ハイスペックチート小悪魔天使幼馴染   作:神の筍

9 / 19
主人公3

 ――昼下がり

 

 観劇に誘われた週末、俺は最寄り駅前にいた。

 

「……もうすぐ来るか」

 

 待ち合わせまであと十分程度。何か事件に巻き込まれていない限りは大丈夫だろう――と、ありえないことを想像するが、今期になってから瞬く間に環境が変わっていっているあいつを考えるとありえそうなことから微妙に心配だ。

 先日にもらったチケットは期間内ならばいつでも使用可能な関係者専用のものだった。前売り券や当日券と違い、関係者席は初日を除いて埋まることはないと思うので、スムーズに入館することができるはずだ。俺たちが観るのは午後の部で、13:40分には席に着いていなければならない。昼食は向こうがレイとルイのぶんもあるため、事前にとることにしていた。

 

「ごめん。待たせた?」

 

 背後から声がかかる。

 どうやら来たようだ。

 今日は観劇ということで、外出であるのだがプライベート着ではなく制服を着ていた。「演劇は客も含めた作品である」――そういわれるように最低限のマナーが存在する。そのため、先ほどから挑発するようにアホ毛を揺らしてくるこいつもタスマニアデビルの白Tシャツ(いつもの)( )ラフな短パン(恰好)ではなく制服を着ていた。

 昨夜も含め口酸っぱく言っていたことと、それとなくジャージ女――連絡先を交換していた――に伝えてもらっていた甲斐があったのだろう。

 『天球劇団』といった名高い劇団になると同じ関係者席に各業界の著名人も並ぶ可能性があるので、念のため役者・女優業をしているこいつに悪印象が抱かれないように配慮したのだ。

 一緒に行っていた先で粗相があれば、俺も同じような目で見られてしまうからな。

 

「いや、俺も来たところだ。何か飲むか?」

 

「大丈夫よ」

 

 天気は快晴に近く、僅かに薄い雲が流れているが陽ざしを遮るほどではない。体力には自信があるだろう彼女も額に汗が見えていた。

 

「行くか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 巖裕次郎の作品を観るのは――二度目である。

 一度目は入学式の際、両親が入学祝に以前から演劇に興味のあった俺にチケットを用意してくれていた。演劇に興味があったのは……いや、演劇に興味があったというよりはすべての分野に興味があったことは今も含めて昔からのことである。趣味にしては多趣味で、飽きが来ることほど潜り込んでいないのも事実なのだが、幼馴染には度々将来のことも考えてどれかに絞ったほうが良いと言われる。しかし、どれかに絞ればそれは路傍の石と変わらないじゃないかと偏屈な意志を固めるばかりで、そのつもりはなかった。

 過去には万能の人(ウォモ・ウニヴェルサーレ)と呼ばれた偉人もいるのだ。

 ……話が逸れた。

 ともかく、巖裕次郎の作品を観るのは二度目で、彼の評価はよく「堅実な舞台を作り上げる」といわれるが、そんなことはないだろう。

 人は二度目の作品に、一度目以上の価値を求める。人が一度目以上の価値を表すと、三度目はさらにそれ以上の価値を求めてしまうのが世の常であろう。だからこそ、ただの「堅実」で語れるほど同じ舞台をしているわけではないのだ。「堅実」と評されるほど僅かな舞台の変化――それが役者であろうと、美術であろうと、セリフ一つであろうと、観客の間隙に印象付けるのだ。

 

ああ、父よ。あなたは何故死んだのだ

 

 主人公――若いマタギが慟哭する。

 父は死んだ。凶悪な雄熊に、無残に、空腹とは縁遠い状況でただ暴力的に貪られたのだ。食物連鎖など関係なく、銃を持った強者のマタギが殺されるシーンはあまりにも凄惨で息を呑む観客が多々。熊は照明を駆使した明かりで表現されていたが、あたかも質量を持っているかのような表現方法に感ぜられた。

 

おれはどうすればいい

 

 それはきっと、舞台スタッフの手際だけではない。演じていた父と、若いマタギの悲しみが演じ手のいない熊を具現化させたのだ。

 

復讐には興味がない。

 あなたはいつも言っていた。おれたちも喰らっている。だから、おれたちが喰らわれてもそれに文句は言えねえのさ、と

 

 清濁の差も知らぬ、山の中にて親子二人で暮らしてきた若いマタギは突然訪れた孤独に戸惑っている。

 

わからない。

 今はなにも考えたくない。

 ああ、父よ

 

 暗闇を見るその先には何を見ているのだろう。亡き父の幻影か、それとも靄掛かった明日の幻想か。

 

――おれはどうすればいい

 

 振動音と共に幕が下りていく。

 劇場の奥まで響いたその声は、次幕への期待を齎すには十分な演技だった。

 

「…………すごい」

 

 隣に座っていた彼女が呟いた。その膝には途中から寒そうにしていたため、貸した制服が乗っている。それを掴んで皺にしている表情は、たまに見る特有の雰囲気を纏っていた。

 

『――後編の開始は20分後になります。お手洗いは東口、南口から出てすぐの廊下にあります。また、出入り口付近には係員が常駐しておりますので何かございましたらお申しつけ下さい。

 後編の開始は……』

 

 こちらから話しかけることはせず、無機質な案内アナウンスを聞き流した。

 時間にして、数十秒も経っていない。このまま置いて外に喉の渇きでも潤そうかと考えていると、シャツの二の腕付近を引っ張られる。

 

