ご注文は猫ですか?   作:やんま

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お魚咥えた斑猫コーナリング伝説

 

 

 

 義勇は困惑した。必ず、かの邪智千万の猫を追いかけねばならぬと決意した。義勇には犬猫の気持ちがわからぬ。義勇は、鬼殺隊員である。鬼を追いかけ、人々の暮らしを守って来た。であるから、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

そんな義勇が反応出来なかった。

 

*

 

 きっかけは鬼から男を1人助けたことだ。いつもなら隠に任せて次の任務に向かうのだが、その身なりが良さそうな男は押しが強かった。是非お礼をさせていただきたい。今何か欲しいものはございませんか?好きなものはなんでしょう?もちろん今後もご支援をさせていただきたく思います。でも、今、この感謝の気持ちを貴方に返したい。

 

好きなもの、思わず“鮭”まで口に出してしまい、あっという間に手元に立派な鮭1尾が残ったのだった。ぴちぴちしている。元気良すぎる。痛い。目を離した今の間に何処で手に入れてきたのか。困りはしたが嬉しいものだった。今度結婚するのだと言っていた男とその相手の未来を守れたこと。その感謝の気持ち。とても、とても嬉しいものだった。男を安全な場所まで送り一息つく。さてこの鮭はどうしたものか。何処かの藤の家で調理をしてもらおうか。そこまで考えていた時だった。

 

手から鮭が消えた。

 

音もなく、気配もなく。視界に入ったのは自分より大きな鮭を咥え駆け出していた斑猫だった。

 

追いかけねばならぬと思った。

 

*

 

 走りだしてどのくらい経ったのかわからない。景色は森から村へ、村から街道へ、街道から町中へと変わっていった。追いつけない。森で急に出てきた霧、村での撹乱、街道での位置どり。見失わないよう気配察知を全力で行い追いかけるが、一向に捕まらない。霧の中で気配が分裂したりした様にも感じたが、きっと気のせいだ。斑猫はたまに此方を確認し、余裕でヒラリヒラリとかわしていく。この間斑猫はずっと鮭を咥えていた。なんだこの猫。なんて顎力だ。ちなみに鮭の尾は1度も地面に引きずらないという職人技も見せている。なんだこの猫。通常の鬼だったらとっくに追いついて首を刎ねている。頭の中で猫>鬼の図が浮かんでくるが、そんな馬鹿なことあるかと頭を振った。

荷物が置かれて狭い路地を走っていた。前方に荷物が積まれまくり、行き止まりになっているのが見える。やっと追い詰めたかと考えたのが駄目だったのだろう。斑猫は両壁を蹴り、縦に逃げて荷物を飛び越えて行った。おまけに荷物の山を崩すのを忘れない。大量の荷物が降ってくる。よく見ると荷物1つ1つに激しい回転が加えてあるのがわかった。全て異なる回転方向、地味にずらして絶妙に邪魔な落下順番。この猫、できる。

 

刀を抜く。

 

水の呼吸 漆ノ型・雫波紋突き

 

任務続きからの長時間の追跡劇、身も心も疲弊しているはずなのに感覚が鋭く技の精度が高まっているのを感じていた。呼気と体が熱い。なんか出そう。視界の端に捉える。猫は角を曲がろうとしていた。地面ギリギリまで体を傾け速さを落とさないようにしている。相手も極限まで集中していた。ここしかない。荷物を捌くと共に足の筋肉1本1本に集中して呼吸を回し一気に解き放つ。

 

加速。

捉えた。

 

左手が斑猫の腹に添えられる。世界がゆっくり動いて見えた。

 

見えたから。対応されたのがわかった。物真似上手め。おまえも足に回したな?あんなに加速していたのに。ぬるりと、水のように変幻自在にかたちを変え飛び跳ねる。手は空を切った。

 

刹那の攻防だった。

 

ぶつかりそうになった壁に片手片足をつき、斑猫に倣い三角跳びをする。

 

路地から通りに出る。急に路地から飛び出してきた男に驚いたのか、通りすがりの男性に凄い顔で見られたが気にしないで欲しかった。ただの帯剣した一般青年だ。斑猫を探す。永遠に続く様に思えた鬼ごっこは、斑猫が店に飛び込むことで呆気なく終わりを迎えるのだった。

 

看板が出ている。

『猫ノイル喫茶店 アイテ〼』

 

扉を押すとちりんちりんと鳴る風鈴が涼やかだった。

はて、斑猫が入ったときに音は鳴っただろうか?

 

「いらっしゃいませー。って鮭片手にどうなさいました?」

 

店員に驚かれ俺も驚いた。気がつくと左手に奪われた鮭がいた。左足に斑猫がいた。爪をたてられた足と此方を凝視する瞳に圧を感じる。わかってるんだろうな?と言われている気がした。

 

……完敗だった。しかし何故だかそれほど悪い気分ではない。技の精度も上げられた気がしたし。

 

「すまない。この鮭で鮭大根を作ってもらいたい。身の2/3はこの斑猫にやってくれ」

 

「えっここ喫茶店ですよ⁉︎……いや別に構いませんけど。食材持ち込み依頼は初めてですねぇ」

 

この日、冨岡義勇は美味しい鮭大根が食べられる新しい店を開拓した。

 

*

 

 その日、偶然上ものの鮭を手に入れた。ここ数年の習慣。何処にいたって関係ない。自分が鮭を手に入れるそれ即ち鬼ごとの始まりだった。おそらく直ぐに奴はくる。360°全てに意識を伸ばして構える。

 

手から鮭が消えていた。

 

頭の中で開始の鐘が鳴り響く。今日こそ絶対にあの猫に勝つのだ。

 

*

 

「炭治郎〜次の任務ついてきてくれよ〜」

 

「どうした善逸?何が嫌なんだ?」

 

「あそこら辺めっちゃ怖い噂あるんだよ〜」

 

「怖い噂?」

 

「帯剣した凄い形相の不審者が出るんだって‼︎狙われたら何処までも追いかけられてさ。魚を喝上げされるんだって〜魚持ってなかったらどうなるのっ⁈!」

 

「……それが鬼なんじゃないのか?いやでもなんで魚?」

 

「知らんよっ‼︎あと凄い速さで道を走る鮭が出るとかさ、立体駆動する鮭が出るとか〜」

 

「……善逸。大人しく行ってこい」

 

「炭治郎〜‼︎」

 

 

 

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