友人がVtuberやってるって言いたい   作:未来へと繋ぐ楔の筆

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いっつも喧嘩してる気がする


ASMRの話

 ASMRというものがある。AutonomousSensoryMeridianResponse……ま簡単に言うと聞いて気持ちいい音、あるいはその感覚を指す言葉だ。バイノーラルマイクで録音する事が多いためか、バイノーラル録音のことをASMRと言うケースが散見されるが、マイクを使う事が全て歌唱、というわけではない様に、バイノーラル録音をしたからと言ってASMRにはならない……というのがオタクの心情である。

 加えて言うと、出力側……イヤホンやヘッドフォンもバイノーラル録音対応でないと質が落ちる、という話も。

 

 そんなASMR。触れる、ひっかく、叩く、撫でる等から、雨の音や風の音、雷、虫、鳥といった環境音まで広くを扱うジャンルであるが、大きく分けると二つの括りができる。

 即ち、声入り(囁き)か声無し(No talking)か、だ。

 

 初めに私の好みを言っておくと、私はNo talkingをよく聞く。眠る時、作業をする時。声が入っていると集中を阻害されるというか、その程度で乱れるほど集中力は低くないが、聞きたいか聞きたくないかで言えば聞きたくない。声のない音だけの空間が耳に心地いいと、そう思っている。

 ただこれはどっちが素晴らしいか、という話ではなく、私が好きか苦手かの話。

 

 そう、だから、あくまで。

 あくまで今からされることそのものが嫌ってわけじゃない、という事だけは明記しておきたい。

 そのものが嫌ってわけじゃないだけで、される事は嫌なんだということも明記しておきたい!

 

 

 ●

 

 

「ねぇ青眼鏡」

「なんだねリンリン」

「マイクになってくれない?」

「?」

 

 一瞬、言われた意味がわからなかった。すわ猟奇的な発想が一瞬頭に浮かぶが、リンリンに限ってそれはないだろうから首とマラカスを振って脳裏から追い出す。

 さて、マイク。マイクになれと。

 ……は?

 

「ASMRって知ってる?」

「ああ。そういうことか」

「ん。ダミーヘッドって言うのは流石に買えなかったし、他のマイクもちょっと高すぎて手が出せなくて」

「あーねー」

 

 100万300万とするマイクなんか高校生が手に出来るものではない。たとえどれほど収入が入ってきていても、だ。190万人のファンを擁するリンリンはしかし、金銭感覚はまだ高校生のままだから。あるいはDIVA Li VIVAのスタジオならそういう設備があるのかもしれないけど、ASMRの収録というのはあんまり人前で見せたいものじゃないだろうし。

 うん、それなら協力しよう、と。

 

 ……私、いるか?

 

「これ、耳の後ろのとこにつけて」

「ほー。なるほど?」

「私のいつも使っているゲーミングチェアこと社長椅子に座って」

「そんな名前だったんだ……」

「私は喋るけど、青眼鏡は喋らないでね。呼吸くらいはいいけど」

「呼吸を許されなかった場合が考えられるの怖くない?」

 

 あれよあれよの間に背もたれの頭部が外された椅子に座らされ、その平らになったところに首をコテンと預けさせられ、腕を肘置きに、足を椅子の脚に縛り付けられ──。

 

「え、そこまでする必要ある?」

「念のため、だよ」

「何の懸念があるというんだ」

「寝言さえ言わなければ寝ちゃってもいいからね。今から二時間」

「なっが」

「寝言言いそうになったらガムテープで口塞ぐね」

「こっわ」

 

 ということで、と。

 配信が始まった。

 

 え、生放送なの? 

