ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

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主人公5

 裏門から天球劇場の敷地内へ入り、ジャージ女は窓を開けて係員に話しかける。

 

「すいません、『スタジオ大黒天』なんですが」

 

「ああ、大黒天さんね。中の人から聞いてるよ。この道真っ直ぐ行ってもらって、右に曲がったところにトラックが止まってるからそこに止めてくれるかな?」

 

「わかりました。ありがとうございます」 

 

 そう言われた通りに進んで行くと、倉庫であろう建物の裏に三台のトラックが止まっていた。

 恐らく、あのどれかが運搬物なのだろう。 

 そのちょうど正面、俺たちが走っている道路を挟んだ場所には牽引自動車が止まっており、荷台には防水シートに包まれた何かが安置されている。

 

「『黒川舞台機構』。たぶん、あれが緞帳(どんちょう)だろうね」

 

 緞帳——いわゆる、幕だ。

 学生である俺が一番親しみを持てる緞帳は体育館の舞台にあるものだろう。室内体育の授業や、天候によって外で集会が出来なくなった際は束ねられているが、入学式や卒業式といった厳粛な式典では広げられ、普段とは違う雰囲気を醸し出すもの。かくいう演劇でも、開演時の仕切りとして、はたまた緞帳の色によって背景や時間帯を表したりと最も重要な舞台装置といえる。

 

「私たちも今日は舞台幕の移動があるけど、あの緞帳は違うかな。さすがに一番大事なものは劇場のスタッフがやるだろうし。手が空いてたら呼ばれるくらいはあるかもしれないけど……」

 

 布とはいえ、天球劇場ほどの舞台を覆うには数トン規模の緞帳が必要とのこと。到底一人二人で持つことは出来ず、十人以上の人手と専用の代車を使って運び出すようだ。

 車から降りると、ポケットからメモを取り出したジャージ女がトラックの番号を確かめていく。

 

「3……4……5……私たちの担当の6……うわ、倉庫の出入り口から遠いなぁ」

 

「トラックは動かせないんですよね」

 

「無理だろうね。他の人とかち合ったら邪魔になるし」

 

 トラックの後ろに立つと、ハンドルを回して荷台を開ける。そこには人がぎりぎり抱えて持つ程度の大きさが積まれていた。

 ……まあ、仕方ないか。

 正直、このジャージ女に頑張れと言っても無駄に時間がかかるだけだろう。

 

「とりあえず重い物と軽い物を分けておくので、先に倉庫を開けてきてもらって良いですか?」

 

「りょーかい。すぐ戻ってくるね」

 

 トラックの荷台から倉庫への搬入——それが今日手伝うことになっている仕事だ。残念というかなんというか、給料は出ないのだが別日にご飯を奢ってもらえることになった。

 ああ、叙々苑でもたかってやろうか……いや、この前幼馴染みに連れて行かれた六本木の鍋屋も美味しかったな。あのときは日頃世話になっているお礼とやらで奢ってもらったので値段は知らないが、一食くらいならジャージ女の財布でも大丈夫だろう。

 

「さて——」

 

 何はともあれこちらが先だ。

 分けておくとは言ったが、どれが重いか軽いかなんてのは分かりきったこと。単純に重い物が下、軽い物が上だろう。

 軽い物を優先して荷台端に寄せていくが、結構重い物が多くジャージ女の出番は少ないように思える。

 

「開けてきたよ」

 

「概ね終わったので、柊さんはこっちを運んでもらえますか? 昼が来る前に終わらせる分は終わらせてしまいましょう」

 

 面倒くさい仕事は素早く終えて素早く帰るに尽きる。

 精々、ぶつけないように気を付けなければならないだろう。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 コンビニで買うものより一回り大きい弁当。具は鮭を主として、数種類並んでいる。共に支給されたのは『すごぉーいお茶』とノーマルなものだ。

 一先ず午前の仕事が終わり、十二時を過ぎた頃。俺は昼休憩をとっていた。

 腹を膨らませるには十分なボリュームだが、これくらいならば持参してきても良かったと文句が出てしまうのは仕方ないだろう。塩の風味が丁度良い鮭を口に運ぶ。ごま塩のかかったご飯と合うのはもはや定番と言っても良い。

 さて、俺が何故倉庫の前にある段差——車の前で一人昼食をとっているかと問われるとそこまで特別なことはない。ただ単純に、ジャージ女はジャージ女で午後の確認作業があるために十分ほど席を外しているのだ。

