隷属者はハグレ王国の夢を見るか 作:ベリーナイスメル/靴下香
「……何、この、何?」
「あぁうん、言いたいことはわかるかな。けど、言葉には出来ないね」
そこで行われていたのは戦いと呼べるはずもない一方的な蹂躙だった。
あなたの目に映る白と黒の世界で蠢く魔物は、あなたが短剣を一度振るうだけで絶命する。
相手をしている魔物の視界にあなたの姿は映ることすらなく、魔物が自覚する前に死に絶えた。
実のところあなたは少し自身の力を疑っていた。言わずともがな先程の醜態によってだ。
故に肩慣らし。まずは思い出そうと取り巻きから相手にしたことが群れのボスとも言える植物型の魔物に絶望を与えた。
ある意味、取り巻きの一匹は幸せだろう恐怖も痛みも感じることなく地面に身体を伏せることができたのだから。
目に映らない脅威は確実に魔物へと死を運んでいて。
それに抗うために精一杯の毒を撒き散らした。
だがそれすら無意味。まるで意に介さずあなたは魔物の命を弄ぶ。
自分の状態を確認するため、自身の力を示すため。
ひいては自身の有用性を知らしめるために。
あなたは十分だと満足した。
なるほど今の力はこんなものかと確認もできた。
だからこの蹂躙劇は何の知らせもないままに呆気なく終幕した。
「すっごいでち……」
散々恐怖の念を魔物から受けたからだろうか、あなたへと向けられるデーリッチの輝いている視線がむず痒く感じる。同時にデーリッチの顔を見た瞬間世界へ色が戻ったことに安心した。
だが果たして自分の価値は新しい小さな主の満足足り得るものだっただろうか。
それだけが心配だった。
ボスだったらしい植物型の魔物が絶命したのを確認し、腰にまわした鞘へと短剣をしまう。
そしてあなたは一息吐いた後、デーリッチの前で片膝を付き、恭しくも頭を下げ口を開いた。
「いっ!? いやいやいや! そういうのデーリッチはよくわからんでち!?」
慌てて両手を振るデーリッチにあなたの心配は募るところだが、その横で片手を顎に添えて一つ頷いたローズマリーが口を開く。
「正直私達の心配を返せって言うレベルなのかも知れないな。ううん、ごめん。キミがそこまで強かったとは思ってもみなかったよ」
どうやら満足頂けたらしい事を察してあなたは胸を撫で下ろした。
同時に先程まであなたへと向けられていたハピコの視線も変化していることに気づく。
「いや、流石にわかる。わからいでか。あんたはそう、強すぎるから私達と息を合わせられなかっただけなんだ」
確かにそういった面があることは否定できない。
だからあなたは苦笑いでハピコに対して返答したし、それも一つの要因かも知れないと口を開いた。
とは言え真実は違う。
結局の所やはりあなたは隷属者なのだ。
主の前にいてしまえばどうしても命令を待機してしまうし、放たれる言葉へ従ってしまう。
それはつまり逐一命令を受けなければその力を振るえない徹底的な操られ人形なのだ。
無論こうして大勢と呼吸を合わせて戦闘を行うといった行為自体も初めてであるという要因もある。
あなたは常に放たれた命令を一人で遂行してきたし、何かや誰かの助力を得ることも無かった。
あなたが積んできた戦闘経験の中には欠片程も自身以外の存在が無かったのだ。
「ほんとにキミは……難儀な性格をしているね」
つい最近聞いた言葉を再び言うのはローズマリー。
あまり喜んでいいものではないのだろうが、あなたはローズマリーの苦笑いを自身への理解を深めて貰えたと受け取り喜んだ。
「大きな戦力を得たと喜ぶ気持ちはあるけど、これで皆で戦うっていうのは難しくなったのは確かだ。少しキミについては考えなければならない」
何を考えることがあるのかとあなたは首を傾げるが自身が気にすることでもない。答えはいずれローズマリーが出すだろうし、それに従うだけだ。
さて、ここであなたは自身の力と有用性を示したわけで、少なくともこの周辺にいる魔物はあなた一人であっても殲滅可能だとすら証明もしたはずだ。
ならばニワカマッスルとの邂逅に備え周囲の魔物を駆逐しろと命令するのがベスト、もしくはベターな選択肢。
ローズマリーとの交流はまだまだ浅いが、そういった選択肢に気づかないわけがないとあなたは確信している。
「ありがとう。そこまで買ってくれるのは嬉しい。そしてだからこそ難しいんだよ」
なんとなく察しが付いたと顔に表したのはこれまでずっと黙っていた福ちゃん。
