手を合わせて、祈る。
*
真っ暗闇の世界が薄紫色に染まってきて、終わりが近いと認識する。振りかざす手は休めない。朝日が昇る。
目の前でうるさい声を上げて化け物は塵になっていく。断末魔が長い。さっさと消えろ。縛りつけていた鎖が落ちる音で化け物を完全に殺したことを確認した。
今日もこの世から化け物を消したのだ。
もう何日繰り返してきたのかわからない。通りがかった無人の神社にお邪魔させてもらう。日が出ているうちに道具を確認しなくてはならない。またいつあの塵どもが出てくるかわからないからだ。鎖にガタが来てるかもしれない。新しい武器の入手、手入れ。自分で小さく切り裂いた手は先程縛りつけて血を止めた。それから、それから。
ナニカが背後にいるのに気がついて。ああまた塵どもかと不死川実弥は振り返った。
猫がいた。
塵どもではない。ふわふわした毛の小柄なさび猫。
ただの猫のはずだ。なのにこの威圧感。一瞬化け物どもの仲間かと思ったが、血に反応する様子はない。此方との距離は10m弱、目は離さず全ての神経を猫に集中させた。はずなのに。猫は視界から消えた。反応しようにも体は動かず、次にきたのは鳩尾への衝撃。めり込む猫。このクソ猫、予備動作なく超加速して突っ込んできやがった。
思わず吐くが出るのは胃液だけだった。最後に腹に何か詰めたのはいつだったか覚えてない。爪で地面を掻き毟ったが、抵抗虚しくブツリと意識は落ちていった。
……顔に柔らかいものが当たっている。暖かくて、誰かに撫でられているかのような心地だった。最後にこんな風にしてもらったのはいつだったか、母ちゃんに最後に触れたのは……。腹の底が凍りついて飛び起きた。すぐさま状況を確認する。武器は、足元。時間は太陽の位置から朝だ。場所は神社の階段。寝ていた頭元に猫。……自分を昏倒させた猫は悠々と頭元で丸くなっていた。意味のわからなさと腹立たしさが湧き上がってくる。
「おいコラクソ猫ォ」
思わず手を振り上げる。けれど読まれていたのか猫は此方をチラリと見たあと、用は済んだとばかりに神社の敷地外へ優雅に出て行ってしまった。
「なんだってんだ」
猫の通り魔に出会った。出しそうになった手はそのままに、この衝動はどうすればいいのか考えて。このとき盛大に腹がなって、ようやく実弥は腹が減っていることに気が付いたのだった。
*
手を合わせて祈る。目を開けて振り返ると当然のごとく猫はいた。もう何度目の邂逅か。
「チビ助ェ覚悟できてんだろうなぁ?」
そう言ってキレ散らかすものの、今日も今日とて沈められるのは実弥だった。顔に当たる猫の尻で覚醒し、神社の階段で飛び起きる。不思議なことにどこの神社に行ってもこのさび猫のチビ助はいた。
不思議なこと。薄々感じていることはある。チビ助が自分に接触してくる時期。寝ている間ずっとそばにいるらしいこと。眠って夜を越えたこと。
確証はないし、危険に身を晒しているのはわかっている。けれど情けないことに1度もチビ助に勝てていないし、逃れられてないのだ。なんなんだアレ、本当に猫か?
今回もチビ助の尻の圧迫感で覚醒する。今日も夜を越えていた。
化け物どもは、今日も来なかった。
*
「で、いままで全戦全敗なんだ?えっ呼吸を覚えた後も?それ本当に猫?」
「俺が聞きてぇ」
「こわ……でも、よかった」
「なにがだ」
「ひとときでも、安息はあったんだな」
「……」
「俺はそのチビ助に感謝したい。実弥は自分を責めるなよ。それはおまえが享受していいものだ。しなきゃ駄目なものだ」
「匡近」
「人は息継ぎ無しでずっと泳いで踠いてられない。もしかしたら、俺と出会う前に実弥は毀れて終わっていたかもしれない。実弥と出会えてよかったよ」
「……そうかい」
「今度会うときがあったら紹介してくれ。魚持って挨拶するよ」
*
柱になってからの担当地域に無人の神社がある。最近はそこで飯をとり、たまにくる犬に飯を分けてやるのが日課になりつつあった。犬がいなくなった後、鈴緒を揺らす。
手を合わせて、祈る。遠くにいる大切な人。いってしまった人たちを想う。
目を開けて振り返れば猫がいた。
「1時間だ」
そう言って階段で横になれば、気配が寄り添うのがわかる。
ほんのひと時の安息だった。