「私は長女だけど、お姉ちゃんがいたの」
*
刀鍛冶の里の襲撃を乗り越えての療養期間だった。熱が下がって意識がしっかりしてきて、ベットの中で思い出した過去を反芻する日々。御館様に会いたい。炭治郎に会いたい。誰かに僕の家族の話を聞いて欲しかった。
「時透くんにはお兄さんがいたのね」
同じ棟で療養していた甘露寺さんは、お姉さんの顔で僕の話を聞いてくれた。
「実は時透くんのことずっと気になっていたの。皆もきっとそうだったわ。煉獄さんがよくあなたのこと気にかけていたし、不死川さんもよく、裾が折れてるぞって直してあなたをつついてたわね。私もね、なんでか時透くんをこちょこちょコロコロしたい気分によくなったなぁ。年下ってこともあったけど、皆なんとなく弟感を感じてたのね」
記憶がなくても僕は弟で、有一郎兄さんはそこにいたらしい。あなたに一生懸命で素敵な、あなたのお兄さんだったのね。内緒話をする様に声を潜めて彼女は笑った。
「私の家族の話も聞いてくれる?私は長女だけど、お姉ちゃんがいたの」
僕にとって不思議な感覚の話だった。
「私が産まれるより前から家にいた白猫のしろちゃんっていうの。色が違う目が綺麗だって、近所でも評判だったわ。とっても面倒見が良くて、私が危ない段差にのるのを止めてくれたり、力加減を教えてくれたりしたの」
甘露寺さんは特殊体質で、小さい頃から力がとても強かったらしい。どうやって力加減を教わったんだろうか。
「ほら、猫って液体じゃない」
……………?
実は僕の人生で猫と関わったことはほとんどない。
山でよく遭遇したのは狸やイタチ、鹿などだった。たまに町におりた時、それも遠目で見るくらい。記憶を失ってからそれこそ、それどころではなかった。
……猫って液体なんだ。液体ってなんだ。川の流れは猫の流れとでもいうのか。僕は何を言ってるんだ。
「力加減がよくわからなくて、おもいっきりギュッとしたりしちゃってたの。他の生き物だったら死んじゃってたかも……。しろちゃんはにゅるんって抜け出して、お母さん達と一緒に危ないよー、もうちょっと力を抜こーって教えてくれたし、叱ってくれたし、褒めてくれたわ。弟妹達が産まれてちゃんと抱っこができたのはしろちゃん達のおかげよ」
呼吸を整え精神を落ち着かせる。猫は液体。なるほど?面倒見がいいお姉さん。素敵だね。
「お別れしたのは鬼殺隊に入る前」
もう、かなりのおばあちゃんだったらしい。
「お見合いが破談したの。相手が言うには髪の色も力が強いこともいっぱい食べることも、全部良くなかったんですって。なんとかしなくちゃって思って、髪色を黒くしたわ。フラフラだったけど食べるのも我慢して、いろんなこといっぱいいっぱい我慢して嘘ついた。そしたら結婚してほしいって人が現れたの。お淑やかですねって。……嬉しかったけど、不安の方がずっと大きかった。本当の私はこんなんじゃないのに。ずっとこのまま生きていくいくのかなって。そのままの私じゃ駄目なのかなって。家族に迷惑かけたくなかった。けど焦りが大きくて、その心配してくれていた家族が見えてなかったの。不安と焦りと迷いでぐるぐるしてて、……今思うと、その時にはもう心は決まってたのね。きっかけが必要だっただけで。そんなときだったわ。しろちゃんがいなくなったのは」
曰く、猫は最後のときが近くなると姿を消すことがままあるらしい。しろは甘露寺さんがご飯を我慢してフラフラになるのと一緒に弱っていった様だった。そして、姿を消した。
「後悔したの。最後に向き合ったのはいつだっただろう。しろちゃんとのお別れは近いってなんとなくわかってたから、だから最後に幸せな姿を見せたかったのに。不安気で顔色の悪い私じゃない私。とてもじゃないけど幸せそうじゃなかったわ。しろちゃんがいなくなったって言われて、心配そうな家族が目に入って。それで、
