ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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主人公9

 俺がこの世で一番好きな動物は猫だ。

 猫はあの小さな体躯で優れた運動能力を持ちながら、それを見た目から悟らせぬ可愛らしさを保持する。

 万能の人こと――レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチも猫についてこのような言葉を残している。

 

『猫科の一番小さな動物、つまり猫は最高傑作である』

 

 あらゆる分野にて多大なる功績を収めた、文明の開拓者たる彼が言うのだから間違いない。単に猫が好きなのではなく、もっと理論的に猫が可愛いことを証明してこの言葉を述べているのだ。仮に犬のほうが可愛いという人間にはこう返そうではないか――「レオナルドはこう言っているが、お前は彼に反論できるほどの立証が出来るのか?」と。

 だが、そんな問答に意味はないだろう。

 結局のところ、理論的などという言葉を付け加えようが好みで「猫が好きだ」と言ったのだから。仮に「食肉目の中で最高傑作」と言えばまた結果は変わったのだろうが、この言葉は天才だった彼に親しみを持てるきっかけになるだろう。

 

「――」

 

 そこまで考え、俺は読んでいた本を閉じた。タイトルは『京町の猫』、コンビニで偶然見かけたものを買って、こうして一時間目の授業が始まるまでの朝の休み時間に開いていたのだ。

 閉じた理由は簡単だ――話しかけられたから。

 何気ないクラスの一幕に思えるが、前後にいたクラスメイトの視線は僅かにこちらに向けられている。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、すまない。たしか、吉岡君といったな」

 

「はい!」

 

 騒がしい教室に響くほどではないが、耳元で声を出されると喧しい。反射的に瞑った左目を開け、座った俺の横に立つ彼を見る。

 背丈は一六〇もいかず、縁の大きな眼鏡をしている。髪はぼさぼさだが、不潔とは感じない。細長く白い肌は不健康に思えて体育の時間に見ると心配になりそうだ。そんな彼の名前は吉岡新太(よしおかあらた)というらしい。らしい、というのも、始めて聞いたからだ。

 

「吉岡君は俺と話したことがなかったと思うが、一体何の用だろうか?」

 

 名前を覚えるのは苦手だが、人の特徴を忘れるほど摩耗しいな頭を持っているわけではない。

 彼をぼさぼさ眼鏡と呼ぶことにしよう。

 

「そうなんだけど、実は聞きたいことがあって」

 

 聞きたいこと、か。

 話したのは初めてで、俺自身もクラスメイトと積極的に交流をとっているわけではない。そのため、聞かれることの想定が付かない。

 ぼさぼさは眼鏡はどこで知ったのか――クラスメイトなら名前くらい知っていて当たり前である――俺の名字を口に出すと続ける。

 

「その……夜凪さんといつもお昼ごはん食べてるよね?」

 

「景と? 食べているが」

 

 どうやら、あいつのことのようだ。

 

「彼女のことを少し教えて欲しいんだ。夜凪さん、あんまりクラスメイトとつるんだりしないから、どんな人かわからなくて」

 

「ほぅ――?」

 

 ほぅほぅ、つまりあれだ――――これは恋愛相談(・・・・)というやつか!

 

「景の……」

 

 どうやら、このぼさぼさ眼鏡はあいつに気があるらしい……思春期の男というものは、やはりクラスメイトの女の子へ話しかけることは足踏みしてしまう。特に、友達でも知り合いでもない相手ならば、いざ話しかけようとすると周囲の目が気になってしまったりと要らぬ心配まで(よぎ)ってしまう。世間一般でリアルが充実している者のことを指す――いわゆるリア充という人種ならばその場のノリで声を掛けようが、見たところ彼はそういうタイプではない。

 しかし何とかして声を掛けたい、どうすれば? 

