第十四話「
流されるままに夏休みの旅行と観劇に行く約束を取り付けられた俺は、結局何が幼馴染を不機嫌にさせたのかわからなかったとはいえ、だらだらと気にしていても仕方がないので切り替えて彼女と話していた。
「アキラも舞台に出ることになったのか?」
幼馴染は既に後ろの位置からソファへ、隣に移動している。
「昨日の件でね。本当はデタラメ書いた記事も見せたかったんだけど、さすがに持ち出すのは止められるだろうし」
まったくの偶然から始まったとはいえ、そんな話まで繋がるとは……これまでそういうゴシップが無かったにも関わらず、たとえ誤解だとしても相手があいつにされるのは可哀想に思える。
「しかし、まだ景が千世子と並んで映画に出たとは信じられないな」
「それはほら、作品を観てからのお楽しみってやつ。再来月初週には舞台挨拶も組まれるだろうから、チケットあげるね」
この調子だとあいつからも送られそうだ。いや、レイとルイのもあるか。しかし凄惨な内容ならば教育上駄目かもしれない……まぁ、そのときは二度観に行くとしよう。主人公のカレン視点と、またケイコ視点から考えながら観ると新しい発見もあるはずだ。
「事務所に行ってそのまま帰ってきたんだろう。向こうで済ませるはずだった用事は大丈夫なのか?」
「時間的にはまだ余裕があることなんだけど、折角だし手伝ってもらおうかな」
彼女はそう言うと立ち上がり、リビングから出て行く。廊下のほうから物音がして、一分もしないうちに戻ってくると紙袋を持っていた。
そこそこ大きなサイズだが、無理をして持っているわけではなさそうだ。見た目に反して軽い荷物らしい。
「説明書には室内でも使用可能ってあったんだよね」
ガラステーブルの上に出されたのは大体ランドセルくらいの箱。外装には空の背景とドローンの写真が貼られていた。
最近ではホームセンターでも売られているのを見るが、そういった安物ではなさそうだ。
「どうしたんだ、これは」
理由を尋ねてみると、どうやら次の撮影でドローンカメラを用いるようだ。アクションといった激しいものではなく、川沿いを歩く短いシーンなようだが、担当するドラマ監督がどうしても鬱蒼とした樹々の隙間から見える姿を上空から撮りたいが、そのカットだけで大規模な機材を組むわけにもいかない。そこで目を付けられたのがドローンカメラだった。
「『デスアイランド』で使わなかったのに、ドラマでは使うんだな」
ちなみに、川沿いを歩くシーンというものが親友を殺して山中に埋めた帰り際だったことはドラマで知る。
「そうなんだよ。私も使うと思ってたのに、不思議だよね」
撮影地が有人島だったため、やはり本島よりは機材置き場の場所も含めて幅が効く。そのため、監督も現場のスタッフも慣れている既存の撮影方法で済ませたのだろうか。島の全体像くらいは空撮されているのかもしれないが……。
「小型サイズか。割れ物にさえ気を付けていればここでも動かせるだろう」
カメラ付き、コントローラーには液晶が付いており、SDカードに動画を保存かスマートフォンを通してパソコンにも取り込めるタイプだ。
「操縦できる?」
「よほど癖のあるものじゃなければ問題ない……あ」
「なに?」
「充電式じゃないか。これは暫く時間がかかるぞ」
「どれくらい?」
「五、六時間、今からだと夕方になる。バッテリーだけ抜いて充電していたわけでもないんだろう?」
本体のバッテリー挿入部分の蓋を開けると、金属部分に触れないようにカバーがされたバッテリーが出てくる。間違いなく新品だ。説明書以外の紙も見てみるが、広告のようなものばかりで何もない。僅かな望みとして電池式との併用だったが、そんな便利なものではなかった。軽量化
「うーん……どうしよう」
「今から他のを見に行っても、どうせ充電が必要になるだろう。それに、画質の良さを優先してこれを買ったんだろう?」
自身が学ぶことに金銭的糸目を付けないのが幼馴染だ。きっと、素人で買える種類の中でも最高品質に違いない。
「私は明日も休みだからある程度遅くなっても大丈夫だけど……」
こちらに委ねるような言葉の切り方をしてくる。
……最低五時間充電で動作時間は二十分ほど。最初の二十分のうち五分は練習、その後に撮影か。どのように映るのか把握するために彼女も動かすだろうからその時間も考えると二十分なんてすぐだ。最低でも合計一時間は動かしたい。つまり、十五時間は充電時間が必要ということだ。