 

 

 ●

 

 

 初めに、指が来た。

 たたたん、と。たたたん、たたたん、たたたん、と。

 

 髪を上から、指で軽く叩く。Head spa、あるいはScalp Massageと呼ばれるそれと、Tappingの合わせ。どっちも好きだし、髪の毛の上からTappingするのは評価点が高い。ダミーヘッドへのマッサージだとプラスチック感が否めないし、理髪トレーニング用のダミーヘッドの髪の毛はどこかゴワゴワしていて、梳いてもザラザラとしたノイズが激しくなってしまいがちだ。人間の頭皮だからこその衝撃と音の吸収性、というものがある。これは高評価。マイクが私じゃなければ。

 たたたん、たたたん、たたたん、とリズミカルに叩かれていく頭は、しかしどこか気持ちがいい。頭皮の血行がよくなる。

 うーむ。

 気持ちいい。

 

「みんな、こんばんわー」

 

 いつもの元気な声から囁き声にシフトチェンジしたリンリンのそれが、私の耳朶を打つ。いや正確に言えば打たれているのは耳裏につけられたマイクなんだろうけど。どっちでもいいか。

 ……しかし、こそばゆい。配信者としてでも、友達としてでもないリンリンの声。何の変換もされていないそれが、私の間近で放たれて、しかし行先は私ではないという不思議な感覚。

 

 次に、さらに指が来た。

 でも今度は叩くんじゃなくて、髪の間に指が入りこんで、それを梳いていく。指の腹が毛根に、頭皮に触れて、そのまま外側へ出て行く。一応自慢にはなるけど、私は癖毛ゼロの超ストレートなので、リンリンの指がどこかに引っかかるという事はない。こちらも痛みを感じることなく、指が髪を泳いでいく。

 掬っては返され、掬っては返され。

 いや、んん……っと。髪の毛を触られるのは別に良いし、私もよくリンリンの髪の毛弄るから何にも文句は無いんだけど、髪の毛を持ったまま耳に近づかれて囁かれたり息を当てられるとその……頭皮に息が吹きかかると言いますか。

 なんだろう、この感覚。言い表しづらいんだけど、ホラ、脇って普通隠すじゃん。夏の陽キャ女子なら出すかもしれないけど、本来隠す場所じゃん。人体的に関節っていう急所だし、汗をかく場所だし、ムダ毛あったら嫌だし。

 それを、隠しているそれを無理矢理開かれて、息を吹きかけられている、みたいな……。言葉にしづらい。人に見られて然るべきではない場所を、友達に見られている、という感覚が……総毛立つ、というか。

 

「気持ちいい? ……よかったぁ」

 

 あんまり、喋るASMRが好きじゃない。

 けどVtuberというコンテンツには結構噛み合ったジャンルであるのは間違いない。行動や企画が面白いVtuberが沢山いて、その中でも男女問わずのイケボが人気を博すものである。かっこいい、かわいい、聞き心地の良い声。Vtuberは映像と音の両方で楽しませるコンテンツだから、出力の半分である声を武器にするのはなんらおかしなことではなく、リスナーがそれを求めるのも同じく当たり前なのだろう。声目当てじゃない、って人が普通じゃないって話じゃないからね?

 そういう文化のあるVtuberが、声を聴かせるための配信をする。バイノーラル録音機器で、気持ちのいい音と共に、聞き心地の良い声を聴かせる。

 需要と供給を満たしたジャンルであると、そう思う。

 

「ふぅーっ。……どう? 私の位置、わかる?」

 

 だから本当に単純に、私が苦手なだけ。

 さっきから耳を吹かれるたびに、喋られるたびにゾゾゾっと毛が逆立っているが、必死の思いで声を抑える。意識していないとヘンな声になりそうだし。また幽霊か、とか言われてしまう。

 そういえばこの間のゾンビゲームの動画、いつ上がるんだろ。結構経ったけど。

 

 リンリンの指が後頭部を通り──うなじへと差し掛かる。

 顎二腹筋の辺りに薬指が、環椎の辺りに中指が置かれ、両の人差し指と親指が首のマッサージを始めた。生え際のザラザラした音が、静かな部屋に響く。ちょっと恥ずかしい。

 親指をそのままに手のひら全体が顎を伝って首前部へと到達し、そこをさらりさらり、さわさわと指が通り抜ける。恥ずかしいのもあるけどかなりくすぐったい。

 

