ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

18 / 19
actors-b

 現在、唯一の専属女優である夜凪景が『劇団天球』の仕事に専念しているとはいえ、代表の黒山と制作の柊には当然他の仕事があった。

 『デスアイランド』で主演の片割れ、それも百城千世子と共演したが、夜凪が“新人”の枠を出ることは能わず、やはり仕事の規模は細々としたものとなる。一応、モデルを含む小さな役は積み重ねているとはいえ、やはり場数を踏んだテレビでもよく見られる女優が採用されるのは当然だ。スタジオ大黒天では夜凪が求められるよりも世界三大映画祭の全てを受賞している黒山に仕事が来るのは仕方のないことだろう。それでも『デスアイランド』で興味を持ったプロデューサーが動画サイトのCMの起用目的で気まぐれに夜凪に仕事を依頼してくるのだが、事務所として夜凪の仕事は断っていた。

 これも黒山の采配だろうと柊は受け入れているものの、勢い付いている夜凪のマネジメントとして最善ではないだろうと考えていた。

 すべては自身の撮りたい映画――即ち、黒山にとって路傍の石に等しい大衆受けを前提とした女優に成長させないためにである。

 黒山は口に出さないが、きっとそうだろうと生徒と教師からの付き合いである柊は理解していた。また、夜凪もそういった方針でなければとんでもないことになることも。結局のところ、突出した個に付き合えるのも突出した個でなければならない。

 こうやって柊が黒山、はたまた夜凪に付き合えているのは彼女の能力の高さもあるが、自身もどこか一般人とは異なる感性を正しく持っているからなのだろう。

 

「…………景ちゃん、大丈夫ですかね」

 

 冷房の効いた事務所内にやけに響いた。

 

「あン? 何か問題があったか?」

 

 そう返したのは、いつか適当に家電量販店で買ったノートパソコンのキーボードを鳴らす黒山である。

 

「いえ――この前事務所に来たとき、ちょっと暗い顔をしてたじゃないですか。聞かれたくなさそうにしてたから何も言わなかったですけど」

 

 エンターを弾きながら黒山は口を開く。

 

「大丈夫だろ……あいつは助言が欲しいときは周りの目を気にさずに求めるタイプだ。良くも悪くも、な」

 

「でも――」

 

「それに、見ないうちに何かやらかしてるし。ほら」

 

 雑にパソコンの画面を柊に見せる。有名なニュースサイトのそこには――『【天使・百城千世子】“デスアイランド”で共演、【夜凪景】とスタバデート』とタイトルがあった。右上には視聴者提供である写真が大きく張られ、百城は帽子を取って窓ガラス越しに手を振り、夜凪は軽く変装しつつそんな彼女を見ていた。

 

「け、景ちゃん!? しかも千世子ちゃんと!」

 

「やけに百城千世子の話題が出ると思ったが、ここまで仲が良かったとはな。まあ、案外お似合いの二人かもしれんが」

 

「いやいやいや、大丈夫なんですか?」

 

「こっちは別に問題ねえよ。向こうはどうか知らんが、星アリサも基本的に『天使』については放任主義って噂だから問題ないだろ」

 

「すごいよ……サイン貰ってきてくれないかな……」

 

 『デスアイランド』で共演はあったものの、プライベートまで仲が良いことは知らなかった。今を時めくあの百城千世子に気に入られたとなれば、多少の怪獣っぷりはある程度見逃してくれるのだろうと思ってしまう。

 頼むからもうもどす(・・・)のはやめてくれと、柊は切に願った。――なお、柊は『大遅延! 参勤交代』の撮影時に吐いたことは知っているが、『デスアイランド』で吐いたことは知らない――。

 

「ああ、あと今日の仕事は特に無いから別に帰っても良いぞ」

 

「もっと早く言ってくださいよ! 難しい顔して調べ物してるから、時間潰しに戸棚の整理して一時間経ちましたよ!」

 

「すまん」

 

 根が生真面目な柊は事務所に到着してから調べ物をする黒山に挨拶を済ませ、邪魔することのないように書類整理をしていた。普段から丁寧にまとめていたため殆どは過去の仕事の振り返りだったのだが、三十分ほど経って一瞬疑った本当にただのネットサーフィンだと思わなかった。

 

「お昼まで寝れば良かった……」

 