現在は撮影の合間と言っていたものの、他の仕事は当然ある。雑誌のインタビューやバラエティー番組の収録があったりと、彼女は常に大衆に求められているからだ。今日と明日の全日休も珍しく、普段は半日休の形が多い。最近まで離島と本島を行き来していた映画撮影もあったため、アリサさんが気を利かせたのだろう。
「ああ、俺も問題ない。今日はとりあえず二度は動かしてみよう。最初は俺が操作方法を把握して、そのあと千世子に教える。明日は慣れるまでひたすら繰り返しだな」
そうなると、予備のバッテリーを注文しておいたほうが効率的だ。今から注文すれば明日の午前には到着する。都内の利便性が役に立つ。
「学校は? 明日テストとか大丈夫?」
「期末試験はもう少し先だ。授業日数も普段欠席しているわけではないから問題ない」
「――じゃあ、あとで着替えも出しとくね」
「頼む……母さんにも連絡しないとな」
「帰って来てるんだ」
「今朝にな。来週にはまた日本を発つと言っていたが」
母親は都内の大学の臨時講師を勤めるとともに、西洋建築物の研究をしているため一年の半分を海外で過ごしている。頻繁に土産物を送られては、奇妙なフランス人形や幾何学的紋様のタペストリーが積み重なるので止めて欲しい。それを伝えても送ってくるのだから、向こうも面白がっているのだろう。せめて食べ物だと処理しやすいのだが。
「私も挨拶したほうが良いかな」
その言葉に、今朝揶揄われたことを思い出す。
「別に良いんじゃないか。向こうもテレビ画面で千世子の姿は見ているだろうに」
「そう? でも――」
本来の予定とは変わってしまったが、かまわないだろう。直近の問題は充電時間中に何をして時間を潰すかということだ。
取り敢えず今の時間は夕食の献立を考えて、少ししたらスーパーに買い物に行くとしよう。
一、
東京都杉並区阿佐ヶ谷、下町と都市が混合するこの地域に『スタジオ大黒天』は人知れず事務所を構えている。一見すると小さな事務所に思えるが、代表には多くの映画祭に入賞している黒山墨字、その黒山が直接引き抜いた自称・美人制作の柊雪、そして業界で注目されつつある女優・夜凪景といった少数精鋭の者たちが集っていた。
いつもならば三人いるのだが、黒山は用事があるとのことで席を外しており、事務所には柊と夜凪、彼女が連れてきた弟妹たちの姿があった。
「ダメだったわ……」
染み一つない綺麗な天井を見上げながら、真っ白になって燃え尽きているのは夜凪だ。彼女は昨日、『劇団天球』の一番人気である明神阿良也の技術を盗もうとしたのが、結局それがどういうものか理解出来ず、顔を合わせたものの居合わせたメディアによってまともに話すことも出来なかった。
「ダメだった?」
首を傾げるのは柊だ。
「きのう行った兄ちゃんとの劇で、何か失敗したんだって」
「あんなおねーちゃんは久しぶりに見ます」
事務所の一角を借りてテレビゲームをしていたレイとルイは、一時中断して柊の方に振り返ってそう言った。
「失敗? ――何それ、何があったの!?」
本人を他所にしてあたふたする柊だが、これには理由がある。
彼女が夜凪にチケットを渡したのは純粋に次の仕事の予習だけのためではなく、レイがかつて言った『おねーちゃんはお兄さんに気があると思う』という言葉があったからだ。天然気質な夜凪を見て、仮にその言葉が本当だったとしてもたまに見せる彼女の妙な恥ずかしがり屋な一面から、いざ自覚したとき逆に疎遠になってしまうのではないかと揶揄い交じりに彼との観劇を進めたのだ。渡した当時は我ながら良いことをしたと思ったのだが、まさかこんな風に項垂れるとは予想していなかった。
つまり柊は――勘違いをしている。
別に彼との関係に進展も後退もなかったのだが、柊は内心やらかしてしまったかと勝手に焦っていた。
「実はですね――」
反応のしない夜凪に代わって、レイが口を開く。
「昨日行った劇で、あらや? っていう人の演技に興味を持ったみたいで」
「うん」
「それでおねーちゃんがあらやに会いに行ったそうなんです」
「なるほど……ん?」
「でも、結局知りたいことはよくわからなかったと」
「ほ、ほー」
子供ながらに昨夜に聞いたことを搔い摘んだのだろう。所々余分に端折ってしまった部分もあるが、柊は脳内で補填しつつ状況を理解した。