要するにあなたを最大限に活かす方法は自身が言い、望む通り王国の隷属者として扱う方法なのだ。
王国の目的を達成させる為に泥をかぶり続けさせるのが一番良い
今この状況で言うのならば、ニワカマッスルと会う為に魔物をすべて駆逐させるどころか、ニワカマッスルを王国へ参加させることだってきっと達成するだろう。
戦闘一つにしても、あなたを矢面に立たせてしまえば後方でお茶を飲む余裕すら生まれてしまうのかも知れない。
それがローズマリーはわかった、理解した。
理解したからこそそれ以外の方法であなたを王国の一員、仲間として共にいるためにどうすればいいかという難題に頭を抱えている。
「まぁゆっくり考えよう。そうだな、とりあえずキミは戦闘中アイテムで皆の回復と言ったフォローをお願いしていいかな?」
ローズマリーがそう指示するなら否を持ち得ない。
頷いたあなたへとやっぱり困った笑顔が複数向けられたがその中で一つ。
「わふん」
まぁまぁ使えるな。
なんてアルファ思想を定めきったベルベロスのドヤ顔がやけにあなたの鼻についた。
さて、無事にニワカマッスルという筋肉モリモリ牛人間を王国へと迎え入れることができたあなた達。
その見た目通りと言うべきだろう彼はあなた達が数人がかりで動かそうとしていた瓦礫をあなたの目の前で片付けている。
近くで待機している理由は彼のフォローを行うためだ。撤去ということはつまりその場所からどかすだけでは駄目で、何処かへと処分しに行かなかればならない。
彼が瓦礫をその場からどかし、運びやすいようにある程度の大きさへと砕いたものをあなたは押し車で外へと運搬している。
「あー……その、なんだ。そんなにじっと見つめられると恥ずかしいんだが?」
何処と無く照れたように、というには少し鼻息が荒い様子のニワカマッスル。
素晴らしい筋力だなとあなたは感心しながら彼の様子を見守り手伝っていたのだが、どうやらその観察に熱を入れすぎたらしい。
実際ムキムキマッチョと言えば少しイメージが悪いのかも知れないが、あなたの目から見た彼の肉体は非常に理へ適ったものであった。
こうして瓦礫を動かすほどの力に変えているようつけられた筋肉に無駄がないように、彼の身体は何処にも無駄が無かった。
つい最近筋力低下を実感したばかりのあなたとしてはまさに生ける標本、参考にするには十分だったのだ。
「いや良いんだけど……よっ!?」
だからこうして至近距離でニワカマッスルの筋肉を観察どころか触れてしまうのも仕方がないし、王国に参加した早々俺の時代が来たかと彼が色めき立ち興奮してしまうのも仕方がない。
彫刻の様に固まってしまったニワカマッスルを良いことにあなたの手は遠慮なく彼の身体を這い回る。
予め言うがあなたに筋肉を愛でる趣味も嗜好もない。また、ニワカマッスルへと異性の魅力を感じているわけでもないし、そもそも異性だからなんだという程度の性認識だ。
あなたの手付きは非常に優しく時に刺激的で。
ニワカマッスルは硬直しながらも時折くぐもった声を上げているがあなたの耳には届かない。
今のあなたは興奮しているが、それは決して愛撫とも捉えかねない手付きに興奮しているニワカマッスルへと興奮しているわけではないのだ。
「止めなくていいんすか? 姐御」
「いやまぁ仲が良いのは良いことだよ。……あ、デーリッチは向こう向いててね?」
「な、なんででちか!?」
デーリッチの目を優しく覆うのはローズマリー。
近くを清掃しながらも白目するのはハピコ。
福がやってきましたねと喜ぶのは福ちゃんだったし、熱心に掃除の手伝いをしてるのはベルベロス。
十分にニワカマッスルを参考にし終えたあなたが硬直したままの彼をさておいて考えるのはこの拠点のこと。
先程ローズマリーが言っていた様に、ここは寺院か何かだったのではないかという話。
確かにそれなら魔物が寄り付かない理由にもなるのだろうし、そこまで手を入れずともある程度の形が保たれていたのも頷ける。
あなた自身が我が身を賭して清掃しただけにここの広さだなんだといった事を踏まえて、国を興すには絶好の場所だというのも理解できる。
しかしながら都合が良すぎる場所でもあるのだ。
こうしてデーリッチやローズマリーが手を入れるまで手つかずだった理由は不明だが、ある程度の規模を持つ組織なら十分何にでも利用できるだろう。
あるいは既に利用されていて、用が済んだからと破棄された場所なのかも知れない。
