ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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 ——事件は突然起こる

 修学旅行二十四名を乗せた飛行機が嵐に見舞われ、大海原に墜落した。
 運よく無人島に漂着した十二名の生徒は砂浜の感触に目を覚ます。意識が朦朧とする中、彼ら彼女らの傍にあったのは各々のスマートフォンが何故かWi-Fiの繋がった状態で落ちていた。外部と連絡を試みようとするが、電話とメールは繋がらず、アプリも起動することはない。唯一動くのはインストールした覚えのない「デスアイランド」というアプリだけだった。すると、突如「デスアイランド」から指令のようなメッセージが届き、主人であるカレンはクラスメイトとともに無人島の中心へ歩き始め……。

 原作:『死愛島(デスアイランド)





デスアイランドA

「ご覧下さい、この観衆! 本島から一目でも千世子ちゃんを見ようと多くの人たちがやって来ております!」

 

 映画の撮影用とはまた異なるカメラが、ロープの向こう側に並ぶファンたちを映す。老若男女の厚い層は百城千世子の人気を物語っており、声援が止まぬ状況にスターズ以外の面子は一部を残し萎縮していた。

 海辺を背景に撮影されるカットは、主人公カレンが登場人物の一人に罵倒されるシーン。人の優しさと、根にある高潔さをどこまでも愚直に信じ続ける姿は可笑しいとオーディション組の湯島茜が責め立てる場面だ。

 

「集中できないよね」

 

 朗らかな笑顔を携えた千世子が言った。

 

「映画とうちの事務所の宣伝目的なんだと思うけど、たくさん人が集まっちゃった」

 

 いつもの茜ならば口籠っていたかもしれない。舌が回らず、ようやく喋り出した頃にはカチンコが鳴っていただろう。

 

「大丈夫」

 

 しかし、オーディションを経て、様々な同世代の役者たちを見て成長した茜は澄んだ表情で返した。

 その一言を聞いた千世子は小首を傾げ、口を開いた。

 

「良かった。でも……ごめんね」

 

「——準備良いかな? 雨用意出来てる?」

 

「大丈夫です!」

 

「じゃあ、スタッフはタオル用意して」

 

 監督の手塚由紀治が手を挙げて合図する。

 

「本番です! 本番が始まるので、お静かにお願いします!」

 

 衣擦れの音すらも、唾を飲むことさえも出来ぬような静寂が海にまで広がる。

 波と、海鳥と、そして堰を切ったような迫真の演技で千世子に迫る声だけが響いた。

 

「『カレンはいつも綺麗事ばっか!』」

「『私たちに死ねって言うの!?』」

「『あなたの綺麗事を鵜呑みにして何人が死んだ!』」

「『皆で生き残りたいなんて、全部嘘!』」

 

 人工雨によって張り付く前髪を気にせず、ただ眼前のカレンに問いかける。

 

「『目の前でクラスメイトが死んでいるのに!』」

「『それでも前に進もうなんて……』」

「『思えるわけないじゃない!』」

 

 千世子を求めていた観衆も自然と注目する。

 思い掛けぬ茜の成長に撮影メンバーは驚き、その才を羨む者もいた。手塚はにやりと笑みを浮かべる顔を台本で隠し、すぐに「OK」が出せるように手を上げたままにする。その横では負担をかけないよう、すぐに身体を温めるためタオルを持ったスタッフが待機していた。

 

「『あなたの考えばかりが正しいわけじゃない!?』」

 

 それでも。

 

「『生き残るには口だけじゃ無理!』」

 

 それでも。

 

「『誰かが助かるには、誰かを犠牲にしなければならないときも来る!』」

 

 それでも。

 

「『…………』」

 

 それでも、天使の仮面は茜を引き立てるため往々と輝く。雨に濡れ、白い睫毛が落ちていくほどに美しさが描き足され、彼女の横顔はカメラを通して大衆を惹き付ける。

 

「『…………』」

 

 最後の一コマ。

 言葉を聞いたカレンが茫然と立ち尽くす。瞳は揺れ、指先は微かに震えている。頬に冷たい雨水が幾度となく流れると手塚が手を下ろした。

 

「はいオッケー! 