「さっきの男の人、誰か知ってる? 若いマタギ役の人」

 

「……アラヤ」

 

 だったか。以前車の中で紹介されたことと、仏教観の一部と同じ名前で珍しい名前であったため憶えていた。

 そう、たしか、

 

「明神阿良也だ。

 この『劇団天球』の主力で、今回は主役をしているようだが端役まで上手(うわて)な演技をするらしい」

 

「明神阿良也……」

 

 反芻するように名前を言う。

 

「今の演技、すごかった。あんなに遠く離れてるのに、テレビの前で見てるような……違う、もっと近くで演じられてるくらいの迫力があった」

 

 純粋な演技力の高さもある。。360度カメラがない舞台では幼馴染にさえ匹敵するような臨場感があった。

 その種は――緩急だろう。

 感情の出すべき点を正しく理解している。

 まるで追体験したかのような、過去の出来事を投影している演技の仕方だ。

 ただ……。

 

「最後のところは――」

 

 前編の最後の慟哭は舞台が見えた。戻ってしまった、が的確か。

 親子で囲炉裏を囲う姿にはあばら屋が見えた。若いマタギが初めて狩猟を行うときは硝煙の匂いがした。初めて仕留めた獲物を捌くときは血飛沫が、食べるときには空腹の錯覚を感じた。しかし父を亡くしたときの悲しみと、何をすれば良いかという哀しみにはどうしてか作り物の演技しか見えなかった、匂わなかった、感じなかった。

 そういう演技法があるのは知っている。

 だからこそ――本当に体験したことと、雑具を編んで生み出したかのような創作が嫌に目立ってしまう。

 

「どうかした?」

 

 何かを言いかけようとして、口を閉じた俺に聞いていくる。

 

「いや、何でもない。それより、景はどうなんだ? 役者として参考になる点は」

 

 馬鹿正直にそんなことを言っても空気を悪くするだけだ。誤魔化しながら訪ねた。

 

「あれがどうやってやるのかわからなかったわ」

 

「目の前で、ってやつか?」

 

「うん。わかる?」

 

「さぁ、役者じゃないからな」

 

「そうよね……」

 

 うーん、と唸りながら顎に指を当てている。

 こいつはこいつできっと、面白い答えを出すに違いない。

 

「後編も観て、わからなかったらどうすれば良いのかしら」

 

「過去の作品がDVDで売られているようだから、それで勉強でもすれば良いんじゃないか? ちょうどロビーでアラヤファン向けのがまとめ売りされてたぞ」

 

「でもDVDだと今みたいな感覚にはならないと思うの。画面の中で見るあれはもうあれじゃないから」

 

「まあ、確かに…‥」

 

 リアルだからこそ生じる臨場感は、画面の中に嵌められると賞味期限が切れたかのように劣化する。画面の中から味わう臨場感は、初めからそれ用に調整されたものでなければならない。

 

「だからね」

 

 彼女は下がった幕を指さしながら言う。

 

「聞きに行こうと思うの」

 

「……」

 

「直接」

 

「……」

 

「あの人に」

 

 ……。

 

「今日じゃないと駄目なのか?」

 

「だって、今日感じたものを次に繰り越したら感覚が薄れるわ」

 

「次の仕事は『劇団天球(ここ)』なんだろう? それまでは自分で答えを探して、自分なりの目途を付けてからのほうが――」

 

「――今じゃないと駄目」

 

「そ、そうか」

 

 こうなれば梃でも動かないことに定評があるのがこいつだ。

 

「まあ、来期に出る演者として『挨拶に来た』とでも言えば会える可能性はあるが……」

 

 その場合スタッフ入り口から関係者用チケットを見せての挑戦になる。当然俺は関係ないのでお留守番だ。ジャージ女から『劇団天球』の仕事をすると聞かされたとき、事務所代表が前触れもなく持ってきてと言っていたので名前を出せば確立は高くなりそうだ。

 

「張り込みも辞さないわ」

 

「まるで過激なファンだな」

 

 次幕までの残り時間が半分を切った。一先ず話を終わり、俺たちは外のカフェでそれぞれ飲み物を飲んでから席に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 第九話「 演劇覘標 」

 

 

 

 

 

 

 




 更新が遅れてしまい申し訳ありません。
 世に感化されてナイーブになっていたとか、筆が進まなかったとか、書き物に飽きてしまったとかじゃなくてただシンプルに期末レポートに追われていました。しかも、今の時世全部オンライン授業なので毎年ペーパーテストの授業もレポートになるという地獄みたいな一か月でした。
 一先ず「銀河鉄道の夜」編の完結を目指して、不定期にはなりますが頑張ります。





 ――以下、純粋なるあとがき





 感想や個人メールも含め、原作の云々で「続きは大丈夫でしょうかー」とお声がけをいただきますが、正直全く問題ないです。物語はもちろんですが、熾天使チヨコエルと大怪獣ケイドンのカラー表紙が観れなくなると少し寂しいかなくらいです。
 個人的に登場人物が可愛すぎて毎回読むたびに心臓が痛かったのでむしろ良かったです。(まともに読んでた人ごめんなさい)

 これはもう原作止まってるところから、原作や二次小説を敬愛している者たちが続編を書くしかないぞ! 
 まさに二次小説の本懐を見せられるチャンスですぞ!

 でもアクタージュの二次小説難しいんだよなぁ……書くたびにそう思う。








原作登場人物の背景も少し増やしてほしい

  • 主人公が直接関わるようなら
  • できれば
  • 別に良いかなぁ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。