デバイスの関係により、ダッシュ記号に変更があります。
モザイクアート、千世子様が美し過ぎる。
――二年■組にいる女生徒が、映画出演をした
そんな噂が校内には流れていた。
詳細は知らない。漠然的に、耳に入ってきた内容はそんなものだった。事情を知っている俺は一々聞き耳を立てる必要もなく、それが友人こと夜凪景を指していることも理解していた。どうやらあいつが映画出演を果たしたことは大きく評価されているようで、初日から教室内では彼女を囲むクラスメイトが増えている。
教室の隅で、ただ景色を覗いていた一生徒から有名人になったのだ。
澄まし顔をしながらいい気になっているに違いない。
…………あ、ほら。今、逆位置で二限目の授業の準備をするこちらにクラスメイトの合間から視線を向けた。あの顔は間違いなく「私は人気者なのよ」という顔だ。あれは昼休みにでもいつもの場所で自慢話か、もしくは来ない可能性もある。
そうやって、夜凪景という女優は世間に認知され始めた。
『デスアイランド』――原作を読んだことはないが、観に行くのも良いだろう。これでも他人の粗探しは得意なタイプだ。いや、粗探しではなく短所の指摘が得意と思い直しておこう。ともあれ、先週に撮影が終了したということは来週初めにでも一部シーンを使用したCMが流されるはず。日ごろテレビは見ない派なので、時たま確認しておこうと思う。
「――映画撮影か……」
幼馴染もまとまった撮影期間があった。
もしかすれば、案外同じ作品に主演している可能性も……いや、素人の夜凪と今を華やぐ幼馴染が共演するのは難しいだろう。しかし、『銀河鉄道の夜』の件もある。事務所の伝手で案外エキストラ的役割で出ているのかもしれない。まあ、さすがにひと月もかかる撮影にエキストラなのはないか。
待て。
もしかすると『デスアイランド』はそんなに期待されていない映画なのか? タイトル通り、『デスアイランド』は間違いなく人が死ぬ映画だろう。そこから予想できるのは、サバイバル要素。もっと外的要因によって死人が出る可能性もあるが、概ね展開は変わらないはず。ひと月もあれば、島を舞台にした作品ならば早回しになりつつも撮影は可能だろう。
ここから導き出されるのは、あいつがひと月の撮影期間を指定されていた……つまり、最後まで生き残るキャラクター――それなりの重要ポジションにいるということだ。
万が一、演劇はあるとしても、原作費・脚本費・プロデューサー費・監督費・各キャスト費に
「……」
ただ――本当に、一握り。
オーディション等の実力で勝ち取ったならば――それはあり得る。
空想の存在で在ろうと、確率がどれだけ低い話であろうとも、現に芸能界入りを果たして常にトップを走り続けている幼馴染がいるのだから。
——確認してみよう
いずれかの映画を見に行く際、俺は極力事前情報無しで楽しみたいがためにその映画について調べたり、PVを見るといったことはない。これも今まで幼馴染みが演技だけの真っ新な感想を得るために植え付けられた弊害と言えよう。今回もそれと同じで、愉しみを減らさぬよう控えていたのだが、ホームページくらいは良いか。
鞄に入れていたスマートフォンを取り出す。あいにくと通う高校は校則にうるさいことはなく、休み時間は使用許可されている。その分、指定外時間での使用がばれた場合は放課後まで没収と充電が強制的に抜かれるのだが。
電源を付けると林檎のマークが浮かび上がり、パスロックの解除が求められる。
いつも使っている検索ページに行くと、ニューススペースのエンタメ欄に『【原作100万部超え】デスアイランド、撮影終了。キャスト挨拶には……』と書かれていた。
キャスト挨拶か、
『楽しい撮影でした』
『監督が優しくて……』
『初めての映画でしたけど、自分らしい演技が――』
……いまいち想像ができない。
まあ、良い。タイミングよく概要がわかるページが――
「――席付け。携帯出してる奴はしまえ。授業始めるぞ」
今度はタイミング悪く二限目担当の教師が入ってくる。
残念だが、次の機会だ。
間が悪いと思う反面、天がそのままでいたほうが良いぞと言っているような気がした。これはきっと、当初の予定通り新鮮なままで映画を観たほうが面白いと天も同意しているのだろう、違いない。
二、
胸ポケットにあるのは二枚の紙――チケット。これは昨日、事務所に訪れたとき、次の仕事の予習にと柊さんから貰ったものだ。
カメラの中で演じるのが役者だと思っていたが、舞台というリアルな世界を演じる役者もいる。失念といえるのかわからないけど、演劇と言われて少し戸惑ったのは事実だ。そして、現在私は正念場に陥っている。
このチケットを、
『二枚あるし、友達と行ってきたら?』