「どうかな、今首元触ってるんだけど……伝わってる? ……ちぇ、やっぱりだめかぁ」

 

 私の鎖骨付近を触りながら、リンリンは少しだけ悲しそうな声を出した。

 まだ、バイノーラル録音の技術として、耳より前の音、というのはあんまり拾えない。良いマイクでいいイヤホンを使うと耳の前方30°くらいまで判別できるようになるのだけど、そういうマイクやイヤホンは物凄く値が張る。イヤホンだけでも二万近くする。買ったけど。

 しかしそれをリスナー全員に求める、というのは酷な話。リンリン側もまだまだ上のマイクを目指せる程度のマイクしか持っていないようだから、ここら辺が現状の限界。

 

 だから鎖骨を触っても伝わらないんですよリンリン。

 

「え? 耳舐め? ……それは今月のボイスに、ね?」

 

 ファッ!?

 え、そんなえちえちなもの出してるんですか!? 

 私知らなかったよそれ! 知ってたら止めたのにおのれDIVA Li VIVA! リンリンにディープキスを教えたり、猿轡を教えたり、拘束具を教えたり……ろくなことせんな! いや本当に青少年に何を教えてくれてるんだ! 訴えるぞ!

 

「し、心音? ……そ、そんなの聞こえるのかなぁ?」

 

 これは、リスナー……くそ、私も聞く立場だったらGJと親指を立てるところだけど、今はGDと親指を下に向けなければいけない。だってやられるの私だから。

 Heart Beatもそこそこ人気のジャンルだ。元々人間は一定のリズムを安心と捉えるものだけど、そういうものとは隔絶した安心感を齎してくれる。人生の心音。ノーブルポリス。

 

 そして、その収音方法といえば。

 

「……」

「……」

 

 一瞬、目が合った。こっちを見下ろす目。でもドSリンリンの冷たいそれじゃなく、大丈夫? というこっちを気遣う類のそれだったから、まぁ、渋々。目を瞑って、頷く。……あれ、みくさんの言う通りの事してないか、私。

 そしてそれは──ゆっくり、来た。

 

 右耳。マイクのある場所に、ふに、とくっつけられるそれ。

 決して大きくはない……というか小さい部類の柔らかさは、しかし確かにトクトクと生物の強さを出している。少しだけその脈が速いのは、流石に緊張しているからか。というか普通に恥ずかしいんじゃないかなぁ。録音とはいえ、心臓に……胸にマイクを当てる、なんて。

 その音をリスナーに聞かせる、なんて。

 

 暖かい。そろそろ寒くなってくる時期で、リンリンの部屋は暖房がついているとはいえ──こう、服越しの人肌の暖かさ、というのを右耳だけが感じている。マイクがどれほど音を拾えているのかはわからないが、少なくとも私はばっちり聞こえていて、非常に安らぐ思いでいっぱいだった。

 

「どう、かな……? 鼓動が速い? しょ、しょうがないでしょ、恥ずかしいんだよぅ」

 

 ……リンリン、というかNYMUちゃんは可愛いなぁ。今の私が言ってたら即座に首絞めが来ていたよ。

 リンリンのドS加減を極限まで薄めた状態……つまり中学リンリンの成長した姿……おや? 案外私の理想像に近いのでは?

 リンリンの成長を認める事にした私だけど、好きなのが中学リンリンである事は変わらないわけで。

 

 ……行け! リスナー! もっとリンリンを恥ずかしがらせろ! 素直にさせろ!