もっと言えば、まだ利用されている、か。
「ん? そうだね……確かにその可能性はあるな」
ローズマリーが額の汗を拭い一息吐いたところであなたは声をかけ自身の考えを述べた。
拠点の整備はもちろん必要ではあるが、同時にこの施設の背景を調べることもまた必要で。
もしもその必要があるのなら自分を使って欲しいとの念からではあったが、警戒する面を残しておくべきでもあるのだ。
「うん、頭に残しておくよ。ともあれまずは拠点を整備しよう、もしかしたらその途中でここの背景に繋がる何かが出てくるかも知れないし」
さもありなん。心配して動けなくなるのは本末転倒。
心配のしすぎでもある、実際にここから魔物の気配は感じないしまた悪意が放つ特有の匂いも感じない。
「だけどありがとう」
気を引き締め直していたあなたに向かって唐突なお礼を言われたことにあなたは意気を抜かれ首を傾げる。
はて、自分は何かお礼を言われるようなことをしただろうかと。
命令を遂行したわけでもなし、最も命令を遂行するのは当然だからお礼を言われるまでもない。
「ふふ、自分で考えて意見を言ってくれただろう? それも私達を心配して、だよ。それが私は嬉しいんだよ」
傾げた頭にクエスチョンマークが浮かぶあなた。
そういう危険がある、しかし自分に任せてくれといった意図で話をしたはずだがと疑問が深まってしまう。
「いやいや、そんなに難しく考えないでくれ。こういう時はどういたしまして、だ」
疑問は晴れないがローズマリーの言葉をオウム返しするあなただった。
ローズマリーが目安にと言った二週間はあっという間に過ぎていった。
デーリッチはあんよがしんどいと泣き顔を見せていたし、その都度あなたはデーリッチを助けようとして甘やかせるなとローズマリーに窘められて。
どちらがより掃除の役に立てるかと謎の勝負をベルベロスに挑まれたはいいものの、勝っても負けてもよくやったと言った顔で迎えられ。
何故かチラチラとあなたへと視線を飛ばすニワカマッスルに首を傾げて、微妙に怖がられているのかハピコには距離を置かれて。
どうすればいいかと相談した福ちゃんにはニコニコと回答ではなく笑顔を向けられて。
途中何度もすべて自分に任せてしまえばいいと進言もしたがその度に却下され、皆でやるんだと窘められ。
そうして迎えた目安の期日にあなたは不思議な感触を得ていた。
あなたが得た感触は充足感。
その名前をそうだと決めることができないが、誰かと一緒に何かを成し遂げたという今に心地よい気分で浸っている。
理解できていることは一つ。
あなたの自身を使えという進言が受け入れられたとして、一人でこの状態を迎えても今の気分は味わえなかっただろうということだけ。
まだこうして王国の一員として迎え入れられて過ごした時間は僅かに過ぎないが、確かな自分の変化を感じている。
そしてそれを悪くないと思えてもいる。
皆で整備した拠点を見て回って。
拠点中央区に配置した今は無人の店を見て誰がここに立ってくれるのだろうかと夢想もした。
その想像に弾む気持ちも確かに実感した。
皆と何かを作ること。
そうして得た感触は、きっと今までの自分であったなら味わうこと永遠に無かっただろうと確証なく確信している。
「じゃあやってみようか! それじゃ皆席についてー」
と浸っていたあなたを現実に引き戻したのはそんな声。
席にと言われて慌てて椅子へと腰掛けるあなたは今大きな会議室にいる。
「それじゃあまずは――」
「あ、その前にしつもーん! この王国の正式名称はなんですか?」
ハピコの声が響く中耳に残っていたのは、ここでこれからの活動について会議するというもの。
こうして全員が参加するという体はこれからも続けられるのだろうか。だとしたら持てる力を存分に使ってもらうべくあなたは会議に集中する。
「じゃあハグレ王国でいいんじゃねぇか? 暫定的にそれにしといて後々変えればいいだろう」
「ふふ、大体後で変えようっていうのはそのまま定着してしまうものなんですよね」
ニワカマッスルの発言に福ちゃんが笑う。
そういうものなのだろうか? あなたとしてはデーリッチが最初に呟いたデーリッチ王国でも一向にかまわないというか主の名前が入っていることを誇らしく思いもするのだが。
ハグレ王国という名前で異存なさそうなためあなたは口を噤んだ。
「じゃあ次に王国の収支を言おう。収入はゼロ、支出は430ゴールド。しめて430ゴールドの赤字です」
