友人がVtuberやってるって言いたい 作:未来へと繋ぐ楔の筆
「え? そうなんですか?」
「うん。そうなの」
学校へ向かう電車の中。
珍しく手招きをされて、彼女──レナさんの隣に座った私は、とあるお話を聞いていた。
「じゃあもう、会えなくなりますね」
「そうだね。ここしか、接点が無いから」
話の内容は、彼女が通学方法を電車から自動車に変える、というもの。
今冬を過ぎて、2月になったら、もう。
レナさんとは会えなくなってしまうそうだ。行きも帰りも。当たり前か。
「……お世話になりました」
「言うほど会ってたっけ? それにまだ12月だから、もう少しだけ時間はあるよ」
「あ、そうですね……。お世話になった、というか……ちょっとモノの考え方が変わったというか。レナさんが言ったあの言葉で、色々……色々あったんです。ケジメとか、絡まったものの解消とか」
「それは変わった、って言わないよ。人は言葉じゃ変われない。青眼鏡ちゃん、君に起きたのは変化じゃなくて、成長。私の言葉で変わったんじゃなくて、私の言葉で成長が起きただけ」
「違いは、立っている場所の差、ですか?」
「目線の高さの違いかな。進む必要はないよ。どこかへ行くことも無い。ちょっとだけ背が伸びた。そんな感じ」
ちょっとだけ、背が伸びた。
ああ。じゃあ私は。
中学リンリンをみていた中学青眼鏡は、もう。
中学青眼鏡is何。
「やりたい事」
「
「……わたしに慣れた?」
「やってほしい事はやってもらって、夢は他の人に語りました。私がやりたい事。後はそれだけですよね」
「もう見つけてるよね」
「レナさんに言う必要は」
「ないよ。君の一番大事な子に言うといい」
はい。
じゃあ、そう言う事で。
レナさんの言う通り、別れはもう少し先のはずなのに……。
なんだか本当に、ここでお別れのような気がした。
「またね、青眼鏡ちゃん。お元気で」
「あ……はい」
また。
●
正直あんまり、歌が得意ではない。作曲も絵も無理。文章は書けるけど、物語が書けるわけではない*1。こと創作という点において、私は何の役にも立たない人間であると自負している。創作……いや、芸術か。
だから本当に、心から純粋に、私はリンリンを尊敬していた。
私からしたら意味が分からない。歌で人を惹きつける仕組み。ダンスで人を魅せる仕組み。雑談で人を楽しませる仕組み。それがどういう効果を持っていて、どういう心理を引き起こすのか、はわかる。知識としてわかるし、先読みとしてわかる。結果は簡単に推理出来る。
けど、過程が。発生が。
てんでわからない。1mmも理解できない。尊敬というより、埒外なのかもしれない。凄いと思うし、かっこいいと思うし、可愛いと思うし、楽しいと思うけど、何故それを出せるのかが全く理解できない。エンターテインメントという概念が私の中にはないのだと。そう思う。
人を楽しませる。人を喜ばせる。暗い道行を照らす事は出来ても、華やかにすることはできない。必要ではあるのだろう。私という存在は、何も見えない人にとっては必要になる。けれど、一度足を踏み出した人間にとっては無用の長物だ。自分で光を発せられるのなら、道行を照らすだけのライトは要らない。
必要。
実用は必要だ。
私は。
高校一年生。冬。
まだ在学一年の身なれど、進路を決める事にした。
「県外の大学に行く? ……なんで?」
「ちょっと、やりたいことが出来た」
「……
「Kさん、私が進学する頃には卒業してるらしいから、その理由はナシ」
「まさか……私から離れたいから、とか……言わないよね」
「それこそまさか。友達は止めないよ。ずっと」
けど。
「私が誰かにやってほしかった事は、リンリンがやってくれた。ありがとう」
「……」
「リンリンには話してないけど、私には夢があってね。それはKさんとベレー帽の人に話した」
「私は教えてもらえない?」
「いつかね」
ちょっとあっち向いてね、と。柔らかく、言う。
怪訝な目をしながらも特に反抗せずにそっちを向いてくれたリンリンの、その首に。
手を回した。
「知らない内に、よくわからない人の言葉で、私は成長していたんだって。そうだよね、測るものがなきゃ、自分の身長が伸びたかどうかなんてわからない。微々たるものなら、尚更」
「冷たい」
「ごめんごめん」
別に首を絞めるわけじゃない。リンリンじゃないんだ。私は、普通。
普通に。
彼女の首に、それを巻いた。
「……ペンダント? 可愛い」
「一応、私からのお返しということで。あのチョーカーに込められた意味は、なんだか物騒なものだったけど、リンリンからのプレゼントだし。一度は突き返して、今度は同じものを付けて。それでも君から貰ったって事実は変わらない。だから、お返し。同じ首に巻くものだけど、チョーカーよりは拘束力がない」
青い宝石のあしらわれた小さなペンダントだ。
「でもこれ……結構」
「プレゼントのお返しの値段を気にするとか、止めて欲しいな」
「そこもお返し?」
「うん」
こっち向いていいよ、と言った。
振り返るリンリン。彼女の金髪が下がる首元に、青く光る石。あちゃー、ちょっと浮いてるかも?