「……良かった」
「なにが?」
「いや、何でもないよ――ほら、カントリークッキーあるからお食べ」
純真無垢なルイの瞳に
「それにしても、阿良也君に直接会いに行くなんてさすがの行動力だね」
様々な現場を経て夜凪の行いを身を以て知っている柊は苦笑した。
「――阿良也! そう、阿良也よ!」
今まで意気消沈としていた夜凪は鉄砲玉のように立ち上がると、腕を振り上げて続ける。
「あの人、自分がちょっとすごい演技できるからって威張っちゃって! 私を
「っぶ!――」
「あ、雪ちゃん汚い」
思わず食べていたクッキーを噴き出してしまう。
「ご、ごめんね」
とは言うものの、笑いを堪えようと喉がくつくつと鳴ってしまう。
「けいちゃん、が……熊みたいな……っ」
「本当、失礼な人だわ」
柊にではなく、明神阿良也に対してである。
「でも、面白そうな人で良かったね。自分より上手い人がいれば、それだけ力が入るだろうし」
「それは、そうなんだけど」
夜凪は自分には出来ない演技をしていた阿良也に、以前百城千世子と共演したときのような感情を憶えていた。
自分が持っていない――千世子からは“自らを俯瞰的に眺める視点”、そして今度は観劇の際に感じた“目の前で演じられているかのような不思議”を阿良也から盗もうとする。
「まあ、監督はあの巖裕次郎。いくらけいちゃんでも一筋縄ではいかないだろうけどね」
「こ、コワい人?」
「うん。怒らせたら槍が降ってくるかも」
「怒らせないようにしなきゃ……」
後日本当に槍のような杖が飛んでいるところを見るのだが、それは余談である。
「阿良也君の話はともかく、彼はどうだった? 喜んでた?」
柊はあまりふざけて恐がらせるのも良くないと思い、話題を変える。当初から気になっていたことだ。
「たぶん喜んでいたわ。顔に出ないタイプだけど、観てるときに腕を組んでたから」
「腕……?」
「そう。彼、集中してるときは腕を組む癖があるの」
「へ、へぇ。良く知ってるね」
元々物事を観察する能力に長けていたこともあるが、約一年間付き合っていたとなればさすがに癖の一つや二つも把握できる。本人も別に隠していたわけではないので、夜凪も当然知っていた。
「それよりも――」
夜凪は思い出したように言う。
「アキラ君と知り合いだったの!」
「えっ? アキラ君って、あの星アキラだよね?」
「そう、そのアキラ君! 偶然劇場で会って、私の名前を呼んだと思ったら彼もアキラ君の名前を呼んだの」
「星アキラと知り合いって……どういう関係なんだろう」
「あのときは他に気になることがあったから聞かなかったんだけど、アキラ君も私がいることより彼がいることのほうが驚いてたかも?」
「友達かな」
「背中を押して一緒に歩いて行くくらいだからそうだと思う。アキラ君も別に嫌がってなかったわ」
「そうなんだ。何か不思議な交友関係だね」
「うん。私以外に友達がいたなんて驚きだわ」
「あ、そっちなんだ」
「いつも学校で一人だから」
「それは……知りたかったような、知りたくなかったような」
柊は年下にも関わらず、自身より落ち着いていた大人びた雰囲気を思い出す。たしかに彼は同年代では浮いてしまうような気がすると同時に、それによって虐められるようなことはないだろうと。
先ほどと変わって少し機嫌の良くなった夜凪を視界に収めながら呟いた。
「まあ、方向性は違えどけいちゃんも似たような感じなんだけどね」
弟妹二人は話に飽きたようで再びゲームを始めていた。それを見た夜凪が参加し、柊も参加するのはすぐ後のことである。
家でインスタライブ始めた景ちゃんが特に何も考えず料理する主人公写してしまって波紋を呼ぶけど、その後写真で載せられた料理の数々があまりにも凄くてそっちでも話題になる未来にしたい。
次話は今週の土曜日の投稿となります。
また、10月前半は諸事情によりお休みです。
原作登場人物の背景も少し増やしてほしい
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主人公が直接関わるようなら
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できれば
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別に良いかなぁ