 最初の第一声は重要だ。人の印象は一番最初の邂逅で八割以上決まってしまうと言われている。

 そんな彼は考えたのだろう。

 まずは――よく昼ご飯を食べている俺と関わりを持てばいいと。この諺で例えるのは甚だ遺憾だが、将を射んとする者はまず馬を射よというわけだ。誰が馬だ、将を振り落とすぞ。さらに言えば、この緊張に瞳孔を震わせた感じから俺と話すことにも勇気が必要だったはず。あいつから俺に、性別は男に代わったが、俺にあいつのことを聞くということは自分であいつのことが好きだと報告するようなものだ。

 俺の予想では、ぼさぼさ眼鏡は前からあいつのことを好きだった。このタイミングで尋ねてきたのはあいつが目立ち始めたからに違いない。きっと彼の中では俺が「最近映画に出たりしてるから興味を持ってるのかな? よし、そういうことなら教えてあげよう」と考えられていると思っているのだろう。容姿だけは俺も好む楚々としたものを持っているため、元々異性には人気があっただろう。しかし、弟妹たちの世話もあり、クラスメイトと関わり合うことがなかったので自然と距離が取られていたのだ。最近では自分がやりたい役者業や、切羽詰まって金を稼ぐ必要がないため余裕が出来てクラスメイトと話しているのを見る。その姿を見て、彼は危惧したのだろう。

 行動を起こしたのが――今、というわけだ。

 

「そうか、景のことを知りたいか」

 

「っ、うん!」

 

 期待した眼差しで見られるが、何を話したものか。あまりプライベートに踏み入ったことを言うのは駄目だろう。それは当人の知らぬところで勝手は出来ないし、このぼさぼさ眼鏡がこれから聞き出していくことに意味があるのだから。

 

「そうだな……」

 

 ここは妥当に好きな食べ物とか。

 

「好きな食べ物は和食だな」

 

「和食? 何か意外、いや、見た目通りなのかな?」

 

「たまに彼女の弟妹も連れて大衆食堂に行くんだ。下二人はハンバーグやエビフライといった洋風定食を食べる中、景はサバ味噌や芋煮といった和風定食を好んでいる」

 

 実際に好きな食べ物を聞いたときも納豆やひじきといった純和食的なもので、そのときは久しく食べていないようで寿司も好きだと言っていた。

 

「む――」

 

 そこまで言って、俺は気付く。

 あいつが和食好きであることの証明として過去の話をしたのだが、これでは俺があいつと仲が良いみたいなアピールになっていないだろうか。ぼさぼさ眼鏡が不愉快な思いをしてしまうかもしれない。

 どう訂正したものかと顔を窺うと、特段気にしていなさそうにぶつぶつと唇を動かしていた。

 ……作戦でも練っているのだろうか。

 

「好きな映画とかは知ってる?」

 

「映画か」

 

「その、俺も映画が好きで、実際に映画に出てる人はどんな映画が好きなんだろうなって」

 

 良いところを突く。同じ趣味を持つのは互いの理解を深める第一歩だ。

 

「あれでいてボーイミーツガール、ラブロマンスが好きだったりする。王道の『ローマの休日』から『風と共に去りぬ』や、少し外れて『或る夜の出来事』なんかも面白いと言っていたな」

 

 夜凪家には……彼女たちの母親が好きだった映画がたくさん眠っている。今述べた王道ものから、マイナー、はたまた日本語化されていないものまで。何度か拝見させてもらったが、おそらく本当に映画が好きだったのだろうと感じた。五十音順に並べられていたものの、頻繁に見ているものはすぐに取れるよう下部にあった。

 あのときの楽しそうに自分の好きな映画を語るあいつは、珍しく自然な笑みを浮かべていた。ほんの一瞬だが、思わず――。

 

「50年代ものか。しかも、戦前のアメリカ映画のテンプレとはちょっと違う展開をする映画まで抑えてるとはさすが女優」

 

 なるほど、どうやら彼は映画史に造詣が深いようだ。この様子だとそちらの話題では十分話すことが出来るだろう。

 

「他にはあるか?」

 

「他、えーっと……撮影現場がどんなものだったりとか」

 

 ず、随分とニッチなところを知ろうとするな。そういう部分で他と差を付けようとしているのか?