そういう美的センスはないからなぁ、私。
「これ、なんて宝石なの?」
「タンザナイトだよ。結構脆いから、大切にしてね」
「そりゃするよ、勿論」
リンリンの青い目とは少し違う色味。もっと青い、碧い宝石。
「青眼鏡の青?」
「そう思うなら勝手にどうぞ」
「違うんだ。うーん。どっかで見た事がある色味……」
「一番似ている色のヤツを選んだからね」
リンリンに一番近い子の色だ。私が良く見ているあの子。
彼女自身は、あんまり見ていないのかもしれないけど。
「……あ、もしかして、私……じゃない、NYMU?」
「うん。NYMUちゃんの髪の色。似てるでしょ」
「ほんとだ。もしかしてイラストレーターさんはこの石を参考にしたのかも」
「なんてリクエストしたの?」
「……それは言えない」
そりゃ、嬉しいことだね。
「やりたいことが出来たんだ」
唐突に話を戻して、もう一度言う。
やりたいことが出来た。私が、やりたい事。今まで他人に求め、仰いできた私が、やりたい事。
「リンリンのためじゃない。他、誰かのためじゃない。誰かに何かを聞かれた時、その全てを答えられるように、って勉強してきたけど、そうじゃなくて……私が私として
何度も言う。
言い聞かせているのはリンリンに。そして、私自身に。
頑張って思い込まないと、私が否定してくるから。止めといた方がいいかも、とかなんとか。
「やりたい事って、何なの?」
「マネージャー業。それを学ぶために、キャリアを得るために、行きたい大学が出来た」
あるいは、行うだけなら。
もしかしたら、大学なんて行かなくてもいい可能性はあった。
けど、どうしても高卒では入れなそうな場所だから。
「マネージャーさん?」
「うん。芸能マネージャー業だね。先見の明と時間管理、その他諸々……私は自分が出来る方だと自負しているよ」
「そりゃ……そう、だと思う、けど」
「DIVA Li VIVAに入りたい。考えたんだ。私はVtuberにはなれないし、なりたくもない。リンリンとはバラバラで別々の位置で手を繋ぎ合おうって言ったけど、リンリンだけ忙しくてリンリンだけカッコよくて、私は夢も無くお金を稼ぐために生きるのは……なんか。納得いかない」
正直なところ、たとえ大学卒業後に運よくDIVA Li VIVAへマネージャー業として入ることが出来たとしても、リンリンに付かせてもらえるか、と言ったら多分無理だろう。そんなに社会は甘くない。DIVA Li VIVAに入れるかどうかさえ怪しい。
けど、なんか。
私にしては珍しく、なんの考えも無く、思う。
納得できないな、と。
リンリンが凄いのは先に述べた。凄い。超凄い。尊敬してる。理解できない程尊敬してる。
けど、この先友達でいた時に、例えば旅行を企て……もとい、企画したとしよう。
ごめん、その日撮影入ってて忙しいから。って。
ないわー。
「ウチの社長物凄いフレンドリーだから高卒でも入れてくれると思うけど……」
「社長に人事能力は無いでしょ。それに、そういうコネ使うの嫌だからさ。リンリンも嫌だったんでしょ? 私の力があって今がある、みたいなの」
「……わかってたんだ」
「ん。手に取るように。私も嫌だね。リンリンの対等の友達として、リンリンのコネで大企業に入るとか。後々悔やみそうだし、考え込みそう」
考える事は同じだ。
考え方に違いがあるし、考える事が同じだなんて思っていないけど、でも考えている事は同じ。
リンリンは今だった。私が後に来たかもしれない。だから、予防する。先人が目の前にいるんだ。反面教師にするにはもってこい。
「なんで今、そんなこと話したの? まだ12月だし……」
「年が変わるからだよ。年末に、それまでの清算をしたいと思うのは当然じゃない?」
「年度末にすればいいのに」
「そこは個人の価値観だね」
気分の問題かもしれない。
これ以上、私は自分を引き摺りたくなかった。この話をする時にペンダントを渡したかった、というのもある。丁度タンザナイトは12月の誕生石だし。えそれ関係ある?
