ご注文は猫ですか?   作:やんま

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想い想われ

 

 

 

 世渡り上手な猫だった。いつの間にか我が家に上がり込んできたソイツ、ふわふわの毛をたっぷり纏ったさび猫は賢いヤツだったのだろう。だって家に上がり込んで来たのは、いつだって父ちゃんのいないとき。俺が妹弟たちの面倒を見ていたときだけだったのだから。

 小柄だったソイツを俺は勝手にチビと呼んでいた。体形や毛並み、愛想の良さからいくつもの家を渡り歩いて愛されているのは察せたし、名前もおそらく多くあったに違いない。けど我が家でソイツはチビだった。

 

「玄弥兄ちゃん、チビ帰るって-」

 

用意してたねこまんまをやる。貞子に撫でられながら、親指の先程しかなかったそれをチビはゆっくりたいらげていた。

 

「チビまだヤだよー!」

 

「こら!尻尾はダメだって言っただろ!」

 

イヤだイヤだとジタバタすることを宥めていると、チビから助けが入る。泣いて真っ赤な顔を舐め、尻尾で鼻を擽られれば癇癪玉はあっという間に萎んだ様だった。そうやっていつもチビは宥め終わると、お行儀良く玄関の扉から出て行くのだ。

 

 

 

「チビ、もう少しいてくれないか?」

 

チビはスンと顔を逸す。ダメらしい。今日もチビを母ちゃんと兄ちゃんに会わせられない。もちろん猫特有の気まぐれさもあるんだろう。けどいつ父ちゃんが来るかわからないから、チビなりに見極めて出入りしているのはわかっているんだ。でも、どうしても2人にチビと会って欲しかった。

 

少し前、兄ちゃんにおんぶしてもらって家に帰ったとき思ったんだ。兄ちゃんは誰に甘えるんだろうって。母ちゃんは早くから遅くまで働いていて、父ちゃんはあんなんで……。兄ちゃんも子どもだけど働いて母ちゃんを支えている。兄ちゃんと一緒に母ちゃんを支えたい。家族を守りたい。俺が頼れる男になれたら、母ちゃんも兄ちゃんも少しは楽出来るだろうか。…………頼れる男になれたら、兄ちゃんは寄りかかってくれないだろうか。ずっと羽ばたき続ける鳥の様に思えてた。俺がしっかりした幹の大きな木になれたら。けど、俺と弘達で想像してみたら少し難しそうだった。少なくとも今の俺じゃあまだまだだ。いずれ頼られる男には絶対になるつもりでも、今はまだ。

 

そう考えて、チビのことが頭によぎった。俺は兄ちゃんに甘えることができた。弟だから。けど、兄でもないのにチビにも甘えてた気がする。1度弟妹達の前で癇癪を抑え切れなくなりそうなときだった。チビは知らない間に足に擦り寄って俺を見上げていた。気がついたら俺はチビを抱えて、腹に顔を埋めて。力加減が乱暴で、泣いていたから腹が不快だったろうに、チビは暴れることもなくされるがままにしてくれていた。

気が済んでごめんなと下目に伺えば、またいつものようにスンとした顔で顔を逸らされた。

“別に。ただ気分がのっただけですし。”

そんな言葉が聞こえた気がした。

 

俺達とチビの関係はなんだろう。偶に内緒でごはんをあげる対価はあったけど、頻度としてくれていることを考えたら絶対に割に合わないのは確かだ。

 

そんな名前がよくわからない関係。だからこそ、兄ちゃん達と会って関わってくれたら。もしかしたら、ほんのひと時でも羽を休めてくれるかもしれない。

 

 

「じゃあ別の頼みごとしていいか?」

 

チビがして欲しいことがあったら俺がなんだってする。だから。

 

「外で俺達の母ちゃんと兄ちゃんに会ったらさ---」

 

 

チビは相変わらず、スンとした顔で踵を返して行った。

 

 

 

 

「猫のいる喫茶店ですか?」

 

悲鳴嶼さんに連れられて来たのは、緑の装飾が目立つ洋風の建物だった。扉の横に置かれた看板には『猫ノイル喫茶店 開イテ〼』と書かれている。悲鳴嶼さんがよく利用するというこの喫茶店、悲鳴嶼さんが通うなんて意外にも思ったが、なんでも利用客が幅広く全国の様々な噂や情報が手に入ったりするそうだ。そういった仕事は隠の人たちがすることのように思うが……やはり猫が理由なんだろうか?猫、好きだもんなぁ。

 

「店主、お久しぶりです。猫さんはいますか?」

 

やっぱり猫が1番の理由じゃないですか。

 

「いらっしゃい、お久しぶりですね悲鳴嶼さん。猫はいますよ。今機嫌はいい方です」

 

