腕振って、飛車振って、   作:うさみん1121

14 / 15
第14話

才能だけでは勝ち上がれない。才能と努力の融合が必要なプロの世界。

昔からトッププロは居飛車が多く、振り飛車が掠め取るようにしてタイトルやA級の座にいることが多かった。

現在でも、トッププロの振り飛車党はタイトルホルダーに生石親娘が、A級棋士には父親の方しかいない。

ソフトが明確に振り飛車を評価せず、具体的な手順で振り飛車が追い込まれることが多くなった。

将棋界が始まって以来の振り飛車冬の時代といえる。

現在の若手棋士のほとんどが居飛車を指し、奨励会で振り飛車でやってきた経験のある一部がたまに奇襲戦法の一つ、研究外しとしてやるのがほとんどだ。

純粋振り飛車党なんて生石親娘、藤井九段、鈴木八段、菅田七段など、指折で数える程度しかいない。

今までは互角とされてきた形もソフトが具体的な手順で振り飛車側の不利を伝えてくる。

そのソフトの理解が広まり、振り飛車に対する研究がどこも厚くなっていき、今ではどこに振ろうとも具体的な対策があるのがほとんどだ。

しかし、依然としてアマ将棋界には振り飛車党のファンが根強い。

ファンの期待を一身に背負って、振り飛車党の棋士の奮闘にこれからも期待が集まることだろう。

 

~  文秋オンライン 「棋士の未来」 より 一部抜粋 ~

 

東京将棋会館の特別対局室

その日行われる対局は竜王戦決勝トーナメント一組二位対二組優勝

名人対玉座の対局が行われる。

 

対局者本人である私よりも、周りで対局を見守っている記者の方の方が朝からソワソワしていた。

その空気が私にまで移ったのか、対局開始前10分だというのに、いつものように集中ができていない。

いつもなら目を閉じて飛車を振る場所を考える時間だというのに、どうも思考がまとまらなかった。

 

「時間になりましたので名人の先手番で対局を始めてください」

 

記録係の声で意識が盤のうえに戻ってくる。

私が選んだ戦形はまたもゴキゲン中飛車だった。

囲いもそこそこに勢いよく銀を繰り出していく。

名人の方の陣形は完璧で、私の攻め、名人の受けという展開が続く

対局中でも、どこか頭が完全に集中している感じがしなかった。

 

膠着状態になった中盤に隙を出したのは私の方だった。

角を打たれる筋を見過ごした。

玉に引き付けるように引いた銀の効きがなくなったことで、角を打たれるスペースを作ってしまった。

それを皮切りに互角だった形勢は先手の方に傾いていった。

 

必死に自陣に駒を打ち付け延命をはかる。

だが、それは延命でしかなかった。

名人が歩を補充して、攻めるなら今しかなかった。

だが、受けるために打ち付けた駒のせいで、攻め駒が足りなくなっていた。

角も、銀も、桂も、攻めに回したらあっという間に受け無しになることは必至だった。

 

「負けました」

 

集中力を欠いた私のミスによる自滅。

電王戦から調子がよく、続いていた連勝も7でストップ

内容もボロボロ、自陣もボロボロ。

勝利のために注文した昼ご飯の鰻も無駄になった。

 

感想戦でもやはり、角を打たれる筋を作ったところが焦点になった。

あそこは銀を上がらずにじっと歩をつくのが最善のようだった。

もしくは七筋の歩を成りこんでも私有利の展開が多いようだった。

勝てる勝負を不意にした。

そのショックは大きく私は逃げるように将棋会館をあとにした。

 

ーーーーー

 

 

勝てば官軍、負ければ賊軍

その言葉が将棋界で一番似合うのは私だった。

 

「…くそ」

 

電気もつけない暗い部屋のなかで、吐息と一緒に悔しさと情けなさが一緒に漏れる。

 

将棋界というのは基本は男社会だ。

女流棋界もあるが、メインとなる棋界に女は私しか存在しないのだ。

将棋界で一番力があるのはスポンサーである新聞社だ。

ただ一人の女性棋士であるというだけで注目が集まるのだが、それだけではなくタイトルホルダーだ。

男社会で女が活躍するというのはそれだけで目立つ。

記者グループの人達も当然私をネタにするのも少なくない。

 

どれだけ活躍しても、どれだけ勝っても、どんな名局だったとしても

一度負ければ全てを失う。

 

「やっぱりまぐれだったんだ。」

 

「たまたま勝てて調子に乗ってたんだ。」

 

「女なんだからこんなもんだろ。」

 

「女が混ざって将棋を指したところで…」

 

「いいところまで行けて、浮かれてたんだろう」

 

こんな陰口は日常茶飯事だ。

私が注目される理由は女だから。私が負けた理由は女だから。

そういう風に勝手に書かれ、女ながらに大健闘!などと見出しにされる。

タイトルに挑戦してもそうだ。タイトルを獲得しても変わらなかった。

世界が変わっていくなか、将棋界の中にある古い文化は変わらなかった。

 

女が将棋を指す。

 

その事を毛嫌いする人も将棋界のなかには存在する。女だけの将棋の世界を用意したんだからそっちでやっていろという空気を肌で感じるときもある。

新聞記者の中には、元奨励会員だという人も、将棋界のことをろくに知らない人間も混在している。

将棋の内容は棋士に任せて、そうじゃない記事にぼろくそ書かれるなんて負けたら当たり前だ。

元奨励会員の記者はプロになれなかった嫉妬が籠った記事を書く。

そうじゃない記者は記事を売るために私のことを叩く。

 

どんな視点から見ても私は異物だった。

 

だから勝つ必要があった。

だから勝ち続ける必要があった。

女性だからと言って省こうとしてくる世界を変える必要があった。

これから入ってくるであろう私の後輩のために、私が踏ん張り続ける必要があった。

 

目に滴る熱いものが今日の勝負のものなのか、世界に対するものなのか。

負けるたびに分からなくなる。

もしかしたら、自分の性別に向けられているのかもしれなかった。




表現って難しいね…
伝えたいことが上手く伝えられない事実がもどかしく思う今日のこのごろ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。