「だから、リンリンがどこの大学へ行くのか知らないけど、私はそこに行きますよ、ってこと。言いたかったのはコレと」
「と?」
うん、と呟いて、私は言う。改めて。
改まって。居ずまいを正して。笑って。
「アニーナ・マージリンさん」
「久しぶりに呼ばれた気がする。何? 新舞風音さん」
「私と」
友人になってください。
そう、言った。
「……? 今、そうだよ?」
「うん。だから、改めて。今までの……なんかよくわかんない、拗れまくった縁を一旦切って、今ここで友達になろう。握手をしよう。私は来年から、私の目標に向かって全力で邁進するから、君も全力疾走してほしい。お互いの事を考えないで、とは言わないし、普通に遊び行ったり旅行も行く」
だから、積みあがったものだけ。
傍らにおいてはくれないだろうか。
「そんな都合の良い事、私が了承すると思う? こっちは今のやり取りだけで感情ぐっちゃぐちゃなんだけど」
「じゃあ、私のためを思って、了承してほしい」
「……」
「私のために、私を想って、私に益がある事として、私が大事だから、私が大切だから、私を友達としてみていたいから、私の目標のために、私がやりたい事を為すために、私の……私を、応援したいから」
私を見てくれるのなら。
「それは、ずるいじゃん。ズルじゃん。それは、だって、それは……私が、気にしてる事、じゃん」
「うん。多分その辺りで悩んでいるんだろうな、って。思ってた」
「ダメだよ。それは。レッドカードだよ。退場退場。BANだよ。放送だけじゃなく、チャンネルごとBANだよ」
「ダメなんだろうね。リンリンが一番苦しんでて、一番気にしてて、突かれて一番嫌なんだろう所に付け込ませてもらったから。優しい君が、一歩前に進んだ君が、ずぅっと悔やんでいる事だって、私はわかってる」
「本気でサイアクだよ? それ。風音がやってることは脅し。人質を取って、こっちの要求を飲め! って言ってる。わかってる?」
「勿論。私のためを想うのなら、改めて友達になってください。それが、私への
リンリンは怒った顔をして、憎々しい表情を浮かべて、苦しんで悩んで、私をギロリと睨みつける。
心から許し難い事をされた、というように。
いうように、じゃなくて、されたんだけど。私がしたんだけど。
「……凄く、嫌だ。今凄く不快」
「だろうね」
「でも、風音が望むのなら……私は、返さないといけない」
リンリンが、私の手を。
握った。
「改めてよろしく、リンリン。ところで痛いんだけど」
「よろしく、青眼鏡。これくらいの罰は受けて欲しい」
握手って痛いんだなぁ。
なんて。
……ここまでだ。
私とリンリンが、仄暗い関係で結ばれていたのは。
ここからはもう、明るく、清々しく──余計な感情のない、友人として。
ここで、私のお話は、終わり。
〇
「恋人と別れたの?」
「うん……凄く最低な別れ方だったよ。こっちの弱みに付け込んで……今でも怒りが込み上げてくる」
「喧嘩別れ……。ごめんなさい、やっぱり私のせい、かしら」
「あ、うーん、ニャンさんのせいじゃなくて。なんて言えばいいのかな……私はあの人に凄く助けてもらっていて、物凄い量の恩があって。でも今まで仇しか返せてなくて、それを悔やんでいたんだけど……」
「それを悔やんでいるなら、恩返しとして別れてくれ、ってか? 酷い男もいたもんやなぁ。とっちめたろか?」
「う……いや、その……春藤さんみたいにサッパリしてる奴じゃないから……」
DIVA Li VIVAには休憩スペースと呼ばれる場所がある。いくつかのテーブルと椅子、無料の自販機と軽食販売機。外を一望できる場所にあるここは、結構色んな人が休憩しに来る。
最近では恒例になった恋愛相談を、ニャンさんに……そして男性ギタリストの春藤さんに聞いてもらっていた。先日の青眼鏡の暴挙について。言葉はぼかしてあるんだけど。
「未練たらったらやん、自分」
「ぐ」
「でもその人、多分もう脈なし、でしょうね。そういう男は……恋をしている時だけ執着心が強いくせに、一度熱が冷めると勝手に冷静になって勝手に真剣に考えて、勝手にちゃんとした望みを掲げているものよ」
「お? なんや、経験談か?」
「セクハラですよ?」
「おお怖い怖い。……しかしまぁ、ニュニュの言う通りかもしらんなぁ。とっとと忘れて次の恋をするに限るんやないか。そんな最低男はすっぱり忘れて」
「春藤さん、それは流石にデリカシーがなさすぎかと……。傷心真っ最中に次の恋、って。NYMUちゃんはまだ高校生なんですよ? しかも初恋。少し前までは私と会う度にどこが凄いだのどこがカッコイイだのどこが尊敬してるだのどこが可愛いだの、散々惚気話を語ってくれた」
「わー! わー!」
春藤さんにデリカシーが無いのは同意するけど、ニャンさんにもプライバシーを保護するという心が一切ないから怖い!
