彼女の人間としてすごい点を上げるのならば、人を引き付ける力である。
自身の努力によって周りを引き付けるその姿は、さながら漫画の主人公のように思う。
もちろん自身の努力だけではなく、結果がついてきているからではあるが、どこのスポコン漫画の主人公だよと言いたくなる。
彼女の大きさが彼女の将棋の魅力に反映されているのは間違いない。
~ 将棋世界 コラム 「私から見たあなた」 鹿路庭女流二段 より一部抜粋 ~
弱気になっていると自分の嫌いな所が山のように見えてくる。
そこだけに目がいってさらに自分が嫌いになる。
本当に自分の弱い心が嫌いだ。
弱い心を受け入れてる自分がいる事がもっと嫌いだ。
そして、他人の才能を羨んで、一度自分から目を背けてた事実があることが自分を嫌いになった最大の理由だ。
今、私ーーー清滝桂香は将棋から目を逸らした理由である生石龍華玉座が盤を挟んで向かい側にいる。
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自分の事を卑怯だと自分自身で罵りながらも銀子ちゃんに土下座をし、研究を一緒にやってもらうことになったのが三日前。
今日も家事を終えてから研究をするつもりだった。
朝ごはんを食べている時に父から急に切り出されたのだ。
「今日、龍華ちゃんに来てもらうことになってるから昼飯を頼む。」
師匠のVSだったら、出前でも頼めばいいじゃないか。
思ったことが口から出そうになったが、その前に師匠が言葉を重ねるように続けた。
「こないだのVSで桂香の事を相談してな、指導を頼んだんや。」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
現役のタイトルホルダーに女流棋士になるためにあがいている研修会の生徒の指導を頼む?
普通はありえない事だ。
「報酬は手料理でいいそうだから、よろしく頼むわ。」
まるでいたずらが成功したような笑顔で父は笑っていた。
私の隣にいる銀子ちゃんは目を丸くしている。
私も私でパニックになっていた。
中飛車になったらどう受けるのか。四間飛車は?三間飛車は?
もうわたしの小さい脳では将棋のことだけで精一杯になってしまったのだ。
そして、その後に緊張が襲ってきた。
彼女は昔からすごかった。
八一君や銀子ちゃんをジェット機で例えたけれど、彼女はもうそういう次元ではないのだ。
私が無人島で孤立していることに気づいた時にはもうこの島にはいなかったのだから。
彼女のことは他のどの棋士の棋譜よりもチェックしていた。
最初のころは同じ棋士の娘というのもあり、どの棋士よりも応援していた。
私が高校の同窓会に行く気が起きなくなってきたころには、彼女の話を聞くのも嫌になっていた。
あの棋戦でも、この棋戦でも、女性が1人しかいない世界で奮闘している姿は私の心を焼いていた。
どこでこんなに差がでるのだろう。
同じ棋士の娘なのに、才能の差が、努力の差が、将棋に向き合った時間の差が、
私に彼女のことを知ることを拒否させていった。
彼女の話題が出ている記事は読めなかった。
研修会で話題になっても、苦笑いしているだけで、何も言えない、話せない。
向こうも私に気を使ってなのかだんだんと私の前ではそういう話をすることがなくなった。
どんなに心が拒否しても、棋譜のチェックだけは続けていた。
斬新な発想による新戦法、新戦形。
どんな筋にも振れる柔軟さ。
そして何より、棋譜を見るだけでわかる努力の量。
そして何より、彼女を見ていると持てる時間を全て将棋に注いでも努力が足りないのではないかと思わされる。
自分の持てる時間を全て将棋に費やしているのに、これ以上何を削ればいいのかわからないくらい削っているのに、足りないならばどうすればいいのか。
くだらない劣等感に支配され、いつもより薄暗く感じる和室で、気が付いたら彼女と盤を挟んでいた。
「まぁ、そんなにかしこまらないで。一局指さんと分からないこともあるから。」
そう言ってほほ笑む彼女にすら嫉妬を覚える。
将棋盤の前に座ると彼女のプレッシャーを感じる。
まるで全てを焼き尽くす太陽のような威圧感。
「「よろしくお願いします。」」
彼女が飛車を振ったのは五筋。中飛車だ。
対する私は矢倉に構えた後に穴熊にも構えなおせる形に整える。
勝負はあっという間についた。
私の穴熊はボロボロにされた。
角を犠牲に風穴を開けられ、塞ぐ前に銀を取られ、あっという間に詰まされる。
感想も何もない、ただの実力の差がそこに横たわっていただけだ。
「ここをこう指してたら、どうしてた?」
私が何も言えず黙っていると、向こうから将棋の話を振ってきてくれる。
「ここは、当たりが強いと思ったので、こっちに回って…」
気が付くと感想戦が止まらなくなっていった。
自陣に打った銀を攻めに使うとどうなるのか。
桂馬の跳ねるタイミング。香車を打たれた場合に用意してた受け方。
考えていたことと言われることの一致は多かった。
気が付いたら、太陽がだいぶ西に傾いていた。
「基礎の読む力は女流棋士にも通用するでしょう。ただ、戦法と棋風があっていない。」
いつの間にか横に来ていた師匠の方を向きながら、彼女は続けた。
「受けを意識しすぎているように感じますね。本来は攻める形の方が得意そうです。本人の頭に多くパターンとしてイメージ記憶されていると感想戦でも感じられました。今の受けの棋風より、攻めの棋風に変えたらすぐに女流棋士にはなれると思います。」
その言葉を聞いて、私の頭は真っ白になった。
なんとも言えない感情が押し上げてきた。
そんな私の目を見て、彼女はこう切り出してきた。
「桂香さん、飛車を振ってみる気はない?」
私は何も考えずに首を縦に振った。
女流棋士になれるなら、なんだってする。
そんな覚悟はもうとうの昔に出来ていた。
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また、明日来る。
そういう約束をして彼女は帰っていった。
そのころにはもう、私の頭を占めていた劣等感やら嫉妬やら
原動力になっていた仄暗い感情が消えていることに気づいた。
見えていなかった道が今ははっきりと見えているから。
自分の実力の無さを痛感しました…
もっとうまく表現できるようになりたい…