隷属者はハグレ王国の夢を見るか   作:ベリーナイスメル

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心の種

 頭を抱えながら拠点内であてもなくうろうろと徘徊するあなたの思考に埋め尽くされるはお店提案。

 なるほど確かに恒常的と言えば少し違うのかも知れないが次元の塔で得られる収入は一度きりだ。

 豊富にアイテムやスキルを手に入れようとも一度入手してしまえば次がないのは当たり前で、仮に当面の生活が保証される資産を手に入れようともいずれは尽きてしまう。

 

 生活というのは支出と収入バランスの上に成り立っている。

 まとまった収入を得たところでもうその活動を終えるということはない。一時的に休業する選択肢はあれどずっとというわけではないのだ。

 

 王国運営も同じだ、得られるかわからない収入をあてに資産運用計画は立てられない。

 あなた達が生活していくに必須な資金を超える収入を確保し、余剰で生活を豊かにして。豊かになっていけばそれを維持するため更に資金が必要になって。

 

 そのサイクルを保つためにはやはり常に安定して資産を生み出すお店や施設というのは理に適っているものだ。

 

 それが生活する、文化的な営みであるということをあなたは初めて身に知った。

 

 今までは命令を遂行することだけ考えていれば自身が活動出来るだけの生活が出来ていた。

 実際あなたがこれまで生きてこられたのは生活をしていたというより、主の手によって管理されていたとも言いかえられる。

 主の生活を支えていたと言えば少しは救われるのかも知れないが、意識してするしないの違いは大きい。

 

 要するに責任が生まれたのだ、あなたが仮に何かのお店を開けたとしてもそこで生まれた赤字はあなたが生んだものになる。

 ローズマリーは試行錯誤の末、あるいは軌道に乗せるまでの損失は気にしないでいいと言ってはいたが、あなたの隷属者としてのプライドがそれを許さない。

 

 すぐにでもと提案していたのはニワカマッスルとハピコの二人だ。

 特にハピコは、幸せ呼びまくり! 開運福ちゃんキーホルダーなどという福の神様こと福ちゃんを模したキーホルダーの生産、販売を手掛け、福ちゃんからもお墨付きを頂いている。

 

 悔しさのあまり鍋に油を引いてから揚げ粉を作りだしたのはご愛嬌だろう、まさか本当にその発想を食したところで得られるとは思っていない。

 

 ニワカマッスルの提案は栄養ドリンク販売らしく商品名をMドリンクというらしい。

 モーモードリンク、略してMドリ。

 

 難色を示していたデーリッチとローズマリーではあったが、ここでも福ちゃんの様子を見てはという一言で販売する流れになった。

 ここでもやはりあなたは悔しい思いの下鉄板を熱しようと体が動いたが残念ながら筋肉だらけで食いでが無いと我慢した。

 

 そういった中であなたはまだ提案が出来ていないのだ。

 ローズマリーには焦らないでいいと言われてはいるものの、主達の力になれない状況とはひどく落ち着かない。

 

 あなたは確かに戦闘で目覚ましい活躍を上げられる。だがそれは単独でならという言葉が頭につく。

 それ故に今デーリッチ達が向かっているサムサ村には同行せず、留守番をしながら提案を考えるという難敵へと立ち向かっているのだ。

 

 そうして考える資金の稼ぎ方。

 少し前に考えたようにあなたの特筆して挙げられる能力は戦闘技術だ。

 

 それを活かして魔物狩りを行うのが手っ取り早い稼ぎ方ではあるものの、自分一人を養うのならともかく多人数と考えた場合雀の涙程の収入になってしまう。

 

 塵も積もればなんとやらの精神でやるにしてもそれはほぼこの拠点から外出しっぱなしの状態になるし、恐らくデーリッチやローズマリーが言うところのお店には当てはまらないとも思っている。

 

 その時あなたに電流走る。

 

 ならばこの戦闘技術を教える道場の様なものを運営してはどうか。

 我ながらナイスアイディアだと手を叩くあなたの顔には笑顔が浮かぶ。

 そうすれば王国外から人も呼べるし、外の人は自衛能力向上まったなし。

 王国内のハグレ達も参加出来るようにすることで各員それぞれの能力向上だって狙える。

 つまり自分がパーティ内で力を振るう事も容易になるのだ。

 

 一石二鳥どころか三鳥。

 

 会心の発想だと自分を思わず褒め、だらしない笑顔を浮かべるあなたは早速と自分に出来ることをノートに書き上げ始める。

 

 さて、具体的にあなたが教えることが出来る技術とは何だろうか。

 あなたが思いつくままにノートへと記入していくそれは。

 

 牛にでもわかる簡単暗殺術。

 詐欺天使もどきの美味しい調理方法。

 生意気わんちゃんの躾け方。

 