 

「反対の耳、行くね」

 

 反対の耳に来た。

 変わらず……安心感と温かみが私を襲う。ぬぅ、囁きアリで寝るワケないじゃん、とか思っていた私が敗北していく。結構眠い。明日土曜日だから泊まって行ってもいいという事実が私の眠気を加速させる。家への連絡? 二日以上開けなきゃ大丈夫大丈夫。ウチは放任主義だから。

 しいて言えばリンリン家への迷惑だけど、割とオープンに受け入れてくれてるんだよなぁ。リンリンのお母さんもお父さんも。うーむ。眠い。

 

「あ、ちょっとミュートにするね」

「……?」

「眠そうだから、毛布取ってくる。さっき寝言言いそうになったらガムテ貼るとか言ったけど、まぁこっちでなんとかミュートにするから、気にしないで寝て良いからね」

「んぅ……」

 

 その話完全に忘れてたわ。

 けど、なんだ。なんか気を遣ってくれているみたいだし。いや多少どころか多大に手足の拘束で寝づらいとはいえ……ま、流石のリンリンも寝込みを襲う、なんてことはしないだろうし。

 寝るかぁ。

 

「戻りましたぁ。あ、寝る人はおやすみなさい。今日夜の配信無いからね」

「……」

 

 んんう。

 

 

 ●

 

 

「おかしいなぁ。私はリンリンに多大なる信頼を寄せて、君を信じて眠ったというのに、何故後ろ手と足を縛られてベッドに転がされているんだろうか」

「あんまりにも無防備だったから、つい」

「目が覚めた時の恐怖感がわかるかね。お風呂に入っていた、とか……手足縛られてアイマスクされて猿轡噛まされて、割と本気で誘拐されたかと思ったよ」

「ごめんなさい」

「素直に謝るのは良いけどアイマスクと猿轡は本当になんなの」

「叫ばれるとママが来ちゃうし、ちょっと見られたくないものが部屋にあったから。あ、今は隠してるよ」

「じゃあ取ってくれないかな! アイマスク!」

「ダメ」

 

 時刻は21時半……だと思う。眠った時間は体感でしかないけど、リンリンの配信があの二時間後に終わったとして、さらにお風呂の時間を考えればそれくらいで辻褄が合う。ご飯はまだ食べていないようだし。

 リンリンのこの縛り癖は本当にどうにかした方が良いと思う。社会に出た時大変……というかヤバいよ。恋人出来ないよこんなんじゃ。アァ!? 恋人!? 私を通してからに……あ、いや、これ過保護なんだったっけ。危ない危ない。

 

「これから何をするつもりなのか」

「さっきの、聞いてた?」

「いやだから寝てたんだって」

「青眼鏡が寝る前に言ってた」

「……拒否権は?」

「無い。と、言いたいところだけど」

「おお」

「断ったら私特製、レシピを見ないで作った砂糖マシマシオムレツをプレゼント」

「やります」

「暗記は得意だって」

「今期の家庭科の成績を述べよ」

「2。人の話をよく聞いてから行動しましょう」

「ほらァ!」

 

 自分だけお風呂に入ってスッキリサッパリしたリンリンが、寝転がる……というか寝転がされている私に覆い被さる。いつだかのなんだかを思い出すけど、まぁそれなりに心持ちが違うから恐怖感は薄い。ああでも、全部みくさんの言う通りというか、私はどうしてこう……危険とわかっているものに心を許すのか。コレガホントウニワカラナイ。ニライカナイ。

 青りんごの香り。私が中学の時にプレゼントしたシャンプー、ずっとお気に入りだね。エモ。ハーッハッハ! そう簡単にエモに流されると思うなよ! 私はVtuberではないのでエモ耐性は低い! その程度のことで懐柔できると思ったら大間違いだ!

 

 はむ。

 

「っひゃぁ!?」

「おぉ……凄い、ちょっと今感動してる。青眼鏡って女の子らしい声出せたんだ……」

「友達4年目になるけど最高峰に余計なお世話!」

「でも録音中に叫ばれると困るので、丸めたタオルと猿轡を噛んでもらうね」

「ちょ、え、んむ」

 

 タオルを口に詰め込まれて、その上から猿轡。完璧に声が出せなくなった。でもこれ涎出ちゃうよ、生理現象で。あ、もう一枚タオルが顔の横に敷かれた。ザラザラ感でわかる。用意周到……まるで私みたいだ。失敬な、私はこんな犯罪者染みた行為はしないぞ!