『お礼も兼ねて一緒に行ったらどうかな』
『そういうの好きなタイプじゃない?』
そう――私がひと月撮影で家を空けたときに世話になった彼に渡さなければならないのだ。
恥ずかしいわけじゃないが妙に難易度が高い気がする。
いつもはレイとルイも含めて、両親のいない私に気遣って家に遊びに来ることが基本だ。もちろん、二人で遊びに行ったこともある。そういうときは大抵、試験期間が終わった頃か行事毎の安いファーストフード店での小さな打ち上げだ。たまにクーポン券があるからと言われ、彼に甘えて駅前にあるクレープ屋さんに連れて行かれたこともあるのでいつかはお返しをしなければならないと思っている。このチケットは柊さんからの貰い物なので、私のお給料で考えるべきだろう。
以前はともかく、私は彼よりお金を持っているのだから、えへん。
今回の映画撮影のお給料で算盤を叩くのが楽しみだ。
ただ、彼が度々…………結構な頻度だったかもしれないが、「レイとルイのため」と言って作ってくる料理の食材費は、高校生には中々負担になっていたはずだ。バイトをしているとは聞いたことがない。
「――ッ」
まさか、短期で出来るいかがわしいバイトかしら……。
「どうかした、夜凪さん?」
「あ、いえ。なんでもないわ」
もう一つ。悩みとして学校に来るといきなりクラスメイトに囲まれてしまった。中には今まで全く話したいことがない人もいるし、顔も知らない男子生徒がいる。今もこうして二限目だろう教科書を出す彼を見ていると話しかけてくる。
一々返すのも面倒なので、適当に頷いては誤魔化していた。
明日からは窓の景色を見て何か考えているように見せたほうが楽だろう。
とりあえず、このチケットを渡さなければ――観劇に誘わなければ何も始まらないのだ。
いつもだったら、この時間にでも寄って要件を伝えて終わりなのだが、こうしてクラスメイトがいる。一応次の仕事にも関わることなので、周囲に察しされるようなことがあれば守秘義務? とやらに引っかかって黒山さんに叱られてしまう。
やはりタイミングはお昼休み。
私たちは一年生の頃から校舎裏で食べているので、今日もそこのはずだ。もし彼が私のいない間に、他に人気がなく静かな場所を見つけていたとすれば報告義務を怠ったとして罰金刑もとい弁当箱のおかずを全て私の口の中に攫おうと思う。私が誘拐罪で報復を受けるかもしれないが。
「あ、先生きた」
「次の授業嫌いなんだよなぁ」
二限目担当の教師が入ってくると集まっていたクラスメイトが戻っていく。あの様子だと次の時間も来るだろう。
そのことも含めて、お昼休みに相談しようかしら。
第八話「 チケットを渡す人 」
校舎裏はいつも人気が少なく、去年も含めると昼休みに誰かと鉢合わせたことは殆どない。入学して四月、五月頃はたまにクラスも名前も知らない生徒が足を運んでくることもあるが、半年もすると見なくなった。
あいつと出会ったのはずいぶんと早かっただろう。初週くらいには互いに不干渉を理解して特有の気まずさはなくなっていた。俺からすれば、大して喋ることのないクラスメイトとお昼を共にしていたことより、貧相なもやしだけのとんでも弁当を目のつく場所で食べられていることのほうが気まずかったものだ。
あればかりには流石の俺も同情を覚えることも出来ず、結局あのもやし弁当がきっかけで今の関係があると思う。
姿の見えぬあいつのことを考えながら少し待っていたが、食べて始めるとしよう。
どこかでクラスメイトに捕まっているのだろう。
「――ほっ!」
と、敷袋の結び目に指をかけた瞬間掛け声が耳に入る。
俺が座っているのはレンガを円のようにして組んだ花壇の縁で、その中心には広葉樹が生えている。この時期になるとたまに毛虫が落ちてくることもあり、要注意なのだが、残念なことにベストスポットの長椅子はあいつに取られていた。
がさがさとした音と同時に青葉が幾枚か落ちてくる。
適当に払うと目の間に着地した下品な友人に声をかける。
「何をしてるんだ」
「逃げてたの」
「誰から」
「みんなからよ」
おいおい、こいつはいつから逃走術まで駆使しなければならない存在になったんだ。たとえ映画に出演したとはいえ、ここまで追い立てられるのも過剰反応過ぎるだろうに。
「あ、お弁当にぐちゃぐちゃになってないかしら」
「あそこまで動いていたらその可能性はあるな。今日は何を入れてきたんだ?」
「チンジャオロース」
「大丈夫だな。それに、ここにはめったに人が来ないから落ち着けるだろう」
「そうね、あなたもいるし」
「ああ……ん?」
…………ん? まあ、良いか。
「大変だな。一つの映画でここまでの人気が出たのならば、次の仕事を終えたあとは学校を退学しなければいけない状況になっているんじゃないか?」
