「――これはどう?」
「少し丈が短い。足の長さに合わないと思うぞ」
「じゃあ……これ」
「良いんじゃないか。同じ種類でこっちの色も似合う」
「靴はどれにしようかな?」
「今の時期だとサンダルだな。意外とレッドカラーなんかを合わせてやれば、アクセントが入って良さそうな気もするが……」
何枚もの衣服を鏡の前で合わせる幼馴染を尻目に俺は他所にある女性用サンダルを幾つか見繕う。やはり今は夏であるためか花柄が多い。今回選んだロングスカートにも大きく花を模したフリルが一つ付いているため微妙に合わないだろう。シンプルなものがあれば良いのだが。
脳内では満足出来ても、いざ着合わせると違和感があったりするのでこればかりは実際に見てみないと分からない。
幼馴染はベルトを選んでいた。
彼女が戻ってくるよりも早く、横に三メートルはある鏡の前に四足のサンダルを等間隔に並べる。
「――ありがと」
「ああ」
まるで従者だな、と思ったが何とか声には出さないでいた。
夏も盛り――俺は幼馴染に誘われて都内中心地にあるブティックに訪れていた。
ここは幼馴染の所属するスターズと同じグループ会社が経営する店で、専属ブランドを定めず、いくつかのブランドを多岐に渡って販売しているためウィンドウショッピングが出来ない今を時めく芸能人たちが密かに贔屓にしている場所でもあった。やはりスターズ関連ということもあり、ゴシップを生業にする人たちの気配に店員の方々も敏感であるという所も人気の一つだろう。それもそのはず、従業員には元スターズ所属だった信頼できる読者モデルを雇用するなど、細かいところまで精査しているらしい。スターズ側も店への協力は惜しまず、幼馴染は表のポスターでファッションモデルを務めるなど持ちつ持たれつの良好関係があるようだ。
現に、こうして俺と変装をしていない幼馴染が買い物を続けられるのも幼馴染が事前にアリサさんを通じて連絡をしていたからで、少しの間貸し切り状態にしてもらっていた。こうやって融通の利くところは幼馴染にも余計なストレスがかからないためにありがたいだろう。むろん、外に出ると正体がばれないようにする必要はあるのだが。
仮に写真を撮られた場合、幼馴染がというよりは俺のほうに突撃取材が来そうである。正直に幼馴染の関係と説明しても結局あることないことを滅茶苦茶に書くのが現代メディアのやり方だ。こちらが素人と知れば面倒くさい言質の取り方をしてくるに違いない。
「……アキラもそのおかげで演劇デビューか」
芸能人にとって自身の宣伝もしてくれるメディアとの付き合いは大変だろう。
「なにが?」
並べた靴の前に立ち、自身の姿を見ていた幼馴染が鏡越しに言った。独り言を聞かれていたようだ。
「いや、今の状況が週刊雑誌に載ればアリサさんにどやされるだろうと思ってな」
「そうなればお昼のバラエティー番組にも出演できるかも」
「どうして本人が直接出るんだ」
「お昼はたまにドラマか映画の宣伝にしか出ないから気になるんだよね。基本的にゴールデンタイムのバラエティーばっかだもん」
さらっと自慢を入れてくるな。
昼のバラエティーは芸能人のゴシップネタを扱っていることが多いので、清純派とまではいかないものの『天使』のイメージから離れたジャンルは難しいだろう。批判をすることが前提となる番組は避けて当然だ。
「だからと言って自分の騒動に出るのは、そもそもアリサさんが許さないだろ」
「……私くらいの損害を考えると事務所だけで対応できるものじゃないから、ある程度の不始末は自分でつけなきゃいけないんじゃないかな? そうなると、未成年の私が堂々と前に出たほうが世間は味方に付いてくるだろうし、上手くいけば幼馴染との関係を大事にするってプラスに働くかも」
「まぁ、千世子だったらいけるのか……?」
日常的に演技を混ぜる彼女の生き方に惑わされることはない。それは幼馴染という関係があるからなのか、それとも自分の感覚的なものなのかは判断し辛いのだが、少なくとも世間一般の極めて殆どは幼馴染を肯定的に思っている。
例外なのは生理的嫌悪を抱くだとか理性ではどうしようもない者だけだろう。そんな彼女がたかが写真一枚――それこそ今の年齢で隠し子がいたとかにもならない限り、歓声以外で指を差されている状況は想像し難い。一時的なノリに乗って批判した者の方が今流行りのSNS叩きに遭いそうだ。
「――決めた。これとこれにしよ」
どうやら納得のいくものがあったようだ。
幼馴染は二つのサンダルを何も入っていない籠に入れると、服の入った籠を持った俺の手を引いた。
「じゃあ、行こ」
「ああ」
一、
午後二時も過ぎた頃、街に出ていた俺と幼馴染は人気の少なくなった喫茶店に入っていた。寡黙そうな老年女性が主人のレトロ喫茶で、店内には耳心地の良いバックミュージックが流れている。