人好きのする笑みを浮かべる店主が硝子カップを拭きながら、視線でカウンター前の椅子を示す。黒い長毛の猫がいた。ヒラリと椅子から降りて、悲鳴嶼さんの足に擦り寄る。涙をダバダバ流す悲鳴嶼さんが見えたが、俺はそれどころではなかった。隣の椅子にふわふわな毛のさび猫がいた。ここは生家とは離れていて最後に会ったのはもう何年も前だけど、間違えるはずがない。椅子の前に膝を着いて目線を合わせる。

 

「久しぶり、チビ」

 

スンとした顔で、でもゴロゴロ鳴らしながら匂いを嗅がれた。傷跡の残る頬をざりざり舐められる。お返しに耳の後ろを撫でると手の平に頭を預けてくれた。自分の手の大きさが時間の経過を表していて。俺もだいぶ見た目が変わってしまったけど、憶えていてくれた様だった。

 

「おや、おさびと知り合いですか?結構付き合いありますけど、こんなに懐かれている人なんて初めて見ましたよ」

 

ここでは“おさび”と呼ばれているようだ。けど、

初めて見た?

 

「そうですよ。おさびは魔性の猫でしてね。虜にされた人は数多く!この子目当てに通ってくる人かなり多いんですよ。けど、相手からは絶対にヒゲ1本も触らせない」

 

魔性……。虜……。

 

「煮干しや鶏肉を捧げても流し目で見られるだけ。ヘタに触ろうもんなら爪たてた猫掌底。それがいいんじゃないかと言う上級者常連もいますけどね」

 

上級……?

 

「偶に、たま〜に気まぐれでおさびから尻尾で顔を撫でられた日には立派な下僕の誕生ですよ。僕は売り上げが増えて嬉しいですけどね」

 

げ、下僕……。

もう一度チビを見るが相変わらずスンとした顔だった。……コレなんて気持ち?恥ずかしさ?居た堪れなさ?知ってはいけないことを知ってしまったような…………とりあえずこのよくわからん感情は隅に置いておく。今は再会を喜ぼう。

 

 あの日の後、チビは1度は家に来た筈だ。空っぽの荒れた家を見て、チビはどう思っただろうか。チビに按摩をしていた弘も、姉ちゃんが板についてきていた寿美も、騒がしくて、けど俺と一緒に見守ってチビが相手してくれた貞子もことも就也も、みんないなくなってしまった。

 

「元気そうでよかった。もう残っているのは俺と……兄貴だけなんだ」

 

ふと一方的に頼んだ約束を思い出した。今更振り返って言葉の通じない動物に何言ってんだと思ったが、当時の俺はそれはもう真剣だったんだ。……お袋と兄貴には会えてたんだろうか?

 

「約束のことなんだけどさ」

 

にゃあ

 

声を聞いた。星のようなその目を見つめる。不思議なもんで、猫語なんてわかりやしないのにチビの言っていることがわかる気がするんだ。

自分の弱い心がそうであって欲しいと勝手に思った声じゃないのか。前、癇癪を起こしたときにも一瞬よぎったことだ。でもすぐにそんなことないと確信する。確かな意思を持って、寄り添ってくれていたチビ。おまえの星みたいな瞳は雄弁だったな。

 

ああ、約束は果たしてくれていたらしい。

 

「ありがとな。なにしてほしい?」

 

チビがカウンターの上に飛び上がる。お品書きが広げてあった。どうやら猫用の品もあるらしい。前足の先に示されていたのは特製ねこまんまだった。鬼殺隊に入って少しはお給金が入る様になったのだ。もっと高くていいもんでも全然構わないのになぁ。

 

「店主さん。チビにねこまんまください」

 

チビはお品書きを指した指に頭を擦りつけてくる。耳の後ろを掻くのもご所望みたいだった。

 

「おさび本当に別猫みたいですね……。どうぞ、カウンター席でゆっくりお待ち下さい。悲鳴嶼さんも程々にですよー」

 

店主が奥に引っ込んで行ったので、悲鳴嶼さんの方へ振り返る。チビを見たせいですっかり忘れてた。他の客に聞き込みをしているのだろうか。弟子だろ柱の悲鳴嶼さん1人になにさせてんだ馬鹿か俺は。

 

振り返って。なにも言えなかった。

 

悲鳴嶼さんは猫を吸っていた。猫を抱えて顔をお腹に突っ込んでいる。時折聞こえる幸せそうな南無南無。絶対泣いてるぞあの人。猫はされるがままだった。いいのかなぁ……。

悲鳴嶼さんは立ったまま猫を吸っていた。身長が2mを遥かに超えているので、猫もだいぶ高いところに顔がある。

…………問題は、猫の後ろ脚が床についていることだ。

 

のび、て…

 

 

俺は悲鳴嶼さんの代筆をしたりもするので結構字は書ける方だ。けど計算ごとは得意ではない。よくわからん。たい、せき?

 

……猫ってきっとあんなもんだ。そうだよなチビ!

 

何故か指を叩かれた。

 

 

 

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