ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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 次話で『銀河鉄道の夜編』終わりです。

 



 


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 最後に星を見るために夜空を見上げたのはいつだろう。

 もう、ずいぶんと前のような気がする。

 そもそもが都市中心部の郊外といえ、活動拠点ともいえる学校を中心とした地域も畑の映える長閑な場所からすれば十分都会なのだ。そのため、夜空を見てもひと際輝く少しの星と、それらをかき消さんばかりに白く主張する月しか見えない。深夜、冬の時期にもなれば多少の数は増えるものの、本当の星空を知っている者からすれば人工夜景にも劣る瞬きだ。

 

 一ページ、紙を捲る。

 

 再生紙を彷彿とさせる色合いだがそうではない。

 単に古すぎるからだ。

 薄く茶色がかった表紙には明朝体で『銀河鉄道の夜』と書かれている。人ぞ知る、文豪宮沢賢治の遺作である。彼を慕った文筆家たちが未完成といわれるこの作品の最終話を書こうと筆を振るうが、相応しいものは現代においても現れていない。

 

 一ページ、紙を捲る。

 

 むしろ、最終話がないことが作品の完成なのではないだろうか。

 銀河鉄道という摩訶不思議な乗り物、それに乗るただ一人を除いて既にこの世の人物ではない登場人物たち。

 命の大切さを学ぶべきものでもない。

 教えられるものもない。

 ただ感じさせられるのだ。

 宇宙に対する感動と、好奇心――そして、人の儚さを。

 

 一ページ、紙を捲る。

 

 人の輝きは星の輝きの少しで塗りつぶされる。

 手の届かない場所に存在する星であるからこそ、人間の智及ばぬ理解がある。宮沢賢治がそれを星に見出したのかはわからない。

 そのわからないという余韻こそ、この作品の楽しみ方の一つなのだろうか。断定できぬ果て、魅力をまた感じるのだろう。

 思わず夜空を見上げたくなるのも、この作品のせいである。

 

 一ページ、紙を捲った。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 天球劇場にほんの少し緊張した空気が走った。

 劇場の前方、関係者席の並ぶ場所の違和感は後方を中心とした一般観客席に伝わることはない。故に、初めて観劇をする子供から、『劇団天球』発足当時からの巌ファンである老人までの間に漂う騒めきはあるが、それを覆うほど、ある意味衝撃的な姿を関係者たちは見た。

 

「――大丈夫なのか?」

 

「……なにが?」

 

 困ったな――と、俺は小さくを頭を振った。

 

「またややこしいことになるんじゃないかと思ってな」

 

「前の夜凪さんみたいな?」

 

「それだけで済めば良いが」

 

 完全に失念していた。

 あいつの舞台見たさに幼馴染にチケットを頼んだは良いが、一緒に訪れるとこうなるのは当然と言える。興味深さが先行して、時たま後のことを忘れるのは昔からの悪癖だ。こうなる度、直したいと感じているものの明日には忘れているのが何年も続いている。

 

「今日来てる人の中に、変に騒ぎ立てる人はいないから大丈夫だよ」

 

 幼馴染はその顔には少し大きいマスクを取りながら言った。

一度、サイズの合ったマスクをしなければ「隙間が出て意味ないぞ」とは言ったものの、気軽に買えるコンビニレギュラーサイズですら自分には大きいと言い返された。とんだ小顔アピールである。まぁ、幼馴染にとってマスクは花粉症対策や風邪予防ではなく変装道具の一種なので丁度良いのかもしれないが。

 

「それに、何人かの業界人は私に幼馴染がいるって知ってるし」

 

「そうなのか?」

 

「うん。まだ未成年だからプライベート写真は撮られたりしないけど、仮に私たちが二人で歩いててゴシップ記事に載せられても関係者は『業界では百城千世子に仲の良い幼馴染がいるのは有名ですよ』って言えるでしょ?」

 

「まぁ、確かにそうだが……」

 

 勝手に変なことに巻き込まれそうで面倒くさそうである。

 

「だから、特に問題ないから気にしなくて良いよ」

 

 仮面の貼り付けた表情で幼馴染は笑った。外用の顔は久しぶりに見たので、妙に新鮮さを感じた。

 