「どうかしら。私もそうなるかなとは思っていたんだけれど、黒山さんは通学も間違いなく演技の一助になるから辞めさせることはないって言ってたし」
「なるほど」
「まあ、たしかに女子高生を演じるときに役に立つし、お金に困らなくなったから通っていても損はないかなって」
女子高生を演じる、か。本来ならばこいつも女子高生であるにも関わらず、それを上から覆い隠すように演じるのは役者業ならではの感覚だろう。
「俺も一度、景の演技を見てみたいと思っていたんだ。『デスアイランド』は劇場で観るとして、CMと日本劇場のタイトルを教えてもらっても良いか?」
「え……ど、どうしようかしら」
「かまわないだろう。どうせ映画でも観ることになる」
「いや、なんか、恥ずかしい」
指を合わせてもじもじとしている。しおらしい態度は似合わないので止めてほしい。
「それに、日本劇場のほうはエキストラで演じたけど使われてるか分からないし、よく考えたら急に連れて行かれたからタイトルがわからないわ……監督と主役の人は知ってるけど……し、CMも元々は有料チャンネルのものだから、もし伝えてあなたが有料チャンネルを登録してお金がかかるようなことになっても困るし、仮に違法に上げられているのを見たら犯罪者に仕立て上げられてしまうわ」
どれだけ深読みをしているのだ。
今時、大手動画サイトに上がっているものは黒だといえ大衆下においては灰に近くなってきている。未成年のいかがわしい動画じゃなければ罪にはならない。それともやはり、演じ手作り手からするときちんとしたところで見てほしいということなのだろうか。
「まあ、そこまで言うなら映画公開まで待っておこう」
「――そうして」
なんだこいつ。
「んん……それで、何だけどね」
どれだ。今の状況でこいつから話を切り出せるような流れはなかったと思うが。
そんな俺の心境を察することなく――もとより鉄面皮であるから察することは幼馴染くらいしか無理である。それも察するというよりは、予感に近いものだ――、彼女は制服の胸ポケットから何かを取り出した。凝り固まった表情から、よもや危険なものでも出すのではないかと強張ったが、初夏の風に煽られたそれに小首を傾げ、
「――これっ! 一緒に行かない!」
「――っ!?」
目つぶしの如く突き出された腕を掴んだ。
「待て――そこまで出されてなくとも見える」
痕に残らない程度の力で動きを止め、そのまま紙の正体を見る。
「『劇団天球』……チケットか?」
「うん」
『劇団天球』といえば、縁、というほどでもないかもしれないが俺も劇場にジャージ女の手伝いとして訪れたことがあった。実力派集団とも称される劇団を率いる――巖裕次郎と会ったことは記憶に新しい。
「今週末に舞台があって、次の仕事が演劇だから予習のためにも黒山さんから観劇してこいって」
映画の話をすることはあっても、こいつとは演劇の話をしたことがない。
観劇――嫌いではなく、むしろ好きな部類に入る。それに、巖裕次郎の舞台は
「かまわないが、土日のどちらだ? 日曜日は用事があるから無理なんだ」
先約を断っても良かった。しかし、それはそれで後が怖い。一度断れば三度は『その代わり』を求めてくるので余程のことじゃないと断れないのだ。
「本当? 土曜日だから行けるわね」
サムズアップしてドヤ顔を浮かべている。こいつと付き合って初めて得をしたような気がする。
「わかった。じゃあ、当日までに待ち合わせと時間を決めようか。明日のお昼か、夜にでも連絡するが……」
「夜にしない? そういうのはすぐに決めたほうが良いと思うわ」
「それもそうだな。わかった、十九時くらいに一度メッセージを送るから返信してくれ」
「了解」
詳細は後回しにしてとりあえずお昼ご飯を済ませなければならない。時間はちょうど半分に差し掛かるくらいで、いつものように駄弁っていれば間に合わないだろう。
食べている途中、手作りの黒豆を落としてしまったことに少し気落ちしたが、この程よい退屈な時間が心地よかった。
実は夜凪景の恋愛事情は同級生だからこそ光るものがあって、これはペンシルベニアハーバードインペリアルイェール大学から出た心理学の学術論文誌にも掲載されてるんですけど——
原作登場人物の背景も少し増やしてほしい
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主人公が直接関わるようなら
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できれば
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別に良いかなぁ