ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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主人公4

 

 

 

 第五話「 頼み 」

 

 

 

 

 

「ゴメンね、付き合わせちゃって」

 

「大丈夫ですよ」

 

 コンクリートの街並みが流れていく。変わり映えのしない景色を作り上げた人間たちは、きっと倒錯的な性格をしていたのだろう。どうせならば、純和風か、それとも間に西洋建築でも(ちり)ばめた歪な和洋折衷さが見たいものだ。

 俺はジャージ女が運転する白いバンの助手席でそんなことを思っていた。

 

「まさか墨字さんが直前で撮影が入った(ボイコット)なんて……いや、そんな人だって分かってたんだけどさぁ」

 

 唇を波々とさせながらジャージ女はハンドルを握りしめる。

 事の発端は昨夜、来週末にはあいつも帰ってくるだろう頃に起こった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「おっきいハンバーグって焼ける?」

 

「焼けないこともないが、ルイが食べきれるサイズにしておくんだぞ」

 

「これくらい?」

 

「ああ。

 星型やハート型でもかまわない……レイも綺麗に形作ったな」

 

「えへへ、ひよこです」

 

 いつもは俺がリクエストを参考にしながら作るのだが、今日は二人にも協力してもらいハンバーグ作りを行っていた。さすがの二人も普段から料理を手伝っていることはあり、上手い具合にハンバーグを捏ねている。

 俺は普通の楕円形、レイは見事なひよこ型、ルイは星型に挑戦しようとしていた。

 タネは強めに作っており、焼き上がりに硬くなってしまうと思われがちだが、火加減と蒸す時間にさえ気を付けておけば問題はない。

 フラインパンの準備をしようと席を立つと、ちょうどインターホンが鳴る。昔ながらのチーンというやつだ。

 

「柊さんかな」

 

「だろうな」

 

 ハンバーグを作るということで、レイとルイは三人だけではなくあのジャージ女も誘った。もう一人、事務所代表である黒山? という、ルイ曰く髭も声を掛けたようだが、残念ながら仕事があるため無理だったようだ。

 

「お邪魔しまーす」

 

 手を拭ったレイが玄関に向かうと、ジャージ女を伴って戻ってきた。少し汗を掻いているところを見ると、作業終わりだったのだろう。

 汗臭い中食べるのは遠慮したいがためにタオルを渡した。

 

「ありがとね」

 

「いえ」

 

 是非タオルは自分で洗濯機に放り込んでくれ。

 

「すぐに用意しますので、それまで二人を頼みます」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 夕食も済ませ、あとは風呂と床に着くのみだろう。レイとルイは居間で宿題をやっており、分からない部分があれば呼ぶように言っている。

 諸々の家事を終えた俺は、食後の一服とでも言うべきか、ジャージ女と共に台所側で珈琲を飲んでいた。

 

「手作り料理が毎日食べられるなら、景ちゃん()に入り浸っちゃいそうだよ」

 

「そう言っていただけるとありがたいですね」

 

 おいおいおい、戯言はよしてくれ。レイやルイはまだしも、俺は基本的に他人に料理を振る舞うのが嫌いなんだ。別に味に自信がないとかではなく、面倒臭いのと、舌に合わぬものを出す気はないのだ。普段から立派なものを食べていればまだしも、この女は確実にインスタントだ。安い舌だ。インス(タン)だ(?)。

 心の内を誤魔化すようにカップに口を付けた。

 話を逸らそうと、汗を掻いていた理由を尋ねる。

 

「そういえば、今日はそこまで暑くないのに汗を掻いていましたね。

 忙しかったんですか?」

 

「うん、ちょっとね。

 景ちゃんの次の仕事が決まったから、そっちと打ち合わせに行ってて……」

 

 本人ではなく、第三者からこう言われると、本当にあいつが女優をやっているんだなと感じる。この一月の間にも何度か電話をする機会があり、本人は女優ではなく『役者』をやっていると謎のこだわりを見せていたが大差は無いだろう。

 素人の俺からすると役者は演劇も含めて演じていそうなイメージだ。そして女優はドラマとバラエティ番組といったところか。

 