 

「現場というのは景が行った現場か?」

 

 ただの現場ならともかく、景が行った現場については答えることできない。『デスアイランド』は幼馴染と被るところもあるため少しは答えられるか。

 

「そんな感じ。実際の現場がどんな場所なのか知りたいのもあるんだ」

 

 共通の話題を持つのは良いと思ったが、それは些か悪手ではないだろうか。俺から話を聞いただけのぼさぼさ眼鏡と、その場で演じて評価されているあいつ――いくら話を合わせようと情報を集めようが、相手が気になるほど話をすることは出来ないだろう。

 ここは一つ、上手く舵を切るべきだな。

 

「それは吉岡君から尋ねてみてはどうだろう?

 俺から間接的に聞いても、やはり景が実際に感じたことは彼女にしかわからないことだ。こういう撮影をした、面白かった、面白くなかった、有名な人がいた……様々あるが、嫌でなければ彼女も口を動かすだろうさ」

 

「そうなんだけど……やっぱりちょっと、恥ずかしくてさ」

 

 初心だな。

 

「話しかけ難いなら、俺と景がいつも昼ご飯を食べている場所に来るか? あそこなら落ち着いて話せると思うが……」

 

「――や、いや! それはいいよっ!」

 

 ぼさぼさ眼鏡は大げさな反応をして断った。

 ここでチャンスをものに出来るか出来ないかで今後の在り方が変わるというものだろうに。

 

「でも、やっぱり夜凪さんは映画が好きだったんだね。それが知れただけでも良かったよ」

 

「力になれたのなら、俺も良かった」

 

 何も知らなかった状態から、何かを知った状態に移ったのだ。これから彼はきっと、どうにかしてあいつを攻略するべく頑張るのだろう。

 

「――ありがとう……さすが、あの夜凪さん()付き合ってることはあるね!」

 

「かまわない。また何かあれば言ってくれ」

 

 さすがと来たか。たしかに、俺もよく珍獣のようなあいつ()付き合えているものだ。偶然の出会いに過ぎず、その後も彼女に対する憐憫さと暫くして会ったレイとルイへの愛くるしさから一緒にいたが、こうして役に立ったのならば良かったというものだ。

 

 

 

 

 

第十五話「 クルミ 」

 

 

 

 

 

「この時期はやたらに数が多いな……」

 

 新しいマグカップを持ちながらぼやいた。これが終わると次は筆を動かさなければならないのだ。この調子だと夏休みに入る前に都外の山間にカメラを引っ提げて赴くことになりそうである。

 

「――?」

 

 ふと、机の端にあった置時計と化したスマートフォンが音を立てた。

 

「もしもし」

 

『あ、もしもし』

 

 表示名は『夜凪景』と出ていた。

 

「どうした。この時間に電話をかけてくるなんて珍しいじゃないか」

 

 二十二時を回った時刻はレイとルイが中心である夜凪家にとって割と遅い時間だ。いつも通りならば、もう寝る準備をしているはずなのだが。

 

『実は――』

 

 こいつから言われたことはそう難しいことではないのだが、こうして女優業の手伝いをするとなれば妙な既視感を抱いてしまう。

 俺は了承の返事をすると、明日も学校があるのでノートパソコンを閉じた。

 

 

 




 来月前半お休みすると言ったものの、対馬から蒙古を撃退しなければならないのとアプリゲームでBOXイベ来たので来週投稿できるか怪しい……でも投稿しなきゃまた千世子ちゃんが夢に出てきて怒られる……。
 
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 以下、純粋なる後書き





 押そうとした人、引っかかりましたね(悪戯っ子)

 今週のジャンプ読んで、ある作品が何かぶっ飛んだ話を出してました。
 何でこういう表現というか、感じにしたのかが意味が分からなくて読んだんですけども、詠み終わってみると「この作品だと別に浮いてるわけでもないもんなぁ」と感想が浮かんできて作者の一作品に対する世界観の確立が最初から毅然として通ってるからだと自分は理解しました。
 一つの作品に対して、作者は描くときの気分によって物語が変わったり、逆に物語の雰囲気が変わらないように心情を調整したりすると昔夕方にやってたジャンプの番組で言ってましたが、自分の場合、波のように心情なり物に対する価値観が変わるのでそういった雰囲気を持つ作品を描いた方が良いものを書けるのではないかと思いました。
 

原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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