 

「……よし、始めるよ。タオル越しでもンーッとかの唸り声は入っちゃうから、出来るだけ静かにしてね?」

「……」

 

 コクコクと頷く。流石にこれ以上の抵抗は意味をなさないだろうし、何より身の危険がある。これ以上に恐ろしい事をされかねない。うう、二の腕を吸われた時のおぞましさが蘇る……。

 

「ね。なんでこうなってるか、わかる? ……私さ、言ったよね。満月の夜は特別な日だから、部屋に入らないで、って。それなのに貴方は……。だから、お仕置き」

 

 待て待て待て待て待て待て待て。

 一瞬何の話かと思ったけど、そういうシチュエーションボイスなのね! 私は同人声優にも詳しいからわかるよ! 瞬時理解ができるよ!

 でもそこじゃない! いやそこだけど、そこじゃない! NYMUちゃんの設定部分あんまり詳しく知らないからちょっと興味深いんだけどそこじゃない!

 

 高校生に! 何を言わせてるんだ! 台本書いた奴は!!

 

「縛る必要ない? だってそうしないと、抵抗するでしょ? だーめ、今日は私の玩具になってもらうんだから……」

「ンンンンーッ!!」

「……ちょっと。唸り声ダメって言ったじゃん。あーあ、最初から撮り直しだよ」

「ンー! ンー!」

「何? 涎が鼻にでも入った?」

 

 っぷは。

 

「台本書いた人誰? ちょっと本気でクレーム入れるわ」

「私」

「……あのね、リンリン。シチュエーションボイス出すの今回が初?」

「自分で台本書くのが初」

「今までと毛色違うなーって思わなかった?」

「自分らしさを全面に出してください、ってマネさんが」

「リンリンらしさじゃなくてNYMUちゃんらしさなんだよなぁ!」

 

 もしかして馬鹿なのでは? あ、馬鹿だったわ。最近行動が大人びてきて忘れてたけど、馬鹿だったわ。

 危ない危ない。今のが世間に出ていたらと思うとゾっとする。いや審査段階で叩き落されるだろうけどさ。その辺のブランディングがわからない企業じゃないだろうし。

 

「書き直し! 少なくとも私がOK出せるヤツにしなさい!」

「また保護者面して……」

「これは一般常識! 倫理観! こんなえちえちなの高校生が出してるって知られたらコトだっつの! 企業側もダメージだっつの!」

「私高校生だって公表はしてないもーん」

「学生だって言ってるだろうが」

「大学生かもしれないじゃん」

「大学生があんな問題集解くわけ」

「……でも、締め切りこの土日だし」

「なんでそんなギリギリまで録らないんですかね……!」

 

 勉強とか提出物を先送りにする奴は、それが突き返された時のリスクをまるで考えていない。提出期間が長く取ってあるのは楽できる期間を設けるためじゃなくてそういうリスクヘッジのためだってなんでわからないんだ……。

 リンリンは典型例オブ典型例なんだよなぁ。

 

「手足縛られてアイマスクしてる人に怒られても全然心に響かない」

「あーあーいいのかなー。台本書き直し徹夜で手伝ってあげようかとか考えてたのにいいのかなーそういう事言っちゃって」

「別に、今のままでも……」

「絶対マネージャーさんに「馬鹿ですか?」って言われるよ」

「なんで会った事もない人の物真似が上手いの……?」

 

 なんとなく。

 

「……むー」

「良いからコレ解いて。今から……あー、明日の朝までに仕上げるから。規定時間とか資料、ある? もしくは前のボイスの台本」

「あるけど……フルデータ購入者特典だから……」

「じゃあ後でお金払うよ。私もファンだから。今は時間が惜しいから見せて。あとPC借りるよ」

「……」

 

