腕振って、飛車振って、   作:うさみん1121

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思っていたより最初の出だしが好評だったので、自信を持って続けようと思います。




第12話

将棋において実力とは相対的なものだ。

自分1人で指せるものではないので当然である。

では、一度負けたからといって自分がその人より絶対に弱いかと言ったらそんなことはない。

実際に次の日に指してみると勝敗は逆になってしまうというのはよくあることだし、もし一度の対局で全てが決まってしまったら将棋を指す意味などなくなってしまうだろう。

プロ棋士の場合、何度も、何年も、何十回も、同じ相手と闘うことになる。

なかなか星が取れない相性が悪い棋士がいたり、逆に相性が良いという棋士がいる。

そういうことを意識してはなかなか勝てない時もある。

将棋は人が指す競技だから、精神面が大きく影響を及ぼす時がある。

そういう精神的な面も見ながら、将棋を見てみるというのも面白いのかもしれない。

 

~ 著 生石龍華 「腕振って、飛車振って」 第一章 将棋の魅力、振り飛車の魅力 より一部抜粋 ~

 

その日の研修会の空気は地獄だった。いつもの空気とは打って変わって殺伐とした空気が会場を支配していた。どんなに鈍い人でも空気がピリピリしていると感じれるはずだ。

例えるならばその空気は人生を掛けた受験の会場。

 

まぁ、俺は中卒だし受験したことがないんだけどね。

 

その空気に弟子のあいは、完全に呑まれてしまっていた。

天衣の方はいつも通り、我関せずが、我が道を行くで集中力を高めている感じなんだけれど。

 

そしてその空気を作っているのは、最年長の桂香さんだった。

25歳という年齢制限が見えるこの年に、降級点が付いてしまっているという事実。

周り全てを射殺さんとする殺気に子供たちは脅えてしまっていた。

子供とは空気を読む生き物だ。大人の顔色を窺い、それを見て行動する。

この場でいう一番の大人である桂香さんが完全に場を支配していた。

そしてそのまま桂香さんがその日の研修会の場を支配していた。

 

その日の研修会の一試合目 天衣と桂香さんの対局は全員が度肝を抜かれた。

桂香さんが指した戦法はゴキゲン中飛車だった。居飛車党の桂香さんが指した飛車を振ったのにも驚きだったが、どこかで見たその攻め方でわずか46手という短手数で、研修会無敗だった天衣の成績に土を付けたのだ。

 

天衣のどこかでおごりがあったとかそういう風なことではなく、完全な力負け。

見ていた棋士全員が目を丸くしていただろう。

居飛車党の棋士が振り飛車をさして、居飛車よりはるかに力があるということを証明したのだ。

この事は衝撃的だった。

 

「あんたがゴキゲンの湯で振り飛車をならっている間、桂香さんも振り飛車を習ってたの。あの振り飛車女に。」

 

あまりの桂香さんの将棋の衝撃で声も出なくなっていた俺に一緒にいた姉弟子が声をかけてくる。

 

「師匠が気を利かせてね。あの女を桂香さんに紹介したの。」

 

それを聞いて合点がいった。どこかで見たことがあると感じた鋭い切れ味の捌きは姉弟子の言う振り飛車女ーー生石龍華玉座のものだったのだ。

大駒をぶつけ、囲いを崩し、取った金駒で攻めを継続させる。

ある種の理想のような振り飛車の姿は、龍華さんの使う捌きを彷彿とさせていた。

 

「…私がね。どれだけ桂香さんと将棋を指して、意見を交換して、真剣に向き合っても微々たる変化しかなかった将棋が、あの女が授けた振り飛車で劇的に強くなったの。」

 

悲しそうな表情で、寂しそうに話す姉弟子は、どこか目が虚ろのように見えた。

 

「私がどれだけ応援してようと、どれだけ桂香さんが報われることを願っていようと関係なく、あの女がちょっとアドバイスをするだけで、日ごとに棋力が上がっているのが分かるの。」

 

桂香さんの今までの棋風は居飛車の重厚な受け棋風。そして今指している将棋は、振り飛車の鋭い攻め棋風。正反対もいいところだ。

 

「もちろん、桂香さんが強くなることはうれしい。女流棋士になってほしいと思っている。だけど、今まで何千局も私と指した対局より、あの女と指した一回の対局が良かったのか思うと…」

 

姉弟子の言わんとすることは分かる。

消え入りそうな声でしゃべる姉弟子に、俺は何も声をかけることが出来なかった。

 

あまり時間が経たないうちに二局目となった。

桂香さんとあいの対局。

先手のあいは一呼吸着くと、指したのは、中飛車だった。

対して桂香さんが指したのは、四間飛車。

 

穴熊を目指すあいに対して、角道を開けて、囲いもそこそこに攻めの姿勢を見せる桂香さん。

穴熊の銀が、桂馬が、金が、無理やりはがされていく。

あいが合駒に銀を自陣に張り直したのを見て、桂香さんは飛車を成り、手番をあいに渡す。

 

「こう、こう、こう、こう、こうこうこうこうこうこうこうこうーーー」

 

いつもの頭を前後に揺らしながら考えるあいは、必死に無理攻めのような手を着手する。

だが、その見え方とは違って確実に桂香さんの囲いはボロボロになっていく。

 

「こんな、攻めが成立しているの?」

 

天衣の叫び声にも悲鳴にも聞こえる声が響く。

決まったかに思えたが、次の桂香さんが指した手で、また状況は一変した。

 

「ここで、龍を!」

 

桂香さんが自玉にくっつけるようにして引いた龍が絶妙だった。

玉の周りの二枚の金と龍が、あいの攻めの種を完全に切らした。

あいの玉は上に銀が一枚しかおらず、盤の隅っこに固まっていた。

桂香さんの持ち駒は桂馬が二枚、香車が一枚、金、銀、角。

玉が逃げ出すルートには馬が睨みを利かせ、それを交わしたとしても成算がなかった。

 

棋風も変わり、雰囲気が伴い、そこには必死にあがいていた桂香さんの姿はなかった。

どこからでも攻め立てる一瞬の隙も逃さないそれは、まるで居合の達人のような、全てをバッサリと切り捨てる。「捌きの女帝」を彷彿とさせる新しい捌きの使い手がそこにいた。

 

「なんや、いい感じに仕上がってるなぁ。」

 

後ろから聞こえた声にとっさに振り返る。桂香さんに武器を授けた振り飛車の化身がそこにいた。

 

「おお、クソガキ。この間の山刀伐八段との対局はよかったぞ。」

 

俺に話かける生石龍華玉座が顔に貼り付けている笑顔がとても恐ろしいものに見えた。

 

「今度の私と山刀伐八段の対局はよく見ておけ。」

 

今度の対局ーー竜王戦決勝トーナメント一組三位の山刀伐八段と二組優勝の生石龍華玉座の対局。

 

「今年こそ、竜王を取るのは私だ。」

 

去年俺は、この人から挑戦権を勝ち取った。

今年こそ、必ず奪い取る。その熱意が感じ取れた。

去り際の後ろ姿には、まるで鬼が宿っているような、圧倒的な強者の風格が漂っていた。


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