もう!私のおばかー‼︎ってなって走り出したの!」
おっと急展開。
「お淑やかさなんて知らない!いっぱい走って大声でしろちゃんの名前を呼びまくったわ!力が出なかったからご飯食べて探しまくって、泥だらけになって。家に戻ったら、痩せこけたしろちゃんが玄関で待ってたの。おかえりなさいって。ぼろぼろ泣いちゃった。体綺麗にして、髪色を直したわ。しろちゃんと一緒にご飯もいっぱい食べたわ。心配させてごめんね、ありがとうって笑顔でギュッと抱きしめたわ。一緒にお布団で眠ったわ。それが最後だったの」
甘露寺さんは晴々とした笑顔だった。
「私、私を我慢しないことにしたの。鬼殺隊に入って、御館様に素晴らしい才能だって認めてもらえた。たくさんの人を助けてありがとうって言われた。伊黒さんがこの髪色に似合う靴下をくれた。嬉しかったわ。もちろん辛いこともたくさんあるけど、私胸を張って言える。私は幸せだって。しろちゃん心配性で見ててくれてると思うから、私たくさん幸せになるの。それでまた今度、しろちゃんに会ったときに私は幸せだったわって抱きしめるの」
あぁまただ。甘露寺さんがお姉さんの顔で僕を見る。父さんや母さんを彷彿させるあたたかい顔。
「話を聞いていて思ったの。お兄さんもご両親もきっと心配そうに見守っているわ。時透くん、幸せになりましょうね。危ないお仕事だからお互い最後はどうなるかわからないけど、幸せに生きましょうね」
『頑張ったなあ』
刀鍛冶の里でのことを思い出す。幻ではない。確かにあのとき兄さんは褒めてくれたんだ。兄さんは、両親は見守っててくれてたんだ。そうだね、甘露寺さん。
「私の幸せの目標は素敵な殿方と一緒になること!時透くんはどうかしら?」
僕のこれまでを思う。僕のこれからを思う。
「僕は–−」
*
「次は時透君の番だよ」
「なげ、て」
禰豆子から渡された賽子を握る。集中しろ。狙うは6。霞の呼吸ーー
「待ってくれ、待ってちょうだいよ‼︎なんかこの人賽子投げるのに呼吸使いだしたんだけどっ⁈」
「すげぇきっちり6が出やがった‼︎おい麦郎、どうやんだよ⁈」
「こら伊之助、麦郎じゃなくて時透君だ」
「呼吸ってこんなことに応用出来んのか……」
「えっと…見た感じ一番大事なのは手首の捻りだと思う。だから、呼吸できなくても近いことはできるかも」
「そうか……」
「6先のこまは。蘊蓄を1つ話して1こま進めるですって。何かあります?」
炭治郎の同期達と一緒に双六を囲む。炭治郎達の見舞いに双六を抱えてきた善逸と伊之助。炭治郎に誘われ、胡蝶さんと神崎さんに背中を押されてきた栗花落さん。僕と炭治郎に引っ張られて参加した玄弥。意外と禰豆子と仲良くなったらしい小鉄。
双六もそうだけど、こんなにたくさんの同年代の子達と遊ぶのは初めてだった。
「蘊蓄……、最近知ったんだけどさ。猫って液体なんだって」
反応は様々だった。
「えっそうなのか?」
「いやそんな訳ないじゃん。炭治郎も禰豆子ちゃんも猫見たことあるだろー?……どうしたんだよ伊之助」
「猫……ねこ……」
「いやどうしたんだよ伊之助⁈」
「ねこ、かわいい、ねぇ」
「そうだね!でも禰豆子ちゃんの方がもっとかわいいよ‼︎」
「猫かー確かになぁ」
「少しの隙間さえあれば、にゅるんって何処にでも入ってくるから…」
「え……刀鍛冶の里にも猫いましたけど、液体……?」
よかった、知らないのは僕だけじゃなかったみたいだった。伊之助と玄弥に投げ方を教える横で、1回休みになった善逸を慰める炭治郎。なぜか栗花落さんと小鉄を撫でまくって2人を慌てさせている禰豆子。あまりにも声が大きいから気になって様子を見にきた鉄穴森さん。
皆笑っていた。つられて僕も笑う。
僕は、とても幸せだった。