「飲んだことないタイプのコーヒーかも」
いつもは紅茶派だった幼馴染が唇の端を抑えながら言った。
「日本ではあまり流通しないタイプのコーヒー豆を使っているな。おそらく、個人で海外から卸しているんだろう」
湯気こそ見えないものの、濃厚なコーヒー特有の香りは定番な種類とは変わった匂いがした。
僅かにオレンジの香りがするが、オレンジコーヒーを基にしているのだろうか? しかし、オレンジを使う場合アイスでなければ清涼感のある個性を潰してしまう気もするが……味が気になってしまうのは仕方ない。
「飲む?」
「……いや、今日はアイスコーヒーの気分だからな」
脳裏にコーヒー牛乳がちらついたのは言うまでもない。
「適当に入ったお店だけど、穴場だったかもしれないね」
幼馴染は黒い伊達メガネを傾けつつ、店内を窺っていた。
客は俺たちの他に静かに会話を楽しむ妙齢の女性二人だけで、入店時こそ向けられる視線はあったが今となってはまったく心にないだろう。この場所も割と中心街にあるのだが、やはり大通りに面した特徴的な人魚ロゴマークのファーストフード店が人気なのだろう。
寂しさを感じさせつつも、これが当たり前であると思わせる雰囲気は好きだった。常連になるかもしれない。
「――秋から始まるドラマの調子はどうだ?」
沈黙は嫌いではないが、目の前に座る幼馴染の目が話題を振ってと言わんばかりに向けられていたので口を開く。
「『ある人』シリーズ?」
「そうだ」
『ある人』シリーズとは、シリーズタイトルが『ある人は○○』となっている作品だ。
一応、推理物ではあるのだが物語の構成が普通のものとは異なり「犯人の正体が分かるようになった殺人シーン」から始まる。当然、視聴者は犯人が分かった状態から見ることにのだが、そのうえで警察もしくは探偵が犯人をどう追い詰めていくのか、また犯人は殺人後どういった証拠隠滅を図ったのか、そして自身は犯人ではないとどのような演技をするのかも楽しめる視聴者も思考できる倒叙形式のドラマなのだ。
第一期が春季の昼にやっていたのだが、そのまま時間だけが移動して秋からは午後九時に移った。ちょうど人気だった他局の推理ドラマが終わり、その時間帯がランキング付け番組やスポーツ番組ばかりになってしまうため、推理ドラマに嵌った浮いた視聴者を人気のあったそれで持っていくつもりなのだろう。
『ある人』シリーズは一つの殺人事件につき三話完結という型破りな放送で、最初の犯人役に幼馴染が選ばれたのだ。
「撮影が終わったばかりで放送分も見てないからどんな感じか分からないんだよね。倒叙形式も何気に初めてだったし」
「貸した『刑事コロンボ』は何か参考になったのか?」
「一番大事なのは視聴者が犯人のことを既に知っている部分。誰が犯人なのかっていう心情じゃないから、それに合わせて演じる参考にはなったかな」
「一週間で七十話を見るのは普通じゃないからな」
「もしかして疑ってる?」
「今やどこでも引っ張りだこな女優かもしれないが、そもそも撮影自体に時間がかからない千世子だったら上手くスケジュール管理して合間に見ることなんて容易だろう?」
それでも七十話も見る集中力なんて普通は続かないのだが。
「うん」
ふふん、と日本人離れした鼻を鳴らしながら顎先を上げた。
それはもしかしてドヤ顔のつもりか。
これ以上その顔を見るのも嫌なので、話題を変える。
「そういえば、千世子のスタンプが出来ていたな」
「あ――使ってくれた?」
ほんの先日だ。急に幼馴染から連絡アプリでプレゼントが届いた。初めてのことだったが、取り敢えず中身を見てからじゃないと進まないためリボンの画像を押すと勝手にダウンロードが始まってインストールされたのだ。当初、トロイの木馬的なものかと思い遂にやられた一瞬敗北感に苛まれたのだがそんなわけがなく、いつの間にか新規スタンプが追加されていたのだ。
「デフォルメ千世子ちゃんだって」
そう言って幼馴染は連絡アプリではなく画像フォルダを開いて見せてくる。恐らく元画像であるそれらは小さなスタンプより細部が見え、上手く二次元化されていた。
「このOKスタンプが意外と使い勝手良いんだよね。私だってすぐ分かるでしょ? もちろんプライベートでしか使わないんだけど」
「……」
「……?」
まあ、たしかに使い勝手は良いのだが幼馴染のスタンプを使用するという俺の心情も理解して欲しい。幼馴染との会話に幼馴染のスタンプを送ることも変だろう。また、あいつ相手にこのスタンプを使ってみれば忽ち翌日にでも癪に障る笑みを浮かべて脇腹を突いてくるに違いない。
「どれが一番可愛い? 私的にはおねがいスタンプも良いかなって」