「ま、デビューして一年……は経ってないんやったか。にしたって年の節目、ばーちゃる? に専念するには良い機会やろ。心機一転、こっからがっつり活動していくのもアリやと思うで?」
「NYMUちゃん。もし一人でいる時に考えてしまう……考え込んでしまうようなら、春藤さんの言う通り活動に専念するのは良い選択だと思うわ。傷は時が癒してくれるというけれど、忙しければ忙しい程、傷の治りは早いの。他に考えなきゃいけない事が沢山できるから」
「……この傷は、癒えない気がするなぁ」
多分、ずっと。
……その方が良い気がする。
「ネガティブになっとんなぁ。おっし、今からレコーディングでもせんか? 適当なレコ室借りて、思いっきり歌えばちったぁ気も紛れるやろ」
「もしくはゲームをする? さっきゲームコミュニティにぱやさんがログインしていたから、フルパーティで行けるわ」
「その場合一人余るんやけど」
「後ろで賑やかしでもしておいて?」
気を遣われているなぁ、と思った。
そうだよね。私が落ち込んでたら、みんな……そうなるよね。ニャンさん達は大人で、私は子供で。
うー。
うー。
よーっし。
「とりあえず歌配信! 二回行動でゲーム!」
「あんまり無理をしない方が……」
「その調子やNYMU! おら、ニュニュも歌おうや」
「いえ、私歌はあんまり……」
「収益化剥がれてるニュニュのチャンネルでやればカラオケでも歌えるやんな?」
「春藤さん……もしかして天才?」
「ちょっとNYMUちゃんまで……!」
正直なところ、整理がつく気は全然していない。
けど、この前みたいに……私が落ち込んでいると、リスナーさん達に透けてしまう。だから、元気に悩むことにしよう。
いつか正解が出るかもしれないし、いつか答えが思いつくかもしれない。リスナーさん達に、DIVA Li VIVAの人の誰かに、聞こう。色々聞いて、聞いて、どこかに納得を探す。
友達という繋がりは切れないと青眼鏡本人が言った。じゃあ大丈夫。そもそもあと2年ちょっとは一緒なわけだし。うん。
「あ! 花ホルダーさん! カラオケいかない?」
「ふぇっ!? い、いや自分これから企画打ち合わせッス……」
「……本当に?」
「うっ……」
「ホンマ嘘吐きやのぅ自分。さ、連行させてもらうで」
「げぇっ、春藤!?」
「女もおんで」
「げぇっ、暴言天使!?」
「あら。そう呼んでいたのね。じゃ、カラオケでじっくり聞かせてもらいましょうか?」
「あ、麻比奈さん! ちょっとカラオケ行ってくるね!」
「はい。報告は要りませんが……。まぁ、いってらっしゃい」
負けるわけにはいかない。それだけは絶対に嫌だ。
青眼鏡だけが立派になって、私はうじうじ悩んだまま、とか。折角あっちが対等とかいう言葉を持ち出してきてくれたんだから、今度こそ完膚なきまでに叩き伏せて、私がマウントを取る。並び立って、私を見せつけて、馬乗りになって。
どうだ参ったか、と。言う。
勝手にスタートラインを合わせてくれたあの天才に、変な遠回りや複雑な感情を抱くことなく勝てる場が目の前に広がったのなら、仕方がないから、お望み通り全力疾走をしてあげる。
青眼鏡のために、ね。
「……ばーか」
ひっそり。こっそり。
言われっぱなし、っていうのは……うん。合わないから。
青眼鏡のばーか。
子供らしい罵倒をして。
私は。
あと一話だけ続くヨ