「そんなことより――」

 

 幼馴染は先ほど受付で貰ったパンフレットを鞄から取り出すと、一面を開いてこちらに寄せてくる。

 ……何やら誤魔化されているような気もするが、昔からこのような態度を取るときは最後までしらを切るタイプなので問い詰めても仕方がない。

 切り替えて、眼前に広げられたパンフレットに目を通すと、見開き片一枚に掛けて『銀河鉄道の夜』について解説された文と、右側には主演であるあいつともう一人のコメントが書かれていた。

 

「いよいよこういう所に知人の顔が見えると、当日といえど本当に出演するのかと驚くな」

 

「私のもいっぱい見てるじゃん」

 

「千世子はもう見慣れたからな。それに、演劇経験はないだろう?」

 

「再来月に出る秋の写真集、五十冊送るから頑張って知り合いに配ってね」

 

「地味な嫌がらせをするな」

 

 地味とは言ったが、よく考えるととんでもない嫌がらせだ。あいつに一冊、レイとルイの二人に一冊……ジャージ女に四十八冊でいけるか。

 パンフレットに描かれたあいつの一文を読む。

 ――『演劇は初めてで』

 演劇どころか、未だ俳優業半年に満たぬ者が巌裕次郎の舞台で主演をしているのだから、人生何があるのか分からないとつくづく実感する。いや、そもそも幼馴染との映画で準主演を張っているのだから、最初の一歩さえ目を瞑れば妥当な流れなのかもしれない。

 パンフレットには星を掴むように手を伸ばすジョバンニと、彼の傍らには長い黒髪を巧く隠したあいつがカムパネルラに装しており、物憂げに草原に座って夜空を見上げている。

 

 楽しみだ。

 

 やがて出入り口に立っていたスタッフが扉を閉じる。

 劇場の端々から潮が引くように静まり返ると段階的に照明が落とされた。

 星のない夜空の先には小さな灯が照らされ、いつか運んだ赤い緞帳が鈍色の輝きを放つ。

 視界の端に捉えた白い髪が楽しそうに揺れた。見られていたことに気付いた彼女は僅かにこちらを振り返ると笑みを浮かべる。

 開演のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

第十九話「 そして明日のコーヒーフラペチーノ 」

 

 

 

 

 

 桃色の唇で加えたストローから流れてくる甘い味を堪能し、百城千世子は今日について考えていた。

 緑色のストローは慣れ親しんだもので、自身の家で飲むコーヒーフラペチーノは美味しかった。脳に糖分が溜まり、いつもより頭の回転が早い気がする。それとも、今日は特別頭の回転が早くなることがあったのか。

 何となく、無意識に、ごくたまに湯船でするようにストローを通してコーヒーフラペチーノに空気を送ろうとしていたことに気付けたことは幸いだった。顔色を変えずに左斜めに座る幼馴染の顔をそれとなく見る。いつものような能面だが、少し気の抜けた様子で数時間前に行った演劇のパンフレットを眺めていた。

 

 ――きっと、夜凪さんの演技を思い出しているのだろう。

 

 キャラメルの混じった生クリームに穴が空いた。

 甘い香りが鼻を突き抜ける。

 一瞬、白い睫毛が揺れ――千世子は持っていたコーヒーフラペチーノの蓋を取り、生クリームをストローで掻き混ぜた。

 

「珍しいな。プリンも混ぜないタイプなのに」

 

「気分転換。この前夜凪さんと一緒に飲んだときに混ぜてたから」

 

 再び口を付ける。

 コーヒーの苦みが消え、完全に甘い飲み物となる。

 別に甘い物が苦手なわけではなく、ケーキも好きな方だがコーヒーフラペチーノに関してはコーヒーの味を楽しんでから生クリームを食べるのが好きだった。

 「そうか」――と一言だけ返し、パンフレットを開いた幼馴染の姿を見ながら「失敗だったかもしれない」と思った。

 

「さっきから何見てるの?」

 

 思ったことを尋ねる。

 これが幼馴染でなければ、事務所に所属してすぐ知り合ったアキラであろうとも千世子は自分で考えて答えを見つけていたであろうが、知り合ってようやく十年を超えた二人にそのような遠慮は無かった。

