攻めは鋭く、守りは固く、自陣の駒に乱れ無し
ある棋士が公共放送杯の対局者の印象でふざけて言ったこの一言はあまりにも有名だ。
この言葉ほど彼女の将棋を表現するのにふさわしい言葉はないのと同時に、この言葉は将棋の理想形の話をしているようにも聞こえる。
AIの登場により、時代の流れが速くなった将棋界において理想形を維持しながら戦える棋士というのは存在しない。だから彼女が先日の電王戦で負けたことに予想通りだと多くの棋士は表面上思ったが、心のどこかで彼女が勝つことを期待したのではないだろうか。
自分達が指したくても指せない将棋を指し、遺したいと願ってしまう棋譜を残す彼女に、期待をしていなかった棋士はいないだろう。
玉座のタイトルを奪取し、毎朝杯優勝。今年度の優秀棋士賞、特別賞、勝率一位賞、名局賞、実力性第四代名人特別賞と将棋大賞を総なめにした彼女の実力は疑う余地もない。
かつてはコンピューターが人間に将棋が勝つ時代なんて想像もできなかった。こんなにも変わってしまった時代のなかで、まるで理想のような将棋を指す彼女のことを羨まない棋士はいないだろう。
~ 毎朝新聞 将棋コラム 「変わる時代」 より一部抜粋 ~
春先は本来棋士にとってはシーズンオフになっているケースが多い。
名人戦の番勝負中で順位戦が動き出すのは例年六月からだ。
まぁ私は今回電王戦でそんな余裕なんてなかったんだけれど。
今日は関西に戻ってきて初めてのVSの日だった。
研究会やVSをやっていてこの棋士伸びないなとか、もう落ち目だなと思う瞬間がある。
それは序盤で作戦負けをしたら、粘らずすぐに投げてしまう棋士だ。
練習で粘ることが出来ないやつが本番で粘れるわけがない。
普段から苦しみの中でもがいてないと勝つことは出来ない。
普段から楽なことを選んでいる人間が、本番になったら都合よく苦しい道を選ぶことなんて出来るわけがない。絶対に楽になれるものを選んでしまう。
そういう人間は奨励会でも山ほど見てきているはずなのに、それでも楽な方へ流れて行く人間が多い。
そういう点で、今日のVSの相手は心配のない相手だった。
清滝鋼介九段
A級在位6期 名人挑戦二回を誇る関西の大御所
問題行動などで変人が多い将棋界の中でも変人扱いをされることが多いが、将棋に対する情熱はプロの中でも指折りだ。昨年順位戦降級になり、私と入れ替わる形でB級二組に落ちてしまったが、いまでも名人位に対する夢を持ち続けている。A級在位はさほど長くはないが、B級一組在位は24期。鬼の住処で自分の武器を研ぎ、大事なところでは存在感を増し、他を圧倒するプレッシャーを放つ昭和の伝統を継ぐ棋士である。
VSをする場所は清滝先生がやっている将棋教室の一室。
先生の得意戦法は矢倉。
居飛車の基本的な戦形で、自身の得意とする粘り強さを一番発揮できる形だ。
今でも鋼鉄流とも言われる矢倉新手を披露する。
自身の力でその戦法を進化させようとしているのだ。
齢を重ねてもまだ消えない将棋への情熱。
プロになっただけの若手よりも感じるその熱に私は敬意を払っている。
昼過ぎから始まってだいたい四時間ほどの時間だった。
ある種対局よりも濃密な時間を過ごし、そろそろ解散かというところで、先生の空気が変わった。
VSが終わったあとの和やかな空気とは打って変わって、公式戦のような空気だ。
「龍華ちゃんにお願いがあるんや」
そう切り出して頼み込んできたのは娘さんの相談だった。
なんでも研修会で降級点がついてしまい、どうにかアドバイスをもらえないかということらしかった。
清滝先生の娘さんは何度か会ったことがあり、礼儀正しく優しいお姉さんというイメージがあった。
彼女が女流棋士になろうともがいているのは有名な話だ。
あと一勝というところで躓いてからなかなか上がれないというのは人伝手からよく聞く。
年齢もそろそろリミットが近づいていて本人も焦っているのだろう。
正直受けてもプラスになる話ではない。
だからと言って大人の男が30も年下の女に娘のために下げた頭を踏みにじるほど私は腐ってはいない。
「今度ご飯でもおごってくださいよ。なんなら娘さんの手作りのやつでいいんで」
そう言って感謝して頭を下げ続ける先生を後目にその日は解散になった。
父親のやっている銭湯兼将棋道場に戻ると将棋界の象徴たる竜王の叫び声が入り口まで聞こえた。
「オールラウンダーに俺はなる」
あのクソガキ、人の家で何騒いでるんや?
実はこんなに読まれるなんておもってなかったりするので読んでくれてものすごくうれしかったりする。
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