 専門学校に通っていたため、そこまで学生の特権を謳歌したわけではないがやはり昼過ぎまで二度寝の出来たタイミングを逃したのは辛かった。『明日は仕事がない』という社会人として重要な連絡のなかったことに腹を立てるも、元来突発的な用事で休日がなくなるという職業柄、そして仕事に関しては信頼の置ける黒山が珍しくミスをしたということで気持ちを切り替えた。

 浅く溜息を吐き、これからどうしようと思案する。

 初夏――ようやく梅雨が過ぎた街並みは湿った空気が一掃され、青々とした街路樹が目立つ。学生もいよいよ近付いてきた夏休みに騒いでいたのを思い出した。

 柊にも盆休みを合わせた長期休暇はあるのだが、実家に帰るほど思入れがあるわけではない。むしろ、ここ数年母親の声すらも聴いていない。専門学校を卒業後、黒山に誘われて独立してから帰省という言葉を思い浮かべたのは最初の年だけだった。

 

「というか、何を調べてたんですか?」

 

「そりゃ、少し気になることがあってな」

 

「いや、それは分かってますけど……」

 

 再び柊が尋ねるよりも先に、黒山は肘をついていたデスクの引き出しを開ける。この事務所を借りたときから取り敢えず大事な書類ばかりを入れたその一番上、ホッチキス止めされた紙束があった。

 

「読むか?」

 

「……まあ、聞いたからには読みます」

 

 柊としては手早く一言で教えてくれれば良かったのだが、取り敢えず差し出されたそれを受け取った。

 

「『演劇画報社・創刊40周年コンクール作品』?」

 

 この業界に入れば必ず一度は聞く出版社の名前に首を傾げた。演劇作家の登竜門たる選考が行われているのも知っており、黒山は作家ではないものの、学生時代に戯れで応募したと過去に仕事を共にした黒山の同級生に聞いたことがあった。

 それを憶えていた柊は今更目の前に座った黒山が応募したのかと考えたが、さすがにそれはないだろうと否定する。

 表紙中心に目立つ創作と思われる四字熟語のタイトルを読み、そして左下にある選考ナンバーと人名を視界に捉えた。

 

「――――え……?」

 

 柊の中に生まれた無意識の空隙は流れるように喉から出る。脳裏には夜凪家の台所に立つ男の後ろ姿を浮かべていた。

 一ページ捲ると、赤ペンで校正された序章と思わしきものが続いている。

 

「これって……」

 

「巌裕次郎が最終選考まで悩んだ作品だとよ。結局選ばれることはなかったが、ジジイが最後まで手元に残したたった一つだ」

 

「巌裕次郎が――」

 

 柊にとって、この場でこの名前を見たことの方が驚きだった。彼との付き合いは三か月も経たないが、夜凪が『デスアイランド』の撮影でひと月家を空けているときは丸一日弟妹を二人で見ることもあった。そのため、時期は短くともおよそ人柄や性格は把握していたのだが……まさか、こちら側の人間だとは一切考えていなかった。

 

「テレビや映画の話でやけに話せるとは思ったけど」

 

 この二年、黒山に付いて業界を渡り回った柊は様々な人間と会ってきた。独創的な世界観を作り上げる彼ら彼女らは特殊な感覚を持っており、初対面でもそういう仕事をしているのだろうと鼻が利くようになった。故に、そんな様子を見せなかった彼に少し化かされたような気分に陥った。

 

「それだけじゃねえぞ」

 

 黒山はそう言うと、先ほど見せたニュースサイトを閉じて元々あったリンクを開いた。

 

「気になってそいつの名前を検索すると、何十件ものサイトが直接ヒットした。小一時間調べただけで、本当はもっとあるだろうな」

 

 柊にも見えるように出された画面を上から読む。

『造形デザイン賞』――最優秀賞。『絵手紙コンクール』――金賞。『切り紙コンクール』――金賞。『学生animationコンペ』――個人最優秀賞。『全国イラストコンテスト』――最優秀賞。『関西漫画選抜大会』――最優秀賞。『環境庁開催・平成写真コンテスト』――環境大臣賞。『日本陶芸大会』――六古入賞。『学生和菓子選手権』――四季・春賞。『ファッションデザイン画コンテスト2018』――グランプリ。

 

「ざっと目を通しただけでもこれだ。ピンからキリまであるが……まさか同名でしたっていうオチはないだろう。強いて共通点を挙げるならば――出たものすべてが大賞クラスの結果を残しているってこと」