 

「まあ、夜凪さんのことだと思うけど」

 

 幼馴染が何か言うよりも早く続ける。

 

「まぁ――な。今日の演劇について考えていた」

 

「夜凪さんの?」

 

「ああ」

 

「ふーん」

 

 幼馴染はテーブルの上に置かれていた紙袋の中から、まだ飲んでいないもう一つのコーヒーフラペチーノを取り出した。

 

「美味しくなかったか? 俺のと交換するか?」

 

 千世子はそれを受け取ると、先ほどと同じように蓋を開けてぐるぐるぐると掻き混ぜる。幼馴染に特に拘りはない。コーヒーフラペチーノを飲むこと自体がレアだ。ブラックコーヒー派なのだから。

 

「はい、どうぞ」

 

「……ありがとう」

 

 受け取ると、一口飲む。

 帰って来てから何も飲んでいなかったため、喉が渇いていたのか三分の一ほど減った。咽喉が動くのを千世子は見つめていた。

 

「それで……どうだった? 夜凪さんの演技は」

 

 幼馴染は一拍置き、言う。

 

「――面白い演技だった。見たこともない……見たことはあるか。癖のある、そうだな……80年代、90年代の俳優の演技だった。ただ……」

 

 持っていたパンフレットを置く。

 ちなみに、幼馴染が売店で『銀河鉄道の夜』の練習風景を撮ったカレンダーやポスターを買っていたことは当然知っている。

 

「演技というか……芸術の類だな。夜凪自体が作品のような……む」

 

 珍しく幼馴染が言い淀む姿を見ながら、千世子は微笑んだ。 

 多方面に造詣深い幼馴染は、例えば道端に鼠が歩いているだけでもそれを面白く表現できるだろう。それとは逆に、悲しく伝えることも出来る語彙力と表現力がある。知り合ったばかりの人間ならばお堅い印象を強く抱かせるが、その実内心は非常に豊かだと千世子は理解している。

 その真偽はさておき、幼馴染を一番理解しているのは自分に間違いないと思っている。

 だからこそ、今回も夜凪景の舞台に連れて行って正解だったと判断した。

 

「額縁は絵に合わせた種類が選ばれる。石像もそれに合わせた土台が……それと同じように、夜凪もまた夜凪に合わせた装飾が必要になる。

 それだけならば、ただ良い演技をする役者――そんな評価を貰うだろう。

 だが、夜凪の演技はそういうタイプじゃない。

 一緒に出た人間を自分の額縁や土台にしてしまう、破壊的な演技。

 作品をただ見る側からすればすごい役者で終わるが、共演する側からすればとんだ役者だろうな。主演だと思えば、いきなり現れた素人が迫真の演技をして作品を奪っていく。装飾品にすらなれずに注目を攫っていくのだから、とんだ共演者潰しの人間だ」

 

「それも凡百の役者だった場合でしょ?」

 

「ああ。

 夜凪と同じような才能に偏った傑物か、それを装った千世子のように何にでもなれる仮面を持つ者だと作品は輝くだろう。今回の『銀河鉄道の夜』はカメレオン俳優がいたから、本来の舞台より一つ上のステージに至った」

 

 強みは裏返り、弱みにもなる。

 夜凪が主演ではなく、装飾品として呼ばれたのなら慎重に演技をしなければならない。しかしそれは、夜凪の長所を潰すこととなる。実力を抑えた演技は偽物だ。夜凪の本物の演技を知っている者からすれば見るに堪えないものだろう。

 主人公しか演じられない役者――という存在が稀に生まれるのだ。

 

「そういった役者は長生きしない。どれだけ演技が上手くても、リアルでも、役者は道端に落ちてる石になれなければ役者じゃない」

 

「だな」

 

「でも――きっと夜凪さんはそこを克服できるだけの能力と好奇心がある。“不知の知”を知ってしまった彼女はきっと現状に満足することは不可能」

 

「これから夜凪景が演じる装飾品は『夜凪景』という主人公の物語の一部でしかない、か……長所を生かした(主人公の)まま石になることができれば、あいつはとんでもない役者になるだろうな。

