ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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主人公6

 商店街を抜けた先にある中規模ショッピングモールに訪れた俺は、インテリア雑貨店で好みのマグカップと馴染みのシューズショップで予備も含めて靴紐を二本購入すると空き時間を利用して本屋に寄っていた。

 

「最新刊が出ているな」

 

 好きな作家の続編シリーズが出ていたので軽く目を通す。

 小説の好みは、王道の推理小説だったりサスペンス小説よりも、若干コメディ調の強いジャンル小説だったりする。物語の舞台は現代日本にも関わらず、ルポライターの主人公がいきなり政界御用達の殺し屋に狙われたり、仕事柄表に出てはいけない情報を知ったがゆえに国際的に影響力のある組織に追われたりと……最近出た最新刊では、富裕層たちが娯楽のために巷で人気なゲームの世界を模した箱庭を作り、その中に閉じ込められた登場人物たちがサバイバルゲームに巻き込まれるという相変わらずありそうでないだろうと言った内容になっている。

 この日常生活に一滴だけ刺激を垂らしたような世界観が読んでいて面白いのだ。

 ライトノベルまで行くと刺激が強すぎるのだから、微妙なところである。それに、そっちのジャンルでは文章表現がおざなりな場合が多く、十数冊異なるタイトルのものを読んだが面白くなかった。

 取り敢えず最新刊は買っていくことにする。

 手に取って、今度は雑誌コーナーに足を進めた。

 

「……」

 

 やはりというべきか、当たり前というか……幼馴染の顔がよく見える。『今一番売れている女優』という言葉が彼女に当て嵌まってもう二年は経つだろう。それでも毎年給与明細の桁が増え続けているのだから、恐ろしいものだ。週プレの表紙に載ったときはその号だけが何度も再販されたことで天使号とかいう頭の悪そうな名前を付けられていた。

 

「ふむ――」

 

 だが、何も彼女だけ(・・)が一番ということではない。

 おそらく同じ未成年で百城千世子に匹敵、それどころか演技という分野では凌駕している者もいる。

 たとえば、日尾和葉(ひおかずは)

 第一印象こそ素行不良の少女を想起させるが、その演技は折り紙付きで、いい加減な態度から監督を怒らせるも、一度彼女の演技を見れば「彼女でなければならない」と意見を一転させる監督もいるという。

 他には役柄によって、概ね何でもこなせる幼馴染より評価されるのが阿笠(あがさ)みみだ。演技はオールバランスな技術を高水準で保ち、撮影期間中の稽古にも積極的であると聞く。感情表現もそつなく演じる彼女だが、その真価が発揮されるのは「彼女自身がやりたいと思った役に合致したとき」である。そうなれば、たとえ他の役者も同じように求めていた役を任されようが、同じ作品で彼女と並ぶのは極めて難しいようだ。

 そういった中で幼馴染が先頭に立っているのは総合的な部分も含まれているから。容易く一人勝ちできるほど、甘い世界ではない。

 

「景も載るかもしれないな」

 

 『銀河鉄道の夜』――それも巖裕次郎の舞台に上がるのだ。おのずと彼女は表に出ることとなる。先ほど見た週プレの表紙も大海への関門に過ぎず、やがてより大きな波を知るだろう。そのとき、彼女がどんな潮の味を覚えるか楽しみだ。

 適当な雑誌を物色してると、ポケットが振動する。

 

「電話か。タイミングの悪い」

 

 ぼやきつつも素早く人を避けて外に出る。むろん、手にあった小説は元の位置に戻している。休日ということもあってか、家族連れやカップル客の行き交うエントランスホールまで移動してスマートフォンを取り出した。

 

「――もしもし」

 

『あ、もしもし』

 

 幼馴染だった。

 

「どうした、午前は自主レッスンに行くんじゃなかったのか?」

 

『……ちょっと事務所に着いてから予定が変わって、今はもう家にいるんだ』

 

「予定が変わった? 珍しいな、体調不良とか怪我をしたのか?」

 

『ううん、そうじゃないの。身体のほうは別に問題ないよ』

 

「そうか。本来、午前だけといえど休むべき時間に動いているんだからあまり無理はするなよ」

 

 その休日に呼ばれているのが俺だ。向こうは仕事でこちらは学生、忙しさは天と地だが日曜日はゆっくりとしたい。

 

『まあ、今は撮影と撮影の間でけっこう休みがあるから大丈夫――それより、今どこ? 家?』

 

「いつものショッピングモールで買い物をしている。朝からマグカップが割れて、靴紐が千切れたんだ。千世子が帰ってくるまでの時間潰しだったんだが、もういるのならばそろそろ向かおう」

 

『そうなんだ……了解、真っすぐ来てね。寄り道しちゃダメだよ』

 

「途中の漬物屋で松前漬けを買って行こうかと――」

 

『――今日は良いから早く来て』

 

「はい――んん、わかった」

 

 思わず敬語になってしまった。電話先であってもわかる。何故か不機嫌だ。この声音はテレビでは聞けないリアルなやつだ。

 

『とにかく走って来てね。ショッピングモールからだと……二十分以内に来ないと帽子もマスクもしないで名前呼びながら探し回るから』

 

「待て、十五分以内に行くから家にいろ」

 

 普通に走って二十五分はかかる。かといってタクシーを使えば、日曜日は間違いなく軽い渋滞にはまるので余計な時間が取られる。頭の中で近道と裏道を加えてルート検索を開始する。

 

『じゃあ、またこっちで』

 

「ああ、あとでな」

 

