

 ユイリの言葉をそっと辞退するシェリル姫。……彼女は、シェリル姫は首輪が外れて奴隷で無くなり、お姫様だと判明しても、あの表情だけは変わらなかった。

 

 どこか、全てを諦めてしまったかのような瞳だけは……。

 

「そのような事は……!ですが、申し訳御座いません。今の今まで、貴女様がシェリル姫と気付けなかった事は、私の不明を恥じるばかりです……」

「……それは恥じる事ではありません。わたくしには……『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』が掛けられていたのですから……。どうして解けてしまったのかは、わたくしにもわかりませんけど……」

 

 ……認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)、か……。つまり、それが彼女の本質を覆い隠し、王族である事を見抜けなかった原因という事か……。どおりで王族の気品があるのに、その正体が掴めなかった訳だ。

 

「ですが姫……、どうしてこのような……、メイルフィード王国は、何故滅んでしまったのですか……?私も向かいましたが……、何処の国が攻めてきた訳ではありませんよね?仮にクーデターだとしても、国が滅びるなんてことは起こりません……。一体、何があったのですか……?」

 

 ユイリの問いかけに、暫く沈黙していた彼女だったが、

 

「……わたくしにも、わからないのです。ただ、国が滅んだあの日の夜、襲撃があったのは確かです。わたくしが目を覚ました時には既に王宮には魔物がおりました……」

「魔物!それでは……メイルフィード王国は魔物に滅ぼされたというのですか!?で、ですが……」

 

 シェリル姫の独白の内容に驚くユイリ。何か言いたげなユイリに、シェリル姫は頷きながら、

 

「ええ……、唯の魔物であれば、王宮の精鋭達であれば充分鎮圧は出来た筈です。そもそも、王宮内に魔物が侵入していた事が、わたくしも信じられませんでした……。そんな時、わたくしの部屋に深手を負ったお母様がやってきて……、すぐさま逃げるように言われましたのです。既に回復魔法も受け付けないような状態で、お父様達は既に命を落とされた事、襲撃者は魔族だったと伝え、最後の力でわたくしに『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』をかけられて……、わたくしの部屋の隠し通路から外へと出されました……。王家に秘して伝わる使命を、わたくしに託されて……」

 

 そのまま黙ってしまうシェリル姫に、なんて言ったらいいのかわからなくなる……。彼女の話から……既に両親は命を落とされている事になる。とても聞けないが……、王族は勿論、その他に王宮に詰めていた人の生き残りも期待できない可能性が高い……。彼女はもう、一人なんだ……。

 

「結局、わたくしもヒューマン族の人攫いの手にかかり……、あのような店で奴隷となりました……。『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』により、わたくしが誰かはわからなかったようですが……。そして今日、こうして貴方がたに購入され、ここで生き恥を晒しております……」

「姫……、生き恥なんて悲しい事、おっしゃらないで下さい……」

 

 彼女の深い悲しみ、絶望の正体はわかった……。これは、この問題は結構根深い……。だけど……、

 

「お母様より生きて使命を果たすよう言われましたが……、わたくしはもう生きてたくはないのです……、この世界に、なんの未練もないのですから……」

「姫、そんな……どうしてそんな事を……!」

「貴女もわかりますよ、ユイリ。わたくしと、同じ境遇ならば……きっと……」

 

 僕はスッと席を立つとユイリと押し問答している彼女の前に行き、

 

「な、なんですか……?近寄らないで下さいっ……!」

 

 僕に気付き、強張った様子で後ずさりしている彼女を見て、僕は彼女が男性恐怖症になっているのかもしれないと推測する。

 

 そんな彼女に触れるのは忍びないけど、これも彼女を落札した僕の責任でもある。

 

「コ、コウッ!貴方、何を!?」

 

 図らずも彼女を壁際まで追い詰めてしまっているような格好になり、ユイリが止めようとしてくるが、

 

「や、やめてっ!触らないでっ!!」

「怖がらないでって言っても無理だと思うけど……、これから君に元気になるおまじないをかけてあげる」

 

 僕はそう言うと、そっと彼女の頭に手を触れる。その瞬間、首輪を外そうとした先程のように身体がビクッと反応するのがわかった。それでも、僕は彼女の頭を優しく撫で始める。

 

「……大丈夫、怖くないよ……怖くない……」

 

 少しでも彼女の負った心の傷が癒えるように、ゆっくりと何度も頭を撫で続ける。暫く撫で続けていると、最初は強張り、硬くなっていた彼女の身体がほぐれていっているように感じた。

 

「これはね……僕の世界では『手当て』と言うんだ。傷ついたところを無意識に手を当てるという事から来ているんだって……。流石に治るとまでは言わないけれど、不思議と癒される効果がある。それに、これは僕だけかもしれないけど、頭に手を当てて、撫でられると、心が落ち着いてくるんだ……」

 

 慈しむ様に心を込めて撫でていると、次第に彼女の抵抗がなくなっていく。少し落ち着いてきたところで、

 