「次の仕事——舞台なんだけど、墨字さんが交渉してきてね」

 

「へぇ、舞台ですか」

 

 あいつに出来るのか……? いまいち想像ができない。舞台といえば、観客の前で声を出すやつだ。

 

「演目は?」

 

「『銀河鉄道の夜』。

 言わずと知れた、作家・宮沢賢治による代表作。主演の片方に景ちゃんが選ばれたんだよ」

 

「ジョバンニですか?」

 

「カムパネルラの方だよ」

 

 名作中の名作であり、当然知っている。

 小説も、映画も、アニメ化されたものも、そして演劇すらも観たことがある。諸事情により演劇に関してはストーリーではなく、舞台背景やセリフ、演じている人間自体に注目していたのだが、それでも難易度のあるものだと理解できる。

 俺が注目したいのはそこではなく——何故あいつがカムパネルラなのか、という部分だ。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「? たぶん大丈夫じゃないかな。私もてっきり次は昼ドラとかの撮影かなって思ったけど、墨字さんには墨字さんなりの考えがあるだろうし。

 それに——」

 

 と、ジャージ女は続ける。

 

「この配役を決めたのは、演劇界の巨匠''巌裕次郎''。

 『劇団天球』の舞台監督なんだよ」

 

「巌裕次郎……?」

 

「そ。もしかして知ってた?」

 

「いや……どこかで聞いたことあるなぁ、と……」

 

 巌裕次郎……何となく聞き覚えはある。だが、それが何処かと問われると自信のある答えは導き出せないだろう。

 

「たぶん業界の人だけじゃなくて、普通に舞台が好きな人とかは知ってるくらい有名だからテレビとかで見たんじゃないかな? たびたび特集組まれてるし」

 

 元々人の名前を覚えることが得意ではないが、何となくでも心当たりがあるならば妙々たる人物に違いない。恐らく、実際に見たことがないのだ。雑誌かインターネットの記事で散見したのだと思う。

 

「それで……お仕事持ってきてくれるのは良いんだけど、その条件の中に舞台装置移動のお手伝いがね……」

 

 なるほど、普通に肉体労働をしていたから汗を掻いていたのか。

 

「私も墨字さんもひ弱じゃないから問題ないんだけど、さすがに舞台装置動かしてると体力使うよ」

 

 ジャージ女はよれよれと珈琲を啜ると肩を落とした。

 

「明日は舞台幕で、劇団のスタッフも手伝ってくれるみたいなんだけどかなり大変で……何か、次の舞台は巌裕次郎にとって重要な舞台(・・・・・)になるから新調したみたい」

 

 「噂なんだけどね」と付け足した。

 適当に振った話だが、思ったより掘り下げてしまった。時間を無駄にした気分だ。

 空っぽになった珈琲をシンクに置いて水を流す。

 

「お兄さん。わからないところがありました」

 

「む、分かった」

 

 レイに呼ばれ、二人に寄っていく。

 二人の間に座ったとこで背後から着信音がした。

 

「っと、墨字さんから電話だ」

 

 部屋を抜け階段へ向かうジャージ女を気にせず、レイから見せられたプリントを読む。

 どうやら、理科の問題が分からなかったようだ。理系科目は好き嫌いで成績が著しく上下するものなので、教える者からするとまずはどう興味を持ってもらうかが重要だ。現に、俺も理系科目はあまり興味を持てなかったのでせめて嫌いにはならないでおこうと、科学博物館などに赴き自身の探究心を煽っていた。

 

「これはな——」

 

 もうすぐあいつも帰ってくるわけで、一月の生活が再び元に戻ると思えば寂しいものだ。ジャージ女は兎にも角にも、レイやルイと接している時間は過去の自分を見ているようで楽しかった。

 言いつつも、結構な頻度で以前も遊びに来ていたのであまり変わりはしないのだが。

 時折雑談を交えながらレイに教えていると、廊下の方が野太い声が上がる。

 

「……てことは……人で……をやることに……」

 

 先ほどでは声量を抑えていたにもかかわらず、遂ぞこちらにも聞こえてくる大きさになった。

 

