未知の闇が広がる宇宙に、飛び込んでいった、電脳と切り合いし、侍たち。
あるものは信用を失い、絶望し、またあるものは、栄冠を手にした。
長く続いたコンピュータと人類の戦いもいよいよ最終ラウンドへ
「もうそろそろ、コンピュータソフトと人類との闘争に終止符を打つべき時なのではないかと」By日本将棋連盟会長 月光聖市九段
「日々成長を続けるコンピュータにはもう経験ですら敵わない。それにいかに食いついていけるかどうか。っていうところですね。」By名人
ついに人類と電脳の最終決戦の幕が上がる。
数々のソフトを粉砕し続けた電脳たちの頂点ーー電王、PNZA
対するは人類最高の賢者の座についたーー賢王、生石龍華
史上初の女性棋士にして、史上初の女性タイトルホルダー。
「話題性という意味でももちろんですけど、実力も疑う人がいない。まさに人類の代表にふさわしい人が選ばれたのではないかと思います。」By日本将棋連盟会長 月光聖市九段
「生粋の振り飛車党で、AIが入ってから流行り出したスピード感あるバランス将棋と昭和のような重厚感がある将棋の融合が出来ている唯一人の棋士と言っても過言ではないのか思います。」By名人
「間違いなく今、最強の棋士の1人です。」By名人
早く、軽く、重く、硬く、
見るものを魅了する「捌きの女帝」に人類の希望は託された。
「俺の娘が飛車を振る価値もわからねぇものなんかに負けるわけ無いだろ?」By生石充玉将
電王戦三番勝負 電王PNZA VS 賢王 生石龍華
将棋の未来から目を逸らすな
~ 電王戦ファイナルPV 電王PNZA VS 賢王 生石龍華 (ニコ生)より ~
将棋ソフトが人類を超えたと証明するためのプロ棋士の公開処刑場
残念ながら今年の賢王に選ばれてしまった私はその公開処刑場に行かなくてはならない。だが、ただで首をやるわけにはいかない。コンピュータ将棋の全てをひっくり返すつもりで準備をするのは当然の事だった。必然的に主催者から渡されたソフトで研究を深めることになった。
それが今年の一月の末。人間の考える範疇を超えた変態的な差し回しをするソフトに刺激を受け、私の研究欲はさらに高まっていた。
人間には無い演算能力と効率のみを重視する人間味の無い指し手に違和感を覚える一方で、これを見て研究を重ねる棋士たちがどのように手を加えてくるのか。
自分の手の中にまだ見ぬ将棋の可能性があると思うと、まだ見ぬ未知の領域への思いが、新しい将棋に対する期待感が、自分の将棋の研究を一層深めている事実に興奮が止まらなかった。
短大も卒業が決まり、4月から所属自体は関西になっていたが、この電王戦が終わるまでは関東の家に引きこもって対局のない時はソフトの研究に励んでいた。
自分の将棋の引き出しが増えていく感覚に昼も夜も忘れて打ち込んだ。
例えこの勝負の結果、自分が世間にどのような評価をされようとも自分の将棋は進化する。
その確信が、私の研究をより一層深くしていったのであった。
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今日は銭湯も道場も閉めて、お父さんと一緒にお姉ちゃんの対局を見守っていました。
今日の対局は電王戦三番勝負第二局の対局でした。
前局、先手番だったお姉ちゃんは惜しくも敗れました。接戦で、手に汗握る熱い対局でした。この対局でお姉ちゃんの出した新手がプロの間で注目されていて、お父さんも「ゴキゲン中飛車の可能性を広げた一手」って将棋世界のインタビューに答えていました。
小さいころから私のヒーローだったお姉ちゃんは今でもまだ私の憧れだということを再認識しました。
今日の対局は後手番だから前よりも不利だろうとネットでは言われていますが、お姉ちゃんがそんなことで諦めるわけがないので、どんな結果になろうと最後まで応援しようと決めていました。
そう思っていましたが、対局は思わぬ展開になりました。
ニコ生のアンケートでもお姉ちゃんの選ぶ戦法はどこの筋に飛車を振るのかというものでしたが、お姉ちゃんが指したのは袖飛車でした。
後手番のお姉ちゃんが飛車を七筋に振った時に誰もが意表をつかれたと思います。下手をしたらコンピュータさえも。
そのまま右玉にして玉を囲い、攻めてきた相手に対して軽快に飛車を捌いたかと思ったら千日手にしてしまったのだ。
今回のルールでは、持ち時間三時間、千日手指し直しの場合は一時間の休憩の後、持ち時間そのままで先後を入れ替えて指し直し。ただし、どちらかが持ち時間が一時間を切っていた場合一時間になるように持ち時間を足し、同じ時間をもう一方にも足すというルールだ。
先手を取ったお姉ちゃんがとった戦法は四間飛車だった。
勘違いされがちだが、お姉ちゃんはゴキゲン中飛車よりも角交換四間飛車や、藤井システムの方が勝率が高い。十五世名人の棋譜とお父さんの棋譜で勉強したお姉ちゃんの四間飛車の切れ味は天下一品だ。
絶対にお姉ちゃんが勝つ。そう思って見ていたら今度はコンピュータの方が一枚上手でした。
優位にたったお姉ちゃんから逃げ出そうとした玉は入玉し、形成が逆転。
結局優位にたった状態から相入玉による持将棋になった。
持将棋になった場合も千日手と同じルールが適用される。
持将棋になった時のお姉ちゃんの顔は悔しそうに歪んでいた。
それより重大な問題があった。持ち時間である。
お姉ちゃんはもう時間を使い切っていて次の対局に一時間しかないのに対してコンピュータの持ち時間は三時間三十七分。もとの持ち時間を超えてしまっているのだ。
それに加えてお姉ちゃんの疲労のたまり方は尋常ではない。
当たり前だ。後がないというプレッシャーのなかで、なんとかつかみ取った先手番での持将棋。
脳のエネルギー切れだけではなく、精神的に折れてもおかしくないはずなのだ。
そして三局目。
お姉ちゃんは中飛車だった。この将棋でも千日手含みの手を行い、千日手を拒否したコンピュータの隙をついて、お姉ちゃんペースで進んでいるように思われた。
お姉ちゃんが詰めろを掛けた瞬間は日本中がお姉ちゃんの勝利を確信したはずだった。
詰めろ逃れの詰めろ。
詰めろから逃れるために相手に詰めろを掛けるこの方法でお姉ちゃんは合駒を間違えた。
これによりソフトの玉は詰まなくなり、お姉ちゃんの敗北が、人類の敗北が決まった。
その後インタビューでは、お姉ちゃんは自分のその手を悔やんでおり、目には涙が浮かんでいて、どうにも会見になりそうではなかった。
中継が終わり、お父さんが何も言わずに道場を出て行った後も、私は衝撃で立つことが出来なかった。
私の中で将棋を指したい思いが抑えられなくなっていた。
才能がないことは自分でもわかっている。
それでもこんな将棋を指したいと思わずにはいられないほどの熱い将棋だった。
いつかわたしもこんな風にと思わないではいられない。
~ 生石飛鳥の日記 ~
一応解説。
袖飛車とは飛車を玉側に一筋分だけ振る戦法で、居飛車に分類される戦法です。
居飛車なのに飛車を振っている戦法なのでどこかで出したいと思ってました。
最後の飛鳥ちゃんの日記で文末がバラバラなのはそっちの方が日記ぽくていいかなって思ってわざとそうしました。
興奮して日記を書くと、ですます、とか、言い切りがごっちゃになる方がリアルな感じがあるなと思いまして、、、