 千世子ちゃんと湯島くんはすぐに身体拭いて。着替え終わったら暖かいお茶でも飲んで休んでてね。このまま休憩入るから、次のシーンの人はセリフ見直しといて。

 カメラと音響、確認するよ」

 

 手塚は手早く指示をすると車の方へ向かった。

 人工雨が止み、再び観衆の声が聞こえ出す。腕を伸ばして称賛するのは誰もが百城千世子。ただ、罵倒されて立ち竦む姿一つで彼女はその場の人間をも魅了せしめた。

 

「私は百城千世子だから、そのイメージを崩すわけにはいかない。

 あんまり夜凪さんみたいな演技をされると困るの」

 

 駆け寄ってくるスタッフが辿り着くよりも先に、千世子が言った。

 

「——私が、主人公じゃないといけないから」

 

 

 

 

 

「千世子ちゃん、すごい可愛かった!」

 

「さすが『天使』!」

 

「生で見るとめちゃめちゃ綺麗……!」

 

 着替え終わり、休憩時間になってもファンと接することを忘れない。差し出された手に握手し、色紙を受け取ってサインする。プレゼントを持ってきた人もいたのか待機していたスタッフが順番に受け取った。

 

「ありがとうございます!

 映画『デスアイランド』はスターズもオーディション組の子たちも精一杯演じた作品になるので、是非劇場まで足を運んでくださいね!」

 

 ファンに語りながらも、カメラを意識外に置くことはない。

 

「撮影はまだあるので、この後も楽しんでくれると嬉しいです」

 

 去り際にウインクを一つ。

 湧き立つ観衆へ笑顔を向けて、その場を後にした。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 『盗めるもん全部、盗んでこい』

 

 堤防の縁、脚を自由にしながらそう言われたことを思い出す。

 盗むもの——つまり、百城千世子の幽体離脱。

 いや、厳密に幽体離脱ではないと今回の撮影を通して気付いたのだが、方法が尋常ではない。すべてのカメラ、画角、画面サイズ、自身が映るべき一番美しいアングル。そのすべてを理解して、立つべき場所に立ち、言うべきセリフを発する。時には監督が想定していた動きとは異なるものを加え、最終的には作品を完璧なものへと近付ける。

 故に業界人は百城千世子を演出家いらず(・・・・・・)と評価する。

 

「カメラのレンズが千世子ちゃんの目。自分の目だから、どこにあるのかわかる」

 

 それが、幽体離脱の正体。

 自身より長い経験と当たり前のように熟すために尖らせた感覚。役者歴一年も経たない自分でもわかる。あれは努力の集大成だ。

 だからこそ、盗まなければならない。

 ゼロから作り上げた百城千世子という役者から、その技術を盗み、自身の力とする。

 

「まずは千世子ちゃんと友達にならないと……」

 

 オーディション組はともかく、百城千世子は今も華やぐ大女優だ。頻繁に本島へ帰っては休みなく戻ってきて撮影をする。その多忙さは現在、日本一忙しいと言っても差し支えない。そのため、集団の中で話すことはあれども一対一で話すことはなかった。何とかタイミングを掴もうとしているが、当たって砕けろの有様が続いている。

 

「んー!」

 

 中天はとうに超え、沈みゆくだけの太陽はぶっきらぼうに揺らめいている。

 唸ったのも束の間、すぐに立ち上がってポケットに手を入れた。

 

「仕方ない」

 

 スマートフォンを取り出して連絡帳を開く。

 先月、百城千世子見たさにオーディションを受けたのだが、弟妹たちを置いていけないという思いがあった。幸い、理解のある美人制作と頼れる友人がいたために二人を任せることができたのだが、一月も離れてしまうことに心配はある。しかし自身の心配も他所に、何より弟妹たちの後押しによって踏ん切りがついたのだ。

 括った腹を緩めないよう、自分からは連絡しないと努めていたのだが、進展のない状況を進めるために友人の名前を押した。

 ちなみに、定期連絡によって弟妹の様子は知っている。

 

「……」

 

 コール音は聞こてくるが、中々繋がらない。

 ビジートーンが空虚に響くと画面に『通話中』と表示された。

 

「……くっ」

 

 間の悪い自身を恨みそうになる。寝る前にかけ直そうと前向きに考え、大きく背伸びをした。

 そして、

 

「——あ」

 

 不運が転じたのか見知った白髪が目に入る。

 その姿形は間違いなく——百城千世子。

 私服だろう白いシャツにロングスカートで琥珀の目尻を柔げにしながら歩いている。

 一歩、堤防から砂浜に降りようとしたが踏み止まった。

 

『————』

 