 それこそ――『天使』では勝てない」

 

 歯に衣着せぬ幼馴染の言い方に千世子は玲瓏に目を細めた。胸前に指を重ね、強かに告げる。

 

「大丈夫だよ。たしかに私も夜凪さんはすごいと思うし、負けたくないけど……エンドロールの最初に流れるのは私の名前で、その次に夜凪さん。主人公らしく最後に勝つなんて言わない。

 全部勝って――『天使』は完結を迎える」

 

 首筋を沿うように冷たい風が吹いたような気がした。

 それは『天使』と言われ、可愛いと持て囃される百城千世子ではなく、二人しか知らない負けず嫌いの百城千世子。

 彼女から放たれる抑圧感に幼馴染は瞑目し、口を開く。

 

「そうなると良いな」

 

 ひどく突き放したような一言に思わず千世子は頬を膨らませた。反射的に飲んだコーヒーフラペチーノは意外と悪くない味がした。

 三度に喉を潤した千世子は剣呑さすら感じさせた雰囲気を切り替え、自然体のまま幼馴染に寄る。無骨で枕にすれば寝違うであろう腿に後頭部を乗せると、白い指先を頬に伸ばした。

 

「それで、ちょっとは興味出た?」

 

 一定間隔で突いてくる千世子の指先を幼馴染は手の平ごと握る。在宅勤務中にじゃれついてくる飼い犬を適当に相手するが如く、ふらふらと手を動かした。

 

「元々興味はあったぞ。タイミングがないだけで……まぁ、良いタイミングなのかもしれんが。夏休みの間に進路調査票に書く内容を考えてこいと言われてるからな」

 

「私なら女優って書いてたやつだ」

 

「俺はとりあえず進学って書いてたものだ」

 

「ちなみに、私は毎日コンディションを気遣って献立を組み立ててくれて、プライベートに付き添ってメンタルケアをしてくれるマネージャーを募集中だよ。月収毎月応相談」

 

「破格の条件じゃないか。公募すればかなりの人数が募集に来そうだぞ」

 

「もういるからね」

 

「その割に給料が無いんだが」

 

「毎月美味しそうなご飯屋さんに連れて行ってるからそれで差し引きゼロだもん。今日もどこか食べに行く?」

 

「いや、今日は家で食べよう。食べたいものはあるか?」

 

「当ててみて?」

 

「――塩なしパンと腐ったチーズ」

 

「魔女じゃないよ」

 

 千世子は空いた左手で幼馴染の脇腹を抓ると、濡れた舌と食べたいものを相談し始めた。

 

 

 




 
 
 
 お久しぶりでございます、久しぶりの更新となりました。
 前書きで述べた通り、一先ず次話で『銀河鉄道の夜編』終わり、いよいよ『羅刹女編』に参ります(その間にさらに人間関係を掘り進める章がありますが)。
 読み返してみると、あらすじのマウントから結構逸脱しているところがあったり、当初の主人公と結構乖離している部分もあるのですがとりあえず完結させようと思います。
 ここからが書きたい描写のある本編なので頑張ります。





 イカ、純粋なる後書き





 ウマ娘が楽しすぎて、まーた遅筆になりそうだ。
 ダイワスカーレット可愛いし、テイオーステップ可愛いし、ルナたん可愛いし、ビワハヤヒデ可愛いし、テイエムオペラオー可愛いし、オグリキャップ可愛いし、あとカレンちゃんも千世子ちゃんみたいで可愛い。
 ただウマ娘アダルトダービー出来ないのがちょっと残念……桐生院トレーナーだったら、許してくれないかな……。
 サイレンススズカのトレーナー主人公でURA優勝したとき、「スズカだけが見ていた景色は、俺がサイレンススズカと出会ったときから見えていたよ」みたいなセリフで締めくくる短編書こうと思ったけどこの後書きを書きながら育成していたサイレンススズカは天皇賞乗り越えられなかったので断念しました。

 あーあ、朝起きたら枕が三億円になって就活のいらねぇ人生になってねぇかなぁ……。
 

原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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