 

「————はぁ」

 

 ため息を吐くと幸せが逃げる、なんて言うが気にしたことはない。

 考えることもない俺は、何故こうして肉体労働をしているのか思い返していた。もちろん夜凪景(あいつ)のせいなのだが……。

 夜に来る定期連絡によれば、何とか楽しくやっているらしい。俺からするとそんなことはどうでも良いわけだが、弟妹のことを思えば楽しく帰ってきてもらったほうが後が楽だ。二人も少し寂しいのか、度々「お姉ちゃんはどうしてる?」と聞いてくることがあった。その都度「問題ない」と説明して、送られてくる写真を見せては宥めていたので二人は安心したような表情を浮かべた。

 これじゃあ、どちらが歳上か分からないと思ったものだ。

 

「おう——?」

 

 そうして鮭弁当を平らげていると、見知らぬ一団が通る。

 駐車場から倉庫、そしてそこを抜けていくのが誰かが倉庫前にいた俺に気付いた。

 

「どうしました?」

 

「いや、お前らちょっと先行ってろ」

 

「……? 別に構いませんけど」

 

 僅かな可能性でも面倒事は巻き込まれたくないので目を合わさぬようにしていると、右耳は間違いなくこちらに向かって来る足音を捉える。左側に目線をやるが誰もいない。

 間違いなく俺が目的なようだ。

 倉庫前で昼飯を食っている奴が気になったか、それとも——。

 

「——お前さん、どこのスタッフだ?」

 

 そう話しかけてきたのは——頭の侘しい男。口髭は整えられ、眉間の皺が堅物なイメージを持たせる。

 

「一応……『スタジオ大黒天』です。

 スタッフというよりは、今日限りの手伝いですが……」

 

 こちらに訝しげな瞳を向けながら髭をなぞる。

 

「……」

 

 いや……待て。

 見たことがあるぞ、この男——。

 

「『スタジオ大黒天』か……黒山ンとこの人間か。ああ、今日限りってこたぁ、別に知り合いでもないのか?」

 

 黒山とは、ジャージ女とあいつの所属する事務所の代表のことだ。

 会ったことはない。

 

「ええ。今日は柊さんに言われて来たので」

 

「なるほどな。その目を見る限り、いきなり任されたか頼られたって感じか。お前さんも若いわりに割りの合わねえ人生だな。

 あいつにけしかけたことに巻き込まれるたぁ」

 

「……」

 

 時たまに会う、妙な感覚を持った人間に。

 例えば、俺の幼馴染みなんかもそうであろう。彼女は天賦の才というべきか、自然に勝ちと注目を集める——自身を含め周囲を客観的に視る感覚を持つ。ともすれば、あいつもそうだろう。彼女もまた、何か人を惹きつけるような感覚を持つ。

 そしてこの頭の侘しい男も、人を惹きつけるような——見極める何かを持っている。

 

「おっと、すまんな。面白そうな奴を見たらだらだらと喋っちまうのが俺の悪い癖だ」

 

 男は不遜にもポケットに手を入れながら、しかしてその姿が似合いながら言った。

 

「俺の名前は——巌裕次郎。『天球劇団(ここ)』の演出家だ」

 

 

 

 

 

第六話「 ビーフシチュー 」

 

 

 

 

 

「——ふぅん、それで巌裕二郎と会ったんだ」

 

「ああ。会った、というよりは偶さか顔を合わせただけだがな」

 

「巌裕二郎っていうと、あの『天球劇団』の演出家でしょ? 偶然でも会えるものでもないと思うけどなぁ」

 

「そうなのか? ……お前なら会えそうな気もするが」

 

「どうだろう」

 

 カウンター越しに会話をしているのは幼馴染みである。

 ソファの上では久しぶりの感触に蹴伸びをしながらテレビを見ている彼女がいた。鼻歌を唄いながら白髪を揺らし、暢気そうにしている。

 水曜日——俺は約束通りビーフシチューを作っていた。時刻は午後八時を回っているが、今夜はレイとルイをジャージ女に任せてある。ジャージ女が夕食を作るということで特に作り置きはしていない。

 やれやれ、俺の料理に慣れて舌が肥えてなければ良いものを。

 

「『スタジオ大黒天』だっけ、その事務所」

 

「ああ」

 

