新玉座誕生(新しい道を切り開くもの)
あの名人が玉座のタイトルを手放した。平成の絶対王者として平成将棋界に君臨し続ける名人からタイトルを奪う。この事がどれだけ厳しいことか簡単に分かる。彼からタイトルを奪った人間は例外なく歴史に名を遺す大棋士になる。平成のA級棋士は例外なく、彼からタイトルを奪った経歴があるものが並ぶ。特に名人戦の後の棋帝、帝位、玉座の三つは難関でどれも10連覇記録を持ってる名人こそが初夏から秋のタイトル戦の主役であることは疑いようがない。彼からタイトルを奪うということはそれだけで重い意味を持つ。これからの10年、20年の将棋界の中心に躍り出たと言っても過言ではないのである。
将棋界初の女性棋士にして、現役タイトルホルダーの娘。それだけで話題に事欠かないが、将棋の内容を見てもファンを夢中にさせる魅力的な棋士だ。父親譲りの華麗な捌きと父親よりもねちっこい差し回し。棋譜を見返してみても、これぞ現代振り飛車という攻めの形と昭和を匂わせる重厚な金の活用。江戸時代において将棋の棋譜は将軍に捧げる美術品という役割もあったが、彼女の棋譜にはある種の完成させられた美しさを感じる。それなのに棋譜を年単位で並べなおすと成長を感じられるのだからたまらない。
私はもう一棋士である前に彼女の将棋のファンなのである。彼女と当たらずに引退してしまった事が棋士人生の心残りである。
これからの将棋界の発展のために、彼女の後に続く女性が現れることを願うばかりである。
~ 月刊 将棋世界12月号 コラム 新時代の棋士 (青田九段) より一部抜粋 ~
私、生石龍華は今人生で一番緊張している。タイトル戦よりも緊張している。
「皆様、おはようございます。本日は石川県七尾市旅館鶴雛で行われています、竜王戦七番勝負第七局二日目の様子を終局まで完全生中継でお送りいたします。」
そう、ニコ生なのだ。
「本日の聞き手は私、鹿路庭珠代。解説はニコ生初登場になります、生石龍華玉座です。」
「生石龍華です。よろしくお願いします。」
初めてのニコ生解説である。
「先生は普段ニコ生をご覧になられますか?」
「そうですね。よく無責任なコメントして楽しんでます。」
見ているだけなら無責任でいいのだが、今日は解説である。
「今日は解説なので無責任な解説は控えてくださいね?」
「わかっています。」
釘をさされてしまった。まぁ初めてだし、リードしてもらおう。同い年だけど。
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「挑戦者は九頭竜八一七段です。先生、九頭竜先生の印象についてお願いします。」
「そうですね。居飛車党でバランスを重視して指す棋風ですね。ろくに飛車も振れないくせに小学生のころから棋士室で挑んできて返り討ちにしていた思い出があります。」
『さすが過激派』『一番飛車を振る女!』『振り飛車万歳!』『もっと飛車振れ』
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「ここで視聴者からの生石玉座に質問のお便りのコーナーです。」
Q プロ棋士は高卒というのも珍しくないのにどうして東京の短大に進学したんですか?
A 女子大生というのをやってみたかったが、4年も時間を使う気になれなかったから短大に進学した。東京に進学したのは、関東の研究も自分の将棋に取り入れたいと思ったから。あと一人暮らしをしてみたかったから。
Q 聞き手の鹿路庭先生とは同い年ですが、交流とかありますか?初対面の印象とか教えてください。
A 今のところは特にあるわけではない。初対面の時はしっかりした印象で、飛車を振っているのでいい人。
Q 来年の目標は?
A タイトルの防衛とタイトルの挑戦権を手に入れること。
Q 将棋が強くなる秘訣ってなんですか?
A 飛車を振れ
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私ー鹿路庭珠代にとって生石龍華玉座とは、妬みの象徴であり、羨望の対象だった。
そりゃあそうだろう。持っているものが違い過ぎる。
思わず、「ずるい!」って叫んでしまいたくなるくらいに。
同い年で、こっちが女流棋士になろうとあがいているときにすんなりとプロ棋士になってしまったのだ。
なんのために将棋を指しているのか分からなくなってしまいそうだ。
タイトルホルダーの娘だから。小さい時から英才教育を受けていたから。
周りにいた女流棋士や、女流棋士を目指している女の子全員が彼女のことを頭から追いやった。
そんな空気が嫌いだった。
お前ら、悔しくないのかよ。あんな風に自分も輝きたくないのかよ。
そんな思いがあったから勝手にライバル意識を持っていた。
「女性なのに将棋が強くてすごいです。女性なのにどうしたらそんなに強くなれるのでしょうか?とありますが…」
この質問を聞いた時に彼女の雰囲気が変わった。
「まるで、女性なのに強いみたいな言い方が引っかかりますね。」
そう言って彼女は一瞬運営の方に睨むように視線を送った。
その時は意味が分からなかったが、休憩の時に話を聞いてはっとした。
「女性だから強いだとか、女性なのに強いだとか、それって将棋に対する根本的な侮辱だと思うんですよ。将棋の勝敗が性別で決まるっていうなら、それは全ての女性に対する偏見だし冒涜なんです。」
彼女のその主張に胸をうたれた。
自分も心のどこかで男性には勝てないもの。負けて当然だと思っていたからだ。
でも彼女は違うのだ。どこまでも真摯に将棋というものに向き合っているのだ。
「わたしとVSをしてくれませんか?」
意識をする前に出たその一言に彼女はとまどったような表情を見せたが、すぐに了解の意を返してくれる。
私じゃ彼女のライバルになる事は出来ないけど、彼女の将棋に影響を与える人になりたい。そう思ったから。
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お昼休憩に鹿路庭さんからVSのお話をいただいた。めっちゃうれしい。
別に友達がいないわけではないが、年が近い女流棋士には嫌厭されているのかなかなか仲の良い子がいなかったからね。
局面は終盤に突入している。形勢はどうにも九頭竜優勢というか勝勢に近い。
「生石先生、形勢は九頭竜先生が良いと思われますが、だいぶ苦しそうな顔をしていますね?」
そうなのだ。今までに見たことのないくらいに顔をゆがめている。それどころか顔色すら悪いようにも見えるのだ。
「多分局面じゃなくて、心と体がついてきてないんじゃないでしょうか?」
「と、言いますと?」
「タイトルが目の前にぶら下がっているって状況と勝てるって感じている将棋指しの本能が、今の自分の精神に負担をかけているんだと思います。」
タイトル戦特有のあのプレッシャーのなかに立つものだけしかわからないものがある。
俗にいう雰囲気に呑まれるというやつだ。
「竜王や名人はこの雰囲気を作るのが得意ですからね。初挑戦だとこの雰囲気に呑まれ大悪手を指して形成逆転なんてこともよくあります。」
実際にそうやって初挑戦でタイトル獲得のチャンスを失っていく棋士は多くいる。
熟練の猛者である竜王もその貫禄で新人を押しつぶしてきた回数は計り知れない。
しばらくしてトイレに立った九頭竜だったが、戻った時には先ほどまであった悲壮感はなくなっていた。
その顔を見て私が九頭竜の勝利を確信した数分後
「負けました。」
竜王が頭を下げ、シリーズ4勝3敗で九頭竜の竜王奪取が決まったのだ。
ニコ生文字化って大変ですね…