「……どうして、わたくしを解放したのですか。わたくしを哀れみ、情けでもかけてくれたのですか?」

「別に情けで解放した訳じゃないよ。僕は、そんな感情で君のような魅力的な人を無条件に解放できる程、お人よしじゃない……」

 

 話すつもりはなかったんだけど、ここまできたら話してしまおう。僕は彼女を撫で続けながら続ける。

 

「……君をはじめて見た時、君の美しさに惹かれたのは事実だ。手に入れたいとも思ったよ。でもそれ以上に、君の目を、全てに絶望し、生きる事を諦めてしまったような瞳を見た時、もう死んでしまった幼馴染の姿と重なった……」

「……幼馴染?」

 

 撫でられながら反応する彼女に頷き、

 

「僕がまだ子供の頃、ずっと一緒にいた幼馴染がいたんだ。だけど、ある時決して治らない病気になってしまった……。最初は励ましあって、いつか病気が治ったらまた一緒にいようなんて約束してね……。だけどある時、死期が近い事を悟った彼女が僕を突き放した。もう二度と、僕の顔を見たくないってね」

「そんな……どうして……」

 

 そう呟く彼女はいつの間にか目を開いて、僕の方をみつめていた。僕の話を静かに聴いてくれている彼女に、

 

「今の君だったらわかる筈だ。幼馴染は、もう生きる事を諦めてしまった。僕とまた一緒に居ようという未来を諦めてしまったんだ。今の君と同じだよ、シェリル姫……」

「あ……」

「勿論状況は違う。君は別に病気ではないし、幼馴染も両親を亡くしたなんて事はなかった。でも、生きる事を諦めてしまったという点では、同じなんだよ。そして、それが君を助けたいと思った理由なんだ」

 

 そして、僕はしっかりとシェリル姫の目を見返す。

 

「僕は、ずっと後悔していた。あの時、今の君と同じ目をした幼馴染をこうやって癒す事が出来れば……、生きる事に絶望した彼女をなんとか希望を見出してくれれば、また違った結末になったかもしれないってね……。だから、幼馴染と同じ目をした君を救ってあげたかった。あの時助けられなかった幼馴染のようにはなってもらいたくなかったから……。だから、これは最初に言ったように、僕の自己満足の我侭なんだ。決して同情したわけじゃない……」

 

 彼女は合わせていた目線を下に向ける。少し後ろめたくなったのだろうと、僕は彼女に語りかける。

 

「君は両親を亡くし、国も無くなって、一人になってしまった。全てに絶望し、生きる事を諦めてしまう気持ちも、今の僕なら間接的だけどわかる……。僕も、今は知っている人が誰も居ない状況で、両親どころか元の世界に戻れるかすらもわからない状況だから……。でも、ね……、諦めたらそこで全ての未来が閉ざされてしまう。それこそ死んでしまったら、全てが終わりなんだ……」

「わたくし、は……」

 

 これが最後だ。僕は彼女に自分の思いを伝える。

 

「君は、生きてる。君の使命が何なのかはわからないけれど、ご両親に託されて、今こうして生きているんだろ?それに、君はもう奴隷じゃない。自由なんだ。だから、生きる事を諦めないで……。両親の為だけじゃない、君が、幸せになる為にも……」

 

 彼女の身体の震えもおさまり、もう大丈夫だろうと彼女を撫でるのをやめ、少し距離をとる。「あっ……」と少し名残惜しそうな彼女の様子を微笑ましく思いながら、

 

「君の事はユイリがしっかりと考えてくれてるよ。この王国の人達も、君を助けてくれる筈だ。だから、もう大丈夫……」

「貴方は……助けて下さいますか……?」

 

 ポツリと呟いた言葉と共に、僕を縋る様に見つめてくる彼女に、

 

「君を落札した責任もあるからね……。もう契約は解消されたけど、出来る限りの事はするよ」

 

 僕がそう言うと、少し頬を紅く染めながら、そうですかと黙ってしまう。ただ、僕の役目はもう果たしたかなと思っていると、早速彼女より声がかかる。

 

「あ、あの……!」

「うん?どうしたの?」

「その……お名前を」

 

 ん?名前?名前って言った?

 

「……今更なのですが、貴方のお名前を教えて頂けませんか?」

 

 本当に今更だな、と僕は苦笑する。だけど、これは彼女が少しでも心を開いてくれた証でもあるだろう。

 

「訳あって苗字までは名乗れないけど、親しい者にはコウと呼ばれてたんだ。だから、名前を呼ぶなら、そう呼んでほしいな」

「わかりました……、わたくしはシェリル。シェリル・フローレンスと申します。自己紹介も遅れ、色々お手数もおかけしてしまいましたが……、これからよろしくお願いしますね、コウ様……!」

 

 彼女の咲き誇るような笑顔に、こんなの反則だとか、なんで様付けとか、色々思う事はあるけれど……、もう彼女の瞳には先程の影がない事がわかり、ひとまずホッとする。

 

 こうして、僕は彼女との遅すぎる自己紹介を交わしあうのだった。

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