それはもう是非あいつと談義してもらいたい。『デスアイランド』の撮影後、あいつはすっかり幼馴染のファンになったようで度々写真集を見せられていた。だいたい見たことのあるものか、発売日後に幼馴染から献本をもらうので見飽きているのだ。
「この中だと……」
適当にたのしみスタンプが良いと言った。
写真集のときもどれが一番良い写真か意見を求められるのだが、それは作品としての評価であって今のような好みとは違う。幼馴染もそれを理解して、次の撮影に生かすのだ。そもそも俺の好みはもっと母性的な――。
「――痛い」
「あ、ごめん。脚組もうとしたら当たっちゃった」
「気にするな」
先の丸いスニーカーで助かった。履いていたのがヒールだった場合は悶えていただろう。
「夜凪さんも使ってくれてるんだよ、ほら」
トーク画面を見せられる。勝手に見て良いものかと逡巡するも、幼馴染もそれを分かって他愛もない内容の部分を抜き取っている。
「一つ一つにスタンプを付けてるじゃないか……」
語尾かと思うほどの使用率だった。
これが昨今問題になってるデジタル弱者だろう――まったく違う――。まさか同年代の、それも身近にいるとは思いもしなかった。今度講習会か何かに連れて行った方が良いのだろうか。
「そうだ」
不意に、幼馴染は何かに気付いたかのようにテーブル端に置いていた長財布を取った。慣れた手つきで開け、中から一枚の紙を取り出す。
第十七話「 観測者たちの切符 」
「はい――」
それは当然、紙幣ではない。
幼馴染がいくら稼いでいるからといって金銭を強請るようなことは一度もしたことがない。それに、俺もそれなりにバイトと代わって稼げる手段は見つけていたので貯金はあるほうだろう。
そんなことはどうでもよく、ピンと糊の利いたそれを手に取った。
「中列真ん中、関係者席二人用だよ」
左側は演目と日付、右側は青い宇宙を背景に金色の線路を進む鋼の汽車だ。手のひらで包み隠せるサイズのイラストにも拘わらず、無性に目を惹きつけられる。
「夜凪さんがカムパネルラを演じる、『銀河鉄道の夜』のペアチケット」
カウンター席より奥にある厨房から薬缶の鳴る音が響いた。
「それとも……」
向こうの二人がコーヒーのお代わりを頼んだのだろう。そこまで理解していてなお、汽笛を幻聴してしまう。
「――――銀河鉄道の乗車券って言ったほうが、雰囲気は出るかな?」
銀河鉄道の乗車券とは言いましたものの、あくまでその場の雰囲気で出た台詞で決して観客も乗車した客の一人といったとんでも意味合いではありません。
以下、純粋なる後書き
今はなきものの話をしてもあれなんですが、LINEのアクタージュスタンプめっちゃ使いやすい。千世子ちゃんのOKスタンプが一番使いやすい。あと景ちゃんのイエスイカ(YESスイカ)。今思えばDLしておいて良かったとつくづく思います。
概要・後書き等で述べた通り、今回から毎週投稿ではなく不定期更新になってしまうことをご了承ください。できれば隔週投稿にしたいとは思っているのですが、一先ず更新する場合は【月曜日22時30分】(月曜祝日の場合、その前の土曜日同時刻)となります。
余談ですが、筆の進みは上記にある執筆時間の問題よりいつかのiPhoneアップデートによってキーボードのポチポチ打ちでまともに鍵かっこが出なくなったことにあります。自分は平均して半日ほどで一話を書くのですが、それは余った時間で浮かんだ文章をメモにとってPCでまとめるのですが鍵かっこがああいう感じになると打つ気力がなくなって考えた文章を忘れてしまう……戻して。
さらにハーメルンも勝手に段落空白消えて詰まったり、編集して保存してるのに無かったことになってまた一から変更点探したりと信じられるのはもうwordしかない。
たぶん千世子ちゃんくらいになるとわざと半スキャンダルくらいのぼやをおこし、付き合ってないものの仲が良いと言って、本当に付き合ってないけど主人公の知らぬ間に世間公認みたいな印象に操作出来ると思う。
ちなみに、ある人シリーズは雰囲気モデルにしている倒叙形式の「古畑任三郎」の主役である田村正和さんの「殆どNGを出さない」という強すぎる逸話と一発撮り千世子ちゃんとちょっとかかってます。
編集… 叙述(誤)→ 倒叙(正)
原作登場人物の背景も少し増やしてほしい
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主人公が直接関わるようなら
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できれば
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別に良いかなぁ