「おおあかじでちーーー!?」
紡いだ口から勢いよく息が飛び出た。
デーリッチの叫びに隠れて気づかれなかったが、あなたも大概声を上げてしまうほどに驚いた。
とはいえ当たり前の話でもある。
誰も収入となる活動を行っていない中、人が生活をしているのだ相応にお金がかかるものだ。
それくらいわからないあなたではなかったし、その程度の常識は持ち合わせている。
だからこそかつての主はあなたを使って金銭を得ていたのだ。
「まぁこれについては後で別途に考える。まずは王国として今後どういった活動をしていくか……まずは王国に入ってくれるハグレを探さないといけない。だから探索場所を何処にするかってここで相談したい」
そうローズマリーは続けるもののあなたとしては気が気ではない。
何しろ仕えると決めてるのにも関わらず現状穀潰しもいいところなのだ、早急に、いや火急に金銭を得る手段を考えなければならない。
かつて使われていた自分を思い出してみればわかりやすいのは魔物の討伐だろうか。
魔物を討伐し、報告し主へと収入を入れる。
それならば問題なく一人で行えるだろう、その力もある。
だが引っかかるのはハグレの扱い。
かつての主は正規の報酬を得ていたのだろうが、新しき主はハグレ。
ニワカマッスルがあの鉱山で得た収入は人間の半分だと言うことを考えれば足元を見られる可能性は十分にある。
最悪難癖つけられて全く貰えない可能性だってあるのだ、あなた一人で魔物狩りを行うには能力以外で不安が残った。
ならば暗殺と閃くがそもそもそういった命令をデーリッチやローズマリーはしないだろう。
かと言って世間に身を投じて仕事を得るにしてもハグレ王国の名前に傷がつくだろう事を考えるとやめたほうがいい。
では自営業はどうか。
当たり前に論外だ、あなたは何処までいっても隷属者。自分で判断して何かを生産するということに全く向いていない。
そこまで考えてあなたは目の前が真っ暗になった。
何ということだ、あなたは何も王国に対して出来ることがない。
「じゃあ探索候補地にサムサ村、モジャーク大森林を追加しておこう」
はっと我に返った時、探索予定地が決められていた。
二重の意味でしくじったとあなたはへそを噛むが仕方ない。
「最後になるけど、次元の塔というものを知ってるかい?」
聞き慣れない言葉にあなたは耳をすませる。
ローズマリーが言うには腕試し用のダンジョンで強力なアイテムやスキルが転がっているとのこと。
これだ。
あなたは目の前に一本の糸が垂らされたかのような気持ちになった。
「ただ、中は相当にきつい場所らしい。仲間が揃っていない場合は先に探索で探してから挑戦するべき――って、どうしたんだい?」
相当にきつい? 仲間が揃っていないと難しい?
それがなんだと笑ってあなたは勢いよく挙手をした。
「え、キミ一人で行くって? いやそんな馬鹿な……とも言えないなキミに関しては。うーん」
「デーリッチのキーオブパンドラが必要でち。一人でっていうのは難しいでちけど……デーリッチ達の腕試しに使うってことなら行った時に先行して中の調査くらいならいいんじゃないでちか?」
デーリッチ最高とあなたは心で盛大に称賛した。
あなたにしてもまだまだ他の仲間達と呼吸を合わせるのは難しいが、一朝一夕でそれをこなせるようになるものでもない。
何より根本的な問題として仲間との実力差が開きすぎている、仮にあなたが合わせられるようになったとしてもそれは高次元から低次元に身を落とすという意味で戦力の向上にはつながらない。
ならば、存分に腕試へと集中してもらっている間に自分が次元の塔内に落ちているアイテムやスキルを回収すればいいのだ。
あなたが生み出す収益にはならないが、アイテム等は言ってしまえば資産だ。王国の資産作りに繋がる活動ではある。
「そうだね。私達もある意味修行に専念できる、か。じゃあお願いしていいかな?」
もちろんだ任せてくれとあなたは胸を叩く。
少しだけ揺れた胸へとニワカマッスルの視線が注がれた気がするが特に気にはならなかった。
「じゃあそういうことで。次に――」
あなたの気分は爽快だ。
これで役に立つことが出来るとスキップして小躍りしたいくらいに。
だから。
「王国の収入を生み出すための企画、お店提案についてだけど」
そう続いたローズマリーの言葉に身体がぴしりと音を立てて固まった。