 

「う……うぇぇえええええええ!? ――まさか、偶然ですよ!」

 

「んなわけあるか。どんだけこの名前の付けられた人間が優秀なんだよ。日本男児全員この名前になるぞ」

 

「いやっ、でも……」

 

「信じられねえのも分かる。現に俺も、著しくジャンルの離れたものは同名なんじゃないかと疑ってる」

 

「この環境大臣賞とか六古賞って、一応地上波のニュースとかにも報道されるやつですよね?」

 

「だろうな。

 とは言え、殆どの人間が興味ないコンクールの結果なんて気にも留めないだろうさ。俳優や女優と違って、大衆の目を惹くのは造った物であって製作者本人ではない」

 

 柊はノートパソコンを借りて下にスクロールしていく。中には学生時代に見たことのあるコンクール名も並んでいた。

 

「……これ私が予選落ちしたやつだ。しかも最優秀賞取ってる」

 

 黒山と柊、夜凪と彼――どこか片割れの無茶ぶりに付き合わされる仲間だと親近感を抱いていたのだが、そんな彼の多彩だけでは括れぬ可能性にマウスホイールを動かす手が止まらなかった。

 

「道々の奴らには相当恨まれてるだろうな」

 

 黒山は面白そうに笑った。

 学生向けコンテストはともかく、全年齢対象のコンテストはその道に専念している出場者も多い。大手企業に所属する世界を回る写真家や、陶芸・焼き物には代々伝わってきた窯を継ぐ者もいたかもしれない。十数年の修練を経て身に付けた技術が名前も聞いたことのない若者に凌駕されたとなれば、恨みがましく思うか、調べてみれば受賞後まったく異なるジャンルに足を踏み入れているのだから悪感情を持ってしまうのは仕方がない。

 

「でも何でこんな色んなものに挑戦してるんですかね? 将来のためなら、一ジャンルに集中したほうがコネも作れて良さそうですけど」

 

「――意外と大した理由なんてないのかもな。

 自分のやりたいことを模索しているか。どこまでやれるのか試しているか。それとも、賞金目当ての守銭奴か。コンテストの賞金は宝くじと同じで幾ら稼いでも税金が掛からない」

 

「……墨字さん、まさか」

 

「ああ――」

 

 仰々しく腕を組みながら黒山は言った。

 

「完全にこっち側に誘う。少なくとも進路の一つとして興味は抱いているだろう。ならば、後はいかにスタジオ大黒天(俺たち側)に与してくれるかだ」

 

 柊としても彼が来てくれるのは歓迎だった。自身よりも年下だが落ち着いた雰囲気と、レイやルイに対する面倒見の良さ。そして、毎日のコンビニ弁当から上手くいけば手料理の機会が増えるのではないだろうかという打算的な部分。

 しかし――彼らは知らない。

 易々と彼がスタジオ大黒天に所属出来るほど、単純な人間関係をしていなかったということに。何よりその相手が天使なのだから、事の成り行きは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 第十八話「 スタジオ大黒天 」

 

 

 

 

 




 




 
 以下、純粋なる後書き。





 もう数話で銀河鉄道編は終わり。できれば一月以内には頑張りたい……一月一日から書かないと、その年は書かない年になるかもしれないので執筆活動はしっかりスタートを切りたいと思います。ただ、自分にとって恐らく人生で一番忙しい一年が始まるので、若干億劫でもあります。
 コロナ許さねぇからなぁ!
 さて、『ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染』もいよいよ本編「羅刹女編」が見えてきました。余談ですが、「羅刹女編」は書き方……文風? 文章の雰囲気? が変わる可能性もあるのでご了承ください。粘っとするかもしれません。
 一先ず、今年はお読みいただきありがとうございました。来年、再び更新したときにお読みいただけると感謝です。
 来年も皆様がご健康でいられますように。
 良い、お年を。
               神の筍


 年末年始のテレビ東京の映画ラインナップがやばい。
 全部見たい。でも住んでる地域テレビ東京映らないという……他局もやばい。「ニュー・シネマ・パラダイス」は90年代(ぎりぎり80年代かも)映画なので、この作品内の他愛もない会話の中に出したい。ああいう情緒ある映画は「見た」行為だけでちょっと良い気になれますので、ぜひ見てください。宣伝じゃないですよ。

 
 

原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。