 そこまで書いて一番下を消す。

 これは願望だし、ベルベロスは生意気ではない。

 あなたとしては驚くべきことにベルベロスはまさしく忠犬と言って良かった。

 

 少なくともデーリッチの言うことをよく聞くし、あなた以外の王国員との関係は良好だ。

 いまいち他者との関係を上手く築けていないと自覚しているあなたとしては見習わなければないらないとすら思う。

 

 よって躾けられるは自分であるべきだろう、躾けを行われる相手がベルベロスだとは認めたくないところではあるが。

 

 では詐欺天使もどきハーピーこと、ハピコの調理方法はどうか。

 未だ一度も実践していない以上信憑性は薄く説得力に欠ける。ならばこれは一旦保留とするべきだと項目の最後に予定と付け加える。

 

 調理と言ってもあなたに出来る料理にお上品なものはなく、野営中如何に効率よく栄養摂取出来るかといったようなサバイバル……もといキャンプ料理だから名称はともかく概要的にはサバイバルスキルと言うべきか。

 

 これも上手く活用できるだろう、あなたとしては何の工夫もない塩たっぷりの干し肉でもいいのだが主にそんなものを食べさせてしまっては隷属者の沽券に関わる。

 自分がいない時であっても誰かに教えておくことで間接的に主の役に立てると大きくあなたは頷いた。

 

 そしてやはり暗殺術だろう。

 あなたの優れている戦闘技術とは身のこなし、軽やかさ、そして一瞬で対象を絶命に至らせる急所への正確な一撃。

 

 同時に魔物への見識というかそういった部分もあるか、少なくとも多くの魔物と戦ってきたあなたの知識には魔物の急所が詰め込まれている。

 

 魔法が使えないあなただからどういった属性の魔法に弱いとかといった属性の問題はわからないものの、特技というか物理攻撃を主体とする仲間は知っていて損にはならない。

 

 無論知っている魔物であればどういった魔法を使ってくるのかもわかるため相手の弱点属性に知見を得ているものが居ればより内容の良いものになるだろう。

 

 考えをまとめたあなたは再び大きく頷いた。

 いける、これはいけますよと満足げに。

 

 

 

 帰ってきた仲間たちを出迎えて。

 見ない顔が二人いることにあなたは誇らしい気持ちになる。

 その理由はいまいちわからないものの、純粋にこの大きくがまた一つ大きくなったから嬉しいのだろうという結論を出した。

 

「あなたもこの……えぇっと、ハグレ王国の人? 私はサイキッカーヤエ、このサイコ能力でサイコソルジャー達に明るい未来を約束する者よ」

 

 果たしてその気分は一瞬で霧散した。

 何いってんのこの人と目を点にしてしまうあなたはどう答えたらいいのかが全くわからない。

 自分で自分の事を相当な変わり者だとつい最近自認したばかりのあなたをしても目の前にいるサイキなんちゃらさんに遠く及ばないだろうことだけしかわからない。

 

「ま、まぁええと、悪い人じゃないんだよ、ほんとだよ? 空気読める人で常識もちゃんと持ってるんだよ?」

 

「そのフォローは些か心外ね……フォローされなきゃ常識も持ってないし空気も読めないみたいじゃない」

 

「そういうところだよ!? はぁ……えぇっと、そしてこっちが」

 

「あのあの! あなたは雪だるま合戦というスポーツをご存知ですか!?」

 

 あなたの混乱は頂きに至った。

 自分を変わり者だと自認したと同時に物知らずであるということも自認したばかりのあなたではあるが、開口一番雪だるま合戦を知っているかと聞かれたのはまさしく初めてだ。

 とりあえず自分が冷静になるためにと、名乗りそういったスポーツは知らないと謝罪と共に口にするあなた。

 

「そう、ですか……それじゃあやっぱり」

 

「大丈夫でち! さっきも言ったでちよ! 一緒に出来る人を増やすことは出来るでち!」

 

「う、うん。あ、すみません。私、雪乃といいます」

 

 ぺこっと可愛らしく雪乃が頭を下げて来たことによりあなたは落ち着いた。

 詳しい事情はわからないが、やはりこの子もそれなりの事情を持ってこの世界に生きているのだろう。

 そしてその事情を完全にではないのかも知れないが、デーリッチこと我らが主は解決したのだ。さすがである。

 

 ならばこの時この場で出来ることはデーリッチの言を助ける、叶えることであると思い至ったあなたは雪乃に向かって興味があるので何時でも誘って欲しいと口にする。

 

「え? あ、はいっ! 初心者さんですよね! なら五目雪だるま並べがおすすめなんですー!」

 