 どうやら、電話をしているようだった。

 些細なことだが、自分もちょうど電話をしようとしていたところなので擽ったい共通に胸が躍る。このあとは「通話中だったの」とでも言って話しかけようか。

 海を眺めながら話す表情は、ある種神秘的と言えるほど綺麗だった。

 

「あ……」

 

 ふと、気が付いた——仮面がない(・・・・・)

 百城千世子を『天使』ではなく百城千世子と認識が出来ている。

 

「あれが千世子ちゃん。

 あれが、千世子ちゃんの役者としての技術」

 

 宙に浮いたパズルが自然と型にはまっていく。

 自分は勘違いをしていた。

 仮面を百城千世子の役者技術であることは分かっていたが、本当の意味で理解していなかった。何故なら、仮面の下を見ていないからだ。実際に見たものを演技に反映させる夜凪景にとって、現実から離れたものを想像だけで賄うのは未だ難しい。過去の経験を組み合わせ、無理やり状況に合わせることは出来たが、こと百城千世子はどれにも当て嵌まることのない人間だった。

 当たり前だろう。

 仮面を貼り、根幹から大衆のための女優であり続けようとする異常をただの日常で見るわけがない。

 そんな百城千世子が素顔を晒し歩いている。悩んでいた鬱屈が剥がれ落ち、脳内に押し留めるように今の百城千世子を保存していく。

 

「……よし。話しかけよう」

 

 見るだけでは我慢ならない。ましてや、互いに一人という絶好のタイミングだ。

 電話をしている()に入らぬよう、先程とは違い堤防を回るように舗装された道を歩く。直線距離約二分を迂回して四分はかけただろう。

 電話が終わっていることを確認すると、近付いていく。

 

「——ち、千世子ちゃん!」

 

 思わず声を張り上げてしまったが、肩一つ揺らすことなく彼女は振り向いた。

 

「あ、夜凪さん」

 

「えっと、その、偶然ここに千世子ちゃんがいたから! 喋りかけようかなぁって思って、ね?」

 

「そうなんだ。相変わらず面白いね」

 

 面白そうに笑う彼女は「あっ」と漏らし、持っていたスマートフォンを差し出した。

 

「折角だから夜凪さん。私のこと、海を背景に写真撮ってくれない?」

 

「うん!」

 

 スマートフォンを受け取って少し下がる。雀色の海を背景に笑みを浮かべる百城千世子を画面越しに見る。

 目が——合っていた。

 百城千世子を形成する女優像は大衆のための女優。だからこそ、百城千世子は画面の向こう一人一人に目が合うように立ち回る。

 また一つ、何かを得た夜凪景の中で求めていたものが形作られていく。

 

「撮るよ」

 

「うん」

 

「チーズ」

 

 撮り終わり、スマートフォンを返す。

 

「その……インスタとかにあげるの?」

 

「この写真はプライベート写真だよ。もちろん、インスタ用にも撮るけどね」

 

「私も広報用にSNS慣れしとけって言われたんだけど、色んなのがあって結局どれから始めれば良いのか分からないの」

 

「私はツイッターから始めたかな。最近はインスタ中心になってるけど、ツイッターと区別した写真はあげるようにしてるよ?」

 

「な、なるほど……」

 

「でも、写真をあげるときは気を付けてね。不用心な写真を載せたら炎上するかもしれないし、住んでいるところがばれる可能性もあるから」

 

「……使いきれる気がしないわ」

 

「慣れれば大丈夫だよ。

 夜凪さん、このあと予定ある?」

 

「無い! 何も無いわ!」

 

「じゃあ、宿泊施設まで歩きながら話そっか。向こうに着いたらやらなきゃいけないことがあるから、道中聞きたいことがあれば聞いてくれても良いよ。私も夜凪さんのこと知りたいし」

 

「本当? やった!」

 

「大袈裟だなぁ」

 

 砂浜から離れ、施設への道を辿る。

 二人がいた砂浜は『デスアイランド』のスポンサーが所有する、いわゆる撮影用のプライベートビーチだった。道中は木々が乱立するばかりで建物は見えず、背後からは夕陽が二人の影を伸ばしている。

 奇しくも——その道が『デスアイランド』の終盤、百城千世子と夜凪景が走ることになる道であることを、二人は当然知らない。

 

 

 

 

 

 

 第四話「 海 」

 

 

 

 

 

 




「私もツイッターから始めようかな」
「良いと思うよ。ツイッターは簡単操作でエゴサーチもやりやすいし」
「炎上したら人気出るんでしょ?」
「やめとこうね、夜凪さん」



原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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