 お玉杓子で煮立つビーフシチューの味見をする。

 ふむ、コクが出過ぎている。少し水を足して、入れ過ぎたらコーヒーミルクで調整してやれば良いだろう。

 

スターズの勧誘は断った(・・・・・・・・・・・)のに、そこは手を貸すんだ」

 

「何か言ったか?」

 

「いや、別に」

 

 おかしな奴だ。

 一掻き回しして馴染ませる……うむ、この味なら良い。

 

「パンとご飯、どっちが良い」

 

「おすすめは?」

 

「そうだな。やはり、タンを入れているからご飯がおすすめだ。フランスパンも買っている、半分ずつにするか?」

 

「んー……ご飯! パンは明日の朝にしようかな」

 

 ご飯は白米ではなくバターライスだ。白い皿に盛ると岩塩を少量、バジルを振り、ビーフシチューをかけてやれば最高の夕食が出来上がる。

 嫌がらせにガーリックをふんだんにかけてやっても良かったのだが、後々普通に怒られても面倒臭いのでやめた。

 

「ご飯の時間だぞ。

 俺特製、タンのビーフシチューだ」

 

 テーブル上に置かれた料理が幼馴染みの鼻腔を突いているに違いない。

 

「うわぁ、美味しそう」

 

 しそう、じゃない、しい、のだ。

 幼馴染みはビーフシチューに目を輝かせていると、スマホを取り出す。光の加減を上手く調整しながら写真を撮っているようだ。

 デビュー当時から幼馴染みはこうして夕食をインスタに載せ続けており『#天使の夕食』が長期的にプチバズり? しているらしい。

 そして——何と、甚だ遺憾なことであるがそのおかげで幼馴染みが料理上手と思われているのだ!

 幼馴染みとしてはただ夕食を載せているだけで、勝手に勘違いしているのは愚かなファン共なのだが……それでも、幼馴染みがまたもや俺の喝采を掠め取っていったことになる!

 ドラマからバラエティに進出した頃、『#天使の夕食』が話題になっているため当然番組プロデューサーは『幼馴染みが料理を作る』というコーナーを入れた。どういうつもりか番組プロデューサーは審査員として料理研究家を雇ったようで、徹底採点しようとしていた。

 

「——いただきます」

「——いただきます」

 

 幼馴染みが料理を出来ることは知っていたが、それは精々家庭料理の延長戦やカロリー調整が必要なときに作るといったある程度、のものだ。さすがに殆ど毎晩駆り出されて作っている俺の料理を再現することは難しく、収録日の数日間は夕食一日分の料理を徹底的に教え込んだ。

 どちらかと言うと洋風料理が似合う彼女であるが、あえて生魚から捌く和風料理を選択することで番組的な意外性も考えて伝授した。

 

「柔らかい」

 

 一口サイズの肉を飲み込んだ幼馴染みが言った。

 

「昨日から煮込んでいたからな」

 

 その結果幼馴染みは無事料理研究家を唸らせるような味とバランスで収録を乗り越えた。

 生来の真面目気質もあってかスポンジのように技術を吸収していくのは憎いところがある。ただ、その料理研究家とやらが自称なのか誰かも分からなかったが俺の教えた料理で低評価を出していたら即其奴の下に乗り込んでいただろう。

 

「あ——」

 

「どうした?」

 

 幼馴染みは付けたままにしたテレビに顔を向けている。

 まあ、行儀が悪いと言う人間もいるが家なのでかまわないだろう。無音で食べる料理は妙に不味く感じる。

 

「ほら、あのときの料理研究家だよ」

 

 画面の中には『茄子を使った最強料理集!』と奥様向けのテロップ、それを作るいつか見た料理研究家がいる。

 

「忘れたな、そんなこと」

 

「そう?

 私的にはいきなり料理の仕事来たから結構焦ってたんだけど」

 

「問題なく乗り越えていたじゃないか」

 

「あ、やっぱり憶えてるじゃん」

 

 くそ、考えずに話していたら墓穴を掘った。

 

「最近は私も凝った自炊してるから、もしかすると料理の腕は超えてるかもね」

 

「どうだろうな」

 

 はは、面白い幼馴染みだ……………………舐めているのだろう。次は砂利でも煮詰めて出してやろうか、おい。

 

 

 




「すいません」っていうとオジサンみたいになる。
「すみません」っていうと別に何もない。
そして私が関西弁なせいか、読み返してみると気付かないくらいに関西弁が紛れ込んでいる。

次回「怪獣の帰還」





原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

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