 最新刊に後ろ髪惹かれる思いだが、咄嗟に言った十五分という数字を裏切るわけにはいかない。俺は早足にその場から立ち去って、幼馴染の住む高層マンションへと急いだ。

 

 

 

 

 

 第十二話「 めぐり合わせ(後) 」

 

 

 

 

 

 時間は少し戻る。

 

「――へぇ」

 

 坦々と述べられたアリサの言葉にそう反応したのは、アキラの隣に座った千世子だった。

 

「ともかく、彼の行動に口を挟む気はないけれど、それによってあなたのパフォーマンスに影響が出るのであれば別よ。あなたにマネージャーが付いていないのは、あなた自身がスケジュール調整をしているのもあるけど、メンタル・健康管理といったプライベートに踏み込んだ部分は彼に頼っているのも事実」

 

 百城千世子は完璧である――世間一般では評価される、されてしまう。それでも彼女は人間であり、十七歳の少女なのだ。たとえどれだけ強靭な理性を持っていようが自身の把握しきれない深層に疲労は積み重なる。

 そういうときに必要なのがマネージャーだ。

 マネージャーは客観的視点から担当する者の心情を見抜き、当人にあった生活を助言もしくは仕事を調整する。彼ら、彼女らも専門的知識を習得したプロフェッショナルなのだが、それでも被った仮面の中(・・・・)を見せることが無かったのが百城千世子なのだ。彼女にマネージャーを付けることはむしろ無駄なストレスがかかると判断された。事務所が円滑に対応できたのは、過去にも何人か似た存在がいたからだろう。だが、女優として大物になればなるほど、役者としてレベルが上がるにつれて心のケアが必要なことをアリサは知っている。

 故に、千世子の隣にいた彼に目を付けた。本人が聞けば「千世子が隣にいた」と返すだろうが。

 

「アキラくん、ごめんね。用事が出来たからドローンの話は今度で良いかな?」

 

「―っ―っ」

 

アキラは頭を縦に振った。

 

「アリサさん」

 

「中庭の使用は他の日でも大丈夫よ。使いたい日にまた連絡をしなさい」

 

「はい」

 

 スターズにとって、百城千世子は大人組を越えて事務所の中核を成す存在になっている。少し前までは賞味期限が見えていたが、最近共演したある役者によってその頭打ちは振り払われたかのように再び女優として成長期への移行の兆しを見せ始めていた。その期間を延ばすか、腐らせるか、環境の整地こそが事務所の仕事だろう。

 禍根は早めに掘り返すのが後々の憂いを断つ方法だ。埋められて直ぐならば、根を張られることなく掘り易い。だからこそ、アリサは何かがある前に千世子に伝えた。杞憂に終わるのならばそれでかまわない。

 懸念点は――――夜凪景(アレ)が関わっている時点で『ただで終わらない』と妙な警鐘を鳴らし続ける自身の勘だろう。そんな彼女を発掘した黒山のことを、アリサはほんの少し恨めしく思っていた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 やらなければならないことがあるときほど、人には困難や壁が立ちはだかる。

 運動会の日の前日に、眠ることが出来なかったり、登校途中の道で足を挫いてしまったりと唐突な不幸が訪れる。遠足の日はどうだろう。しっかり睡眠をとり、体調を整えたつもりが家を出る前に急にやってくる腹痛は楽しみにしていた学生にとって絶望的な状況に陥れる。

 そして今日も、そういう日だった。

 

不味(まず)ったな、確実に時間に間に合わない」

 

 道路の中心で縮こまっていた子猫。

 泣き叫びながら歩く迷子の少女。

 歩道橋の下で右往左往する風呂敷を背負った老婆。

 ……おかしいだろう。

 そんな場面、最近の映画ですら見たことがない。

 子猫はすぐに裏路地に帰して、少女の母親もすぐに見つかった。しかし、老婆に関しては背負うことも出来たが、老齢に至るとそれすらも負荷になる可能性があるため時間をかけて歩いてもらうことにした。階段を上り下り出来ないほどではなかったため、遠くの信号まで通り道することがなかったことは幸運だった。

 そこまで既に十分弱――即ち、残り五分。

 モール内で示し合わせたルートを駆使しても十五分ちょうどだったのだ。

 

「……とはいえ、諦める理由にはならんか」

 

 一度言ったことを反故にして、諦めて歩けばなおのこと敗者である。

 それは、駄目だろう。

 

 

 




 
 
 
 おそらく、千世子ちゃんがマネージャー付いていない理由って割とあってるんじゃないかなぁと思います。
 撮影の日程や場所によっては一時的につくことはあるでしょうが……当作では以前「プライベートを見ると意外とストイックではない」といった旨を書きましたが、彼女の場合人生の割合が仕事(本人がやりたいことではあるが)に割り振られてることが多いので、本来気にする必要のない、仕事とプライベートの境界線上に立つマネージャーまでに仮面をかぶって対応するのは負担がかかりすぎる。
 もう千世子ちゃん好き。 
 幸せになって。
 生贄になれ主人公。




 ——以下、純粋なるあとがき。




 今話の頭にある書籍は七尾与史「死亡フラグシリーズ」になります。
 七尾氏は様々な推理小説を執筆されているのですが、ハマると本当に時間を忘れて没読出来るほど面白い作品を書かれています。ただ、ちょっと癖があるので選り好みされるかと……あの妙に王道を外した世界観が本当に好きです。ああいう雰囲気を書きたいと思いますが、ジャンルが全く違うので無理でした。
 
 ちなみに主人公もハイスペックなので本来15分のはずのところも5分で走破出来ます。
 
 
  
  

原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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