「少し休憩にしよう。ヨーグルトを買っている。一人一個、食べたければ冷蔵庫から取り出すと良い」

 

 まったく、表面的にでも自制しなければ社会人とは言えないぞ。というか、流れで珈琲も出してしまったがジャージ女はいつ帰るんだ。

 何やら困っているようで話を聞いた方が良いのかと迷うが、そこまで愛想良くする必要はないと結論付ける。

 実の成らぬ木は育てぬ主義だ。

 そうして仲良くヨーグルトを食べている二人を見ているとジャージ女が戻ってきた。

 

「た、助けて欲しいなぁーなんて……」

 

「……」

 

 一体コイツは何を言っているのだ。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

『劇団天球』

 

〈 演劇界の重鎮であり巨匠・巌裕次郎が監督を務める実力派演劇集団。実力派でありながら団員は若手が多く、巌はどこからかき集めてきたのか一癖も二癖のある演者がいる。 〉

 

〈 ''カメレオン俳優''とも称され、あらゆる登場人物を演じて見せる明神阿良也を中心に脇役を器用にこなす青田亀太郎、感情の起伏を表現することが得意な三坂七生など、いずれも細部まで徹底的なこだわりが見える。 〉

 

〈 昨今では有名芸能人を起用した話題作りの演劇もあるが、やはり巌流ともいえる初心者でも観劇に引き込めるような作品作りは巨匠ならではといえる。 〉

 

 目的地に到着する間、ジャージ女からもらったパンフレットに目を通す。表紙には主演であろう、髪の長い男がキガワの目立つマタギ姿で立っており、その端々には他の演者たちが並んでいる。

 『劇団天球』の説明書きと演者一覧を見る限り、この男が明神阿良也なのだろう。

 

「カッコいいでしょ、アラヤ」

 

「髪が長いのは色んな役に即応するためか……」

 

「だろうね。

 今じゃ(かつら)技術も発展して、腰丈まである髪も隠せるようになってきてる。それに、一番新しいアラヤの役はマタギ。敢えて無精な雰囲気を出したんだと思うよ」

 

 耳()く独り言を拾ったジャージ女が返してくる。

 

「見えてきたよ!」

 

 裏口の門扉を抜けてすぐに紺色の建物が目に入った。宇宙のような壁には黄色の星を模したデザインされており、その名に相応しい貫禄を出している。

 名を——天球劇場。巌裕次郎を中心とした、次代の若手たちが己の技術を賭して観客を魅せる舞台である。

 

 

 

 

 

 




《余談》

 主人公の「なぜ夜凪がカムパネルラなのか?」という疑問は、原作アクタージュ内の『銀河鉄道の夜』に限った話ではなく、一般的に舞台上ではジョバンニよりもカムパネルラが演じる上で難しいと知っていたからです。
 また、演劇界の『銀河鉄道の夜』は一種のブランドであり、公演するならば名の通った監督もしくは役者を登用するのが常であり(その手の知人から聞いたので、縄張りによって異なる場合アリ)、役者歴半年に満たない夜凪がカムパネルラを演じれるのか?(主人公は現時点では夜凪の演技を知らない)という、伏線でもない単純な疑問です。

 ひと足先に主人公は巌さんのところへ。
 さすがにお二人帰ってきてくれないとキツイんで、デスアイランドはお早めに回してます。

 ふわっとした疑問なんですが、感想ラン見てると割とアクタージュの原作を読まれてない方が当作を読んでくれていることを知りました。
 やはりもう少し、原作の大事な部分(チヨコエルとケイ様の重要な部分とか)は書いたほうが良いのかしら?
 たぶん書かないと前話 デスアイランドA で書いた「夜凪さんみたいな演技をされると困る」の真意や夜凪が千世子の演技を盗もうとしている理由だったり、そもそも彼女が得意とする技術がメソッド演技とかわからない部分が多かろうぞ。めちゃめちゃ自分が描きたいの書いてて読者置いてけぼりにするのは自分も微妙だから今後、描写数が増える…かな。





原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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