 ハツラツとした様子で雪だるま合戦とはなんぞやと説明してくる雪乃を相手にしながらあなたの耳に聞こえる声。

 

「あれ? い、意外と優しい?」

 

 ハピコが信じられないといった目をあなたへ向けてくる。

 なるほどわかったご期待に応えよう、先程書き上げた調理についての題名から保留を取る日は近いなとほくそ笑むあなたは雪乃へと質問をする。

 

「え? 唐揚げにレモンですか? えぇっと、私は塩胡椒の方が好きですぅ」

 

「あ、デーリッチはレモン好きでちよ! ねぇローズマリーもそうだったでちね?」

 

「そうだね、でも塩胡椒もレモンもどっちも好きだよ」

 

「やっぱり気のせいだっ!?」

 

 たじろぐハピコへと笑う仲間達。

 あなたとしては本気八割程度ではあるのだが、どうやら空気がよくなったようなので結果オーライと満足する。

 そんな中今の流れを見ていた電波少女は頷いた後言うのだ。

 

「いいとこね。これからよろしくね」

 

 照れくさそうにあなたへと片手を伸ばしながら言う彼女。

 その片手を受け取りながら、あなたは今日来た二人が所謂良い人で良かったと安堵するのだった。

 

 

 

 新たな仲間が増えたところであなたは思う。

 既に王国の一員となった数はデーリッチとローズマリー、あなたを含めれば九人。

 国というイメージからすれば僅かも良いところなのかも知れないが、急速な拡大と言っても良いだろう。

 

 ざくざくと増えていく仲間を喜ぶ気持ちは確かにあるが、あなたには一つ気がかりがあった。

 

「え? なんだか意外……っていうのも失礼か。だけど心配しなくても大丈夫だと思うよ」

 

 ローズマリーへとお店提案について相談するついでにと気がかりを具申してみればそんな返事。

 

 提案に関しては一口で言えばもう少し考える必要があると言ったところか。

 現状の王国規模から外の人間やハグレがそれを目当てにやってくるとは考えられない以上収入を得るのは難しい。

 今は王国の中から外へのアプローチが必要であるため、外から中へと呼び込む形の施設はいまいちだというのはローズマリー談。

 

 ただあなたの自発性を喜んだローズマリーは一旦保留で規模が大きくなってきたらもう一度と言ってくれもした。

 それまでは先の提言である次元の塔での蒐集作業で賄って欲しいとのこと。

 

 そして気がかり。

 

 この調子で仲間とやらを加入させていってしまえば危険因子すらも知らぬ間に抱え込むことになってしまうのではという点。

 一番の危険因子は紛れもなくあなたではあるが、その自覚はあなたにない。

 それでも今のあなたにはハグレだから(・・・・・・)この国で抱えるという印象が強くある。

 これもあなたを棚にあげることになるが、それこそ重犯罪者であってもその理由で王国員としてしまうのではないか、またそのせいで要らぬ危険を背負うことになるのではないかと気にしているのだ。

 

 無論というか、この国、ひいてはデーリッチを危険に晒す、あるいは及ぼそうとする者は即刻処断する腹積もりのあなたではあるが。

 

「いやいやいや、万が一そうなってもまずは私に言ってね? でもさっきも言ったけど心配要らないと思う」

 

 そういうローズマリーの頭に浮かんだ理由というのはデーリッチだろう。

 やけに自信ありげというべきか、こういう話の時、ローズマリーの瞳にはデーリッチの信頼で溢れている。

 あなたとしてもデーリッチのことは信頼も信用もしているが、恐らく次元が違う。

 

 あなたは主だからデーリッチを信頼しているのに対して、ローズマリーはデーリッチだから信頼しているのだ。

 

「あの子の人を見る目は確かだと私は信用しているもの。そりゃ突拍子もないことで慌てることはあるけど、ね」

 

 ただどうしてだろうかデーリッチのことを話すローズマリーを羨ましく思うあなた。

 その信頼の仕方は今のあなたに理解できないもの。

 

 あなたは常に理由が与えられていた。

 

 命令だから、あるいは主だからそうしなくてはならない。

 

「そんな顔しないでよ。私は……ううん、きっとデーリッチも皆も。いずれキミのことをそう思うようになれたらと思うし、キミも皆のことをそう思えるように願ってる」

 

 果たして自分はどういう顔をしていたのか。

 思わず両手で頬をペタペタと触ってしまうあなたへローズマリーは随分と綺麗に微笑んだ。

 

 そう思えるのだろうか、あなたは。

 思いたいと願う気持ちは未だ自身にそうなれと願われているからという理由に塗りつぶされ姿を捉えられない。

 しかし、この時より静かにあなたの心へ種は蒔かれた。

 

 今はただ、芽吹く時を静かに待っている。

 


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