 アイマスクが剥がされ、手足の拘束も解けた。少しばかり肩を回して、指を伸ばして。

 午後のASMR枠で使っていたゲーミングチェアに座る。横から立ち上がっていた様々なソフトをリンリンがセーブ&終了し、テキストエディタを開いた。さらに一つのファイル……[sボイス_台本]と銘打たれたそれを開く。ファイル名に日本語使うのやめなさい。あとナンバリングしなさい数字で管理する人困るから。

 

「……はい」

「ん。じゃ、ちょっと集中するから。出来るだけ急いで終わらせるけど、リンリンは寝てていいからね」

「やだ」

「なんか拗ねてる?」

「早くやって」

 

 ……なんか、すんごい文句あり気な顔。めっちゃ睨んでくるし。

 保護者面がそんなに嫌かね。いやでもさっきのは本気でヤバいしなぁ。リンリンが、それこそ大学生くらいになったらそ(・)う(・)い(・)う(・)路線もアリかもしれないけどさ、今はまだダメだよ。あどけなさが武器なんだから。

 そういうのが好きなリスナーもいるだろうけど……んー、まぁ少数……というか、そ(・)の(・)層(・)をターゲティングし始めたらグローバルになれないと思う。アングラ寄りになっていって、好きな人は好きだけど、ってポジションになっちゃいそう。

 

 だから、ここは我慢してくれると助かる。アライグマ。

 

「さて」

 

 前にも言ったけど、オタクは文章が書けるのだ。

 さらに言えばさっき得た知見……NYMUちゃんは中学リンリンをそのまま大きくした姿であると考えれば、解釈一致の……自分で書いてて、解釈不一致で自爆しない台本が創れる。得意分野と言ってもいいだろう。

 

 ……昔、舞台とはいえ台本を書いた経験があったのは幸いだったか。あのスケボーバスケサークル元気にしてるかなぁ。

 

「さて」

 

 二度、心を切り替えて。

 仮眠も取ったし、イけるイける!

 

 

 ●

 

 

 横目で、ベッドの方を見る。

 膝を抱えたまま、寝息を立てているリンリン。私と違って眠らずに配信していたのだし、ASMRなんていう気を張り詰める、緊張する事を二時間もやっていたのだ。そりゃ疲れる。

 首から肩をぐいーっと伸ばしながら、音を立てないように立ち上がって、先ほど私に掛けられていた毛布をリンリンの肩にかける。

 

 台本は八割完成。なんだかんだ言って、私はリンリンのファンなわけで。今のリンリンが混じらないように、且つ昔の、一歩目を踏み出すことが出来たリンリンオール解釈一致文章を叩き込めば、十分量が取れる。

 加えてまぁ、恥ずかしながら。仮想相手を私に設定すれば……元気で可愛らしい、そして一応、親友だったころのNYMUちゃん、の出来上がりである。

 

 ……私だけの宝物。

 それを彼女のリスナーに見せるのは非常に口惜しい。

 

 ふむ。

 けど、推しの布教だと思えば……うん。いいな。

 私の大好きなリンリンを、みんなに見てもらう。素晴らしい。良きものは独占するだけが楽しみ方でなく、広く広めて、知ってもらって、共有する事もまた……。

 

「……そういえばリンリン、ご飯食べたんだろうか」

 

 食べてないんだろうなぁ。変に気を遣って、変に意地を張って。

 オムレツ、だっけ。あるのかな。

 

 ちょっと降りて……。

 

「オムレツの感想は朝言ってあげるから、寝なよ。変に対抗心燃やさないでさ」

「……やだ」

「おやすみ」

 

 子供扱いしないで、とかいうくせに、やっぱり子供だなぁ、なんて。

 

 おやすみね、リンリン。

 

 明日はリテイク地獄だぞv!

 

 

 ● 




これを喧嘩と呼ぶのかは別とする。
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